西山温泉 慶雲荘
さて、お楽しみの温泉が待っているお宿に着いたよ。苦労しての予約なので、家族も喜んでくれた。本来は、ばあさんも同行のはずであったが、足趾の潰瘍手術で今だ入院中。ばあさんのために、二間のお部屋を用意したが残念だったね、ばあさん。やさしい看護婦さんたちが、小生たち以上に面倒を看てくれてるから、病院生活もまんざらでは無いようだ(^^)。
家宝の銅鑼(どら)
このお宿、西山温泉の美味しい泉質だけじゃなく、お宿の歴史(1600年)が恐ろしく、古い事でも知られている。藤原鎌足の長子である藤原真人は僧侶となり、この地を流浪していた。慶雲2年3月(705年)に噴出する温泉を発見した真人は、湯治として温泉を開拓したのが始まりとされる。その後は、病を癒やしに来た天皇や名だたる武将など、古より効能の高い湯として愛された。天正年間(1570年頃)に武田信玄二十四将のひとり、穴山梅雪が幾度か湯を求めに訪れ、当館の守護神湯王大権現に奉納した「銅鑼」が残る。家宝として代々慶雲館の当主(52代目)に受け継がれている。
世界で最も古い歴史を持つ宿 ギネス認定証
「宿のHPより」
西山温泉 慶雲館は慶雲年間(西暦705年)に開湯して以来、甲斐の山懐にすっぽり包まれた秘湯として、多くの都人、名将、文人に愛され続けてきました。大変ありがたいことに当時の源泉から今日まで一度も涸れることなく、こんこんと湧き続けております。2011年には「ギネスワールドレコーズ」で「世界で最も古い歴史を持つ宿」に認定されました。
通されたお部屋には、小生の名前がひらがなで記されている。そうそう、チェックイン時にも、名字と名前が逆に、しかもひらがなで確認されたのをおかしく思っていた。そうなんだ、海外サイトからの予約であったので、外人さんのように扱われたようだ。やってきた客が日本人だったので、玄関番のスタッフに不審がられたのも頷ける。
ばあさんを連れての旅行のはずであったので、ばあさんのエアベッド部屋を用意してあったのだ。元気になったら、またばあさんを連れてこなきゃね。
早川
川沿いのお部屋からは、眼下に早川の清流を楽しめる。この上流には、甲斐駒ヶ岳や北岳などの南アルプスの深山が控えている。夜間は大雨で、上流のダムからの放水もあって、翌日はこの清流も褐色の濁流となって、まったく様変わりしていた。
部屋に着くなり、いそいそと浴衣に着替え、浴場に突入。独り占めのお湯は、ややあつめで、丁度肩が隠れるほどの湯舟の深さもジャスト。泉質はナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉(低張性アルカリ性高温泉)で、日本列島を横断する 「フォッサマグナ」の地下で育まされた。PH9.2のアルカリなので、皮膚の角質が緩くなり「ヌルヌル感」の美人の湯、しかもほのかに硫化泉の香りがただよう、二重に美味な湯ざわり。日本統一のさなか、徳川家康公もはるばる、2度も湯治に来た歴史があるのも頷ける。(拾いもの画像)
浴槽は、内湯と露天、そして貸し切り風呂。泉温52度、毎分1600リットル以上(ドラム缶約8本)の潤沢なお湯を、浴槽はもちろん掛け流し、カランやシャワーも温泉を用いている。しかも加水・加温無しという手間のかかった泉温の調整をしている。これらは湯守として、調整、維持する苦労があるだろう。家族も一風呂浴びただけで、この湯がお気に入りとなる。アルカリ泉で硫化水素の香りというのは、稀なこと。どうだろ、十津川温泉の「湯泉地温泉」・「上湯温泉」を連想する泉質だね、すばらしい。(拾いもの画像)
元湯蓬莱館
西山温泉には、もう一軒温泉宿があり、そちらは「元湯蓬莱館」。慶雲荘の背後の支流沿いの山肌に沿うように建物が建っている。明治時代の旧館が残るお宿の雰囲気は、レトロを通り越して廃墟チックなオーラが出ている。自家泉は42度の自然噴出で、慶雲荘とは泉質がちょっと違うようだ。ぬるめの湯を長湯で楽しむスタイル。もちろん宿泊も出来るようだが、収容数は少なく立ち寄り湯の利用が多いのかな。
エントランスは人道のみの坂で、今風のバリアフリーなんて気にもとめない昭和感がよい。おじいさんがひとりで切り盛り?のようだが、ぜひがんばって存続して欲しい。
明治時代初期の頃の慶雲荘
慶雲荘のホームページには、前代の建物の写真が掲載されている。現在の慶雲荘の建物は。1997年に今の場所にリニューアルされるまでは、背後の山肌に建ってたそうな。過去の画像などを調べると、確かに今の県道の山手に家屋が残っている画像が出てくる。しかし、明治時代とされるこの写真、カラー写真が訝しいし、これほどの大きな敷地は探しえない。実際はどこにあったんだろうね。
すっかり湯を味わって、今後はお食事を楽しもう。働き出した次女は、ビールの美味しさに開眼。はじめはちっちゃなタンブラーだったのが、生中まで飲めるように成長した。お食事の内容は、いわゆるSo-So Not badな感想。お肉がダメなかみさんには、料理がすべて配慮されていてありがたかった。そう、欠席したばあさんの机が寂しいねえ。
