出雲大社
前日はこちら
早朝の神門通り
すっかりお酒を頂いて前夜も楽しくすごした。今日は最終日、夕方の飛行機には乗らなきゃならない。昨日やり残した「御朱印」を頂きに、朝食前に参拝することに。聞けば6時半から札所は開いているとのことなので、日の出前に宿を出た。多くの人でごった返している神門通りも早朝はこの静けさ。

松の参道

本殿
前日に習得した「正しい出雲大社の参拝」で、くるっとお参り。静かな境内は「凜」として美しい。八足門でのお参りも我が家族だけで、お願い事も十分かなえてもらえそう。


神楽殿
昨日の夕方は御朱印をいただく参拝者の長い列ができていたけど、拝殿と神楽殿の二箇所とも、この早朝は待つことなく頂くことができた。日中は、参拝者で溢れているから、出雲大社独り占めのような写真は望めない。こんな体験ができたのも、宿泊した竹野屋旅館が大社の目の前にあるからだ。

勢溜の大鳥居
お社から神門通りをのぞむと、出雲の街が朝日を浴びている。通りの先には、中国山地の山の端が輝いてとってもすがすがしい気分。早起きは三文の徳というけど、この朝の体験は、ホントにそう思えた。

旅行に来ると3食しっかり食べてしまうのでお腹が気になるところ。それでも、目の前にごちそうが出てくるから食べてしまう。「あご野焼き」は30cmほどもありそうな竹輪で、この旅行中は何度か口にした。茶碗蒸しの具として「もずく」が登場、旅行中に至る所で沢山いただいた。


竹野屋旅館 旧館
通りに面した重厚な木造の建物は、旧館として大事に保存されている。1階はふすまが取り払われて広い空間をロビーとして活用されて、しっとりとした中庭も古風な雰囲気によく合っている。

アルバム「TRAD」ジャケット撮影の階段
竹内まりやのアルバムジャケットが撮影された階段。このアルバムで竹内まりやの実家が旅館だってこと知ったので、現物を見て「お〜これか!」ってな感想。90年前に作られた建物、階段の踏み板も使い込まれて、大正・昭和・平成の時代の積み重ねに触れる。

この階段の上はどうなってるのか、気になっていたから探検。宿泊には使われない部屋が沢山あって、ちょいと不気味。4年前に新館ができるまでは、ここが使われていたんだろうか。さすがにアメニティ古すぎだったろうに。ところで、木造の旧館に喫煙室を用意しても大丈夫なんだろうか? 
フロント横には達郎と竹内まりやのグッズブースができていて、皆で物色。両親が達郎、竹内まりやが好きで、クルマの中でいつも流れていたから、世代が全く違うけど子供たちは「強制的に」ファンになっている。20才の女子が30年以上前に流行った「駅」を歌うなんて、普通はないわな。

竹野屋旅館
出立前の集合写真。お義母さんはもっと背が高かったはずだけど、圧迫骨折で10cm近くも低くなったよう。それにしても、かみさんとお義母さんの歩く後ろ姿が、本当にそっくり。同様に小生も死んだ父親と仕草がそっくりと指摘される。まあまあ、親子なんだからねえ。

3日目の行程
神迎の道
出雲大社から西に伸びる旧道は「神迎の道」と呼ばれ、年に一度、全国のよろずの神さまたちが稲佐の浜この浜に集まり、出雲大社に向かう通り道とされる。宿を出発して、神迎の道を通って、時間切れで昨日は来ることができなかった稲佐の浜を訪れる。

稲佐の浜 弁天島
高天原の使者が大国主大神と国譲りの談判をしたという「国譲り神話」で、剣を立てたところがこの稲佐の浜。また、ここから年に一度よろずの神さまがここに降り立つとされる。浜の巌は弁天島、砂浜が大きくなって30年前の沖にあった島は陸地に取り込まれてしまったようだ。

大山
天気が良いのはありがたい。自動車道を東に進むと正面には大山がみえてきた。とても雄々しい山の姿、標高1700mほどとそれほど高い山ではないけど、単独峰なのでとても映える。

足立美術館
両親が楽しみにしていた足立美術館。すごく混雑するから、時間帯には注意が必要と聞いていたので、なるべく早く入館したかった。幸い新型コロナ肺炎の騒動で海外からの観光客がほとんど居なかったので、混雑もなくゆっくりと見ることができた。

創始者 足立全康
知っては居たけど小生もここを訪れるのは初めて。こんな辺鄙な(失礼)ところに世界中から50万人もの人がやってくるすごい美術館。庭園の片隅にはその創始者の足立全康さんの銅像。裸一貫で起業してこれほどの美術館を残したすごい人だったよう。

苔庭

枯山水庭
天気に恵まれ、自慢の庭園もひときわ美しい。背景の山を取り込んで、庭園はさらに奥行きを作っている。海のように広がる枯山水、松やサツキの見事な植生、アクセントをつける表情豊かな巌、見識の乏しい小生でもその素晴らしさが分かる。特に驚くのは、葉っぱ、小枝ひとつ落ちていない管理の徹底さだ。あんなに大きな庭園なのに隅々まで手が行き届いていて、その掃除の作業を想像するだけでも畏敬の念に至る。開館前の1時間は全職員で清掃にあたるそうだ。


