小生の備忘録

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RZ250改 7 野麦峠 お助け小屋


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1981年 RZ250 改


 7月上旬に通行止めで通れなかった野麦峠の通行止めもやっと解除の情報を得た。例年であればゴールデンウイークの頃には雪解けで開通しているので、約3ヶ月もおくれた計算だ。楽しみに今年初めての野麦峠を予定したがなんと朝寝坊。。。 すっかりお日様が上がってしまった午前9時に自宅を出発。ウインカーが振動で折れているMT-01はお休み〜〜、オートルーブを満タンにしてRZをお供に選んだ。



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美濃加茂


 乗鞍の野麦峠へ最短で行くなら、中央高速で伊那でおりて薮原からのコースになろうがそんなんじゃ面白くない。時短にはいいけど、バイクの高速道路は単調すぎる。下道で高山方面をめざす「ルーティンロード」、美濃加茂〜上之保〜岩屋ダム〜小坂 の裏道街道をいつものように走る。渋滞知らず、くねくね満載、信号無しの美味しいルートだ。自宅から名古屋高速道路を小牧北ICまでワープ。あとは国道41号線で美濃加茂までくると、この先が野麦峠までの裏道街道を起点となる。


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津保川 あゆ漁


 美濃加茂からは道の駅「平成」を通り過ぎ、津保川にそって上之保村を北上する。日本中に「平成」と名のついた地名は珍しく、元号が変わったときには、多くの観光客がこの小さな町に押し寄せた。「へいせい」と書いて「へなり」と呼ぶのが正解だ。

 お盆の津保川は「あみ漁」も解禁になったようで、帰省中の家族も相まって地元の人たちが川にあみを仕掛けて鮎などを捕っていた。父親が元気だった頃、中学生くらいから鮎の友釣りに連れて行かされたものだ。この「あみ漁」が始まると、友釣りのシーズンも終わり夏が過ぎてゆくことを感じる。


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 町とはそれほど離れていないけど、上之保周囲はお山に入ると過疎感たっぷりの静かなところ。道路標識もレトロなモノが残っていて、これなんかも昭和の味わいがあってよろしい。この型式の案内表示は昭和25年から46年まで採用されていた、この場所で50年以上も機能してるんだからすごい。


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金山巨石群(岩屋岩陰遺跡)


 上之保を抜けて岩屋ダム、馬瀬村をめざす。岩屋ダムはワインディングが続くこともあって、アドレナリンがふつふつと湧いてくる。路面がきれいなのは安心だがこの時期は下草が路上にせり出しているために、コーナーの見切りが悪くって要注意。6000〜9000回転の美味しいところをつないでくねくね道を楽しんだ。

 途中に10mを越える大きな石が寄り集まった遺跡がある。地元のサイトを引用すれば。。「日本に数多くある巨石遺跡の中で金山巨石群は、考古天文学的調査が行われた最初の遺跡。この調査によって3箇所にある巨石の石組みは、いずれもイギリスのストーンヘンジのように、太陽暦として機能するように設計され建設されたと推定されるなどいくつかの事実が明らかになった。」だそうだ。縄文時代からの発掘も見つかっており、一見の価値あり。


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道の駅 飛騨美輝の里


 ダム湖周辺路が終わって馬瀬の村に入ると「道の駅 馬瀬美輝の里」。くねくねを真摯に走った後の休憩にはもってこいでいつも静かで好きな道の駅だ。トイレを済ませてバイクに戻ると。。。 小さな虫がたくさんバイクに集っている。。。夏の夜に白い布団に虫が集まるのと同じだろう。タンク、フェンダーにいっぱい取り付いている。走ってみても風圧にも耐えて張り付いたまま、なんてタフな虫なんだ??


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馬瀬村

 馬瀬川上流のこのあたりは全国的にも鮎釣りで有名な所。人を見ることも少ない静かな村だけど、お盆と重なったためか帰省した人たちで賑わって楽しそう。道が開けるまでは、この馬瀬上流にくるには難儀をする鎰路であった。今はダム湖や峠越えのトンネルもできて一気に近代化された印象だ。


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道の駅 飛騨小坂


 寒くて凍えた新日和田トンネルを抜けて山越え、下呂温泉を流れる飛騨川に出る。ここからは国道41号線の対岸を併走する県道を爆進。信号、クルマなど皆無の抜け道だ。やがて小坂の町並みになり小坂川に沿って山に入り込む。湯屋、下島などの温泉も有名で、アルカリのぬるっとした温泉がいい。高校卒業旅行で友人と自転車2台、2泊3日かけて名古屋から高山までの往復をしたことが懐かしい。この湯谷温泉に泊まったのを覚えているが、今なら「風呂上がりのビール」なんて楽しみあるが、当時は湯上がりにどうしていたんだろう?? 冷えた牛乳を飲んでいたのかな。


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鈴蘭峠

 小坂から鈴蘭高原までの15kmほどは適度なカーブと登りが続くとても楽しい小生のおすすめくねくね道だ。登った先が鈴蘭峠、さらに鈴蘭スカイラインでいつもの展望所に到着。ここからは右に御岳、正面に乗鞍を見渡すことができてすごく気分のいい場所。雲が多くて残念であったがまずは一息休憩だ。


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道の駅 飛騨たかね工房


 鈴蘭高原をそのまま北進して御岳麓に下りて、秋葉ダム沿いを抜けて木曾街道に出る。道の駅 飛騨たかね工房は野麦峠への分岐近くにあって、バイクも多い道の駅。それがためか、軒下のベンチにはシールド掃除用にぞうきんが置かれてあって( ・_・;)。こんなサービスしているところってないでしょう、まあ山奥で来客もそれほど多くないからやれているんだとは思うけど、これを思いついたのはきっとバイク乗り、しかもマッハ好きなんだろう。


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野麦街道


 木曾街道を左に折れると野麦への分岐。崩落した個所の工事もあったので、10ヶ月以上も通行できなかった計算だ。ここから野麦峠までは人里のない山道となってどんどんと高度を上げてゆく。気圧の変化でエンジンはふけ上がるのをいやがるようになり、低めのギアで引っ張らないとスピードも落ちてしまう。正面には乗鞍岳が見えるはずだが、今日は雲隠れ。


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野麦峠 お助け小屋


 高い木が無くなってクマザサがでてくると峠に到着。バイクを中心に観光客がそれなりに訪れている。お助け小屋に上がってまずは目標の蕎麦をいただく。とりわけ美味いわけじゃあない、ぶっちゃけよくある乾燥麺のおそばだとは思うが、野麦まで上がってきた「あかし」で毎度食べている。以前は宿泊もしていたくらいだが、辞めてしまってずいぶんとなる。このお助け小屋に少しでも応援できたらという思いで毎度注文しているような気がする。切り盛りしているご夫婦にはぜひ今後もお店を続けてもらいたい。


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野麦峠


 いつもの撮影ポイント、しかし今日は雲に被われて乗鞍岳の雄姿は見ることができなかった。ここにいるかぎり猛暑とは無縁だ、気温18度、湿気も少なくからっとした空気はとても過ごしやすい。年に2,3度は訪れているこの峠、次回は紅葉の秋の頃だろうか


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乗鞍高原


 奈川に下りてきたら奈川渡ダム〜野麦街道だけど、再び山に入り込んで上高地乗鞍スーパー林道を進む。くねくねの続く木立の道は乗鞍高原、白骨温泉へ続く。昔は砂利道でひどいルートだったが、いまでは路肩もしっかりとした舗装路となっている。20-30年前は道路脇の木立も低く展望がずっと良かったはずだけど、いまはすっかり成長した木立に囲まれてしまって見晴らしは決して良くない。

 ぱっと広がる景色になるところが乗鞍高原の一ノ瀬遊園で、遊歩道や湿原、小川が平地に広がり背景には乗鞍岳がでんと構えている。この日は家族連れがバーベキューをしている姿が目についた。こんなところで景色見ながら冷えたビールを頂いたら美味いだろうね〜(しかし片付けの事を思うとバーベキューは気が重いなあ、みんなまめだなあ〜〜)。


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白骨温泉


 トンネル越えて降り着く渓谷が白骨温泉で、その行き止まり最も奥にあるのが「湯元斉藤旅館」。明治、大正、昭和、平成と歴代の建物が残っている由緒あるお宿で、白色の硫黄泉が小生は大好きだ。一時期白骨温泉も湯量が足りなくって、掛け流しを偽っていたお宿もあったほど落ち込んだ時期もあったが、安房トンネルなどの開通で再び人気を取り直しているようだ。



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中の湯露天風呂跡


 白骨温泉から山を下ると国道158号、これを左にとって安房峠方面に向かう。急峻な谷をトンネルで貫いた快適な道を進むと川の左手に昔の中ノ湯温泉の露天風呂が見えてくる。学生時代にここに泊まったときには、このお風呂は現役であった。遮るモノなど何も無い露天風呂は、観光バスなどからも丸見えでお風呂に入っているとバスの乗客が手を振ってくれたりしたものだ。いまも湯船は残っていてゆけむりが上がっていた。

 中の湯温泉は上高地へ続く釜トンネル近くに建っていたが、安房トンネルの水蒸気爆発事故がきっかけとなって旧峠へ移転してしまった。残された洞窟風呂(卜伝の湯)にはクルマで移動するらしい。この洞窟風呂は湯気もうもうの面白いお風呂だ。



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釜トンネル


 上高地へ続く入り口がここ、いまはマイカー規制でタクシーとバス以外は上高地に入ることができない。この日はタクシーがひっきりなしに吸い込まれていて、路線バスが満員御礼であることを伺わせた。釜トンネルはマニアには知られた非常に勾配のきついトンネルだ。


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安房峠旧道


 安房トンネルのおかげで安房峠をあっという間に通り抜けることができるが、味わいのある旧道を選んで上がる。登ってゆくと左側に移転された中の湯温泉が見えてくる。それにしてもひび割れたコンクリートのヘアピンカーブで綴られた峠道はとっても細く、自家用車の離合すら難しい個所がある。まして観光バスなどはどうしていたんだろう。


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安房峠


 10個のヘアピンカーブの先にガスに被われた安房峠があらわれる。以前はここに峠の茶屋があって風情があったけど、トンネルの開通と共に無くなってしまった。涼しいを通り越して冷たい風が抜けてゆくメッシュジャケットでは辛い。

 峠の空き地には金沢ナンバーのクロのMT-01が駐めてあって、横にはオーナーとおぼしき男性がクルマに惹かれはしないか心配なほど車道に近い路面で寝込んでいた。ブーツも脱いでいびきも聞こえそうなくらい熟睡しているので、よほど疲労困憊でここまでたどり着いたんだろうか? MT-01の10周年記念に参加した人であれば、お知り合いのはずなのだが。。。 ひとまず何か困っている様子では無いので、そのまま通り過ぎた。



