
XS1100S 1983
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分杭峠 シャトルバス乗り場
R152縦走の旅、信州上田を出発して、大門峠、杖突峠と走破して、今日最後の峠の分杭峠に差し掛かった。だれが言い出したのか、「地場ゼロ」の峠として知られるようになり、山奥の静かな峠に多くの人が訪れるようになった。峠に駐車場などあるわけもなし、そのため峠のふもとからシャトルバスが準備され、湧き水を「ゼロ磁場の秘水」として売り出すまでになった。


分杭峠 15:10
峠の登りは数回、つづら折りのあと、尾根にそって、5km先の頂上に至る。中央構造線上の峠として、峠らしい峠。ちょっと前も災害で通行止めであったので、それを待ってのツーリング。


分杭峠
昇ってきた北側の中央構造線の谷、峠から見下ろすとその地形がよく分かる。地場ゼロを目指してきた人たちは、この奥にある林道を10分ほどすすんだスポットに行くらしい。日の当たらない深い谷は、写真にすると暗くなってしまう、撮影モードのAUTOの限界かな。

分杭峠の先は、明るい谷間を緩やかに下りながら、15km先の大鹿村までつないでいる。このあたりの風情もR152のハイライト区間だろう。

儀内路
ここから分岐してクネクネ上がっていた先に、黒川牧場が広がる。そしてさらにその上に、「天空の池」というインスタ映えスポットがある。時間があれば、行く甲斐のある場所だけど、いまは災害通行止めで到達できない。

大鹿村鹿塩 15:30
さて、宿泊予約を取っている大鹿村までやってきた。日没までの貴重な時間で、大鹿村の観光スポットを見て回ろう。

大鹿村 塩川流域
国道沿いの集落以上に、山を入って行った先に「山岳集落」が幾つも点在するのが、伊那地方の特徴だ。1つの観光スポットを見ようとすると、このようなクネクネ道と斜面に張り付いた集落を辿ることになる。

大鹿村の鹿塩温泉を通り過ぎ、東の谷にグングン入り、南側の斜面では、路を覆う紅葉のトンネルを抜けることになる。午後の陽射しが紅葉を透過して、バイクも小生もオレンジ色に染色されて、秋を受け止める。

大鹿村 入沢井
東斜面の入沢井の集落は、数軒しかない山岳集落。ジグザグに斜面に張り付いた村道からは、南アルプスの大パノラマが小生を待っていてくれた。手前の塩川が作り出す谷の先は、南アルプスの烏帽子岳(2726m)だろう。その頂の上に、お月さんがもう顔を出していた。雄大な景色に心奪われ、気づけば何枚もシャッターを下ろしていた。二度と出会えないかもしれないこの景色、しっかり残してみたいが、小生の写真では絶対収まりきれない。



逆さ銀杏 15:50
樹齢900年、幹周囲8.3mの 堂々たるイチョウの木に到達。根元に立つとなにやら幹に吸い込まれそうな「気」を感じる。幾たびかの落雷や近隣の火災で樹姿は迫力満点で力強い。古木の銀杏に見られる乳房のような房がいくつも見られ、授乳の願い事の神木となる。弘法大師が銀杏の杖をこの地で地面に刺したら抜けなくなってやがて大木になったとの言い伝え。弘法大師の言い伝えは日本中に広がっていて、ホントに驚かされる。どんだけ、弘法大師はスーパーマンだったんだろうか。
大鹿村中央構造線博物館
大鹿村の貴重な平地に博物館あり。中央構造線について詳細に展示、開設していてとても面白い。生憎、閉館時間となってしまって今日は見れなかったが、村への協力といった意味でも、500円の入場料は観る甲斐有りと思う。この建物自体が構造線の上に立っているってのも、面白い。


大西山崩壊地
1961年の大雨で村の西にある大西山が山頂ちかくから大崩落をおこし、ふもとの家屋40戸が流され、40名の命が奪われた。中央構造線の西側は崩れやすい鹿塩マイロナイト、東側は剥離しやすい結晶片岩でいずれも危険な地層の上に人が住んでいる。