屋内の鑑賞室も人の入れ替わりがあって、両親もじっくりと座って庭の鑑賞をすることができた。真っ青な青空に庭が映えて、いい日に来れましたね。足立美術館は日本画の収集も有名で、横山大観の作品が多く収集されている。「紅葉」「龍躍る」など超一級の作品もゆったりと鑑賞、屋内展示はすべて撮影禁止なのが残念だけど、バシャバシャ遠慮なく撮影するより、しっかりと目に焼き付けるように鑑賞した方がいいだろう。
足立美術館での鑑賞時間は2時間半を要した。館内展示をもっと丁寧に見て回ったら、たぶんその倍はかかるんじゃないかなあ。見応え十分、これなら「ミシェラン三つ星」「日本一の庭園」などという評判も納得だった。


蕎麦 まつうら 三宝割子そば
足立美術館を出てきたらもうお昼時、前もって調べておいた「出雲そば」のお店「まつうら」に突入。食べログで3.5はかなりの高得点、地元民にも愛されているようでいつも一杯だとか。覚悟して待ち始めたが、さすがそば屋は回転が速い、15分ほど待っただけで席に座れた。天ぷら、キノコ、とろろの3つが乗った「三宝わりご」と五目ごはんを注文。こしのしっかりとしたお蕎麦、おつゆも美味しい、これで1260円は超お得、また食べてみたい。





黄泉比良坂(よみのひらさか)
古事記に登場するイザナミとイザナギの最後の場面がこの黄泉比良坂。観光ガイドにもちらっとしか記載されていないけど、ぜひ立ち寄ってみたかった。前もって調べておかないと案内も出ていないので、通りすがりでは無理だろう。
古事記によると、日本を生んだイザナミ(女神)は、火の神ヒノカグツチを生む際に陰部を焼かれて命を落とす。イザナギ(男神)は比婆山にイザナミを葬るが、死後も恋しく思い黄泉の国(あの世)へイザナミに会いに行った。しかし合ったイザナミ(女神)は、自分の姿を見ないようイザナギ(男神)に伝えたが、待ちきれないイザナギ(男神)はイザナミの姿を見てしまう。そこには体にウジが湧き、見返すことのできない屍と化した妻の姿があった。恐ろしくなったイザナミ(男神)は慌てて逃げ出し、その後をイザナミ(女神)は黄泉の鬼女ヨモツシコメ(黄泉醜女)と共に追いかけきた。イザナミ(男神)はヨモツシコメの気をそらすために桃の実を投げつけ、追っ手をなんとか振り切り、その場に大岩を置いて入り口をふさいだ。かくして、黄泉(死者の世界)の入り口には、今も大岩がありその傍らに桃の木が立っている。

天国への手紙ポスト
国道から離れ集落の外れにその地はあった。誘導する看板もわずか、古事記に登場する史跡とは思えないほど静か。夕のすっきりとした日差しがさしているから明るいけど、なんとなく薄暗い雰囲気の場所だった。死者の世界とわけへだつ大きな岩の横には、「天国(黄泉の国)への手紙ポストがあって、死んだ人に手紙が送れるらしい。かりに本当に手紙が届いたとしても、投函された手紙はどのように処理しているのだろう。お祓いをして処分するのだろうか。


宍道湖
黄泉比良坂のお次は、もう終点の出雲空港へ。その前に、宍道湖にクルマを止めて散策してみる。湖なのか、池なのか、海なのかよく分からない風情。波打ち際をみて驚いた、砂のようにみえるのはすべてシジミの殻。ここでシジミの加工をしているわけじゃないから、死んだシジミが打ち上げられた姿なんだろう。それにしてもすごい数。
出雲空港
行きは一緒の飛行機で出雲にやってきたが、帰りの両親たちは16時10分発の日本航空JAL284便で直接羽田へ帰ってもらった。羽田からは1時間と少しで西荻窪の自宅まで帰ることができるので、これなら大丈夫だろう。お二人とも小生の過密スケジュールを無事にこなしていただき、感謝。お疲れ様でした。今度お会いするのは、東京オリンピックの時かなあ(無いかもしれない)。




八雲本陣
小生たちのFDA418便の手続きまで1時間半あるので、もう一つ見てこようと江戸時代の本陣(八雲本陣)に行ってみた。漆喰の瀟洒な入り口とは裏腹に、奥行きは随分と広くでっかい大広間まであった。史跡というより、しばらく前まで旅館として営業していたよう。江戸時代から伝わるひな人形が飾ってあったが、ミニチュア好きな小生にとってその調度品の精密さは感動もの。

ヴェルファイア 2.5L
3日間乗り回したクルマはヴェルファイア 、エントリーモデルの「X」、たぶんFFだろう。2トンの自重と6人乗っても、アシスト無しの「素」な2.5Lエンジンは不自由なく走ってくれた。東北旅行で利用したセレナクラスより3列目シートに余裕があるのがいい。この手のバンが一台あるとなにかと便利、エスティマを愛用していた頃を思い出す。ただし8人乗りのため2列目シートがウオークスルーできないから、3列目の人の乗り降りが面倒だった。

FDA418便
17時55分出雲発のFDA、まだまだ新しいネイビーの14号機。ノーズのパネルの一部が16号機のバイオレット色、なんでスワップしてんだろう。古い機材なら「共食い」利用なんてあるだろうが、新造機なんだからねえ。


県営名古屋空港
離陸して50分後の定時に名古屋に戻ってきた。お迎えのジャンボタクシーで高速に乗れば、空港から自宅まで30分とかからない。道中、娘たちは両親のお世話をしてくれたし、かみさんも実の親とあってリラックスしていたよう。気になっていた「親孝行」がちょっとだけできたような気がして、小生も心がはれた気分。お疲れさんでした。追伸 帰宅して荷物をほどいて「重大なこと」に気づく。内容は「出雲旅行エピローグ」としてまとめてみる。
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