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平湯峠


 平湯温泉は盆休みでどこのお宿もクルマで一杯、繁盛するって事はいいことだ。平湯バスターミナルもバスやクルマで混雑しており、大滝周囲のキャンプ場はテントの花が一杯咲いていた。脇へそれて峠の旧道を上がり、ほどなく雲が流れる平湯峠に到着。天候が今ひとつのためか、自転車乗りの人たちは少なめ、ここから先の乗鞍スカイラインはマイカーも見当たらなくって峠は静かな雰囲気だ。



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せせらぎ街道


 混んでる高山市街地を北に迂回して、せせらぎ街道に入る。高山と郡上八幡をつなぐ信号が無い60kmを越える快走路で、バイクやクルマのツーリングによく使われる。最近まで道路工事で対面通行で数分の停車などが強いられていたが、この日は工事も見当たらなかった。制限速度を簡単に超えてしまう道だけに、白バイによる取り締まりには要注意。反対車線ですれ違っても、Uーターンして速いバイクを追いかけたり、古民家の影に隠れて待ち伏せなんて常套手段だ。


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道の駅 明宝


 寝坊して出発したのが災いで、郡上八幡まで戻ってきたらすでに日没前。前日から始まっている郡上八幡の徹夜踊りが今夜も始まる時間だ。郡上八幡にむかうクルマには浴衣姿が多い。踊りの輪も見てきたい気分ではあったが、郡上八幡から名古屋まではまだ100km近く残っており高速道路を使って家路を急いだ。

 満タンで出かけた2stオイルも道中で残量警告灯が点灯、約400km走行した場面だった。スーパーオートルーブ 1Lで400km、比較する対象がないがそれなりにオイルを燃やして走ってることが分かる。ガソリン消費が15~16km/L さらに1500円ほどのオートルーブを400kmで消費、アバウトでガソリン、オートルーブを合わせると4stエンジンに換算して10km/Lほどのガスイーターとなる。5倍ほどの排気量なのにMT-01が20km/Lの低燃費を示すのとは対照的だ。これでは2stの未来はないわけで、新規に作られることは無いだろうな。

マフラーにオイルがたまっている状況だと、燃え切るまでひどい白煙を吐くことはあるけど 普段はそれほど後ろに迷惑をかけていないはずだが。。今回は後ろを走っていたドライバーたちはどう思っていたんだろうな(^_^;。





# by akane8150 | 2017-08-15 22:06 | Motorcycles | Comments(4)

GL1200サイドカー 1 巡り合わせ


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R75 降下猟兵
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R75 オートバイ大隊


 まだバイクの免許も無かった頃、穴があくほど眺めていた「オートバイとドイツ兵」って雑誌があった。そこには悲惨な戦争ではあるが、大好きなオートバイが活躍している写真が満載で特に力強いサイドカーにはとても惹かれた。

 いつかはサイドカーに乗ってみたいって思っていて、サイドカーメーカーや専門ショップなどを調べてみるが、バブルの頃には沢山あったショップも現在ではずいぶんとその数を減らしてしまっている。まずはお店でお話を聞いてみようと三河にあるサイドカーショップを訪ねてみた。



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MT-01サイドカー(ヨーロッパのサイドカークラブ)


 ヨーロッパでは側車をつけたMT-01を散見する。いずれはその重さで取り回しも辛くなるであろうMT-01にサイドカーを付けたら面白そうだ。小生の魂胆はMT-01に側車が付けれるかどうか知ることだった。訪ねたショップには、何台ものサイドカーがあって普通のバイクショップとは雰囲気が違っていた。新規に舟の型どりをしていた主が手を休めて、小生の応対をしてくれた。

 それによると、、1999年7月以降に生産された250cc以上のオートバイに側車を付けて正規車検を取るには、指定されたコースに実車を持ち込んで2日間にわたる試験を受けて合格する必要があるそうな。MT-01に気に入った側車を付けると軽自動車1台分くらいの費用がかかるときいて唖然。
250ccの側車であれば車検もないのでお手軽ではあるが、いかんせん非力はどうしようもなく、かつ軽い分だけ運転操作は難しいそうだ。

小生はがっくりと気落ちしたが、主が修理に入っているGL1200を見せてくれた。



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 1986年の新車からずっとこのお店で面倒をみてきたGL1200アスペケンド、オーナーは80才を越えるおじいさんでこの春まで大事に乗ってきたそうだ。ツーリング先の故障で車庫入り、家族の反対もあって降りることを決めたらしい。修理をして売れたらおじいさんのお小遣いにでもするんだと聞いた。


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 そのバイクはワンオーナーで正規の車検がまだしっかり残っていた。フロントにはアールズフォークが奢られている。側車はこのショップオリジナルのもの、サイドブレーキも完備していてリアブレーキは側車側も制御している。つやの失せた車体は30年の時間を感じさせるが、欠品も無く大事にされてきたことがうかがえた。ショップの主もこのバイクとオーナーには思い入れがあるようで、「だれか乗ってくれれば」と。

 ここに及んで小生は「大思案」。。。「今日は話を聞きに来るだけだ」「いますぐサイドカーが欲しい訳じゃない」「だけど、この先サイドカーを作ることは大変だぞ」「このおじいさんのサイドカーを見過ごしてもいいのか??」などなど、心の中で自問自答をしてみたが、ワンオーナーで大事にされてきたバイクという「小生の心の琴線」に触れてしまっては。。。。
思い悩んだあげく、「修理で治るようなら、譲ってください」ってなことになった。


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 オルタネーターが死んでレギュレーターなども逝かれた様子。パーツはメーカーからはもちろん出てこないので、アメリカから中古やOEM製品を取り寄せることとなる。タイミングベルト・燃料ポンプ・ウオーターポンプ・エアサスペンションなどの消耗品も合わせて交換の重整備となった。それにしてもバラバラになった姿をみて、無事に元通りになるのか?? いささか心配だ。

 予てから小生は秋雨前線の心配も無くなる10月に東北一廻りのロングツーリングを計画していた。名古屋〜仙台間はフェリー、仙台を起点として三陸海岸、下北半島、白神山地、男鹿半島、八幡平など温泉を楽しみながら巡る予定だ。もしもGL1200の修理と側車運転の修練が間に合うようなら、こやつをお供にしてみたい。きっとソロバイクとは違った世界があるだろう。




# by akane8150 | 2017-08-02 22:48 | Motorcycles | Comments(4)

中日ビル ビアガーデン2017 回転レストランバルーン オリエンタル中村 観覧車



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名古屋 栄 中日ビル


 名古屋を代表するビルというと「大名古屋ビルヂング」「中日ビル」「都ホテル」「明治屋」など、昭和レトロから続く市民に親しまれた建物が多かった。しかしいずれの建物も耐震性を問われてどんどんと町並みから消えてゆく。中日ビルは1966年の開業から、森光子の放浪記などをロングランした「中日劇場」、事務所を置いている「中日ドラゴンズ球団」などを抱え、栄の待ち合わせ場所としても知られている。

 50年以上続いたこの建物も2019年3月で閉館し、数年後には新しい中日ビルができることになった。小生も幼い頃からこのビルには親しみがあって、特にその屋上にある回転レストランも無くなってしまうことは寂しいかぎり。


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回転レストラン ばるーん


 開業当時からあったものかどうか不明ではあるが、2000年頃まで営業していた回転レストランのばるーん。小学生の頃に両親に連れてきてもらったことがあって、ゴージャスな内装と食事が鮮明に記憶に残っている。遊園地の回転カップですら感動するのに、床が動いてご飯を食べるなんてスペシャルな出来事はビックリだったんだろう。


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ひろしま国際ホテル(広島経済新聞Webより)


 インターネットで探しても、このばるーんの画像や資料が出てこない。現役で活躍中のひろしま国際ホテルのレストランの画像を挙げてみたが、小生の記憶をたどるとこのような雰囲気であったように思える。中央の回転しない厨房と回転する客席の間には明瞭な境界があって、じっくりみていると動いているのがよく分かった。ばるーんの規模も広さもこれくらいだったんだろう。


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 ビアガーデンが置かれた屋上からさらに上に回転レストランが作られている。屋上からレストランには階段を上がってたどり着いたはずだが、その階段はプライベート空間で立ち入ることは出来なかった。屋内はライトアップされていて今でも営業できそうなくらい管理されている。ほどなく取り壊しになって、回転レストランを間近に見るのも最後、時代の移り変わりと自身の齢の変化を実感する。


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中日ビルビアガーデン

 さてさて、ここにやってきたのは、病院の納涼会ビアガーデンに参加すること(^^)。病院スタッフの約半数と調剤薬局のスタッフ、委託給食会社のスタッフなどなど、総勢60名ほどの参加となって今年も賑やかな企画になった。


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 ここがいいのは開閉できる屋根があることだ。雨が降ったらどうしようなんて心配を幹事がしなくて済む。キリンビールの銘柄が選べて、ソフトドリンクなども充実している。ビアガーデンといったら揚げ物中心ときまっているんだろう、料理はこんなものと納得すべきで期待してはいけない。


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 家族で来てくれた職員もいて、初めてのビアガーデンと夜景にお子さんも喜んでくれたようだ。背景にはライトアップされた「テレビ塔」、こんな派手な照明だったっけ??


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 「サッポロビール浩養園」「マイアミ」「丸栄百貨店」「名鉄百貨店」などが名古屋では知られたビアガーデンがあるが、立地の良さや会場の清潔感から小生はここのビアガーデンが好きだった。これまで、毎年楽しませてくれてありがとう!! 


おまけ
 
 中日ビルの外観を撮るために、お隣の三越デパートの屋上に上がってみた。幼稚園の頃、デパートの屋上は子供達にとって「楽園」であったと思う。両親と日曜にデパートの屋上遊園地で遊び、大食堂で「お子様ランチ」を食べて付属の「日の丸」を自慢げに家に持ち帰るという、一連の過ごし方は、小生にとって最高のイベントだった。それに反し、現状の屋上遊園地は廃墟のようだ。まずは人の姿が見当たらない、粗大ゴミのような動物の張りぼてや動きそうも無い乗り物。。。


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栄 三越百貨店 屋上遊園地
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現在の観覧車(Hideto Uchiikeさん動画より)




 デパートの屋上観覧車は全盛期であった昭和40年代には全国にあったようだ。決して高さは無いのだが、上がるとビルからはみ出るんじゃないかと心配するくらいスリリングだった。そんな中で、1954年日本最初の屋上観覧車として生まれ、かつ現存する最古のモノがこの三越には残れさている。人を乗せないが日に2回、今もミュージックと共に回転しているらしい。手前のカンガルーは「オリエンタル中村」時代の正面玄関に置かれていたデパートのシンボル。こやつの背中にまたがった覚えがある、いまはひっそりと屋上のオブジェになっていた。


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1954年 オリエンタル中村 観覧車(中日新聞Webより)


 都会で育った小生は街の喧騒の中で大きくなった。まさに昭和レトロな建物、デパートの屋上遊園地などは幼い記憶に刻まれているが、すこしづつその風景も失われようとしている。懐古趣味はどうよって思うけど、この現実は残された小生のかすかな「記憶」をも消してしまいそうだ。





