小生の備忘録

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MT-01 OS 30 R157号 温見峠 看板「おちたら死ぬ」 洗い越し



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 お山に吹く風が涼しげになり、秋を予感させる時期に。災害で通行止めになっていた温見峠を今季初、走りにいってきた。セローの出番を敢えてMT-01で出動、路面のガレ石やコケが気になるけどゆっくり走れば大丈夫でしょ(^^)


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根尾ゲート


 名古屋からは東海環状自動車道で関広見ICまで時間短縮、そこからR418号を武儀川にそって上流に向かう。途中には神崎川や上大須ダムへの分岐をやりすごすと根尾の町、「薄墨桜」って案内板が丁寧に残りの距離を教えてくれる。

 薄墨から根尾川を北上し、道の駅「うすずみ桜の里ねお」でトイレ休憩。ここの温泉はおすすめ、山奥のためか休日でもそんなに混まないしぬるっとしたきれいなお湯。隣接するお蕎麦屋さんも当地でそば打ちしたものを出してくれて、バイクで来たときなどには最適だ。

 峠手前の最後の集落、「根尾能郷」を過ぎると災害通行止め用のゲートが現れる。2005年にこの先の溢路で岩盤崩落があって以来、7年後の2012年末までずーっと通行止めであった。その期間は上大須ダムや猫峠使って迂回することが出来たが、迂回路の険しさやその長距離に気が滅入ったものだ、



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「落ちたら死ぬ」看板

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「pikachu75007500さん」の動画より


 このゲートの手前にはマニアの中では名の知れた「落ちたら死ぬ」看板が鎮座している。山奥のなんてことのない看板なんだが、言葉のインパクトは確かにあるわな。。 はじめはも少し先の目立つ路肩にあったが、いつしか手前のひっそりと置かれてあった。

 このゲート先から約5kmに渡って、断崖にへばりつくようにすれ違いの出来ないような峡路が続く。カーブミラーはあるのだけど、谷側にはガードレールもほとんど無いし路面には落石多数。木立がみっしり生えていて、数十メートル先の崖下に転落したら誰も気づいてはくれないだろう。「酷道」40kmの行程のうち、最も気の抜けない区間だ。

 まめにバイクを停めて写真を撮るのが常ではあるが、この危険箇所でバイクを降りて画像を撮ったことは無いなあ(バイクを停める余裕が路肩に無いから)。You Tube で 「pikachu75007500さん」がドローンを使ってこの区間を見事な動画に納めている。切り立った緑の山間を縫い糸のように繋がっている細い道、山深い奥美濃の美しい景色だ。



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名物「洗い越し」


 沢からの流れを通常なら橋を架けてやり過ごすのだが、恣意に道路に流してしまう荒技が「洗い越し」と呼ばれる道路管理。国内でも数少ない「洗い越し」がこの峠道には5,6箇所は存在する。平静は蕩々ときれいな沢の流れを見ることが出来る。しかし大雨の時にはガレも流れて通行することは危険であろう。そんな場面では通行止めとなり、後日ブルドーザーで堆積物を谷に落とす事になる。

 川底のように濡れている路面は水苔でぬるぬる、バイクで通行するときには低速でハンドル立てて大人しくすり抜ける。流されて路肩から落ちようなモノなら、バイクはおろか自分までも大けがは必須、怪我が無くても斜面を上がってくるのも無理だろう。



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温見峠


 根尾側の右岸を道は続き、確実に高度を上げる。最後のつづら折れを2,3つこなすと標高1020mの県境、温見峠に到着。能郷白山に登る人たちであろう路上駐車がいっぱい。小生の私見ではあるが、残念ながらこの峠には、「らしさ」が欠けていると感じている。隣接する「高倉峠」「冠山峠」に比して展望もイマイチ、整備環境も良くなくって。。。特に峠からの大野側はまっすぐな道路と空が見えるのみ。

 この温見峠は古代から美濃と越前を結ぶ主要道路であったが、歩道の昔は今よりもやや東に峠がおかれたようだ。古くは南北朝から、戦国時代は朝倉氏がここより美濃に進入し、織田信長が一向一揆の戦いで北に進入した。 一時的には廃道となっていた温見峠であったが、1974年に自動車道が作られ人の往来が復活した。


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福井県初期の管内地図(明治15年)


