小生の備忘録

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C57-139 お召し列車

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# by akane8150 | 2018-10-12 17:36 | Life

XT250 セロー 15 R257不通区間 三尾河バイパス 山中峠


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せせらぎ街道

 名古屋方面から高山に向かうルートでライダー御用達なのが「せせらぎ街道」だろう。郡上八幡の市街地からR472で北上し、r73で太平洋と日本海の分水嶺の西ウレ峠を越え、高山郊外の清美に抜ける。この区間の信号は数えるほどで、せせらぎの名のごとく渓流に沿った快走路だ(災害工事で片側通行のながーい信号待ちが複数箇所で有り)。
 せせらぎ街道以外で高山に向かうルートには「R156」もお薦めで、ひるがの高原からぎふ大和までの裏道「やまびこロード」を利用するとこれもまた信号知らずのワインディングロードが楽しめる。しかし、この2ルートは鷲ヶ岳をはじめとするお山たちに阻まれてクルマでの行き来が遮断されているのが現状だ。


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R257不通区間

 R257は1982年に浜松市 - 岐阜県大野郡荘川村までの国道として制定され、清見町麦島から荘川町三尾河までは道のない計画路線となっていた。これが出来れば、この地域の東西の流れができて商業圏も広がるのだろう。地図の上で眺めていると現地がどうなっているのか以前から興味があり、今回は東西それぞれの行き止まりまでいってみることにした。

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せせらぎ街道 麦島

 まずは東から攻めてみる。道の駅パスカル清美からせせらぎ街道で北上するとR257とR472のおにぎりが2つ並んだ標識区間となり、R257起点の麦島にやってきた。R257はここから分岐するなどの道路標識がないので気にしなければ分からないだろう。

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 分岐を左に曲がれば、道なりに舗装された1.5車線の集落を抜けて行く道となる。途中には通行止めの案内があって、やっとこれが国道なんだとわかる。麦島の集落は別荘風の住居があると思えば、無人となって廃屋となった家屋も見かける。

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R257 麦島側ゲート

 国道分岐から1kmもいかないところで通行止めのゲートがあっけなく登場。チェインでの閉鎖だから関係者の出入りはそれなりにあるんだろう。しかし地理院の地図では荘川側へクルマが通れるような道は無い。分岐の右側も試してみたが、これもまたすぐに通行止めのゲートで拒まれていた。

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R158 三尾河

 それではワープして荘川側から探索。R158を北からやってくると、道は軽沢トンネルを抜けると下り坂がずーっと続く気分のよいあたり。いつもはびゅーんと通り過ぎる小さな三尾河の集落がR257の起点。

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 舗装路を進めばすぐに車両通行不能の案内があった。「通行止め」ではなくって「通行不能」っていうのが、いかにも通れないことを強調している。さて、この先はどんな景色が待ってるんだろう。

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 仮設橋を渡ってゆくとほぼ完成した東海北陸道の橋梁をくぐる。この工事は終了しているようでここまでは車両の往来も多いようだ。そしてその先は荘川にそって舗装林道の態を見せ始める。

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 センターラインのある規格道路の部分も分断的に現れ、立派なコンクリートの橋桁も完成している。道路工事はここまでやりました感たっぷりに、三尾河の集落から2.5kmでついにぷっつりとセンターラインは途絶えた。

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横根尾林道 延長3900m

この先は横根尾林道と書いてあるが、地図の上ではR257はまだまだこの上を走っていることになっている。この先は未舗装路、お〜、いよいよ気分が出てきた。

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R257 三尾河側ゲート

 林道になって2kmでとうとうR257の最後の姿、三尾河のゲートについた。こちらは通行止めのバリケードが2つ置いてあるだけで拍子抜け。この先の山の向こう、2km先には麦島側のゲートがあるはずだ。
 R257のこの不通区間、見てのように開通させようとした形跡は残っているが継続している感じはしない。猛禽類が見つかったとかで調査が入ったりしたが、10年ほど前までは荘川側で工事が続けられていたよう。このあたりからまっすぐに麦島まで「三尾河バイパストンネル」が予定され、不通区間を解消する計画なんだが、昨年の岐阜県再評価実施箇所の説明では、三尾河トンネルの着工の目途はたっていないのが現状のようだ。

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三尾河のバリケードの右手には横根尾林道がまだまだ続いている。いけるだけ行ってみようと先に進んだ。

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左手には荘川の源流をみながら、林道を進むと伐採林がぱっと視界を広げてくれる。路面は砂利がひかれ、林道は整備されていて生きた道のようだった。どこまで続くのか。

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 三尾河ゲートから5kmほどで舗装路に出くわした。砂利道はここで終わり、どうやら山中峠に向かう林道に合流したようだ。今日はこの山中峠も目的地なので、その起点から走り出すために今来た道を折り返し、R158に戻った。

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明宝荘川林道

 R158とせせらぎ街道を唯一クルマで抜けることが出来る山中峠(正確にはさらに南には大洞峠など寒水などから抜けるルートもあるが)。かねてから地図上では興味のあったルート。ネット上では、山神さん(https://blogs.yahoo.co.jp/poseidonttz2693/32325968.html)をはじめ幾つかレポートを見ることが出来る。雨が降り出しそうな天候ではあったが、せっかくセローできているので挑戦してみることに。

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R158の三尾河に戻って1.5km先の黒谷の集落がスタート地点。集落を抜けて寺河戸川とならんで山をあがってゆく。道はまずまず生活路のようで普通に走りやすい。

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東海軽井沢別荘地

 里をぬけると東海軽井沢別荘地の看板が立つ廃墟のような別荘地を通り抜ける。先日の台風の影響か、倒木と落葉が路上に押し寄せ、ますます廃墟の風情が。この荘川には別荘地の案内がいくつもみかけるが、他の所はどうなんだろう。この東海軽井沢別荘地は建物を見る限り、20~30年は経っておりバブルの頃に作られたのではなかろうか。強者どもの夢の後といった風情だ。

