
XS1100S 1983
もういっちょ前はこちら

三遠南信自動車道 上村IC 10:00
信州上田を出発して、R152をずーっと南下してきた。災害による地蔵峠通行止めのため、伊那の松川に迂回し喬木トンネルで再びR152に戻る。もともと、R152は地蔵峠と青崩峠が点線通行不能区間であるが、それぞれ蛇洞林道(じゃぼら)、兵越林道(ひょうごえ)で通り抜けることが出来る。R152を先に進む前に、地蔵峠の通行不能区間を探検してみる。
R152 地蔵峠 不通区間
センターラインこそ引かれていないが、幅員も広い国道レベルの道が峠にむかって続く。左手に紅葉のきれいなキャンプ場あり、この時期でも利用者がいないので閉鎖中かな。
R152 飯田側終点 10:05
分岐からおよそ2.5kmの渡河するあたりで、河川工事となってここでおしまい。地図上では程なく道がなくなるはず。三遠南信自動車道は矢筈トンネルでぐいっと西に進んで飯田に抜けるルートだから、ここから北には新線の計画はない。今後も当面、蛇洞林道による迂回路を利用するしかない。
蛇洞林道
R152はそのまま南下して上村の集落つながるが、寄り道でしらびそ峠に行こう。しらびそ峠は、さらに上がった林道の先。グングンと高度を上げる。
蛇洞林道通行止め 10:20
ほどなく北に向かう分岐(地蔵峠方面)にであう。2020年7月からの災害通行止めは今も継続中。これが為に、小生も伊那側に約50km迂回した。大鹿と遠山郷の交流が途絶え、経済的な影響も出ているだろう。場合によっては、通勤出来なくなった住民もいるかも。きっと相当なデカい災害であったろうが、工事関係の皆さんがんばってください。
蛇洞林道からしらびそに向かう林道に進み、高度を増す。登るにつれて、カエデやモミジの紅色が鮮明になる気がする。通行不能の地蔵峠方面を望む。

このあたりのR152で標高1000mほど、これなら影響ないけど、蛇洞林道の標高1500mほどになると、キャブレターのイレブンは、低回転域がスカスカでスピードダウン。標高2000m近くにもなるしらびそ峠付近では、アイドリングも効かなくなってすぐにエンスト。2stのRZの場合はもっと顕著で、ノロノロ走るのがやっとだ。
しらびそ峠 10:35
さてさて、しらびそ峠に到着。何度も訪ねてきたが、都度、感銘を受ける大観望。標高1880mのしらびそ峠、乗り物で標高2000m近くに届く場所は、そんなにあるまい。富士山5合目で2300m、八ヶ岳の麦草峠が2100m、野麦峠は1600mだ。
しらびそ高原 天の川
しらびそ峠の先、山頂にはしらびそ高原が広がり、ロッジ風の宿泊施設がある。南アルプスの景観もすごいが、夜空の星や天の川がうつくしく、「星降る聖地」とも言われるようだ。標高があるので、雲海の上で満点の星を見たら感動だろうね。観てみたい。
しらびそ高原 10:40
大沢岳など3000m近い山々が連なる南アルプスの雄大な景色を、間近に独り占めできる大好きなしらびそ高原。壮大な景色を背景に大好きなバイクをフレームに収める。ベストショットを残そうといろいろと撮影するが、真っ黒けのイレブンはのっぺりとした写真写りになってしまうから、難しいね。
御池山隕石クレーター 11:00
しらびその景観に満足し、先に進む。ここからしばらくは狭い舗装路をクネクネ進む。すると隕石クレーターあとの案合図。2〜3万年前に直径45mの隕石が落ちたときにできた、直径900mのクレーターだそうな。林道からも、谷越しにクレーターの一部とされる尾根が見えている。
クレーター展望台 11:10
案内には、この上の展望台からはっきりとクレーターが分かります、とあるので、んっじゃとハイキング路を上がってみる。こりゃだまされたと思うほど、随分と登ってきたがまだ終点は見えず。どこで引き返そうと思いつつ、とうとう展望台まで来てしまった。さぞかしよく見えるだろうと覗いてみたが。。。笹が生い茂って展望を隠してしまって、林道からの景観よりも「×」。
下栗の里 11:40
しらびそ高原から、もう林道が嫌になるくらい走って、やっと下栗の里に出てきた。小生が山岳集落に興味を持つきっかけになった、美しい集落だ。お山の南斜面、頂上付近から中腹まで階段のように家が連なり、あやとりのように道が残る。雄大なお山を背景に高地に広がる集落は「日本のチロル」とも言われる。
前が岩展望台 11:50
下栗の里は遠望でとらえるとその雰囲気がよく分かる。遊歩道で向かう展望台も知られているが、意外と遠くて大変なことを知っている小生は、バイクで行ける展望台へ向かう。下栗の里から1kmほど谷を上がった先に、こそっと見れる展望台あり。午後の陽射しは逆光になりつつあって、分かりづらい写真だが、下栗の里が希有な場所にあることが分かるだろう。
飯田市南信濃木沢 12:10
下栗の里から下界のR152に降りてきた。道路沿いに手作り看板で「木造校舎」とあり、訪ねてみる。
旧木沢小学校
校庭までそのまま入れてしまう廃校となった小学校。昭和7年に建てられて、平成12年に廃校となるまで、大事にされた学校は、その後もそのままの姿で保存、展示されている。
玄関
正面の玄関を入れば、靴箱とスリッパ。上がって見れば、小学校時代にタイムスリップした世界が待っていた。控え目に協力金のお願いあり、もちろんチャリンと入れてきた。
職員室
そうそう、たいてい職員室は入り口の近くにあったよね。中は当時の机やソファー、額に入った証書や机の上の備品たち、これから午後の授業が始まっても可笑しくないくらい、「そのまま」が残されている。登山や林業、村の暮らしなど、教室が資料室となり、とても中身の濃い展示。見始めたら数時間は経ってしまいそう。この地は遠山森林鉄道の基地があった集落で、林業が盛んだった昭和の初期から30年代にかけては、たくさんの子供たちが通っていた。
ネコ校長「たかね」
外に出て写真を撮っていたら、猫がすーっとやってきて、小生の足下に。小生には珍しく、しゃがんで頭を撫でてやると、ぐるっと体を擦り付けながら小生を一周。偵察は終わったのか、声を掛けても振り向かずにさっさと引き上げていった。あとで知ったが、有名な猫さんだそうで、キジトラの15才!! 近くで飼われていたが、主を失い、皆でこの校舎で飼っているらしい。毎度訪れる客に挨拶するようで、小生にも気をつかっていただいた。