# by akane8150 | 2017-07-23 17:33 | Life | Comments(2)

RZ250改 6 蓬莱泉 ガソリンタンク修理



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 これまでに多くのバイクを乗り継いできたが、RZだけは手放さずに維持してきた。振り返れば、36年(*゜Д゜)。。。ひどい転倒で入院生活も経験し父親から猛反対されたピンチの時代もあった。数年の間、友人宅の納屋でひっそりとほとぼりが冷めるのを待ったことも今となってはほろ苦い思い出だ。

 まだRZの外装パーツが手に入った20年ほど前に、高速道路で焼き付きをおこしてしばらくバイク屋に預けた場面があって、その際に手に入る外装パーツや消耗品を新品と交換した。それから月日が流れ、外装のさびやデカールはがれが目立ってきたので外装を信頼している塗装屋さんにお願いした。また手に入れていた予備のきれいめタンクも使ってやろうと魂胆し、待つこと2ヶ月オリジナルの塗装を大事にした「ぴっかぴか」の外装パーツが手元にやってきた。


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 しかし、外装を組み付けてタンクにガソリンを入れたら。。。泣けることに複数箇所からぽたぽたとガソリンが漏れてくる。タンクキャップのある右側の底を主に5,6か所にピンホールのような穴が見つかった(T_T)。手に入れたタンクはどうやら長いこと水が入ったままで置かれていたようだった。塗装の仕上げをする前にタンク内のさびを確認しなかったのは失敗で、行きつけのバイク屋さんに外注を含めて修理をお願いしたが、綺麗にした外装もいじることになり穴も大きくなるかもしれないから修理の太鼓判が押せないと難色を示されてしまった。

。。。となれば、自分でやるしかない。




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 汎用の内視鏡で中を覗いてみると、底の部分が全体に腐食していて沈積物も見られた。いかにもタンク内にあった水分が悪さをした感じ。けど幸いなことに底の部分以外は大きなダメージは見られなかった。



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それじゃ、ダメもとでDIYでやってみることに。

 ネットでしらべると、POR-15というタンク内を強力にコーティングして錆を防いでくれる定番を見つけた。送られてきたセットには洗浄剤、錆取りが含まれていて通常の「錆びたタンク」であればこれで完璧であろうが、穴が開いたタンクには通用しない。

 穴は一般的に「半田付け」「エポキシ樹脂」「溶接」などなどで直接埋める作業が必要になるが、きれいになった外装を再び溶接などで汚してやり直しなどしたくはない。なので確認した穴を外側から最小限にリューターで削ってエポキシ樹脂で埋めてみた。

 キットの錆取りを使いたいところだが「逆に」穴を大きくしてしまう可能性が高かったので、脱脂をした上で「POR-15」だけで穴を埋めて封じ込める作業をおこなってみた。厚塗りを狙ってじっくりとPOR-15をタンク内に注入して行き渡らせた。手順書には残ったPOR-15はタンクから排出するようにあったが、重ね塗りを期待して抜かずに2本分のPOR-15を使い切った(タンク内容量が100ccほど減るかもしれないが)。


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 乾燥をまって1週間後にタンク内を覗いてみると、見事に底の部分は裏打ちされていた(^^)。このPOR-15は約1時間で乾燥が始まり、固まると強力な塗装皮膜を形成してくれるらしい。小さなピンホールのような穴であればそれ自体で塞いでくれるようだ。文面にはしていないが、小生なりに工夫をしたこともよかったようで、POR-15がタンク内全体に厚く塗装できたようであった。この塗料の皮膜は相当に堅固なようで、ユーザーの書き込みを見る限り耐久性もあるようだ。


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フロントスプロケット 16丁

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ドリブンスプロケット 39T サンスター

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DID 530 シールドチェイン リンク102


 固着しかけていたチェーンも合わせて交換。オリジナルは530サイズの太いもの、当時は高馬力のエンジンに耐えるような細いチェーンはなかったようでナナハンクラスに使われていたものがRZにあてはめられていた。DIDのシールドタイプ530は簡単に手に入るが、問題は「スプロケット」。 純正品は当たり前のように欠品し、ヤフオクで探したらなんとか「530」規格のモノが手に入った。特にドリブンスプロケットは純正品で。。「出会えて良かった」(^^)。手に入りやすい「520」規格のコンバージョンタイプがRZ用に出回っているのが現状のようで、次に整備する時には「530」でスプロケットを手に入れるのは難しいだろうな。


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 意を決してガソリンをタンクに入れてみる。少しの漏れも許されないからじっくりと観察。一晩おいてもガソリン漏れをみることなく、タンク漏れ修理はひとまず成功したようだ。タンクをバイクにのっけて、ピカピカの外観をまったりと眺めて自己満足。純正のミラーも手に入らないので取り外してストックした上で、日頃のツーリング用にVmav1200で使ってた「モーフィングのミラー」を付けてみた。これはこれですっきり似合ってよろしい(^^)。さてさて、出来上がったからどこかにお出かけ走りに行くよ。

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蓬莱泉 愛知設楽


 行った先は愛知県設楽にある蓬莱泉の酒元。愛知の地酒では名のとおった銘柄で、小生はご縁があって毎年、夏と秋の蔵出しの際に「空」と「吟」をお願いしてある。いずれも大吟醸だからのど越しがするりとしていて和食のアテにはぴったり美味しいもの。「空」は名古屋の地酒酒場で時折みかけるが、「吟」はかなりのレアものだ。フルーティな香りの「空」と水の如しの貫禄「吟」は愛知の誇る地酒だと思う。

 この度はさらにお使いモノに「空」を別途注文してあった。郵送してもらっても良かったが、お出かけの口実にRZで受け取りに向かう。名古屋から設楽までは「定番」な山道を走って到着、ピカピカのタンクは気分良く燃料フィルターも働いていてゴミの詰まりも起こさなかった。炎天下でタンク内の圧もそれなりに上がったはずだが、ビシッとガソリンの漏れは起きることは無かった。

 これでRZの外装リニューアルはひとまず完成(^^)。この春にリアサスのOHとフロントフォークのシール交換などできていたので、乗り心地と合わせて良い感じに仕上がってきた。またまた愛着が増してRZとの蜜月は続きそうだ(^^)。




# by akane8150 | 2017-07-18 22:03 | Motorcycles | Comments(2)

MT-01 OS 29 熊野三山・神倉神社 お参りツーリング




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 小生の身の回りに、病と闘っている仲間がいる。治療に小生が関わっていないのでせいぜい愚痴を聞くくらいしか出来ないのだが。。。困ったときの神頼み、仲間の代わりにここはひとつお宮参りにでも行こうと思い立った。ならば熊野三山を巡ってこようと、朝5時に家を出た。


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花窟神社(はなのいわや)


 高速をひた走り、尾鷲から熊野の海岸に出ると右手に高さ50mにも届こうかとする巨岩が見えてくる。この巨岩をご神体として「いざなみのみこと」が亡くなった墓所とされている花窟神社は日本最古の神社とされる。長いお縄掛けが巡らされた巨岩を見上げると、なんとも厳かな気持ちになるのが不思議だ。


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熊野速玉大社


 名古屋を出てから3時間で新宮に到着。熊野三山は「熊野速玉大社」「熊野那智大社」「熊野本宮大社」を総称したもので、全国に広がっている熊野神社の本山だ。熊野速玉大社は新宮市内にあって国道からもすぐの場所で、三山最初の参拝をした。時間も早く訪れているのは地元の人だけの静かな雰囲気であった。ここの祭神は熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)のふたりの神、いわゆる夫婦の神といったところか。

 それにして、ずいぶんと道路が整備されたものだ。大泊〜新宮の未開通区間を除くとほぼ名古屋から新宮までの200km以上が自動車道でつながっている。熊野や新宮までが日帰り旅行範囲なんて30年前には考えもしなかった。



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那智の滝


 次いでさらに西に向かって那智の滝。写真にしてしまうと削がれてしまうが、その場で見る滝の迫力はなかなかのモノ。天気もいいから滝の白さと青空が際だって良い景色。

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熊野那智大社


 熊野那智大社は熊野夫須美大神をまつるとあって、熊野速玉大社の祭神の奥さんにあたる(^^)。夫婦で熊野三山を支えてるわけで、子孫繁栄・子宝の神様でもあったんだろう。 那智の滝を自然崇拝した古代の姿が熊野那智大社の始まりであったから、このお社が歴史に名前が出てくるのは他の二社に比べてやや後になる。有史よりも古くから、数え切れない人たちがこの滝を崇めてきたと思うと、なるほど世界遺産になってもおかしくない。

 長い石段を上がって参拝するのが普通だけど、南からつづれ折りを登ってくると本殿近くの社務所駐車場に止めることが出来る。ここまでクルマ・バイクで上がってこれると本殿までは目と鼻の先。ずいぶんとずるをしたけど、二礼二拍手一礼で本願を伝えた。お隣には那智山青岸渡寺も控えて、古代からの神仏習合をよく表している。



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神倉神社


 再び新宮の町に戻る。町の北側、岩山の上に小さな社が見える、熊野速玉大社の案内図にも載っていた神倉神社。熊野権現が最初に降り立ったのがこの神倉神社とされ、熊野三山の始まりの地とされる。ゴトビキ岩と呼ばれる巨岩がこの神社のご神体で、創建年代は128年頃で神話の天磐楯として登場する。これも那智の滝同様に自然崇拝から発生した聖地で、やがてそこに神話や仏教が混ざり合って近代に至ったのであろう。最初に権現が降り立った場所としてこのお宮を「旧宮」、そして新たに創設された速玉大社を「新宮」と呼んでいるが、これはこの地「新宮市」の由来。

 朝一で寄ってきた「花窟神社」の岩壁と神倉神社の巨岩は「対」とされ、この「ゴトビキ岩」と花窟神社の「ほと穴」はそれぞれ男性・女性のシンボルで古代信仰の姿を残している。

 新宮市内の住宅地にニョッキリと断崖絶壁のお山、この麓から120mの高さの拝殿まで、恐ろしく急な石段を538段登ってゆかなくてはならない。30度を超えようとするこの日の夏空では、バイク装備のブーツやウエアが辛い。この石段は源頼朝が寄進したとされるが、もうちょっと斜度を下げて安全に登れるようにして欲しかった。この石段を転げ落ちた気の毒な信者がきっと何人もいるにちがいない。逆に・・・この石段を安全に上り降りができるってことは、その信者が健全で長生きもできることを示してるのかも。


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 たかだか120mとはいえ、清風がふく山の風が心地よい。目前には新宮の町並みが一望できる。時間はもうすぐ11時、お腹が空いてもきたんで、このお山の麓にあるお店にむかって石段を駆け下りた。