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やがて先ほど横根尾林道から登ってきて折り返した三叉路に出くわす。やはり山中峠に向かう道だったんだ。

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 舗装された林道をどんどん進む。後学で分かったがこの道は「明宝荘川林道」と名前が付いていた。9月第4週の訪問であったが、紅葉が始まりススキの穂が道幅を狭くしていた。あと2~3週もすればこのあたりの雑木林もキレイに染まるだろう。

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荘川

 さらに上流へ、この橋をこえると道はダートにかわった。橋には荘川の文字。そっか能登半島ツーリングの際に富山湾で渡った大河の荘川、ここが源流なんだと思うとプチ感動。ここの水は小牧ダムをはじめ幾つかのダムを乗り越えて日本海に流れ着く。

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ここも走りやすいダートで細かな砂利が敷かれている。まっすぐに高度を上げて行くのでクネクネ感なし。

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山中峠 最高地点

 景色の変化も少なく奥へ進んでいくと何時しか下りになっていた。ちょっと変だと思って後戻りしたのがこのあたり。最も高い地点を峠の頂きとすれば、ここが山中峠としてもいいのかも。地理院地図の等高線から判断してもこの地が最も高い。左手にはまさに源流といってよい湿地がありここが荘川の生まれる場所だ。ここから先は太平洋に流れ出る川となる。

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ミズバショウ自生地

最高地点から200mほど明宝側に下るとミズバショウ自生地の案内があった。ミズバショウの春先であれば訪れる人たちで賑わうのかも、でも今は全く静かなところ。

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下りにかかるとダートが荒れ出した。路上の水の流れが深い溝となって走りにくくなる。フェアレディZできていたらフロントバンパーをガリガリさせるだろうな。

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山中峠

 最高地点から500mほど降りてきたところには、お地蔵さんを収めてあるだろう祠がたっていた。地理院の地図ではここが行政の境となって山中峠の表示がなされていた。行政の都合でここに線引きされただけで、この祠も昔はミズバショウ自生地近くの最高地点にあったんではないか。

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めいほうスキー場

 祠の先はすぐにスキー場ゲレンデに林道は飲み込まれて行く。ゲレンデの中を折り返して高度を下げる。このあたりからは簡易舗装にあるが結構荒れている。夏期だけのバイクオフロードコースが出来たら面白いだろうな〜。1周2~3キロの走り甲斐のあるコース、バンクやジャンプを混ぜて走り回ってみたい。

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明宝荘川林道起点

 5,6kmだらだらとクネクネ降りてくるとめいほうスキー場に通じる広い舗装路にであう。入り口には通行止めのバリケードがゆるーく立っていた。確かに黒谷の集落を越えてからはすれ違うクルマもなかったような。
 さてこの林道を使えば、高山への往復で使えるルートの選択肢が増える。しかしラフロードの区間もそれなりにあるので、大型のオンロードバイクではあまりお薦めできない。セローなどのオフバイクであれば、横根尾林道とこの林道のオフロード部分をつなげば、この地域でも貴重な未舗装林道として楽しめるだろう。




# by akane8150 | 2018-10-08 22:54 | Motorcycles | Comments(4)

GL1200サイドカー 11 能登一周 4 親不知 黒部ダム 関電トロリーバス


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能登一周最終日

さて今日は名古屋まで帰らなきゃ、親不知と黒部ダムをじっくりとみてこようと計画。

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宇奈月温泉駅

 例によって朝食は一番をお願いして、7時半に出発。宇奈月の駅にはもうすでにトロッコ電車に乗る人たちが集まっていた。駅前の黒部川電気記念館に寄りたかったが、先を急ぐために諦めた。関西電力が運営する黒部ダム周辺を紹介する施設で、なかなか見応えがあって立ち寄る甲斐あり。

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親不知 

 国道8号線にのっかって東へ海沿いを進むと右側から山が迫ってきて、やがて平らな所は無くなって海に落ち込む山肌を縫うようにトンネルが始まった。天険トンネルを出たらすぐ左にホテルと駐車場が有り、その先が旧国道の残っている親不知に到着。親不知は古代から交通の難所だ。

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親不知コミュニティロードと展望台

 旧国道は天険トンネルができるまで現役の主要道路だった。いまはコミュニティーロードと名を変えて遊歩道になっている。それにしても車幅は狭い、トラックなどはすれ違えたんだろうか?

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 展望台ではこの険しい親不知に道を切り開いてきた歴史が案内されていた。かなりリアルなジオラマも作られていて面白い。道が出来るまでは海岸線の砂浜が唯一の交通路だった。

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親不知4世代道路 

展望台からは遠くに北陸自動車道(第四世代)とシェッドで覆われた国道8号線(第三世代)そして海岸(第一世代)が一望できる。


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第一世代 (糸魚川観光ガイドより)

 親不知は古くから北陸道最大の難所として知られてきた。波間を見計らって狭い砂浜を駆け抜け、大波が来ると洞窟などに逃げ込んだが、途中で波に飲まれる者も少なくなかったといわれる。 断崖と波が険しいため、親は子を、子は親を省みることができない程に険しい道であることから、親不知といわれるようになった。とくに危険が高かったのは「長走り」といわれた区間の500mほどだったそうな。

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第二世代 (不知旧道)
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昭和10年の親不知国道

 初めての人道は明治15年5月に着工し、翌16年12月に親不知国道として開通した。当時は機械など無かった時代だから、すべて人力で山を削り道路を作り上げた。実延長約1km、この開通によって人々の往来は激しくなり、それに伴って人力車は急増し、旅籠、飲食店、諸品の小売店なども増え、この地方一帯の村々に多大な利益をもたらすに至った。明治から昭和41年までの間、落石や崩落に合いながらも、地域の生命線として活躍した。

