
ヤマハが好きな小生には外せない「YZR500」、手元に残っていたので手をつけてみた。1/6シリーズと違い、1/12のサイズは小さいので取り組みやすいともいうし、小さくて煩雑とも言える。

限りなく1981年の「初版」と思われる年季の入ったキットだ。スライドも擦れなどかなりあやしい。

最初に塗装に手間がかかりそうなカウルから手をつける。ガッチリ接着し、裏からパテで補強する。

しっかり接着したら、合わせ目をヤスリでゴシゴシ、接合部の段差を消してゆく。

40年以上前のデカールは期待できないけど、他にないのでこれを使う。カウル下部の黒塗り部分もデカールで表現する造りだけど、曲面にデカールが密着するはずないよねえ(^_^;。だから、この部分は、黒の塗り分けで再現しよう。

処理の済んだボディパーツを、プラサフで処理して最終確認。黄、白、黒の塗り分けなので、まずは白を吹き、マスキングの上で黄をのせる。

最後に黒のために、黄と白の部分をマスキング。

3色の塗り分けができたが、、、、マスキングテープのざらつきが、白に移ってしまう凸凹で大失敗。

コンパウンドでは修正できない凹凸なので、目一杯平らにしてから、再度「白」の部分だけ再塗装する。

ん〜〜、なんとか凸凹のない白になった。あとは、じっくり乾いた後で、全体を磨きだしてつやを上げる。

いつものように、各パーツは組み立て図を考慮しながら、どんどん組み立て、塗装をしてゆく。

1980年のYZRはインライン4気筒500cc、2サイクルエンジン、排気タイミングを可変するYPVS付き。手のひらの上で、かわいいねえ。YZRは、後方排気になったり、スクエアになったり、V4になったりと変革していった。

2stの重要なパーツであるチャンバーも、それっぽい形状でかっこいい。

1/6シリーズだと中空のラバータイヤだけど、1/12ではソリッドなゴムタイヤになる。粗めのヤスリで中央のバリをキレイに取ってやる。

フレームにエンジンを組み込み、リアスイングアームがつくと、バイクっぽくなってきた。1/12サイズは、パーツ数が少ないから、サクサク進む。


2stエンジンは、チャンバーの大きさで、特性もパワーも変わってくる。なるべく正面面積を減らしたいから、3本はエンジン下でとりまとめ、残る左端のチャンバーはエンジンの後方の空間を活用して取り回されている。これを設計した人たちの苦労が伝わってくる。

ラジエターも取り付けて、シャーシー側はほぼ完成。

いよいよ、懸案のデカール貼りをはじめる。

カウル下のヤマハロゴはレタリングだけ切り出す。この部分をデカールで3次元に貼るなんてのは、できっこないよね。たくさんのモデラーが苦しんだだろう。

劣化したデカールは、水に浸してもなかなか浮いてこない。やむなく力技で紙シートから外せば、予想通りちぎれてしまう。替わりはないので、ちぎれたデカールをパッチワークのように貼り合わせてゆく。

カウルはエアのアウトレットなどで凹凸があるから、浸軟剤をもちいてデカールを柔らかくして工夫する。

目立つゼッケンは、載せた時には、こんなにブカブカだけど。

浸軟剤と追加のノリを使えば、ぴったりとボディに馴染んでくれる。

劣化しているために、至るところでデカールが切れてしまうが、辛抱強く貼り合わせてスキマの帳尻合わせをおこなう。まあ、なんとかそれっぽく出来上がってきたよ。

デカールの浮き予防とつや出しのために、最後は水性クリア塗料でコーティング。デカールがズレたり、切れたり、出来は悪いが、古いキットがここまで生き返ったので良しとしよう。

さて完成です、デカールが生きていたら、もっと綺麗に仕上がったのにと悔やまれる。このキットは、再販されていないようなので、今後貴重になるかも(ライセンスが切れているのカナ?)。

キットは1980年にキングケニー(ケニーロバーツ)がチャンピオン3連覇を成し遂げたマシーン。



1980年は、小生は新聞配達しながら、二浪を過ごしていた「辛い」年だった。動画配信などの無かった当時は、バイク雑誌からグランプリ情報などを得ていたね。翌1981年は、ついに小生にも「本当の春」が来てくれて、念願の大学に合格し、ゴロワースカラーのRZが手元にやってきた。

USヤマハのストロボラインは、一目でヤマハのマシンだとわかる。チャンピオンとなったケニーロバーツは、強くて格好良かった。次回は、ケニーロバーツを作ってこやつにまたがらせよう。乞うご期待。
プラモ製作記 23 2/2 YAMAHA YZR500 キング・ケニー 1/12 タミヤに続く