
中仙道 落合の石畳(復元)

中仙道 落合の石畳(遺跡)
お休みなのに、にっくき「雨」。バイクはお預け、昼神温泉のお湯にでも浸かろうとZロードスターで木曽に向かった。中津川、R19から馬篭に向かう「旧中仙道」の小径はとても雰囲気があって好き。特に落合の石畳という史跡は、江戸時代の中仙道が再現、保存されている。江戸から京までの中仙道で今も当時の石畳が残っているのは貴重で、ここと箱根の一部だけだそうな。この落合ほとんどが再現された石畳だが、奇跡にも当時のまま発掘された80mほどの石畳が残っている。現代の石畳とは雰囲気が違う、荒いというか、力強いというか。ここを多くの人たち、大名行列が歩いていたと思うと、なんだかぞくぞくしてくる。
マイボール作成 計測
唐突に、ボーリングの話題。
酒の席で、近隣の病院長と話が弾み、勢いで開催してしまった4病院対抗ボーリング大会は、昨年が初回であった。結果は4病院中2位、優勝した病院は「ユニフォーム」まで作って、やる気が全然違っていた。昨年の小生は言い出しっぺと言うことで「企画」「運営」に力をそそぎ、自分は投げなかった。「今年は自分たちもユニフォームが欲しい」などという声もあり、優勝を目指して病院を挙げてがんばることになり、小生も選手として出場することに。
ボーリングは親しんできたが、好んでボーリング場に来ようなんてしない。前やったのはいつだっけ?と思い返すくらい。なにがそうさせるのかは、自分でも分かっていて「指が痛くなる」のが嫌だったからだ。2ゲームも投げれば親指、中指のさきっちょに血腫ができる。最悪、左手で投げたくなるほどだ。
マイボール作成 ドリル
これを乗り越えるのには、「マイボール」しかない! 自分に合ったボールならば、気持ちよく、投げることが出来るだろう。大会の1ヶ月前、ボーリングの好きな(実家の家族で流行っていて、マイボールを持っていたという)家内と一緒に、ボールを作ってもらった。こんな球筋を投げたいという程度のリサーチで、あとはショッププロのオススメのままに、マイボールが完成した。ボーリング場のハウスボールなら、11~12ポンドのボールを使うのだが、マイボールは14ポンド。普段なら重たくて指に負担が来そうだけど、マイボールの指の「かかり」と「シリコン」が効果絶大で、重さを感じないで投げることができる。
出来上がったマイボール。親指は根元まですっぽりと、第2,3指は第一関節まで差し込んでグリップ完了。ハウスボールだと、第2,3指は第二関節まで入れて、ボールが落ちちゃうのをしっかり握って防いでいたはず。それが、「道具」の出来の良さで、「目からうろこ」の使いやすさだった。親指の部分は樹脂製で滑りが良い、そして第2,3指の穴には、自分の指先の「厚み」に調整された「シリコン製」の指に優しいアダプターが装着されている。このおかげで、重いボールでも指の力に関係なく把持することが出来る。また、ハウスボールは「プラスチック製」、対してマイボールは「ウレタン系」の摩擦係数の高いものが使われ、グングンと曲がる球になる。
ボーリングは全くの素人、知識もないに等しいのだけど、マイボールとハウスボールにこれだけの違いがあるとは知らなかった。ゴルフは道具が大事という人がいるが、上手い人なら「ポンコツクラブ」でもそれなりに使えてしまうだろう。しかし、ボーリングには当てはまらない、まずは「マイボール」を持つことがスコアアップには必須だろう。
名駅のレジャックといえば、名古屋人が駅前で遊ぶスポットの1つ、その最上階がボーリング場。各病院4名1チームを3組結成し、病院ごとの総合点数で順位を決め、またチームごとの合計スコアを争った。われらの病院のユニフォームは、「ベスト」に病院名と十字マークを入れてみた。これは、災害訓練などにも使えるようにデザインした意図があった。昨年は1病院だけだったのが、今年は3病院がユニフォームを作成していた。みんな、やる気を出してきたねえ。マイボールで練習してきたことは、職員には内緒にしてきたので周囲はビックリ。小生も内心「いつもの成績出せば、個人優勝もありかと・・」なんて思っていたのだが。。。
まあ、この手の話のオチとして「よくありそう」な「ボロボロ」のスコアで小生のプレーは終えることとなった。スコア、120台、140台という「ていたらく」で、団体戦にも貢献せず、今年は総合3位に転落してしまった。「仕上がりのピーク」を前日にしてしまった・・・なんて言い訳はなし。ボーリング場が違うとレーンのクセも変わってくる。来年こそ、個人優勝をめざしたいなあ。
このボーリング大会、楽しいのは「懇談会」と称して、ボーリングの表彰式を兼ねて、4病院のみんなで宴会ができること。見ず知らずの他の病院スタッフ、でも話してみれば「同業者」として、話が弾むのはあきらかだ。宴会の席も、病院ごとに固まらないよう、わざと相席にして親睦を深めてきた。ボーリングは残念なできだったが、この宴会は最高にたのしい。