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第三世代 天険トンネル

 車社会に対応するために1966年(昭和41年)に延長734mの天険トンネルが完成し、旧国道は町道に降格しやがて観光の散策路として今に至る。路肩が狭く歩道も無いために、自転車や歩行者は旧国道を使いように指示されていた。

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天険コミュニティ広場 東遊歩道入り口

 国道横の駐車場からは遊歩道が出来ていて断崖の下まで行けるようになっている。400mと書いてあるけど、折角来たからには行ってみよう。

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波打ち際(第一世代道路)

 いやっあ、確かに400mなのかもしれないけど、落差がとんでもない。下り始めて止めとけばよかったんではないかと不安になる。途中にはなぞのトンネルや見事な滝もあって、飽きはさせなかったが。10分ほどで猫の額ほどの砂浜に到着。ここが道の無かった頃に、波を受けながら歩ききった街道だ。近年砂浜がどんどんと浸食されて干潮に関係なく海に洗われてしまったようだ。

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 帰りのことを思うとおちおち出来ない、再び急な階段を登り始める。見上げると気が遠くなるので、足下だけに集中してひたすら上がる。やがて気になったトンネルにやってくる。

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旧親不知トンネル (土木学会選推土木遺産)

 ぽっかりと口をあけたれんがのトンネル、そして沢の向こうにはシェッドとそれに続くトンネルが口を開いている。手前には案内書きがあって。。。
 このトンネルは、北陸道最大の難所天険親不知の断崖絶壁を貫通させ、整備された鉄道トンネルで、大正元(1912)年に竣工しました。鉄道網が整備されて以降、産業経済のみならず生活文化についても地域の近代化に貢献しました。しかし、昭和40年に複線化となり、貨物や旅客の輸送の役目を終え廃線となりました。建造から100年以上が経過しますが、断崖絶壁にあるレンガ積みのトンネルは、絶大な存在感があり、当時の土木工事の英知を語りかけてくれる貴重な土木遺産です。トンネルは約700mあり、フットライト等が設置され、通行できるように整備されました。また、「親不知コミュニティロード」と遊歩道で結ばれ、周遊することができます。周遊は約2㎞、所要時間は60~90分です。(案内図より)

 一人じゃ無くって、時間に余裕があれば、100年以上も昔のトンネルを歩いて抜けるのも面白いだろう。トンネル内はところどころに小さな明かりが付いてはいるが、こういった所が苦手な小生は入れないなあ。


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信濃森上

 親不知から糸魚川のあたりでは、どしゃぶりにあった。まあ、気持ちの良いほどの大雨で、瞬時に国道が川になるほど。かっぱ、長靴の完全装備であったので全く心配なかった。返ってバイクがキレイになったんじゃなかろうか。

 R148を南下して再び山岳地帯に入ると、覆道におおわれて姫川沿いをクネクネ走る事になる。山が途切れた小谷の道の駅で休憩。この先は雨もなさそうなので、カッパも脱いで気分爽快。サイドカー側はどしゃぶりのことも有り、カバーを外して天日干しだ。

 白馬が近づいてきて、山脈が見渡せるたんぼ道でバイクを止めた。正面のスキー場は八方だろう。雨上がりで景色もキレイだ。近くでお囃子の音が聞こえる。集落に入ってみるとお宮さんの前で秋祭りの真っ最中だった。ちょいと見物。

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木崎湖

 白馬の町は立ち寄らずに一気に木崎湖までやってきた。靜かでキレイな景色をながめてプチ休息。湖畔にはスキー客や体育会系の合宿ねらいの宿が沢山並んでいる。時季外れなのか、とにかくひっそりとしている。

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扇沢駅

 大町からふたたび山道になって行き止まりが扇沢駅、黒部ダムにむかうトロリーバスの出発駅だ。クルマの駐車場の方が駅に近くていいのだが、バイク置き場に案内されてしまった。

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関電トロリーバス

 1時間に2本の運行、幸いにも到着してすぐにトロリーバスに乗ることが出来た。乗客はぼちぼち、ちゃんと座って出発できた。これに乗るのは数回目、架線から電気をもらう2本の「おひげ」が面白い。

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 バスを降りてまずは半袖では寒いくらいのすずしさにびっくり。安易にダムに向かわずに、220段の階段を上って最上のダム展望台に向かう。これは辛い、何が辛いって景色もなにもないので、やる気が出てこない。

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黒部ダム展望台(標高1500m)

やっとのことで超眺めのいい展望台にやってきた。まずは、「お〜〜〜」って感嘆をあげた。何度来てもスケールのでかさに感動だ。

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 階段をどんどん下ってダムの放水がよく見えるところまで降りてきた。どでかい水柱と怒濤の音、いや〜大迫力、それにしてもよくもこんなにでかい構造物を人間が作ったモノだと感心する。



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黒部湖駅側出口

 堰堤は約500mあって向こう側まで歩いて見た。黒部湖駅からはケーブルカーで山の中をくりぬいて立山アルペンルートに繋がって行く。さらに奥に行くとケーブルカーの駅への案内が出てきた。小生は立山アルペンルートの縦走は未体験、なのでいずれ時間を作って、ちゃんとした装備でじっくりと走破してみたい。

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黒部ダム堰堤

堰堤をてくてくあるいて帰路の駅に向かう。丁度ダムの中心から放水している下をのぞき込んで1枚ぱしゃり。落差は何メートルあるんだろう。正面に見える山の向こうにバイクを止めた扇沢があるはずだ。

