
東福寺 洗玉潤

上賀茂神社
京都雲龍図巡りも、残るは東福寺の雲龍図に会えれば、願いが成就。特別拝観の期限内に、かつ、紅葉も楽しめるうちにということで、今季何度目かの京都入り。上賀茂神社も特別公開があることを知り、セットで拝観にやってきた。



神馬堂 やきもち
まずは、最初に上賀茂神社。その門前にあるおまんじゅう屋さんが、風情あるので暖簾をくぐる。明治に起業し、昭和の初めからこの地で「やきもち」を提供している有名なお店のようで、ひとつ頂いて口にすれば、粒あんともっちりした皮のバランスが最高、旨かった。1個130円は、安いか高いかよくわからん。

一の鳥居を過ぎると、広い境内にでっかいしだれ桜を発見。手前が斎王桜、奥が御所桜で、春になれば、きらびやかな景観になる。再訪して1度は観ておきたいね。

二の鳥居
この先から実質の境内。下鴨神社は何度も訪ねたが、上賀茂は初めてなので、よく見てこよう。上賀茂神社は、京都に都が出来る以前よりこの地で栄えた「賀茂氏」を祀る神社で、京都で最んも古いお宮とされる。賀茂氏の娘「玉依日売(たまよりひめ)」が賀茂川で丹塗矢を拾い、床に祀ったら、不思議にもご懐妊し御子を授かった。時が経ち、元服の儀式で、賀茂氏の主「賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)」が父はだれかと訪ねると、「我が父は天津神なり」と告げ天に昇ってしまった。その後、立派な成人になった御子「賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ」は、近くの神山に降臨し、これを祀ったのが、上賀茂神社とされる。そして、父と娘を祀ったのが、下鴨神社で、有名な「葵まつり」はこの二社の例祭で、1500年の歴史をもつ。

細殿(ほそどの)
帝など高貴な人が参拝する際、この細殿に神輿をつけて、準備をするための建物。一対の立砂(白砂の山)が目を引く。主祭神の賀茂別雷大神が降臨したお山を再現しているとされ、その頂には、降臨する目安としての松葉がさしてある。住居などの玄関先や鬼門に、砂山を置くのはこの立山が由来だそうな。銀閣寺の向月台も立砂の類いなんだろうか。

楼門
本殿の入り口に建つ朱塗りの登楼は、上賀茂神社の象徴的な建物。江戸時代初期の建築で重要文化財。

岩上(がんじょう)
賀茂別雷大神が降臨した神山の頂を境内に再現した巌の上で、葵祭の際に宮司と勅使が対面し、祭事が執り行われる神聖な場所。ちなみに神山(こうやま)は神社から北に2kmほどにある山で、「禁足地」となっている。

御物忌川(おものいがわ)
境内には澄んだ小川が二筋ながれ、楼門の前で合流し「ならの小川」となって境内の外に流れ出る。清流は、洗い清めると言う意味合いで、神社には大切な場所とされる。


中門
楼門をくぐれば、本殿の手前で参拝する場所が中門。通常の参拝はここまで、この日は特別公開で、この先に入ることを許される。小忌衣(おみごろも)を首にかけ、左手の「直会殿」にあがり、神社の謂れを聞く。お祓いを受けた後、いよいよ内庭に入って、面前の権殿、本殿に参拝した。21年ごとに修復を目的とした遷宮の儀式があり、すっかり建て替える伊勢神宮と違い、こちらは江戸時代の建物で国宝指定のため、壊されることはない。内庭の空間は、豪華さや荘厳さとは無縁の靜かで清楚とした雰囲気があった。内庭につづいて、隣接する資料館となっている高倉殿に通されて、所蔵品の展示をみる。今回は、徳川家とのつながりがテーマ、徳川の家紋である「葵」も上賀茂神社の「二葉あおい」から受け継いだものだと聞いた。

本殿をはじめ境内の建物は「檜皮葺き」の屋根が用いられている。屋根として30~40年の耐久があるが、莫大な費用がかかると説明があった。古であれば、天皇や武士などからの寄進が当てにされたのであろうが、現代では、定期的に行われる「特別拝観」の拝観料などがこれらの当てられるのだろう。

