福井県道173号 勝原 11:35
できれば雨の中は走りたくない。けど、ツーリングの途中ではどうしようもない。カッパを着てツーリング続行。次の目標は鳩ヶ湯温泉、R153の勝原から白山に向かって山に入る「福井県道173号上小池勝原線」を北上開始。
勝原橋
国道を外れるとすぐに九頭竜川をまたぐ「勝原橋」を超えて、いよいよ深い山の中に分け入ってゆく。白い橋梁がきれいだ。この道の終点は白山連峰の懐深い場所、ここから道のり20kmの予定。前から地図を眺めていて想像を膨らませていたこの道をいよいよ走り出す。知らない道に入り込むときの毎度毎度のワクワク感。東勝原取水堰の吊橋
県道は勝原を過ぎると、打波川(うちなみ)の右岸を上ってゆく。しばらくして最初の集落の下打波を通り抜ける。人が住んでは居るが、廃屋も目立って寂しい風景。その集落の外れに雰囲気のある吊り橋と堤が現れた。発電所への取水をおこなっている堤、戦前の構造物はレトロ感たっぷりで雰囲気あるわ〜
上打波集落
九頭竜周辺は豪雪地帯、下打波から山奥は冬期通行止めとなるらしい。したがって、上流の上打波は冬の間は人が住まないらしい。一日に2回だけ往復する市営バスも冬期は休業で人の気配がきえてしまう。それでも暖かくなれば、また住民が戻ってくる、すばらしいこと。
かなり走ってきたが、上流の白山連峰は山あいの先、まだまだ奥に控えている。雨の中、バシャバシャ走っていたら、モトクロスブーツの中がぬれてきた。レイン用のグローブもとっくの昔にベタベタで、だんだん寒くなってきた。鳩ヶ湯温泉 11:56
国道分岐から14km、やっと鳩ノ湯温泉にたどり着く。明治32年から100年以上続いた秘湯の温泉、2013年にいったん廃業したが、その後新しいオーナーのもとで2016年に営業を再開した。ポンプでくみ上げるのではない「自然湧出鉱泉」は大変貴重なお湯。泉質はナトリウム炭酸塩泉でヌルヌルらしい。
お宿のホームページを拝見する限り、お部屋の作り、お食事などなど、「今風なお宿」になっており、お値段もそれなり。新しいオーナーが岐阜県の豊実精工株式会社という工作機械会社っていうのも面白い。立ち寄り湯でひとふろ浴びる予定であったが、カッパ姿では申し訳ないし面倒くさい。ここまで来てお風呂に入らないのも悲しいが、今回は断念。いつか宿泊で来てみよう。
サコサガ滝
滝の表示があったのでバイクを駐めて左の川をのぞくと・・・対岸に何段にもなって落ちている大きくて長い滝を発見。周囲は落葉樹なので天気が良ければ紅葉と滝のみごとな景観になりそう。しかし滝の近くまで降りる遊歩道はないようなので、この県道から眺めるだけのよう。クルマだったら見逃してしまいそうだけど、実は立派な滝だった。
願教寺山(1690m) と よも太郎山(1581m)
最後のクネクネ道を上がると右手に雄大なお山が間近に見えてきた。紅葉が始まっているのか、終わりかけなのかどっちだろう。雨でくすんだ景色では、せっかくの紅葉も台無しだ。すでにブーツの中はベタベタから グジョグジョに水浸し、気分はぶるー。福井県道173号 上小池(小池公園前)12:10
ついに終点にやってきた。もう少し先まで道は続いているが、先は、バイクも通行止め。小池公園というキャンプ場があったり、白山登山の出発点であったりと人が多い。皆さんもこのような山道をクルマで入ってきたんだ!?。運転の慣れない人には辛いだろうなあ。 帰ってくる人、これから入山する人、この先が登山路だ。登り下りの約50分の先には、「刈込池」という紅葉で有名なポイントがあるらしい。来訪した頃がまさに見頃であったよう。地元の新聞社が10月28日の池の様子をレポートしていた。28日といえば、この翌日。。。こんなに天気が良かったんだ。。。(羨ましい)しかし、この池に行くのは大変だ、「刈込池」だけを目標にしないと時間切れになりそう。刈込池を散策して、鳩ヶ湯温泉で一泊なんてのが最高だね。
R157 大野市 13:0
計画した行程の約半分を消化、しかし雨は止むことを知らず淡々と降っている。タイムテーブルは押し気味、九頭竜へ引き返し帰路にしてもよかったけど、セローでこのあたりまで来るのはなかなか大変。折角だから計画続行、大野から再び山奥に突入することにした。空腹を感じ始めた小生の胃袋よりも、セローのガソリンタンクを満タンにすることが優先。この日は日曜だったので、R157沿いのGSはお休みと分かっていた。だから遠くではあるが開店している大野市街地の農協GSスタンドまで足を延ばした。とにかく、日曜日の山奥、過疎地では開いているガソリンスタンドの局在を分かっていないと大変な目に遭う。
R157 r230分岐部
R157を温見に向かって南下する。このところ、ずーっと温見峠は通行止め。冠山峠は何度か楽しんだが、R157を絡ませたツーリングを今年は実行することができなかった。温見峠が再開すれば、ツーリングの計画にぐっと選択肢が増えて、至極楽しいのだが。
麻那姫湖青少年旅行村(中島公園) 13:23
中島公園は伊勢峠に通じる福井県道230号線への分岐部。「四〇・九風水害」という、記録的な水害があった場所だ。昭和40年9月に台風に続いて集中豪雨が襲い、西谷村の中心地であったこの中島地区では、家屋の9割が流されてしまった。その集落跡に作られたのがこの中島公園、ダムの建設とも重なり住民はすべて移転を余儀なくされた。広く張られた芝生の公園はとても美しい、その昔ここで災害があったなんてわからない。

