山辺の道
名古屋高速 四谷IC 6:42
怪我の後でも、ちょっと歩けたことで、調子に乗って、以前から走破したかった「山辺の道」に挑戦してみた。天気もよさげ、崇敬神社の三輪大社に向かって、いざ出発。
JR桜井駅 8:25
名阪国道を粛々と走り、針ICでおりて榛原経由で奈良県桜井へ到着。
スタート地点 JR桜井駅 8:30
山辺の道は、奈良県桜井から奈良春日山に至る、日本最古の道とされる。少なくとも古墳時代の初期には、歴史上に登場し、さらに弥生時代まで遡るといわれる。ルートも案内も整備されているので、前もって予習。桜井の駅前にクルマを駐めて、いざ出発。雨の予報はないし、装備もごく簡単、ウエストバッグとポールのみ携行。

全行程 桜井→天理

駅をでて東進、ほどなく人道踏切で、近鉄大阪線を横切る。ちっちゃな遮断機がとても可愛いくて、通過するだけでも楽しい。

桜井の市街には木材加工の工場を多く見かける。吉野の山から切り出された原木たちだよね。
大和川
街を北に抜けると川に当たる。桜井の山奥から流れ出て、奈良盆地を潤し、大阪湾に注ぐ大和川。

仏教伝来の地 9:06 1.7km
大和川を小橋で渡ると大きな石碑。仏教伝来の地とある、なぜここ?? 6世紀に百済から仏像と仏典が日本に伝来したが、当時は海運は交通の要、百済からの使者は、大阪湾より古代ヤマト王朝のあった三輪の地まで、舟で来訪していたのだ。

山辺の道 みちしるべ
碑の傍らには、山辺の道を案内してくれる赤いみちしるべが登場。今日は、この案内を見落とさないようにすすむ。

桜井市 金屋
堤を北に降りてゆくと右手に三輪山のすそ野が見えてきて、金屋の集落に入る。

海石榴市(つばいち) 9:14
金屋の集落は、古代の「市」が栄えた場所。海運の窓口、東からの初瀬街道、南の飛鳥からの街道が交差するこの地に、商業が栄えたことはなるほど、と思える。同時に、奈良へ通じる山辺の道のスタート地点。

軽自動車もムリな路地の金屋の集落。音やにおい、人の生活が感じられるくらい狭い路地が山辺の道。面白い。


金屋の石仏 9:20
金屋には、重要文化財の石仏が残る。格子の中をのぞくと、2体のレリーフ様の石仏あり、遠く鎌倉時代の作とか。軒下には、無造作に古墳の石棺のフタが置かれてある。盗掘にあった石棺の一部をここに納めたのであろう。


磯城瑞籬宮 伝承地(しきのみずかきのみや)9:26
古代ヤマトの都の跡、ちょっと寄り道する。磯城瑞籬宮は、3世紀頃の第10代崇神天皇の都とされる。磐座崇拝と思われる「4つの石」が列んで祀られていた。崇神天皇の時代、疫病により人口が半減した災いに見舞われる。このため、それまで宮中に祀ってあった「天照大神」を檜原神社に移したり(元伊勢のはじまり)、大物主神のたたりを畏れて、大田田根子(おおたたねこ)に「三輪大社」を設けたりと、崇神天皇は日本の成り立ちに大きな足跡を残している。

三輪山のすそ野をたどるように、道は延びてゆく。現代に彫られたと思われる石碑ではあるが、なかなか絵になっている。


三輪山 平等寺 9:31 2.9km
小径はお寺さんの境内に続いている。平等寺は、隣接する三輪大社の神仏習合の「神宮寺」として、聖徳太子が開基とされている。古代由来のお寺であったが、明治維新の廃仏毀釈で仏堂も建物もことごとく失われた。金屋の石仏も、平等寺から持ち出されたものと言われる。現在の平等寺は、寄進や有志の支えで今に至る。

いつの時代なのか、辻に道標あり。右に三輪明神 左は「はつせ」「いせ」とある。

摂社 神坐日向神社(みわにますひむかいの)
三輪大社の南には、大物主神からその子孫、大田田根子に至る3代の祖先が祀られているちいさなお宮がある。南を向いた社が多い中、こちらは北向き、その先には三輪大社が控えている。

摂社 三輪成願稲荷神社
三輪大社の周囲には摂社が多い。成願稲荷は、尼寺の鎮守祠として鎌倉時代から続く。現在は稲荷社として残る。

瓦と赤土、粘土の土塀。いつ頃からここに残っているんだろう。趣あるねえ。

大神神社 9:47 3.3km
平等寺から10分もかからぬ距離に、大神神社が登場。拝殿の真横に出てきたから、正面の参道を歩かずに拝殿へ。


大神神社 拝殿
三輪山に神霊が鎮まるとされ山全体が御神体、拝殿は背後の三輪山を参る場所、したがって、本殿は存在しない。創建は神代といわれ、国内でも最古の神社。崇神天皇の3世紀の頃には、文化も全盛を極め、ヤマト国の「一の宮」とされる。年に数度は参拝に訪れるが、今日は山辺の道の通過点、さくっと二礼二拍手一礼、三輪大社は、大神神社とも呼ばれ、よみはいっしょ。

三ツ鳥居(パンフレットより)
拝殿と三輪山の間には、他では見られない3つの鳥居を組み合わせた三ッ鳥居が結界を作っている。普段は、拝殿の奥にあるこの鳥居を目にすることは出来ない。