遠山郷土館 和田城 12:20
高遠についで大きな集落、南信濃和田まで降りてきた。和田は天竜、奥三河に通じる街道の要所、中世は遠山氏が治めたが、江戸時代にはその林業資源より幕府の天領となる。郷土館は訪ねたことがなかったので、楽しみに来てみたが、生憎休館。
南信濃和田 肉のスズキヤ 12:30
和田の商店街で美味しそうなジビエを扱うお店を見つけ、Uターンしてお店を物色。鹿肉、猪肉、桜肉など、オリジナルの味タレに漬かった状態の冷凍品で売られている。世話になってるバイク屋と自宅用に宅配便で送ってもらった。ツキノワグマの熊肉も少々手に入れたので、みんなで味わおう。
和田を再び南下すれば、いよいよ最後の峠、兵越峠に続く登りとなる。日曜日のツーリングで困るのがガソリンスタンドの少なさ、とりわけ、この和田のさき、次に給油できるのは60kmむこうの静岡秋葉ダムの近く。それを知っていないと、休日にR152に入り込んではいけない。

青崩峠飯田側
南に行くにつれ、段々と両側から山が迫ってきてやがて谷になる。R152の2つ目の通行不能箇所の青崩峠だ。現状は兵越林道で迂回して南に抜けてゆくが、R152の「青崩峠トンネル」が建設中。崩れやすい土壌のため、難工事が予想されたが、90%ほど掘り進んだと聞く。トンネルはもっと先で、写真では谷間をR152が新設工事中。
兵越林道
迂回路となる林道からは、以前より「青崩峠」と案内のある分岐がある。この先が地図上で点線になっているところ。すぐにゲートで閉ざされているが、昔はずいぶん先まで行けたはず。
林道は青崩峠を見下ろす高さまで折れ曲がりながら高度を上げる。樹木の為に、なかなか展望が利かないが、わずかに峠方面を望める場所があった。青崩峠は、ちょうどこの先の谷間にあるだろう。
兵越峠(ひょうごえ) 12:50
車道のない青崩峠の代わりに、山越えをする峠が「兵越峠」。武田の軍勢がこの峠を越えて三河や駿河に進出したことをその由来とする。年に一度、水窪と遠山郷の人々が、綱引きをして国境を決める「国盗り合戦」が行われる。その結果が峠に記され、現在は1mほど水窪寄りに国境が置かれているとのこと。2年前からコロナ禍で中止となっているが、来年あたりは再開されるといい。

