ウルフWR1フォード 1/12 タミヤ 1978年販売


昨年から模型作りを再開し、今回はタミヤ1/12F1シリーズ、7台目に取りかかった。取り上げたのは、カラーリングがカッコいい「ウルフF1」。プラモは箱絵が大事で、その出来によっても購買意欲を掻き立てられる。タミヤ1/12シリーズのそれは、白い背景にマシンが一杯に描かれたもので、これだけでもコレクションする甲斐がある。中を見れば、タイヤのディスプレーパッケージが当時のタミヤのスタンダードだった。プラは3色で形成され、塗装しなくてもそれっぽくなったはず。
塗装
F1プラモでは、セミグロスブラックが登場するパーツが多い。足回りはほぼこの塗装で事足りる。セミグロスで仕上げる部品は、どんどんと切り離して整形して、塗装に回してゆく。スタンドがいっぱいになったところで、一気にスプレーで塗装して、食器乾燥機の中で乾くのを待つ。

組んだパーツで塗装の済んだモノはトレーにまとめておく。メタリックグレー、つや消しブラック、アルミシルバーなど、カラーごとにまとめて塗装して効率をかせぐ。


エグゾーストは、毎度のナンバー控えスティックを使って、部品番号が分かるようにしておく。こうしないと、クネクネ部品は、どれがなにだか、分からなくなって組み上がらない。接着はクリアボンドを用いて、後でも合わせが修正できるようにしている。

エンジンの組み上げは、コードの取り回しがめんどうだ。透明の燃料パイプ、黒いプラグコード、髪の毛の三つ編みをするように、組み立て図を参照してパイピングする。

フォードコスワースDFVエンジン
この頃のF1の大部分にこのエンジンが使われていて、1967年の登場から1985年の長きにわたってF1を支えていた重要なアイテムだった。タミヤ1/12シリーズでも、、何度もこのエンジンを組み上げることになる。排気量3L V8気筒、400〜500PSを発揮した。


何台も作ってくると、この複雑なエキゾーストパイプの組み立ても、スイスイと出来るようになる。手順と慣れが組み立て時間を短縮して、出来もキレイにさせてくれる。エンジンとミッションが合体して、排気管が取り付けられると、雰囲気出てくる。

フロントサスペンションのアームたち。形も似通って、左右があって、1度ランナーから外してしまうと、部品番号が分からなくなる。その対策がコノ「タグ」で、備品番号をしるしたタグがパーツについている。これならランナーから外して塗装していても、間違えずに済むだろう。すぐれたアイデアでユーザーに優しい配慮だけど、一時的な取り組みで、その後は見なかったような気がする。なんでだろう。


グランドエフェクトカーが出てくる直前のシンプルなシャシー周り。ほかのチームに比べて、ずいぶんとコンパクトでシンプルだ。このあたりの設計が、初参戦のレースで優勝してしまった理由のひとつだろう。当時のレギュレーションよりも軽かったらしい。

たくさんのパーツが入ったキットで部品が見つからないことはよくあるのだが、どう探してみても見つからなかったのが、シャフトを支えるハブの片方。これがないと足回りが出来ないので、さてどうしたモノか。

あまったパーツをストックしてあるのが、こんな時役立つってわけ。似たようなサイズの部品をガリガリ、ゴシゴシ。

ドリルで開孔して、お手本と似たようなサイズと形に仕上げてゆく。

ということで、無事に組み上げることが出来て解決。


リアのエンジン、ギアボックスのかたまりとボディを合体させる。実車でもシャーシー後半とエンジンブロックを固定して、強度を確保。リアアクスルは、エンジンとシャーシと長短のロッドで支持する。当時のF1で一般的な構造だ。

ボディたちもどんどんとくっつけて、その合わせ目をヤスリとパテをつかってキレイに整形する。特に目立つフロントノーズとエアインテークの合わせ目はしっかり消す。

プラサフ吹いて、仕上がりを確認。

このキットは1978年の初回販売品だから、45年!!前のもの。当然のように転写デカールはかなり劣化して、シミ、カビもあり。このマシンの特徴的なゴールドの塗り分けも、デカールで仕上げるようになっているが。。。曲面部分でデカールが馴染んでくれるような柔らかさが期待できないし、出来たとしても醜い仕上がりになることが予想される。

