
XT250 セロー 25th anniversary 2010
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道の駅 夜叉ヶ池の里 さかうち 12:10
鳥越峠、夜叉ヶ池登山口と探検し、R303の道の駅まで戻ってきた。ちょうどお昼時、道の駅で蕎麦をさっさとお腹にしまい込む。いざ、後半の探検に出発。


r274 12:30
道の駅を出てすぐに右折してr274に。伊吹山の東側を南北に、関ヶ原までの約45kmの山道、隘路が続く面白いルートの始まりだ。


坂内
揖斐川町の西側境界は伊吹山地の尾根に一致する。北から、「八草峠」、「鳥越峠」、「新穂峠」、「品又峠」、「国見峠」と好き者にはたまらない、美味しい峠が並んでいる。

r274
伊吹山地にそって県道は南にのびる。 国道から分岐した先は、しばらく集落も見当たらない。


揖斐川町 諸家 品又林道 12:40
最初に出てくる集落は、諸家地区。これを右に上がり、「新穂峠」にむかってみる。集落の分岐路には、「品又林道」とあるけど、これは「新穂峠」に向かう道なんだけどなあ??これはあとで解決。

「新穂峠」への林道バリケード 12:45
小さな諸家の集落をでるあたり、早々にでっかい石とその先の丸太バリケードで終点。道は続いているのだけど、これをくぐって進む勇気なし。「新穂峠」への冒険はあっけなく終了。「品又林道」でググってみたら、お知り合いの「たまごろうさん」が2015年に同じく「新穂峠」に挑戦していた。それによれば、諸家から新穂峠、そして南に尾根を走って品又峠に至る林道が「林道新穂〜品又線」として存在していたようだ。諸家に品又林道の石碑があったのは、そんなわけだ。

揖斐川町坂内 品又峠へ 12:50
さて、気を取り直してr274に戻り、南に進む。お次は、「品又峠」に挑戦。

坂内ゲレンデ
ほどなく左手に廃墟が登場。このあたりでは、最大の揖斐高原スキー場があって、ここは坂内ゲレンデ。これに続いて、日坂、貝月というゲレンデがすそ野にむかって広がっていた。夏期はゴルフ場になり、小生も来た覚えがある。リフト最上部から、打ち出すドライバーショットは面白かったなあ。

r40
この先、地図では、県道40号として滋賀県まで続いている。さて、現地はどうなってるんだろう。

ふれあいの森 12:56
すぐに分岐が現れた。左のガッチリゲートには、「ふれあいの森」とある。コテージなどが付属するキャンプ場とあるが、今は使われなくなったよう。右の分岐がr40のつづきだけど、トラゲートと通行止めの表示。まだまだがんばりますよ、横を抜けて奥に向かう。

r40
だんだんと廃な雰囲気が漂ってくるけど、どこまでいけるんだろう。未知の峠に挑戦するとき、ワクワクして、楽しいなあ〜。

r40 土砂崩れ 13:00
周囲が明るくなって、何となく峠が近づいたと思ったら、ド〜ンとでっかい落石が道を塞いでいる。バイクを置いて、見に行くと。。


r40 法面崩れ
路肩が行けそうな気もするけど、谷側なので危ないねえ。その先もちょいと歩いて見たが、崩れた場所が続いているので、これ以上バイクは無理と判断。これにて品又峠は断念となる。

データログだと、あと500mほどで峠に到着できたよう。この峠は越えてみたかったので、残念だ。
これまた、たまごろうさんが2022年に品又峠をレポートしていて、この時は、峠まで行けたんだなあ〜。

久瀬温泉 13:17
品又峠を断念して、再び里に下りてくると、r40沿いにジモティな温泉あり。430円と名古屋銭湯組合よりもお値打ちに、掛け流しのアルカリ泉が味わえる。湯舟は露天ひとつ、カランは数個というこじんまりとした立ち寄り湯。オススメ度は★★☆って感じかな。

緑資源幹線林道 13:20
久瀬温泉からUターンして、再びお山の中を関ヶ原に向かう。この先の林道は、規格の高い道で、朝駆けで飛ばせば、いい感じにタイヤのショルダーが溶けてくれる。

イビーナス展望所
Googleマップに「イビーナス展望所」ってあるので、寄ってみると、プチ展望のよい場所だった。多分、美ヶ原のビーナスラインを捩ったシャレだと思うが。

