
ヤマハ RZ250改 1981


伊那市高遠町 r209 9:48
天気予報で真夏のような天気といわれたら、バイクで走るしかないでしょう(^^)。お久しぶりにRZをお供に選んで、どこへ行こう。そう、高遠の桜がギリセーフとの情報を得て、高速を飛ばしてやってきました。町内入口の電光掲示板には、「散り始め」なんて掲示されている。

高遠町 相生の枡形
旧街道から高遠の町に入ってくると、江戸時代の宿場入口に当たる「枡形(ますがた)」が残っている。高遠を見渡せる場所で、奥の高台が高遠城趾公園で、サクラ色に染まっているね。さあ、行ってみよう。

高遠城址公園 北ゲート 10:00
伊那市高遠の桜は、全国的にも有名だろう。「桜まつり」期間中は、進入路も一方通行で、駐車場も厳重に管理されている。指示に従って、公園内に入ってくると、まずは北ゲートが出てくる。よく紹介されるゲートだから、銘板の前にバイクを駐めて写真を1枚。警備のオヤジさんが近づいてきて、「小言」でも言われるのかと思ったら、「2stの音はいいね〜」なんて、褒めてくれた(^^ゞ。

名も無い1本桜
城址公園をぐるっと半周して、バイク駐車場に向かう。中途の集落の辻に、豪快なしだれ桜と遭遇。さぞかし有名な桜かなと探したが、紹介板もなし。この日、多くの桜に出会ったが、1本桜としてもっとも華やかで勢いがあった。すばらしい!。

バイク駐車場 10:05
バイク指定の駐車場も桜に囲まれている。南面なので、城址公園でも落花が進んで地面がピンク色だ。

さて、係の人に500円を納めて、公園の案内図を頂く。高遠城址が公園となって、明治8年頃から固有種の「タカトウヒガンザクラ」を植樹し、今も1500本が咲き誇る。

南ゲート
バイクジャケットを置いて、半袖ポロとトレーナーの出で立ちで歩き出す。曇天だったので、暑くもなく寒くもなく、散歩日和。

北ゲート
城趾の敷地を埋め尽くすように桜が咲いている。130年を超えるような老木もあるとか。始まりは、廃藩置県で廃城となった跡地が、「丸坊主」で痛々しかったのを見て、旧藩士たちが近くの「桜ノ馬場」から桜を移植させたのが始まり。

高遠閣
昭和11年に建築された木造二階建ての大きな建物は、高遠閣と呼ばれ、観光客の休憩場所として、地元名士たちが建築した。国の登録有形文化財に指定されているとのこと、中も見学してみたかったが、「200円の有料で休憩室があるだけですよ」って、そっけなく係の人が教えてくれたので、諦めた(^^)。

本丸、二の丸、曲輪などを供えたお城だから、空堀も複雑に入り組んでいる。それもあって、横にも縦にも桜の木が重なり合って、より華やかな印象。

微風の日であったが、ハラハラと落ちてくる花びらの中を散策する。ああ、良い時に来れたね。

曲輪の斜面にもびっしりと植樹されているから、散策路の目線の高さに、桜の枝が壁のように咲き埋まる。桜の生け垣といってもいいくらい、豪華だ。

西に面した本丸からは、高遠の街並を下に、遠望には駒ヶ岳などの中央アルプスが、春がすみの先に見えている。雪を抱いたアルプスに「ほんわり」した高遠の桜たち、よい眺めだった。

絵島囲い屋敷 11:05
花見を終えて、城趾に隣接した絵島囲い屋敷も見学してきた。江戸時代の大奥で、女中の筆頭であった「絵島」が、流刑のこの地で過ごした屋敷が再現されている。

城外での用事の際、絵島の一行が歌舞伎に立ち寄り、門限に遅れたことに端を発する。歌舞伎役者との密会と咎められ、絵島に関わった女中たちがそろって死罪や流刑となった「絵島事件」は。大奥の最大のスキャンダルとされた。現代になり、「大奥の権力争いの策略」だったとか、「大奥の浪費、贅沢の抹消」であったとされる。つまり、えん罪であった可能性があるようだ。

外部との連絡を絶たれ、33才から亡くなる61才までの28年間、柵のついた八畳間に幽閉された。筆も嗜好物も許されず、ひたすら念仏を唱えていたとされる。絵島を受け入れた「高遠藩」もその扱いには、相当に配慮した様子が残っている。

R361 権兵衛街道
高遠城址公園を後に復路につく。伊那市に向かう国道にも、桜があふれている。まさに「花吹雪」の中を通り抜ける。ドライブレコーダーの静止画では、花散る姿が伝えられないのがもどかし。そうそう、2つのメーターを整備に出したばっかりだから、文字盤の日焼けも内側の曇りもすっかり手が入って、気持ちいいよ。

食事処 四方路(Googleより)11:58
こちらに来たら、ソースカツ丼食べたくなるので、グーグルで探してみる。帰りのコースと一致して、寄らせてもらったのが、R361沿いの四方路(すまろ)さん。お店の外観を撮影し忘れて、Googleマップより拾ってみた。

ソースカツ丼
地元人に愛されてるのが分かる雰囲気一杯のお店。これしか頭に浮かばなかった「ソースカツ丼」を注文。ご飯の上のキャベツを床に、ヒレカツの大きな6切れがドーンと鎮座。カリッとした衣にジューシーな分厚いヒレ肉は、期待通り。くぐらせるソース漬けじゃなく、特製ソースをのっけるタイプで、「追いソース」が用意されていた。

