こぶし
3月も後半になると、一気に名古屋市内も春めいてきた。街路樹のこぶしもざくざくと花をつけ、潔いほど、ボタボタと落花する。ソメイヨシノの開花も、4月上旬と思っていた常識がどんどんと変わり、今では3月中に散り始めるのも不思議ではない。どうだろう、20,30年前と比べると2週間近く季節が早くなっているのではなかろうか。

名古屋 覚王山 松楓閣(しょうふうかく)
名古屋には、古くからの和風料亭が幾つか残っている。八事の「八勝閣」、伏見の「河文」、白壁の「かもめ」など、素晴らしい構えと歴史をそれぞれがつないでいる。そのような料亭の1つ、「松楓閣」が廃業すると聞き、思い入れのあるお店、お別れにと食事に出かけた。

【料亭松楓閣閉館のお知らせ】
日頃より料亭松楓閣をご愛顧賜り誠にありがとうございます。
さて、昭和9年の創業以来お客様の温かいご愛顧を頂いてまいりました
「料亭松楓閣」の営業を諸般の事情により2022年4月30日を持ちまして終了(閉館)することに致しましたのでここにお知らせいたします。
今日に至るまでの長い間、当料亭をご支援・ご指導いただきました
多大なるご厚情に心より感謝申し上げます。
尚、現在新たな場所での新店舗出店に向け準備を進めております。
皆様には是非とも新店舗にもお出かけいただきたく、
改めてご案内させていただく予定でおります。
料亭松楓閣株式会社 総支配人

松楓閣(しょうふうかく)
立地は、栄などの繁華街から3kmほどの千種覚王山の丘陵地、シャカのお骨を収める日泰寺はすぐ近く、閑静な地域だ。建物は、国の登録有形文化財に指定され、四つの破風を見せる豪勢な正面の構えに特徴がある。棟札から1934年に8年費やして建築され、棟梁は山田浅次郎と判明している。夕食で訪れた時の玄関は、明かりが灯る趣が美しい。

松楓閣 玄関
松楓閣HPより
料亭 松楓閣は名古屋の覚王山の地に誕生し100年以上続く名古屋市内でも指折りの日本料亭の一つに数えられています。
昔の建築工法は、最初に庭をつくり、次に建物をつくる手間のかかる作業工程でした。松楓閣も、例外ではなく、約10年の歳月をかけて完成したものといわれています。その後、第2次世界大戦、伊勢湾台風等々といろいろと試練を受けましたが、日本建築の素晴らしさでしょうか、今日まで立派にその偉容を誇っています。
建物内部には、平安朝の美、格天井等々、昔をしのぶ良さが残っています。敷地は約1,500坪で、大・小20余りの部屋から構成され、数寄屋造りの建物と庭園の調和はすばらしいものと、自負しています。 
三和土(たたき)
キレイに拭き上げられたガラスの引き戸、三和土ではお靴番のスタッフが、昔ながらにおもてなしをしてくれる。こんな扱いをしてくれるお店は、この先どんどんと無くなってくるだろうね。

ロビー
お部屋に通される前に、ここでお抹茶と干菓子をいただくのが毎度であったが、コロナ禍のせいでこのおもてなしは無し。。。。すぐにお部屋に通される。
松楓閣HPより
覚王山通りを北に向かうと、閑静な高級住宅街の中に京情緒漂う数奇屋門が見えてくる。千五百坪の敷地には、百二十畳の大広間をはじめ、大小二十余のお座敷、そして窓の外に広がる美しい日本庭園の数々。樹齢百年の桜、瑞々しい若葉、露にひかる鞍馬石…。四季が彩る静寂の中に、人々が求めてやまない充足のひとときがあります。
松楓閣にお越しのお客様には、まず、お抹茶を点て、眺めのいいロビーでお寛ぎいただいております。 

