
パッケージも失せ、部品と説明書のみの「ジャンク」状態で、ヤフオクに出ていたロータスをポチったのは、いつだったか??台風で水没?したとのこと、小生が作ってやらなければ、このロータスはただの「ごみ」で捨てられるだけ。それじゃあ、かわいそうなので、小生が命を吹き込んでみよう。

作る段になって、部品をチェックしたら、前輪のサスペンションを支える大事なフレームが、ポッキリ折れて無くなっていることが判明。

さ〜どうしようと思案の末、プラ板で欠損部分を補填する作戦とした。手元にある厚めのプラ板に、部品の型取りをかき込む。左右対称だから、これが再現できれば、部品が作れるはず。


左右対称に、正確に4つの孔を空けて、サスペンションの軸受けとする。部品の接着は狭い面でしかないので、針金を2本埋没させて、軸を作って接着強度を高める。

ガッチリと接着させて塗装すれば、見た目は悪いけど、欠損部分を補って無事に部品が蘇った

ロータスと言えば、ナショナルカラーのグリーン。キットもグリーンのプラ材で成形されていた。このキットは、タミヤ1/12ビッグスケールシリーズの第2作(1968年)。60年近く前の作品だから、さすがに合わせ目のぴったり具合とか、部品のねじれとか、そのまま組んでもスキマやズレが生じてしまう。

今回は1968年のゴールドリーフロータスを再現するので、タバコパッケージの赤と白とゴールドに塗り分けることになる。

白いサフェーサー塗って、全体をチェックして、薄い色の「白」で下半分を塗装。数日経ってから、白をマスキングして、「赤」で上半分を塗装。またまたしっかり乾かせてから、上下をマスキングして、ノーズの曲線はデザインナイフの一気切りでゴールド用のマスキングを完了。

失敗しないか心配だけど、意を決して、ゴールドで3色目の色を乗せる。

ゴールドが完全に硬化する前に、ささっとマスキングテープを剥がす。まずまず思いどおりに塗り分けが完了。2日後にしっかり乾いたのを確認して、コンパウンドで粗めから仕上げまで、順に磨き上げてゆく。少しずつ、つやと色の深みが出てくるのを見るのは楽しいねえ。塗装工程の最も好きな場面。

コクピット周りは細くなっているので、運転席とドライバーを先にボディ中に入れないと先に進まない。頭は最後につけることとして、先にコクピットを完成させた。これでボディの塗装に移ることができる。塗装のことを考えると、組み立て図に書かれた手順はすっかり無視することになる。

コクピットの裏側を見れば、単三電池が二本入る電池スペースを見つける。初版のこのフォードは、モーターライズキットで、走らせる事ができたのだ。さすがに、スケールキットで走る必要な無かろうと、第2版(1973年)からはディスプレーモデルとなったが、電動時代のパーツもそのまま残されていた。

さて、コクピットを車体に入れてボディ上部を組み立て始める。車体がわずかにねじれているので、ボディ上部の目立つところに盛大なスキマが発生してしまった。これを直すには、ボディのねじれをなんとかしなきゃいけない。小生は、プラ板を使って上部に補強材を入れて、スキマが無くなるように調整した。

削ったり、押したりと工夫の末、やっと我慢できるスキマで、上部ボディが取り付けられた。

付属のデカールは、大雨で濡れた後のようで、全然使い物にならず。コレクション用に保管してある別のキットからデカールは流用。古いモノだから、ちぎれないように苦労して貼り付ける。デカールが貼れたら、ノリ成分を丁寧に拭き取って2日間乾燥。ホコリを払って、水性クリア塗装を全体に3回コーティング。これまた2日間、絶対に触らないように乾燥させてボディの出来上がり。組み立て図では、最後にデカールを貼るように指示しているが、トップにクリアをかけたい小生には、先にボディをかんせいさせ、その後で足回りやエンジンを組み付ける。

エンジンは毎度のフォードDFV、このロータス49が最初に搭載したようで、以降F1を支えてきた影の主役。初版キットはこの中にモーターとギアを組む様になっていた。なので、ミッションケースがちょっとデフォルメしている感じがする。その後のキットに比べて、モールドやシェープが甘い。

ややこしい燃料パイプとプラグコードは、これ以降のキットと同じ取り回し。初版ですでに再現方法が確立されていたようだ。


エグゾーストは指定ではホワイト、でもキットではメッキがかかっている。塗装しないモデラーが多かった当時は、こうするしか無かったんだね。メッキの上に塗装は乗りにくいので、カリカリメッキを削って下準備。

細いマフラーステー、くねくねのエグゾースト、これを指示通りに組み上げるのは、小学生のガキには無理だろうなあ。その頃は、こんな高額キットを小生が買えるはずも無かったから、余分な心配(^^)。

この時代のF1は、フロントにラジエターを配置する事が多かった。エンジン周りも至極すっきりしている、そっか、オイルクーラーも装備していない時代なんだ。

欠損してパーツを作り直した部分も、無事にリカバリーできた。この頃から、パチンとはめ込むリンクが採用しているが、無理するとポキッと折れる。たくさんのモデラーが途方に暮れただろうな。小生はメス側をヤスリで削ってはめ込みやすいように加工する。やり過ぎるとガバガバになって、これもダメだけどね。


最後にアブソーバーを組み込もうとしたら、重要なロッドをポキリと折ってしまった。さて、どうしましょう。ここで、毎度の「針金」の出番。同径のピンバイスで孔をあけ、針金を心材として固定する。この太さの孔をあけるスペースさえあれば、再現できるので小生は多用している。今回も成功!!



1968年のグラハム・ヒルを再現、彼のヘルメットデザインを調べて、それっぽく塗装してみる。白い短冊が8本、なんだか変わってるねえ??

フロントのシールドは、クリアパーツ磨きでピカピカにした後で、これまた毎度の透明パーツ用の接着剤を使う。ゴムバンドでひと晩押さえつければ、ガッチリスッキリくっついた。



コーリン・チャップマンは1958年に、グラハム・ヒルと組んで、F1に参戦。1963年には、新進気鋭のジム・クラークも加わって、初のコンストラクター1位に輝いた。1967年に登場したロータス49は、共同開発したフォードの新型エンジン(DFV)を搭載し、ますます戦闘力が高まった。しかし、期待されたジム・クラークはF2のレースで事故死してしまう。

1968年から、それまでのイギリスのナショナルカラーのグリーンであったのが、スポンサー商品(タバコメーカー)のカラーリングを取り入れて、赤白にゴールドのトリコロールとなる。チーム設立からの生え抜きドライバーのブラハム・ヒルは、この年、チャンピオンを獲得。コンストラクターとのダブルタイトルで飾った。そう、後の1996年、F1チャンピオンになったデイモン・ヒルは、彼の息子だ。

Lotus49は、車重500kg、415hp/9,500rpmのスペック。空力はもちろん、タイヤのグリップも低かったのに、よくもこんな安全性で 0〜100km 3秒 最高速度300kmの世界でバトルができたねえ。さらに、火が出たら逃げ遅れるからと、ドライバーがシートベルトも嫌って装着していなかった。当時のF1ドライバーは、まさに命がけの仕事をしてたんだ。