メンターム と メンソレータム
またまた、話はぶっとんで。
琵琶湖のほとり、近江八幡まで近江牛のランチ食べつつ、有名なバームクーヘンを買い出しに家族で出かけた。近江八幡の近くまで来ると、「近江兄弟社」の懐かしい看板を掲げた倉庫に出くわす。仕事柄、「近江兄弟社」といえば、メンソレータムと理解していたが、助手席の家内に「ググらせる」と意外な事実が判明、しばらくは車内はメンソレータムの話題となった。


まずは、近江兄弟社について、ウイキペディアによれば。。。明治38年、アメリカ人ヴォーリズはキリスト教布教のため、この地の商業学校の英語教師として来日。建築家であったヴォーリズは、その後建築家として、関西大学校舎を始め、重要文化財や有形文化財に指定される洋風建築物を沢山残してきた。また、当時世界中で愛用されたメンソレータムを日本に導入し、独占販売をおこなう「近江兄弟社」を立ち上げ、宗教布教と商業手腕に努めた。
しかし、1974年、オイルショックなどの外因から、近江兄弟社は倒産しメンソレータムの販売権を失ってしまう。その後、大手のロート製薬がメンソレータムの販売権を獲得したため、再建した近江兄弟社は、メンソレータムオリジナルの類似製品を「メンターム」と称して製造販売を開始した。近江兄弟社の復興には「大塚製薬」からの特別な援助もあり、5年後には経営も軌道に乗り現在に至る。「ゾロ」「まがい物」製品を許容した「ロート製薬」の太っ腹にも感嘆するが、いまも薬局では、「メンソレータム」と「メンターム」が仲良く並んで販売されているのは、この業界では希なことだろう。
近江八幡の市内には、近江兄弟社の本社があり、そこには「資料館」があるのだが、この日は祝日で閉館中。開館している平日に訪れてみよう。本社の近くには、創始者ヴォーリズが設立した「ヴォーリズ学園」があって、保育園から高校までの教育施設が1922年から受け継がれている。
たまたま見かけた「近江兄弟社」の看板から、疑問が広がり近江八幡での「メンターム」がいかに「偉大な」ものであったのかを知るきっかけとなった。旅先での疑問、探求は、思いのほか縦にも横にも広がって、興味が尽きない。
ちなみに、スッとするメントールの配合比率は一緒で、メンソレータムとメンタームの違いは、主要基剤のワセリンが「黄色」と「白色」であったり、ユーカリ油の比率が1.5%と1.35%と違っている部分である。なので、メンソレータムの方が「クリーム色っぽい」見栄えだ。

鮮魚 弥ザ萬 愛知県西尾市巨海
さらに話はぶっ飛んで 今度は三河湾名物、渡り蟹の話題。
小生の家族、特にグルメとは思えないが、外せない季節のネタがあって。。。夏から秋にかけては「渡り蟹」だ。一般に蟹を食すというと、「越前ガニ」「たらばがに」などを連想するだろう。大手の蟹料理店も食材は主に日本海や北海でとれる蟹たち。しかし、太平洋側の砂浜が見られる地域では、蟹と言えば「渡り蟹」だ。渡り蟹は我が家の好物で、家族が喜ぶ姿がみたいので、小生はせっせと買い出しに走る。三河や知多半島の地元へ、バイクやクルマで買い出しに行くことも、これはこれで小生には目的のあるツーリング、楽しくないわけがない。
そんな行きつけの地元の魚屋さん、「弥ザ萬」へ 蟹の買い出しに来た。これで今季は数回目、10時半頃から開店しているお店は、すでに常連さんが一巡した後のようで、渡り蟹も随分とはけた雰囲気。地元で「あかしゃえび」といっている10cmほどのエビが盛られているが、生きが良すぎて飛び跳ねている。このエビも唐揚げにすると甘くて旨い。10cmほどのカサゴも売られている。うろこを剥いだりするのが面倒だけど、これをたっぷりと煮付けにしても、身がプリプリで美味だろう。


ひとくちに渡り蟹と言っても、このあたりでは2種類の蟹が存在する。弥ザ萬で手に入るのは、このあざやかなブルーの雄と肉厚な殻の雌、学名「台湾ガザミ」で、まさに地元のお店にしか並ばない地域限定な渡り蟹だ。これだけのっかった一山で「1000円」!! もしもデパートの地下食品売り場で並んでいたら、7〜8倍近くに値があがるだろう。

