小生の備忘録

akane928.exblog.jp ブログトップ

MT-01 OS 29 熊野三山・神倉神社 お参りツーリング




a0339187_07440546.jpg

 小生の身の回りに、病と闘っている仲間がいる。治療に小生が関わっていないのでせいぜい愚痴を聞くくらいしか出来ないのだが。。。困ったときの神頼み、仲間の代わりにここはひとつお宮参りにでも行こうと思い立った。ならば熊野三山を巡ってこようと、朝5時に家を出た。


a0339187_07451427.jpg
花窟神社(はなのいわや)


 高速をひた走り、尾鷲から熊野の海岸に出ると右手に高さ50mにも届こうかとする巨岩が見えてくる。この巨岩をご神体として「いざなみのみこと」が亡くなった墓所とされている花窟神社は日本最古の神社とされる。長いお縄掛けが巡らされた巨岩を見上げると、なんとも厳かな気持ちになるのが不思議だ。


a0339187_07452567.jpg
a0339187_23281225.jpg
熊野速玉大社


 名古屋を出てから3時間で新宮に到着。熊野三山は「熊野速玉大社」「熊野那智大社」「熊野本宮大社」を総称したもので、全国に広がっている熊野神社の本山だ。熊野速玉大社は新宮市内にあって国道からもすぐの場所で、三山最初の参拝をした。時間も早く訪れているのは地元の人だけの静かな雰囲気であった。ここの祭神は熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)のふたりの神、いわゆる夫婦の神といったところか。

 それにして、ずいぶんと道路が整備されたものだ。大泊〜新宮の未開通区間を除くとほぼ名古屋から新宮までの200km以上が自動車道でつながっている。熊野や新宮までが日帰り旅行範囲なんて30年前には考えもしなかった。



a0339187_07453906.jpg
那智の滝


 次いでさらに西に向かって那智の滝。写真にしてしまうと削がれてしまうが、その場で見る滝の迫力はなかなかのモノ。天気もいいから滝の白さと青空が際だって良い景色。

a0339187_07455857.jpg
a0339187_22464759.jpg
熊野那智大社


 熊野那智大社は熊野夫須美大神をまつるとあって、熊野速玉大社の祭神の奥さんにあたる(^^)。夫婦で熊野三山を支えてるわけで、子孫繁栄・子宝の神様でもあったんだろう。 那智の滝を自然崇拝した古代の姿が熊野那智大社の始まりであったから、このお社が歴史に名前が出てくるのは他の二社に比べてやや後になる。有史よりも古くから、数え切れない人たちがこの滝を崇めてきたと思うと、なるほど世界遺産になってもおかしくない。

 長い石段を上がって参拝するのが普通だけど、南からつづれ折りを登ってくると本殿近くの社務所駐車場に止めることが出来る。ここまでクルマ・バイクで上がってこれると本殿までは目と鼻の先。ずいぶんとずるをしたけど、二礼二拍手一礼で本願を伝えた。お隣には那智山青岸渡寺も控えて、古代からの神仏習合をよく表している。



a0339187_07461719.jpg
a0339187_07463841.jpg
a0339187_07470645.jpg
神倉神社


 再び新宮の町に戻る。町の北側、岩山の上に小さな社が見える、熊野速玉大社の案内図にも載っていた神倉神社。熊野権現が最初に降り立ったのがこの神倉神社とされ、熊野三山の始まりの地とされる。ゴトビキ岩と呼ばれる巨岩がこの神社のご神体で、創建年代は128年頃で神話の天磐楯として登場する。これも那智の滝同様に自然崇拝から発生した聖地で、やがてそこに神話や仏教が混ざり合って近代に至ったのであろう。最初に権現が降り立った場所としてこのお宮を「旧宮」、そして新たに創設された速玉大社を「新宮」と呼んでいるが、これはこの地「新宮市」の由来。

 朝一で寄ってきた「花窟神社」の岩壁と神倉神社の巨岩は「対」とされ、この「ゴトビキ岩」と花窟神社の「ほと穴」はそれぞれ男性・女性のシンボルで古代信仰の姿を残している。

 新宮市内の住宅地にニョッキリと断崖絶壁のお山、この麓から120mの高さの拝殿まで、恐ろしく急な石段を538段登ってゆかなくてはならない。30度を超えようとするこの日の夏空では、バイク装備のブーツやウエアが辛い。この石段は源頼朝が寄進したとされるが、もうちょっと斜度を下げて安全に登れるようにして欲しかった。この石段を転げ落ちた気の毒な信者がきっと何人もいるにちがいない。逆に・・・この石段を安全に上り降りができるってことは、その信者が健全で長生きもできることを示してるのかも。


a0339187_07471853.jpg

 たかだか120mとはいえ、清風がふく山の風が心地よい。目前には新宮の町並みが一望できる。時間はもうすぐ11時、お腹が空いてもきたんで、このお山の麓にあるお店にむかって石段を駆け下りた。



a0339187_07473615.jpg
a0339187_16364849.jpg
新宮 めはりや


 新宮名物の「めはりずし」を頂きに「めはりや」さんに到着。しょうゆ漬けた高菜のおっきな葉っぱでご飯をおにぎりのように包んだものがめはりずし。このしみこませた醤油だれがシンプルなんだけど美味しい。串カツ、豚汁も自慢の料理のようで、「おためしセット」がお薦めかな。友人宅と家族へお土産に、自宅で作れる「めはり漬け」を2つ購入してバイクにくくり付けた。完全に凍っているので、発泡のケースだから夕方の名古屋までは持つとのこと。


a0339187_07475066.jpg
国道168号 通行止め


 さて、新宮の町を出て熊野本宮大社へ向かうべく、168号を北上開始のはずが町を抜けたところで通行止め・・・この先で法面が崩壊したとのこと、直接の迂回路がないのではるか東の国道169号を介して瀞峡方面から迂回する事となった。。もう一度新宮市内に戻って約50kmの迂回路、それでも行かなきゃ、まだ本日の目標を達していない。


a0339187_07480283.jpg
a0339187_16453102.jpg
熊野本宮大社


 熊野三山の〆、本宮大社には12時到着。土砂崩れの通行止めが無ければ、もっと早く来れただろう。通行止めのためなのか、駐車場も空いていて参拝者が少ないように思えた。ここにも石段が鎮座しており。。153段を上がって本殿に到着。本宮大社は家都美御子大神(けつみみこのおおかみ、熊野坐大神〈くまぬにますおおかみ〉、熊野加武呂乃命〈くまぬかむろのみこと〉とも)を主祭神とする。家都美御子大神は唐の天台から飛来した神、のこりの二人の神様の素性は、ウイキペディアをもってしても不明との表現。これだけの歴史をもったお社の祭神がよく分からないって?? 文字の無い大昔からの継承が、祭神の詳細まであやふやにしてしたのか?? いろいろ考えると想像が掻き立てられすっごく面白い。いずれにせよ、巨岩や奇石、滝などに神を見いだしてきた自然崇拝が古代からの宗教であって、そこに神さまや仏様のお話が後付けされて現在に至るって考えるのが妥当か。

 明治22年の洪水でそれまであった熊野川中州の大社が流されて、現在の山腹に移転した。明治に入って森林の伐採量が増え、洪水が起きやすくなったのが原因だ。2000年以上にも渡ってお社が熊野川の中州に君臨してきたってのも興味深い、きっと古代にも洪水がたびたび起きたであろうが、敢えて洪水の際には危険となる中州にお社を建設してそれを維持してきたのはなぜなんだろう?? 最初から洪水の心配の無い山に作ればいいのに・・・、。

 本願を伝えて参拝、熊野三山のお守りもゲット、本日のミッション達成だ。さて、これからどうしよう?? まだ日は高いし、十津川から北上して三輪大社も回ってこようか、・・・ そうそう、十津川村から入り込む「玉置神社」もお参り甲斐のあるお宮、これに寄ろうと決めて熊野川を上流に向かって走り出した。


a0339187_07481856.jpg
十津川 七色


 蛇行する熊野川を串刺すように新しいトンネルで168号は快走できる。深い谷沿いに道路がクネクネと続いていくこの景色は、十津川を連想させる景色だ。平日ではあるけど。。。妙に交通量が少ない?? 炎天下はじりじりと暑いけど、連続するトンネルの中は冷蔵庫のようで一時のクーリングが気持ちいい。


a0339187_07483040.jpg
十津川 十二滝


 クネクネ道の途中には、はっとするほど綺麗な滝に出くわす。水の量は決して多くないが、その高さと容姿がすばらしい。滝フェチではない小生でも思わずバイクを停めてしばし見とれた。


a0339187_06570254.jpg

 さてダムも過ぎてもう少しで十津川の集落と思っていたら、通行止めに出会う。クルマは何台も止まっており、ドライバーも路肩で座っている?? 車列の前で看板を見ると、道路工事の時間規制でこの先50分の通行止めと分かった。開通するまでここで待つのはあり得ない、しかしこれを進まないと玉置神社は断念することに、、、さらにここを抜けないと奈良方面からの帰宅も無理になる。

 やむなく引き返して、再び本宮大社に向かって走り出した。また同じルートで名古屋に帰るのはいやだな〜、まだちょいと時間があるからどこかに立ち寄ってもいいな、などなど思案。


a0339187_07484416.jpg
湯の峰温泉 共同浴場


 玉置神社には通行止めで行けない、これはきっと神様の思し召し。ならば、温泉に浸かって帰るべしと湯の峰の共同浴場に立ち寄った。ここは小生の大好きなお湯、ちょっと高い料金を支払って「薬湯」をチョイス。「薬湯」は源泉90度を薄めること無く温度を適温にした贅沢な温泉、湯の峰の御利益を100%味わえる、硫黄泉の湯の花とぬるっとした源泉ゆずりの感触、やっぱりえ〜わ〜。

 初めの計画では熊野から奈良方面に抜けて名古屋へ帰る予定であったが、メイン国道168号の二か所の通行止めに引っかかってあえなく断念、さらに玉置神社にも行けず今回のツーリングは「道路の神様」に見放された感があった。二度あることは三度あると自分に言い聞かせていたけど・・・

 気持ちよく湯船に入っていたら、「バイクで来たお客さん??」みたいに従業員の人から声を掛けられ・・・「あそこにバイク停めてもらっては困るんですよ・・・周りの住人がうるさくって、」なんてお叱りを受ける。湯の峰温泉は学生の頃から来ていて勝手知ったる部分があるので、
まさかの駐車禁止??のチョンボだった。反省しつつも、今日三度目の災難に呆れてしまった。



a0339187_07485954.jpg
鬼ヶ城歩道トンネル


 湯の峰温泉にも浸かったので、本日のミッションはこれにて終了、あとは家に向かって走るだけ。お金のかかったトンネルを幾つかやり過ごし、至極快走の奥瀞169号線を突っ走る。熊野市は小さいけど味わいのある町、西から東へこの町を抜けるときにはぜひ寄ってみたい鬼ヶ城歩道トンネル。大正14年に竣工された当時では珍しいクルマ・歩行者用のトンネルだ。煉瓦造りとその大きさ、延長500mを越える堂々さなど、とても味わいがある。二股隧道や旧伊勢神トンネルなどで感じるジメジメさは全くなくって、暖かい人の気配を感じられるものだ。


a0339187_07491036.jpg
鬼ヶ城海岸


 鬼ヶ城隧道を越えるとそこはもう海、国道42号と合流して鬼ヶ城への分岐部だ。海の色は梅雨に入ったにも関わらず蒼く澄んでいた。もうすぐで海水浴シーズン。このあたりの海岸でのんびりビールでも飲んで日光浴をしてみたいなあ。


a0339187_07492294.jpg

 災い三度あることは、四度ある?? 友人宅によってお見舞いとお守りを渡して最後のミッション終了、友人夫婦に見送られ格好良く出発したんだけど。。。程なくして「あれ〜っ!!」て気づいて振り返れば案の定・・・・・後ろのシートはひらひらとネットが舞うだけで、自宅へのお土産はもぬけの殻・。友人に1つ渡したのはいいけど、残りの荷物にネットをかけず走り出してしまったのだ。きっと友人宅500m以内に小生の落とした「めはりづけ」とお風呂で使ったタオルが路上に落ちていただろう。

