RZ250改 1981

東山動物園 正門
めっきり寒くなって季節がどんどん移り変わる。これまではお山で紅葉を求めていたが、名古屋市内も落葉の時季になってきた。このところ、ガレージで休眠が多いRZさんを近所のお散歩に連れだして、紅葉を愛でてきた。

近所の名古屋東山公園は、昭和初期から市民の憩いの場所として親しまれている。何よりも動物園と植物園の存在が大きい。動物園正面ゲートから一方通行の美しい並木道が南に続く。

動物園を二分するように続く並木道は、黄色、赤色さまざまに彩られて秋真っ盛り。


道は緩やかに左にカーブして、植物園正門に通じる。この場所、小生は忘れられないところ。約40年前に、このRZで「まさにここ」で転倒して、辛い怪我をした思い出が蘇る。今も事故った当時のままに、ガードレールと並木が残る。手前のガードレールのへこみは小生がつけたものだろうか、いやいやさすがにこれは違うだろう。

動物園 上池
その先は、右手のフェンス越しに、スワンボートが浮かぶ池が見えてくる。閉園間近の夕刻でこぎ出すボートもまばらだ。「動物園のボートに恋人同士で乗ると別れる。」という都市伝説は名古屋人にはよく知られている。幼いカップルがそのままゴールインするなんて希だろうから、この都市伝説は「あたりまえといえば、あたりまえ」。

植物園正門
さらに奥に進めば、左手に植物園の正門ゲートに到着。コアラの飼育で名を知られた動物園だけじゃなくって、植物園もなかなかの実力。戦前に完成した「鉄骨造り総ガラス張りの大温室」は、東洋一の規模といわれた。入り口周囲の紅葉が鮮やか。

東山スカイタワー
名古屋市内東部の東山丘陵地の高台に立って西を望めば、名古屋市はもちろん、ひろく濃尾平野を見渡せる。その丘陵の頂に立つ東山スカイタワーは当然のように、天望が素晴らしく、伊吹山、鈴鹿山脈、御岳などを一望できる。最上階のレストランは、夜景が楽しめる場所としてカップルにはお勧め。望遠鏡に100円入れれば、2kmほど先の自宅もつぶさに見て取れる。


東山公園モノレール
動植物園の上池ゲート近くには、目立つ乗り物が鎮座している。ウルトラマンの科学特捜隊「ジェットビートル」を連想させる味わいある形と色、かなりカッコいい(ホントの話として、カラーリングは人気絶賛だったジェットビートルをパクったらしい)。1964年から、正門とここまでのわずか500mを営業していた懸垂型モノレールで、このタイプとしては国内初であったらしい。運営は名古屋市交通局で、れっきとした公共交通機関であった。当初は未来の乗り物としてもてはやされたが、運営距離の短さや駅の立地で利用者が減少し、わずか10年で廃止された。それから50年近くが過ぎようとしているが、モノレールを大事に保管しているのは、さすが「堅実でもったいない精神」の溢れた名古屋人らしい。

スカイビュートレイン
ジェットビートル型モノレールに代わって、動植物園の園内をぐるりと周遊する小型モノレールが現役でがんばっている。1987年の営業開始というから、これも30年以上走り続けている。延長は1.5kmほどあって、5両編成が20分ごとに回る。一般公道の上をまたぐ場所もあって、RZと一緒に写真に収めた。

東山ドライブコース
カビて古びた園内の案内図。そこには、30年前の様子がちゃんと残っている。植物園の奥から星ヶ丘まで、ぐるりと植物園を取り巻くように道路が延びているのがわかる。現在はゲートで閉鎖されているが、このルートが「東山ドライブコース」と言って、地元の走り屋が集まる「名古屋のマルホランド」だったのだ。

植物園東駐車場

夕刻からの散策だったので、閉鎖されたコース手前で日没タイムアウト、仕切り直しで翌日の早朝に東山公園を再訪した。東山ドライブコースは植物園門を通り過ぎた先で左に折れて、植物園東駐車場の入り口と重なる。GTでやってきたが、駐車場の入場は8:45からで入れなかった。


この先は徒歩にて探索。どんどん歩いて行くと、一方通行だの、徐行だの、当時の道路標識も残っている。その頃も道路の右側は広く駐車場、ドライブコースは反時計回りの対向車の来ない一方通行ってのも、走り屋に好まれた理由。


