

東名阪亀山PA
この冬の時期、家族が楽しみにする味覚「生かき」。三重でよく耳にするブランドとして「浦村かき」や「的矢かき」などは有名だけど、我が家は尾鷲の手前・相賀の白水湖でとれる「弘法かき」別名「渡利かき」が大の好物。ここのカキは小ぶりだけど生臭さが少なくってさっぱりしたお味。かきシーズンが終わりになってきたので、サクッと弘法かきの買い出しに紀伊長島まで出発。
朝7時過ぎに名古屋を出て西に進むと、御在所SAあたりから真っ黒な雪雲が鈴鹿の山から流れ出していた。やがて車列は雪の降る世界に突入。きっと亀山を越せば青空になりだろうとそのまま走るが、さすがに流れのスピードも落ちてきてついにはノロノロ運転に。たまらず亀山PAに逃げ込んで一息。これがMT-01などのバイクであったら雪が消えるまで待避となろうが、さすがにサイドカーはグリップする限りは前に進めるので安心。気温は5,6度だから、体感気温はもっとひくい。上下のアンダーに革パンツ、電熱チョッキ、ウインタージャケットの出で立ち、MT-01だったら耐えれないかもしれないが、GLサイドカーはフルカウリングのおかげで随分と過ごしやすい。

当日の天気図
前日までは春を思わせる天候だったが、この雪は西から前線が近づいていて大陸からの冷たい北風が伊吹山を越えて伊勢湾に降り注いだのが原因。今年は雪を全くみかけない東海地方ではあったが、まさにバイクで出かけた日に雪に見舞われるとは。


道の駅 紀伊長島マンボウ
名古屋から150km 2時間で紀伊長島の道の駅に到着。弘法かきを購入できる最も名古屋寄りのお店が、ここの特産品売り場。前日に電話して間違いなく今年も販売していることを確認してやってきたはずなのだが・・・開店が8時半、小生が店に来たのは9時20分ほど、、日曜とはいえまだまだ早い時間なのに、なんと「売り切れ完売!!」
紀勢自動車道路 紀北PA
名古屋からこれ目指して走ってきたのに・・・ お店の方にそのことを告げると、何やら電話をしてくれた。「10km先の紀北PAの販売所にまだ残ってるそうだよ。取り置きはできないから早く。」なんて、お助けを頂いた。「残っていてくれよ」と祈りながら、アクセル可及的に最大速、ぶっとばして向かう。
弘法かき(渡利かき)
やりました! 残っていました! お土産用に小さい方をふたつ、自宅用に大きいのをひとつ、無事に購入することができた。よかった、よかった。今年の志摩、尾鷲地方のかき養殖は発育不良でよくないらしい。なので、もともと流通量の少ない弘法かきは店頭に並ぶ量もひどく減っているようだ。お店の開店1時間以内に無くなってしまうなんて、これまでにはなかったこと。かき以外にも、カツオの角煮や練り物など夕飯のおかずを買い込み、サイドカーの床に積み上げる。足下、座面を使えば120サイズの段ボールも3,4つは入っちゃうだろう。海鮮ものだから、溶け出す氷水などには注意して搭載。ぶっちゃけ、サイドカーのシート周囲、トラック、バイクのケース3つまで合わせると、Zロードスターのリアトランクより全然収納できる。
錦湾
紀伊長島を東にR260を進むと最初の峠っぽいトンネルが「二色隧道」これをこえると右手に「錦湾」を見ながらの下り坂。このトンネルまでは紀北町、この先の東は大紀町になる。休日なので、海沿いを走るこの酷道は、バイクとすれ違うことも多い。
R260 棚橋峠
めちゃ狭いトンネルがマニアには知られていた旧棚橋トンネルをバイパスする紀勢南島トンネルへの登り。整備されたバイパス路はとても走りやすく、あっという間に峠の東側にでてしまう。時間短縮、楽ちんになったけど「旧棚橋トンネル」も味わいあってよかった。
国見山鉱山 𠮷津港(石灰積み出し港)
小さな入り江を幾つか過ごしてゆくと、貨物船が出航してゆくのに出くわす。この奥の山では今も石灰を産出していて、これの積み出しがここなのだ。現在は国道を乗り越えてく大きなベルトコンベアがあるけど、それまでは石灰運搬の専用鉄道があった。このあたりには鉄道がないので、珍しい遺構。
2年前にセローでこの周囲のトンネルや峠、林道を巡っている。