小生的には冴えない事が続いた熊野三山ご祈祷ツーリングではあったけど、災いを小生が一手に引き受けたと思えば、
病と戦っている友人たちに御利益があることを願ってやまない。

 日があるうちに帰宅するようにしているが、今日は寄り道もあってすっかり日が落ちていた。お土産落とした事件は家族に受けたけど。。。家内にはひどく残念がられ。。。再度「めはり漬け」を通信販売で手に入れなおす羽目になった。







# by akane8150 | 2017-06-26 10:14 | Motorcycles | Comments(4)

XT250 セロー 10 内ヶ谷開拓地 西峠 川浦渓谷 タラガ峠 大谷大栃林道 亀尾島林道



 前回のセローツーリングで宿題になっていたタラガ峠、あまりに天気がよすぎるので、予定してなかったけど行ってみることに。地理院の地図を何枚かコピーして出発。

a0339187_12331723.jpg

a0339187_11412550.jpg
a0339187_11413880.jpg
板取 モネの池


 名古屋から東海環状自動車道で関広美までワープ、そこから県道59号の坂の峠を越えてR256号で板取川を北上する。この道はやがては西峠を越えて岐阜大和へ抜ける古くからの街道。

 行きがけに「モネの池」に顔を出してみた。数年前にはなーんにもなかったのに、いつからか人がわんさか訪れる観光地。村の鎮守、根道神社の境内前にあるのでお宮の池かと思っていたが、灌漑用の貯水池でわき水が源となっているそうな。隣で花苗を営んでいる住民が池を掃除して睡蓮などを植え、村にいた鯉をここに放したのが20年以上前、それが最近のSNSなどで広まったのが現実のようだ。

確かにきれいだけど、わき水の池に鯉が泳ぐ姿はそれほど珍しくも無いだろうが。。。とにかく人がやってくる。



a0339187_11460338.jpg
湯元すぎ嶋


 今回の第1の目的地は、未踏である県道52号の西峠より北の内ヶ谷方面を探検すること。川に沿って上がってゆくと板取の村落もまばらになり分岐路の島口に到達。ここに「日本秘湯の会」の湯元すぎ嶋があり、気になっているお宿。お湯はどんなんだろう?お昼ご飯も頂けるようなので、家族を連れて再訪してみたい。


a0339187_11415245.jpg
三洞


板取川上流で最後の部落がある三洞、ここにはこの先の道路案内もあり。表示はもちろん通行止め、いけるだけ行ってみる。


a0339187_11420662.jpg
西峠


 ここまでは来たことがあって、その時はバリケードでこの先が閉ざされていた。それが今回は通行止めの看板だけで道路は全くのオープン! さて、どんな景色がまってるんだろう??


a0339187_11452582.jpg
内ヶ谷ダム予定地方面


右手に内ヶ谷川をみつつ、舗装された県道52号はくねくねと続いていく。狭いながらクルマが通行するには不自由なく整備されている。


a0339187_11444846.jpg
内ヶ谷


 大きく屈曲する川辺には平坦な領域があって、このあたりに内ヶ谷の村落だあったんだろうか。この内ヶ谷の村落もとっくに離村しているが、最後までクルマ道が入らなかった真の秘境であったようだ。すでに内ヶ谷川ダム建設が始まっており、この村落後が排土の置き場所となっているようで、ダンプカーが連なって土砂を運んでいた。


a0339187_11430597.jpg
内ヶ谷 県道52号通行止め


 西峠からくねくね7kmほどで通行止めとなっている。このすぐ先で内ヶ谷川沿いの県道315号が分岐し、それを直進すると大和黒田の方面に抜けることができるはず。


a0339187_11431938.jpg

 内ヶ谷ダムの建設のために、この周辺は立ち入り禁止となっている。ダンプカーなどの工事車両は大和川から内ヶ谷トンネルを抜けて、この内ヶ谷川に進入するようだ。平成35年がダム竣工予定となっていて、その際にはこのあたりの通行も容易にはなるだろう。


a0339187_11433769.jpg
黒田亀尾島林道


 まずはここまで進入できたことで満足していたが、さらに「内ヶ谷開拓地」に通じる林道が開いている!! 国土地理院の地図に「開拓地」とだけ書かれたこの上流にすごく興味があって。。。本日第2の目標、ついに現地をこの目で見ることができる。入り口には「黒田亀尾島林道」の表示、しかしこの先は亀尾島とは反対方向だ。開拓地に続く林道の名前にはふさわしくないようにも思える。


a0339187_11441758.jpg
a0339187_11435876.jpg
開拓地


 林道に入るとグラベルになるが、踏み固められた走りやすい道。4kmほど先で二股に分かれ、それぞれがゲートで閉じられていた。このあたりが「開拓地」と云われる地名のようで、コンクリの遺構やさびた橋などの遺構が残っている。

 開拓地は戦後に入植されたようで、昭和46年ごろに近隣の上会津などと共に離村された。ここに入植したのはわずかに6戸、それでも小学校の分校まであったようだ。夏はよいとしても、冬は雪に閉ざされ人里から遠く離れ、非常に厳しい環境であったことは容易に想像できる。

この北側の山を越せば九頭竜ダムはすぐ近く、ずいぶんと北上してきたものだ。



a0339187_11462385.jpg
板取川温泉


 奥地の板取、唯一と云えるくらいの規模と集客できる施設。食事もいろいろ選べるし、お風呂もアルカリ泉だ蕩々と流れる贅沢な温泉。遠方からもこのお湯を求め、他県ナンバーのクルマがいっぱい。

もうすでにいろいろ冒険できたので満足していたが、ここからさらに板取川源流の川浦渓谷に分け入ってみた。



a0339187_11463820.jpg
a0339187_11513007.jpg
川浦渓谷


 4kmほど上流に行くと川浦渓谷(かおれ)の案内あり。新しいトンネルの手前、旧道に入り込むと岩壁が左右から迫る峡谷になっていた。道路から下を覗くと。。。深い峡谷の底はさらにV字谷となり絶壁の底をエメラルドグリーンの川が流れていた。そうだな〜ミニ高千穂峡ってな感じかな。はじめてきたけど、なかなか見応えのある景勝地。



a0339187_11521032.jpg
a0339187_11521881.jpg
銚子谷林道


 川浦渓谷を過ぎるとすぐに林道ゲートがあらわれる。ここから先は銚子谷林道と名前を変えて福井県との県境の源流まで続いているが、ゲートから3kmほどでトンネルとがっちりゲートで閉鎖されていた。すぐ先の峰は分水嶺で日本海側の福井がその向こうに。人を寄せ付けない秘境中の秘境である川浦ダムもお隣の山、地図を見るとすんごい山奥に来てるんだと実感した。


a0339187_11523541.jpg
タラガトンネル(板取側)


 県道52号を折り返して、本日第3の目標、タラガ峠に向かう。この立派なトンネルができるまでは、旧道の峠を越えるしかなかった。10年前に開通したトンネルは全長4571mで、一般国道のトンネルとしては日本で2番目にながーいようだ(一番 高知寒風山トンネル5432m)。


a0339187_11524678.jpg
旧256号 タラガ谷(板取側)


 トンネル入り口、南側の集落よりタラガ谷に通じる山道が始まる。厳重なゲートと通行止めの表示であるが、今日はクルマも通れるほど開いている。上からも軽自動車が下りてくるのを見て登坂開始。


a0339187_11530292.jpg
a0339187_11534068.jpg
a0339187_11531817.jpg
タラガ峠


 狭いながらも舗装が整った1.8車線をキープして登ってゆく。カーブが厳しいわけでもなく絶景が望めるわけでもなく、沢沿いに道が延びている。部落から約5kmであっけなくタラガ峠に到着。樹木に被われた切り通しの峠、初めての来訪で雰囲気をじっくりと味わう。トンネルが完成するまでは、旧256号としてこの道が生活路として頼りにされていたわけだ。


a0339187_11540829.jpg
タラガ谷大栃林道入り口


 地理院地図ではこのタラガ峠から尾根伝いに北上して東の亀尾島川に抜ける林道を見つけていたので、未踏のこの道に挑戦。分岐部は峠の板取側にあって、通行止めなど規制看板や林道名などの表示は見つけなかった。


a0339187_11542320.jpg
a0339187_11544036.jpg
a0339187_11545779.jpg
板取 ミオ


 1車線のグラベルが尾根の西斜面にそって続く。数カ所の崩落場所があり重機が入って通行可能になっている。倒れかけた木や路面状況からは、ほぼ廃道状態にあるように感じた。新しいクルマの轍もバイクのタイヤ跡も見かけない。初めての探訪なので慎重に登ってゆくと一人のハイカーとすれ違う。エンジン駐めて挨拶とこの先の道を聞いた。多分抜けられるだろうとの返事、お礼を言って分かれたが、前後20km以内に駐車したクルマを見かけていないし。。。 あの初老のハイカーはどこから来てどこまで歩くのだろうと後になっていぶかしくなった。お山の神様の化身だったんだろうか(^^)。

 地図で記載されている「ミオ」はこのあたり?深くて鋭い谷沿いだけで、村落があったような気配も無い。谷底にも道も載っていない。ネーミングを含めて分からないことだらけ。


a0339187_11551853.jpg
タラガ谷大栃林道終点


 林道は果てしなく続くように思え、突入20km手前で分岐部を迎えた。ここにはゲートがしつらえてあって、走行してきた林道への進入を拒んでいた。


a0339187_11552965.jpg
大谷大栃林道


 大谷大栃林道に出会してこれを右折、見事で味わいある切り通しを抜けて東に山を下ってゆく。ここも未舗装で荒々しいグラベルが続く。路面は雨水で剔れている所も多く、ジムニーなどの小型4駆じゃないと辛いだろう。人の気配を全く感じない寂しいところ、もちろんスマホもエリア外で絶対にトラブルを起こしたくない山奥だ。


a0339187_11554133.jpg
大栃


 沢に沿って山を下りてくると拓けた場所に廃屋を見かける。林道の名前になった大栃の村落跡だ。ネット上で探してもこの大栃のことはあまり出てこない。名前からしてきっと立派な栃の木があったんだろう、それにしてもよくもこの山奥で生活を維持できたものだ。自給自足ができないと生きてはいけなかっただろう。


a0339187_11555369.jpg
a0339187_11561387.jpg

 通行止めの看板を幾つかやりすごすが、通行には支障なく未舗装路を走り続ける。終点近くは一気に斜面をくだりヘアピン続きとなっていた。そこは規模の大きな崩落跡の工事現場だった。一つの崩落で3筋の路面が削り取られたのであろう、平日であったこともあり、工事中の作業員の横をぺこりと挨拶しながら通らせてもらった。


a0339187_11562551.jpg
大谷大栃林道終点


 工事現場をすぎるとすぐに林道終点となる。がっちりとバリケードで通行止めをされていて、こちらから進入しようとは思わないだろう。タラガ峠の分岐からここまで約30kmほど、秘境感たっぷりのタラガ谷・大谷大栃林道であった。未知の大谷に通じるルートを含めると未舗装路をたっぷりと味わえる林道だ。


a0339187_11570415.jpg
亀尾島林道


 ここまで来たので、内ヶ谷ダムの下流をどこまでさかのぼれるか試してみた。亀尾島林道と名の付いたこれまた未舗装の林道を上がってゆく。やがてネットで見たことのある廃墟、山奥に忽然と現れる建物は異様な雰囲気だった。


a0339187_11565457.jpg
a0339187_11572524.jpg
a0339187_11573898.jpg
亀尾島林道 行き止まり


 亀尾島林道は小生にとっては初林道、だけど未舗装で水たまりや泥でぐしゃぐしゃは余分・・・この上流には内ヶ谷ダムの建設現場があって、さらにその先には午前に終点を確認した県道52号の通行止めになる。7kmほどバイクを汚しながら進むと白沢林道の分岐を越してほどなく、絶賛工事中の現場で行き止まり。地図で確認するとこのあたりから点線になっていて、元来車道はここで終わっているはず。ダム建設のために道路を作っているんだろうか?
 いずれにせよ、秘境たっぷりの行き止まりまで探検できて満足、今日はタイミングもよかったのか、初めて通った林道を幾つか経験できた。


a0339187_11575031.jpg

 大谷大栃林道、タラガ谷大栃林道は予備知識なく突入したけど、帰宅後、Web上で調べてみるとセロ尾さんのお仲間の山神さんが「新・山神のブログ3」(http://poseidon2693.blog.fc2.com/blog-entry-2.html)で過去、現在にわたり取り上げているのを見つけた。探検する前に情報を入手したいのも山々だけど、地図の上だけでは林道の名前が分からないので検索することも叶わない。同好の仲間が探して尋ねる場所はやはり同じのようで、先達の行動力や探求心はさすが!! けど、このような秘境の林道探索の単独行は避けた方がいいと重々承知しているが、、、同好の人たちはどうしてるんだろう。



a0339187_11581591.jpg

 セローのお尻痛い対策に「ワイズギア ツーリングシート」を試してみた。座る部分のクッション剤が厚く硬めになっているものだ。ノーマルで2時間と保たなかったお尻が、休憩しつつ一日我慢できたってくらいの効果はあり。しかし帰る頃には尾骨の鈍痛はあったし、ずっとスタンディングポジションを取りたい気分だった。この秋には1週間ほど休みを取って東北を巡ってこようと画策中、気楽に動ける相棒としてセローを考えているが1週間の旅にお尻が堪えられるかどうか、、、。Ripさんのようなゲルザブトンをツーリングシートの上に貼り付けるのが究極か??





