人気ブログランキング | 話題のタグを見る

山行記 11 小谷城 お市の方


山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_08413594.jpg
小谷山より姉川方面を望む
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09214441.jpg
小谷城(おだに)スマートIC 9:50
 天候がスッキリしない日が続いたが、お休みと天気が合致して、里山に登ってみることにした。どのお山にするのか、楽しく悩んで。。。戦国時代のエピソードが一杯つまった「小谷城(おだに)」を登ってみることに。アクセスはすこぶる便利な、その名前のスマートICができている。日本中で「城」の名が入ったICはここだけだそうな。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09255453.jpg
長浜市 小谷城
 関ヶ原から木之本に抜ける下道のわきにある小谷城は、知ってはいたけど、登るまでには至らなかった。思いつきにさくっと登るには、ちょうど良いでしょう。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09262051.jpg
小谷城戦国歴史資料館
 お山のふもとには、駐車場やトイレを活用できる資料館があって、これに車を駐める。靴を履き替えて準備万端、さて出発しましょう。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09275419.jpg
大手門
 正面に小谷山を据えて、それに続く右側の尾根上に、「小谷城」が築かれている。当時大手門があったとされる場所からスタート。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09271194.jpg
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09304408.jpg
追手道(おってみち) 10:00
 みごとなオレンジ色のコスモスの群生の横から、追手道が始まりいよいよ、山城を攻略開始。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_07323961.jpg
小谷城趾
 小谷山の山頂に「大嶽城趾(おおづくじょう)」、続く尾根に「小谷城」の曲輪がふもとまで続く。手前の尾根にも砦が築かれ、尾根の谷間には、城主や家来の館が配置された。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09320992.jpg
追手道
 さっそく急な上りが始まって、先が思いやられる。蜘蛛の巣にからまるということは、来訪者が少ないって事だ。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09331894.jpg
間柄峠
 浅井長政の地元ライバルは南方の六角氏。その戦いの際に、越後の朝倉の家来「間柄氏」が、応援に駆けつけてここに布陣した。その縁が峠に名を残している。六角氏に対抗するために、長政には朝倉の支援が必要であった。信長がその朝倉を敵にしたとき、長政は信長との同盟を破って、朝倉側に寝返ったとされる。長政はたしかに仁義の士ではあるが、その後信長によって、浅井は根絶やしにされてしまった史実をみれば、時代の流れを「見誤った」ともいえる。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_11260560.jpg
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09334083.jpg
望笙峠(ぼうしょうとうげ)
 追手道は上りの手を緩めず、地味に高度を上げる。すでに、汗だくの体となり、手ぬぐいで汗を拭く。夏の低いお山に登ると、何処でもこうなるのだろう。併走する林道の展望所でひと息。「笙」とは、竹を表すようで、正面に「竹生島」が見えてるから、峠の命名が納得だね。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_11363984.jpg
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09340076.jpg
番所跡 10:36
 お手軽な低山と思って歩き始めたが、ダラダラと展望のない上りは、クソ暑さと相まって気がめいってくる。汗を拭う「郡上踊りの手ぬぐい」もベタベタで、清水でザブザブ洗いたいくらい。んっでも、なんだかんだで、1,2kmほど登って、やっと小谷城趾の一角「番所跡」にたどり着いた。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09343179.jpg
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09345114.jpg
虎御前山展望所
 最終決戦時、織田信長が3万の兵をひきいて、小谷城の面前、虎御前山に陣を配して約3週間の「小谷城の戦い」が始まった。展望所からは、虎御前山を正面に見下ろす。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09352543.jpg
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09354341.jpg
赤尾屋敷跡
 本丸、大広間の右手前に、赤尾屋敷跡の案内あり。右に回ってみると、曲輪のように平らな場所に出る。浅井氏の重臣「赤尾清綱」屋敷跡の址とされ、浅井長政が自刃した場所。最後の攻撃に討ってでるも、本丸に戻ることができずこの地が最後となる。自刃の前には、お市の方と三姉妹は、織田側に引き渡されていただろう。長政は、わずか享年29才であった。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09364155.jpg
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09361423.jpg
大広間跡
 本丸の手前には、フットサルのコート二面くらいは作れそうな大広間。ここには、屋敷があって、決戦時にはお市の方などはここに潜んでいたはず。秀吉の側室となる「茶々」もここで震えていたんだろうか。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09370954.jpg
本丸跡 11:00
 大広間の先に、周囲から3,4mの石垣で囲まれた本丸が登場。大広間からみれば、ずいぶんと手狭な印象。当時は展望も良かったであろうが、すっかり木々が生い茂っている。丁度城趾が出てきたあたりから、顔の周りにまとわりつく「虫」がうっとうしい。後で調べると「メマトイ」という1~2mmほどのハエで、涙液を「舐めに来る」らしい(°0°)。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09383131.jpg
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09390556.jpg
