
戸隠神社 火之御子社

一の鳥居から奥社入口まで

飯縄山登山者駐車場 7:30
秘境「切明温泉」への道中で、3年前にGLサイドカーで戸隠は訪れていた。その時知った「戸隠古道」を歩き通してみたいという思いで、長野市内に前乗りして、早朝に出発地点までやってきた。
戸隠古道
戸隠古道は、長野善光寺から北西にある戸隠五社につづく古代からの参拝の道(戸隠表参道)。信州戸隠山(とがくしさん)の開山は、天岩戸神話に由来し、先住の九頭龍神と共に祀られたと伝えられる。 神代からの信仰の道、和歌山の熊野古道に通じる歴史を持つ。

戸隠神社 一の鳥居 建立跡地 7:35
スタートの一の鳥居跡から、ゴールの奥社まで、直線距離でざっくり9km。お宿の夕食に間に合えばいいので、ゆっくり丁寧に歩き出す。一の鳥居は、史実上でも複数回建て替えられているようで、石材が残ってるものは江戸時代の鳥居。その後木製の鳥居が奉納されたが、昭和60年に取り壊され、現在は跡地としてのみ残る。
戸隠古道 1丁石 7:42
戸隠への参拝路は、それなりに幅員があって、牛車くらいなら通過できるほど。一の鳥居から「一町(109m)」ごと「町石」がおかれている。

夏の朝日を横からうけて、木立の中の古道も明るくなってきた。数え切れない多くの人が行き交ったことで、ながーい年月をかけて、古道はU字型に削られてる。石垣も側溝もみあたらない「自然な道」は、まるで茂みに見るような「獣道」にもよく似ている。人も獣も「歩く」ってのは、一緒だもんね。

併走するr506号とくっついたり、はなれたりして、西に進む。自分の長い影を追いながら、上腕の力をトレッキングポールに伝えて、グイグイあるく。

大昔からこの古道は周辺の幹線であったと思われ、沢にかかるコンクリートの橋もガッチリ残っている。いつ頃に作られた橋だろう、大正?昭和?。新たに道を引く場合、古道は潰されてしまうことが多いが、r506は戸隠古道に寄り添うように併走する。

戸隠展望苑
木立の中から、出てくると右に分岐あり。看板にしたがって左にとるが、、、この右手には、ぱーっと蕎麦畑が広がっていたようだ、、残念、ちょうど蕎麦の花が咲いていたはず。


祓沢(はらいざわ) 道標 28丁 8:26
一の鳥居から28丁、およそ3kmで分岐の道標。右 「ちう。。。」左「ほうくハう。。。」明治の廃仏毀釈で「梵字」が削られてしまった。めざす宝光院は左の指示ではあるが、現存する古道は中社へ続くので、これにしたがう。

石畳
先ほどの道標あたりから、路面に石畳を見るようになる。30,40cmほどの平坦な石がラフに敷きつめられて、歩きやすい。これなら荷車も引きやすいだろうね。

29丁
町石の多くは盗まれたり、破損したりと、近代に作られた町石が多いが、わずかではあるが当時(江戸時代初期)の町石も残る。400年以上もむかしのものだよ(゚Д゚)

展望台まであと500mの表示に期待してキョロキョロ歩いたが、見つからず。どうもこの先の分岐を左にまがれば展望台(北アルプス遠望)に行けたようだ。

橋供養塔 42丁石 8:48
橋供養とは、おもしろい。橋が永久に堅固で丈夫であることを祈って建てられたもので、調べると各地にあることを知る。この供養塔は、この近くの2mほどの石橋の掛け替えの際に供えられたよう。それだけ、「橋」が大切だったんだよね。

歩き出して1時間半が過ぎて、自分の影も斜めに短くなった。

戸隠宝光社 9:05
戸隠古道は中社に通じるが、最初に参拝する「宝光社」に向かうために、左に外れて宝光社の集落に入ってきた。西の彼方には、鹿島槍や唐松岳あたりの北アルプスの雄姿が見えた。