# by akane8150 | 2017-06-14 12:46 | Motorcycles | Comments(4)

MT-01 OS 28 R152号 中央構造線 2017.6 その2 地蔵峠 兵越峠



中央構造線 2017.6 その2

a0339187_16555138.jpg
地蔵峠 標高1314m


 青木川にそって上流を目指すとつづら折れが始まってやがて地蔵峠に到着する。ここから先のR152号は人だけが通れる登山道に。。。代わりの蛇洞林道が迂回路として太平洋側に続いている。それを知らないと、峠を越えたはずなのにまだまだ登ってゆく道に??と思うはず。

画像のカーブミラーの横から登山道に分け入ると名の通り、お地蔵さんが祭られている。そこを南に下れば本来のR152号が山道として続いている。


a0339187_16561177.jpg
a0339187_16562441.jpg
伊那山脈(大西山 鬼面山)


 蛇洞林道はぐんぐん高度を上げて南に向かう。谷のむこうには伊那山脈がまっすぐに剣を伸ばしている。頂が目の高さだったのがどんどん眼下に見えるようになってゆく。標高は1500mを越えて日陰の風が冷たい。

 伊那山脈最高峰の鬼面山は地蔵峠から山岳路2時間半で頂上に達する。山頂の展望台からは360度のパノラマ絶景が見えるとヤマレコにあった。地蔵峠までクルマできて、日帰りハイキングに行ける行程なので紅葉の時期に来たら素晴らしいだろう。


a0339187_16564945.jpg
a0339187_16575316.jpg
しらびそ高原 標高1900m


 蛇洞林道から分岐してさらに登ってゆくとしらびそ高原に至る。林道をそのまま南進して上村にぬけるのに15km、しらびそ高原と下栗の里に寄り道すると25km、くねくね林道が続くので距離差以上の遠回りを感じるが、天気のいい日のしらびそ高原は外せないポイント。春にRZで来たばかりであるが今回も来てしまった。


a0339187_16571153.jpg
南アルプス 赤石山脈


 南アルプスの赤石山脈 連峰が目の高さに広がる絶景。クルマやバイクで体験できる峠の景色、いろいろあるけどここのしらびそ峠、しらびそ高原は抜群にお勧めだ。新穂高ロープーウエイの山頂駅からの穂高連峰もこれ以上のスケールで感動するが、しらびそはクルマで上がってこれるところが大違い。展望が望めるような日にこちらに来た際には、外せない、外しちゃ勿体ない景勝地。

 宿泊もできるハイランドしらびその食堂で昼食の後は、しばらくお山を見ながらの休憩。午後1
時に南アルプスエコーラインと名の付いた林道使って下栗の里に出発。



a0339187_16581845.jpg
a0339187_16583145.jpg
a0339187_16584486.jpg
御池山クレーター


 しらびそを出て程なく 御池山クレーターの看板にであう。この林道の裾の部分が扇状に凹んだ沢を形成してその特異な地形にハイカーが気づいたところから、この隕石落下の名残が見つかった。スケールがでかすぎで、現地に立ってみてもクレーターの実感はわいてこない。案内によるとそ数万年前に直径40-50mの隕石が東方面からこの御池山の中腹に落下して約1kmのクレーターを形成したらしい。もしも現代にそのような大きさの隕石が落下したならば、原爆クラスの破壊力、影響力をもって人間の生活に悪影響を起こすらしい。これが直径10kmを越えるようなら、過去の地球史に登場するような種の絶滅をもたらすケーオスになる。

 アニメの「君の名は」で隕石落下はキーワードになるけど、御池山の隣県である岐阜が設定されてるあたり、この御池山クレーターも脚本に織り込まれているのかもね。


a0339187_17054844.jpg
a0339187_17063394.jpg
a0339187_17070206.jpg
a0339187_17064094.jpg
下栗の里


 南アルプスエコーラインを下りてくるのにいい加減飽きてきた頃にやっと下栗の里に入り込む。典型的な山岳村落である下栗の里は、縄文の頃から人が住み、近世では遠山氏の所轄となるも木材や鉱物資源などのために江戸幕府直轄領であった。

 里の東西距離500m対して、高度差は200m !! 斜面にへばりつくように集落があって、その中を切り返しが必須のヘアピンカーブの狭い路地が続く。深い谷の向こうもくっきりと見え、東には赤石山脈がどーんと控え、「日本のチロル」とも呼ばれている。

 10年ほど前から、駐車場や展望台などが整備され、一躍観光客の押し寄せるようになった。しかしバイクを止めて景色を眺めていると風の音だけが聞こえて、人の気配を感じない静か〜な集落だ。村民はなにしてるんだろう、畑にでも行ったのか、お昼寝タイムなのか?


a0339187_17071622.jpg
道の駅 遠山郷


 しらびそ高原から40分かかって、やっとセンターラインのある国道152号の道の駅、遠山郷に到着。バイクを止めて缶コーヒーで一息、ベンチに座って青空を眺めた。朝からずっと晴天、日差しは強いけれど日陰に入ると乾いた風が寒い。

 茅野で満タンにしていたが、150kmをこえてそろそろガス欠が心配になる。遠山の前後50kmほどには日曜営業のGSが無いので、ここで給油は必須。頼りにして寄ってみたが、ロープが張ってあり休業。。。ガス欠が心配ならばここで右折して、平岡経由で天龍村に抜けるのだけど。。。リザーブを見込めばあと80kmくらいは行けるだろうと踏んで、勇気を出して計画通り青崩峠方面に向かう。



a0339187_17074337.jpg
青崩峠を望む


 遠山を南進するとR152号は行き止まりとなり、変わって兵越林道が峠にむかって山を登り始める。道が無い青崩峠も、三遠南信自動車道としてトンネル掘削が始まっている。崩れやすい岩盤であることは承知の上の難工事と云われている。いつかは「浜松いなさ」から「信州飯田」まで高規格の自動車道が完成するわけだ。陸の孤島と云われるこの地が拓けると同時に、小生のあこがれるR152号も冒険心を掻き立ててくれる対象では無くなってしまいそう。


a0339187_17082697.jpg
a0339187_17084279.jpg
兵越峠 標高1165m


 木立の中をぐんぐん登ってゆくと奥行きのある切り通し、兵越峠に到着。茅野を出てから6時間で最後の峠を乗り越えた。浜松市と飯田市の県境であり、「峠の国盗り綱引き合戦」を毎年秋に行って非公式な国境を決めている。訪れたときは目盛り4つ分だけ浜松側に国境が入り込んでいた。浜松市の負け越しが4つ。。。そろそろ挽回しないと目盛りの木も足りなくなっている(^^ゞ。昨年度は30周年であったようで石碑も建てられていた。

 この峠で写真をとっていたら、軽トラのおじいさんがわざわざクルマを止めて話しかけてきた。「さっき追い抜かれたときに、聞いたことの無い大っきな排気音、どこのバイクだね?」なんて、とても地元のじいさんらしからぬ言葉をかけていただく。「こりゃ、空冷2気筒か??」なんて質問もするくらいだから、バイク乗りの大先輩なのかもしれない、そこのところ聞きそびれてしまった。


a0339187_17085409.jpg
水窪駅


 峠をこえればあとは水窪までノンストップの快適な下り道。民家も増えて秘境から脱した感あり。水窪駅は町の高台にあって静かな駅だ。なんと2015年度駅の一日の平均利用者数 55名!! 20年前の1993年には720名であったのに。


a0339187_17091018.jpg
秋葉ダム


 秋葉ダムに差し掛かる頃には、周囲はすっかり街の態をしていて緊張感も抜け気味。ツーリングの後半で、この前後のR152号は変化も少なく睡魔に見舞われる。トンネルの中に出来た分岐部を左折して秋葉ダムで休憩眠気対策。ここは時期ともなると桜並木が見事で多くの人が訪れる。


a0339187_17104031.jpg
a0339187_17093955.jpg
天竜二俣 行者尊


 リザーブランプが付く前に、茅野から天竜二股までの220kmの走行でやっとGSで給油ができた。このGSは日曜でもやっているので、よく利用させてもらってる。このGSを頼って山奥から来たことを伝えると、主がしたり顔でガソリン満タンにしてくれる。

 二俣川は洪水を防ぐために、岩山を切り通して川の流れを変えている。人為的に切り取られて残った小山に鳥居がかかっているのが気になって今回はちょいと寄ってみた。鳥居のさきの急なコンクリ階段を上がってゆくと修行者の役小角を祭ってあった。真下に流れる川の淵が真っ青に、町を高台から見下ろして眺め良好。役小角は奈良時代の修験道の開祖とされる人物だ。


a0339187_17095219.jpg
筏問屋 田代家


 天龍二股の町では、史跡筏問屋の案内を発見して寄り道。関所のような重厚な門構え、建物もどっしりした風格のあるものだった。田代家は徳川家康から御朱印を与えられた旧家で天竜川水運の商いを担った名家。2代目九郎左衛門の子の孫丞(まごのじょう)が家康を筏で助けたのがきっかけという。天竜川を流れてくる木材を一手に引き受ければ、さぞかし大きな商いをしていたんだろう。


a0339187_17100339.jpg
鳥羽山洞門


 田代家をでて程なく出会った味わいのある隧道。鉄道が近くを通ることもあって旧鉄道の隧道かと思ったが、後学では明治時代に作られた道路隧道であったようだ。古びたレンガがいい感じ、明治22年から100年以上も現役で利用されている。


a0339187_17101449.jpg
天竜二俣駅


 中央構造線の終点は天竜二股駅として記念写真。茅野を9時に出発、220km縦走をして午後3時半に天竜二股に到着。無事に完遂できて達成感に浸る。今日はずっと晴天のまま、メット越しに日焼けをした。


a0339187_19024748.jpg
a0339187_17110591.jpg

 新東名を西に向かって自宅に5時半に到着。十分に日が高いうちに帰宅することができた(本日の走行距離540km)。振り返って、このルート、やはり面白い。あらわれる景色も乗り越える山道も毎度わくわくさせてくれる。次回は紅葉真っ盛りの秋に訪れたい。




