鈴鹿稜線縦走路 猫岳

朝明渓谷駐車場 7:00
2000m級のお山たちは、すっかり冬支度が始まっている。近郊のお山たちも、早くしないと紅葉終わっちゃうよ、ということで、鈴鹿セブン(鈴鹿山脈の7つの主峰)の釈迦ヶ岳に挑戦してきた。情報から、土日は朝7時を過ぎれば、駐車場も満車になるとのこと。早起きをしてきたが、どんどんクルマが上がってきて、すぐに駐車場は一杯に。

この日の登山ルート

登山口
身支度を調えて、ちゃんと登山届も提出して、さあ出かけましょう。今日も、先達のHさんに同行をお願いした。私はもちろん、Hさんも釈迦ヶ岳は初めてということもあり、登山路はしっかり確認しておいた。

中尾根登山口 7:20
釈迦ヶ岳には幾つかの登坂ルートがあって、今日は朝明渓谷から反時計回りに尾根を巡る計画だ。登りは中尾根ルートで取り付きから木の根っこの階段が始まった。

ふもと近くの尾根は、まだまだ樹木に覆われ、紅葉が残っている。ただし、もみじやかえでは、紅葉を迎える前に落葉しかけている。

イワカガミの群生を路傍に見かける。花をつける頃は、キレイなはず。

鳴滝コバ 8:21
粛々と尾根道を上って1時間、ちょっとひらけた尾根に到着。ここでひと息、休憩だね。「コバ」とは漢字にすれば、「木場」となり、木こりたちが、休憩したり、切り出した木材を一時的に貯木したりと、「ちょっと広めの場所」をいうらしい。

ぽつりと雨が降ってきた。降水確率30%で雨は予想していなかったので、ちょいと慌てる。まだ登山も序盤のタイミングなので、雨脚がどうなるのか、心配だね。中尾根ルートの前半は、急登な斜面が断続的に出現して、なかなか手強い。特に段差が大きいので、三点支持に忠実に手足を使う場面あり。

ブナ林
中腹あたりは、ブナの林が続く。白っぽい木肌で密集したブナ林は、落葉もあってか、とても明るい森を形成している。ふもとの説明板によると、朝明川周辺のブナ林は、鈴鹿最大規模で、貴重な資源らしい。古くから木地師が入り、人の手で伐採された二次林は、自然界にも重要な役割があるようだ。すっかりブナたちは葉を落としてしまっている。11月中旬では、鈴鹿の紅葉はもうおしまいなんだね。。。覚えておこう!

雨脚は続いていて、ふり返ると南の方角の御在所岳は、すっぽり雨に包まれているよう。雨雲がこちらに来ないよう願いながら、先を急ぐ。

中尾根登山道
コバの先の急登を乗り越えると、尾根の左右の展望が出てきて、気分も晴れる。正面の高い尾根が「釈迦ヶ岳 最高点」、もうちょっと、がんばろう。

視界の開けた左手は、釈迦ヶ岳から続く鈴鹿山脈の稜線が見えてきた。いずれ、あそこも歩くんだよ。心配した雨雲は、小生たちの南方で東に過ぎ去ってくれたようで、雨も上がった。ラッキー!。

大蔭(おおかげ)のガレ 9:46
釈迦ヶ岳を特徴付ける稜線の深い切れ込みと、痩せた尾根道の「大蔭のガレ」に差し掛かった。準備の段階で、この難所を写真で確認したが、「高所恐怖症」の小生は大丈夫なのか、足がすくんで先に進めなくなったら、どうしようなんて心配していた。



人の姿が加われば、どのくらいの斜度と狭さかどうか、おおよそ推測できる。Hさんがスイスイ歩く様をみて、これなら小生でも乗り越えられると安堵。登山では、このような場所を「キレット」と呼ぶようだ。北アルプスなどで見られる大キレットは、そこを通過するだけでも4,5時間を要し、転落する事故も多い危険な場所。小生には絶対無理だね(^_^;。

ゆっくりとガレ場を降りてくる小生を、先に登り切ったHさんが写真に残してくれる。これだけの尾根幅があれば、全然大丈夫。「釈迦ヶ岳のキレット」に脅威を感じていたが、通り過ぎれば、余裕のよっちゃん(^^)。これを登り切れば、今日の最高点に達するから、がんばれ〜。