北陸電力 中川発電所
四〇・九風水害よりも数年早くから稼動を開始した水力発電所。上流の笹生川(さそう)ダムからの供給を受ける。トンネルの先には発電所の家屋が建っているが、このトンネルを通らないと施設には行けない。水害の記事にこの発電所の事が出てこないって事は、水害の際には難を免れることができたんだ。
林道 細ヶ谷線 延長 5085m
福井県道230号線は、この中島から笹生川ダム、伊勢峠、九頭竜湖を経てR158につながる「秘境の県道」。小生の好きなひっそりとした山奥の道、「さいはて感」たっぷりだ。中島からは笹生川に沿って上流へ向かう。その先で最初の分岐路、林道細ヶ谷線があらわれる。地図では笹生川貯水池の西側を取り巻いてゆく道筋で舗装路ではあるが、この先がどうなっているかWeb上でもあまり情報が出てこない。進入禁止のゲートがあって良かった?! だって、進入しないで済んだから(^^ゞ。

笹生川(さそうがわ)ダム
人の気配を感じるダムが右手に現れる。山奥ではあるが、かなり立派なダムだ。管理棟が道沿いに建っていて、毎度クルマが止まっている。これを見るとホッとするのが面白い。何かあれば、ここまで歩いて助けてもらえそうだ。「四〇・九風水害」の時には既にこのダムは存在したが、このダムを乗り越えて水害の水は下流に流れ出し、ダムが決壊する危険に晒された。もしも、このダムが決壊したら、大野の町にも恐ろしい被害だ出たであろう。よく頑張ったね!

笹生川貯水池
このところ、台風などで東海地方、関東地方は大変な事になっていたが、日本海側のこのダム湖は貯水量は至って普通、大水があったとは思えない感じ。千葉などの関東地方の被害が多かったが、このあたりは免れたのであろう。

蠅帽子峠への分岐
美濃と越前をつないでいるのはR157の温見峠であるが、実は温見峠ができたのは近代。江戸時代には「蠅帽子峠」という別の峰を乗り越える古道があって、こちらがメインルートであった。蠅帽子峠への道のりは、温見峠の手前の根尾大河原から始まり、峠を越えて笹生川へ抜けるルートで、地理院の地図には人道として破線で描かれている。
また、R157を走っていると「蠅帽子峠」と案内板も目につくので、以前からとても気になっていた。南からは根尾大河原から始まり、北からは福井県道230号線から南に向かうルート。生憎、蠅帽子峠は登山路なので、その手前、バイクで行けるところまで近づいてみることに。