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殉職者慰霊碑

 ダムの傍らには銅像と工事で命を落とした人たちの名前が刻まれている。殉職者は171名におよび、そのうち墜落事故60名(35%)、落盤事故48名(28.7%)であったようだ。


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 黒部ダムレストハウスであれば、いわゆるダムカレーも頂けたようだが、混んでいたのでさくっと展望台の軽食コーナーで「ナンで食べる黒部ダムカレー」を食べてみた。グリーンカレーでけっこう辛く、パンに飢えていた小生にはナイスだった。

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関電トロリーバス

 たっぷりと見て回って駅に戻る。駅には3台のバスが待ち受けていて偶然にも前席に座ることが出来た。こりゃ動画をとらなきゃとデジカメを回し続けた。来年からは電気バスに置き換わるのでトロリーバスは今期で最後、国内でもトロリーバスなんて珍しいので、さびしいな。
 トンネルの中間地でバスのすれ違いがあるのだが、単線の電車路線などで使われるタブレットみたいなモノを受渡をして、安全を担保している。バスの格好はしているけど、まったく単線の電車と同じで面白かった。
 この黒部トンネルの掘削でもっとも困難を極めた「破砕帯」は車内案内にもあったし、現地もブルーの照明で区別されていた。石原裕次郎の「黒部の太陽」は世紀の難工事といわれたこの黒部トンネル工事を取り上げたもので、見応えのある映画だ。今も破砕帯周辺はトンネルの壁面から滝のように水が湧いて出ていた。




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大町温泉郷 湯けむり屋敷 薬師の湯

 黒部ダムも見てこれたし、あとは名古屋まで走るだけ。その前にちょいとひと風呂浴びようと大面温泉に立ち寄り。大型のホテルや旅館が並ぶが、バブルの頃の面影が悲しいほどに寂れていた。鹿島槍や爺ヶ岳のスキー場の基地となっていた大町温泉は当時めちゃくちゃ賑わっていた。それがいまは廃業したホテルが目に付き、とても悲しい気持ち。
 唯一の立ち寄り温泉施設はそれなりに人がやってきていて安堵するが、お湯が良いのにもったいないことだ。

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北アルプスパノラマロード 安曇野アートライン 県道306号

 大町からはよく知られた抜け道の県道306号を信号知らずで松本に向かう。基幹道路の国道147号は市街地を抜けるために交通量が多く、信号も数知れず。白馬でスキーに向かうときも、この県道ぬけみちががお気に入りだ。多くの美術館がこの街道沿いにあることから、安曇野アートラインとも称されるし、北アルプスの山並みを遠望できることから北アルプスパノラマロードなどども言われる。
 安曇野のあたりは水田や畑、ブドウ畑などが広がって、そこを縫うように走る快走路はバイクで来ると天気が良いと最高のツーリングロードだ。

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駒ヶ根SA

 松本ICから高速に乗って休日夕刻のクルマの流れに乗って駒ヶ根まで戻ってきた。ここまでこれば、なんとなく名古屋に戻ってきた感じがする。コーヒーでも飲んでひといき。

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守山PA

 東の上郷SA、そして北の守山PAは帰宅する前によく立ち寄るパーキング。宇奈月を出てから10時間、約400km、もうすこしでお家に帰還できる。
 GLばあさんは益々信頼性も上がってよく走ってくれた。今回は直前にバイク屋の主がフロントブレーキの調整をしっかりしてくれたので、すこぶる快適に走行できた。しかし100km以上の高速場面でアクセルのツキが悪くなったり、振動がでたりとキャブレターが完調ではない場面もあった。これはまた手の空いているときに、バイク屋さんでしっかり診てもらおう。
 この1年間で東北、九州、能登とGLサイドカーでロングツーリングを楽しんできた。荷物が多い宿泊ロングツーリングはサイドカーが楽ちんなことを再確認できた。さて、お次はどこに行こう。北海道?リピートして九州?



# by akane8150 | 2018-09-30 19:14 | Motorcycles | Comments(2)

GL1200サイドカー 11 能登一周 3 輪島朝市 和倉温泉 魚津埋没林


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能登3日目は輪島から南に戻り、富山湾をぐるっと回って宇奈月の温泉に滑り込む計画だ。この日で能登半島とはお別れ、最終日は白馬、大町をぬけて名古屋に帰る予定。

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朝は、屋根をたたく雨音から始まった。一晩中降っていたようで、バイクもずっくり濡れていた。朝食を一番手で頂いて8時には宿を出立した。

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輪島 朝市

 輪島といえば朝市、朝8時からお店が並ぶようだが、この日は雨なのでお店も少ないそうだ。特に欲しいモノがあるわけじゃ無いから、朝市の雰囲気を味わうためにやってきた。生鮮魚からひもの、加工品までの海産物が中心で、農産物や工芸品もぼちぼちってな感じ。宅急便の発送も出来るけど、我が家の冷凍庫が一杯だから「干もの」は買ってくるなとかみさんから指令が入っていたので、見るだけ〜。
 何か記念にと思っていたら、味のあるおばあちゃんが唐辛子の飾り物を売っていたので、ゲット。魔除けになるらしく飾れば御利益があるようだ。写真をお願いしてシャッター切ったら、シャイなおばあちゃんは動いてぶれてしまった。

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 朝市の駐車場では見知らぬ軽自動車から声をかけられる。よくみれば、前夜の御陣乗太鼓の時にたまたま横に居合わせてお話しした人だった。奇遇だなあ。さらに交差点で信号待ちしていたら、たまたま宿の若主人が自転車で通りかかり、信号待ちなのに立ち話開始?? 後ろに車がいないことをいいことに、その場の写真を撮ってくれた。
 旅館のブログにはさっそく写真がアップされていて、ありがたくコピーさせていただく。小さな輪島市内をサイドカーなどでうろうろすると、「どこどこにいたでしょう?」などといわれてしまう。
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輪島 道の駅

