ポルシェ910 カレラ10
お家遊びのアイテム、プラモ製作はエンドレスで次から次へと。今回はパッケージが劣化と湿気でグダグダに痛んだカレラ10に手をつけた。2000年製作のデカールが入っていたので、その頃の再販モノだろうか。初版は1968年で、1/12ビックシリーズのHONDA F1、ロータス49に続いて発表された超オールドモデル。


F1シリーズに比べて、エンジン周りを中心に圧倒的にパーツ数が少ない。しかし、でかいクローズドボディはかなり見栄えのする出来上がりが期待できる。

見せ所の大柄なボディ。こまかな造形というより、このキットは塗装とデカールが製作のポイントだろうな。ボディは下半分、上は前後に分かれる大きな3つのパーツから出来ている。リアカウルは取り外しが出来る工夫が必要。また、おっきな部品をきちっと合わせるには、塗装前の仮組み合わせをしっかりやって微調整が必要。

案の定、フロントタイヤハウスとボディが干渉して、前半部分のボディがシャーシーと合わないので浮いてしまう。干渉するタイヤハウスを粗めのヤスリでゴシゴシ、ゴシゴシ。これだけでもずいぶんと手間がかかり、周囲はプラの粉だらけになって始末に悪い。

カーモデルの顔ともいえるフロントノーズには、成形による痩せがあって、修正しないとみっともない。


パテをもって、一晩乾燥。翌日に600番くらいから始めて、1500番くらいまでの耐水サンドペーパーで凹んだところを修正。

前後ボディの合わせ目も削り、合わせ、削り、合わせとかなりの時間をかけて調整。ウインドウパーツなどのボディパーツをすべてを仮組みして、最終すりあわせを完了。まあ、こだわりすぎるときりが無いので、まあ、いっか って割り切る。

プラサフでざっくりと全体をスプレー塗装。次いで、ピュアホワイトのスプレー缶を使って、気合い一発、メインのボディカラー塗装。そして、数日おいてから、車体内部のグレー塗装に移る。設計図では、車体内部はフラットブラックに塗るようになっているけど、実車では、グレーに塗られている写真ばかりなので、そちらを採用。


さて、しっかり乾いたら、コンパウンドでボディを磨いてつやを深める。と、ここで大きな失敗。「コンパウンド」のつもりで誤って「パテ」をすり込んでしまった。あっという間に塗装が溶けて無残な表面に。慌てて磨きだしてみたけど、修正できず。。。結局リアボディだけもう一度塗り直しになった。それにしても、パッケージの雰囲気がよく似ているので、取り違えミス。。。これは、タミヤさん、改善の余地ありだよ。


ヘッドライト内部のつや消しブラックを塗装するのに、マスキングテープで周囲をしっかり養生してから、エアブラシで塗り分ける。ベースがラッカーの塗装がされているので、上塗りするのもラッカーベースにしないと剥がれたりひび割れたりするので注意。


最後に第5回日本グランプリ 生沢徹 仕様のド派手な赤いストライブを入れる。ここで、再びの大ピンチ。マスキングしたところの塗装面にテープのノリ跡がべったりと付いてしまった。これは半乾きの状態で起きるトラブルだけど、今回はしっかり乾かして臨んでいる。これだけ、注意しても、塗り上がったボディなのに、表面に細かな凸凹が広範囲に出来てしまった。
とにかく、跡を消すには、コンパウンドで磨くしか方法無し。粗め→細目→仕上げの三段でコンパウンドを使い分け、どうにか我慢できるレベルまで跡が消えた、マスキングテープ跡については、多くのモデラーが悩まされているに違いない。跡が絶対に残らない究極のマスキングテープがあったら、絶対買うのに。

シャーシー、エンジン周り、足回りの部品はできるだけ組み上げて、それぞれに塗装を済ます。つや消し、グロス、シルバーなどシンプルな色合いでおしまい。

細い鋼管フレームの現車をシンプルに再現したシャーシーまわり。今のレースカーと比較すると、その細さが際立っている。当時のボディ鋼性もゆるいものだったろう。

ポルシェ910 カレラ10の水平対向6気筒、2000ccエンジン。220馬力を発揮して、車重量575kgのボディを260km以上まで引っ張り上げる。古いキットのため、エンジンの再現性もかなりシンプル。プラグコードと燃料ホースが表現されるが、細かな細工はなしの潔さ。