「初音」
玄関から最も近いお部屋、「初音」に通される。庭をのぞくと、面白い四角のつくばいと水の流れ。楽ちんなテーブル席を組んで頂いた。


この日は、長女夫婦とご両親との会食会。松楓閣が閉館になるとTVニュースで知ったその日に、テキパキと予約を取ったので、この企画が実現したが、あっという間に予約で埋まってしまい、小生たちはラッキーであったよう。
長女夫婦には思入れのある料亭、2年半前に結納を交わしたのもこの松楓閣だったのだ、そりゃ、大事な場所の姿を見届けないとね。お料理は「昼食・お任せ寿司懐石」、お造り、焼き物、椀モノ、などなどに、最後にお寿司。お味もサーブされるタイミングも、そしてお代もとても満足できるお食事だった。まあ、予定通り、運転手の長女以外は、みんな沢山ビールを頂いたね(^^)。

松楓閣 見取り図
食事後、女中さんに館内を見学したいと申し出た所、こころよく引き受けてくださった。1500坪の敷地には大小20以上のお部屋があり、庭園の桜は樹齢100年と言われる。さてさて、建物面積170坪のお屋敷の探検開始。

まずはロビーから中庭に続くまっすぐで長い廊下。両側は板張り、真ん中が畳張り、これは建物の奥行きを強調する工夫があると思う。奥へ進んでいき、何があるんだろうって、高揚感をもたらしている。
中庭廊下
「初音」・「牡丹」・「松風」と3つのお部屋を過ぎると、左にパーンとお庭が広がる。この先に続く松楓閣一押しの客間の手前で、自慢のお庭を見せるというのも、設計者の意向だろう。きっと、ここを通る客は「おおっ」てなり、この先のお部屋と食事におもいをはせるだろう。


L字の形の庭をつなぐように、流水の池が配置、正面の石灯籠のアクセントにサツキや古木が植えられている。この当たりが、お庭の中心地。松楓閣の桜は樹齢100年近いモノばかりだそうな。

夕食に訪れた時のライトアップされたお庭。部屋から見えるつくばいや灯籠、庭石のビロードのような鮮やかな苔が照明に映えてさらに美しい。

「加茂川」
お庭の中心を愛でるように、3つの特別な座敷が用意されている。まずは、手前に「加茂川」のお部屋。現代の大きなサッシ窓がお庭を贅沢に見せてくれる。
結納
2年半前にここで結納をかわした大切な場所。この時、はじめてお相手様のご両親にお会いした。決まりの口上を伝えつつ、緊張したことを思い出す。とてもお優しいご両親で、嫁いでゆく大事な娘も安心してお任せできた。揃って、もう一度お部屋を見ることができてよかったですね。

「嵐山」
おとなりは、書院作りの床の間の明かり取りが洒脱なお部屋。円窓床からは、緑のつくばいが丁度目の前に配置されている。それにしても立派な苔、女中さんもこの景色が消えてしまうことを嘆いていた。

「松濤」
最後に、庭園を見渡せる広い窓や堀こたつをしつらえた、松楓閣随一の座敷の「松濤」。入り口から部屋に通じる板渡しの通路がおもしろい。亡き父のあつまりで、ここを使わせてもらった。親族が集まって、賑やかだった。
松楓閣 離れ
お座敷の先は、本館と隣接する離れになる。やはり長い廊下の先には、座お座敷天ぷらやカウンター寿司、ステーキハウスが続く。

敷地北側には、裏口があるが、一般客は通常使っていないそうだ。離れの2階は、小宴会場やバーカウンター「レッドホース」が営業していたが、もう既に閉鎖しているとのこと。


「お座敷天ぷら」
ちょい前に、家族で天ぷらを食べに来た時の写真。5,6人までくらいの天ぷらカウンターで、目の前から熱々の天ぷらを頂いた。料理人の方から、食材のうんちくをお聞きしながら、家族の会話を楽しめる食事は美味い。
女将さんは、まいど座敷まで足を運んで挨拶をされる。昨年の秋まではなんとかコロナ禍にも耐えてきたが、さすがに年末の忘年会などのキャンセルでピンチになったと言われる。余力のあるうちに、お店をたたむと寂しそうにお話を伺った。お値段もそれほど高くなく、落ち着いた雰囲気で天ぷらを頂けるお店が、1つ減ってしまった。