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新宮 めはりや


 新宮名物の「めはりずし」を頂きに「めはりや」さんに到着。しょうゆ漬けた高菜のおっきな葉っぱでご飯をおにぎりのように包んだものがめはりずし。このしみこませた醤油だれがシンプルなんだけど美味しい。串カツ、豚汁も自慢の料理のようで、「おためしセット」がお薦めかな。友人宅と家族へお土産に、自宅で作れる「めはり漬け」を2つ購入してバイクにくくり付けた。完全に凍っているので、発泡のケースだから夕方の名古屋までは持つとのこと。


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国道168号 通行止め


 さて、新宮の町を出て熊野本宮大社へ向かうべく、168号を北上開始のはずが町を抜けたところで通行止め・・・この先で法面が崩壊したとのこと、直接の迂回路がないのではるか東の国道169号を介して瀞峡方面から迂回する事となった。。もう一度新宮市内に戻って約50kmの迂回路、それでも行かなきゃ、まだ本日の目標を達していない。


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熊野本宮大社


 熊野三山の〆、本宮大社には12時到着。土砂崩れの通行止めが無ければ、もっと早く来れただろう。通行止めのためなのか、駐車場も空いていて参拝者が少ないように思えた。ここにも石段が鎮座しており。。153段を上がって本殿に到着。本宮大社は家都美御子大神(けつみみこのおおかみ、熊野坐大神〈くまぬにますおおかみ〉、熊野加武呂乃命〈くまぬかむろのみこと〉とも)を主祭神とする。家都美御子大神は唐の天台から飛来した神、のこりの二人の神様の素性は、ウイキペディアをもってしても不明との表現。これだけの歴史をもったお社の祭神がよく分からないって?? 文字の無い大昔からの継承が、祭神の詳細まであやふやにしてしたのか?? いろいろ考えると想像が掻き立てられすっごく面白い。いずれにせよ、巨岩や奇石、滝などに神を見いだしてきた自然崇拝が古代からの宗教であって、そこに神さまや仏様のお話が後付けされて現在に至るって考えるのが妥当か。

 明治22年の洪水でそれまであった熊野川中州の大社が流されて、現在の山腹に移転した。明治に入って森林の伐採量が増え、洪水が起きやすくなったのが原因だ。2000年以上にも渡ってお社が熊野川の中州に君臨してきたってのも興味深い、きっと古代にも洪水がたびたび起きたであろうが、敢えて洪水の際には危険となる中州にお社を建設してそれを維持してきたのはなぜなんだろう?? 最初から洪水の心配の無い山に作ればいいのに・・・、。

 本願を伝えて参拝、熊野三山のお守りもゲット、本日の祈願参りは達成だ。さて、これからどうしよう?? まだ日は高いし、十津川から北上して三輪大社も回ってこようか、・・・ そうそう、十津川村から入り込む「玉置神社」もお参り甲斐のあるお宮、これに寄ろうと決めて熊野川を上流に向かって走り出した。


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十津川 七色


 蛇行する熊野川を串刺すように新しいトンネルで168号は快走できる。深い谷沿いに道路がクネクネと続いていくこの景色は、十津川を連想させる景色だ。平日ではあるけど。。。妙に交通量が少ない?? 炎天下はじりじりと暑いけど、連続するトンネルの中は冷蔵庫のようで一時のクーリングが気持ちいい。


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十津川 十二滝


 クネクネ道の途中には、はっとするほど綺麗な滝に出くわす。水の量は決して多くないが、その高さと容姿がすばらしい。滝フェチではない小生でも思わずバイクを停めてしばし見とれた。


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 さてダムも過ぎてもう少しで十津川の集落と思っていたら、通行止めに出会う。クルマは何台も止まっており、ドライバーも路肩で座っている?? 車列の前で看板を見ると、道路工事の時間規制でこの先50分の通行止めと分かった。開通するまでここで待つのはあり得ない、しかしこれを進まないと玉置神社は断念することに、、、さらにここを抜けないと奈良方面からの帰宅も無理になる。

 やむなく引き返して、再び本宮大社に向かって走り出した。また同じルートで名古屋に帰るのはいやだな〜、まだちょいと時間があるからどこかに立ち寄ってもいいな、などなど思案。


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湯の峰温泉 共同浴場


 玉置神社には通行止めで行けない、これはきっと神様の思し召し。ならば、温泉に浸かって帰るべしと湯の峰の共同浴場に立ち寄った。ここは小生の大好きなお湯、ちょっと高い料金を支払って「薬湯」をチョイス。「薬湯」は源泉90度を薄めること無く温度を適温にした贅沢な温泉、湯の峰の御利益を100%味わえる、硫黄泉の湯の花とぬるっとした源泉ゆずりの感触、やっぱりえ〜わ〜。

 初めの計画では熊野から奈良方面に抜けて名古屋へ帰る予定であったが、メイン国道168号の二か所の通行止めに引っかかってあえなく断念、さらに玉置神社にも行けず今回のツーリングは「道路の神様」に見放された感があった。二度あることは三度あると自分に言い聞かせていたけど・・・

 気持ちよく湯船に入っていたら、「バイクで来たお客さん??」みたいに従業員の人から声を掛けられ・・・「あそこにバイク停めてもらっては困るんですよ・・・周りの住人がうるさくって、」なんてお叱りを受ける。湯の峰温泉は学生の頃から来ていて勝手知ったる部分があるので、
まさかの駐車禁止??のチョンボだった。反省しつつも、今日三度目の災難に呆れてしまった。



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鬼ヶ城歩道トンネル


 湯の峰温泉にも浸かったので、本日の行きたいところははこれにて終了、あとは家に向かって走るだけ。お金のかかったトンネルを幾つかやり過ごし、至極快走の奥瀞169号線を突っ走る。熊野市は小さいけど味わいのある町、西から東へこの町を抜けるときにはぜひ寄ってみたい鬼ヶ城歩道トンネル。大正14年に竣工された当時では珍しいクルマ・歩行者用のトンネルだ。煉瓦造りとその大きさ、延長500mを越える堂々さなど、とても味わいがある。二股隧道や旧伊勢神トンネルなどで感じるジメジメさは全くなくって、暖かい人の気配を感じられるものだ。


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鬼ヶ城海岸


 鬼ヶ城隧道を越えるとそこはもう海、国道42号と合流して鬼ヶ城への分岐部だ。海の色は梅雨に入ったにも関わらず蒼く澄んでいた。もうすぐで海水浴シーズン。このあたりの海岸でのんびりビールでも飲んで日光浴をしてみたいなあ。


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 災い三度あることは、四度ある?? 友人宅によってお見舞いとお守りを渡して最後のミッション終了、友人夫婦に見送られ格好良く出発したんだけど。。。程なくして「あれ〜っ!!」て気づいて振り返れば案の定・・・・・後ろのシートはひらひらとネットが舞うだけで、自宅へのお土産はもぬけの殻・。友人に1つ渡したのはいいけど、残りの荷物にネットをかけず走り出してしまったのだ。きっと友人宅500m以内に小生の落とした「めはりづけ」とお風呂で使ったタオルが路上に落ちていただろう。

小生的には冴えない事が続いた熊野三山ご祈祷ツーリングではあったけど、災いを小生が一手に引き受けたと思えば、
病と戦っている友人たちに御利益があることを願ってやまない。

 日があるうちに帰宅するようにしているが、今日は寄り道もあってすっかり日が落ちていた。お土産落とした事件は家族に受けたけど。。。家内にはひどく残念がられ。。。再度「めはり漬け」を通信販売で手に入れなおす羽目になった。







# by akane8150 | 2017-06-26 10:14 | Motorcycles | Comments(4)

XT250 セロー 10 内ヶ谷開拓地 西峠 川浦渓谷 タラガ峠 大谷大栃林道 亀尾島林道



 前回のセローツーリングで宿題になっていたタラガ峠、あまりに天気がよすぎるので、予定してなかったけど行ってみることに。地理院の地図を何枚かコピーして出発。

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板取 モネの池


 名古屋から東海環状自動車道で関広美までワープ、そこから県道59号の坂の峠を越えてR256号で板取川を北上する。この道はやがては西峠を越えて岐阜大和へ抜ける古くからの街道。

 行きがけに「モネの池」に顔を出してみた。数年前にはなーんにもなかったのに、いつからか人がわんさか訪れる観光地。村の鎮守、根道神社の境内前にあるのでお宮の池かと思っていたが、灌漑用の貯水池でわき水が源となっているそうな。隣で花苗を営んでいる住民が池を掃除して睡蓮などを植え、村にいた鯉をここに放したのが20年以上前、それが最近のSNSなどで広まったのが現実のようだ。

確かにきれいだけど、わき水の池に鯉が泳ぐ姿はそれほど珍しくも無いだろうが。。。とにかく人がやってくる。



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湯元すぎ嶋


 今回の第1の目的地は、未踏である県道52号の西峠より北の内ヶ谷方面を探検すること。川に沿って上がってゆくと板取の村落もまばらになり分岐路の島口に到達。ここに「日本秘湯の会」の湯元すぎ嶋があり、気になっているお宿。お湯はどんなんだろう?お昼ご飯も頂けるようなので、家族を連れて再訪してみたい。


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三洞


板取川上流で最後の部落がある三洞、ここにはこの先の道路案内もあり。表示はもちろん通行止め、いけるだけ行ってみる。


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西峠


 ここまでは来たことがあって、その時はバリケードでこの先が閉ざされていた。それが今回は通行止めの看板だけで道路は全くのオープン! さて、どんな景色がまってるんだろう??


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内ヶ谷ダム予定地方面


右手に内ヶ谷川をみつつ、舗装された県道52号はくねくねと続いていく。狭いながらクルマが通行するには不自由なく整備されている。


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内ヶ谷


 大きく屈曲する川辺には平坦な領域があって、このあたりに内ヶ谷の村落だあったんだろうか。この内ヶ谷の村落もとっくに離村しているが、最後までクルマ道が入らなかった真の秘境であったようだ。すでに内ヶ谷川ダム建設が始まっており、この村落後が排土の置き場所となっているようで、ダンプカーが連なって土砂を運んでいた。


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内ヶ谷 県道52号通行止め


 西峠からくねくね7kmほどで通行止めとなっている。このすぐ先で内ヶ谷川沿いの県道315号が分岐し、それを直進すると大和黒田の方面に抜けることができるはず。


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 内ヶ谷ダムの建設のために、この周辺は立ち入り禁止となっている。ダンプカーなどの工事車両は大和川から内ヶ谷トンネルを抜けて、この内ヶ谷川に進入するようだ。平成35年がダム竣工予定となっていて、その際にはこのあたりの通行も容易にはなるだろう。


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黒田亀尾島林道


 まずはここまで進入できたことで満足していたが、さらに「内ヶ谷開拓地」に通じる林道が開いている!! 国土地理院の地図に「開拓地」とだけ書かれたこの上流にすごく興味があって。。。本日第2の目標、ついに現地をこの目で見ることができる。入り口には「黒田亀尾島林道」の表示、しかしこの先は亀尾島とは反対方向だ。開拓地に続く林道の名前にはふさわしくないようにも思える。