兵越峠の北側はクネクネつづら折れだけど、水窪までの南側は美しい紅葉の中をゆったりと下る気分良い区間。分杭峠の南区間と劣らぬほど、小生は好きな道。

草木トンネル
よく考えずに作ってしまって、利用されなかった「草木トンネル」を通過する。三遠南信自動車道として作られた高規格なトンネルは、いまや降格され、非常電話なども外されてしまった。照明までも切られてしまったのか、暗闇のトンネル内はライトの暗いバイクには恐ろしいほど。

青崩峠トンネル 13:00
草木トンネルをすぐ先に、現在建設中の青崩峠トンネルがその口を開けている。生活道路としての草木トンネルは意義があるが、180億円の建設費が有効利用されなかったことは事実だろう。青崩峠は三遠南信自動車道の計画でもっとも困難が予想された区間なので、これが開通への励みになればいい。でも、完成してしまえば、自然災害で維持するのが大変な兵越林道など、廃道の方向に行くんだろうね。今の美しい峠を味わえなくなってしまう。

青崩峠へ
さらに下ってくると、点線国道の飯田側、青崩峠に向かう分岐あり。今日は時間切れで素通りするが、1年目前にイレブンで訪ねている。


青崩峠(R3.10)
分岐から3kmほどで道は無くなって、秋葉街道の古道が峠に続いている。丁度、今と同じ頃、紅葉真っ盛りの青崩峠を歩いて味味わった。ゴロゴロ落ちている石もホントに「青い」石で、なるほど青崩峠だと納得した。信州と遠州をつなぐ秋葉街道は、塩の道ともいされ、古代から多くの人たちがこの峠を越えていった。今は靜かで寂しい峠だった。

水窪 13:15
兵越峠を過ぎれば、静岡県に替わり、このあたりでもっとも大きな集落の水窪にでてくる。日曜日に空いているガソリンスタンドがないし、昼食でたちよる食堂もほぼ皆無。山から下りてくると、ホッとする集落だけど、ライダーには優しくない。

水窪の先は、R152は天竜川に沿って南下する。お次の集落である天竜二股まで、約40kmほど。このような単調路が続き、眠気に襲われやすから、小生はこの区間、嫌いだな。

秋葉ダム 13:45
思えば、毎回、眠気覚ましに立ち寄る秋葉ダム。トンネル内に交差点があって、気をつけないと通り過ぎるだろう。クルマと同様に、居眠り運転は気をつけないとね。
R152 静岡県

船明の二本杉 14:00
さて、眠気区間もどーにか乗り越えて、だんだんと市街地に入ってきた。も少しで天竜二股というあたり、路傍に巨木が二本立っている。幹回り8mほど、樹高30mほどの姿、端正な杉の木。移転した神社の入り口にあったとされ、水難魔除けの神木として大切にされてきた。樹齢は不明ってのも、おもしろい。なんで調べないんだろう。

天竜二俣 14:10
山の中をグイグイ走ってきて、ついに天竜二股の三叉路にやってきました。地図上はこれを左折して飛龍大橋をわたるのだけど、R152の旧道は右折。旧道が好きな小生は、そっちにハンドルを切る

筏問屋田代家 14:15
大正の初めの頃まで、山奥の木の切り出しはすべては筏で町まで下ろしていた。天竜川も膨大な材木を下ろしていたが、大きく関わってきたのが、この田代家だった。資料館として、築160年の古民家が国の有形文化財として残されている。これも惜しくも休館日だった。祝日の翌日を休館としたり、週末のみ開館とか、意外と多い。


鳥羽山洞門
田代家の前の道を進むと、めちゃ美味しいトンネルに出会える。100年以上昔の明治に作られたトンネルで、R152はこれを旧道とする。扁額は見つかるが、読めない。内部もれんが組みのしっかりしたもので、今も現役だ。暗いところ、狭いところ、嫌いなんだけど、トンネルはワクワクするねえ(^^)。


