中央構造線 前半部分はこちら
地蔵峠 標高1314m
青木川にそって上流を目指すとつづら折れが始まってやがて地蔵峠に到着する。ここから先のR152号は人だけが通れる登山道に。。。代わりの蛇洞林道が迂回路として太平洋側に続いている。それを知らないと、峠を越えたはずなのにまだまだ登ってゆく道に??と思うはず。画像のカーブミラーの横から登山道に分け入ると名の通り、お地蔵さんが祭られている。そこを南に下れば本来のR152号が山道として続いている。
伊那山脈(大西山 鬼面山)
蛇洞林道はぐんぐん高度を上げて南に向かう。谷のむこうには伊那山脈がまっすぐに剣を伸ばしている。頂が目の高さだったのがどんどん眼下に見えるようになってゆく。標高は1500mを越えて日陰の風が冷たい。伊那山脈最高峰の鬼面山は地蔵峠から山岳路2時間半で頂上に達する。山頂の展望台からは360度のパノラマ絶景が見えるとヤマレコにあった。地蔵峠までクルマできて、日帰りハイキングに行ける行程なので紅葉の時期に来たら素晴らしいだろう。しらびそ高原 標高1900m
蛇洞林道から分岐してさらに登ってゆくとしらびそ高原に至る。林道をそのまま南進して上村にぬけるのに15km、しらびそ高原と下栗の里に寄り道すると25km、くねくね林道が続くので距離差以上の遠回りを感じるが、天気のいい日のしらびそ高原は外せないポイント。春にRZで来たばかりであるが今回も来てしまった。
南アルプス 赤石山脈
南アルプスの赤石山脈 連峰が目の高さに広がる絶景。クルマやバイクで体験できる峠の景色、いろいろあるけどここのしらびそ峠、しらびそ高原は抜群にお勧めだ。新穂高ロープーウエイの山頂駅からの穂高連峰もこれ以上のスケールで感動するが、しらびそはクルマで上がってこれるところが大違い。展望が望めるような日にこちらに来た際には、外せない、外しちゃ勿体ない景勝地。宿泊もできるハイランドしらびその食堂で昼食の後は、しばらくお山を見ながらの休憩。午後1時に南アルプスエコーラインと名の付いた林道使って下栗の里に向かい出発。
御池山クレーター
しらびそを出て程なく 御池山クレーターの看板にであう。この林道の裾の部分が扇状に凹んだ沢を形成してその特異な地形にハイカーが気づいたところから、この隕石落下の名残が見つかった。スケールがでかすぎで、現地に立ってみてもクレーターの実感はわいてこない。案内によるとそ数万年前に直径40-50mの隕石が東方面からこの御池山の中腹に落下して約1kmのクレーターを形成したらしい。もしも現代にそのような大きさの隕石が落下したならば、原爆クラスの破壊力、影響力をもって人間の生活に悪影響を起こすらしい。これが直径10kmを越えるようなら、過去の地球史に登場するような種の絶滅をもたらすケーオスになる。アニメの「君の名は」で隕石落下はキーワードになるけど、御池山の隣県である岐阜が設定されてるあたり、この御池山クレーターも脚本に織り込まれているのかもね。
下栗の里
南アルプスエコーラインを下りてくるのにいい加減飽きてきた頃にやっと下栗の里に入り込む。典型的な山岳村落である下栗の里は、縄文の頃から人が住み、近世では遠山氏の所轄となるも木材や鉱物資源などのために江戸幕府直轄領であった。
里の東西距離500m対して、高度差は200m !! 斜面にへばりつくように集落があって、その中を切り返しが必須のヘアピンカーブの狭い路地が続く。深い谷の向こうもくっきりと見え、東には赤石山脈がどーんと控え、「日本のチロル」とも呼ばれている。10年ほど前から、駐車場や展望台などが整備され、一躍観光客の押し寄せるようになった。しかしバイクを止めて景色を眺めていると風の音だけが聞こえて、人の気配を感じない静か〜な集落だ。村民はなにしてるんだろう、畑にでも行ったのか、お昼寝タイムなのか?