 輪島を出る前に道の駅に立ち寄る。電車が通っていた時はここは輪島駅だったそうで、建物には線路とホームの屋根が記念にのこっていた。観光のまちだけあって、観光案内や展示などに力が入っていた。この頃になると夜からの雨も上がってきた、やったね。

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ツインブリッジのと

 輪島からr1で南に走り、穴水に再びやってきた。さらに海沿い走ってこれまでお初の能登島を目指すことに。立派な吊り橋を渡り、島に渡ってみると民家もまばらで信号も少なく能登島はとっても走りやすい。

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道の駅 のとじま

 海沿いにあって景色も良かろうと思っていた道の駅は、高台ではあるが、残念ながら展望無し。晴れた日曜のこともあり、バイクも大勢やってきている。

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和倉温泉

能登島大橋で和倉に入る。橋を渡る手前から反対車線の渋滞がとんでもないことに、片側一方通行の信号による渋滞が原因で、遙か先の和倉温泉街まで車列は続いていた。和倉温泉は能登半島でも有数の温泉地で、全国的にも名が知られている。これまでも何度か来たことがあって、夕食後にゆかたに羽織、下駄で温泉街をだらだら歩くのは面白い。
 
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総湯

 時間もあるし、和倉温泉の立ち寄り湯「総湯」に寄ってみた。多くの客がチェックアウトする10時ごろで、温泉街は人で溢れていた。能登一周の間で、もっとも人を多く感じたのがこの和倉温泉だった。お湯は塩化物泉なので、いわゆるしょっぱい温泉。源泉が80℃以上あってお湯はかなり潤沢のようだ。

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加賀屋

 泣く子も黙る「加賀屋」さん。ロビーもお風呂もバーもすべてが豪華絢爛でなるほど〜って思ったけど、小生の好みには合わなかったなあ。加賀屋はプロが選ぶ日本のホテル・旅館100選で36年間ずーっと全国1位をキープしてきたが、2017年のランキングでは初めて3位に転落した。きっと2018年の今年はホテルを挙げて巻き返しを狙ってスタッフは大変だろう。

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道の駅 氷見

 氷見温泉が気になりつつ、お昼前に氷見に到着。ここの海鮮物をお土産で送ろうと道の駅に立ち寄った。以前来たときは、港の桟橋近くに海鮮物売り場みたいなところがあったはず。道の駅ができるまでは、どこもそんな感じだった。
 お目当ては「のどぐろ」のひらきの幾つかお店をみて価格を勉強、よさげなお店で自宅までまとめて宅急便で送って貰った。日頃、魚の干ものなど買うわけが無い小生にとって、ひとつ1000円はするのどぐろは安いか、高いのかが分からない。できるのはA店とB店の価格比較が出来るだけ。

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氷見うどん

 お腹が空いたので、なにか地元のモノを食べようと物色。氷見の古くからある商店街で通りがかったお店に飛び込んだ。「魚と白エビ料理」に引かれたわけじゃなくって、お目当ては「氷見うどん」だ。氷見うどんのことは何も知らなかったので、出てくるまで楽しみだった。
 出てきたのは、ざるうどんだった。白エビのかき揚げぐらい乗っければ、モアベターかもしれないが、かき揚げ。。。美味しいけど 小生は食後の胸焼けが必須、氷見うどんを後学で調べると稲庭うどんに似てるとおもえた。ぷりぷり、しこしこの麺が美味しさなんだろう。

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雨晴(あまはらし)海岸

 「雨を晴らした」という地名の由来となった義経伝説がここにも残っている。弁慶がこの大きな岩(義経岩)を持ち上げて雨宿りをしたというのだ。山側には真っ白なテラスが印象的なおしゃな道のの駅ができていた。人出が多くって駐車場はいっぱいで待つ車の列が並ぶ。

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観光協会より

 晴れていれば素晴らしい景色に出会うことが出来る。富山湾の荒波と澄んだ空気の向こうに冠雪した立山連峰がくっきりと見える。これはすごいなあ。望遠レンズを持ってないと辛いだろうなあ。

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魚津埋没林博物館

魚津の港近くにある埋没林博物館に立ち寄り。なぜかツボにはまってリピートして訪れている。

 魚津埋没林は、約2,000年前、片貝川の氾濫によって流れ出た土砂がスギの原生林を埋め、その後海面が上昇して現在の海面より下になったと考えられています。魚津埋没林は、天然記念物の中の地質鉱物(化石)に分類され、埋もれている樹根そのものはもちろん、それを含む土地6150㎡が特別天然記念物の指定対象となっています。その指定地は魚津埋没林博物館の敷地に含まれています。そのため、館内に展示されているもの以外に、博物館敷地の地下にはまだまだ埋没林が眠っていると考えられます。(ホームページから)

 プールほどの大きな水槽には掘り出されたままの巨大な杉の根っこが横たわっている。そこからは清水が湧き出ていて、ぷくぷく泡も浮かんでくる。とにかくでかい、樹齢は800年ほどにもなるのだそうで、想像される幹の太さもまたでかい。

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最大級の杉のねっこ
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 水槽の上からだけでなく、横からも観察できる。巨木の根っこはこんなにも横に広がっているんだ。この水槽展示室はすこぶる居心地が良い、なんたって清水の湧き出ている水槽なので夏に来ると天国のように涼しい。

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水槽の水を抜いて年末恒例のねっこの大掃除の風景。これは掃除のやりがいがある大きさだ。(北日本新聞社より)