# by akane8150 | 2017-06-11 09:43 | Motorcycles | Comments(3)

MT-01 OS 27 R152号 中央構造線 2017.6 その1杖突峠 分杭峠



 もう6月!! 沖縄は梅雨に入ったとかで、名古屋もそろそろ。。。んでもって、日曜のピーかん天気!! これは走りに行くべき、しかもロングに! ということで、金鯱ビッグマシン会の月例ツーリングをすっぽかして、今年最初の国道152号の縦走に出かけた。


a0339187_16422434.jpg
名古屋IC
a0339187_16423500.jpg
諏訪湖SA


 朝6時半に名古屋ICから高速に乗り、中央道を制限速度+αで北上。松川あたりで「生きのいいバイクたち」と絡み合いながらのヒートアップで予定よりも早く諏訪湖SAに到着、初休憩。約200kmの一気走行もMT-01ならストレス無し、セローだと3回ほどの休憩がいるだろう。。。お尻が痛くなって保たないのだ。(>o<)


a0339187_16425205.jpg

 茅野ICで下りてガソリン補給、ちょいと飛ばした区間もあったので、17km/Lも仕方が無い。1700ccのMT-01ではあるが燃費は意外とよくって、大人しく走れば20km/Lを優に超える。これに比して1/4にも満たない排気量のRZなのに16km/Lというガス食い、しかも2stオイルも燃やして走る。

いいよいR152号の交差点で南下を開始、名古屋を出てから2時間経過。


a0339187_16430575.jpg
杖突峠 標高1240m


 くねくね峠道を駆け上がると杖突峠だ。峠の茶屋があってコーヒー飲みながらテラス席での八ヶ岳の遠望と居心地は最高。しかし今日はまだ朝早くって準備中。地元の速そうなライダー達がすでにダベリングしていた。


a0339187_16433054.jpg
高遠


 杖突峠から緩やかにカーブを連ねて下ってくると右手に駒ヶ根がきれいに見えてくる。花菖蒲も沿道で咲き誇り、とてもいい光景。とくに登りのストレートで見通しがよく飛ばしそうになる状況だけど、道の反対側には・・・


a0339187_16434283.jpg

 なんとまあ、ねずみ取りを模したようなマネキンおまわりさんとパトカーの看板。初めて遭遇したときは滅茶どっきりした。。。心臓に悪いわ!

a0339187_16440112.jpg
高遠城址公園


 山手にあるお城あとは公園になっていて、春にはタカトオコヒガンザクラが1500本咲き誇り、全国サクラ名所100選に選ばれる。今年は4月20頃が満開を迎えたようで、多くの観光客でごった返したのであろう。。。今は静かすぎて春の喧噪が嘘のよう。


a0339187_16442841.jpg
道の駅 南アルプスむら長谷


 ここで一息休憩、こじんまりとした道の駅だけど芝生の庭やジオパークの展示などがあって気分のいいところだ。ホンダグロムの青年と言葉を交わす。地元のナンバーの彼は、グロムはまだまだ慣らし運転中で速く走ってみたいなんて缶コーヒー飲みながら話してくれた。いつかでっかいバイクで遠出が出来るといいね〜ってな話の締めくくりだった。


a0339187_16452021.jpg

 いつもは横目で見ながらパスしてしまう戸谷口を左折して南アルプス林道のマイカー規制の所まで足を伸ばしてみた。黒川に沿ってゆくと味のある隧道や強者のコンクリ橋にであう。途中には登山者用の広い駐車場を備えた林道バスの発着場があったりして南アルプスの麓にいることを実感できる。


a0339187_16445162.jpg
a0339187_16445737.jpg
戸谷大橋 南アルプス林道入り口

 
 国道から程なくしてしっかりとゲートで締め切られた南アルプス林道の入り口「戸谷大橋」に到着。ここから17km先、行程にして1時間で山梨県との境、標高2000mの北沢峠に到達する。以前、山梨側の林道バス起点の芦安まで行ったことがあるので、興味がわく。登山はしないけれども、北沢峠までこのバスに乗って一度でいいからいってみたいな。北沢峠ってどんな所だろう??


a0339187_16460848.jpg
三峰川


 再びR152号にもどって南下を再開。広い河原に比して水量の少ない三峰川は古来から洪水で悩まされた険しいところ、すぐ下流に美和ダムができたおかげで下流域の洪水の心配が解消された。このあたりは国道も大きなカーブを描いた快走路だけど、この先は分杭峠でだんだんと道は谷間の景色となってゆく。


a0339187_16462053.jpg
分杭峠 標高1420m


 茅野を出てから1時間半で2つ目の目標の分杭峠に到達。いつからか「地場ゼロ、世界有数のパワースポット」として観光客が訪れる場所となっている。「じゃらん」の説明書きによると。。「日本最大の断層、中央構造線上に位置し、断層の両側から押し合うパワーの拮抗によりゼロ磁場状態となり、気エネルギーが発生し集積すると考えられる。十数年前、中国の高名な気功師により発見されて以来、今では年間3万人以上が訪れる。冬は主要道路閉鎖のため行けないが、開通する3月中以降に大地のパワーを感じにゼヒ!」なんて壮大な触れ込み。麓からは村営のバスで峠まで、そこからちょいと歩いてパワースポットの場所があるようだけど、小生は行くモチベーションなし(^_^;。信じるものは救われるというのは大事だね。


a0339187_16464916.jpg
a0339187_16470243.jpg
矢立木 大鹿村天然記念物


峠から大鹿村の町並みまでは、こぼれ日の中を下る爽快な山道。気にはなっていたがこれまで素通りしていた看板を見つけてバイクを止める。対岸に渡るとすくっと伸びた大木と説明看板、樹齢500年のさわらの木で領主遠山氏がここに矢を射って吉凶をうらなったとか。近世になって伐採の憂き目に遭いそうであったのを村人達が守って現在にいたる。さわらの木のことはあまり知らなかったが、後学によるとヒノキに近い種であって枝の茂り具合が少なめなことで見分けがつくようだ。確かに幹や枝の張り具合がヒノキに比べるとスッキリしてその違いがわかる。


a0339187_08232598.jpg
鹿塩温泉 湯元山塩館


 大鹿村の集落から支流塩川沿いに上がった先にあるのが鹿塩温泉。立ち寄り湯で利用したことがあってお湯はしょっぱく海水の成分に近いそうだ。地名も川の名前も「塩」が採取できたことが由来している。中央構造線の地核変動の際に閉じ込められた太古の海水が噴出しているとも云われ、温泉好きには外れのない「日本秘湯を守る会」にも加盟しており、お湯と静かなたたずまいを大事にしているいいお宿だ。


a0339187_16471854.jpg
a0339187_08213642.jpg

 上は塩川にかかる宿に通じる橋からの写真、下は職場の自室に掛けてある風景画。絵画は飛矢崎文義さんの作品でタイトルが「大鹿村」、山の景色が緻密に描かれていて気に入っているのだけど、、、どこかで見た景観と思ってたのだが、なんとこの橋の上から西の方角をみた情景であったことに気づいた。ガードレールや電柱が省かれているくらいで、晩秋にきたらまさにこの景色になっているんだろう。


a0339187_16485154.jpg
大西山大崩落地


 昭和36年に大西山東斜面で大規模な山崩れが発生して、対岸の集落を襲い42名の犠牲者を出す大惨事がおきている。50年以上も経った現在でも復旧工事は継続され、中央構造線周辺のもろい地盤の恐ろしさを象徴している。


a0339187_16490520.jpg
大鹿村 ディアイーター


 6年前の映画「大鹿村騒動記」で原田芳雄がやっていた食堂は今も残っている。ロケで使われたのちはジビエ料理を出す食堂であったはずだが、いまも営業を続けているかどうかわからない。通りかかるたびに覗くのだが暖簾がかかっているのを見たことが無い。


a0339187_16493250.jpg
小渋橋から望む南アルプス


 映画ではこの小渋橋が幾たびか登場する。オープニングだったっけ、岸辺一徳と大楠道代がバスを降りて歩くシーンが記憶に残る。橋の上からは小渋川上流の赤石岳などが遠望できる、ホントにいい天気だ。


a0339187_16503517.jpg
a0339187_16234553.jpg
中央構造線博物館


 大鹿村のはずれにある博物館、敷地内に線が引かれていてまさしく「中央構造線」の境界だそうな。画像中心から川向こうの山にむかって構造線は伸びている。断層が乗り越える山端には断層鞍部と呼ばれる峠のような峡部ができるようで、目の前の山にも山端に凹みができている。


a0339187_16514845.jpg
a0339187_16524044.jpg
a0339187_16530115.jpg
安康露頭


 大鹿村近くの断層が露出している安康露頭にも立ち寄った。国道から川べりを降りると青木川の右岸に断層が見えてくる。向かって右の青っぽい壁面と左側の赤っぽい壁面は明瞭に違っておりその境が断層面だ。数千年前には活発に活動していたそうだが、歴史の残っている大規模災害として1718年の遠山地震(遠山郷)が知られており、マグネチュード7.0ほどの大地震の多くの崩落が村落をおそったと云われる。


a0339187_16512650.jpg
松下家 大鹿村引野田

 青木川沿いには目に付く看板があって、それが「松下家」。国道から100mほど上の山岳村落にあるお屋敷は、松本から伊那地方にかけての独特の建築様式で本棟作りと呼ばれていて、この松下家は戦国時代から続く豪農で、名主、地主をつとめてきた。なんと築200年の木造で重要文化財となって村が管理している。


a0339187_18291677.jpg
中央構造線縦走 前半


 大鹿の集落を抜けて南進し地蔵峠への登りが始まる。谷は深く道幅もクルマ1台分となり、バイクですら対向車との離合に注意しないと危険。交通量が多いので路上の落石も少なめだが、災害で通行止めとなることも多い区間だ。時刻も正午、走り出して6時間が経過、そろそろお腹も減ってきた。。。。その2に続く。。。





# by akane8150 | 2017-06-06 18:48 | Motorcycles | Comments(0)

Z33 ロードスター 8 2017 オールドカー in K'z Road



a0339187_18534383.jpg
2017 オールドカー in K'z Road


 今回は第7回、小生は3回目、浜松市天竜区春野の「春野ふれあい公園」でオールドカー in K'z Road が開催され、DSCC中部の仲間と参加してきた。このイベントはフェアレディZの開発者でアメリカ日産の社長の片山豊のふるさと春野において、町とフェアレディZのクラブが協力して年一回開催されている。

 第一回の記念すべきミーティングで片山氏は次のようにコメントしていた。

「生誕の地である春野町に、私の名前が付けられたロードが完成し、大変感慨深いものがあります。私はわずか4年しかここ春野町に住んでいませんでしたが、春野町の皆さんは、私を永く住んでいる者のように扱っていただき、ここに帰って来るたびに歓迎をしてくれました。また春野町ふるさと大使と浜松市やらまいか大使にも任命され、今回いろいろな方々のご尽力によりK’zロードが完成したことは大変うれしいことであり、皆さんに感謝しています。

K’zロードは、春野町の大自然の中の一般道に設定されたコースです。ぜひ皆さんには、スピードを出さずに、呼吸と脈拍を調和させて、大自然の中を静かに、ゆっくりとドライブを楽しんでいただきたいと思います。そして、友達にも勧めていただき、多くの方々が春野町に訪れてくれることを望んでいます。」