 峠の手前、河川敷が広がる「大河原」に「蝿帽子峠へ」という案内が立っている。これを調べてみると、この大河原から「蝿帽子峠」を越えて越前に至る旧道があることを知った。この変わった名前の峠は、明治時代の古地図にも登場していて、当時は温見峠よりもこちらの往来がメインであった。地図には大野側にある「温見」村落も書かれてはいるが、その先の温見峠が書き込まれていない。現在もこのルートで山に入るハイカーは居るようで、人跡のついた小道を知ることができる。

 それにしても「蠅帽子峠」なんて、変な名前になったんだろう?? 夏の峠が蠅だらけで帽子をかぶる必要があったからだとか、古代人が急坂を這い上がって進んだからとか、いろいろいわれがあるようだ。



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 峠を越えた先は、1.5車線の狭くて険しいが続く。しかもガードレールは見当たらない、積雪や落石がすぐにガードレールを痛めてしまうから、もとより付けなかったのか? 除雪や落石排除にはガードレールがない方が都合良かったから?? 


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温見ストレート


 大野側におりてゆくと、植林された林の中の意外な「直線路」に出会す。廃村になった部落「温見」」があった場所であり、そのメインストリートであったんだろう。最近は廃村であった温見にも人の気配を感じるようになった。週末に畑にきたり、家屋の整備をする住人などを見かける。


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 真名川は大野盆地に出る直前に深い谷となって270度変針する。これまで川沿いをくねくね走ってくると、この地形の大きな変貌はとても印象に残る。古代の人たちが商いを担いでこの山越えをしたときも、この岐路ではさまざまな思いがあったんだろう、峠に向かう重圧感、山間から盆地に出てきた開放感。ここより盆地の縁をはしって、九頭竜川沿いの国道158号線にむかう。


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越前大野


 大野の盆地は周囲を山に囲まれ、一面の水田が緑の絨毯のようになっていた。高い建物もないので、周囲ぐるりと見渡せる、ホント気分のいい町だ。山奥から出てきてこの開放感を味わうと「大野」という地名がついていることも大いに頷ける。

 夏の大雨直後であったため、美濃白鳥に向かう油坂トンネルの手前で通行止め。九頭竜の道の駅で情報を得ると、石徹白から桧峠を抜ける裏道は通れるとのこと。スキーに没頭していたころによく通った石徹白スキー場跡地を通り抜け、問題なく美濃へ抜けることができた。しかしクルマで抜け道を選んだ人たちは大変だった。石徹白の山奥の離合ができない区間では、ファミリーカーが折り重なって渋滞していた、、、あんな山奥で渋滞とは( ・_・;)。




by akane8150 | 2017-09-02 18:00 | Motorcycles | Comments(5)
Commented by bikebiyori at 2017-09-06 19:39
すごい酷道!!!
自信のある人しか通れませんね
Y(>_<、)Y ヒェェ!

ウチの近くにも「三大酷道」の1つがあるんですよ〜
もちろん私は走ったことないですが…
Commented by akane8150 at 2017-09-07 21:25
こんばんは
御坊から尾鷲まで、有名な国道425号ですね 尾鷲から抜けてみようと画策するのですが、どこかしら災害通行止めで挑戦していません。十津川から龍神に抜ける部分は数回走っていますが、落石が多いから要注意です
Commented by Rip at 2017-09-08 12:10 x
とうとう温見峠+MT-01ですか。
すごいですね。
以前にGPZ900で通った人がいましたが、それ以来の大型バイク走破記です。

ところで、隣の冠山峠をMTツーリングのコースに入れようか迷っています。
マスツーリングなので。
一度LINEのトークグループで聞いてみようかなと思っています。
Commented by akane8150 at 2017-09-09 23:48
こんばんは Ripさん
初めて温見峠を抜けたときの満足感はすでに枯れてしまっていますが、秘境・険道・冒険などなど味わいたくなるルートです。福井側で数カ所工事中で砂利道が残り、路上には落石も多いはずですが、さすがに国道なのかよく管理されています。
温見峠の険しい部分は峠の手前で10km、むこうで5kmほどです。対して冠山峠は峠を挟んで約20kmの区間は道幅もせまく、温見峠より厳しい道です。徳山ダム周囲のトンネル群は路面が汚れていてバイクがごっそり汚れることも気になります。
ソロで走るのであれば自己責任でいいのですが、ツーリング企画となるとちょいとお薦めしかねます(T_T)。
Commented by Rip at 2017-09-11 17:09 x
了解しました。
情報をありがとうございます。
別ルートを考えることにします。
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