小生の備忘録

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RZ250改 10 その2 小浜 旧古河家別邸 堀越峠 R477百井別れ



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エンゼルライン

有料の三方五湖のレインボーラインに比べると今ひとつだけど、無料化されたエンゼルラインも高所から海を見渡せて気分がいいところ。手入れが途絶えて路面が相当に荒れてしまってはいるが、バイクでクネクネを登ってゆくと、小浜の町並みや常神半島が手に取るようによく見える。頂上のひろーい駐車場が閉鎖されてしまっているのが残念。なにか問題でもあったんだろうか。

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小浜 旧古河家別邸 

 今日の最大の目的地。小生はこの古河家とは縁故があって、以前から訪れていた。手入れがされなくなって7,8年が過ぎた。残念なことに3年前に訪れた時よりもさらに建物が傷んでいた。木塀は倒れかけ、瓦はずれ、剥がれた木壁が痛々しい。すばらしい庭園も雑草に埋め尽くされ、石灯籠も崩れてしまっていた。

 若狭小浜の海の雄、古河屋は松前の海産物や東北・北陸の米等を小浜へ、そして京阪へ集散する回船問屋を本業とし、酒、醤油の醸造、金融業を兼業し、藩の御用達をつとめる豪商であった。
 この建物並びに庭園の築造は、古河屋の全盛時代のものであって、文化12年(1815)で5代目古河屋嘉太夫の時である。式台から杉戸をあけると書院は2室からなっていて、床の壁は貼付壁画で、襖絵、杉戸絵、地袋の絵は狩野一門のものである。建築材料は天井を始め障子の棧に至るまで杉の柾目で、柱全部が杉の四方柾を使用している。建築様式の特異な点は、庭を広く見せるために緑の角にあるべき柱が取除かれていることで、これは高度の建築設計によるもので現代でも珍しいものである。
 庭園は小浜藩主お成りのために築庭されたもので、若王子山を借景として蓬莱式書院庭園で、大小の松の多いところから護松園とも云われている。この庭園は藩主を迎えるにふさわしい風雅にして格式ある庭園で、当時の豪商の面目躍如たるものがある。

「ホームページ 若狭小浜の デジタル文化財より」

 築200年にもなる木造建築と庭園、しっかりと整備されていれば、観光に訪れる人たちの目にもとまるだろう。なんといっても北国回船の歴史遺産がほとんど残されていない現状において、この別邸は小浜の貴重な観光資源となるだろう。


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旧古河家本宅 (元 料理旅館 福喜)

 江戸時代後期、古河屋は貧窮する福井藩の財政を支えながら商いを続けたが、明治維新と共にその船をすべて失う現実に直面した。そして豪商の生活も明治・大正の近代化の中に埋もれていった。この立派な木造3階建ての本宅も別邸も、戦後に地元の料理旅館が管理することになる。しかし、その後、料理旅館の経営は行き詰まり、2015年頃に廃業してしまった。
 県の指定有形文化財であるにもかかわらず、廃業後の手入れをされなくなった本宅はもちろん、貴重な別邸も放置されている。傷んだ家屋や庭を見るのは忍びないし、これを元に戻すのには莫大な費用と労力を要するだろう。どうか現所有者と福井県で取り組んで、江戸時代に栄華をつくした「廻船問屋 古河屋」の貴重な遺産を後世に残してもらいたい。

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小浜 こだま食堂
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カツ玉丼
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玉砕した名物わらじカツ丼

 小浜港にあるB級グルメの定食屋さん。いつの頃から起業しているのかしらないけど、この界隈のツーリングライダーには知られたところらしい。生憎、小生は最近知ったばかり、名物の「わらじカツ丼」に挑戦したが、インパクトに圧倒されて敢えなく残してしまった。今回はその轍を踏まえて、単品で普通サイズの「カツ玉丼」を頂いた。
 取り立てて美味しいわけじゃなくって、お肉は薄めでごく普通のカツ丼だ。この店の売りは、面白いほどのメニューの多さとボリューム、お値打ちさだろう。名古屋のカツ丼は標準で玉子がとじられているが、他の地域だとキャベツが刻まれていたり、ソースだけがかかっていたりと、場所によってカツ丼も様々だ。