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宇奈月温泉

 さて今日のお宿は宇奈月温泉。温泉を楽しみたいので早めに宿に入った。サイドカーで来ることを伝えておいたら、社用車用の屋内駐車場を用意してくれた。これはありがたい。宇奈月温泉の泉質は単純泉、すこし硫黄の香りがするかな。いいお湯であることには間違いない。

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 部屋からは駅を出たばかりのトロッコ電車が見えてきた。鐘釣温泉で一泊も考えたが、トロッコがすでに一杯で席を取れないばかりか、一軒宿の鐘釣温泉も3ヶ月前にすでに満室だった。トロッコの終点、欅平から歩いた先の名剣温泉、さらにその先の秘境感たっぷりの祖母谷温泉、いずれも大好きな温泉宿でまた時間が出来たら行きたいところだ。特に祖母谷温泉の内風呂、お湯が滝のように湯船から溢れている豪快さは特筆だ。

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 今宵はこの旅最後のご馳走夕飯を楽しむ。すでに風呂上がりにビールは飲んでいたので、夕食時は最初から地酒の熱燗で一杯。気の良い仲居さんに写真を撮ってもらった。さて明日は最終日。糸魚川から白馬、大町、そして今年で最後のトローリーバスに乗るために黒部ダムにいってみようかと思っている。

能登一周 最終回 に続く




# by akane8150 | 2018-09-25 21:56 | Motorcycles | Comments(2)

GL1200サイドカー 11 能登一周 2 禄剛埼灯台 せっぷんとんねる 御陣乗太鼓



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 さて、今日は今回の旅でもっとも楽しみな海沿いをぐるっと走るコース。前もって観光案内に目を通しておき、寄りたい場所は概ねピックアップしておいた。アバウトなタイムテーブルとその進み具合で、取りやめたりさらにより道したり。

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総持寺祖院

 宿泊の地は門前町であったが、字のごとくお寺さんがあるからそのように名前が付いたんだろう。さて、なるほど町の中心にはお寺さんがある。調べてみると火災で建物を失ってしまう明治時代まで、ここは曹洞宗の大本山であったというのだ。全焼を機会に大本山の機能は交通の便の良い横浜へ移ってしまったが、現在も曹洞宗の祖院として親しまれている。

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道の駅 穴水

 R249から県道を使って穴水まで。穴水は能登半島の真ん中に位置して、主要な道路が交差することもあり、ツーリングをしていると何度も通りかかることになる。国鉄時代の能登線を受け継いだ「のと鉄道」は現在はここが終着点で、この先の輪島や珠洲までの路線は廃止されてしまった。

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中居湾ふれあいパーク ボラ待ちやぐら

 能登半島を海沿いにぐるっと走るのはR249で、これに乗っかって東へ走る。能登には観光スポットの近くに駐車場が整備されていることが多い。この地方特有の漁獲方法、ボラ待ちやぐらを見てくる。回遊するボラの群れを上から見て、タイミングを見て金魚すくいよろしく網をすくい上げる。ボラくらいしか捕れなかったんだろうか、小生にはボラじゃあ嬉しくないわねえ。
 朝の予報ではふったりやんだり、んっでホントに最近の天気予報はよく当たる。昼頃からは雨も上がるとの予報だ。これを信じよう。

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石川県海洋漁業科学館

 能登町に入り、石川県海洋漁業科学館なるものを見てきた。海沿いの陸揚げされた漁船が目印。定置網からイカ釣りなど、なかなか展示も面白くって時間を食ってしまった。イカの解剖写真を「下敷き」して配布していたが、これは大事に持ち帰らせて頂いた。

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真脇

 途中の真脇はそこそこ街だった。メインストリートを走っていると役場の広場でなにやら人が出てきている。Uターンして覗いてみると、「キリコ」を組み上げている最中だった。昼間は良いけど、灯りがともる夜は天気が大丈夫だろうか。和紙で張られた提灯の部分が心配だ。

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能登九十九湾

 リアス式海岸が美しいとあり期待していったが、はっきりした案内も見つからず、あやうく通り過ぎかけたので小さな入り江に入って写真を一枚。近くには遊覧船の発着場なのか、船が停泊していた。それにしても雨上がりの為なのか、流れ込んだ土砂で海水が濁ったままだ。

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のとつづりさんより

 能登九十九湾は期待外れと家に帰ってから調べたら、こんなきれいな場所であったことが判明。九十九湾の複雑な海岸線に沿って遊歩道の面白そうな飛び石が続いている。これをぴょんぴょん伝って行けば、海岸線を散歩ができる。とても透明感の強い海水と入り江の景色は感動モノらしい。勉強不足でこんな飛び石散策道があるなんて知らなかった。

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見附島

 さらに北上すると能登でも1,2位の知名度であろう見附島が現れた。手前は松林の海岸となって、開放感抜群な場所。近くに山があるわけでもない、ポツンと軍艦の舳先のように岩が切り立っているの不思議だ。
硬くない珪藻土が主な構成らしいので、大昔からもよくも削られずに残ってきたなあ。

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宝立町 幸ずし

 今年の春にお仲間のRipさんがドラマティックな展開でたどり着いたお寿司屋さん。お昼時と重なったので、ご当地の能登丼をいただこうかとよってみた。まさに先客が店に入ろうとしていたところなのだが、なにやらおかしい。やり取りを聞いているとどうやら今日のお昼はやらないらしい。
 主が出てきて、「今日はお祭りで手が回りません、すいません」とのお答え。あちゃ〜、残念。


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珠洲正院 キリコ

 お昼が頂けなかったのでさっさと行程に戻る。次にやってきたのは珠洲市、ちょうど珠洲のキリコ祭りなので会場の正院町にやってきた。農協の広場には、夕方から活躍するであろうキリコがすでに鎮座していた。掛けられているビニールシートが、町の人たちの気持ちを表しているようだ。どうか無事にお祭りができたらいい。