要注意カーブ
いつ来ても、このカーブは砂が大量に浮いていて、ヒヤリとする。この日はまだ少ない方で、路面全体に広がる時もあり、逃げ場所を失う。下りは見通しがあるので、予知できるが、上りで左カーブをかっ飛んで突っ込んでしまったら、あっさりフロントタイヤをもっていかれるだろう。
さて、この高規格林道は、昭和の終わり頃、林業産業の再興と国民のレクリエーション目的で道路整備計画が全国に展開された。しかし、当然のように高額な予算を要し、さらに自然環境保全の問題と合わせ事業は難航、最後には、小泉政権の聖域なき構造改革で、あえなく完結せず立ち消えた。


揖斐川町 春日美束(かすがみつか) 六社神社
このあたりでは大きな集落の春日美束にでてきた。郷社の六社神社に巨木があると聞き立ち寄る。石段を登れば、巨木に囲まれた立派なお社あり。いずれの杉も巨大で圧倒される。

とりわけ、社殿横のしめ縄のかかったご神木の杉は、その太さ、高さ、枝振りとも、惚れ惚れするほど美しい。環境庁のデータでは、300年以上の樹齢とあるが、これといって保護無し。古木の多い揖斐川流域では珍重されないが、他の地域であれば、十分に記念物扱いをされるだろう。

揖斐川町 春日美束 熊野神社 アラカシ
六所神社のお隣には、熊野神社。そこにも県の天然記念物の「アラカシ」が存在。ねじれたような幹は半分ほど欠けて崩れてしまっている。アラカシは、いわゆるどんぐりの木だね。

ググって調べたら、元はこんな姿だった事が判明。2010年の写真では、空洞になったふっとい主幹が見えているが、どうやらそれ以降で主幹が朽ちて割れたようだ。長寿の巨木とはいえ、老いて朽ちてゆくのは避けられない。

千疋品又(せんびきしなまた)林道入口 13:55
春日美束の集落から、国見峠に至る林道が始まる。バス停には、千疋品又林道とあり、地図では林道国見線とある。さて、峠まで行けるでしょうか。

国見岳スキー場
峠への上り、右手にはゲレンデが広がる。揖斐高原も、ここも、数年前に閉鎖となった。名古屋からのアクセスがよくて、我が家の子供たちもこのゲレンデでスキーデビューした。ファミリーゲレンデのベンチでおむつを替えたことが思い出された。スキー人口が減ったこともあるが、雪不足もおおきな理由であったようだ。

国見峠 14:03
集落から10分で峠に到着。バイクの数台、アマチュア無線の車と、峠は賑わってた。

滋賀県側は、災害による通行止めが続いている。もう、ずいぶんになるんじゃないかなあ。


伊吹山
峠からの滋賀県側、正面に伊吹山の北面がよく見える。東からまいて北面に続くドライブウエイもよーく分かるね。伊吹山地は、この伊吹山から北に続いて、能郷白山や冠山の両白山地につながり、中部地方であるにも関わらず、国内でも有数の豪雪地帯だ。

峠から北の景色も、山の端が連なっている。丁度、先ほどから走ってきた揖斐高原あたりをみているはず。

貝原棚田 14:30
びゅーんと峠から春日美束の里に降りてきた。東斜面には、ひっそりと棚田があるので、寄り道。獣除けのフェンスの扉を開いて中に入れば、靜かな棚田に遭遇出来る。トトロが住んでいそうな大木と観光化されていない自然な棚田。季節のあじさいも色を添えて、なんだか桃源郷のような空気が流れていた。

r32 春日鉱山跡
いつしかr32となって、集落の続く人里にでてきた。その路傍には、鉱山の廃墟が残る。建築に使われる「ドロマイト」という鉱物を取っていたようで、この近くにも別の鉱山があるよう。そちらは今も坑道やトロッコが残っているようなので、いずれ探索してみよう。

r257 揖斐川町 春日川合 14:40
春日の街から南に続くr257に乗り換える。春日川合の集落は、2つの川が合流する狭小地に位置する。斜面を細い路地でつなぐ集落の姿に山岳集落の姿を見る。

春日川合の郷社、六所神社。そう、おとなりの春日美束にも同名の神社があった。Googleマップで探すと、六社神社は、「美束」、「寺本」、「川合」、「中山」などこの周辺の集落に点在することを知る。