Gallery Ogon
さて、翌朝。食事の前に朝風呂を楽しんで、館内をウロウロしてみる。売店のショーケースに気になるモノ発見。地元の早川町に彫刻家とガラス工芸家のご夫婦がギャラリーを開いていて、貴重な木材を利用したオリジナルボールペンが販売されている。ん〜、日頃のカルテ書きで使いたいなーなんて思い、自分用のお土産としてどれがいいか、品定め。貴重な「黒柿」をチョイス、木の模様が渋く、硬くて丈夫な木のようだ。
散歩を終えて、朝風呂を楽しんだら朝食。お酒のあてになりそうなお料理ばかり、朝からぐいっと飲んだらいいだろうねえ。ところで、2011年にギネス認定を受けているが、それまでの記録はどこが持っていたか、。。。やはり日本で、北陸は富山の粟津温泉 法師。1996年に1300年の歴史としてギネスに認定されている(慶雲荘は1600年)。奇しくも2年前のお正月に、我が家もお世話になっている。
天気予報では雨は上がってくるとのこと、しかしこの天候でどこへ行きましょう。晴れていたら、「富士急ハイランド」でアトラクションを楽しむなんてプランもあったが、雨じゃあねえ。出立前にミーティング、そして行ったことの無いリニア見学センターと甲斐善光寺へと行く先を決める。
リニア実験線 11:40
西山温泉から、再び南アルプス街道を下って、中部縦貫自動車道。これを北上し中央自動車道に乗り換えて大月まで、その先の都留市「山梨県立リニア見学センター」に約2時間で到着。
試験車両 MLX01-2
2003年に最高速度581kmを記録した試験車両がお持ち兼ね。名古屋のリニア・鉄道館にも「MLX01-1」が展示されているが、こっちは車内まで入ることが出来て雰囲気よし。それにしても、長い車両だ、これじゃあカーブのRもさぞかし大きいだろう。
浮かせる磁力と進ませる磁力がリニアの原理。かみさんにはちんぷんかんぷんではあるが、リケジョの次女には理解できるらしい。小生も電気は弱いので、かみさんレベルだね。
ミニリニア
浮いて走行することが体験できるミニリニアに乗ってみた。注意書きには、二人まで乗車可能、ただし100kgまで・・・これみて、二人は顔を見合わせてドタバタしてる。でも係のおねえさんが「あなたたちなら大丈夫でしょう」といって、二人一緒に乗せてくれる。手を振る小生からは、浮いて走行してるように見えたが、「走り始めは、全然浮いていなかったよ」なんて、次女の談(^_^;。
ほうとう処 いしはら 13:20
さて、お昼ご飯も早くしないと食べ損ねる時間となった。リアシートの小生がサクッと食べログで調べて、地元グルメの「ほうとう」で高評価の「いしはら」に誘導する。
ほうとうは山梨を代表する郷土料理。小麦粉を練った平打ち麺に、かぼちゃや芋類、きのこ、季節の野菜、肉などの具材を加えて、味噌仕立ての汁で煮込む素朴な料理。打ち粉がついたままゆでるので、汁にとろみがついてさらにおいしくなる。一見さんの小生たちには分からないが、ここのほうとうは、具も麺も少なめだそうだが、小生たちには十分な量。麺の食べ応えと、具の味わいと美味しゅうございました。単品でのもつ煮は、薄塩味でこれまたうま味あり。熱燗でもつ煮を楽しみつつ、ほうとうで〆るなんていいだろうねえ。
今日の後半は、小生はリアシートであっち、こっちとナビ代わり。空いてる路を考えるけど、甲府市街地はクルマが多くなかなか先に進まない。以前にも市内の渋滞で嫌気がさしたこともあり、甲府市内はできたら避けたいねえ(甲府の方々、申し訳ない)。
甲斐善光寺 14:40
長野の善光寺にはたびたび訪れているが、甲府の善光寺は家族みんな、お初。どうする家康では、めちゃカッコいい阿部「信玄」、川中島の戦いで、長野の善光寺の善光寺如来に被害が出ぬよう、お膝元の甲府に新たな善光寺を建立し引っ越しさせたのが始まりとされる。
山門
長野善光寺を彷彿とさせる立派な山門。1565年に甲斐善光寺の建立の後、火災などで現在の山門は1767年の建立。それでも、300年近くが経過した国指定の重要文化財。
金堂
こちらも火災に遭って、再建されている。長野の善光寺よりは小さいが、それでも堂々たる本堂、これもまた国指定の重要文化財で地元の宝だろう。靴を脱いで本殿内へ。ご本尊は、銅造阿弥陀如来及両脇侍立像。秘仏とされるが、7年に一度、開帳されるという。有料ではあるが、金堂内をぐるりと巡る。長野の善光寺と同じように、「お戒壇廻り」もあり、鍵を触れることによって、御本尊様と御縁を結ぶとされる。我が家は次女を先頭にかみさん、小生と奈落の暗闇を進むが、次女のキャーキャーがうるさいうるさい。やがて、手探りで鍵を見つけるのだが、なぜか次女よりかみさんが先に触れたようだ。どんだけ、かみさん、手を伸ばして歩いていたんだい??