拝殿から西に続く山辺の道。右手が三輪山、厳かな雰囲気が流れる参道。

若宮社
山辺の道をちょいと外れて、三輪の里には、大田田根子(おおたたねこ)を祀る若宮社あり。明治の神仏分離までは、大神神社の神宮寺であった。なるほど、神社というよりお寺さんの建物だね。右手には「おだまき杉」という、大木の切り株が祀られている。
久延彦神社(くえひこ)
若宮社から山辺の道に戻る途中には、知恵の神様「久延毘古命」を祀る久延彦神社あり。丘の上にあるので、石段がそれなりにきつい。

大美和の社
久延彦神社の先には、ソメイヨシノ、ジンダイアケボノ、ヤマザクラなど、満開を競うように公園がひろがる。きっちり、満開だよ。春霞の空に、淡いピンクが映える。


大美和の社 展望台
石段を上れば、展望台。サクラの向こうに、「ヤマト三山」のうち、耳成山と畝傍山が見えている。香具山はかろうじて、左の遠望。背景の山は葛城山、金剛山でそのふもとは、葛城王朝があったかもしれない地域。崇神天皇のさらに昔、欠史八代の時代における葛城王朝と、三輪王朝の考察はとても興味深い。
狭井神社(さい) 10:29 4.6km
山辺の道に戻ると、三輪山の左手裾野の沢に祀られる狭井神社に至る。

狭井神社は、大神荒魂神(おおみわのあらみたま)を主祀神として、病気治癒の神様として知られる。対して、大神神社は、大物主神の「和魂(にぎみたま)」を祀っている。
薬井戸
拝殿の横には、万病に効くという薬水が湧き出る井戸があり。押しボタンを押すと清水がコップに流れ出る。歩いてきた身には、薬じゃなくても美味しかった。
三輪山参拝
コロナ禍のために、ずーっと中止されていた三輪山参拝が復活していた。狭井神社の社殿の脇から、登拝料(300円)を納めて、たすきと祓串を頂き、入山の心得を聞いて入山する。往復4kmほど、2〜3時間の軽登山を覚悟しなきゃいけない。 登拝門から先は撮影や飲食(水分補給は可)は不可。山頂周辺は磐座(いわくら)と思しき、巨石がゴロゴロと、なるほど古代の自然崇拝が垣間見れる神秘的な気配あり。足腰に不安なく、ゆっくりと登れば老若男女、成就出来るだろう。

万葉集 額田王の句碑
大化の改新の頃、慣れ親しんだ三輪の地を離れるさびしさを額田王が読んだ歌が石碑に残されている。今日の文化人たちが厳選して「ゆかりの地」にその歌を石碑として、山辺の道に50基ほど配置されている。1つ1つ、石碑を読んでゆくのも趣あり。

路傍の草原は、さまざまな花が咲いていて、モンシロチョウが群れて飛び回っていた。

ハ大龍王弁財天神社
石組みで整備された路を進むと、右手の堤の方に神社があるようだ、寄ってみる。

龗神神社(りゅうじん) 10:49
2つのため池に囲まれた拝殿の向こうに。赤い鳥居と小さな社が祀られている。ひとけも感じず、早く立ち去らないと、、、みたいな気がした場所。

斜面にそって、ゆるくカーブを描きながら、石敷の路が続く。この石路、歩きやすそうで、そうじゃない(^^)。微妙に足首を使うから、疲れやすい。雨の日などは、ぬかるみにならないからいいけどね。


玄賓庵(げんぴあん) 11:01
山辺の道、歩を続けると、時に「パッと」出くわす景色に見とれてしまうことがある。緩やかな曲がり道の先に、白い壁の桜咲く寺院が見えてきた。さて、どんなお寺さんだろう。平安時代の高僧玄賓が世俗を嫌って住んだ庵といわれる。こころざしをおいて、お庭とお堂を拝見してきた。門内は撮影禁止、それはそれ、心の中にとどめよう。


山辺の道
玄賓庵の庫裏を通り抜けて、路は森の中を進む。人が歩んでえぐれたのだろうか、木の根っこを縫うように先が続く。木洩れ日に照らされて、山辺の道の道標が浮きだっていた。

歩き出して2時間40分、距離にして6.3km、お次のお宮が見えてきたよ。

桧原神社(ひばら) 11:10 6.3km
疫病が蔓延した災いを鎮めようと、崇神天皇が、宮中に納めていた天照大神をふさわしい場所に祀ろうとした際、最初の地に選んだのがこの地であった。奇しくも、三輪山を後ろ盾に、天照大神が大神神社と同じ地に祀られたのが興味深い。


三ツ鳥居
伊勢に天照大神が移られた後も、元伊勢、桧原神社として、存続したが、朽ちるに任せ灯籠2本のみと荒んでしまった。昭和に入り、伊勢神宮の東御門の古材を拝領し、三ツ鳥居が復元され整備された。本殿、拝殿を見ず、背後の三輪山は禁足地となっている。白州はもちろん、境内もひろく砂紋と共に掃き清められ、とても厳かな気配。三輪山を禁足地としての結界を示す三ツ鳥居は、大神神社の拝殿と同様に珍しい。

御朱印を頂こうと社務所に行けば、「ただいま清掃中」と書き置き。みれば、神主さんがせっせと三ツ鳥居の白砂をレイキで砂紋を描いている。んっじゃ、お仕事終わるまで、ベンチでお昼ご飯としよう。コンビニおにぎり2個、パリパリ海苔とごはんが美味い。まだ、行程の半分も消化していない。見るべき所、立ち寄る先、沢山あって、山辺の道、なるほど面白い。

前半 現在位置
「散策 3 山辺の道 景行・崇神天皇陵 長岳寺 石上神宮 天理」に続く
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