京極丸跡
 本丸の背後を詰める京極丸。右の沢から、内通者の手を借りて押し寄せた羽柴秀吉は、この京極丸を占拠して、小谷城陥落の一歩となる。家臣にも逃げられた長政はわずか500の兵、包囲されてから1ヶ月も経たずに滅ぼされた。羽柴秀吉は、この功より、この地を任せられ長浜城を構築する。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09465624.jpg
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09471414.jpg
山王丸跡
 小谷城の最も上部の山王丸は後詰めの曲輪で石垣で堅固に守られていた。山頂に通じる虎口もがっちりと石垣で築かれていた。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09485092.jpg
 尾根から、小谷山頂上を望む。「大嶽城趾」という砦が頂上に残っており、これを見に行こう。のこり、1000mほどだ。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09482606.jpg
六坊跡
 山頂に至る尾根には、鞍部があって、やや開けた場所。領内の主要なお寺をこちらに勧進して、出張所を設けていたとか。いやいや、職務とはいえ、こんな山の上にお勤め先を作られちゃあ、お坊さんも大変だ。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09590010.jpg
 山頂の「大嶽城趾」までは、尾根を登るが、蒸し暑さが尋常でなく、噴き出る汗で目がいたい。これまでの登山では、暑さでやらてるなんて経験していなかった。。。「夏の低山」恐るべし。いつものようなペースが維持できない。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_09592027.jpg
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_10020141.jpg
岩尾
 頂上の展望が良くないお山は、あまり気が進まないが・・・まさに小谷山がそうだ。唯一、山頂近くで南側に開けた展望所が有り。登ってきた小谷城がある尾根を見下ろし、右手奥には琵琶湖、正面は長浜の街、左は姉川の古戦場と大展望だ。ここまでがんばってきたご褒美と、汗ビタのからだに抜ける風が気持ちいい。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_10031274.jpg
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_10033215.jpg
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_10035467.jpg
大嶽城跡(おおづくじょう) 11:50
 2時間で小谷山の山頂にある砦「大嶽城趾」についに到着。初期の小谷城はここに「本丸」があったとされる。織田との戦いになったことで、援軍の朝倉軍がこの城趾にはいり小谷城の援軍となる。しかし、織田軍は小谷城を包囲しつつ、この大嶽砦を先に制圧し、逃げる朝倉氏は続く「一乗谷の戦い」で殲滅される。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_10041233.jpg
小谷山頂上 494.5m
 山頂には銘板以外になーんにもない。周囲は樹木で覆われているので展望ないし、風も吹いていない。持参した500ccのお茶はすっかり飲み干した。夏の山登りは、汗対策もしっかりとしていないといけない事を実感。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_10050445.jpg
 帰りは谷沿いの清水谷ルートを下る。鞍部の六坊から沢沿いにどんどん下がる。この谷には、家臣たちの住居が続いていたようで、城を守る役割もあったよう。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_10052942.jpg
御屋敷跡
 広くなって林道がでてきた谷には、長政やお市の方たちが住んでいた御屋敷跡が残る。きっと当時は陽射しのとどく靜かな谷であったはず、今は樹木に覆われてうっそうとしている。長政と政略結婚をした信長の妹、「お市の方」はこの地で6年間をすごし、戦略結婚とはいえ、浅井三姉妹を残した夫婦は仲睦まじかったとされる。お市の方は、非情な別れの後に、長政の死を見届けて信長の元に戻った。心中はいかがなものであったか。その後もお市の方は歴史に翻弄される。信長亡き後、清洲会議の結果で柴田勝家に嫁ぎ、最後は秀吉の手にかかり勝家共々自害した。まさに戦国時代のど真ん中を駆け抜けた女性であった。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_10062540.jpg
小谷城戦国歴史資料館 12:50
 全身ぐしょぐしょになって、出発地点に戻ってきた。資料館で見学しつつ、ジャバジャバ顔を洗って、エアコンの効いた館内でひと息つく。いやいや、夏の里山登山は、覚悟してこれから望もう。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_07442494.jpg
 林の中を歩く登山路には、多くの「キノコ」たちを見ることができた。さっぱり名前など分からないが、食べてみたいという衝動には駆られないので、見るだけで満足。暑い暑いといっているが、少しずつ秋が近づいているね。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_21443864.jpg
あねがわ温泉
 小谷城のすぐ近くには、天然温泉のスーパー銭湯があるので、入らないわけには行くまい。着替えを一式持って来たので、ザブンと浴びれば気分はスッキリ。大昔にバイク事故で受けた右踵が変形しているので、どうしても登山靴で痛めてしまう。予防に絆創膏を貼るのを忘れて、今日もマメを作ってしまった。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_10070219.jpg
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_21405831.jpg
長浜 佐藤酒造
 なにかお土産にと、近くの酒蔵を探して、立ち寄った。長浜の集落で見つけた佐藤酒造は、今の主が10年前に再興させた蔵元。オススメの冷酒ということで、「湖濱」を分けて頂いた。まだ冷蔵庫に眠っているので、お味は分からず、この先のお楽しみ。
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_10074497.jpg
山行記 11 小谷城 お市の方_a0339187_10101719.jpg
 帰路の名神高速道で、東の空に「ムクムク」と入道雲が湧き上がっていた。きっとあの下は大雨、何処だろう??あとで雨雲レーダーを調べてみたら、100kmほど先の大井川の千頭あたりだろうか、ピンポイントで大雨の状態だった。

にほんブログ村 旅行ブログへ
にほんブログ村
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村
小生の備忘録 - にほんブログ村
PVアクセスランキング にほんブログ村

Commented by pirokinpirokin at 2023-09-26 06:58
トレッキングと史跡巡り最高ですね♪
・・・・・・
山城跡をいくつか登りましたが
なんで山の上に城を築くのか不思議に思います
コストと労力が大変なのに?
北条も武田も籠城前に追い込まれる前にやられていますからね
そんなミステリーと呼吸併せて歩くのが好きですね♪
Commented by akane8150 at 2023-09-26 22:31
pirokinpirokin さん こんばんは
歴史好きな小生には、お城巡りとお山歩きが合体すれば、二倍美味しいお出かけです。
言われるとおり、岐阜城も立派な山城ですが、やっぱり攻め落とされています。駿河の高天神城も山城ですが、結末はしかり。難攻不落のお城なんて、あり得ないんでしょう。
Commented by Rip at 2023-10-02 10:15
以前、奈良県の高取城址に上ったとき、木々で景色がよく見えないところが多くありました。
建築当時は、役割上木を切るのは当然だから、さぞ景色がよかっただろうな、と思いました。
今の考えでは、その姿は再現できませんね。
Commented by akane8150 at 2023-10-02 20:55
>Ripさん こんばんは
低山ははじめ、山頂部分がきで覆われて展望の利かないのは、登頂の楽しみが半減して残念ですね この小谷城も城趾は多くの木で埋め尽くされて、当時の見晴らしの良さはなくなっています。
by akane8150 | 2023-09-26 06:00 | 山行記 | Comments(4)

旅・温泉・お酒・バイクにクルマ


by akane8150