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開拓地


 林道に入るとグラベルになるが、踏み固められた走りやすい道。4kmほど先で二股に分かれ、それぞれがゲートで閉じられていた。このあたりが「開拓地」と云われる地名のようで、コンクリの遺構やさびた橋などの遺構が残っている。

 開拓地は戦後に入植されたようで、昭和46年ごろに近隣の上会津などと共に離村された。ここに入植したのはわずかに6戸、それでも小学校の分校まであったようだ。夏はよいとしても、冬は雪に閉ざされ人里から遠く離れ、非常に厳しい環境であったことは容易に想像できる。

この北側の山を越せば九頭竜ダムはすぐ近く、ずいぶんと北上してきたものだ。



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板取川温泉


 奥地の板取、唯一と云えるくらいの規模と集客できる施設。食事もいろいろ選べるし、お風呂もアルカリ泉だ蕩々と流れる贅沢な温泉。遠方からもこのお湯を求め、他県ナンバーのクルマがいっぱい。

もうすでにいろいろ冒険できたので満足していたが、ここからさらに板取川源流の川浦渓谷に分け入ってみた。



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川浦渓谷


 4kmほど上流に行くと川浦渓谷(かおれ)の案内あり。新しいトンネルの手前、旧道に入り込むと岩壁が左右から迫る峡谷になっていた。道路から下を覗くと。。。深い峡谷の底はさらにV字谷となり絶壁の底をエメラルドグリーンの川が流れていた。そうだな〜ミニ高千穂峡ってな感じかな。はじめてきたけど、なかなか見応えのある景勝地。



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銚子谷林道


 川浦渓谷を過ぎるとすぐに林道ゲートがあらわれる。ここから先は銚子谷林道と名前を変えて福井県との県境の源流まで続いているが、ゲートから3kmほどでトンネルとがっちりゲートで閉鎖されていた。すぐ先の峰は分水嶺で日本海側の福井がその向こうに。人を寄せ付けない秘境中の秘境である川浦ダムもお隣の山、地図を見るとすんごい山奥に来てるんだと実感した。


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タラガトンネル(板取側)


 県道52号を折り返して、本日第3の目標、タラガ峠に向かう。この立派なトンネルができるまでは、旧道の峠を越えるしかなかった。10年前に開通したトンネルは全長4571mで、一般国道のトンネルとしては日本で2番目にながーいようだ(一番 高知寒風山トンネル5432m)。


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旧256号 タラガ谷(板取側)


 トンネル入り口、南側の集落よりタラガ谷に通じる山道が始まる。厳重なゲートと通行止めの表示であるが、今日はクルマも通れるほど開いている。上からも軽自動車が下りてくるのを見て登坂開始。


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タラガ峠


 狭いながらも舗装が整った1.8車線をキープして登ってゆく。カーブが厳しいわけでもなく絶景が望めるわけでもなく、沢沿いに道が延びている。部落から約5kmであっけなくタラガ峠に到着。樹木に被われた切り通しの峠、初めての来訪で雰囲気をじっくりと味わう。トンネルが完成するまでは、旧256号としてこの道が生活路として頼りにされていたわけだ。


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タラガ谷大栃林道入り口


 地理院地図ではこのタラガ峠から尾根伝いに北上して東の亀尾島川に抜ける林道を見つけていたので、未踏のこの道に挑戦。分岐部は峠の板取側にあって、通行止めなど規制看板や林道名などの表示は見つけなかった。


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板取 ミオ


 1車線のグラベルが尾根の西斜面にそって続く。数カ所の崩落場所があり重機が入って通行可能になっている。倒れかけた木や路面状況からは、ほぼ廃道状態にあるように感じた。新しいクルマの轍もバイクのタイヤ跡も見かけない。初めての探訪なので慎重に登ってゆくと一人のハイカーとすれ違う。エンジン駐めて挨拶とこの先の道を聞いた。多分抜けられるだろうとの返事、お礼を言って分かれたが、前後20km以内に駐車したクルマを見かけていないし。。。 あの初老のハイカーはどこから来てどこまで歩くのだろうと後になっていぶかしくなった。お山の神様の化身だったんだろうか(^^)。

 地図で記載されている「ミオ」はこのあたり?深くて鋭い谷沿いだけで、村落があったような気配も無い。谷底にも道も載っていない。ネーミングを含めて分からないことだらけ。


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タラガ谷大栃林道終点


 林道は果てしなく続くように思え、突入20km手前で分岐部を迎えた。ここにはゲートがしつらえてあって、走行してきた林道への進入を拒んでいた。


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大谷大栃林道


 大谷大栃林道に出会してこれを右折、見事で味わいある切り通しを抜けて東に山を下ってゆく。ここも未舗装で荒々しいグラベルが続く。路面は雨水で剔れている所も多く、ジムニーなどの小型4駆じゃないと辛いだろう。人の気配を全く感じない寂しいところ、もちろんスマホもエリア外で絶対にトラブルを起こしたくない山奥だ。


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大栃


 沢に沿って山を下りてくると拓けた場所に廃屋を見かける。林道の名前になった大栃の村落跡だ。ネット上で探してもこの大栃のことはあまり出てこない。名前からしてきっと立派な栃の木があったんだろう、それにしてもよくもこの山奥で生活を維持できたものだ。自給自足ができないと生きてはいけなかっただろう。


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 通行止めの看板を幾つかやりすごすが、通行には支障なく未舗装路を走り続ける。終点近くは一気に斜面をくだりヘアピン続きとなっていた。そこは規模の大きな崩落跡の工事現場だった。一つの崩落で3筋の路面が削り取られたのであろう、平日であったこともあり、工事中の作業員の横をぺこりと挨拶しながら通らせてもらった。


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大谷大栃林道終点


 工事現場をすぎるとすぐに林道終点となる。がっちりとバリケードで通行止めをされていて、こちらから進入しようとは思わないだろう。タラガ峠の分岐からここまで約30kmほど、秘境感たっぷりのタラガ谷・大谷大栃林道であった。未知の大谷に通じるルートを含めると未舗装路をたっぷりと味わえる林道だ。


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亀尾島林道


 ここまで来たので、内ヶ谷ダムの下流をどこまでさかのぼれるか試してみた。亀尾島林道と名の付いたこれまた未舗装の林道を上がってゆく。やがてネットで見たことのある廃墟、山奥に忽然と現れる建物は異様な雰囲気だった。


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亀尾島林道 行き止まり


 亀尾島林道は小生にとっては初林道、だけど未舗装で水たまりや泥でぐしゃぐしゃは余分・・・この上流には内ヶ谷ダムの建設現場があって、さらにその先には午前に終点を確認した県道52号の通行止めになる。7kmほどバイクを汚しながら進むと白沢林道の分岐を越してほどなく、絶賛工事中の現場で行き止まり。地図で確認するとこのあたりから点線になっていて、元来車道はここで終わっているはず。ダム建設のために道路を作っているんだろうか?
 いずれにせよ、秘境たっぷりの行き止まりまで探検できて満足、今日はタイミングもよかったのか、初めて通った林道を幾つか経験できた。


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 大谷大栃林道、タラガ谷大栃林道は予備知識なく突入したけど、帰宅後、Web上で調べてみるとセロ尾さんのお仲間の山神さんが「新・山神のブログ3」(http://poseidon2693.blog.fc2.com/blog-entry-2.html)で過去、現在にわたり取り上げているのを見つけた。探検する前に情報を入手したいのも山々だけど、地図の上だけでは林道の名前が分からないので検索することも叶わない。同好の仲間が探して尋ねる場所はやはり同じのようで、先達の行動力や探求心はさすが!! けど、このような秘境の林道探索の単独行は避けた方がいいと重々承知しているが、、、同好の人たちはどうしてるんだろう。



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 セローのお尻痛い対策に「ワイズギア ツーリングシート」を試してみた。座る部分のクッション剤が厚く硬めになっているものだ。ノーマルで2時間と保たなかったお尻が、休憩しつつ一日我慢できたってくらいの効果はあり。しかし帰る頃には尾骨の鈍痛はあったし、ずっとスタンディングポジションを取りたい気分だった。この秋には1週間ほど休みを取って東北を巡ってこようと画策中、気楽に動ける相棒としてセローを考えているが1週間の旅にお尻が堪えられるかどうか、、、。Ripさんのようなゲルザブトンをツーリングシートの上に貼り付けるのが究極か??





# by akane8150 | 2017-06-14 12:46 | Motorcycles | Comments(4)

MT-01 OS 28 R152号 中央構造線 2017.6 その2 地蔵峠 兵越峠



中央構造線 2017.6 その2

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地蔵峠 標高1314m


 青木川にそって上流を目指すとつづら折れが始まってやがて地蔵峠に到着する。ここから先のR152号は人だけが通れる登山道に。。。代わりの蛇洞林道が迂回路として太平洋側に続いている。それを知らないと、峠を越えたはずなのにまだまだ登ってゆく道に??と思うはず。

画像のカーブミラーの横から登山道に分け入ると名の通り、お地蔵さんが祭られている。そこを南に下れば本来のR152号が山道として続いている。


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伊那山脈(大西山 鬼面山)


 蛇洞林道はぐんぐん高度を上げて南に向かう。谷のむこうには伊那山脈がまっすぐに剣を伸ばしている。頂が目の高さだったのがどんどん眼下に見えるようになってゆく。標高は1500mを越えて日陰の風が冷たい。

 伊那山脈最高峰の鬼面山は地蔵峠から山岳路2時間半で頂上に達する。山頂の展望台からは360度のパノラマ絶景が見えるとヤマレコにあった。地蔵峠までクルマできて、日帰りハイキングに行ける行程なので紅葉の時期に来たら素晴らしいだろう。


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しらびそ高原 標高1900m


 蛇洞林道から分岐してさらに登ってゆくとしらびそ高原に至る。林道をそのまま南進して上村にぬけるのに15km、しらびそ高原と下栗の里に寄り道すると25km、くねくね林道が続くので距離差以上の遠回りを感じるが、天気のいい日のしらびそ高原は外せないポイント。春にRZで来たばかりであるが今回も来てしまった。


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南アルプス 赤石山脈


 南アルプスの赤石山脈 連峰が目の高さに広がる絶景。クルマやバイクで体験できる峠の景色、いろいろあるけどここのしらびそ峠、しらびそ高原は抜群にお勧めだ。新穂高ロープーウエイの山頂駅からの穂高連峰もこれ以上のスケールで感動するが、しらびそはクルマで上がってこれるところが大違い。展望が望めるような日にこちらに来た際には、外せない、外しちゃ勿体ない景勝地。

 宿泊もできるハイランドしらびその食堂で昼食の後は、しばらくお山を見ながらの休憩。午後1
時に南アルプスエコーラインと名の付いた林道使って下栗の里に出発。



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御池山クレーター


 しらびそを出て程なく 御池山クレーターの看板にであう。この林道の裾の部分が扇状に凹んだ沢を形成してその特異な地形にハイカーが気づいたところから、この隕石落下の名残が見つかった。スケールがでかすぎで、現地に立ってみてもクレーターの実感はわいてこない。案内によるとそ数万年前に直径40-50mの隕石が東方面からこの御池山の中腹に落下して約1kmのクレーターを形成したらしい。もしも現代にそのような大きさの隕石が落下したならば、原爆クラスの破壊力、影響力をもって人間の生活に悪影響を起こすらしい。これが直径10kmを越えるようなら、過去の地球史に登場するような種の絶滅をもたらすケーオスになる。

 アニメの「君の名は」で隕石落下はキーワードになるけど、御池山の隣県である岐阜が設定されてるあたり、この御池山クレーターも脚本に織り込まれているのかもね。


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下栗の里


 南アルプスエコーラインを下りてくるのにいい加減飽きてきた頃にやっと下栗の里に入り込む。典型的な山岳村落である下栗の里は、縄文の頃から人が住み、近世では遠山氏の所轄となるも木材や鉱物資源などのために江戸幕府直轄領であった。

 里の東西距離500m対して、高度差は200m !! 斜面にへばりつくように集落があって、その中を切り返しが必須のヘアピンカーブの狭い路地が続く。深い谷の向こうもくっきりと見え、東には赤石山脈がどーんと控え、「日本のチロル」とも呼ばれている。

 10年ほど前から、駐車場や展望台などが整備され、一躍観光客の押し寄せるようになった。しかしバイクを止めて景色を眺めていると風の音だけが聞こえて、人の気配を感じない静か〜な集落だ。村民はなにしてるんだろう、畑にでも行ったのか、お昼寝タイムなのか?


