愛知県緊急事態宣言
新型コロナウイルス感染症の感染者数が再び増大してきた。国の緊急事態宣言が解除され、少しは緩やかになってきたかと思った矢先の出来事、愛知県は独自に緊急事態宣言を出して、8/4〜8/24の期間中、不要不急の行動や県境をまたいだ移動の自粛を求めてきた。大人数の会食や宴会などを始め、名古屋市内の繁華街への短縮営業や休業も要請。

愛知県図

自宅 6:30
やっと梅雨が明けてバイクで走りに行けるようになったのに、なんてこと。それじゃあ、緊急事態宣言を逆手にとって、「県外に出なきゃいいんでしょ」てな乗りで、なるべく県境に近いところで、愛知県ぐるりと一周ツーリングを企んでみた。出発点は分かりやすい知多半島先端の師崎に設定、日もすっかり登ってしまった午前6時半に自宅を出発。

前半行程

羽豆岬交差点 知多師崎 7:15
自宅をでれば程なく、名古屋高速四谷ICに取り付いて、名古屋高速〜知多自動車道とノンストップで走れば、45分で半島先端の師崎に到着。自動車道は海から離れた半島の中心を貫いているので、最終の豊丘ICをおりてきた羽豆岬の交差点は、「ばーん」っと唐突に目前に海が現れて、メットの中で思わず声を上げる。

師崎港
すでに港の堤防には沢山の釣り人がやってきたいた。日間賀島や篠島に渡る連絡船も忙しそう。県外に出なきゃいいのだから、日間賀島で名産のタコを食べに行っても文句は言われまい。

羽豆神社
半島先端に鎮座する羽豆神社の主祭神は「建稲種命」で古代の尾張氏の祖神。地理的に重要なこの地は、古豪尾張一族のテリトリーで熱田神宮と同等の由来を持つのだろう。尾張一族は、日本武尊のよめさんの実家で、三種の神器のひとつ草薙剣と深く関わりを持つ。

羽豆岬
知多半島先端の師崎、そのさらにさきっちょが羽豆岬。この海岸からは180度以上のパノラマ景色がひろがる。左から伊良湖岬、神島、答志島、伊勢と伊勢湾を一望できる。それでは、ここを愛知県一周のスタート地点として、時計回りに走り出す。

師崎から次の大きな集落の豊浜まで、R247号は変化のある海岸線に沿って堤防の内側をクネクネ走る。知多半島を走る海岸線沿いコースとして、もっとも美しいあたり。ただし、クルマを止めるような場所がないのが残念、県は観光資源の為にもパークエリアを用意すべきと思う。

まるは食堂 豊浜本店
師崎と豊浜の丁度中間当たり、道路追いにおっきな建物が見えてくる。しょっぱい天然温泉の立ち寄り湯、宿泊部門まで備えた名古屋人なら誰でも知っている海鮮料理の「まるは食堂」だ。週末ともなればこの周辺はクルマやバイクが渋滞するくらいの人気、どでかいエビフライばかりが取り上げられるが、近海の特産(タコ、渡り蟹、シャコ、フグなど)が頂ける食事処。

豊浜港 7:30
釣り好きな父が愛して止まなかった豊浜。父の釣り仲間達と共に小生も小さい頃から連れられて船や堤防から竿を出したものだ。レジャーボートを共同で管理し、沿岸でメバルなどをねらって船を出したのもこの港。法外にでかい船外機が付いていたから、舳先が高々とあがって速かったけど波しぶきが半端なかったのを覚えてる。

豊浜 まるは食堂本館
いまや「まるは食堂」は中部国際空港や名古屋の都心にまで出店を持つような大きなグループになってしまったが、本家本元のまるは食堂はこの豊浜の本館が出発点、小生が50年前から知っているのもこの本店。先々代?の元気ばあさんが行商から身を起こし、このまるは食堂本館を起業したのが始まりと聞いている。お店の立派さや雰囲気も先ほどの「豊浜本店」が今風なんだろうが、まるは食堂といえば小生にとってはこの本館であり、ここの「しょぼいスチール食卓」で、エビやシャコ、渡り蟹をガツガツ頂くのが大好きだ。