通行止めゲート
駐車場入口から300mほどでゲートが道を塞いでいるが、この先が閉鎖されてしまった東山ドライブコース。さて、うん十年ぶりに進入してみる。

緩やかに登りながら左にカーブする。このあたりから、走り屋たちが心高ぶらせてアクセルを開けてゆくところ。



ほどなく左に折れる三叉路あり、その先は植物園の敷地内。当時はどうだったんだろう、こんなゲートは無くって、夜景の望める高台だったような気もするが。。

もとに戻れば、センターラインを引くには狭すぎる幅員のドライブコースが左右にねじりながら続く。東山一万歩コースと重複する部分もあり、早朝からエクササイズの人たちが繰り出している。当時は道路の左右はずっとガードレールで囲まれていて、かなり圧迫感があったが、今はそれも撤去されている。

自販機コーナー
コース中盤、ぐいっとキツい左コーナーがあるが、ここは自販機が置かれ、わずかに駐車できるスペースがあったところ。当然、ギャラリーも多い訳で、ここをステージと張りきって走り過ぎて次の右コーナーで冷や汗をかくライダー多し(自分のことか?)。


右手に星ヶ丘門を見ながら見通しの良い直線?まるで鈴鹿のバックストレートみたい(笑)。


最後の下りS字コーナーを過ぎれば、菊里高校の真上に出てきて東山ドライブコースは終了となる。

星ヶ丘側閉鎖ゲート
駐車場ゲートから1km弱で、星ヶ丘側のゲートに出てきた。当時は東山スカイタワーなど無かったから、この先は、ぐっと右に鋭角に回って、星ヶ丘の街へ下っていった。菊里高校や星ヶ丘の自動車学校などはその頃からあったので、変わっちゃいない。

東山ドライブコース
東山ドライブコースは、先ほど通ってきた動物園正面ゲートからの一方通行区間と合わせると、大きく反時計回りで周遊できることになる。市内の賑やかなところにこんな楽しい道があったなんて、今じゃあ考えられない。折しもバイクブームの中で、ドリフトドライバーや峠ライダーたちの「名古屋のマルホランド」だった。しかし、バイクの死亡事故があったりと、いつまでも公道サーキットが容認される訳はない。小生が大学を卒業する前年の1987年に現況のようにドライブコースは閉鎖されてしまった。
検索したら、東山ドライブコースを快走するカタナの動画が出てきた。当時はこんな感じ、皆レースライダーみたいなノリだったなあ。革つなぎの上にトレーナーやTシャツを着るのも粋だった。

前述したRZの転倒事故。小生が大学教養部2年生の夏休み、自主研究で「鵜」の骨格標本を制作していた最中のできごとだった。ちょいと息抜きのつもりでふらりと走りに行った東山ドライブコース。ぼんやりした昼下がり、ノンビリ走っていたら、後ろからKPスターレットに追いつかれた。嫌だなあなんて、バックミラーに注視したのが運の尽き。前を見たら既に左コーナーに入ってしまい曲がりきれなくなる。ブレーキ掛けたかどうか、そのままガードレールに接触し、バイク共々跳ね返されて路上に転がった。
助けてくれたのは、そのスターレットじゃなくって、さらに後から来た「雪印乳業」の営業車。救急車呼んで、小生の両親にまで連絡を入れてくれた(以来、雪印乳業の営業車を見かけるとと心の中でお礼をつぶやいた)。外傷は「下顎挫創と右尺骨骨折」で自分の大学病院で髄内釘を入れる手術、その後に起きた合併症の骨膜炎で都合3ヶ月入院する羽目となった。骨格標本を作っている自分が、自身の骨を折ってちゃ世話ないね。

骨膜炎のために一時期、右前腕の切断まで危惧されたが、無事に感染コントロールができて治癒した。しかし、学業をサボった代償で翌年は留年の苦渋を味わった。そんなこんなでも、いまもバイクに乗っているのは、小生、よほど懲りていないらしい。
しかし、見方を変えると、留年したおかげで、1年下の仲間や今のかみさんと知り合うきっかけが生まれたともいえる。あの日、あの場所で、RZのバックミラーを見つめていなければ、今とは大きく異なった人生があったのかもしれない。右前腕の骨膜炎、あのまま治まらなければ肩から先を「アンプタ」されて、今のような消化器外科医にはならなかっただろう。そう思えば、人生、いつどこで、どうなるのか、「おてんとうさま」だけが知ってるってわけだ、いわゆるケセラセラだね。
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