戸隠神社 宝光社 9:09
戸隠神社五社の一番目、宝光社に到着。ながーい石段が待ってるはず。

見上げると、270余段の石段は真っ直ぐに美しい。ゆっくり一段一段、かみしめて上がれば、いずれは頂上にたてる。

宝光社
創生期には奥社の相殿として奉祀されていたが、平安時代にこの地に遷祀された。主祭神の「天表春命 あめのうわはるのみこと」は開拓学問、技芸裁縫安産に長けて女性や子供の守り神。拝殿の木彫りは、江戸末期にこの地で名をはせた越後の北村喜代松の作品とされる。

神通入口 9:27
拝殿の横から、北に古道が続く。「神道 かんみち」と呼べば、霊験あらたかな小径となる。火之御子社をはさみ、中社までの1.4kmは、歩く人たちも多い。不思議にも、単独で歩く人たちは、女性ばかり。戸隠は女性に人気なのだろうか。

石段をあがってきたのに、さらに古道は緩やかにのぼり道。なるほど、横を走る県道は、2度ほどヘアピンカーブ高度をかせいで、中社まで登坂しているよね

伏拝(ふしおがみ) 9:35
「伏拝」は、表すとおり人が伏して拝むこと。参拝者が平伏して拝むために木を横たえた場所で、遠く離れた「奥社」を遥拝する場所だった。今では木が生い茂ってしまったが、その昔はここから奥社を望むことが出来たのだろう。

NHK 小鳥の声
伏拝の袂には、立派な石碑が建っている。後学で調べると、昭和8年にNHKが戸隠から小鳥の鳴き声をラジオで初めて日本全国へ生放送したとある。

右に分岐があって、「小鳥の森」とある。どれどれ、寄り道、脇道して森を歩いてみた。鳥の鳴き声で鳥の種類が聞き分ければ、素晴らしいだろう。そんな思いを起こさせるほど、木洩れ日の森の中は、さえずる鳥の声で賑やかだった。

遊歩道を降りきって、県道に出てきた。これを左手にとって坂を登れば、左手に第2のお社、火之御子社の鳥居が出てきた。

火之御子社 9:46
短い石段を駆け上がると、お社が面前に。周囲は杉の巨木に囲まれて、強い陽射しも木洩れ日でやさしい。主祭神の「天鈿女命 あめのうずめのみこと)は天岩戸の前で艶やかな舞をみせた女神。舞部芸能、開運、火防などのご利益がある。創建は平安時代で、先ほどの宝光社と同じ頃。


夫婦杉
拝殿は巨木に囲まれているが、一際でっかいのは背後の「夫婦杉」。2本の杉が根本で癒合した姿は、仲睦まじい。樹齢500年、、よくもケンカせず仲良くやってきたねえ(^^ゞ。


再び戸隠古道に戻って、中社に向かう。路傍には地蔵や道祖神などが仲良く祀られている。大きな石碑には、馬の絵が見える。馬頭観音だろう、古道を人と共に荷役で活躍した馬たちは大事にされたんだろうね。

戸隠神社 中社(ちゅうしゃ) 10:04
飲食店やお宿が集まって賑やかな集落「戸隠」の中社に到達、歩き出して2時間半で3つめの戸隠神社だ。


戸隠神社 中社
戸隠神社の社務所がある中社は、戸隠五社の中核ともいえる。ご祭神の「天八意思兼命 あめのやごころおもいかねのみこと」は隠れてしまった天照大神を神楽によって導いた「知恵の神様」。学業成就、試験合格、商売繁盛など、ありがたいご利益があるとか。宝光社の主祭神は、その子にあたる。創建は平安時代で、宝光社、火之御子社と同じくそれまでは奥社の相殿であった。後学で天井には雲龍図が描かれているとあった、残念、見忘れたね(T_T)。