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道の駅 遠山郷


 しらびそ高原から40分かかって、やっとセンターラインのある国道152号の道の駅、遠山郷に到着。バイクを止めて缶コーヒーで一息、ベンチに座って青空を眺めた。朝からずっと晴天、日差しは強いけれど日陰に入ると乾いた風が寒い。

 茅野で満タンにしていたが、150kmをこえてそろそろガス欠が心配になる。遠山の前後50kmほどには日曜営業のGSが無いので、ここで給油は必須。頼りにして寄ってみたが、ロープが張ってあり休業。。。ガス欠が心配ならばここで右折して、平岡経由で天龍村に抜けるのだけど。。。リザーブを見込めばあと80kmくらいは行けるだろうと踏んで、勇気を出して計画通り青崩峠方面に向かう。



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青崩峠を望む


 遠山を南進するとR152号は行き止まりとなり、変わって兵越林道が峠にむかって山を登り始める。道が無い青崩峠も、三遠南信自動車道としてトンネル掘削が始まっている。崩れやすい岩盤であることは承知の上の難工事と云われている。いつかは「浜松いなさ」から「信州飯田」まで高規格の自動車道が完成するわけだ。陸の孤島と云われるこの地が拓けると同時に、小生のあこがれるR152号も冒険心を掻き立ててくれる対象では無くなってしまいそう。


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兵越峠 標高1165m


 木立の中をぐんぐん登ってゆくと奥行きのある切り通し、兵越峠に到着。茅野を出てから6時間で最後の峠を乗り越えた。浜松市と飯田市の県境であり、「峠の国盗り綱引き合戦」を毎年秋に行って非公式な国境を決めている。訪れたときは目盛り4つ分だけ浜松側に国境が入り込んでいた。浜松市の負け越しが4つ。。。そろそろ挽回しないと目盛りの木も足りなくなっている(^^ゞ。昨年度は30周年であったようで石碑も建てられていた。

 この峠で写真をとっていたら、軽トラのおじいさんがわざわざクルマを止めて話しかけてきた。「さっき追い抜かれたときに、聞いたことの無い大っきな排気音、どこのバイクだね?」なんて、とても地元のじいさんらしからぬ言葉をかけていただく。「こりゃ、空冷2気筒か??」なんて質問もするくらいだから、バイク乗りの大先輩なのかもしれない、そこのところ聞きそびれてしまった。


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水窪駅


 峠をこえればあとは水窪までノンストップの快適な下り道。民家も増えて秘境から脱した感あり。水窪駅は町の高台にあって静かな駅だ。なんと2015年度駅の一日の平均利用者数 55名!! 20年前の1993年には720名であったのに。


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秋葉ダム


 秋葉ダムに差し掛かる頃には、周囲はすっかり街の態をしていて緊張感も抜け気味。ツーリングの後半で、この前後のR152号は変化も少なく睡魔に見舞われる。トンネルの中に出来た分岐部を左折して秋葉ダムで休憩眠気対策。ここは時期ともなると桜並木が見事で多くの人が訪れる。


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天竜二俣 行者尊


 リザーブランプが付く前に、茅野から天竜二股までの220kmの走行でやっとGSで給油ができた。このGSは日曜でもやっているので、よく利用させてもらってる。このGSを頼って山奥から来たことを伝えると、主がしたり顔でガソリン満タンにしてくれる。

 二俣川は洪水を防ぐために、岩山を切り通して川の流れを変えている。人為的に切り取られて残った小山に鳥居がかかっているのが気になって今回はちょいと寄ってみた。鳥居のさきの急なコンクリ階段を上がってゆくと修行者の役小角を祭ってあった。真下に流れる川の淵が真っ青に、町を高台から見下ろして眺め良好。役小角は奈良時代の修験道の開祖とされる人物だ。


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筏問屋 田代家


 天龍二股の町では、史跡筏問屋の案内を発見して寄り道。関所のような重厚な門構え、建物もどっしりした風格のあるものだった。田代家は徳川家康から御朱印を与えられた旧家で天竜川水運の商いを担った名家。2代目九郎左衛門の子の孫丞(まごのじょう)が家康を筏で助けたのがきっかけという。天竜川を流れてくる木材を一手に引き受ければ、さぞかし大きな商いをしていたんだろう。


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鳥羽山洞門


 田代家をでて程なく出会った味わいのある隧道。鉄道が近くを通ることもあって旧鉄道の隧道かと思ったが、後学では明治時代に作られた道路隧道であったようだ。古びたレンガがいい感じ、明治22年から100年以上も現役で利用されている。


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天竜二俣駅


 中央構造線の終点は天竜二股駅として記念写真。茅野を9時に出発、220km縦走をして午後3時半に天竜二股に到着。無事に完遂できて達成感に浸る。今日はずっと晴天のまま、メット越しに日焼けをした。


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 新東名を西に向かって自宅に5時半に到着。十分に日が高いうちに帰宅することができた(本日の走行距離540km)。振り返って、このルート、やはり面白い。あらわれる景色も乗り越える山道も毎度わくわくさせてくれる。次回は紅葉真っ盛りの秋に訪れたい。




# by akane8150 | 2017-06-11 09:43 | Motorcycles | Comments(3)

MT-01 OS 27 R152号 中央構造線 2017.6 その1杖突峠 分杭峠



 もう6月!! 沖縄は梅雨に入ったとかで、名古屋もそろそろ。。。んでもって、日曜のピーかん天気!! これは走りに行くべき、しかもロングに! ということで、金鯱ビッグマシン会の月例ツーリングをすっぽかして、今年最初の国道152号の縦走に出かけた。


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名古屋IC
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諏訪湖SA


 朝6時半に名古屋ICから高速に乗り、中央道を制限速度+αで北上。松川あたりで「生きのいいバイクたち」と絡み合いながらのヒートアップで予定よりも早く諏訪湖SAに到着、初休憩。約200kmの一気走行もMT-01ならストレス無し、セローだと3回ほどの休憩がいるだろう。。。お尻が痛くなって保たないのだ。(>o<)


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 茅野ICで下りてガソリン補給、ちょいと飛ばした区間もあったので、17km/Lも仕方が無い。1700ccのMT-01ではあるが燃費は意外とよくって、大人しく走れば20km/Lを優に超える。これに比して1/4にも満たない排気量のRZなのに16km/Lというガス食い、しかも2stオイルも燃やして走る。

いいよいR152号の交差点で南下を開始、名古屋を出てから2時間経過。


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杖突峠 標高1240m


 くねくね峠道を駆け上がると杖突峠だ。峠の茶屋があってコーヒー飲みながらテラス席での八ヶ岳の遠望と居心地は最高。しかし今日はまだ朝早くって準備中。地元の速そうなライダー達がすでにダベリングしていた。


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高遠


 杖突峠から緩やかにカーブを連ねて下ってくると右手に駒ヶ根がきれいに見えてくる。花菖蒲も沿道で咲き誇り、とてもいい光景。とくに登りのストレートで見通しがよく飛ばしそうになる状況だけど、道の反対側には・・・


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 なんとまあ、ねずみ取りを模したようなマネキンおまわりさんとパトカーの看板。初めて遭遇したときは滅茶どっきりした。。。心臓に悪いわ!

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高遠城址公園


 山手にあるお城あとは公園になっていて、春にはタカトオコヒガンザクラが1500本咲き誇り、全国サクラ名所100選に選ばれる。今年は4月20頃が満開を迎えたようで、多くの観光客でごった返したのであろう。。。今は静かすぎて春の喧噪が嘘のよう。


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道の駅 南アルプスむら長谷


 ここで一息休憩、こじんまりとした道の駅だけど芝生の庭やジオパークの展示などがあって気分のいいところだ。ホンダグロムの青年と言葉を交わす。地元のナンバーの彼は、グロムはまだまだ慣らし運転中で速く走ってみたいなんて缶コーヒー飲みながら話してくれた。いつかでっかいバイクで遠出が出来るといいね〜ってな話の締めくくりだった。


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 いつもは横目で見ながらパスしてしまう戸谷口を左折して南アルプス林道のマイカー規制の所まで足を伸ばしてみた。黒川に沿ってゆくと味のある隧道や強者のコンクリ橋にであう。途中には登山者用の広い駐車場を備えた林道バスの発着場があったりして南アルプスの麓にいることを実感できる。


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戸谷大橋 南アルプス林道入り口

 
 国道から程なくしてしっかりとゲートで締め切られた南アルプス林道の入り口「戸谷大橋」に到着。ここから17km先、行程にして1時間で山梨県との境、標高2000mの北沢峠に到達する。以前、山梨側の林道バス起点の芦安まで行ったことがあるので、興味がわく。登山はしないけれども、北沢峠までこのバスに乗って一度でいいからいってみたいな。北沢峠ってどんな所だろう??