路傍の石碑
笹生川の橋を渡ると路傍には赤い文字で刻まれた石碑を発見。「蠅帽子峠」「這法師這星」「平成20年8月吉日」「関所跡20km」と書かれている。蝿帽子(はえぼうし)は這法師とも(はいほうし)とも呼ばれるようで、「這う」とはなだらかな斜面。「帽子」とは「境界」と言う意味で、越前と美濃の境を示しているとされる。 蠅帽子峠の近くの峰にある三角点が「這星」とあるようで、峰の一つの名前のようだ。しかし、「関所跡」というのは、この場所なのか、20km先に関所跡があるのか、よく分からない。平成20年8月に建立されたと記載があるが、どんな経緯でどんな人たちがこの石碑を作ろうと思ったのであろうか? 他のレポートには、越前柄の登山ルートに同じようなデザインの登山案内図が掲げられておいたようなので、いずれも同人物で、この古道を未来に残そうと志した人たちかも。


蠅帽子峠へ 最終到達点 14:00
蠅帽子峠に通じる林道は未舗装ではあるが、わだちも残っており生きた道だった。山に入る人たちに使われている証。県道から5kmほど入ったあたりが上の写真。右手には蠅帽子川に続く谷があり、目の前の林道はまだまだ続いている。Web上で調べた限りでは、砂防ダムのようなところで道は終わり、その先は沢を歩いたり獣道を歩いたりして、蠅帽子峠に至るとある。尾尾根伝いの登山道から峠までは登り1.5時間の行程だそうな。他にも立ち寄る予定であったので、この時点での午後2時は心細い。いつか再訪すると決めて、ここで引き返すことにした。これが雨じゃなくって、晴れた天候であったら行き止まりまで走っていただろう。
この蠅帽子峠をぬける古道は、日本史の中にも登場していることを後日知る。尊皇攘夷の旗を掲げた水戸藩の天狗党勢が、幕府軍に追われ京都への抜け道として真冬の12月にこの蠅帽子峠を走破したのだ。その数800名以上、山に慣れた猟師も避ける厳寒の深雪の中、雪道に慣れない天狗党勢が武器を背負い、女子供を助けながらの行軍は、苦難の連続であった。一浪士の記録によれば、この時の夜間峠越えで5人の犠牲者と馬1頭が谷底へ転落したとある。山越えの後、敦賀で降伏した天狗党にはさらなる試練がまっており、300名以上が斬首され、他は遠島、追放などの処分を受けた。女、子供にも全く容赦されず、冷淡な裁きがなされ、人々から同情を集めたとされる、
美濃側からのレポートは散見するが越前側からの報告はめっきり見つからない。その中でもいろいろと情報の詰まった「越前ひとり山 ある記」さんのブログは役に立った。
こちらのブログには林道入り口の石碑も登場し、蠅帽子川にそって書かれている。なぜここを美濃街道が通っているの??って思ったが、後述する「越前街道」や「林道野々小屋線」などと関連し、このルートが古代の美濃と越前の官道だったことを示している。

和佐谷秋生林道 秋生側始点
再び県道に戻り伊勢峠へむかう。峠の手前に左へ折れる支線あり、このあたりが廃村「秋生」。午前に走って草ぼうぼうで断念した和佐谷秋生林道の出口にあたる。徒歩であれば「やまだもんね」さんがここから峠まで完歩している。


伊勢峠 14:21
東からやってくるとこの峠はあっけなく頂に到着するが、西から来るとつづら折りを乗り越えてくるので、なかなか味わいのある峠が楽しめる。交通量は絶対的に少なく、こじんまりと切り通す峠は苔むした地蔵堂もあって、素敵な雰囲気。

廃村 伊勢
県道はやがてダム湖の周遊路となりクネクネ続く。白い橋梁の面谷橋、これの手前を上流に伸びる支線がありこれを遡上してゆく。事前の調査でこの先に鉱山跡があるようなのだ。雨は止みかけてはいるけど、ブーツの中はグジョグジョ、寒さもあってカッパを脱ぐ気にはなれない。


道はグラベルで踏み固められているので走りやすい。オフ車のタイヤ跡も残っていて、同好の人たちも来ているよう。やがてズリ山と思わしき貯石場を通り過ぎる。鉱山跡に近づいてきたことを予想させる。