慥柄浦(たしからうら) 三栄食堂
食べるところの少ない南伊勢町でも、この昭和チックな地元の食堂は10時から開店、とても頼りになる。食べログにも出てはいるが、情報量も少なく素通りしてしまうだろう。小生的には「ツボにはまった大好きな食堂」で、毎度何を食べようか楽しみだ。中華そばが普遍的に美味しいようだけど、お出しのしみたおでんとミニ親子丼うどんセットを選んだ。多分自家製と思われる魚のつみれがお味が濃厚で旨かった。とろとろ卵かけの親子丼の間違いなく美味。毎度、ごちそうさんです、また来ます。

五ヶ所湾
紀伊長島からR220を東進して70kmの道のりを2時間かけて五カ所浦の集落に到着。さて、海沿いを楽しんできたが、ここからは切り通しの美しい「剣峠」を抜けて帰路とした。五ヶ所湾の美しい港ともここでおさらば、この先は山越えとなる。

五カ所浦 玉山食堂
港の横に気になるお店を発見。丁度お昼時で、他県ナンバーの家族連れがのれんをくぐってゆく。小生の第六感でわかる「美味しいお店」、雰囲気ありありの店構え、地元の人に愛されているのを感じ取れる。後学では、食べログ3.27の高得点、中華そばとカツ丼が旨いらしい。営業は基本昼のみ、10時半〜13時半、木曜休み。これは良いところを見つけた、「三栄食堂」「玉山食堂」、ちゃんと覚えておこう。

三重県道12号(伊勢南勢線)
伊勢と志摩をつなぐ生活路線として、剣峠を開拓し明治23年に開通した延長25kmの県道。現在では狭いために大型車両は通行禁止であるが、路線バス(現在は廃止)も通っていた。前回は北から侵入したが、今回は反対側から峠を目指す。

終点 五カ所浦
五ヶ所浦のR260交差点から、県道は始まる。標識には「伊勢」などの名は挙がらず、途中の「切原」集落の表示が見える。さて、今回のツーリング後半部分のはじまり、はじまり。


五カ所神社
三重県道12号は別名「五カ所街道」とよばれ、五カ所浦の鎮守には、昔の道標がたっていた。神社から北を望むとキレイな姿のお山が見える。その形から五カ所富士ともいわれ、170mの標高をもつ。五カ所街道はこの山の右手ふもとに続いていく。



集落切原 バス停
ほどなく峠の手前、最後の集落「切原」にさしかかる。集落の中心地、お宮があってちょっと広くなっている交差路には、路線バスとなにやら看板が。映画「青夏 きみに恋した30日」のロケ地に使われたとかいてある。もちろん、この映画のことは知らないから、You Tubeで検索して映画をはしょって見てみた。原作はコミック、映画化は2年前の夏であったよう。かような若者向けのラブストリーには手が出ないけど、まあまあよくありがちな展開だけど気持ちよく観れた。
この映画の収録地がこの五カ所浦などの南伊勢町であったようで、観光の目玉としているよう。映画だとこのお宮の裏手には清流が流れていて、主人公たちの出会いの場となるのだが、、、ホントはお宮のむこうには民家があるだけ。


三重県道12号(五カ所街道)
五カ所川に沿って県道は北に山を登ってゆく。集落のハズレでは、白梅がいい香りを振りまいて咲き誇っていた。冬らしい体験も思い出せず、今年は春がやってきそうだ。道は1.5車線で大きなクルマでは対向は難しい。バックできないサイドカーだから、そのあたり良ーく考えて進まないと大変なことになる。
国道から30分で峠に到着。峠の南側は五ヶ所湾の遠望があり、立派な峠の石碑もある。この道を大昔は駅馬車、小型バスがつないでいたようだ。峠の尾根を左にたどれば、このあたりで最も高い八称宣山(はちねぎさん)422mの山頂。