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三峰川


 再びR152号にもどって南下を再開。広い河原に比して水量の少ない三峰川は古来から洪水で悩まされた険しいところ、すぐ下流に美和ダムができたおかげで下流域の洪水の心配が解消された。このあたりは国道も大きなカーブを描いた快走路だけど、この先は分杭峠でだんだんと道は谷間の景色となってゆく。


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分杭峠 標高1420m


 茅野を出てから1時間半で2つ目の目標の分杭峠に到達。いつからか「地場ゼロ、世界有数のパワースポット」として観光客が訪れる場所となっている。「じゃらん」の説明書きによると。。「日本最大の断層、中央構造線上に位置し、断層の両側から押し合うパワーの拮抗によりゼロ磁場状態となり、気エネルギーが発生し集積すると考えられる。十数年前、中国の高名な気功師により発見されて以来、今では年間3万人以上が訪れる。冬は主要道路閉鎖のため行けないが、開通する3月中以降に大地のパワーを感じにゼヒ!」なんて壮大な触れ込み。麓からは村営のバスで峠まで、そこからちょいと歩いてパワースポットの場所があるようだけど、小生は行くモチベーションなし(^_^;。信じるものは救われるというのは大事だね。


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矢立木 大鹿村天然記念物


峠から大鹿村の町並みまでは、こぼれ日の中を下る爽快な山道。気にはなっていたがこれまで素通りしていた看板を見つけてバイクを止める。対岸に渡るとすくっと伸びた大木と説明看板、樹齢500年のさわらの木で領主遠山氏がここに矢を射って吉凶をうらなったとか。近世になって伐採の憂き目に遭いそうであったのを村人達が守って現在にいたる。さわらの木のことはあまり知らなかったが、後学によるとヒノキに近い種であって枝の茂り具合が少なめなことで見分けがつくようだ。確かに幹や枝の張り具合がヒノキに比べるとスッキリしてその違いがわかる。


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鹿塩温泉 湯元山塩館


 大鹿村の集落から支流塩川沿いに上がった先にあるのが鹿塩温泉。立ち寄り湯で利用したことがあってお湯はしょっぱく海水の成分に近いそうだ。地名も川の名前も「塩」が採取できたことが由来している。中央構造線の地核変動の際に閉じ込められた太古の海水が噴出しているとも云われ、温泉好きには外れのない「日本秘湯を守る会」にも加盟しており、お湯と静かなたたずまいを大事にしているいいお宿だ。


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 上は塩川にかかる宿に通じる橋からの写真、下は職場の自室に掛けてある風景画。絵画は飛矢崎文義さんの作品でタイトルが「大鹿村」、山の景色が緻密に描かれていて気に入っているのだけど、、、どこかで見た景観と思ってたのだが、なんとこの橋の上から西の方角をみた情景であったことに気づいた。ガードレールや電柱が省かれているくらいで、晩秋にきたらまさにこの景色になっているんだろう。


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大西山大崩落地


 昭和36年に大西山東斜面で大規模な山崩れが発生して、対岸の集落を襲い42名の犠牲者を出す大惨事がおきている。50年以上も経った現在でも復旧工事は継続され、中央構造線周辺のもろい地盤の恐ろしさを象徴している。


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大鹿村 ディアイーター


 6年前の映画「大鹿村騒動記」で原田芳雄がやっていた食堂は今も残っている。ロケで使われたのちはジビエ料理を出す食堂であったはずだが、いまも営業を続けているかどうかわからない。通りかかるたびに覗くのだが暖簾がかかっているのを見たことが無い。


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小渋橋から望む南アルプス


 映画ではこの小渋橋が幾たびか登場する。オープニングだったっけ、岸辺一徳と大楠道代がバスを降りて歩くシーンが記憶に残る。橋の上からは小渋川上流の赤石岳などが遠望できる、ホントにいい天気だ。


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中央構造線博物館


 大鹿村のはずれにある博物館、敷地内に線が引かれていてまさしく「中央構造線」の境界だそうな。画像中心から川向こうの山にむかって構造線は伸びている。断層が乗り越える山端には断層鞍部と呼ばれる峠のような峡部ができるようで、目の前の山にも山端に凹みができている。


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安康露頭


 大鹿村近くの断層が露出している安康露頭にも立ち寄った。国道から川べりを降りると青木川の右岸に断層が見えてくる。向かって右の青っぽい壁面と左側の赤っぽい壁面は明瞭に違っておりその境が断層面だ。数千年前には活発に活動していたそうだが、歴史の残っている大規模災害として1718年の遠山地震(遠山郷)が知られており、マグネチュード7.0ほどの大地震の多くの崩落が村落をおそったと云われる。


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松下家 大鹿村引野田

 青木川沿いには目に付く看板があって、それが「松下家」。国道から100mほど上の山岳村落にあるお屋敷は、松本から伊那地方にかけての独特の建築様式で本棟作りと呼ばれていて、この松下家は戦国時代から続く豪農で、名主、地主をつとめてきた。なんと築200年の木造で重要文化財となって村が管理している。


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中央構造線縦走 前半


 大鹿の集落を抜けて南進し地蔵峠への登りが始まる。谷は深く道幅もクルマ1台分となり、バイクですら対向車との離合に注意しないと危険。交通量が多いので路上の落石も少なめだが、災害で通行止めとなることも多い区間だ。時刻も正午、走り出して6時間が経過、そろそろお腹も減ってきた。。。。その2に続く。。。





# by akane8150 | 2017-06-06 18:48 | Motorcycles | Comments(0)

Z33 ロードスター 8 2017 オールドカー in K'z Road



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2017 オールドカー in K'z Road


 今回は第7回、小生は3回目、浜松市天竜区春野の「春野ふれあい公園」でオールドカー in K'z Road が開催され、DSCC中部の仲間と参加してきた。このイベントはフェアレディZの開発者でアメリカ日産の社長の片山豊のふるさと春野において、町とフェアレディZのクラブが協力して年一回開催されている。

 第一回の記念すべきミーティングで片山氏は次のようにコメントしていた。

「生誕の地である春野町に、私の名前が付けられたロードが完成し、大変感慨深いものがあります。私はわずか4年しかここ春野町に住んでいませんでしたが、春野町の皆さんは、私を永く住んでいる者のように扱っていただき、ここに帰って来るたびに歓迎をしてくれました。また春野町ふるさと大使と浜松市やらまいか大使にも任命され、今回いろいろな方々のご尽力によりK’zロードが完成したことは大変うれしいことであり、皆さんに感謝しています。

K’zロードは、春野町の大自然の中の一般道に設定されたコースです。ぜひ皆さんには、スピードを出さずに、呼吸と脈拍を調和させて、大自然の中を静かに、ゆっくりとドライブを楽しんでいただきたいと思います。そして、友達にも勧めていただき、多くの方々が春野町に訪れてくれることを望んでいます。」


春野町を中心に設定された3つのドライブコースがあって、「K'z Road」の表示が国道362号沿いに案内されている。



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 第1回の2010年はフェアレディZだけであったが、翌年からはクラシックカーの展示も開かれるようになり会場に足を運んでくる人たちの構成も広がって、昨年度は過去最高の9000名の参加者がカウントされるほどに賑わった。


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 開始9時40分に合わせ、DSCC中部の面々は朝6時半に浜松SAに集合。そのためには、小生は名古屋を5時に出発。。。(>o<)。浜松SAに一旦集合してから、隊列を組んで会場近くの駐車場まで走行し。最終打ち合わせを行った。

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 クラシックカーの入場に続いて会場となる春野ふれあい公園へフェアレディZたちの隊列入場。芝生の公園にクルマを乗り入れるなんて今日だけ!!、きれいな芝の上を走る贅沢な気分。参加車両はクラシックカーとZカーを合わせて130台以上の大賑わいであった。


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 クルマの展示だけじゃ無くって、車のカタログやミニカーなどを扱うお店や浜松餃子、佐世保バーガーなどの飲食ブースも充実。お宝のプラモデルもあったりで、それはそれ、物欲をそそる。。。小生の琴線に触れる「1/24 タミヤ エルバマクラーレン」を見つけてしまったが、お値段聞いてどん引きして退散。

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オースチン・ヒーレー スプライト カニ目と呼ばれるのも頷ける愛嬌あるマスク。

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アルファロメオ ジュリエッタ スプリント  間違いなく秀逸のデザイン。

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フォルクスワーゲン・カルマンギア  


 幼い頃、こいつのミニカーで遊んだ記憶がある。いまもこの流線型のシルエットが大好き。。。シンプルな構造でパーツもまだまだ出るようなので、クラシックカー入門として小生にはうってつけに思える。これ用にシャッター付きガレージが用意できるくらいのゆとりがあればいいのだけど。。。町中では叶わない夢だ。



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 小生の愛車、平成17年式 Z33 ロードスター verT もう10年を優に過ぎちゃった。ビニールレザーの幌をクロス地のモノに交換したり、ヘッドライトアッセン交換や純正オーディオのリフレッシュ、ラジエター周りのホース交換などなどの軽整備だけで完調を保っている。オドメーターは7万キロ、まだまだ走れる。昨今のダウンサイジングなエンジンにはどうも魅力を感じない。大っきいことはいいことだで育った小生にはターボなどで粉飾された味付けは美味しくない。。大排気量、大トルクの余裕ある走りができるZの3500ccは美味しいなあ(^^)。


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 展示が終わると最後のフィナーレ キッズパレード。近隣の小中学生をZカーの助手席に招待して、Zカーで公園から春野中学校までの往復20kmをパレードする。お菓子袋をお土産に渡された子供達は、クルマよりもそっちが嬉しそう(^^ゞ。


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 本日一番の楽しみ、参加車両のパレードが始まる。家の前や路肩などで地元の人たちがパレードを待っていてくれる。子供も夫婦もおじいちゃん、おばあちゃんも一杯手を振ってくれる。こちらも精一杯手を振りかえすんだけど。。。なんだか嬉しくって目がしらがジーン。。。感動モノだ。


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 DSCCのプラカードを毎年掲げてくれる家族に遭遇、小生が「DSCCカーブ」と呼んでいるいつもの場所だ。今年も3世代?総出でお迎えしてもらった。ウルトラ楽しいご家族、こちらも「来年もお願いします!!」なんて大声で返答を返す。

フェアレディZが手を振って迎えてもらえる。言葉にするとただそれだけのことだが、「ひとつの銘柄のクルマ」がでこれほどまでに地元の人たちとつながっているなんて環境はそうそうざらにあるものじゃない。また来年も来よう!!!!