キャビンとエンジンルームは薄い板で区切られているだけ。さぞかし、エンジン音と熱が伝わって、長時間のレースは、まさにドライバーにとっても耐久だったろう。今回は、塗装に力尽きて、ブレーキラインや電装系のパイピングなどの追加の作り込みはなし。文句あるかの、素組みの仕様だ。ところで、この頃のレースカーにはシートベルトがあったんだろうか?? 1966年のホンダF1はシートベルトが装備されていなかったし、Web上でカレラ10のシートベルト画像にも出会わず、記事などにも登場しない。




キットにはドライバーが付属していないが、生沢カレラを再現するには、生沢風ドライバーが欲しい。HONDA F1に付属していたドライバーを流用して、プチ改造に着手。ヘルメットがジェットタイプなのはOKとして、クローズドボディにゴーグルはないので、これをリューターでガリガリ削る。ハンドルがぐっと手前に来るので、両腕を肘の所で切断、短縮。


ボディの塗装の〆に、グレーのエナメル塗料(墨入れタイプ)をドア周りのチリに流し込む。墨入れをおこなうことで、リアル感がぐっと増す。塗料のはみ出しは必須だけど、エナメル溶液で拭き取れば、キレイに消えてチリ部分だけ残る。下地がラッカーやアクリルなので、エナメルの溶剤は悪さしない。

足回りが最後の工作。細いプラスチックを組み上げる足回りは細心の注意が必要。無理すればポキリと折れる。2本で済むところを3本用意されたパーツがあって、こりゃ、折れることを想定したタミヤの親切だろうね。
完成まであともうすこし、デカール貼りにうつる。2000年製造のデカールだったけど、黄ばみも劣化もなく長めの水浸で使用に耐えた。しかし、裏面に付着するのりが少ないので、デカールのりを塗布した。厚めのデカールの仕上がりはなかなかキレイでかっこいい。


2008 ツインリンクもてぎ カレラ10 と生沢徹
1968年のグランプリの走行写真、そして2008年に「ヒストリック・オートモービル・フェスティバル・イン・ジャパン」でデモランした生沢徹の写真を資料として、模型に反映させた。1968年のグランプリでは、フェンダーミラーが装着されているので、ホンダF1から流用し追加。スポンサーデカールの位置も設計図と異なっているので、考慮した。生沢徹の「丹頂つる」のような赤いヘルメットも黄と赤のストライブの入ったつなぎもそれっぽく再現してみた。
1968年第5回日本グランプリで、生沢徹はタキレーシングからこのポルシェ910を駆って出場。2000ccのカレラ10は、日産R381やトヨタ7などの倍以上あるモンスターマシンと互角以上に戦い、総合2位で表彰台に上がった。ワークスでないと勝てない現在と違い、一昔まではプライベートチームでも戦えたよき時代があったんだ。

ど素人なので、自分だけ良ければいいの自己満足作品。フロント、リアのボディつなぎ目に大きな段差。これを修正するには、かなりの労力を要するように思われ、タミヤの公式出来上がり写真でも、小生のモノと同じ隙間が出来てしまっている。1/12ビックシリーズの3作目で、50年前に設計されたことを思えば、パイオニアの苦労があったはず。


当時のレギュレーションがどうなってたかは知らないが、耐久レースとはいえ、トランクからタイヤを取り出して交換することはあるまい。前後重量配分から、敢えて重いモノを積んだのではないかと推測。


昔の高級車?!には、フロントガラスの上縁が日よけのためのカラーリングされていたね。小生もカーショップなどで、ペタペタ社外品のシールを貼った事を思い出す。塗装が適当なので、ドライバー(生沢徹)の顔がテカテカでこんな人間いたらビックリするだろな。

リアボディはプラ同士のはめ込みの作りだったけど、マイクロマグネットを前後左右の4ヶ所に追加加工して組み付けた。これで、パチンと磁石でボディが合わさって快感。でかいスケールのキットだからできる加工。直径2mmのマイクロマグネットも揃えてみたので、この先、使えるところで試してみたい。

タミヤの1/12ビックシリーズは、50年前に発表されたことを思えば、すばらしい出来だ。リアル化を目指しすぎて、作りにくかったり(子供には無理)、壊れやすい設計だったりした部分もあるが、出来上がった作品は充実感たっぷり。幼い頃の夢をこの年になってやっと叶えている思いだ