面谷鉱山跡 15:00
面谷橋から約3km走ったところで、右手に鉱山施設の跡と思われる石組みの敷地が広がっている。草や石ばかりで構築物は残されていない。相当に古い時代の遺跡なんだろう。
対岸のみならず、こちら側の川沿いも段々畑のように石垣が山の裾野までひろがり、墓地も残されていて、面谷鉱山の歴史をつづった石碑が残されている。面谷鉱山は江戸時代から銅を産出してきた鉱山で、明治に入ってからは最盛期となり3000人以上の人口を抱えるほどに繁盛した。やがて大正11年に閉山となり、廃村となった。

面谷鉱山住居跡 案内板(「林道のその先に」さんより)
2年前にアップされている「林道のその先に」さんの記事では、現地に掲げてあった案内板が載っている。これによるとこの斜面に相当数の家屋が並んでいたことが分かる。町でも照明が珍しかった頃、この山奥では自家発電のおかけでこんな山奥でも明かりがともっていたと書かれてある。ところで、現在はこのような説明板を見つけていない。取り外されたのか、小生が見落としてきたのか。

鉱山跡を過ぎて道を進めるとほどなく終点となり、その先は平家岳への登山道であった。すでに西に傾いた夕日は、長い影をひいている。午後3時となって、今日の探検もあと少し、先を急ぐ。

荷暮(にぐれ)への分岐
最後の大橋、箱ヶ瀬橋のたもとから、南に分け入る支線があって、これが今日最後の探検先。地理院の地図にダム湖の奥まった先に、「荷暮」という集落が残っているのを見ていて、ここがどうなっているのか見てみたかった。

ダムができる前は、普通に河川であった「荷暮川」の表示が残されている。この上流に集落が残っているんだ。この突き当たりの山々の先は、郡上の内ヶ谷の流域につながるあたり、都会から最も離れた山奥といっていいだろう。


荷暮 15:28
箱ヶ瀬橋から3.6kmで荷暮の町に到着、途中の道は舗装されて電柱も続く「普通の山道」であった。着いたのは夕飯の支度の時間帯、人が住んでいるのなら気配も感じるはずだが。。全くの人気なし。それでもいくつか残っている家屋は未だ生活感あり、「廃」の雰囲気はなかった。古くから集落は存在したが、九頭竜ダム建設と合わせて離村が始まり、昭和39年に全住民が離れた。しかし、見てのように今も住民たちが手入れをしているようで、「まだ生きている廃村」であった。
林道 野々小屋線
荷暮の先にも林道が続いている。表示には野々小屋線と書かれており、地図の上ではまだまだ10kmほどは続いて、行き止まりの山の向こうは、郡上からの内ヶ谷川源流だ。どこまで行けるのか、楽しみにここまで来たが、残念。
板取島口 越前街道の説明
林道野々小屋線を調べていると、荷暮と山の向こうの板取とのつながりが示される資料に出くわした。これがその説明文、板取の島口集落にかかっているものらしい。「越前街道」は美濃から大野まで続く江戸時代からの古道で、美濃板取の「島口」から山越えして野々小屋線と重なる街道であった。荷暮という地名も、峠を挟んだいにしえの通商にからんだ地名に思えてならない。

荷暮の里 石碑
離村の記念として残された石碑、背面にはびっしりと記述されていた。この隣には、プチ公民館のような「ふる里の家」という建物があって、宿泊できるとかかれてあった。廃村に伴い電力会社からの配電も外されていたが、一部の住人が時折生活するようになり、ふたたび電柱が立てられて電気が通うようになったとのこと。

箱ヶ瀬橋
九頭竜湖南側の探索が終わり、箱ヶ瀬橋を渡る。この先は交通量も多い国道となり、白鳥の町に続く。ずーっと人の気配を感じない山奥ばかりに居たので、この橋が「現世への架け橋」のように思える。「あ〜、無事に戻って来れた。」

旧油阪峠
いつものように旧道の峠をつかって白鳥の待ちに戻る。夕日を浴びて下界の白鳥市街地が明るく照らされている。

白鳥 16:17
朝と同じガソリンスタンドで最後の給油、白鳥を起点として、九頭竜をめぐる山奥ツアーは走行距離530km。長距離の苦手なセローだけどよくがんばりました。さすがにここで一度ブーツを脱いでみると、靴下ベタベタでコンクリートの地面に足跡ができる。さて、一部宿題ものこったけど、懸案の九頭竜周辺を冒険できて満足。あとは、お家に早く帰って熱いシャワーを浴びたいなあ。
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