 高いところからの画像を撮りたくってドローンに挑戦中。駐車場の上空を飛行させてみたが、高度がありすぎると構図的に無理があること、飛行性能は安定しているけどカメラの画質が低くGopro画像との比較に堪えないなどなど。満足できる写真や動画を撮るには、操作の修練と機体のグレードアップが必要だ。

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# by akane8150 | 2017-05-30 17:47 | Cars | Comments(2)

XT250 セロー 9  国見峠 のりこし峠 神崎 西洞



 行ったことの無い道を地図上でいろいろ想像するのはとても楽しい。最近は地理院地図(電子国土Web)をもっぱら愛用していて、林道、集落などの主な情報源となっている。

 名古屋近郊の日帰りで訪れる事のできる場所はほぼ行き尽くした感もあるが、岐阜県山県に広がる神崎川流域に目がとまった。神崎川の流域に枝を伸ばすように林道が有り、小さな集落も点在している。これまで踏み入れたことは無く、「そうだ、神崎へ行こう!」

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 神崎だけではもったいないので、これまた未踏の国見峠とのりこし峠を探検しながらのルートを選んだ。朝7時に名古屋を出発、時間節約で関ヶ原ICまで名神高速道路を走る。


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伊吹山登山口


 関ヶ原から木之本までの、もっとも伊吹山よりを快走できる「坂浅東部広域農道」」はよく知られた道だ。すでに長距離トラックは走り出していて、のんびりとついて西を目指す。伊吹の町を西に抜けた先の森林を抜けるストレートでは、かなりの確率で「お巡りさんが機械を据えて路肩に座っている」のでこれは要注意。

 伊吹の町からは山頂が真正面に見える。ここからスキー場のあった場所までクルマで上がれるよう。駐車場からの眺めはきっと良いだろう。スキー場は閉鎖してすでに10年になろうとしている。伊吹の町にあった民宿やスキーショップはそのままに寂しい景観を残していた。


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 姉川に沿った県道40号を北進、この道はやがて奥伊吹スキー場につながり「品又峠」に続く。伊吹山の稜線をひとつ北に越えた谷(足俣側)へ右折、いよいよお山に入りこむ。ガソリンは満タン、チェインは良い感じの張り、タイヤの空気圧はノーマルだけと舗装路の多いルートだからこんなんでしょ。


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伊吹山


 舗装された林道は谷を巻きながら高度を上げてゆく。山の南面にでるとでっかく伊吹山の北面が現れる。この北側からの眺めは希なので、とても興味深い。伊吹山ドライブウエイの道筋はよく分かり、頂上駐車場もあのあたりと推測できた。


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国見峠 
 

 下の県道から約20kmで国見峠に到着。天気も良かったので周囲の遠望も最高に綺麗だった。南を向けば伊吹山、北をみれば冠山など奥美濃の山々。伊吹山の山頂からもこの国見峠はミニチュアのように見えることを思い出した。峠を吹き抜ける風は心地よく、初夏を満喫できる場所。

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揖斐川町 谷山


 国見峠を下りてくると県道32に合流してふもとの村落に入り込む。この県道32号〜県道257号は狭い山間の道でバイクを走らせるのは面白いところ。かねがね気になっていた「高橋谷川」上流の集落「谷川」に寄り道とした。道は簡易舗装で川沿いに北上する。約6kmほどで廃村の谷川に到着。

 この地に人が生活を始めたのは1190年、多分に漏れず木地師達が先達であった。ここにも滋賀の君ヶ畑と深く関わっていたのだ。1300年には70戸数を超える賑わいであったが、昭和42年には廃村となった。りっぱな碑文にはここの住民達が歴史に残そうと面々と谷山の歴史を書き記していた。

日差しもまぶしく、新緑の谷に囲まれた谷山の村落はすっかり静まりかえる。


 
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上ヶ流


 柏川はこのあたりで深い谷を形成して東西に流れている。その左岸にある山岳集落が上ヶ流(かみがれ)で、谷山集落の入り口に当たる。柏川より200mほどの絶壁の上に広がる村落はくねくね道をいい加減上がった先に現れる。開拓された丘陵地には上ヶ流茶が栽培され地元の特産となっている。静岡の川根本町の川根茶を思い浮かんだが、このような山岳村落での貴重な作物はお茶なんだろう。昨今の地元興しの一環か、ちいさな茶店や散策路が整備されていてドライブで訪れる観光客もいるようだ。「天空の里」と銘打っているけど、ちょっと大げさかなあ、南信州の下栗はさらに高所で絶景の場所、こちらは「日本のチロル、天空の里」と呼んでも似つかわしい。


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 下ヶ流から里に下りてきて国道303号に合流。根尾を目指すには一旦、南に下がって本巣まで迂回する事になるのだが、最近のセロー尾さんの情報をもとに、のりこし峠をつかってショートカットすることにした。


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 303号を北上して峠へ繋がるルートは2本、手前の乙原トンネルから上がってゆく最短コースと今少し北上して小津トンネルからの遠回りルート。月尾谷っていう地名に惹かれて、遠回りルートを選んだ。月夜谷はふれあいの里して、公園、バーベキュー、コテージなどが用意された施設が出来ていた。周囲の村落からも離れているし、自然一杯の静かな所だった。このふれあいの里を少し過ぎるとのりこし峠に向かう林道が始まる。山の稜線を走る林道は快適で、気分爽快。


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のりこし峠
 

 峠への道は舗装されており快適な道、しかし冬期の名残か落石と折れた枝が路面に広がっていた。1.5車線のため交通量は少ないはずだが、見通しのきかないカーブも多くそれなりに気を遣う。ずいぶん走ったなあ と思った頃に峠に到着。見通しは望めないが、登ってきた山々や遠くには揖斐の町並みが見えて気分良し。この先の下りを済ませると薄墨桜の近くの国道157号に合流した。迂回ルートとしては面白いが、南の谷汲を回ってきた方が早いのは事実。


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山県市 谷合


 根尾でGSによってガソリン満タンにしてひと安心。3~5Lくらいしか給油しないので、お店の人には申し訳ないような。。。満タンで9.6L 残り2Lでリザーブランプが点灯、つまり7L(だいたい200km)も走行したら給油を考えないといけないわけだ。

 根尾から国道¥418号を尾並坂峠を越えて東に向かい、最初の信号交差点、集落らしい町並みに出くわすと谷合の交差点。これを左折するといよいよ神崎川沿いとなる。



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山形市 神崎 おんせぇよぉ



 町らしい谷合の集落を抜けると急に人里離れた風景となる。約10km進んだところに大きな村落が出てきて、そこが神崎。廃校となった小学校に週末限定で村の人たちが「おんせぇよぉ」と変わった名前の食堂を開いている。金曜ではあったが、他県ナンバーのファミリーカーが何台か訪れていた。どれだけの収益につながっているのか分からないけど、地元で仕事があって現金収入が得られるのはいいことだ。



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仲越

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仲越林道


 神崎の集落を抜けてさらに川沿いに北上する。ところどころに数軒の家屋を見かけるもいずれも廃屋のよう。狭い舗装路を北上するが、時折満載のダンプカーが対向してくる。これまたすごいスピードで減速もほどほどにすれ違おうとするので恐ろしいこととんでもない。狭い路肩に一杯によって、左足は側面の岩壁で支えてやっとの事でやり過ごす。一度は鉢合わせで、バイクの隙間もなくって小生がバックしたことも。いずこも山奥のダンプカーの爆走はよくあることで、営業している平日の山道はダンプカーにも気をつけないと。

 神崎から約10kmで仲越の集落に到着。通行止め看板があって、右は学校跡の広場で行き止まり、左は仲越林道の看板。ここからはダートとなる。



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 仲越から程なく右にゲート付の林道が現れる。この林道が通り抜けれるのなら、郡上の板取川までのロング林道をなるはず。いつかこの横をちょちょいとすり抜けて冒険してみたい。


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ガッパ谷


 未舗装となってしばらく川沿いに登ってゆくと再びチェインゲートで通行止めとなっていた。地図ではこの先で道は終わり、左の橋を渡ってもすぐに行き止まりとなるようだ。本日の最北端はこれで終了。ガッパ谷って地図には書いてあったが、現地にはその説明など無し。かわった名前だ。


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白岩 熊野神社


 ここからはこの神崎川流域の支流を訪ねる探検となる。まずは神崎手前まで戻って、白岩谷に入りこむ。この分岐部には石灰の採石場があって、ひっきりなしのダンプカーと砂埃が舞っていた。そっか、ここのダンプカーだったんだ。。。

 白岩谷はその名の通り、しろっぽい岩で河原が形成されていて深い谷が苔むした素敵な景観を作っていた。周囲には集落もなく、終点の分岐部のお宮に着いた。熊野神社がきれいに残されていて、周囲の石垣などはここに集落があったことを示していた。しかし家屋はいっさいなくって、周りは自然に帰っていた。

 不思議なことに、山奥の村落の鎮守は、この熊野神社や八幡神社、白髭神社などであることが多い。熊野神社は全国に2000~3000ほどの末社があると言われている。いずれも山岳信仰や日本神話に関わった古代から面々と続いてきた信仰である。廃村となった所でも、残ったお社は地元の人たちが清掃や維持など人の手を入れて管理している。


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神崎 ゲストハウス ミヤマリトルバレー 


 再び神崎まで戻って、支流の円原川に向かう。神崎には古びた旅館が残っていて「ゲストハウス ミヤマリトルバレー」として活用されていた。素泊まりの宿泊やら、田舎暮らしを求めて来る人たちの基地となっているらしい。山県市のホームページでは、田舎の空き家を幾つか販売していてそれなりに売約済みなど移住をしてくる人たちも居ることを知った。


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円原川の伏流水


 円原川を上がってゆくと「日本一の伏流水」って大きな看板が。砂礫層でできた川床のため、川の水が見えなくなってしまうのが伏流水。枯山水のような景観のところが続く、そしてその上下流では清く住んだ水が流れている。下流では地下水の噴出も合わせ、蒼く透明な淵をつくりとても美しかった。真夏に足でもつけたら気分が良いだろう。


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万所

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シャガの花


 円原川の行き止まりは万所の廃村で、この先は抜けれない林道。40年前には廃村になっている屋敷跡にはアヤメによく似た葉っぱの白い可憐な花が一面に咲いていた。後学で知る「シャガ」は、薄暗い山間の里にはよく見られるようで、年に一日だけ花を開く。この花も明日にはしぼんでしまうわけで、小生が見届けてやった感ありあり、これも何かのご縁だ。


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林道 西洞納谷線 


 万所から戻り、西洞納谷林道に入る。この林道は地図で見る限り、関洞戸方面に抜けることが出来そう。通行止めの表示もないのでいざ突入。簡易舗装が新しく下草も丁寧に刈られているので、とても走りやすい。深い谷を抜けてゆく林道はやがて峠に至る。標識も無く地図にも記載がないので無名峠だ。夕方にはまだ早いが谷道はすっかり日陰となって、心理的に家路を急ぎたくなる。


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西洞


 峠をくだりしばらくして西洞の集落に出くわす。立派さ石碑が作られていて、村が栄えていた頃の姿が目に浮かぶ。学校があって、神社も3つ、稲荷神社もお寺もあったようだ。炭焼きと蒟蒻芋、わずかにとれる大理石が集落の生計を支えていた。高度成長期の昭和45年に離村。


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山県市 柿野


 林道の終点が県道196号の集落柿野で、人の生活が感じられる場所に出てホッとする。計画ではこの先、タラガ峠も探検するはずであったが、今日はこれにておしまい。初めて訪れた峠たち、ひっそりと佇んでいた廃村たちに出会えて満足、満足、後は家路を急いだ。




 冬の間に弄ってみたセローのエキパイとマフラー、走ってみての感想は。。。まずは、高回転まで回るようになって最高速も10kmほど上乗せされている。嬉しいことに、低速トルクも増えているようでアクセルのツキが鋭くなった。排気音は元気になったが、規制値内のようでこれも安心。鉄パイプのエキパイがテカテカのステンレスに代わり、チタンの綺麗なマフラーと合わせ、洗車のやり甲斐が増えたようだ。




# by akane8150 | 2017-05-26 19:08 | Motorcycles | Comments(2)
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