豊浜 東西屋(廃業)
豊浜の町中にある洒落た料理旅館「東西屋」、古かった内装もリニュアール、ぐっとよくなって益々通いたいと思っていたのに、唐突に店じまいしてもう10年以上経つんじゃないだろうか。冬のフグ料理、夏の渡り蟹、昼食も泊まりの宴も、家族で使ってきたお店だった。取り壊さないで残っていると言うことは、ひょっとして再開も期待できるのかも。そうなれば、ぜひ応援したい。

山海海岸
道路からも目立つ「監視塔」の山海海水浴場。イルカがモチーフになっていてとても凝った作り。階段の上はどうなってるんだろう。

内海
南国の海岸よろしく「ヤシの木」がならぶ内海の海水浴場。海水浴シーズンなので、そこそこ人々がやってきていた。でも、その多くが海外の人たち。就労で近郊の工場勤め、南米の人たちばかりで日本じゃないみたい。

マルハリゾート
内海周辺の海岸線には、寂れたホテルやレストラン、廃墟になった建物もみかけるが、ひとり勢いがいいのが、「マルハリゾート」。バーベキューやダイニングを提供するおしゃれな空間、これもまるは食堂の系列店舗、週末になると駐車場も一杯になる。

野間灯台 8:00
知多半島は真ん中当たりで折れ曲がっているが、ちょうどそのあたりに野間灯台がある。青い海と空、白い灯台が美しい、デートのドライブであれば立ち寄る場所だろう。おみくじを縛るように、カップルたちの願いがこもった「鍵」がいっぱいかけられている。

野間灯台を北上すると、国道は海岸から離れて市街地を走る。なので、バイクの小回りを生かして、クルマ一台分の狭い堤防の上を走る。このあたりは砂浜が続き、海苔網が広がっている。海底の砂地は、シャコや渡り蟹、エビなどには大事な生息地、中部国際空港ができてから、この砂地が減ってしまったとニュースにあった。

盛田醸造
常滑市街に近づいたあたり、「ねのひ」で知られた盛田醸造の工場があって、「盛田味の館」という観光スポットが隣接している。盛田十五代当主 盛田昭夫で、この盛田醸造の資本をもとに世界に名だたる「ソニー」を創設した。名古屋伏見には、盛田醸造が直営でまかなう「蔵人廚ねのひ」があって、美味しく日本酒がいただけるお店は小生のお気に入り。

常滑 セントレアを望む 8:45
沖合には中部国際空港セントレアがみえている。インバウンドの増大で年々利用者が増えて、特にお盆のこの時期は駐車場を予約することも大変だったセントレアではあるが、今年はコロナ禍がもれなくセントレアも襲っている。
産業道路 9:10
新舞子あたりから、海岸線の様子は工業地帯とかわり、大きな製鉄所や火力発電所が連なる。これをつないでいるのが、地元では「産業道路」、正確には西知多産業道路で、R155 R247の高規格なバイパス路。原付バイクが足だった頃、自動車専用道路と気づかずに白バイに指導食らったのがなつかしい。

湾岸トリトン 9:25
知多半島の西海岸を走りきって、お次は東海ICから湾岸弥富ICまで伊勢湾岸道路を西進して名古屋港を横断する。3つの大きな橋をつないで、名古屋港を乗り越える「名港トリトン」は太平洋ベルト地帯の重要な動脈になっている。大型船舶の通行も考慮し、相当に高い橋桁は、バイクで走ると落ちそうで怖い。背の低い欄干はぶつかれば間違いなく、ライダーだけを橋の外に放り出すだろう。

県道105号
3つめの橋を渡った先、湾岸弥富ICから下道におりる。そのまま行ってしまうと長島スーパーランドのある三重県に入ってしまう。三重の長島、愛知の弥富は歴史の上でも興味のある場所。織田信長が徹底的に成敗した「長島一向一揆」は宗教上の争いのみならず、木曽三川が分かつ、関東と関西の境であることも関わっている。この地域は木曽川の東だから、愛知県と思われがちだが、じつは三重県の飛び地「木曽岬町」が愛知県側に食い込んでいる。南北に走る県道105号は狭くて走りにくいが、自然堤防上を走るこの道が実質の県境だ。

弥富 国道1号線 尾張大橋 9:50
弥富までくると木曽川に合流、ここからはひたすら木曽川の左岸を上流に上がってゆくことになる。R1が木曽川を越える橋が尾張大橋、以前勤務していた某農協系大病院は、この近くにあって、病棟からの景色は、木曽三川、橋と奥に控える養老・鈴鹿山脈が箱庭のように美しかった。