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小浜 マーメイド・テラス

 小浜の町並みに面した海岸線はきれいな砂浜、遊歩道が続く。夕日がきれいなこの遊歩道に人魚の像がおかれている。そのわけは。。。800才で死ぬまで美白で二十歳前の容貌だった八百比丘尼(やおびくに)の伝承がこの地に残っているからだ。八百比丘尼は全国に伝説を残してこの小浜で入定したと言われる。それにしても、食べられてしまった人魚の像をかざるってのは、どうよ?って。

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堀越トンネル

 小浜での用件を済ませて正午、まだまだ日は高いので、R162号で南に下って京北から琵琶湖、多賀というコースとした。小浜から堀越トンネルまでは信号も少なく、車の流れも速めでゆったりとしたカーブが続く。途中の名田庄の道の駅をやり過ごして、程なく堀越トンネルに到着。若狭国から丹後国への境界にあるこの峠は古くから栄えた街道だった。

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堀越峠 旧道入り口(京都側)

 ひんやりとした堀越トンネルをでると京都府。旧道への分岐部がその先にある。かねてから通ってみたかった旧道に挑戦しようと思っていたが、なんと!、閉鎖されていた。ありゃ〜残念。

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堀越峠 旧道

 この堀越峠に車道が通るようになったのは、昭和26年で若狭と京都が車道で繋がった。その名の通り、峠は掘って越えたと書くくらいの切り通しになっているようだ。調べてみると数年前まではなんとか通り抜けることが出来たようだが、昨年の秋以来通行止めになっているらしい。行く事が出来ないと分かるとますます行きたくなってしまう。ぜひ、情報を集めて堀越峠越えにチャレンジしたい!。

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旧旧堀越峠入り口
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昭和2年 堀越峠

 人道しか通っていなかった頃の堀越峠のルートは旧国道とは異なったルートであった。堀越トンネル京都側出口には、道しるべが立っていて、この左側の沢を登ってゆくと旧堀越峠に到着するようだ。これも趣がある旧道のようで興味がわく。

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道の駅 美山

 愛知でいうと稲武のどんぐりのように、このあたりでは沢山バイクがやってくる道の駅 美山。さすがに平日だとバイクもちらほらで、日曜なら行列の出来るソフト屋さんもすぐに注文出来てしまう。地元の警察が作ったモノなのか、南丹警察と書かれた乳牛型カウル付きバイク(^^) 牛の目の玉のヘッドライトがまたかわいい。こんなカウリングが売られていたら、しゃれっぽくて面白いのに。

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R162号

 美山の道の駅から京都方面に向かう下りの道も気分がいい。このあたりは杉の植林が進んでいて天然林が残っていない人工林、整然と背の高い杉に囲まれて日差しも届かない森林浴だ。

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国道477号

 井戸峠を経て、R477号で東に向かう。国道ではあるが、すれ違うことが困難な溢路が続くことで知られている。昔からの道が国道に格上げされただけで、拡張もされていないのが現状だ。自然保護の面などで制約などがあるのだろうか。

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常照皇寺
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紅葉の常照皇寺(NAVAERより)

 今回、たまたま道を間違えてたどり着いたお寺。山門に風情があって、本堂にいたる石段がうっそうとして美しい。常照皇寺は北朝の初代天皇、光厳天皇が都の政争を避けて京北の山国に開いた臨済宗の名刹。「九重桜」「左近桜」「御車返し」の名で知られる桜、京都でも別格といわれるほどの紅葉は素晴らしいようだ。NAVAERさんの紅葉写真は、この山門の秋の姿を教えてくれる。

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R477号 花脊峠
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R477号 花脊峠 鞍馬側

 花脊峠(はなせ)は京都と若狭をつなぐ古来からの「鞍馬街道」の峠で、前後の上り下りは「人道」を広げて作っただけじゃないかと思うくらいRのきついカーブや急坂が続く。谷を覗けば、先に自分が走る道が真下に見える。こんな所はRZのお得意の場所で楽しい。もしも、GLサイドカーで走っていたらすっかり握力を失ってしまうだろう。この坂を下りきったらもう京都の鞍馬寺だ。