たいわんガザミ
見事なブルー、ムラサキ色の雄。これもあって、地元ではこの蟹のことを「むらさきがに」とか「あやめがに」と呼んでいる。ガザミというのは渡り蟹の種類を指す名称で、この手の蟹は「泳ぐ」のが上手で、端っこのひれのような足で平泳ぎをするように器用に進む。泳いで渡ることから、「渡り蟹」と命名された。夏の夜、明るい港の岸壁などでは、海面近くを泳ぐ渡り蟹を「タモ」ですくって採取できる。

三河一色 さかな広場
他の食材を求め、近隣の大きなさかな広場にも足を運ぶ。この手の海鮮市場、愛知県には数カ所あって、「蒲郡海鮮市場」「一色さかな市場」「魚太郎本店」「豊浜魚ひろば」などが思い当たる。大きな入り江や貴重な砂浜が残る愛知県は、意外と漁業の盛んなところで海鮮を探すのには恵まれている。
地元の港であがった夏から秋にかけての魚が並んでいる。「タチウオ」は夏の釣りの対象だし、焼き魚にしたら旨いだろう。刺身にできそうな新鮮な「サワラ」も貴重で「高価な」値段がついている。頼めばはらわたを外し、うろこも処理して「料理するばっかり」な状態で買うことができる。
渡り蟹
今年は渡り蟹の「当たり年」、数年来の不漁が嘘のように沢山の渡り蟹がお店に並んでいる。好物な我が家にあっては、願ったり叶ったりの良い年になった。当然お値段も控えめで、良い蟹を選ぶことができる。大きさや身の詰まり具合によって値段が分かれているが、1500円ほどの蟹1匹で、夕飯のおかずには十分だろう。

湯がいた渡り蟹も沢山並んでいる。「ブカ」と書いてある蟹は、一段とお安く売られている。脱皮したばかりの蟹を「ブカ」と呼ぶ。持ってみると分かるけど、殻が柔らかくてぶかぶかすることから名がついたよう。身が十分に詰まっていないので安いわけだ。殻が柔らかいのでむきやすく、こだわりがなければ安い買い物だろう。

渡り蟹(ガザミ)
東海地方でもっとも流通量の多い渡り蟹、ちょっと緑がかった甲羅と青みの入ったはさみが特徴。オス、メスの区別は、はさみの大きさや裏側のえらの形で見分ける。一般的に「オス」が美味しいとされるが、どうなんだろう。
たいわんガザミ(雌)
たいわんガザミの雌は「青み」がないので、渡り蟹と区別が難しい。よく見れば甲羅の模様が複雑で、渡り蟹よりも縦長のスタイル。足の長さも小さめで小太りな形。我が家の中では、このたいわんガザミの雌が最も好まれる美味しい蟹になっている。このたいわんガザミの足の付け根、この身がたっぷりと詰まっていて筋肉質の蟹なのだ。「渡り蟹」より断然、濃厚なお味でプリプリだそうな。

オスメスの鑑別
裏返すとオスメスの区別が簡単、とがったのがオス、横に広いのがメス。抱卵の頃には、雌のえらが広がって沢山の卵を抱えている。食べ方を知らない人には、渡り蟹を食することは大変だ。ちゃんと手順があって、食べていいところと、いけないところがある。まずはこのえらから広げて、甲羅をめくり上げる。甲羅の中の蟹味噌を頂いたら、蟹を正中で「バキッ」と割って、左右に分ける。表面についている「肺」を手でむしってほかれば、あとは甲殻の中の真っ白な身を頂く。特にお尻側の足にはもも肉のような身がたっぷりとついていて、ここが最も美味しい箇所だ。


家に持ち合えれば、さっそくたっぷりのお湯で湯がく。お塩を少々入れるのを忘れないで。15分ほどでゆであがれば、熱々のゆでがにの完成。これと日本酒でぐびぐびやれば、至福の時間。一度湯がいた蟹は、なるべく早く食べるべき。冷蔵庫に保存することも可能だが、いっぺんに味が落ちてしまう。翌日までくらいなら、冷所においておけば保存できるだろう。

ばあさんと渡り蟹
小生のお袋、とにかく「蟹」が大好き。買って帰ると「いそいそ」と湯がいて口に運んでいる。80才の後半にもなろう高齢だけど、これだけ食欲があるんだからありがたい。こうやって家族が喜ぶ姿を見ると、またまた小生はバイクやクルマで買い出しに走る。そろそろお次のネタは「牡蠣」、冬のお楽しみは、伊勢志摩方面にまで「生牡蠣」を求めて、繰り出すことになろう。

区内の銭湯 「松の湯」
蟹と日本酒で早めの夕食を終えたら、娘の運転で近所の銭湯へ。銭湯は我が家の楽しみ、皆大好きだ。よくありそうなスーパー銭湯よりも、空いていて、お湯がキレイで清潔感がある。銭湯の多くは「熱い」お湯であることも好きな理由。わずか440円で、プチお出かけ、プチ健康、プチリフレッシュができる銭湯は「まちがいなく」素晴らしい。
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