
国史跡 北沢浮遊選鉱場跡
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小木 ホテルおぎ 7:38
佐渡に渡って2日目、今日は佐渡金山などの佐渡観光ハイライトがあるので楽しみだよ。早く起きて港の散歩でもしようか、なんて思ってたけど、熟睡で寝坊しかけた(^^ゞ。パンと牛乳をお腹にしまって、サア、出発です。

Day4前半

小木港
気温こそ上がらないけど、真っ青な晴天はありがたい。最南端の沢崎鼻灯台は昨日訪れて制覇済み、なので、小木の街からR350を直上する。


羽茂村山
佐渡唯一の国道は、広くて走りやすい。小木の周辺では、信号ひとつも無かったはず。スイスイ走っていたら、路傍にコスモス畑、さらにはひまわりに出合う。名古屋より北にあるのに、佐渡の内陸は暖かいのか、12月間近でひまわりがみれるなんて。

日本最後のトキ餌付の地
Googleマップで見つけた気になる場所に立ち寄り。トキ観察員の宇治金太郎さんが、日本最後の野生トキの餌付けをこの場所で続け、人の手からドジョウを食べるまでになる。絶滅を防ぐために、翌年金太郎さんはそのトキを捕獲し、人工飼育を開始。36歳になるまでトキは飼育されたが、子孫を残せず死んでしまった。しかし、その人工飼育の経験が、その後の保護につながり現在のトキを支えている。

佐渡西川ゴールドパーク 8:32
営業開始の8時半に、砂金を取りにゴールドパークに到着。小生以外にも、開場を待ってたお客さんがいたねえ(°0°)

佐渡の鉱物分布
赤い三角が金山で、この西三川は砂金の姿で採取できたよう。対して相川の金山は、金鉱から抽出する方法だった。また佐渡には、銀や銅など、その他の鉱山も多く存在していた。

金泊加工
まっち棒の頭、半分くらいの金を叩いて、畳半畳くらいの大きさの金泊に仕上げる。この技術も日本ならではとある。純金ではなくて、銀と銅を混ぜた合金が使われるよう。

砂金取り体験 会場
さっさと展示室の見学を終えて、お目当ての砂金取り体験を開始。

係の人が、マンツーマンでやり方を教えてくれる。流水の流れる砂場から、すくい取って皿の段差を利用して、余分な砂や石を捨ててゆく。

2,3分、ゆさゆさ選別すると、重い砂鉄成分や金が、皿の底にのこるってわけ。見えるかな、小さく光ってるでしょ、これがお目当ての砂金です。

持ち時間30分。中腰の姿勢で没頭してると、誰もが腰が痛くなるよう(^^)。砂のすくい場所やその量など、工夫しながら30分間の作業で、4片の砂金を獲得。ペンダントに入れてもらって、大事に持ち帰った。そう、学生の時も、これ、やったわ(^^)。探せば引き出しの中から、砂金のペンダント出てくるかも。

背合バス停 9:34
毎度のグーグル情報で、「恋するバス停」と命名されたバス停を発見。R350の海岸線で、路線バスの待合所がインスタ映えのスポットになっているよう。回りは民家もなく、背景は蒼い海と佐渡山脈の雄姿。インスタの画像を見ると、待合を真正面から捉えている写真が多かった。どこが「恋する」のか、よく分からなかった ^^ゞ。

佐渡歴史伝説館 9:43
フェリーに掲示してあったポスターで、佐渡汽船の船舶模型が伝説館に展示してあると知り、やってきました。

現行 おけさ丸
小笠原諸島の「小笠原丸」は11000トンと大型化して、離島フェリーの国内最大となっているが、佐渡汽船のフェリーたちの6000トンクラスは、それに次ぐ大きさ。

ジェットフォイル つばさ
ボーイング929がオリジナルの高速水中翼船。1977年から就航開始、日本が主な運用国。佐渡汽船では現在3隻のジェットフォイルを運用。その後川崎重工がライセンスを受けとり、新造船、整備を引き受けているが、佐渡汽船はその運航経験より、自社でも整備が出来るほどのユーザー。現行の「つばさ」は、川崎重工製作の1号艇で、1989年から30年以上も佐渡航路で活躍中。伊豆大島や五島列島に渡る際に乗船したが、ジェット機を思わせるタービンの音はまるで飛行機だった。ただし、、、速いけど、乗船中はずーっとシートベルトに縛り付けられるのが苦痛だ(^^)。

現在も国内の7航路で13隻のジェットフォイルが活躍中。まだ発注が出るって事は、頼りにされてるんだよ。時速80kmで離島と本土をつないでいる。がんばれ、ジェットフォイル。

畑野 県道381号
お次は、大佐渡スカイラインに上がって、山の向こうの佐渡金山をめざす。佐渡島は、並行する二つの山脈が「国中平野」という平坦地でつながっている形。10の市町村が合併して、2004年からは、島全体が佐渡市となった。その国中平野は結構ひろく水田が広がっている。佐渡って、意外と水田が多いんだよね。