春野町を中心に設定された3つのドライブコースがあって、「K'z Road」の表示が国道362号沿いに案内されている。



a0339187_18544735.jpg
 第1回の2010年はフェアレディZだけであったが、翌年からはクラシックカーの展示も開かれるようになり会場に足を運んでくる人たちの構成も広がって、昨年度は過去最高の9000名の参加者がカウントされるほどに賑わった。


a0339187_18570901.jpg
 開始9時40分に合わせ、DSCC中部の面々は朝6時半に浜松SAに集合。そのためには、小生は名古屋を5時に出発。。。(>o<)。浜松SAに一旦集合してから、隊列を組んで会場近くの駐車場まで走行し。最終打ち合わせを行った。

a0339187_18591212.jpg
a0339187_18595911.jpg
 クラシックカーの入場に続いて会場となる春野ふれあい公園へフェアレディZたちの隊列入場。芝生の公園にクルマを乗り入れるなんて今日だけ!!、きれいな芝の上を走る贅沢な気分。参加車両はクラシックカーとZカーを合わせて130台以上の大賑わいであった。


a0339187_18575047.jpg
a0339187_18582033.jpg
 クルマの展示だけじゃ無くって、車のカタログやミニカーなどを扱うお店や浜松餃子、佐世保バーガーなどの飲食ブースも充実。お宝のプラモデルもあったりで、それはそれ、物欲をそそる。。。小生の琴線に触れる「1/24 タミヤ エルバマクラーレン」を見つけてしまったが、お値段聞いてどん引きして退散。

a0339187_06571748.jpg
オースチン・ヒーレー スプライト カニ目と呼ばれるのも頷ける愛嬌あるマスク。

a0339187_06573780.jpg
アルファロメオ ジュリエッタ スプリント  間違いなく秀逸のデザイン。

a0339187_06580059.jpg
a0339187_06575377.jpg

フォルクスワーゲン・カルマンギア  


 幼い頃、こいつのミニカーで遊んだ記憶がある。いまもこの流線型のシルエットが大好き。。。シンプルな構造でパーツもまだまだ出るようなので、クラシックカー入門として小生にはうってつけに思える。これ用にシャッター付きガレージが用意できるくらいのゆとりがあればいいのだけど。。。町中では叶わない夢だ。



a0339187_07000053.jpg
 小生の愛車、平成17年式 Z33 ロードスター verT もう10年を優に過ぎちゃった。ビニールレザーの幌をクロス地のモノに交換したり、ヘッドライトアッセン交換や純正オーディオのリフレッシュ、ラジエター周りのホース交換などなどの軽整備だけで完調を保っている。オドメーターは7万キロ、まだまだ走れる。昨今のダウンサイジングなエンジンにはどうも魅力を感じない。大っきいことはいいことだで育った小生にはターボなどで粉飾された味付けは美味しくない。。大排気量、大トルクの余裕ある走りができるZの3500ccは美味しいなあ(^^)。


a0339187_17533305.jpg
 展示が終わると最後のフィナーレ キッズパレード。近隣の小中学生をZカーの助手席に招待して、Zカーで公園から春野中学校までの往復20kmをパレードする。お菓子袋をお土産に渡された子供達は、クルマよりもそっちが嬉しそう(^^ゞ。


a0339187_07005759.jpg
a0339187_07014074.jpg
a0339187_07015546.jpg
 本日一番の楽しみ、参加車両のパレードが始まる。家の前や路肩などで地元の人たちがパレードを待っていてくれる。子供も夫婦もおじいちゃん、おばあちゃんも一杯手を振ってくれる。こちらも精一杯手を振りかえすんだけど。。。なんだか嬉しくって目がしらがジーン。。。感動モノだ。


a0339187_07021898.jpg

 DSCCのプラカードを毎年掲げてくれる家族に遭遇、小生が「DSCCカーブ」と呼んでいるいつもの場所だ。今年も3世代?総出でお迎えしてもらった。ウルトラ楽しいご家族、こちらも「来年もお願いします!!」なんて大声で返答を返す。

フェアレディZが手を振って迎えてもらえる。言葉にするとただそれだけのことだが、「ひとつの銘柄のクルマ」がでこれほどまでに地元の人たちとつながっているなんて環境はそうそうざらにあるものじゃない。また来年も来よう!!!!



 高いところからの画像を撮りたくってドローンに挑戦中。駐車場の上空を飛行させてみたが、高度がありすぎると構図的に無理があること、飛行性能は安定しているけどカメラの画質が低くGopro画像との比較に堪えないなどなど。満足できる写真や動画を撮るには、操作の修練と機体のグレードアップが必要だ。

a0339187_18512966.jpg
a0339187_18521312.jpg



# by akane8150 | 2017-05-30 17:47 | Cars | Comments(2)

XT250 セロー 9  国見峠 のりこし峠 神崎 西洞



 行ったことの無い道を地図上でいろいろ想像するのはとても楽しい。最近は地理院地図(電子国土Web)をもっぱら愛用していて、林道、集落などの主な情報源となっている。

 名古屋近郊の日帰りで訪れる事のできる場所はほぼ行き尽くした感もあるが、岐阜県山県に広がる神崎川流域に目がとまった。神崎川の流域に枝を伸ばすように林道が有り、小さな集落も点在している。これまで踏み入れたことは無く、「そうだ、神崎へ行こう!」

a0339187_12234840.png
 神崎だけではもったいないので、これまた未踏の国見峠とのりこし峠を探検しながらのルートを選んだ。朝7時に名古屋を出発、時間節約で関ヶ原ICまで名神高速道路を走る。


a0339187_21130303.jpg
伊吹山登山口


 関ヶ原から木之本までの、もっとも伊吹山よりを快走できる「坂浅東部広域農道」」はよく知られた道だ。すでに長距離トラックは走り出していて、のんびりとついて西を目指す。伊吹の町を西に抜けた先の森林を抜けるストレートでは、かなりの確率で「お巡りさんが機械を据えて路肩に座っている」のでこれは要注意。

 伊吹の町からは山頂が真正面に見える。ここからスキー場のあった場所までクルマで上がれるよう。駐車場からの眺めはきっと良いだろう。スキー場は閉鎖してすでに10年になろうとしている。伊吹の町にあった民宿やスキーショップはそのままに寂しい景観を残していた。


a0339187_21132443.jpg

 姉川に沿った県道40号を北進、この道はやがて奥伊吹スキー場につながり「品又峠」に続く。伊吹山の稜線をひとつ北に越えた谷(足俣側)へ右折、いよいよお山に入りこむ。ガソリンは満タン、チェインは良い感じの張り、タイヤの空気圧はノーマルだけと舗装路の多いルートだからこんなんでしょ。


a0339187_21133970.jpg
伊吹山


 舗装された林道は谷を巻きながら高度を上げてゆく。山の南面にでるとでっかく伊吹山の北面が現れる。この北側からの眺めは希なので、とても興味深い。伊吹山ドライブウエイの道筋はよく分かり、頂上駐車場もあのあたりと推測できた。


a0339187_21135655.jpg
a0339187_21141277.jpg
国見峠 
 

 下の県道から約20kmで国見峠に到着。天気も良かったので周囲の遠望も最高に綺麗だった。南を向けば伊吹山、北をみれば冠山など奥美濃の山々。伊吹山の山頂からもこの国見峠はミニチュアのように見えることを思い出した。峠を吹き抜ける風は心地よく、初夏を満喫できる場所。

a0339187_21144338.jpg
a0339187_21150094.jpg
a0339187_21151396.jpg
揖斐川町 谷山


 国見峠を下りてくると県道32に合流してふもとの村落に入り込む。この県道32号〜県道257号は狭い山間の道でバイクを走らせるのは面白いところ。かねがね気になっていた「高橋谷川」上流の集落「谷川」に寄り道とした。道は簡易舗装で川沿いに北上する。約6kmほどで廃村の谷川に到着。

 この地に人が生活を始めたのは1190年、多分に漏れず木地師達が先達であった。ここにも滋賀の君ヶ畑と深く関わっていたのだ。1300年には70戸数を超える賑わいであったが、昭和42年には廃村となった。りっぱな碑文にはここの住民達が歴史に残そうと面々と谷山の歴史を書き記していた。

日差しもまぶしく、新緑の谷に囲まれた谷山の村落はすっかり静まりかえる。


 
a0339187_21153299.jpg
上ヶ流


 柏川はこのあたりで深い谷を形成して東西に流れている。その左岸にある山岳集落が上ヶ流(かみがれ)で、谷山集落の入り口に当たる。柏川より200mほどの絶壁の上に広がる村落はくねくね道をいい加減上がった先に現れる。開拓された丘陵地には上ヶ流茶が栽培され地元の特産となっている。静岡の川根本町の川根茶を思い浮かんだが、このような山岳村落での貴重な作物はお茶なんだろう。昨今の地元興しの一環か、ちいさな茶店や散策路が整備されていてドライブで訪れる観光客もいるようだ。「天空の里」と銘打っているけど、ちょっと大げさかなあ、南信州の下栗はさらに高所で絶景の場所、こちらは「日本のチロル、天空の里」と呼んでも似つかわしい。


a0339187_12241180.png
 下ヶ流から里に下りてきて国道303号に合流。根尾を目指すには一旦、南に下がって本巣まで迂回する事になるのだが、最近のセロー尾さんの情報をもとに、のりこし峠をつかってショートカットすることにした。


a0339187_21155178.jpg
 303号を北上して峠へ繋がるルートは2本、手前の乙原トンネルから上がってゆく最短コースと今少し北上して小津トンネルからの遠回りルート。月尾谷っていう地名に惹かれて、遠回りルートを選んだ。月夜谷はふれあいの里して、公園、バーベキュー、コテージなどが用意された施設が出来ていた。周囲の村落からも離れているし、自然一杯の静かな所だった。このふれあいの里を少し過ぎるとのりこし峠に向かう林道が始まる。山の稜線を走る林道は快適で、気分爽快。


a0339187_21160669.jpg
a0339187_21161809.jpg
のりこし峠
 

 峠への道は舗装されており快適な道、しかし冬期の名残か落石と折れた枝が路面に広がっていた。1.5車線のため交通量は少ないはずだが、見通しのきかないカーブも多くそれなりに気を遣う。ずいぶん走ったなあ と思った頃に峠に到着。見通しは望めないが、登ってきた山々や遠くには揖斐の町並みが見えて気分良し。この先の下りを済ませると薄墨桜の近くの国道157号に合流した。迂回ルートとしては面白いが、南の谷汲を回ってきた方が早いのは事実。


a0339187_12242722.png
a0339187_21163280.jpg
山県市 谷合


 根尾でGSによってガソリン満タンにしてひと安心。3~5Lくらいしか給油しないので、お店の人には申し訳ないような。。。満タンで9.6L 残り2Lでリザーブランプが点灯、つまり7L(だいたい200km)も走行したら給油を考えないといけないわけだ。

 根尾から国道¥418号を尾並坂峠を越えて東に向かい、最初の信号交差点、集落らしい町並みに出くわすと谷合の交差点。これを左折するといよいよ神崎川沿いとなる。



a0339187_21164927.jpg
山形市 神崎 おんせぇよぉ



 町らしい谷合の集落を抜けると急に人里離れた風景となる。約10km進んだところに大きな村落が出てきて、そこが神崎。廃校となった小学校に週末限定で村の人たちが「おんせぇよぉ」と変わった名前の食堂を開いている。金曜ではあったが、他県ナンバーのファミリーカーが何台か訪れていた。どれだけの収益につながっているのか分からないけど、地元で仕事があって現金収入が得られるのはいいことだ。



a0339187_21173158.jpg
仲越

a0339187_21174962.jpg
仲越林道


 神崎の集落を抜けてさらに川沿いに北上する。ところどころに数軒の家屋を見かけるもいずれも廃屋のよう。狭い舗装路を北上するが、時折満載のダンプカーが対向してくる。これまたすごいスピードで減速もほどほどにすれ違おうとするので恐ろしいこととんでもない。狭い路肩に一杯によって、左足は側面の岩壁で支えてやっとの事でやり過ごす。一度は鉢合わせで、バイクの隙間もなくって小生がバックしたことも。いずこも山奥のダンプカーの爆走はよくあることで、営業している平日の山道はダンプカーにも気をつけないと。

 神崎から約10kmで仲越の集落に到着。通行止め看板があって、右は学校跡の広場で行き止まり、左は仲越林道の看板。ここからはダートとなる。



a0339187_21180455.jpg
 仲越から程なく右にゲート付の林道が現れる。この林道が通り抜けれるのなら、郡上の板取川までのロング林道をなるはず。いつかこの横をちょちょいとすり抜けて冒険してみたい。


a0339187_13562777.jpg
ガッパ谷


 未舗装となってしばらく川沿いに登ってゆくと再びチェインゲートで通行止めとなっていた。地図ではこの先で道は終わり、左の橋を渡ってもすぐに行き止まりとなるようだ。本日の最北端はこれで終了。ガッパ谷って地図には書いてあったが、現地にはその説明など無し。かわった名前だ。


a0339187_21172053.jpg
白岩 熊野神社


 ここからはこの神崎川流域の支流を訪ねる探検となる。まずは神崎手前まで戻って、白岩谷に入りこむ。この分岐部には石灰の採石場があって、ひっきりなしのダンプカーと砂埃が舞っていた。そっか、ここのダンプカーだったんだ。。。