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正院キリコ祭り 奴振り すず観光ナビブログより


 これも後学だけど、地元のサイトにはど派手な衣装で毛槍を振り回す写真が出てきた。そういえば、ここに来るまでにもこの出で立ちの住民をみかけたような。この日は初日、写真のような奴ぶりは2日目にみられるようだ。この地に宿泊予定だったら、じっくり見れただろう。
 お昼を食べなきゃと探すと、「8番らーめん」の看板。そういえば、能登を走っていると気づくのは、コンビニや吉野屋などのファーストフードのお店が少ないことだ。その中で「8番らーめん」だけは目に付くのだ。さくっとラーメンを食べて昼食終了。なぜ8番らーめん?って調べたら、加賀市の国道8号線にあったお店が始まりと分かり、はげしく納得した。

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粟津海岸

 なんでここまで来てラーメンだったのか、よく分からないままさらに先に進む。振り返ってもこの時の天気がこの4日間で最もよかった。蒼い海と空が一直線の水平線を180度見せてくれる。あとちょっとで最北端の地という「粟津海岸」で記念写真。三脚を立てて準備するのがうっとうしいが、でもやらないと自分の映った写真が残せない。

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金剛崎
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ランプの宿

 観光化されまくって興ざめの金剛崎に立ち寄る。ここは元々、その下にあるランプの宿への駐車場があった場所。昔は舗装もされていない広場があっただけだったのに、今は「パワースポット」と称して見晴台や奇岩巡りが有料でなされていた。

 かみさんとバイクでここに宿泊した30年前が思い出された。当時から「ランプの宿」として有名で、楽しみに来たのだが。。。宿のどこもかしこも電気が付いていて、夜だけ部屋にランプが用意されるという趣向にはがっかりだった。料理は食べきれないほどの量と越前ガニが出てきた覚えがある。
 食堂でたまたま隣り合わせた年配のご夫婦と小生達は意気投合、しこたま飲んで話し込んだ。しかし翌朝、朝食にはお二人が現れない。宿の人に聞いたら、「ご主人が深夜に急性アルコール中毒で近くの病院に運ばれちゃいました。」との事。一緒に呑んだ責任を感じつつ、宿を出て病院に向かった。病棟では点滴でずいぶんと回復はされたようで、同日の夕方には退院できるらしかった。容態を聞いて安心した。

 おまけの話、どうやらご夫婦ではなかったようで女性の方は関西方面まで一人で先に帰ったそう。今となれば懐かしい思い出だ。

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道の駅 狼煙(のろし)
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禄剛埼灯台

 1時過ぎに能登最先端の禄剛埼に到着。道の駅狼煙にバイクをとめて、灯台までの激坂を登ってみた。下腿に乳酸がしこたま貯まった頃に灯台に着いた。真っ青な青空に白い灯台が映えて気分よし。




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揚げ浜塩田

 あとは海岸線を一直線、輪島まで走るだけ。道路沿いには塩田が散在、道の駅にもなっている揚げ浜塩田に立ち寄る。25mプールくらいの真っ平らな砂地に海水をまいて乾燥させ、その砂から濃縮した塩水を取り出す方法。海から桶で何度も汲んでくるのは重労働だ。

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垂水の滝

 塩田を過ぎるとやがて大きな滝が見えてくる、垂水の滝。旧国道トンネルを乗り越えるように海に直接流れ込む。水しぶきが冷たくめちゃ気持ちよかった。

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旧逢坂トンネル

 トンネルの反対側の出たところに、曽々木ポケットパークという小さなパーキングがあってその先には旧道のトンネルが口を開けている。

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手堀の古道

 さらにそのトンネルの海沿いには、手掘りの人道トンネルが続いている。古代の旅人になった気分で奥に進むと真っ暗なトンネルが現れた。

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せっぷんとんねる

 先が真っ暗で出口が見えない。高さはヒトが立ったまま歩けるくらい、これを掘るにはどれだけ時間がかかったんだろう。昔に映画のワンシーンに使われ、この中で「せっぷん」をしたそうな。これにちなんで「せっぷんとんねる」と呼ばれる。いいねえ、キスといわずにせっぷんですからね、レトロだ。

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福が穴

 せっぷんとんねるの入り口は洞にあって、旧国道のトンネルが開窓している。この奥には、「岩窟不動」が鎮座し人々の願いを叶えるため「気」を解き放っているパワースポットらしい。こんな狭くって暗いところに一人では無理なので、当然入りはしなかった。

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本家 上時国家


 祖先は、800年前に能登に流された「大納言・平時忠 ・・・平清盛の義弟」と伝えられ、子の「時国」を初代として現在で25代目。江戸初期から300石の豪農として天領大庄屋を務め、江戸後期に21代当主が現在の巨大で格式高い屋敷を28年かけて建造した。現存する近世木造民家では最大級である。
大庄屋屋敷として公用部分と私用部分を分割した構造で、公用部分の中心に大納言格式を示す「縁金折上格天井」の「大納言の間(別名 御前の間)」を配している。広間の襖には、家紋でもある平家定紋の「丸に揚羽蝶」を金箔で描いて連ねている。 座敷の境上部には両面彫りの欄間を飾り、御前の間の欄間は蜃気楼を描いた珍しいものである。
広い空間を占める土間は、この巨大な建物を支える柱・梁組と、萱ぶき大屋根の内側構造を見ることができる。総欅造り唐破風の正面玄関も民家では珍しい。(ホームページより)

 まあ、兎にも角にも立派な民家だ。800年の祖先までさかのぼる事ができるなんてのもすごい。お湯を沸かさず、湯船にお湯を入れて浸かるのが貴族式、湯船に肌が触れないように布を敷いたのが「風呂敷」の始まりとは、勉強になった。