分岐 谷座谷(あんざだに)ルート
ピークの手前に左手から合流する登山路が有り。同じ登山口からスタートするけど、これは沢を登ってくる庵座谷ルート。


釈迦ヶ岳最高点 10:02
大蔭のガレを過ぎれば、釈迦ヶ岳の最高点。植生で見えなかった東の展望が一気に広がって、頂きに近づいたとを実感。

三角点の山頂は、もうすこし北の稜線上にある。さあ、あとちょっとでゴールインだよ。


釈迦ヶ岳山頂 10:13
登り始めて3時間で、鈴鹿セブンのひとつ、釈迦ヶ岳に登頂。以前に御在所岳は登ったことがあるから、これで鈴鹿の2座を登頂したことになる。これを契機に、順番にやっつけよう。

山頂の写真を残したら、少し戻って展望の良い場所で「おにぎりタイム」だね。他の登山者たちも、思い思いの場所で休憩。

北東
左手は養老山脈の多度あたりから、濃尾平野を望む。小牧山、春日井の王子製紙の煙、名駅の高層ビルが見える。ということは、お家はあの辺かな?残念な曇り空ではあるが、降っていた雨も山頂では止んでいるから、贅沢言えないね。
南東方面
座った正面は、四日市コンビナートがはっきり分かる。海の先に横たわるのは知多半島、根っこの東海市の製鉄工場も識別できる。さらにその奥には、渥美半島の山や、蒲郡の山たちも見えている。快晴でこの場所に立てたらさぞかし豪快な景色だろうな。

いつもおにぎりは2つと決めている。登山の際のおにぎりは力が出るねえ、ホントに美味しい。ただこのところ、毎度のおにぎりじゃあ、芸も無いので、コーヒーやスープを湧かして飲むこともしてみようかと、考え中。

分岐 県境稜線縦走路 10:47
30分ほどおにぎりと景色を楽しんでいたら、さすがにちょっと寒くなってきた。さあ、後半戦のスタート。稜線縦走路に戻って、南にすすむ。

シロヤシロ
冬の伊吹おろしや積雪が為であろうが、シロヤシロの群生が寝転がったような育ち方。春になれば、青葉と真っ白な花をつけたら、稜線はお花の回廊だろうね。来てみたいなあ。

釈迦ヶ岳〜猫岳〜羽鳥峰とつづく稜線は、今日のハイライトだろう。稜線をゆるやかにあがったり、さがったり。南側の植生がすくないので、伊勢湾側の遠望がずーっとたのしめる。

お次のピーク、猫岳が見えてきた。頂きにつづく稜線の小径が木々を貫いている。稜線の縦走コースは変化があって楽しいねえ、この景観を求めて、辛い登りもがんばれる(^^)。


猫岳 11 :22
釈迦ヶ岳から30分で稜線上の猫岳を通過。花崗岩の巨石には、猫の耳よろしく石が載っけられている。資料本の「鈴鹿の山と谷4」では、猫岳とは近年に名がついたようで、それまでは「猫岩」として表記されていた。これら写真の岩が、猫岩なのかどうかは、資料からは同定されないようだ。

稜線縦走路
猫岳からは、ゆるやかに高度を下げながら、遠望の御在所岳に稜線はつづいてゆく。周囲の樹木はすっかり落葉して、冬の出で立ち。シロヤシロが満開となったら、ぜひ再訪したいね。5月の連休明けぐらいが旬なのかな、、、でも鈴鹿名物の「ヒル」はいやだなあ。

白滝谷分岐 12: 08
ずいぶんと下ってきた稜線も鞍部に出会い、分岐をみる。右手には白滝谷から愛知川渓谷にぬけるとあり。これを下ってゆけば、滋賀の永源寺の愛知川にでるんだね。やがて川は琵琶湖にそそぐ。杠葉尾(ゆずりお)は、石榑峠のふもとの集落。古来から近江と伊勢をつなぐ旅人や商人がここを通過して山越えしていたんだね。

羽鳥峰(はとみね) 823m 12:19
分岐から程なく、今日の最後のピークである羽鳥峰に到着。花崗岩の崩れた砂のうえにミラミッドみたいにそびえる。砂の斜面が滑る、滑るで登りにくい。

羽鳥峰から稜線の先を見下ろせば、羽鳥峰峠が直下に横たわる。花崗岩の崩れた砂地が稜線となり御在所岳につながってゆく。

先の稜線には、なにやら絵が描かれている。「猫」と「犬」が岩石でモザイクのように記されていて、登山する人たちの中では、「鈴鹿の地上絵」として知られている。数年前の記録では、「猫」じゃなくて、「ハートマーク」なので、絶えず誰かの手が入っているのかな。感心したのは、11月12日と日付も描かれていること。いったい、だれが、いつ、更新してるんでしょ(^_^;。