 白岩谷はその名の通り、しろっぽい岩で河原が形成されていて深い谷が苔むした素敵な景観を作っていた。周囲には集落もなく、終点の分岐部のお宮に着いた。熊野神社がきれいに残されていて、周囲の石垣などはここに集落があったことを示していた。しかし家屋はいっさいなくって、周りは自然に帰っていた。

 不思議なことに、山奥の村落の鎮守は、この熊野神社や八幡神社、白髭神社などであることが多い。熊野神社は全国に2000~3000ほどの末社があると言われている。いずれも山岳信仰や日本神話に関わった古代から面々と続いてきた信仰である。廃村となった所でも、残ったお社は地元の人たちが清掃や維持など人の手を入れて管理している。


a0339187_21181827.jpg
神崎 ゲストハウス ミヤマリトルバレー 


 再び神崎まで戻って、支流の円原川に向かう。神崎には古びた旅館が残っていて「ゲストハウス ミヤマリトルバレー」として活用されていた。素泊まりの宿泊やら、田舎暮らしを求めて来る人たちの基地となっているらしい。山県市のホームページでは、田舎の空き家を幾つか販売していてそれなりに売約済みなど移住をしてくる人たちも居ることを知った。


a0339187_21183094.jpg
a0339187_17054813.jpg
円原川の伏流水


 円原川を上がってゆくと「日本一の伏流水」って大きな看板が。砂礫層でできた川床のため、川の水が見えなくなってしまうのが伏流水。枯山水のような景観のところが続く、そしてその上下流では清く住んだ水が流れている。下流では地下水の噴出も合わせ、蒼く透明な淵をつくりとても美しかった。真夏に足でもつけたら気分が良いだろう。


a0339187_21191352.jpg
万所

a0339187_21185160.jpg
シャガの花


 円原川の行き止まりは万所の廃村で、この先は抜けれない林道。40年前には廃村になっている屋敷跡にはアヤメによく似た葉っぱの白い可憐な花が一面に咲いていた。後学で知る「シャガ」は、薄暗い山間の里にはよく見られるようで、年に一日だけ花を開く。この花も明日にはしぼんでしまうわけで、小生が見届けてやった感ありあり、これも何かのご縁だ。


a0339187_21193363.jpg
a0339187_21194632.jpg
林道 西洞納谷線 


 万所から戻り、西洞納谷林道に入る。この林道は地図で見る限り、関洞戸方面に抜けることが出来そう。通行止めの表示もないのでいざ突入。簡易舗装が新しく下草も丁寧に刈られているので、とても走りやすい。深い谷を抜けてゆく林道はやがて峠に至る。標識も無く地図にも記載がないので無名峠だ。夕方にはまだ早いが谷道はすっかり日陰となって、心理的に家路を急ぎたくなる。


a0339187_21200098.jpg
a0339187_21201175.jpg
西洞


 峠をくだりしばらくして西洞の集落に出くわす。立派さ石碑が作られていて、村が栄えていた頃の姿が目に浮かぶ。学校があって、神社も3つ、稲荷神社もお寺もあったようだ。炭焼きと蒟蒻芋、わずかにとれる大理石が集落の生計を支えていた。高度成長期の昭和45年に離村。


a0339187_21202811.jpg
山県市 柿野


 林道の終点が県道196号の集落柿野で、人の生活が感じられる場所に出てホッとする。計画ではこの先、タラガ峠も探検するはずであったが、今日はこれにておしまい。初めて訪れた峠たち、ひっそりと佇んでいた廃村たちに出会えて満足、満足、後は家路を急いだ。




 冬の間に弄ってみたセローのエキパイとマフラー、走ってみての感想は。。。まずは、高回転まで回るようになって最高速も10kmほど上乗せされている。嬉しいことに、低速トルクも増えているようでアクセルのツキが鋭くなった。排気音は元気になったが、規制値内のようでこれも安心。鉄パイプのエキパイがテカテカのステンレスに代わり、チタンの綺麗なマフラーと合わせ、洗車のやり甲斐が増えたようだ。




# by akane8150 | 2017-05-26 19:08 | Motorcycles | Comments(2)

XT250 セロー 8  酷道418号 丸山ダム


 丸山ダム、岐阜八百津にあるこのダムは戦後に造られた大規模ダムで、洪水を防ぎ、発電で潤し名古屋の水瓶である木曽川水系を支えてきた。名古屋からは1時間くらいの距離にあり、ちょいツーリングなどでバイクやクルマが訪れるところだ。
 現在「新丸山ダム」の建設途中でこれが完成するとこの上流の景観も大きく変わるそうな。なので水没してしまう前に全国的に名の通った「酷道418号」を見てこようとトコトコとセローで向かった。


a0339187_10504197.jpg
丸山ダム


 竣工が1955年ということは60年以上もこの地でそびえ立っているわけ。コンクリの苔むした外観も周囲のうっそうとした木々も年月を感じさせる。当時は観光地としても賑わっていたようで、ダム湖には観光船が浮かび散策路も整備されていた。


a0339187_10505653.jpg
a0339187_17315057.jpg
新丸山ダム(黄線輪郭)


 新しいダムは現行の丸山ダムにおんぶするように重ねて作られるようだ。上記の写真でセローがいるあたりまでダムの躯体がせり出し、丸山ダムより20m以上湖面が上昇する。合わせて周囲の道路もさらに高い場所へ移転を始めていた。


a0339187_10512037.jpg
小和沢橋


 ダム直下に昭和27年に作られた吊り橋でレトロな味わいがいい。現在は歩行者のみが通行可能だけど、以前はここをダンプカーが走ってダム建設をささえていたわけだ。幸いにも新ダムができてもこの遺構は保存される。


a0339187_09150871.jpg
酷道418号
a0339187_10580371.jpg
旅足橋


 丸山ダムができるまえは木曽川の渓流に沿って村落もあり道路もあったはず。ダム建設に合わせ村は移転してダム湖右岸に新たに幹線道路「国道418号」が建設された。しかし、切り立った山肌を削ったこの路は落石や崩落で維持をするのが大変であった。周囲の村落も無く生活道路としての存在理由が薄れる中で、この国道も不通となる期間が増え現在では「酷道418号」という不名誉な名称で有名となってしまった。新ダム建設の道路からダム右岸沿いに下ると418号になり、地図の上では恵那市武並橋までの20数キロまで通行できように見えるが。。。

 クルマも走行できる1.5車線の舗装路をダムに沿って上流へ向かう。まず目に付くのが「旅足橋」、たびそこばしだ。土木建築として有名らしい。補剛桁をメインケーブルで直接吊り上げている非常に珍しい形式だそうで、世界で5つ、日本では唯一残っているとのこと。赤い塗料とさびが何とも言えない味を出している。歴とした生活路線で現役ではあるが、新ダムができると水没となるようで保存運動が始まっている。                                 


a0339187_10574370.jpg
湯谷橋


 さらに進むとしっかりとしたトラス橋、湯谷橋が現れる。ここの分岐の県道を上に上がれば整備された高規格な418号バイパスに出ることができる。小生はダム湖沿いにさらに上流へ向かう。

a0339187_10560076.jpg
二股隧道


 やがて路は砂利道となり、ついに現れる二股隧道。中をのぞくと途中でカーブしているためか、真っ暗闇・・・照明はもちろん無いし、ろうそくのようなセローのヘッドライトでは心許ない。。。

 この二股隧道には都市伝説が伝わっている。全国に広まっている「口裂けおんな」の発祥地がこの八百津とされ、またこの隧道の壁には工事に関わった労務者の遺体が塗り込められているとか、名称「二股」は隧道の途中で二股になっているから名付けられたが、今の隧道には分岐が見当たらないとか、様々な噂が残っている。

 小生は怖いモノは嫌いだ。遊園地のお化け屋敷など入ったためしがない。今日は当然ひとり、誰かと走っている訳じゃ無し、近隣に人家もないし・・・・どう見てもひとりでこの隧道を抜けきる勇気が出なくって。。。引き返すことに(^^)!!


a0339187_18465750.jpg

 だけど、せっかくここまで来たのに先を見ないでは物足りない。。。隧道の反対側がどうなってるのかを知りたくって、先ほどの湯谷橋まで戻って上流の418号へ山越えをすることにした。


a0339187_10525392.jpg
県道353号篠原八百津線分岐部


 苔むして路肩もあやふやな15kmを迂回して二股隧道の上流の418号に出た。ここには堅固なゲートがあって、これから上流の通行不能区間をがっちり閉ざしていた。

 
a0339187_18464215.jpg


 ここから恵那の笠置ダムまで10kmほどの深沢峡沿いは、40年近くにわたる通行不能な区間で、国道ではあるが事実上の廃道である。落石や倒木でクルマはもちろん、バイクも通過できない状況なのに現役の国道っていうのが酷道マニアに受ける所以だろう。小生は険しい路こそ好きだけど、このゲートをすり抜けて挑戦する勇気は無い。


a0339187_10530966.jpg
ゲートの反対方向を振り返ると先ほどの二股隧道につながる酷道418号が口を開いている。。。さて、どんな景色が待ってるのか!!


a0339187_10535023.jpg
a0339187_10562729.jpg
 このゲートから下流の丸山ダムまでは険しい路ではあるけど、未舗装路、泥道はクルマでも走破は可能。味のあるコンクリ橋、苔がびっしりと張り付いた岩の壁など、朽ちた景色がなかなか素敵。
 路上には折れた枝なども散乱しているが、日向ぼっこしているヘビと区別が付きにくい。。。今日は2度もへびを轢いてしまった。気づいても直前で避けるのは危ないし、「おりゃ!!」ってな感じで踏みきるしか無い。。。怖いから両足をステップから浮かして情けない格好。。。へびさん、悪いなあ〜〜。


a0339187_10545856.jpg
a0339187_10551521.jpg

 山奥に入ると野生の動物に出会すことが多いが、この日は先の路上にニホンカモシカがいるのを発見。その手前でバイクを止めたが、逃げる気配まったく無し。やがてそのまま近づいたら、やっと崖の上へ逃げてくれた。2,3分の間、振り向くカモシカと対面していた、というか、どっちが路を譲るかの「根比べ」だったような。


a0339187_10520941.jpg

 小一時間かけて、二股隧道の反対側出口にやってきた。これで通過可能区間は制覇したことになる。まずまず満足して酷道巡りは終了なんだが、さてここからどうやって帰ろうということに。。。へびやカモシカに遭遇した迂回路を戻るのは、気が引ける。なんたって、距離もそれなりにある険しい路だったし。。。 

 悩んだ結果、遠回りをするよりもこの恐ろしい二股隧道を「一瞬」で通り抜けることを選んだ。口裂け女が出てきたらどうしよう、途中で二股になっていて行く方向間違えたらどうしよう、隧道の壁面になにか映ったらどうしよう、などなど刹那に思い浮かんだが、、、、ヘッドライトをハイビームにして、ハンドル抱えるよう身を縮めて隧道に飛び込んだ。

 頼りないセローのヘッドライトは空しく真っ黒の闇に吸い込まれ路面を浮かび上がらせるだけ、隧道の壁面や天井、行く先はまったくの闇だった。隧道はとことどころ広さを変えてカーブを描いて延長400mほどあった。先に出口の明かりが見えたときはホントに安堵した。

「わたし、きれい??」って、口裂けおんなに肩を叩かれなくってよかった・・・。


a0339187_14341022.jpg
a0339187_10583577.jpg
旧八百津発電所資料館。


 無事に?! 丸山ダムまで戻り、レトロな発電所を尋ねてきた。竣工はなんと明治44年(1911)!! そして1974年まで稼動を続けていた働き者、1998年からは重要文化財として博物館として開館した。天井の高ーい建物の中には、タービンと発電機が鎮座し、むき出しになった碍子や変圧器が迫力いっぱいであった。まだ当時は国内でもこれだけの発電所は無く、試行錯誤を重ねて苦労していた歴史の遺産だ。

a0339187_10584861.jpg
三勝屋 八百津
a0339187_10590380.jpg
カツ丼(並) 味噌汁(大)