信玄アイス
お土産は、「桔梗信玄餅」が多く目にとまる。柔らかいお餅に黒蜜ときなこを掛けて食べるよう。それを模して、門前のお店で「信玄アイス」なるモノに手を出してみる。きなこが好きな人には、全然ありの美味しさ。
武田神社 15:35 善光寺から北に少し、武田家の居城があった武田神社にやってきた。この地に信虎・信玄・勝頼の武田三代が60年余りにわたって居住し、甲斐国の中心であった。 大正4年、大正天皇のご即位に際し信玄公墓前に従三位追贈(じゅさんみついぞう)が奉告されたのを契機に、ご遺徳を慕う県民に武田神社ご創建の気運が沸き上がり、官民一体となった「武田神社奉建会」が設立され、浄財によって大正8年には社殿が竣工、4月12日のご命日には初の例祭が奉仕された。(HPより)。住居とは言え、一国の主の砦であったので、それなりの大きさの郭や堀が巡らされていた。名古屋、中村にある秀吉を祀る「豊国神社」も同じ頃に創建された神社だね。
信玄ミュージアム 神社の前には信玄を紹介するミュージアムがあって、ここでプチ歴史の勉強。三方原の戦いの勢いで、信玄が遠州、三河を手に入れ、病にも倒れなかったら歴史はどうなっていただろう。少なくとも、徳川の優位は崩れ関ヶ原の戦いや江戸時代の到来は無かったかもしれない。甲斐の雄、武田家もふり返ってみれば、わずか3代でお家断絶となるのは、戦国の非情というものだろう。
甲斐駒ヶ岳 武田神社を後にして、名古屋に向けて走り出す。ただし、まだ日があるので、立ち寄り湯を楽しんで帰りましょう。近辺の温泉を調べて、よさげな北杜市の尾白温泉に向かう。R20から外れて県道、市道に入れば、残雪の南アルプスのお山が近づいて、雄姿にクルマを駐めて撮影タイム。手前のレンゲソウの畑が美しいが、小生はアレルギーでレンゲソウが苦手、ハマるとくしゃみが止まらなくなる。
北杜市白州 尾白(おじら)の湯 17:15 日本一の濃度を誇る「ナトリウム-塩化物強塩温泉」とあれば、経験したみたい。GWの夕刻、それなりに混んでいたが、勇んで突入。源泉は赤褐色の濃厚な色をしていて有馬温泉を思い出させる。さらに地元の地下水で希釈した湯舟など、二種類の温泉浴槽が楽しめるはずであったが。。。肝心の源泉浴槽は「超満員」で入り込む隙間なし。みなさん、なかなか出ないので、結局入れずじまい。改めて今日がゴールデンウイークなんだって、実感させてくれた。
八ヶ岳 温泉から上がれば、ぐいっと牛乳を飲んでひと息。さあ、いよいよ名古屋へ帰りましょう。ここからの運転は次女となる。かみさんは後部座席、小生は助手席で次女の運転をサポートする。白州から小淵沢ICまではアップダウンの下道を正面の八ヶ岳を見ながら走る。西からの日没直前の夕日を浴びて、八ヶ岳が素敵にあぶり出されている。
次女は運転歴3年にはなるだろうか、かなり任せられるようになってきた。840iも広い路や高速であれば、その大きさに戸惑うことも無い。バイクを運転できる次女だから、パドルシフトの使い方を理解できれば、峠の下りなどでは、より積極的にドライブできるだろう。運転が楽しいと思ってくれるので、これはこれで、嬉しいこと。夕日を浴びた八ヶ岳は美しいけど、脇見運転は気をつけないとね。
次女の運転の際には、助手席に座ることが多い。横から口出しせず、なるべく好きなように運転させる。アドバイスは少なく、かつ的確に。ただし、様々なことを予知、予見しながら運転することの大事さは逐次教える。これは大事だよね。
さて、GWの家族旅行も無事終了、お次はお楽しみの北海道バイクだよ。荷造りをしなきゃ。
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