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R477号 百井別れ

 ここが酷道477号でも有名な「百井別れ」、花脊峠から下ってくるとほぼ180度転回しながら向きを変え、斜面にへばりつくような細い1車線の下り坂で百井峠へと向かう。直前の道路標識を見ていても見落としやすく、国道として考えたら「あり得ない」分岐だ。この日は鞍馬への通行止めで、道路閉鎖をしていたガードマンに聞いてみると、地元民の軽自動車なら切り返さずに「一発で」廻ってゆくとのこと。まさにその直後、上から降りてきた軽自動車は道幅いっぱいをつかって回りきって抜けていった。
 このあたりの山道は、斜度が大きいのでカーブはほとんどがきついヘアピンばかり。この百井別れも内側の杉を何本か切ったところで、高低差がありすぎて道路にすることが出来ないのだろう。でも、これって、国道だから話題になるわけで、林道や市道などであれば見かける分岐のようにも思える。

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R477号 百井峠

 百井別れから百井峠あたりが、R477でも最も狭いところ、また最も路面が荒れているところ。クルマでの離合は無理だしバイク同士でもスピードを下げたくなる。舗装がとことん痛んでいて、ひび割れ、プチ陥没などなど、なぜ補修しないのか不思議なくらいだ。国道なんだから予算がないとか、無理とか、そんな理由もないと思うが。
 それでも、ゆるやかな百井峠には、姿を失いかけたふるーいお地蔵さんが新しい花を添えられて佇んでいた。足下にはきれいなコケの絨毯がひかれ、背景には木の根っこの深そうな「洞」が開いている。峠をかざるお地蔵さん達の中でも、とっても美しいお姿だ。

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大原百井町

 ここまで降りてくると「琵琶湖大橋」なんて、ひと安心する道路標識が出てくる。今日は通行止めになっているが、これを北にとれば朽木に至る。今日は道なりに山をおりて「途中」を抜けて琵琶湖大橋を渡った。

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琵琶湖

 琵琶湖大橋を渡ってすぐに左折、強い西日を浴びながら湖岸道路を北に走る。交通量は多いけど、信号が少ない分、クルマの流れは順調で彦根をめざしてもくもくと走る。琵琶湖の向こうにはずーっと比良山地の峰が続いている。今日はあの向こうの山の中を走ってきたんだ。

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宇曽川から望む霊仙山

 さて、ここまできたらどうやって名古屋に帰ろうか。午後3時、おそろしく暑い中、まだ日はあるだろうから「涼しい」であろう多賀のお山を抜けてみようかと「やる気」が出てきた。東に見えるは、多賀の廃村を抱える霊峰「霊仙山」、あの麓をめざして走る。

その3に続く




by akane8150 | 2018-07-21 20:30 | Motorcycles | Comments(4)
Commented by yukifukaa at 2018-07-23 07:46
まいど同じコメントで恐縮ですが、見晴らしがいい峠でも古い日本建築の前でもRZは絵になりますね~。

また買おうかな。

一つ前の投稿での、もんじゅの警戒が厳しいのは、ほかの原発と違って核兵器の原料になるプロトニウムが大量に貯蔵されているからでしょうね。

ツーリングに最適な道へのアクセスがよくて羨ましいです。
東京だと首都圏抜けるのと、帰りの渋滞が億劫です。
Commented by akane8150 at 2018-07-23 12:51
こんちは yukifukaaさん
そっか、テロ対策なんですね、、 祖国を愛し、納税も恙なくおこなってるのに、写真撮るだけで怒鳴られるとは( ・_・;)
名古屋も周囲の高速道路が渋滞しますが、東京に比べれば、まだかわいいものでしょう。
RZも旧車曾のようなところで興味が持たれてしまって、キレイな個体がどんどん消えているようです(^^)
Commented by Rip at 2018-07-24 11:06 x
今回、わらじカツ丼は食べなかったのですね(笑)。

R477は何回かに分けて全線走破しています。
単独区間の端っこは川西市で、能勢を通って舞鶴方面へ行くときに通るところです。
そんなところから四日市市に行くなんて、いかにも「継ぎはぎ国道指定」を感じていました。

名所といえるところがいくつかあるけど、花脊峠や百井別れに興味を感じる人は極めて少数派ですね。
私もその一人ですが、私の回りにはわりといる、かな?
Commented by akane8150 at 2018-07-24 21:03
こんばんは Ripさん
先回の貴殿のオーダーを参考に、食べきれるものを選びました。平日でしたがそれなりに混んでいてよく流行っているのがわかりました。
鈴鹿スカイラインも含まれているし、R477は味わい深い道路ですね。京都の北部の山道はどこも狭い、クネクネの印象です。セローで奥地の林道を巡ってみるのも楽しそうに思えます。「道」好きなRipさんも共感してもらえるかと(^^)。
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