それじゃあ、ゴールドの塗り分けも塗装で再現することにした。基本のダークブルーはスプレー缶では見あたらい。何か良いものを探していたら、クルマ補修用のタッチペンで、メルセデスに採用されている「ミッドナイトブルー」がドンピシャ。多くのブルーではメタリックが入っているので、ソリッドのダークブルーは貴重だ。タッチペンから取り出した塗料を薄めて「エアブラシ」で一気に全体を塗装する。3日間放置してしっかり乾いてから、マーキングテープを全体に貼り付けて、塗り分けの準備。

側面の微妙なカーブも下書きの後に、フリーハンドで一気にカットする。採寸にこだわらず感性をたよりに、ためらわずにカットする。意外とこの方がウマくゆく。


テープを押さえつけて隙間をなくしてから、ゴールドをさくっと吹き付ける。007のゴールドフィンガーを思い出すのは、昭和の親父だ。

乾燥機の中で数時間、乾いた頃にささっとマスキングを剥がす。経験上、マスキングテープも下の塗装を傷みつける事があるので、なるべくなら早く剥がしたい。ここまできたら、あとはじっくりと乾燥させて塗装面を硬化するのを待つ。そしていよいよ、粗めからはじめて仕上げ用のコンパウンドで磨き上げる。艶が出てきてピカピカになってゆくのがめちゃ楽しい。

オリジナルのデカールをスキャナーで読み取って、ナンバー20を取り出す。フォトショップとパワーポイントを使って、「20」を切り取り、色つけして、サイズを2種類作成して、自家製デカールに印刷。この作業もなかなか手間がかかる。

元々の古びたデカールとお手製の「20」と合わせて、デカールを張ってゆく。古いデカールは局面に馴染まないので、ソフターをたっぷりつけて柔らかく加工。またのり成分も弱くなっているので、デカールのりを追加して補強する。貼る位置決めもかなり気を遣う。箱絵や実車の画像を見比べながら、再現に努める。

最後の大作業。左右、上下のパーツをクリアボンドでしっかり貼り合わせる。クランプなどで押さえつける事が多いが、こんな場面では、輪ゴムでがっちりと縛り付ける。あて紙などを巻いて、ゴムバンドがボディに傷をつけないように工夫。

ひと晩おいて、がっちりボディが合体した。磨きだしのクロスで丁寧に拭いて仕上げてボディ完成、これまでの手順が報われて楽しい場面。あとは、実車同様に、ホイールをナットで締め付けて作業終了。キットの開封から2週間で完成した。

ウルフWR1は、カナダの石油王、ウォルター・ウルフが立ち上げた「ウォルター・ウルフ レーシング」のマシン。フランク・ウイリアムズ(後のウイリアムのオーナー)のF1チームに対する資金援助から始まり、やがてチームのオーナーとなった。1977年のF1開幕戦、ジョディ・シェクターのドライブするWR1は、強豪の脱落に助けられたとはいえ、初戦で優勝という快挙を成し遂げた。軽量でコンパクトなシャーシーと安定のDFVエンジンの組み合わせは、その年に3勝をチームにもたらし、ドライバーランキング2位、チームコンストラクターズ4位の好成績を残した。今回作製したのは、その年の日本グランプリ仕様で、誇らしげな優勝マーク3つが描かれている。インテークの「タミヤ」マークも、当時のタミヤの勢いを感じるスポンサー活動だ。



雨の1977日本GPを優勝したのは、ロータス77。翌年のロータス78は革新的なグランドエフェクトカーに変身し、コンサバなWR1はWR9まで進化したが、競争力を失い、1979年でチーム活動を終了した。グランドエフェクトカーが出現するまでの、保守的デザインの中で、WR1はコンパクトで優雅なデザインだと思う。リアウイングの中央の支柱を廃して左右のウイング自体で支えるデザインはこのWR1が最初。シックなカラーリングとマッチして、数あるF1マシンの中でも好きなマシンだ。


F1撤退の翌年(1980年)に、ウォルター ウルフは、スズキと共にロードレースに参戦を開始。水谷選手の駆るRG500は、平選手のYZRとバトルを繰り広げた。その勢いで、市販車のRG250や500にウォルター・ウルフ バージョンを販売し、人気を博した。本業は実業家ではあるが、ウォルター・ウルフはクルマ、バイク好きが高じて、レース界でもその名を残した。

ウルフWR1フォード 1977 日本GP