小渋橋
村のもっとも賑やかな辺り、小渋川にかかる1957年に竣工したコンクリート製の橋は、優雅な形をして今も現役で活躍中。橋の上から上流を眺めると、谷の先に夕日を浴びた南アルプスが伺える。その構造や景観より、国の登録有形文化財に指定されている。

大鹿村騒動記
映画のオープニング、この橋のたもとのバス停からストーリーが始まる。それが、この大鹿村騒動記という映画。個性派俳優の原田芳雄が大鹿村を訪れて感銘を受けたことが映画の発端になる。三国蓮太郎、松たか子、岸部一徳など蒼々たるメンバーが演じた映画は、タイトル通り大鹿村をロケ地に、大鹿村一色で作られた作品。大鹿村が大好きで毎年ふるさと納税もさせて頂く小生も、DVDで鑑賞した。主演の原田はこの時既に大腸癌に冒されており、映画公開3日後に他界し遺作となった。

ディア・イーター
小渋橋のたもとには、何やら怪しい看板。映画の為に食堂のセットとして作られたが、その後実際の食堂として営業するに至った。しかし、何度も来ている小生であるが、営業中という札を見るものの、実際に人が出入りするのを見たことがないし、ましてや扉をくぐったことがない。宿泊した宿の女将さんは、「多分やってますよ」なんて、アバウトな返事だった。

市場神社
塩川と鹿塩川の合流する場所に、山の狼を使いとする白沢権現を祀る神社が祀られている。きっと、このあたりに市場があったんでしょう。

市場神社舞台
江戸時代、有力な歌舞伎一座が地方興行を行い、娯楽の少ない山奥では拍手喝采で迎えられた。やがて、村人自身で歌舞伎を演じようとする動きとなり、とりわけ大鹿村は独自の演目を演じるほどに成長した。最盛期はかような山村に13もの歌舞伎小屋があったとされる。しかし、近代になり、地方歌舞伎がどんどん衰退し消滅する中で、大鹿の歌舞伎は脈々と受け継がれ今日に至っている。

大鹿歌舞伎(HPより)
村内に今も7つの歌舞伎舞台が残っているとはスゴイ。年2回の定期公演では、村人はもちろん、県内外からも多くの観客が押しかけている。この市場神社の舞台は200年前に創建され、回り舞台も備える大規模なもので、2階は役者控え室となっている。手弁当、日本酒を携えて、露天での歌舞伎鑑賞は、村人たちの大の楽しみだ。

道の駅 歌舞伎の里 大鹿
初代の道の駅は、市場神社の近くにあったが、今はR152沿いに移転している。以前よりも大規模になり、売店の品揃えを見る限り、村人の大事なスーパーマーケットの役割もしている。こちらで、夜のおつまみを少々仕入れて、さて、お宿に向かいましょう。



大鹿村 赤嶺荘(せきれいそう) 16:45
お温泉目当てで、鹿塩温泉に宿泊した事はあるが、バイクツーリングで大鹿村に宿泊するのは初めて。町の中心でR152沿いにあるお宿は、旅の趣旨に合致していてナイス。改修された小ぎれいな建物とお部屋はグッド。夕食は食堂で、女将さんとしばし歓談。大鹿村が好きで何度も訪れていること、映画の話、休業している温泉の事、リニア工事のお話など、興味尽きることなく話が弾んだ。献立はお手製の家族料理が並び、これも嬉しい限り。ビール、日本酒とガンガン呑んで、楽しい?ぼっち夕食を味わった。

アメニティも過不足なく整っていたが、唯一困ったのがビールの自販機や部屋の冷蔵庫がないって事。飲んべえの小生は、寝付きのビールは欠くことが出来ないので、さてどうしましょう?? 近くにコンビニはもちろん、自販機もみあたらない。なので女将さんにお願いして、前もって中びん二本をゲット。冷蔵庫の代わりに冷え込んできた窓の外に安置することにした。

食堂で見かけた村史、やることないのにまかせて、部屋でビール飲みながらの斜め読みをしてみた。さすがに読破するには時間が足りなかったが、大鹿村での秋の夜長を、貴重な資料と過ごすことが出来た。