 ダムをさらに下ってくると八百津の町が現れる。随分と前に単線の電車も廃止されてしまったような山裾の町。秋の栗きんとんが有名で、戦時に掘りすぎた亜炭鉱が町内で突然の陥没事故を起こしているのも知られている。

 小さな町のメインストリート交差点のいわゆる大衆食堂「三勝屋」さんで遅めのお昼ご飯をとった。創業80年になる昭和レトロなお店は、壁に掲げられた黒塗り木札のお品書きが雰囲気いっぱい、小さなテーブルとスチールとビニール張りの丸椅子もこのお店にぴったりだった。「パーコー定食」「中華そば」「玉子丼」が定番のようで、いずれもお安くボリュームたっぷり。特に中華そばは懐かしいルックスと味を出していると食べログに。小生が訪れた日も平日ではあったが、とても繁盛していた。とろとろ玉子のかかったカツ丼は昭和の香り、たっぷりのお味噌汁で八百津の味を頂いた。





# by akane8150 | 2017-05-16 18:36 | Motorcycles | Comments(2)

MT-01 OS 26 横浜 箱根 西伊豆スカイライン



a0339187_19592929.jpg

 全国的に朝〜〜!!  食べてばかりであまり飲んでいないからスッキリとお目覚め。横浜の町を一望して、いそいそとバイク支度を始めた。今日は伊豆を走ろう!!


a0339187_16512322.jpg
箱根ターンパイク


 小田原厚木道路で小田原へ、土曜の朝だからすでにバイクやそれっぽいクルマが多い。箱根峠まで旧東海道かターンパイクかしばし悩んだが、時間節約でターンパイクを駆け上がった。中速コーナーが続くのでここは面白い、高めのギアでアクセル開度で変わる排気音を楽しみながら、マイペースで駆け上がり、クルマにも邪魔されずクリーンに大観山に到着。動画の準備しておけばよかったと思うくらいナイスな状況だった(>o<)。

 ポルシェの試乗で雑誌記者が事故死したのは記憶にあたらしい。事故現場も通り過ぎたが、下りでコントロールを失って路傍の木に激突。現地でみると緩やかなカーブでぶっとい911のリアタイヤを滑らせるにはかなりのスピードが出ていただろう。んっでも、自分の目の前に高速で突っ込んでくる対向車を考えるだけでも恐ろしい。


a0339187_16514710.jpg
箱根 大観山


 前日は富士山を拝むことができなくて悶々としたが、この日はすっきり目前に見ることができた。名古屋人は雲ひとつかかっていない富士山に完璧にノックアウト。ベンチに座ってしばし無心状態(^^)。


a0339187_20011146.jpg
a0339187_16523176.jpg
伊豆スカイライン


 熱海峠から伊豆スカイラインを南下する。所々に富士山ビューポイントがあるけど、自分は名も無いこのじゃり広場がいつもの撮影場所。ガードレールもなくってスッキリした背景に富士山はもちろん、三島のまち、駿河湾も一望できてすごい景色。地元の人には見飽きた景色かもしれないけど、県外から来る人にとっては天候次第の富士山、ただひたすら感動、感動。
 ただし、このビューポイント、MT-01だと砂利で転けないように気を遣う必要あり、ださくても本線に戻るまでは足をばたばた、4足走行。



a0339187_20014307.jpg
伊豆の国農協湯ヶ島支店


 伊豆スカイラインの終点ひとつ前の冷川ICで下道に。緩やかな勾配の谷間に広がる村落を抜けて、県道59号で峠越えをする。気づけばバックミラーにブルーのYZF-R1、一緒にクネクネを楽しめるかな〜〜なんて思ったりもしたけど、いつの間にかいなくなっちゃった、、残念。
 このあたりの村落には立派なソテツが目につく、これも暖かい伊豆に来たんだなあと思える。下ったところは湯ヶ島でJAの施設でしばし休憩。土曜なんで地元の人たちはテントで地元の物産を販売していた。


a0339187_16531350.jpg
西伊豆スカイライン 風早峠


 さらに県道59号を登ってゆく、どんどん高度が上がって見晴らしのいい交差点に到着。そこが西伊豆スカイラインの風早峠で、ここから尾根伝いに快走路が北に延びている。峠を抜けるが風が年中強いので、こんな名前になったそう。左は駿河湾が一望、右は伊豆の山々が遠くまで広がる景色のいい場所だ。



a0339187_21463323.jpg
西伊豆スカイライン 戸田パーキング


 路面の整備がそれなりになされているので、とても走りやすい。有料の伊豆スカイラインは言うまでもないが、西伊豆スカイラインもバイクには走りやすくって、楽しい山岳路であった。この2本を乗り継ぐ今回のコースは渋滞知らずの展望ナイスのとてもいい選択だと思えた。



a0339187_16533719.jpg
戸田港


 お昼を食べるべく山を下りて戸田の町にやってきた。海鮮丼、しらす丼、タカアシガニ丼などなど食欲をそそるお店が並ぶ。しかしどこもお客さんでいっぱい、並んでまで食べるのは辛いので空いている大衆食堂に入ったら、なんと地元の人たち用のメニューばかりでお魚と言えば「焼き魚定食」のみ(^^)。なににしようか悩んだが、頼んだのは「トンテキ定食」だった・・・これって地元四日市のグルメじゃ無いの??


a0339187_16540777.jpg
大瀬崎


 戸田からは昔ながらの海岸線を走る。時折対向車をやり過ごす事もできないような狭さもあり 、それなりに交通量もあって地元の軽トラを先頭に淡々と走る。それにしてもこの日は良い天気、大瀬崎では駿河湾と富士山と180度のパノラマ写真が楽しめた。今回の旅では富士山をいろんな場所から眺めることが出来た。もう十分に富士山に満足。


a0339187_20042973.jpg


 基本的に小生は晴れ男と信じているけどは天気予報の正確さには敵わない。戸田から沼津に出た頃には富士山もすっかりと雲隠れして天候の悪化を示していた。後は高速を走るのみ、沼津インター手前の干物屋さんでお土産の「金目鯛」と「トロ鯖」をゲットして後ろにくくり付けた。

 A地点からB地点までの長距離トラックの運転手のごとく、クルマの車列に混じって淡々と高速道路を西に向かった。案の定、浜名湖を過ぎたあたりから雲行きが怪しくなって、新東名岡崎SAではトイレ休憩と共に持参のカッパを着た。面白いもので、小生がカッパの準備をしていたら周りの同類も雨対策を始める。自宅まではあと少し、しかし豊田ジャンクションあたりからは猛烈な風と横殴りの雨粒に襲われる。この重いMT-01でさえ横風に煽られて、80km走行がやっと。ひたすらニーグリップを意識して風に耐える。

 そんなこんなでお家に着いた頃にはずぶ濡れに、でも干物はぬらさずに家族に渡すことが出来た。いつもは洗車してカバーを掛けるのだが、明日はちゃんと洗ってやるからってバイクに囁いて、走りっぱなしでキーを抜いた。







# by akane8150 | 2017-05-06 23:34 | Motorcycles | Comments(5)

MT-01 OS 25 道志みち 江ノ島 三崎 横浜



 たしか昨年の学会参加は大阪だった。今年は横浜、ならば久しく合っていない横浜の友人Sくんと酒を交わすのを口実に、一泊二日のバイク旅行と決めた。天気が悪いようであればロードスターのつもりだったが、概ね晴れそうなので迷わずMT-01で早朝に名古屋を出発。


a0339187_16422179.jpg
新東名 新清水IC


 時間短縮のため好きじゃない高速を淡々と走る、特に新東名はまっすぐとトンネルばかりでバイクだとなーんも楽しくない。MT-01の振動は制御されているとはいっても、グリップを握りしめていると間違いなくしびれてくる。なので自然と添える程度でグリップを握っているようになってくる。このところクラッチの滑りも気になっていて、80kmあたりからガバッと開けるとズルズル滑り出し程なく直結する感じだ。まるでクルマのトルコンスリップみたい。ブログ「おれ☆せん!」にはプレートのへたりよりスプリングが押さえきれないことが原因と挙がっていた。いずれうちのも整備にださなきゃいかんだろう。


a0339187_16423289.jpg
桜峠(国道469号)

 
 横浜が終着点だが、これまで行きたかった道を選んで走る。まずは新清水ICでおりて「見延みち」を北上し、桜峠を越えて富士山麓を御殿場までというルートをとった。新清水ICからは富士山がちょこっと顔を出してくれている。桜峠は地図で見ると目前に富士山が一望できる立地なのでとても期待していたが。。。峠の頂もその先の下りも樹木に被われてまったく展望ゼロだった。。。地図から想像した景色は外れることも多々あるわけで、それはそれでまた面白い。



a0339187_16425541.jpg
富士山こどもの国


 記憶にあるよりも国道469号は立派な道になって裾野を貫いている。快走路なのでついついスピードが出そうだから、敢えてスピードを抑えてのんびり走った。途中の富士山こどもの国では富士山のいい写真が撮れるだろうと立ち寄ってみたがお山はすっぽりと雲に隠れていた。


a0339187_16431139.jpg
山中湖


 富士山は雲隠れしてしまったので、写真を撮るのは断念して御殿場〜山中湖とみちなりに走る。新しくできていた道の駅「すばしり」で休憩して、山中湖に到着。この日は平日のため人も少なく静かだった。湖畔のレストランやホテルなど廃墟になった所も目立ち、一抹の寂しさも。これが夏だったら、部活の合宿などでテニスコートも賑わっていて欲しい。


a0339187_16433025.jpg
道志みち
a0339187_16434530.jpg
道の駅「どうし」


 道志みち、ここも以前から走って見たいと思っていたところ、バイクネタではよく登場するルートだ。山中湖から山の中をまっすぐ相模原まで貫いている。路面も整備されていて信号も見当たらず、小さなRをつないだコーナーも楽しめる。景色は単調だけどバイクを走らせるには楽しい道だと思った。


a0339187_16440289.jpg
江ノ島


 宮ヶ瀬湖から南進して伊勢原に出た。このあたりからは市街地をつなぐだけで、全然楽しくない。湘南の海岸線も渋滞ばかりで信号待ちとすり抜けで辛抱、辛抱(T_T)。江ノ島は思い出のあるところで、今は無い「パッチワーク美術館」や亡き父と宿泊した「岩本楼本館」など懐かしく。江ノ島や鎌倉の海岸には、修学旅行の高校生達がたくさんやってきてわいわい。江ノ電はアニメマニアの聖地となっていてアジアからの観光客がスマホで自撮りを盛んにしていたが、堤防の工事のためか無粋な衝立が海の景観をぶちこわしていた。期待していた人たちもがっかりしていただろうに。


a0339187_16442472.jpg
葉山の路地


 葉山はSくんの実家があるところで、学生時代の夏を過ごさせてもらったことがある。それ以来の来訪であったけど、路地が入り組んだ海沿いの景色が懐かしかった。当時はサザンが流行っていた頃で、歌詞に登場する地名やお店を巡ったのも懐かしい。Sくんのオヤジさんが三崎の漁業組合に勤めていて、マグロなどの遠洋漁業の面白いお話を晩酌に付き合いながら聞くのは好きだった。オヤジさんは亡くなってしまったけど、この年になって息子のSくんがおやじさんにそっくりになっている。


a0339187_16445024.jpg
三崎港
a0339187_16452045.jpg
県道215号


 まだまだ日没には余裕があったんで、葉山から南に下って三浦半島を一周することに。でも認識が甘かった・・・1車線の海沿いの道は渋滞していてなかなか前に進まない。したくはないすり抜けもやるっきゃ無い、原付スクーターと絡むように先を急いだ。やっとやってきた三崎港、まぐろで有名で「まぐろ丼」でも食べたい気分だが、横浜での夕飯を考えてがまんがまん(>o<)。