羽鳥峰峠 800m
峠の周囲は、花崗岩の砂だらけ。花崗岩は風化しやすいようで、風雨で削られてその姿をどんどん変えているよう。前半で体験した「大蔭のガレ」も花崗岩が浸食され続けており、その姿も少しずつ変わっているよう。

鈴鹿の地上絵
ネット上で調べても、2014年の登山者の記録には、この絵のことは書かれていないので、それ以降に誰かが始めたことだろう。初代作は「ピースマーク」だけど、2年ほど前からは「猫」に変身。猫岳にからめたのかもしれないけど、猫岳のピークからはちょっと離れすぎている(^^)。絵を残すのはまだいいとして、人の名前を残すのはセンスがないねえ(T_T)。

羽鳥峰峠 猫谷ルートへ 12:36
さて、ナスカの地上絵も楽しんだので、お山を下りましょう。峠からはまっすぐ朝明渓谷におりてゆく。

下り登山路は、花崗岩の階段でグングン降りてゆく。よくもまあ、上手に石段様に自然石を積み重ねたモノだ。これを造設した人たちの尽力は大変なだったに違いない。この石段あたりから、小生の右膝の外側が痛くなってきた。下山の際には、これまでにも経験した外側靱帯の痛みだけど、今日のはちょっとひどかった。ペースが遅れてくるので、Hさんには遅れ気味になるわ、後ろからのパーティにはプレッシャー掛けられるわ、辛かったねえ。

猫谷第一堰堤
登山路は、ついに谷に降りて沢を渡渉をしながらくだってゆく。やがて、自然石を美しく組み上げた砂防堰堤に遭遇。人の手が組み上げた芸術品のようだ。


猫谷第二堰堤 13:09
その先には、さらに落差の大きい堰堤が現れた。登山路は脇をロープを頼りに降りる。上流から転がってきた巨石が堰堤の下にはゴロゴロしているが、堰堤自体はガッチリと崩れていない。これはすごい土木建築だねえ。

なわだるみ堰堤
下流の林道跡まで降りてくると、なるほど〜、由緒ある文化財であったことが分かる。「なわだるみ堰堤」と呼ばれる石組みの堰堤は、明治21年にオランダ技師の「ヨハネス・デ・レーケ」が指導した技術で、地元の石工が組んだ歴史遺産であった。現地の野面石を巧みに組み合わせた空石積みの技法らしい。デ・レーケは、木曽三川の洪水対策でも名を残した人で、小学校の教科書にも出てくるらしい。それにしても、150年以上も壊れずにどっしりと今も機能しているとは、畏れ入る。土木機械もなかった明治の初めに、この山奥でどのようにして組んだのか、興味津々だ。

林道跡に出てこれば、あとは辿れば、登山口だ。山頂、山腹では見られたなかった紅葉が、まだわずかに残っている。今年は、夏日が遅くまで続いて、冷気に晒されなかったから、紅葉すべき木々は、早々に「枯れて」葉を落としてしまったようだ。こんな気候が毎年繰り返すようだと、日本の美しい四季も大きく変わってしまうだろう。

朝明渓谷駐車場 13:56
休憩も含めて、山行7時間、歩行距離8.6km、標高差822mであった。これまでに登山経験の中でも、急登が多く、しかも段差が大きかったので、かなり下半身には堪えたねえ。でも、登山路は変化に富んで飽きさせなかったし、山頂の展望も尾根歩きの爽快さも素晴らしかった。
後片付けを始めたら。再び雨が降りだした。晴天であればもっとすごい釈迦ヶ岳を体験できたかもしれないけど、山行の間だけでも、雨をしのぐことができたのは「ヨシ」としないとね。お天道様、ありがとう。

鈴鹿の山と谷 西尾寿一
多賀の廃村たちに興味を持って、平成2年初版の「鈴鹿の山と谷」を手にしたのが数年前。廃村などの歴史を知る事ができたが、さらに山登りをするようになると、ますます頼りになるガイドブックになった。ちなみに、登坂で使った「中尾根登山道」は、この書では記載されていないから、それ以降の新道であったようだ。
さて、「今日の山行は筋肉痛になるよねえ」などと、Hさんとぼやきながら、ふもとの湯の山温泉でさっぱりして帰りましょう。


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