ということで、最終日。朝食は7時とのこと、早いのは願ったりで、出立の支度に入る。

赤嶺荘 7:50
自家用車を外に出して、イレブンさんを屋根下に置かせて頂いたので、夜露に濡れることなく出発できた。お世話になりました。お宿の垣根、真っ赤な樹木、これもドウダンツツジであることが後で分かった。帰ってきてから、お宿に電話して聞いたのだ(^_^;。寒冷地のドウダンツツジが如何に素晴らしい発色をするのか、今回の旅ではよ〜く分かった。宿を出て、昨日、回りきれなかった観光スポットを拾ってみる。


香坂高宗(こうさかたかむね)の墓
小渋橋からすこし山手に上がった高台にこの地を治めていた武将のお墓がある。時は南北朝の室町時代、帝の息子(宗良親王)を30年にわたりこの地で庇護した忠義の南朝武士であった。南北朝の争いでは、押し寄せた上杉の軍勢から、この地を守り抜いた。そしてなんと、600年後の大正天皇即位の際には、宗良親王への忠節に対して、特旨をもって従四位が贈られた。よくも大昔のご奉公をおぼえていたものだ(°0°)。


福徳寺 8:10
香坂のお墓の直下、居城があったあたりに古びたお堂が残っている。でっかい銀杏の木がお堂を守るように立っている。本尊の薬師如来は、平安時代末期のもので、建物も鎌倉時代とされ、長野県内で二番目に古い木造建築として、国の重要文化財に指定されている。それにしては、重要文化財と思えないほど、あっけらかんと管理されている。悪さするひとがいない山村ならではのこと。


地蔵峠 通行止め
大好きな大鹿村を思いつき限りおさらいして心残りなし。R152はこの先の南にある地蔵峠を越えてゆくのだが、2020年7月の災害の崩落からずっと通行止めのまま。もう2年以上が経過するも、いまだ見通しは立っていないとのこと。このため、一旦、伊那に出て迂回するルートを選択する。

小渋ダム 8:40
大鹿村から、伊那山脈を横断する小渋川にそってr59で伊那に向かう。この県道はダンプカーがひっきりなしに走っていてあまり気分良くないルート。中途の小渋ダムを見下ろす展望台にバイクごと上がってみるが、その高さにびびる。


リニア工事現場
r59はリニア工事の真っ最中、リニア本坑トンネルは大鹿村の直下を横断し、その非常口トンネルが複数箇所設置される。小生が覗いた現場は、廃土の山とコンクリで擁護された縦穴があったよう。このような工事現場を観ると、リニア新幹線も身近に感じる。


渡場のイチョウ並木 9:00
小渋川から伊那の盆地に出てくるとその開放感が気持ちいい。正面に屏風の様に木曽山脈が横たわる。このあたりの立ち寄り場所を探していて、イチョウ並木があることを知りやってきた。地元の愛好家たちが植樹した30本のイチョウはすっかり観光ポイントになったよう。まだちょいと早いイチョウではあるが、見頃を迎えればなかなかの眺めになりそう。

三遠南信道 喬木IC
喬木村でガソリン補給をして準備完了、再び伊那山脈を乗り越えるため、喬木ICにやってきた。喬木ICは高架上なので、深いループを描いて上がる。
矢筈トンネル 9:50
正面の伊那山脈を矢筈トンネル(約4km)でくぐれば、再びR152に復帰する。このトンネルのおかげで、通年にわたり伊那地方との通行が可能となり、上村などの山奥の集落に安全と利便をもたらした。なんたって、上村の冬期は、救急車も高次病院に向かうことができなかったのが、トンネルを使えば救命できるチャンスが増えたわけだ。

本線上をふり返れば、既にトンネルがぱっくり口を開けている。ここが開通すれば、中央高速から直通でつながり、東名高速と中央道を結ぶ三遠南信道の完成にまた一歩近づくことになる。さてさて、R152縦走の旅、続けましょう。お次は終点、浜松です。

XS1100S 10 R152縦走 3/3 しらびそ峠 下栗の里 兵越峠 浜松 に続く
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