伊那ローメン
伊那名物のローメンは知ってはいたけど、これまで試したことが無かった。一見すると、焼きそばと違わないが、食べたことがないので、想像するだけ。「すまろ」さんは、ローメンも美味しいらしい。会計の時に、主人にローメンのことを訪ねたら、「お出汁たっぷりで、麺を炒める」と教えてもらった。今度は、カツ丼は我慢して、ローメンを食してみよう。
駒ヶ根市 赤穂
伊那の町から南に降りて、駒ヶ根の養命酒工場近くで、しだれ桜と中央アルプスのコラボ風景にバイクを駐めた。背後は駒ヶ岳の南に続く空木岳あたりだろう。曇天ではあるが、見事な風景。

手前の水田?畑?は、春の野花が満載で、とてもかわいい。豪華な「ラッパスイセン」、不思議な形の「ヒメオドリコソウ」、ちっちゃなブルーの「ツユクサ」は、この地域の野路のどこでも見かけた。
飯田山本IC 三遠南信道起点 13:01 まだ陽が高いので、しらびそ高原にも行ってみようかなんて、無謀な案が浮かんだ。中央道から三遠南信道に進入して東に向かった。
飯田市 上久堅(かみひさかた) 天竜川を越えて、10kmも走れば、現状終点の上久堅の集落。ガソリン満タンにしないと山越えが心配だから、このあたりで唯一のガソリンスタンドで給油。飯田の市街からそれほど遠く離れていないけど、廃業してしまったお店が多いのが目立つ。背後のAcoopのスーパーマーケットも、やってる雰囲気なし。三遠南信道は、秘境と呼ばれてきた地域を飯田や浜松といった大きな街と繫げることで、利便をもたらすだろうが、その地域の人たちの都市部への流出も加速するように思う。これまで、訪ねてきた多くの廃村で、同じようなシナリオを見聞きしてきた。

伊那郡喬木村 13:26
さて、山越えの「矢筈トンネル」を目指していたが、しらびそ高原までの往復に2時間以上はかかるだろうことは容易に想像出来る、さらに名古屋まで帰ると日没以降になりそうだ。ということで、喬木村に入ったところで、しらびそを断念して帰路につく。折り返し地点は、いろいろな色のハナモモが満開を迎えていた。育てている人の愛情がつたわるね。

上久堅 北田遺跡
上久堅の集落で、遺跡の看板を見つけて寄ってみる。田んぼの中に、縄文時代の竪穴式住居が再現されている。

案内板を読めば、発掘調査の結果、この地に9000年前の縄文時代から1500年前の古墳時代まで、大きな集落が存在したとある。であれば、現在ここに住んでいる人たちは、9000年もの脈々とした暮らしを続けてきた子孫かもしれない。立派なしだれ桜が堂々と立っていた。

伊那郡下條村
このまま高速で帰宅しても楽しくないね。ということで、R151で南に向かい、阿南町から新野峠を越えて、愛知県の最深部から下道で名古屋市内に戻るルートを選んでみた。中央構造線に圧縮された手前の低い山脈とその奥に控える南アルプスの南端が作る奥深い山の姿、バイクを駐めて景色に浸る。


阿南町 かじかの湯 14:15
阿南町の国道沿いにある「かじかの湯」の看板に、ふらふらと引き寄せられてしまった。よくある「ヌルヌル系」のアルカリ泉で、清潔感もありなかなか良かった。貸し出しのタオルが無かったので、フェイスタオル200円でお買い上げ(^^)。

R151 新野峠 15:03
阿南町からのR151は、ループトンネルを重ねて高度を上げてゆく。ダイナミックなワインディングの先は、「道の駅 千石平」の新野の集落。まっすぐに集落をぶち抜いて、いよいよR151が新野峠で県境を迎える。季節がマッチすれば、メットの中で雄叫びを上げたくなるほど、最高に楽しい道だ。

茶臼山高原 15:28
愛知県に入ったら、R151から右に折れて、茶臼山高原に駆け上がった。この上りもつづら折れで高度を上げるから、バイクで走るのはめちゃ楽しい。タイヤの隅々まで、使い切って気分爽快。以前は、茶臼山高原道路とよばれ、有料道路だった。いまでは、愛知県でもっとも高度のある地域を、東西に繋いでいる生活路かも。木々に遮られ、なかなか展望が得られないが、ところどころで、愛知県の山深いところを見ることが出来る。

名古屋IC 16:45
茶臼山高原からは、定番の「稲武の道の駅」で小休止。後は一気にR153を駆けおりて、足助から猿投グリーンロード経由で、名古屋ICまで帰ってきた。日没前にちゃんと帰って来れたし、いつものように、高圧洗車してお家に帰ります。

日没前に無事に帰還。往路は高速、復路は下道で、約420kmの走行。大昔に、焼き付かせてワンサイズアップのピストンを入れて以来、ピストンリングを替えていないのもあって、パワーはずいぶんとロスをしているかもしれない。オドメーターの6万キロ越えは、転倒などでメーター交換をしているから、新車時からの真の走行距離はオーナーの小生でも分からない。オイルポンプのシムを買えてからは、正常な2stオイル消費に戻って、ツーリング時にオイル缶を携帯する必要はなくなった。大学生入学の時に手に入れたバイクで、45年後の今も、当時と同じように遠出が出来るって、凄いよね。我ながら、そう思う。
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