渉渓園(しょうけいえん)
ならの小川から分流した流れは、平安時代の庭の姿を残す渉渓園を蛇行しながら流れている。この庭で当時の意匠を着て、毎年4月に歌人たちが川に杯を流しながら和歌を詠む「賀茂曲水宴(かもきょくすいのえん)」が拓かれる。酒杯を乗せた器を流し、手元に杯が流れてくるまでに歌を詠み、杯を飲み干す宴だそうな。いつか、ニュースで観たことがあるね。

願い岩(陰陽石)
渉渓園には、龍の澄む池があったと伝承され、その底から見いだされた岩、左右で岩の表情が違い、陰陽石と呼ばれる。両手で触れながら、願い事をする。

賀茂山口神社
願い石で願い事をしたら、おとなりの末社、賀茂山口神社を参拝すると思いが叶うらしい。小生も欲張らずに、お願い事をしてみた。

上賀茂神社は、下鴨神社よりも広い境内。渉渓園のモミジも今が盛り、日が透過して、赤や朱がいっそう輝く。お初の上賀茂神社であったが、見応えある境内、お社で、次回は桜の時期に来てみたい。

京都駅
地下鉄で京都駅に戻ってきた。上賀茂神社でノンビリしすぎて、お次の東福寺に急ぎましょう。でも、頼みのタクシー。。。待ちのお客さんの列にビックリ。幸い、どんどん空車タクシーが入って来て助かった。平日であっても、この混雑。いよいよコロナ禍であっても、ひとの動きは止まらなくなってきた。

東福寺 境内

東福寺 六波羅門
恥ずかしながら、東福寺も小生は初めての参拝。紅葉が有名とは知っていたが、普段は見られない法堂内の雲龍図も、特別拝観できるとあれば、龍と紅葉を1度に味わえるチャンス。予想通り、平日ではあるけど、多くの観光客と境内の出店が並ぶ。開山は時の摂政 九条道家で、九条家の菩提樹として、鎌倉時代に建立された。他の寺院に漏れず、東福寺も過去になんども大火にあったが、豊臣秀吉などが再建して以降、当時の建物が残っていた。しかし、惜しいかな、明治14年の大火でほとんどが焼失してしまった。

三門
南からの六波羅門から境内に入ると、最初に三門がお出迎え。明治の大火を逃れた三門は室町時代の建立で、京都でもっとも古い禅宗の三門で国宝だ。


本堂(仏殿 兼 法堂)
本堂、仏殿といわれるくらいだから、元は大きな大仏像(高さ15m)の釈迦如来座像が祀られてあったが、明治の火災で大仏の左手(2m)のみ残して焼け落ちてしまった。昭和9年に再建された建物は、昭和の時代でもっとも大きな木造建築物となった。天井の蒼龍図は、京都の日本画家、堂本印象が杉板に描いた大作。10名以上の大人数で「墨を擦る」写真や背丈ほどありそうなでっかい筆で描いている写真なども展示されていた。
蒼龍図(HPより)

蒼龍図(そうりゅうず)
特別公開のみ、中に入ることが出来る法堂にやってきた。特別拝観料を納めて中に入れば、ひんやりとした石の床。天井には、雲の中から龍が抜け出してきた構図で、玉を握った三本指、ピンと張った角、尖った口、嵐の中から舞い降りてきたような闇の力を感じる。協会の方から、一通りの説明を受ける。特別公開の際のスタッフは、主催する京都古文化保存協会の人たちで、お寺の人たちじゃないらしい。さて、これにて、小生の目論んだ「雲龍図巡りは、大団円」いずれ、総括して記してみたい。よくばんばりました、様々な龍に出会えました。
にほんブログ村
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-241658611"
hx-vals='{"url":"https:\/\/akane928.exblog.jp\/241658611\/","__csrf_value":"4b27892c73d703107d9533795be9dc6ec43dd541c3ea963bd7802653ced85658b14372b39b16142d3c43f334a13f7e01cd6537ae1e338b69c9288edaa0834b21"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">