乗り継いでセリカ4代目になる。TOYOTAがラリー世界選手権に力を注いだ頃で、ホモロゲーションのために世界で5000台が販売されると雑誌で知り、行きつけのディーラーで尋ねてみた。「よく知ってますね、社内アナウンスも出たばかりですよ 今なら間に合います!!」なんて、セールスに言われ・・・ かみさんに相談することなく予約を入れてしまった。

1991 セリカ GT-FOUR RC 開田高原
当初はブラック、レッドとブルーイッシュグレーメタリックの選択しかなかったが、その後ホワイトが出たときにはがっくりだった。セリカと云えば、やっぱり白でしょ・・・。RCが通常のGT-FOURと違う点は、メタルタービンや水冷インタークーラなどであるが、一番目立つのはバンパーとボンネットのデザインが専用となったところだ。エグイデザインが印象的だが、ボンネット上のエア抜きネットが禿げてきて、キッチンの魚を焼くグリルみたいに見えた。リアスタイルは特徴的だったが、好きじゃ無かったのでリアからの写真はあまり残っていない。
ST-185H 鈴鹿スカイライン
速く走ってみたくって、近隣のアマチュアジムカーナに参戦した。そうなるといじり具合はエスカレートして、足回り、クラッチ、フライホイール、シート交換と愛を注ぐことになる。4点シートベルトは通勤にも使っていたから面倒だったけど、週末のサーキットを思えば我慢もできた。メタルクラッチと軽量フライホイールの組み合わせは、始動時の回転音がノーマルとは異質のものとなり、始動するたびに「にんまり」できた。レースは面白かったけど、遅かったなあ。プッシュアンダーを仰する技術もなくフロントヘビーに終始した覚えがある。インプレッサやランエボ達が同じカテゴリーだったが、全然ついて行けなかった。OZクロノホイールは定番のアイテムだったが、コースのゼブラゾーンや路上のキャッツアイを踏むと簡単に曲がってしまい失費を強いた。見た目はよいが、ぶっちゃけ格好だけで重たいホイール。。。 クルマ趣味でレースに出たのはこのセリカだけ、クローズドで思いっきり楽しめたのはよかったな。
北海道 美瑛 セブンスターの木
長期休暇で北海道を1周したときの相棒もセリカだった。往復は新潟、小樽のフェリーを使った。なれた阪九フェリーに比べると、日本海の船上は揺れるってことを実感した。「マイルドセブンの丘」、「ケンとメリーの木」など、北海道らしい景観で有名な美瑛も訪れた。平日だったので人混みの無いクリーンな写真を撮ることができた。セリカRCのお気に入りの写真。


話はそれるのだが、これは学生時代に骨董品屋で手に入れた戦前の旅行鞄。セリカでの北海道旅行は、この鞄がきっかけとなっていた。側面には持ち主の屋号と思われる書き込みと「宗谷線 音威子府駅前旅館 松尾旅館」とラベルが残っている。このラベルの旅館が気になって・・・音威子府の近くに行ったら、ぜひ立ち寄って松尾旅館を確かめてやろうと思っていた。(鞄の痛んだ部分を商店街靴屋のじいさんにお願いして綺麗に修復してもらったけど、最近訪ねたらすでに他界してしまっていた。。。)


音威子府 松尾旅館
70,80年以上前に、この旅行鞄の持ち主がこの地で何をしてたんだろう? 商いでもしていたんだろうか? この鞄をもって各地を転々としたんだろうか? いろいろ想像するだけで楽しくなる。当時は北海道は鉱山やニシンや木材など、一攫千金をもとめて大勢の人たちが集まっていた。現在の静かなたたずまいが想像できないほど、賑やかな街だったようだ。20年前に訪れた際には、旅館は廃業していて玄関でお話を聞いて帰った覚えがある(戦前の建物ではないはず)。残念に思ってお別れしたのだが、最近になり泊まったという人のブログを発見した。それによると2年前に年老いたおじいちゃんがひとりで切り盛りしていたとのこと、今もまだやってるんだろうか??

1995 サファリラリー 優勝 藤本吉郎 / アーネ・ハーツ
4年連続のサファリラリー優勝を飾った1995年、初の日本人ドライバーによる優勝で、現在のTEINの創設者となった人。「日本のクルマに日本人が乗って勝つ」というのは、どんなカテゴリーでも嬉しいモノで、雑誌を買いあさった。ST-185が最も輝いたのは1993、1994年の両年で、カンクネンとオリオールがドライバー、マニファクチャラーズのダブルタイトルを獲得している。

当時の販売店用ポスター

1992 サインツ ワールドチャンピオン
活躍したほとんどがカストロールカラーだったが、サインツが開発に苦しみながらもワールドチャンピオンに輝いた「日の丸カラー」が大好きだ。なんと監督アンダーソンの奥さんがデザインしたらしい。

プロバンス 1/43 レジンキット 自作 このRCは通勤やお出かけに5年間楽しんだ。8万キロを越えたあたりでオーバーヒートに出くわして、電動ファンの修理をした。夏場の市内走行では、エンジン冷却がそれなりに厳しかったようだ。手の入ったクルマだったんで、職場の後輩が引き継いで乗ってくれたことは嬉しかった。要らなくなったら連絡くださいと言ってあったが、彼は律儀に10年後に電話をくれた。20万キロ近くのオドメーターになっていたそうだ。それまで乗ってくれたことにお礼を伝え、処分をお願いした。今になってはもったいないことをしたと後悔してる。でもかみさんに言ったら、買い戻すことを許してくれるわけないわな〜。

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