知立市 無量壽寺(むりょうじゅじ) かきつばた
史跡八橋 かきつばた まつり
バイクで出かけるには、雨雲レーダーが気になる日、愛知県知立市のかきつばたを見に出かけた。会期末の平日とあって、静かに観覧できるでしょう。

まつりの会場となってる知立市八橋町にある「お寺さん」の門前。

臨済宗の無量壽寺の境内に、3万本のカキツバタが咲き誇る。今年は、例年より開花が早く、会期も前倒しになったよう。

旧札となる「樋口一葉」の5000円札の裏に描かれるカキツバタは、無量壽寺が由来とは知らなかった。

平安時代の始め、822年にこの地に無量壽寺として、整備されたのが始まり。山号は「八橋山」で、地名に由来する。

本堂は大正時代に火災ににあって、現在の本堂はその当時の再建。

方厳売茶翁(ほうがん ばいさおう)
煎茶の中興の祖とされる「売茶翁」。その生きざまを師とした江戸時代の僧侶が、「方厳売茶翁」。初代と同様に「煎茶」を通じて教えを広めた。かれが、全国行脚の後、この知立にとどまって、当時廃れていた「無量壽寺」の再興に取り組んだ。

杜若(かきつばた)池
寺の再興の際には、その庭園も煎茶式に整備され、かきつばたの庭として世に広まるきっかけとなり、今に至る。


杜若池に始まり、境内の周囲に、かきつばたの繁る池の庭が拡張されたよう。回廊式に、そのかきつばたをめでる。

係の方が、その日のかきつばたの開花を、「3つ花」と表現していたが、「下」、「中」、「上」の「3つ」のつぼみが順番に開花するのだそうな。訪れたのは、開花の終焉に近い最後のつぼみたちだから、しおれた花弁を抱えたままの株も目立った。

「かきつばた」と「あやめ」は混同しやすいとされる。花弁の中央に白や黄色のストライブが入るのが「かきつばた」。そして中央が網目模様になるのが「あやめ」だそうな。「いずれがあやめか、かきつばた」という慣用句が、知られているが、これは、「区別がつかない」という意味ではなく、「いずれも秀でている」という意味だから、間違えて理解してる人もいるんじゃないかな。かく言う小生も勘違いしていたね(^^ゞ。

境内には、近年に整備されたと思われる庭園もあり、より密集して艶やかだった。紫は上品で高貴な色調、とても艶やかだね。これら、すべてが、近隣のボランティア活動で維持管理されている。2017年に立ち枯れ病で全滅になりかけたが、皆さんの愛情でここまで復活。雑草の管理など、大変だろう。
在原業平(ありわらのなりひさ)
日本最古の歌物語「伊勢物語」の主人公とされる平安時代の貴族、業平は、旅の途中でこの地の「かきつばた」の五文字を句の上に据えて、歌を残した。平安時代の頃から、すでに無量壽寺のかきつばたが愛でられていたってのが、すごい。

万葉椿(まんようつばき)
金魚の尾のように分離した「葉先」の珍種の「つばき」。八橋の周辺で自生する姿を業平が歌に詠んだことから、「万葉椿」と名がついている。

伝説羽田玄喜の二児の墓
大昔、この地の荘官の娘は、早くに夫を亡くし、苦労して二人の子供を育てていた。しかし、大水にあってその子二人とも失ってしまう。悲しみの母は出家して、その魂を弔っていた。ある日、「川の入り江に行って、橋を架けなさい」とお告げを受ける。果たして、入り江に行くと「八枚の材木」が見つかって、それを用いて橋を架けて道行く人の助けをした。この故事から、「ハッ橋」という地名になったという。

それほど大きな境内ではないが、2ヶ所に休憩所が設けられて飲食と休憩が出来る。賑わう週末の混雑が想像出来る。

お土産をのぞけば、京都の「八つ橋」が並んでいた。なんで、ここで京都の銘菓??しかも、賞味期限の少ない、「生八つ橋」もあるよ。

江戸時代中期、300年以上もむかし、京都の和菓子職人、「西尾家」は、当時庶民の間で人気を博していた、伊勢物語の「東下り」の段で登場する「八つ橋」と悲しい2児の物語を掛けて、「橋」の形をした菓子を作るようになったとされる。以降、代々の主は菓子作りに勤しみ、創業100年を超える唯一の「八つ橋」として京都市から表彰されるほどの老舗となった。

八箸旧跡碑
そんなご縁もあり、京都の本家西尾家は、無量壽寺に、石碑や須弥壇(しゅみだん)などを寄贈して、今も修繕寄進している。京都のお土産としてあまりに有名な「八つ橋」の命名が、この三河の八橋だったとは、面白い。


旧東海道 知立松並木
無量壽寺は旧東海道や鎌倉街道に近い集落にあり。すこし南下して国道1号繊に向かうと、立派な松並木に出会う。旧東海道が、いかに立派に整備されていたのかがうかがい知れる「松並木」。「御油の松並木」など、このあたりには、旧東海道の史跡が多く残っている。

知立 大あんまきの藤田屋
旧東海道から、国道1号線に入れば、ほどなく地元の有名店、「藤田屋」が左手に。国道沿いによくある昭和の「ドライブイン」の風情。実際、コロナ禍までは、大レストランが繁盛していた。江戸時代、知立神社や東海道を行き来する旅人に、あん巻きを提供したのが始まり。

さっき、生八つ橋を買ったばかりだけど、大あんまきもお土産に持ち帰ろう。「あずき」「白あん」「栗」まではいいとして、「チーズ」「カスタード」「天ぷら」と変わり種も。天ぷらは、大あんまきを衣で揚げたモノ。食べ応えありそう(^^)。

「栗」と「カスタード」を1本づつ購入。パッケージには、無量壽寺のかきつばたが描かれている。「あんこ」ばかりのお土産になってしまった(^^)。八つ橋は自宅に、こやつは、これから職場に戻って、皆で食べよう。ちょうど、3時のおやつにいいだろう。
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