揖斐川町 春日中山へ
春日川合をさらに南に進めば、上に登る脇道あり。これを進むと、中山の集落。


春日山中 14:47
東斜面に張り付くように、20戸ほどの小さな集落が残っている。人の気配はあるものの、廃屋になった家もありそう。貴重な斜面??に住まいを増やす必要があった時代が過去には存在したのだ。

六所神社と中山観音寺
中山の集落にも六所神社があり、郷社となっていた。隣接するように、ながーい石段の先には、禅宗の観音寺が集落のお寺さんとして現存。調べれば、歴史は1000年以上も遡り、関ヶ原の戦いでは、敗れた西軍の小西行長が、この寺に潜んだがやがて落ち武者狩りにとらわれたと伝わる。以降、村には繰り返し火災の災いが起きるようになり、小西神社を奉じて魂を弔った。

中山六社の神社社叢
六社神社の境内には、杉や樫の巨木が手つかずで残り、圏の天然記念物に指定されている。


春日中山のケヤキ
美濃地域は、古木、大木に事欠かない。小さな中山の集落には、六社神社の社叢に加え、ケヤキの大木が民家の裏手にすくっと立っている。根本近くで2本に別れ、近くではその全貌が分からない。400年前の関ヶ原の戦いの頃に、すでに大木であったとされるが、葉はザクザクつけて今も木の勢いがすごい。

さざれ石公園 15:07
このあたりで もっとも奥深い場所にある小さな小さな「古屋」の集落から、伊吹山に向かって進むと、沢の途中ににさざれ石公園がある。国歌にもなったさざれ石、見てこよう。

さざれ石 県天然記念物
バイクを停めて、200m先という案内を信じて、モトクロスシューズでガシガシ登ってゆく。こんなとき、200mは裏切られる事が多いのだが、ここはその通りに到着(^^)。軽自動車くらいの大きさ、しめ縄のかかった巌は、なるほど苔むしてそれっぽい。さざれ石は、小石の欠片の隙間を炭酸カルシウムなどが埋まっって、ひとつの大きな岩のかたまりになった「石灰質角礫岩」と呼ばれる。石灰の名産地である伊吹山周辺は、全国的にも「さざれ石」の産地とされる。

地元の伝承に寄れば、平安時代、この山にはいった「木地師」が、この岩を発見。「わが君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」と歌に詠んだが、古今和歌集に取り上げられる名歌となる。詠み人知らずであったが、後に、この歌によって、木地師は位を賜り「藤原朝臣石位左衛門」と改名したとされる。古今和歌集の読み人知らずまでは、史実とされるが、木地師が読んだかどうかは、あくまでもこの地域の伝承だ。


伊吹山ドライブウエイを望む 15:28
さざれ石公園をさらに奥に進むと、つづら折りが伊吹山の東側を山頂に向かって伸びている。行けるだけ進むと伊吹山ドライブウエイの直下までやってきた。このつづら折りは、廃村跡のようで、宅地跡がすべて畑に変わり、元住民と思われる方々が畑の世話に来ている。そっか、廃村もこんな利用法があるんだね。

r257
古屋の集落に戻り、県道をさらに南下する。いよいよ、今日の冒険もエンディングに近づいた。古屋の先は、県道はぐっと幅員を削り、クルマ同士の離合もできない隘路となる。オマケに暗い谷なので、道路が苔に覆われて、クルマですら要注意で走りにくい。



関ヶ原 明神の森 15:50
さて、峠っぽくない「岩手峠」を通り越し、濃尾平野を見下ろせる「明神の森」にでてきた。手前に養老のお山、その左手奥には、名古屋の街が見えている。木之本でお山に入って、伊吹山をぐるりと1周して約120km。ほぼ舗装道路であったが、砂利道にはこだわらないので、セローともども山道を楽しめた。挑戦した4つの峠のうち、新穂峠、品又峠は、またまた未踏に終わった。
関ヶ原 16:18
関ヶ原の古戦場を抜けて、駅前の自販機で水分補給。家族には夕飯には帰ると約束していたが、すでに夕方の4時を過ぎてしまった。洗車して帰りたいし、こりゃまずい。お家に帰宅時間を伝えて、ダッシュで名古屋に向かった。
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