後半行程

木曽川左岸
これまで揖斐川や長良川の堤防道路を利用することはしばしばであったが、木曽川を上ることが無かったので、とても新鮮。ところどころクルマは通行できないようになって、自転車族には走りやすい道だろう。日射は強いけど、走っている限り川を渡ってくる風は涼しげで気持ちよい。

木曽三川公園センター 千本松原
木曽川・長良川・揖斐川をまとめて木曽三川といい、展望タワーが目立つ木曽三川公園センターの部分で最も近づいて流れている。「木曽三川公園」といえば、地元民はこの展望タワー周辺をさしているが、実は上流、下流にわたっていくつかの公園や河岸を含んでいて、日本で一番大きな国営公園だったとは初めて知った。

馬飼頭首工(まがいとうしゅこう) 10:45
木曽川河口から26kmに流れを遮る馬飼頭首工があり、ここから下流はスズキなどが入り込む汽水域。名古屋の上水道や工業用水、灌漑に用いる取水口が備わっている。名古屋の水道水は東京や大阪よりは「マシ」と言われるが、水量の多い木曽川から取り入れているのも理由であろう。

尾西歴史民族資料館
堤防沿いに集落がふえてきて、きょろきょろしていたら、資料館の案内看板に惹かれて立ち寄ってみる。実は、お昼近くになりヘルメットの中がサウナ状態、どこかで休憩がしたかったのも本音だ。ツーリング先で極寒だったり、砂漠状態になったときは、この手の建物に避難することも旅の知恵。

江南従四位白象
尾西歴史民族資料館は、「越」という美濃街道の宿場町跡にあって、木曽川を川越する人たちで大層賑わった様子が残されている。その中でも面白かったのが、江南従四位白象という象のお話。江戸時代、8代将軍徳川吉宗は、物珍しさから象のつがいをベトナムから飼育員付きで買い受け、長崎までもってきた。さて、将軍に見せるために、約2ヶ月かけて江戸まで象さんは歩いて行ったらしい。その象が木曽三川を渡るのに苦労した様子がこの地に伝承として伝わっている。京都では帝にも展覧されたので、江南従四位白象なんて象さんに位まで授けたらしい。

名鉄本線 木曽川堤駅
ガンガンに冷えていた資料館を後に、再び木曽川の堤防を北に走る。真っ赤な電車で知られる名鉄電車の線路にさしかかる。これは名鉄本線で、岐阜に向かう線路だ。

金華山 岐阜城
踏切待ちの向こうには、岐阜城を配する金華山も遠望できた。ここまで来ると、岐阜城までは3,4km先で、ほとんど岐阜の経済圏だ。

ツインアーチ138 11:30
R22名岐バイパスをいつしか下にくぐり、東海北陸自動車道に近づいた。高速道路を走っていると、このタワーは目立つので知ってる人も多いだろう。小生はこれを見ると、名古屋まで戻ってきたんだなんと感じるものだ。しかし、灯台もと暗し、地元人でありながら、一度も上がったためしがない。
すいとぴあ 江南展望タワー
地元江南市が勤労会館をはじめ、福利目的で作られた施設。宿泊施設、入浴施設なども完備、お風呂好きの我が家も以前に訪れたことがある。このあたりも先の木曽三川公園の一部だ。
国宝 犬山城 12:00
江南から県道183号は護岸沿いを走り、やがて犬山の街に入る。道は国宝犬山城の真下を素掘りのトンネルでくぐってゆく。犬山城はホンモノのお城で、小さいながらも雰囲気がよい。最上階からは眼下に木曽川の流れを見下ろし、殿様になった気分だ。
犬山遊園
名鉄 犬山橋
川沿いをさらに行けば、名鉄犬山線の線路をこえる。この犬山橋は複線の電車の橋にしては幅が広い、そう、以前はここをクルマと名鉄電車が共存して走っていたのだ。路面電車がクルマと走る姿は、なんてことないけど、パノラマカーなどの特急電車がのろのろと警笛ならしながらクルマと一緒に走る姿にはびっくりした。
在りし日の犬山橋(00Train Channel 00 激走ゲートウエイさんより)