戸隠の三本杉(一本目)
中社の見どころは、3本杉だろう。拝殿にいたる中段に、3本に分かれた一本目の杉(37m)がそびえ立つ。1本が分かれたのか、3本が融合したのか。


戸隠の三本杉(二本目)
中社の広場に立てば、嫌が応でも視界に入る巨木が、二本目の杉で高さ38m。県道沿いの交通量が多い角地に、でーんと存在感を示している。

戸隠の三本杉(三本目)
拝殿にむかって右、そば屋さんに覆い被さるように、3本目の巨木は42mの高さ。これら樹齢は、900~1000年で上から見ると正三角形に合致するらしい。若狭の八百比丘(やおびく)が、人魚の肉を食べて死んだ三人の子供を弔う為に、権現様のお告げにしたがって出家。その示された地に植えた3本の杉が「戸隠の三本杉」と言い伝えがある。人魚の肉を食べちゃって、不老不死になるっていう伝承は日本各地にあるよね。それにしても、1000年前に誰かが意図して植えたのか、たまたま1000年生き残った巨木の位置が三角形の三点だったのか、どっちだろ。


そば処 うずら家 10:15
人気のお店でこれまで敬遠してきた「うずら家」さん。中社を出てきた時間がドンピシャで、今日はぜひ食してみよう。7人目くらいの行に名前を書いて開店を待つことに。あと、15分、これはラッキーかも。

開店時間になるとゾロゾロ人が集まってきた(°0°)。暖簾をかかげて主の挨拶が始まった、なるほど、この店の習いなんだね。主自ら客の呼び込みをするが、、、小生の書いた用紙は「2枚目」だった。。。一番最初に記帳した人は、午前6時半とのこと。これまた(゚Д゚)。

大盛ざるそば 11:00
収容席は多いようで、2枚目の小生もそのまま席に通された。お腹は減ってはいるが、この後の行脚を考えて、旨そうな天ぷらは敢えて封印。シンプルなお蕎麦を口にした。蕎麦もお汁も期待通りの美味しさ。待った甲斐はあったけど、よーく考えると蕎麦が旨いってのは、何を評価して言うんだろう。そばの香り?歯ごたえ?お汁のお出汁?自問自答してみるけど、よく分からない。素食な小生には、美食の引き出しが少ないので、評価が難しいな。

中社 11:18
1週間前までは、雨の予想であったこの日は、すっかり晴天で陽射しも強い。晴れと雨では、戸隠も見えようが随分と違うだろう。天候に感謝。

お腹もふくれたし、奥社に向かって歩みを再開。中社の駐車場裏から戸隠古道が続く。陽射しはきついが、木々に覆われた古道は木洩れ日が美しくて、歩きやすい。

女人堂跡 道標 11:24
右 越後道 左 女人 と刻まれた道標は、文化5年 1808年と彫られている。明治になるまで、この先の奥社は「女人禁制」であったようだ。

妙高につづくr36とちょっとだけ重なって、古道は左に分岐して舗装道路を進む。
孝行稚児の塔 11:36
路傍には、苔むした小さな塔が佇む。「昔養子をもった夫婦がいた。留守の妻に届いた手紙を夫は怪しむが字が読めない。そこで養子に読み聞かすように言ったところ、養子は事情を察して、内容を違えて読んで夫婦の中を丸く収めた。その養子の賢さを偲んで供養塔を建てたとある。なんだかねえ。。
奥社入口駐車場 県道36号
木立の中を抜けて明るい陽射しの県道に出てきた。古道は道路を横切り、先に続く。サイドカーで来た2年前は、この駐車場を利用した。

奥社 大鳥居 11:48
一の鳥居から、11kmほどの距離を、食事を含めて4時間かけて奥社の入口に到着。ここから、奥社までの参道が、戸隠五社めぐりのクライマックスだろう。天気も最高、よい日に巡り会えた。
一の鳥居から奥社入口まで
散策 4 戸隠神社 戸隠古道 (九頭龍社 奥社)に続く
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