道の駅 遠山郷
しらびそ高原から40分かかって、やっとセンターラインのある国道152号の道の駅、遠山郷に到着。バイクを止めて缶コーヒーで一息、ベンチに座って青空を眺めた。朝からずっと晴天、日差しは強いけれど日陰に入ると乾いた風が寒い。茅野で満タンにしていたが、150kmをこえてそろそろガス欠が心配になる。遠山の前後50kmほどには日曜営業のGSが無いので、ここで給油は必須。頼りにして寄ってみたが、ロープが張ってあり休業。。。ガス欠が心配ならばここで右折して、平岡経由で天龍村に抜けるのだけど。。。リザーブを見込めばあと80kmくらいは行けるだろうと踏んで、勇気を出して計画通り青崩峠方面に向かう。
青崩峠を望む
遠山を南進するとR152号は行き止まりとなり、変わって兵越林道が峠にむかって山を登り始める。道が無い青崩峠も、三遠南信自動車道としてトンネル掘削が始まっている。崩れやすい岩盤であることは承知の上の難工事と云われている。いつかは「浜松いなさ」から「信州飯田」まで高規格の自動車道が完成するわけだ。陸の孤島と云われるこの地が拓けると同時に、小生のあこがれるR152号も冒険心を掻き立ててくれる対象では無くなってしまいそう。
兵越峠 標高1165m
木立の中をぐんぐん登ってゆくと奥行きのある切り通し、兵越峠に到着。茅野を出てから6時間で最後の峠を乗り越えた。浜松市と飯田市の県境であり、「峠の国盗り綱引き合戦」を毎年秋に行って非公式な国境を決めている。訪れたときは目盛り4つ分だけ浜松側に国境が入り込んでいた。浜松市の負け越しが4つ。。。そろそろ挽回しないと目盛りの木も足りなくなっている(^^ゞ。昨年度は30周年であったようで石碑も建てられていた。この峠で写真をとっていたら、軽トラのおじいさんがわざわざクルマを止めて話しかけてきた。「さっき追い抜かれたときに、聞いたことの無い大っきな排気音、どこのバイクだね?」なんて、とても地元のじいさんらしからぬ言葉をかけていただく。「こりゃ、空冷2気筒か??」なんて質問もするくらいだから、バイク乗りの大先輩なのかもしれない、そこのところ聞きそびれてしまった。
水窪駅
峠をこえればあとは水窪までノンストップの快適な下り道。民家も増えて秘境から脱した感あり。水窪駅は町の高台にあって静かな駅だ。なんと2015年度駅の一日の平均利用者数 55名!! 20年前の1993年には720名であったのに。
秋葉ダム
秋葉ダムに差し掛かる頃には、周囲はすっかり街の態をしていて緊張感も抜け気味。ツーリングの後半で、この前後のR152号は変化も少なく睡魔に見舞われる。トンネルの中に出来た分岐部を左折して秋葉ダムで休憩眠気対策。ここは時期ともなると桜並木が見事で多くの人が訪れる。
天竜二俣 行者尊
リザーブランプが付く前に、茅野から天竜二股までの220kmの走行でやっとGSで給油ができた。このGSは日曜でもやっているので、よく利用させてもらってる。ここを頼って山奥から来たことを伝えると、主がしたり顔でガソリン満タンにしてくれる。
二俣川は洪水を防ぐために、岩山を切り通して川の流れを変えている。人為的に切り取られて残った小山に鳥居がかかっているのが気になって今回はちょいと寄ってみた。鳥居のさきの急なコンクリ階段を上がってゆくと修行者の役小角が祭ってあった。真下に流れる川の淵が真っ青に、町を高台から見下ろして眺め良好。役小角は奈良時代の修験道の開祖とされる人物だ。
筏問屋 田代家
天龍二股の町では、史跡筏問屋の案内を発見して寄り道。関所のような重厚な門構え、建物もどっしりした風格のあるものだった。田代家は徳川家康から御朱印を与えられた旧家で天竜川水運の商いを担った名家。2代目九郎左衛門の子の孫丞(まごのじょう)が家康を筏で助けたのがきっかけという。天竜川を流れてくる木材を一手に引き受ければ、さぞかし大きな商いをしていたんだろう。
鳥羽山洞門
田代家をでて程なく出会った味わいのある隧道。鉄道が近くを通ることもあって旧鉄道の隧道かと思ったが、後学では明治時代に作られた道路隧道であったようだ。古びたレンガがいい感じ、明治22年から100年以上も現役で利用されている。
天竜二俣駅
中央構造線の終点は天竜二股駅として記念写真。茅野を9時に出発、220km縦走をして午後3時半に天竜二股に到着。無事に完遂できて達成感に浸る。今日はずっと晴天のまま、メット越しに日焼けをした。
帰宅 名古屋
新東名を西に向かって自宅に5時半に到着。十分に日が高いうちに帰宅することができた(本日の走行距離540km)。振り返って、このルート、やはり面白い。あらわれる景色も乗り越える山道も毎度わくわくさせてくれる。次回は紅葉真っ盛りの秋に訪れたい。
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