桃太郎神社
ずっと木曽川の左岸を上ってきたが、この犬山遊園の先にある桃太郎神社があるあたりで道が途切れる。そのさきは県境、岐阜可児市となる。桃太郎神社はその名の通り、桃太郎のお話にまつわる神社。桃太郎伝説は日本各地に残っているが。これだけ明瞭に神社にまでなっているのはここだけだ。近隣の小学生の遠足先としてもよく使われる。
境内には何体ものコンクリート像がおかれているが、境内入り口に主役の桃太郎が、桃を割って万歳している。きっとおばあさんが包丁で切った後のシーンだろう。

隣接して有料の「怪しい」宝物館なる施設もあり、周辺にはこれまた「怪しい」コンクリート像がならんでる。犬?、猿、キジのジェスチャーも表情も恐ろしい。調べると、この像の作者は浅野祥雲といって、関ヶ原ウオーランドにも武士のコンクリート像を残したその世界では高名な作家であったらしい。もちろん、関ヶ原の像たちももれなく「怪しい」雰囲気満点だ。
桃太郎のお尻
生まれてきたばかりにしては、プリプリのいいケツをした桃太郎だ。小生が幼稚園の頃にも来た覚えがあるので、50年以上が過ぎていよう。それにしては、塗装も鮮やかでちゃんと管理されているのが分かる。周囲の門前茶店など、奇跡的にも残って営業してるふうではあるが、昭和レトロもここに極まりってな風情が美しい。
入鹿池 12:45
犬山からは尾張パークウエイを使って、小牧、春日井方面へ。入鹿池は以前小牧市に住んでいたこともあり、バイクでふらっと走りに行く場所だった。休日の夕方にはバイク好きがここでコーヒー飲んだりたばこを燻らせていた。
見晴茶屋
池の畔にある茶店、ここも小生は馴染みが深い。冬の時期、入鹿池はワカサギ釣りで釣り人が大勢やってくる。防寒着にぐるぐる巻きになって、ここでボートを借りて凍えながら竿をだしたもの。亡き父と亡き祖父と一緒に過ごした懐かしい思い出、それにしても寒かったなあ。50年前とまったく変わらず、お店がやっているのが嬉しい。
定光寺 千歳楼(廃墟)13:15
入鹿池からは一旦、春日井に抜け、県道53号で高蔵寺方面へ。JR中央線を乗り越えたら左折、その先は高蔵寺。高蔵寺には廃墟で有名な旅館「千歳廊」を今も見ることが出来る。廃業して20年近くにもなろうか、春日井市としては撤去したいであろうが、所有者が債権回収会社になってしまい管財人も行方知らず、手を出すことが出来ないそうだ。
道の駅 瀬戸しなの 14:00
定光寺からは瀬戸に抜けて 県道33号で戸越峠を越えようと考えていたが、定光寺を出たあたりで2stオイル警告灯が点いてしまった。オイル残量を気にしながら走るのは辛いので。今日は日がまだ高いけど、この辺で帰りましょう。近くの道の駅、瀬戸しなのに寄って、自宅までの最後の水分補充。この日だけでもお茶を中心に1L以上もがぶ飲みしながら走ってきた。
1日目行程
師崎を7時15分に出発、下道で知多半島西側を走り、トリトンで名古屋港を渡り、木曽川河口からどんどんと遡上、最後は瀬戸の道の駅に14時で終点。走行距離はざっくり200km。実際に走ってみると、まだ全体の1/3ほどしか走れていない。意外と愛知県も大きいのだ。次は瀬戸を出発地点として愛知の山奥をクネクネ走り、なんとか渥美半島の付け根くらいにはいきたいものだ。

帰宅して2stオイルの補充を行う。約350kmを走行して2stオイルを1L消費したことになる。オイルポンプの修理をしてオイル量も規定の設定にしたのだが、まだまだオイルの消費が多い。だけど、走行中の白煙がとりわけ多い事にもなっていないのが不思議だ。まあ、オイルが薄くて焼き付いてしまよりはマシだろう。しかしヤマハのオートルーブはヤマハのバイク屋さんじゃないと置いていないことも多い。だから、日帰りでも300kmを越えるようなツーリングには、ヤマハオートルーブを携帯していく必要がありそうだ。
次に続く
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