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 能登の北側の海岸線は平らなところがほとんど無くって、山がそのまま海に落ち込んでいる。その山腹に縫い付けられたように道が続いている。ずーっとこんな感じ。


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白米千枚田

 道の駅があるのでそれとわかるけど、国道からは見えないので通り過ぎてしまいそうな千枚田。畳半畳くらいしなないようなちっちゃな田んぼまで、とことん平らな所を作り出して水田に変えている。平坦な場所が見つからないこの地では、ここまで手を尽くしても稲作をしなくてはならなかった。人の血と汗の結晶だろう。
今は観光資源として維持され、オーナー制度で年間2万円でマイ田んぼを持つことができるそうだ。幸運な年間200組のオーナーは謝礼には10kgのお米とオーナーの標識を立ててもらえる。

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大沢 間垣の里

 輪島までやってきたけど、まだ時間があったので輪島を通り越して10km先の大沢まで足を伸ばした。木塀で防護した家屋は能登を旅するとよく見かけたが、背の高い竹がびっしりと貼られている光景は不思議なモノだった。間垣とは、長さ約3メートルのニガ竹をびっしりと隙間なく並べてつくった垣根のことで日本海から吹き付ける冬の風から家屋を守るためのもの。冬は暖かく、夏は陽射しを遮るためとても涼しいようで厳しい自然と共存してきた能登の人たちの知恵だ。

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輪島市街

 さて日があるうちに輪島に戻ってこれた。メインの通りは電柱も地下に埋められ、黒壁の建物と相まってすっきりとした景観。ぶらぶら散策するにはいいだろう。

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ぱしふぃっくびーなす

 輪島港に優雅な白い客船が着岸していたので寄ってみた。日本郵船のぱしふぃっくびーなすだった。桟橋にはテントが張られ、歓迎ムードが伝わってくる。宿の主に聞くことが出来たが、誘致の成果があってこの船は年間4,5回は輪島に寄るそうだ。この日も朝9時に着岸、乗客は輪島の朝市や輪島塗会館などを楽しんで夕方5時過ぎに離岸、出港のながーい汽笛が宿まで聞こえた。

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輪島工房長屋

 家族へのおみやげに輪島塗のお茶碗を考えていたので、お店が開いている内に立ち寄ってみた。輪島工房長屋は出店も多くって見比べる事ができて勉強になる。ちょっと広口で汁ものにも使えそうな茶碗、4色のバリエーションがあって5人家族の我が家には色とりどりで面白い。4色は家族、小生は自分の気に入った色で。

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新橋旅館


 週末の輪島は一人旅で予約を取ることが大変だった。当初問い合わせてみた温泉ホテルは、素泊まりならOKとのことだったが、これでは寂しい。一人旅で普通にオンラインで押さえることが出来たのがこの宿だった。朝市の会場にも歩いて行ける利便と口コミがよかったから選んでみた。築60年ほどの古い旅館だそうだが、和紙でインテリアが統一されていて海外からの観光客にも評判のようだった。夕飯も部屋出しのお料理で宿代と照らしても十分に満足できるものだった。
 宿の若主人は輪島の観光に大きく関わっているようで、後述する御陣乗太鼓や前日泊まった門前のホテル、今日見た客船の誘致などいろいろとお話を聞くことが出来た。

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銭湯 鳳来湯

 市街地にある旅館だからお風呂はそれなり、ならばと近くの銭湯に下駄をならして行ってみた。番台形式でお代は440円、脱衣場、湯船の作りは名古屋の銭湯とあまりかわらない。中庭のような空間が名古屋式の銭湯にはあるのだが、ここは脱衣場と浴室が扉1つでつながっていた。お湯のキレイさはまあ及第点か。

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御陣乗太鼓

宿の人に誘われ自家用車に乗せてもらって観光協会の主催するイベントを見に行った。

 天正4年(西暦1576年)越後の上杉謙信は、能登の名城であった七尾城を攻略して「霜は軍営に満ちて 秋気清し 越山を併せたり 能州の景」と詠じ、その余勢をかって奥能登平定に駒を進めた。

 現在の珠洲市三崎町に上陸した上杉勢は、各地を平定し天正5年、破竹の勢いで名舟村へ押し寄せてきた。武器らしいものがない村人達は、鍬や鎌まで持ち出して上杉勢を迎撃する準備を進めたが、あまりにも無力であることは明白であった。しかし郷土防衛の一念に燃え立った村人達は、村の知恵者といわれる古老の指図に従い、樹の皮で仮面を作り、海藻を頭髪とし、太鼓を打ち鳴らしながら寝静まる上杉勢に夜襲をかけた。上杉勢は思いもよらぬ陣太鼓と奇怪きわまる怪物の夜襲に驚愕し、戦わずして退散したと伝えられている。

 村人達は名舟沖にある舳倉島の奥津姫神の御神徳によるものとし、毎年奥津姫神社の大祭(名舟大祭・7月31日夜から8月1日)に仮面をつけて太鼓を打ち鳴らしながら神輿渡御の先駆をつとめ、氏神への感謝を捧げる習わしとなって現在に至っている。(ホームページより)


 何の予備知識もなく、15分ほどの太鼓のパフォーマンスに接したのだが、その迫力に圧倒された。名舟町は70戸ほどの小さな漁村、その出身の男子にしかこの太鼓をたたくことが出来ない。町内には6名ほどの編成で3組が交代で演技に当たっている聞く。この時期は連日、輪島で夕刻からふた幕公演し、さらに国内はもちろん海外にまで公演にいくこともあるようだ。本業もありながら、地元の伝承に力を注いでいる姿が頼もしかった。





能登一周 3 に続く




# by akane8150 | 2018-09-24 01:24 | Motorcycles | Comments(6)
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Golf Bike Cars and Beer


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