 南端をぐるっと巡る県道215号はアップダウンする広々とした畑と海の景色がミックスして気分爽快な道だった。ただし畑仕事の軽トラが多いことと、ブラインドコーナー先に路上の畑土が残っているのは要注意。


a0339187_16460096.jpg
横須賀 三笠公園


 軍港の町、横須賀で三笠をチラ見。時間切れだったので中には入っていないけど、以前来たときはじっくりと見て回った。きれいに保存されて展示物も見応えがあって満足した覚えがある。そのときにレジンと真鍮の三笠の模型をゲットしたが未だ手を付けていない。実物を見て制作意欲がもりもり、今度時間を見つけて取りかかってみよう。


a0339187_16461350.jpg

横浜 日本丸


 友人との約束時間が迫っていたので帰宅するクルマの中を縫うように横浜を目指した。首都高湾岸線に乗ったまでは良かったけど、本牧ジャンクションで左に折れるところを見過ごして気付けば横浜ベイブリッジを走っていた(^_^;。左に横浜が遠のいて、さっさと大黒パーキングに降りる。やっちまった感ありありでトイレ休憩とSくんにちょいと遅れる旨の連絡を入れた。幸いここからUターンできたので、気を取り直してみなとみらいに向かった。


a0339187_16471575.jpg

 ホテルに着いたが地下駐車場の入り口には「二輪進入禁止」の案内。予約時に地下に停めることが出来ることを聞いてはいたが、ドアマンに確認を取る。「係員が入り口ゲートで待機しますからお待ちを」とのこと、わざわざバイク1台のために待ち受けてくれて無事に指定された所に駐車した。「基本的にバイクの走行は想定していないので、明日の朝は出口のゲートまでバイクを押してください」なんて指示受ける。

 これまでにもバイクの客を扱って居るはずだけど、いつもこんな対応なんだろうか? バイクの市民権もまだまだ認めてもらっていないなあと実感。



a0339187_16501015.jpg
野毛おでん
a0339187_16502073.jpg

 横浜住まいも長いSくんは手ぐすね引いて歓待してくれた。まずは中華街で「同發」の焼豚、ついでこのおでん屋さん、〆は「平沼田中屋」のきざみ鴨せいろ。飲むよりもお腹が一杯になってしまった。とりわけこの「野毛おでん」は気に入った。濃いめの出汁にでっかい大根がしみこんで日本酒にぴったり。お店の雰囲気も良い味出していたし、煮付けやお刺身などおでん以外のメニューも気になった。

 友人とはたっぷりと話をすることが出来て、30年前の学生時代バカばっかりやっていた頃が瞬時に蘇る。お互い齢をかさねてしまってはいるが、彼の話し方や仕草もまったく変わりない。くつろいだ横浜での親交だった(続く)。





# by akane8150 | 2017-05-04 21:30 | Motorcycles | Comments(2)

XT250 セロー 7  権現谷・白谷・大杉・御池・杠葉谷林道 五僧峠 君ヶ畑




a0339187_19045937.jpg

 滝谷武奈林道から霊仙山周囲の廃村を巡って霊仙河内の部落までやってきた。ここからは林道巡りの行程で、すでに11時を過ぎようとしており先を急ぐ。河内の部落からは霊仙山の南端がそびえ立つ。



a0339187_19053239.jpg
権現谷林道


 狭い峡谷がつづき、簡易舗装はされてるが、狭くて晴れでも薄暗い峡谷を進む権現谷林道。「これでもか」ってくらい落石があって、クルマではちょっと厳しい。日の当たらない所にはまだ残雪があって、冬の間に雪崩や土砂崩れでの道路閉鎖にならなかったのは幸いだ。秘境を思わせる雰囲気がいっぱいで好きな渓谷。


a0339187_19060345.jpg
白谷林道起点


 権現谷を過ぎてさらに南下、すると・・・ 小生にとっては「開かずの白谷林道」であるはずなのに、今日はロープが外されている!! ワクワク気分で「お初の白谷林道」に進入した。さあ、どんな景色が待ってるんだろう。


a0339187_11500218.jpg

 分岐してからは、地図の上でも十分に延長距離があってグラベルが20km近く続く。ガレていない硬めの林道なので普通に走りやすい。どんどんと高度をあげてゆくと、多賀の山並みが眼下に見えて天気も良いことも重なってすこぶる爽快、快感。


a0339187_19063035.jpg
霊仙山


 盲腸線だからやがてぷっつりと道路は無くなって終点になる。引き返す見通しの良い先に霊仙山の山頂が目の前に。なかなかこのお山を近くで見ることは難しいので、こんなにきれいに見えて感動!。しばらく見とれていた。同じ場所でも盛夏だったらお山も隠れてしまう、まだ木々の葉がない分、視界が開けていて得した気分。


a0339187_10535292.jpg

 ふと見つけた小さな沢の堰堤。残雪にちょっと隠れているけど、どこかで見た光景!、そうそう「セロ尾さん」のブログに挙がっていた「泣き顔堰堤」ではないかと確信。今日はお口からよだれ、左目から涙を流してるように見えた(^^)。この先、「堰堤」を見つけるとその排水孔についつい目が行ってしまうようになっちゃった。この白谷林道は初めて踏み入れたが、リピートしたい場所が増えてしまった。また天気のいい日には訪れよう。



a0339187_19071083.jpg
五僧峠


 権現谷にもどり、行きがけに遠望した五僧峠に立ち寄る。時山のゲートまでは下りていないので通行可能かどうかの確信は無いけど、碑の前には尾張小牧ナンバーのクルマが停車していて、時山方面から上がってきたのではないかと推測。



a0339187_19073119.jpg
a0339187_19074806.jpg
a0339187_11450768.jpg
大杉林道


 五僧からは南進して一旦国道302号経由で大杉林道にとりつく。その国道302号の鞍掛峠はいまだ災害で通行止め、これが通れるようになるとツーリングコースの選択肢が増えるのだが、今年の開通は見込めるんだろうか??

 本日のメインイベント、酷路林道の起点になる大杉部落に到着。部落の中を通り過ぎるとやがて植林地を経て、未舗装でガレだらけの大杉林道が始まる。特に峠の前後はゴルフボール大からげんこつ大の尖った石で埋め尽くされ、さらにざくざくと石が浮いているので走りにくいこと甚だしい。転けて右くるぶしをバイクにはさみ、痛い思いをしたのは昨年のこの林道だ。そんな痛い思いをしても、この大杉林道のワイルドさや秘境感、林道好きの小生にはたまらないところ。



a0339187_11485430.jpg
御池林道


 大杉林道を上がった先がこの林道、いいかげんガレ道走行に疲れたあとで、この広い舗装林道は正直ホッとする。ここなら転倒して動けなくなっても誰かが通るだろうって期待できる。まだ数日前に冬期通行止めが解除されたばかりなので、路面には落石ばかり。そんなんでもストレスなく快調に林道を下ってゆく。滋賀ナンバーのご夫婦にと遭遇し立ち話。「しゃくなげ」を楽しみに御池林道にやってきたそうな。今年はつぼみも見当たらないほど全滅と言っていた。花が咲いていればシャクナゲだって小生でも分かるのだが、たしかにその類いは見かけていない。

でもよくよく考えたら、シャクナゲって5月頃〜の開花じゃなかったっけ、まだ早いんじゃないのかなあ??




a0339187_19080914.jpg
君ヶ畑


 御池林道をどんどん降りてきて最初に現れるのが「君ヶ畑」の集落だ。そろってとんがり屋根が目に付くが、とても静かな所。

 「木地師」・・・バイクで山奥を走ると山陰、北陸、信州などなど、いたる所でこの君ヶ畑の名前が出てくる。それはこの小さな集落が日本に広がる木地師達のふるさとだからだ。その理由とは・・・この地で始まった「ろくろ」による木製品の加工は、良質の木材を求めてその木地師達の集団が全国の山奥に広がるきっかけとなった。やがて木材を伐採する「許可証」をこの地で管理するようになり、ますます君ヶ畑の存在は大きくなったようだ。なんせ、全国に広がる木地師達の半数がこの地を「本籍地」にしていたくらいだから。


a0339187_19083745.jpg
惟喬親王御廟所


 木地師にろくろを教えたというのが、文徳天皇の皇太子であった惟喬親王。時の権力争いから天皇には就かず、出家して隠棲した。その先がこの地であったとされ、地名もこれに由来する。巻物をほどくと芯がくるくる回ることから「ろくろ」が開発され、庶民の器であった白木の椀として広まったそうな。1000年以上も前の遙か昔のお話。それを今も大事に守り伝えていることは、素晴らしいこと。


a0339187_19085477.jpg
蛭谷 筒井神社


 君ヶ畑をすこし降りてくると蛭谷の村落が現れる。そこには筒井神社が鎮座し筒井公文所が並ぶ。公文所とは全国に広がった木地師達の免許を管理するところで、このお宮と合わせ「一生に一度は参拝する」聖地であった。このあたりは木地師の「小椋」「筒井」を名乗る住民が大半、これは同族婚姻が多かったなごりだ。


a0339187_19092070.jpg
蛭谷 筒井ろくろ


 以前の探訪で、この下界にある道の駅で地元の特産物の中に木製食器を見つけていた。そこでこの筒井ろくろの作品であることを知っていたので、今回はバイクであったにも関わらず、何か気に入ったものがないか訪れてみた(訪れた事はなかったが、この工房は何度か素通りしていて既知ではあった)。

 現れたのは北野さんという蛭谷では唯一のろくろ師、小さな工房でお話を聞くことが出来た。いろいろ見せて頂いて、ビールや冷酒を美味しく頂けそうな器を吟味して譲り頂く事となった。会話の中で面白かったのが、「君ヶ畑」の名を出すと「いや、ここは蛭谷」ってすごく拘ってみえたこと、それは後学で理解することに。。。。



a0339187_19095601.jpg
杠葉谷林道


 蛭谷からは快走路の国道421号に乗ってその先の石榑トンネルを目指すが、トンネルの手前で右に分岐する林道のゲートが開いているのを発見。地図ではここから南に向かって鈴鹿山脈の西側、道路も村落もなーんもない扇状の流域があってどんな景色か前から気になっていた杠葉谷林道。この機会を逃がしたら再訪はないと思い探検開始。

a0339187_19111313.jpg
神崎川流域案内図

a0339187_19101548.jpg
a0339187_11561309.jpg

 どうやら神崎川の渓流釣りの解禁に合わせてゲートが開いたものと推測。ということは、夏期の間は解放されているってことか。路面は行き止まりの終点まで舗装されており、クルマの進入も問題ない立派に整備されていた。分岐部からしばらくは切り立った峡谷を走るが、その先は地図で想像していた通りでこの流域を俯瞰する景観となった。


a0339187_11581970.jpg

 本流に沿って林道は延びているが、途中からいい雰囲気で分岐する林道を見つけこれも上がってみた。コンクリ路面はぐんぐん尾根を登ってゆき最後は木材搬出のモノレール場で終点だった。この地図によると「風越林道」と言うらしい、なかなか風流なネーミング。


a0339187_10090470.jpg

a0339187_19115243.jpg
筒井ろくろ トチノキ 木器

 筒井ろくろの主、北野さんとの会話で「蛭谷」を強調されていたのは、木地師の歴史にその理由があったからだ。全国に広まった木地師達は、その利権を総括する「君ヶ畑」と「蛭谷」の2つに分かれていた。自由に木を伐採して木器を作るには、どちらかに所属しなくてはならなかった。当然、その勢力を競い合うこととなり、わずか数キロしか離れていない隣村で切磋琢磨してきたのであろう。

 譲って頂いたのは貴重なトチノキの木器。きれいな木目で片方は銀をすり込んだ上に無色で塗られ、もう一方は深い漆塗り、いずれも軽く口当たりも持ち具合も気分良い。ささっとシャワーを浴びてさっぱり、この器で冷えたビールをゴクゴク美味しく頂いた。






# by akane8150 | 2017-04-25 23:00 | Motorcycles | Comments(4)
line

Golf Bike Cars and Beer


by akane8150
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite