XS1100S を小生はイレブンと称してるが、こいつとは年一回のロングツーリングをおこなっている。昨年はR152縦走と称して、信州上田から中央構造線づたいに太平洋の浜松までロングした。今年は、以前から行ってみたかった会津磐梯方面へ、連れ出すことにした。

一気に福島へ北上してから、順に名古屋をめざすプラン。一日目に福島まで走るには、高速道路を620km走破しなくちゃならない。居眠りなども怖いので、前日の仕事明けから走り出すことにした。出発は18時半、二泊三日の荷物は、サイドケースとリアバックに振り分け、上下レインウエアの重武装で名古屋を出立。雨雲レーダーを見れば、西の空から「真っ赤な」線状降雨帯が迫ってきていて、追い立てられるように東に向かう。

静岡市丸子 20:40
所々、パラパラと降られたり、雨上がりの濡れた路面を走ったり。雨の夜の高速道路は、視界が良くないし、スリップしやすくろくな事が無い。出発時に完全な満タンじゃあ無かったようで、給油予定の静岡SAよりもずいぶん手前でリザーブとなる。高速道路上でのガス欠は良くないと考えて、藤岡岡部ICで高速を降りて、R1でガソリンスタンド求めて彷徨った。もうすぐ丸子宿というあたりで、ガソリンスタンドに滑り込む。入れたら、15,3Lもがぶ飲みする、あれタンク容量15Lのはずだけど。。。。とにかく、ガス欠ギリギリだったようだ(^_^;。
と、リアバックを見ると、出発時にかぶせていたレインカバーがぶっ飛んで紛失した事に気づく。適当なビニールなども持っていないので、バックの撥水機能を期待して走るしか無かった。

新静岡から再び新東名に乗る。雨雲レーダーでは、名古屋の線状降雨帯は逃れたが、御殿場から八王子にかけて雨雲をみる。果たして、長泉沼津ICを過ぎたあたりから秦野中井までどしゃ降りに遭遇。視界も遮られ、クルマの流れも50~60kmの走行となる。路面は川となって、いつでもタイヤを取られそう。山間部のためカーブや橋脚が多い区間なのでなおさら辛い。流水の川となるわだちを避けて、車線の中央を慎重に走る。速度が遅いので、メットのシールドに付く水滴も流れてくれない。これほどの緊張を強いられたライディングはこの十数年でも思いつかない。やはり、雨の日の夜の走行は非常に危険だ。
相模原愛川 22:20
雨でタイヤをいつ取られるか、ヒヤヒヤしながら関東平野に出てきた。首都圏中央連絡自動車道に入ってやっと雨があがってきた。相模原の市内にビジネスホテルを取っていたので、手前の愛川で降りる。

相模原 22:30
お宿を目の前に、ガソリンを満タンにしておく。レインカバーを失ったリアバックではあるが、中まで浸水することなく荷物は大丈夫のようであった。電子機器や着替えなどは、それぞれ防水袋に小分けしてたのも幸い。名古屋から300km、雨中の走行はとても気を遣ってげっそり、300kmを4時間掛けてホテルに到着。

ルートイン相模原 7:15
朝食もとらず、予定通り7時に出発。しかし、思い混みで南に進路を取ってしまい、ICにたどり着くのに大回り。平日の通勤ラッシュに巻き込まれ、大幅なロスタイムを食らってしまった。このあたりの朝の渋滞はひどいねえ、、、通勤のクルマたちも大変だ。

安達平良SA 10:57
イレブンの足が短く、120kmも過ぎれば給油タイム。なので、福島までの間も計画して給油に立ち寄る。相模原をでて、佐野SA、那須高原SAと二ヶ所で給油が必要だった。福島まであと少しであったが、眠気に襲われ、PAに滑り込んでリフレッシュ。時々雨に降られるので、この日も終日レインウエアでフル装備だった。

福島西 11:28
相模原から330kmを3時間半で終点の福島西に到着。さて、いよいよここから名古屋へ向けて、いろいろ見て回ろう。
Day1


福島 松月堂 11:40
お山に入ってしまえば、食にもありつけないので、市街ではらごしらえ。こんなとき、立ち食い蕎麦はお手軽で重宝する。見知らぬ街で地元の人に交じって、かき揚げ蕎麦を食らうのも一興。

r70 磐梯吾妻スカイライン
福島市の西の郊外から、r70はお山に入ってゆく。磐梯吾妻スカイラインは、予てからバイクで来てみたかった場所、ガソリンを満タンにして、いよいよ走り出す。天気が悪いけど、文句も言っておられまい、未知の景色を楽しみに、いざ出発。


不動沢橋 12:30
つづら折れが始まって数キロ先に、磐梯吾妻スカイラインの紹介では必ず登場する「不動沢橋」に立ち寄る。イワツバメが飛び交う谷であったので、「つばくろ谷」と言うそうな。紅葉には全然早かったようだ。
秋の不動沢橋(拾いもの)
紅葉のスゴイ時期では、こんな感じで、この谷が真っ赤に染まる。あと。2,3週で紅葉が始まるかな。

天狗の庭
徐々に高度を上げてくると、すっぽい霧に包まれてしまった。ここは天狗の庭といって、紅葉の名所だそうな。霧の中では、そう言われても、どこがどうだか分かんない。

天狗の庭(拾いもの)
天気ならこんな感じ〜〜〜残念




浄土平へ 12:55
霧の中であったが、ひとつ谷を回り込むと、カール状になった緩やかな斜面が出てきて、パッと視界が開けた。思わず、イレブンを止めてパシャリ、パシャリ。右手の一切経山と蒸気を噴出している大穴火口が見える。やっと磐梯吾妻スカイラインらしい景色に出会えた。

ほどなく、駐停車禁止の看板が目立つようになる。目前のヘアピンを2つほど上がれば、浄土平。路面には、標高1500mの表示あり。登り切った先には、監視員が双眼鏡で路上を監視していた。毒性のガスのため、駐停車が禁止されているのだ。

浄土平 13:00
スカイラインの最上部、浄土平に到着。ビジターセンターで、火山や国立公園の事をお勉強。背景には、一切経山ガモクモクと煙を上げている。

吾妻小富士(拾いもの)
ビジターセンターの反対側には、小富士ノ登山道があって、特徴的な火口をくるっと散策できるよう。ここに車を駐めハイキングに来ている人たちも多かった。

桶沼 入り口
吾妻小富士の隣には、スカイラインから少し歩いた先に、桶沼という池があり。

桶沼(拾いもの)
10分ほど歩けば、一切経山を背景に、美しい池の姿に出会うらしい。紅葉の時期には早く、生憎の天候であったので見にはいかなかった。紅葉の頃に出会えれば、こんな素晴らしい光景に遭遇するらしい。

スカイライン 最高地点1622m 13:25
磐梯吾妻スカイラインは、延長約30kmの山岳観光ルート。その最高地点は、道路にもペイントで表現される。キャブレターのイレブンは高所に上がると悲しいくらいに「吹け上がらなくなる」。1000mもあがれば如実に症状が出てくるので、山岳ツーリングには辛いねえ。対して、インジェクションのMT-01やセロー250は、お構いなしで高所も気分よく走れる。


双竜の辻 13:28
最高地点を過ぎて、猪苗代湖にむけてゆっくりと高度を下げていく。雲が切れていた頂上から、ふたたび霧の世界が始まってしまった。この霧の向こうには、2つのお山が双竜のごとく、ドッシリと左右にそびえる大パノラマが見えるはずだ。。。。ああ、残念だね。

双竜の辻 (拾いもの)
晴れていれば、こんな雄大な景色。奥には猪苗代湖が見えている。

国見台 13:40
さらに降りてきて雲の下にでると、ちょっとは遠望も楽しめるようになる。国見台というからには。広くお山が見渡せる場所。紅葉の時期は駐車するクルマたちで渋滞するそうな。


国見台も過ぎて、スカイラインも終わりに近づいたあたりで、ぱっと陽が差して雄大な磐梯吾妻スカイラインの片鱗を見せてくれる。逆光の中に、幾重にも山の端が重なって、ブルーとグリーンのグラデーションを作り出す。今回のロングツーリングで、最もお気に入りのショット。

野口英世記念館 14:22
小学校の教科書に出ていた野口英世の伝記。その実家など展示されている記念館に立ち寄る。時代が進んで、野口の業績には過ちであったり不確かな事例も多かったようだ。しかし、科学の創生期に単身で海外に繰り出して活躍した野口の評価は揺るぎないだろう。時間に余裕があればぜひ見学したかったが、銅像に挨拶して先を急ぐ。
猪苗代湖 14:33
青森や北海道に向かう飛行機からも、よく見える猪苗代湖。それなりにでっかい湖、レジャーボートやキャンプ場など賑わっている。
会津若松 厳島神社 15:00
会津若松の町に入るのは初めて。飯盛山の史跡をまずは探求。厳島神社は南北朝時代に豪族が建立したお宮で、境内の巨木がその歴史を伝える。

会津さざえ堂
神社の境内では、会津に来たら誰もが訪れるという、さざえ堂に出会える。西国三十三観音像を一方通行のらせん状建物に配置して、建物の中を進むだけで西国巡りが成就するというしくみ。約200年前、江戸時代の中期に建立され、幾度かの修復を経て今に至る。

拝観料400円を納めて、いざ、さざえ堂の中へ。建物の中は一方通行ってのが不思議に感じる。靴を脱ぐのかとおもいきや、なんと下足のままでOK。

時計回りにスロープ状の床が続いていて、中央の梁の向こうは下りのスロープが見えている。中央の梁の間には、棚が設えてありここに観音像などを収めたものと思われる。

右手から登ってくると、頂上部で中央の梁の向こう側へ横断、そこから反時計回りで下りスロープが始まる。1枚のスロープは登る床でもあり、下る天井でもあるのだ。この建物の謎は、この最上部を見ることで解決する。外から見ただけでは想像できない。

反時計回りに2回転してくると出口が現れる。入口の丁度反対側だ。丁度小学生の団体さんと遭遇したが、お構いなしの子供たちがガシガシ歩くと、建物全体が微妙に揺れる。国指定の重要文化財ではあるが、とても敷居の低い展示をしている。定期的な整備修復が必要だろう。
宇賀神堂 15:20
さざえ堂の隣に、古来からのお山の神様である白蛇をまつるお堂。後世では、飯盛山で自刃した白虎隊を弔うお堂となった。

宇賀神堂から歩道をぐるっとまわれば、会津の街を見下ろす高台だと分かる。白虎隊が炎上する会津城を見たのもこの地だ。
白虎隊士十九士の墓 15:34
佐幕側の会津藩に新政府軍が攻め込んだ会津戦争が巻き起こる。迎え撃つ会津藩は藩士を4つの軍に分けて戦った。13〜17才の300名ほどを「白虎隊」として城下の守備に当たらせた。ちなみに、「朱雀(18〜35才の主力隊)」、「青龍(36〜39才の補佐隊)」、「玄武(50才以上予備兵)」であった。衆知のように白虎隊の20名は戦線で撃破され飯盛山に撤退。そこで進退窮まって自刃した。うち1名は救命されたのでお墓は19基となる。生き残った一名は、明治、大正と生きて白虎隊の史実を残した。仁義を尽くした会津藩であったが、明治の時代は逆賊の扱いを受けて苦難の道を歩んだとされる。

会津若松駅 15:50
飯盛山を下りてくるとその先に太平洋と日本海とつなぐ鉄道の中継地、会津磐梯駅。幹線鉄道の磐越西線は、急行格下げの快速列車ががんばっている。自動車道が完成して、地方幹線も生き残りがたいへんだろう。

会津若松城 16:04
白虎隊を勉強したならば、会津若松城(鶴ヶ城)にも立ち寄ろう。夕刻が近づいてきたので、サクサク歩く。


地元の人は、鶴ヶ城と言うことが多いらしい。会津戦争で大砲をボコボコに撃ち込まれた鶴ヶ城は、数年後には解体されてしまう。1965年に鉄筋コンクリートで、五重五階の優雅な天守閣が蘇る。

ゲート状になった石垣が天守の入口となっている。多くのお城の入口は、天守石垣の上に築かれることが多いから、この造りは面白い。

模擬城内は郷土博物館として、展示内容も豊富であったが、やはり白虎隊関連の展示が多かった。若くして郷土に命を散らした若者たちの悲哀は、いつの時代も人を惹きつけるのだろう。

鶴ヶ城の美しい石垣、背景には武道の道場の「武徳館」など、会津の街には、古き良きものがよく残っている。

湯野上温泉 17:30
鶴ヶ城を出てからは、会津の中心街を通り抜け、阿賀川を上流に向かう。何処も黄色に染まる水田が広がって、東北はもう秋本番。1時間弱で南会津の湯野上温泉に到着。

湯野上温泉 ホテル大阪屋 17:35
楽天トラベルでこのあたりの温泉を探すが、お一人様をプランしているお宿はとても少ない。そんな中、会津の名湯といわれる湯野上温泉の大阪屋を選んだ。ちょいと遅くなってしまい、途中でお宿には電話をしておいた。一日、レインウエアで過ごしたから、これを脱ぎさるだけでも気分がいい。


湯野上温泉は、「お湯の神様が住む」と言われるほど、潤沢な湧出量を誇り、源泉は60度近い高温、PH8.2は弱アルカリ泉だ。昭和25年の分析表が脱衣所に架かっているけど、味があるねえ。高温ゆえに浴槽の管理も大変と聞いた。水で薄めるのもできず、湯口からの流出量をわざと抑えて、浴槽の温度調整をしているとのこと。高温の源泉に対しては、温泉地それぞれの工夫で対応している。


玄関には二組の宿泊者名が書かれてあったが、どう見てもこの日は小生ひとりのような気がした。広い食事処で、ぽつんと食らい、おもてなしを一手に受けて贅沢だ。出てくるお食事は、地産地消で美味しいものばかり。とりわけ、地元の馬刺しはニンニクみそとの組み合わせで、非常に美味かった。女中さんにニンニクみそを分けてもらえないかとお願いしたが、生憎できないとのこと。
多分、パートのお手伝いと思われるが、女中のおばちゃんはいい人だけど、どんどん料理を持って来て、どんどん器を下げてくれるので、こちらも負けじとガンガン食らう。おかげで、おばちゃんはいつもより早く帰宅できたはずだ(^^)。

Day1
XS1100S 12 2/3 いろは坂 華厳の滝 中禅寺 伊香保温 に続く
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