剣峠 切り通し
小生は「峠」に心引かれる質で、その景観・歴史・人の気配など、興味は尽きない。峠の景観といえば、このような切り通しも強く心に残る。多くの切り通しを経験してきたが、この剣峠の切り通しは、規模、雰囲気、植生など峠の美味しさが一杯に詰まっている気がする。後ろから来た軽自動車のクラクションに気づくまで、通り抜ける冷たい風や静けさを味わった。
五カ所街道(伊勢側)
峠を過ぎるとつづら折りの下りが始まり、右手にはやがて五十鈴川になる小川が流れ出す。天然林が多いので、森の表情が豊かで気持ちいい。すれ違える場所は限られるので、バックのできないサイドカーは下り道こそ恐ろしい。登りだと斜面をつかってバックができるが、下りは落ちてゆくのみ。対向車が来たら一発勝負。

剣峠から伊勢方面には、いくつかの集落が残っていいるが、雨戸を閉めてあったりほぼ廃村の雰囲気。クルマで30分も走れば伊勢市街地とは思えないほど、秘境感ただよう。週末だけとか、畑だけ維持しているとか、そんな雰囲気。

こんな処に駐車場を作ったんだ、、、なんてよく見たら、谷に落ちかけた軽自動車だった。フロントバンパーがもげてはいるが、木にひっかかって運転手は無事であったろう。すれ違いに失敗したか、凍結でスリップしたか、酔っ払って落ちちゃったか??

高麗広(こうらいびろ)公民館
国土地理院の地図はもちろん、古地図を探ってみたが、このあたりは高麗広という地名が出てくる。現地は場違いに立派な公民館と点在する民家があるのみ。なぜこの地に「高麗」なんて地名が出てくるのかと疑問に思い調べてみた。とあるサイトでは以下のようにしるしてある。
この伊勢神宮の「裏山」には五十鈴川が横たわり、その先の小さな丘に『韓神山』があります。ここには、今も「韓神ノ社」があり、横には大きな古墳もあることから、「元祖の伊勢神宮」と考えられています。そしてこの高麗広という新羅系の神を祀る元祖の神社の森には太古から朝鮮半島由来の文化が伝承され、そこに鎮座する伊勢神宮も渡来人文化の可能性があって、太陽神の天照大神は、新羅系渡来人と考えられました(略)。
地名というのは、よほどのことが無い限り変わったりはしない。つまり大昔からこの地は高麗広と呼ばれており、事の真偽は小生には分からないが、古事記や日本書紀に秘められた謎と関係しているように思えてならない。
集落があったのか、畑や水田だったのか、人の住んでいた形跡が至る所に残されている。水量を増した五十鈴川の向こう側は、伊勢神宮内宮の敷地で柵やお触れ書きで立ち入ることは禁止されている。

内宮 御手洗場(みたらし)
五カ所街道はほとんど終点、右手に川幅を大きく感じるようになったあたりで、対岸には多くの人の気配。丁度、内宮の参拝路にある「御手洗場」が正面に見えていた。御手洗場の五十鈴川で手を清めたことはあったが、その向こう岸がこうなっていたとは知らなかった。

伊勢神宮 内宮 宇治橋前
御手洗場を過ぎたら、程なくして狭い県道は賑やかな広場に出てくる。これまでの秘境っぽい世界から、突然に世俗世界に出てきたような錯覚を覚える。右手には知られた宇治橋の鳥居があって、観光バスと参拝者であふれた内宮前に出てきたわけだ。15km先の静かな剣峠につながる一本道とはとても思えない。

三重県道12号線 五カ所街道 起点
振り返るとここは、通ってきた五カ所街道の起点となる。大型車の通行はできないとでっかく表示あるから、まれに観光バスなどが迷い込むのだろうか?? 紀伊長島から走り出して3時間で伊勢神宮に到着、あとはもう高速にのっかって自宅を目指すのみ。
2年前のお正月にセローで剣峠を訪れた記録がこちら


さて、帰宅して夕飯の準備が整ったら、殻むき作業が待っていた。20個以上のカキを剝くのは手間暇かかる。大粒のA級ものは生で頂き、小粒のものは焼きガキにしてみた。聞いていたとおり、例年のものに比べると一回りサイズも小さくなっており、実も痩せているように思える。それでも、美味しいことにはかわりなし。家族たちが喜ぶ姿をみれば、買い出しに遠くまで行った甲斐があるってものだ。
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