鹿島橋 14:30
天竜川にかかるガッチリしてゴツい鉄橋、味わいあるねえ。昭和12年に造船所が作った現存する最大「上曲弦 カンチレバートラス橋」だそうで、もうすぐ築90年。

早期警戒機
着陸したり、離陸したり、E-767(早期警戒機)が訓練中。航空自衛隊の基地がある浜松は、T4などの訓練機や早期警戒機のE-767が配備されている。飛行機好きなら、航空自衛隊浜松広報館エアパークはぜひ訪れて欲しい場所だ。

浜松駅 15:15
R152は北から浜松の中心地に入ってくる主要道路で、片側三車線の都市型道路となる。いつ来てもこのあたりはクルマが多くて渋滞ばかりの印象。信号待ちでどんどん時間が過ぎてゆく。R152はあと少しで浜松駅という「連尺」交差点で左に折れて東進する。ちょいと外れて、浜松駅の様子をパチリ。ふり返って思うのは、なんで「連尺」で終点にせず、R1と出会う「北島」交差点までR152の線を引いたんだろう。よくわからん。


浜松 北島交差点 R152 終点 15:30
「連尺」交差点から6km東進すると、R1と交差する。そう、ここがR152の終点「北島」交差点だ。最終のR152おむすび標識も見落とし、逆光過ぎて撮影アングルを決めかねていたら、あっというまに信号待ちの車列に飲み込まれる。これはこれ、締まらないエンディング写真だけど、「北島」交差点の混雑が伝わっておもしろい。
天竜川 掛塚橋 15:55
日没に間に合いそうなので、天竜川の河口まで向かう。渡った掛塚橋はもとは有料だったはず。その頃は遠州大橋と言われていた。川の左岸にわたって、堤防を走る。


ナビの表示もGOALなんて、気分を盛り上げてくれる。右からの夕日がながーい影を引いている。堤防の先が天竜川河口、あともうちょっと。

ゴールイン 天竜川河口 16:00
R152の貫抜もこだわりであったが、天竜川のはじまりから終わりまでを体験するのも目当てだった。大門峠や杖突峠から落ちてきた水は、諏訪湖に至り、やがてはこの河口で太平洋に流れ出る。無事に完走、マラソンのゴールインのテープはないけど、北の方角に向かって、感謝の一礼。

R152縦走
走っている時間だけで単純に計算すると、上田から大門峠(分水嶺)までが7時間、そこから浜松までが8時間の走行時間だった。始点から終点の距離が307kmあったので、8時間で割ると、平均速度20.4km/h となる。ごはん食べたり、休憩したり、見学したりすると、これくらいなんだね。地蔵峠を迂回しているのが、心残りだけどどうしようもない。まだ、復旧まで1,2年はかかりそうな雰囲気なので、またそれ以降で、今度は南から北上して上田の温泉を終点にする、なんてのもいいなあ。


さわやか浜松白羽店 16:20
さて、夕刻となり、何か食べて帰ろうか(実はこの日、昼食は食いっぱぐれだった)。空腹感の強かった小生は、さわやかのげんこつハンバーグが思い浮かんだ。そう、浜松の〆にはふさわしい地元グルメだだ。最寄りのさわやかを調べてささっと、順番待ちなしで席につけた。つなぎの少ない肉のかたまりのようなハンバーグは意見が分かれよう。熱いうちに火を通さないと、赤身ののこるハンバーグをくちにすることになる(お店は大丈夫と太鼓判押しているが)。空腹には何でも美味しいのだが、後半「あれ?」って首をかしげる。ボリュームが多い分、なんか単調な味わいになってしまった。。。。でもね、また時間が経てば、食べてみようか、なんてなるんだよね。
名古屋IC 18:30
幸いにも高速は流れていたので、眠気に襲われることなく無事帰宅。その前に、コイン洗車で念入りに洗ってやる。サイドケースは、1,2泊程度の収納力があることが分かったが、厚みのあるモノが一切入らないのが辛いね。しかも、防水も怪しいので、防水のインナーバッグを用意する必要あり。今回はそれっぽいシールバッグを準備したが、まずまずの使いよう。ロングで荷物が多ければ、サイドカーのGLばあさん。1,2 泊ならイレブンさん。日帰りならMT-01 なんてそれぞれの持ち味がありそう。
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