天ぷらカウンターの裏手は中庭になっていて、厨房と出入りできるように。ここを、料理人の人たちは、左へ右へ、食材を抱えて飛び回っていた。



「すし処 楓」
離れの1階、突き当たりはお寿司カウンター。こちらは掘りごたつ様になって、ゆったりと食事がいただける。お昼の寿司コースの設定が、特にお値打ちに感じる。ちょいと、おしゃれしてお寿司が食べたいときには、使い勝手がよかった。

「ステーキハウス みなみ」 (HPより)
離れの一区画は、鉄板カウンターでステーキを頂くことができた。料亭でステーキハウスとは意外だけど、これもランチで来ると、お値打ち感たっぷりで、使わせてもらった。

「特別室」(HPより)
離れの2階には、他の区域とは離れて、食事のできる特別室がふたつ。これは、お忍び?、よほど煩わされずに食事のしたいお客向けだろう。裏口を使えば、賑やかな玄関を使わずに部屋に上がれる。小生には、ご縁がなかった(^^)。

本館2階への階段
離れの奥から、てくてく玄関まで戻り、今度は2階の探検。小生はここを上がったためしがないので、さて、どんな風になっているんだろう?

「鳳凰」 大広間
階段の先を進むと、「鳳凰」、驚きの広間が現れた。松楓閣の最も華やいだ空間、2階建て木造建築で、柱を使わずに広々とした空間を演出するとは、相当に強固な梁が施されているのだろう。



大広間は、本舞台(東側)をもつ60畳間と床の間を持つ30畳間からなる。本舞台の奥にある鏡板には老松が描かれ、60畳と30畳を仕切る欄間には透彫を入れた板を並べる。天井は折上格天井で、格間の鏡板には、木蓮(もくれん)、鉄線(てっせん)、稲穂(いなほ)、南天(なんてん)の草花が描かれる。天井に描かれた植物画は、京都の職人による手描き。
文化財に指定されるのも納得のお屋敷。閉館まであと1ヶ月、それまでに幸運な二組の披露宴がここで執り行われると聞いた。そういえば、ナゴヤキャッスルホテルの改築時は、小生たちも、思い出の部屋の最後の客だった。
玄関にて
結納を交わしたのが2年前、結婚式を延期したのが1年半前、遅れて式を挙げたのが半年前。すっかり、お相手様のご両親とも打ち解けてお話ができるようになった。当の二人も自分たちのペースで楽しく暮らしているよう。定期的に我が家の冷蔵庫をチェックして、気に入ったモノを持ち帰るという「鍵を持ったドロボウ」を、嫁いだ娘が演じているようだけど、それはそれ、微笑ましい。
日泰寺門前通
お酒もしっかり頂いて、ほろ酔い気分で松楓閣を後にする。辻を曲がれば、覚王山日泰寺の賑やかな参道、昔ながらのお店から今風の洒落たお店までぶらぶら散歩するには居心地がいい。それにしても、松楓閣が無くなるのは勿体ない。名古屋市か、大企業などが、継続経営してくれたら良かったのに。程なく取り壊されて、マンションに置き換わるよう。しかし、松楓閣の名を残した飲食店は、いずれ近隣で再開すると聞いている。
中日ビル、丸栄、ナゴヤキャッスルホテル、明治屋などなど、名古屋の目印になるような建物が、次から次へと消えてゆく。古いものが新しいモノに生まれ変わると思えばよいが、高齢者の粋に近づいてきた小生と照らし合わせると、なおさら寂しくなる。
あ〜〜、いかん、いかん、前に進みましょう。

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