大佐渡スカイライン 佐渡分屯基地前 10:19
市街地から山道に変わり、半分ほど上がったろうか、唐突に「冬期通行止め」の看板でジエンド。確かに最高峰の金北山の山頂は冠雪してたからなあ。。。さてどうしよう、こりゃ、もどってぐるっと南から迂回するしかないね。ちなみに、通行止めは航空自衛隊の基地のゲート前だった。北の護りのレーダーサイトだね。

史跡佐渡金山 10:52
店舗が並び交通量の多い市街地を抜けて、山の向こうの佐渡金山に到着。ヘルメットを脱いで、いざ金山へ。

史跡佐渡金山
佐渡にきた観光客は、必ず訪れるであろう佐渡金山。入場料1500円で、スタンダードな「佐渡金山コース」を体験できる。

国史跡「宗太夫坑」
チケットを購入してまずは、正面の宗太夫坑を降りてゆく。江戸時代の採掘坑道で、佐渡金山絵巻に基づき、約70体の人形によって江戸時代の金銀採掘の様子が再現されている。

降りたり、登ったり、狭い坑道内はうっかりすると頭をぶつける。はげ頭には、キャップが必須(^^ゞ。

金を目指してあちこちにアリの巣のように坑道が延びている。昔も感心したが、ここの人形たち、表情などよく出来てるんだよね、怖いくらい。

展示室
宗太夫坑から出てくると、展示質につながってる。坑道の様子、金の精錬など展示室はミニチュアを使って丁寧に説明してる。入場者もそれなりに多くて混雑。

国重要文化財・国史跡「道遊坑」
再度正面入口にもどり、左に進むトンネルは、「道遊坑」で、明治32(1899)年に開削され、佐渡金山の近代化に大きく貢献した機械掘り坑道。坑道の他に、トロッコ、機械工場、粗砕場などが展示されてる。

坑道は広く、削岩機などでガンガン削ったよう。この地上部分は、道遊の割戸にあたり、よほど有力な鉱脈があったんだね。坑道とトロッコって、インディージョーンズ魔宮の伝説を思い出す。トロッコでチェイスするあのシーンは、好きだったなあ(^^)。

道遊坑から地上に戻り、ぐるっとUターンして坂を登る。

国指定史跡「道遊の割戸」
坂を登った先が、金山の象徴、頂が真っ二つに割れた(削られた)道遊の割戸だ。江戸時代の露頭掘りで鉱脈を追っかけたら、こんな姿になってしまった。

上からも、横からも美味しいところだけ、ドンドン削られ、地下部分は先ほどの道遊坑で取り尽くしたってわけ。人間の貪欲さって、すごいよね。

史跡佐渡金山駐車場 11:29
足早に見て回ったので、わずか40分ほどで見学終了。それぞれの展示などジックリと読んで回れば、この倍の時間は要するだろう。昔に来たときの印象があまり残っていなかったんで、再確認できて満足。皆さん気づいているだろうか、周囲の里山は紅葉でキレイなんだよね。

池袋 大勝軒 佐渡店 東大通り 11:49
スカイラインが通れなかったアクシデントがあっても、タイムテーブル通りなので、再び市街地に戻って昼メシとする。大勝軒のラーメンが好きだけど、名古屋にあった2店舗はいつしか廃業してしまった。なんと、佐渡に大勝軒があると分かって、吸い寄せられるように来てしまった。

あつもり かつお
スープを一口、口に含めば、そうそう、このお味。ちょっと酸味のある魚介のスープ。麺がちょっと細めだったけど、想像通りの大勝軒のあつもりでした。ごちそうさま。

相川 京町通り 12:31
ラーメン1杯食べるためだけに、往復20kmを走り、再び佐渡金山のふもとの相川に戻った。ここは、佐渡金山の鉱夫たちの街で、賑わったところ。金山から港まで、まっすぐにメインストリートが延びて、「京町通り」っておしゃれな町の名。

旧相川拘置支所
何やら高い塀と鉄格子の扉。1954年から18年間、佐渡の拘置所として機能していた建物で、木造の拘置所建築として国の有形文化財に指定されている。江戸の頃から、つい最近まで、この金山のふもとの相川は、佐渡の行政、司法の中心だったんだね。廃墟めぐりのすきな人には、ツボにはまるので、訪れるべし。

京町通りを下ってくると、まっすぐな通りの向こうに、海が見えてる。すてきな風景の切り抜き。

佐渡奉行所跡 12:42
金山があれば、行政も力が入る。江戸時代の相川には、佐渡の御奉行さんが詰めていた。その場所に、江戸時代の図面を元に、佐渡市が再現した奉行所跡。

お白洲(おしろす)
遠山の金さんで必須のセット、お白洲が再現されてる。荒くれ者の多い相川だったから、多くの争議が裁かれたんだろうね。奉行所跡は大きな木造建築で、とにかくだだっ広い。各部屋に調度品も置かれず、説明文もないので、ただただ大っきな御屋敷を見てきただけって印象。相当にお金のかかった建築物だと思うので、一工夫してほしいね。

勝場(せりば)
勝場は、金鉱は細かく粉砕して、布の上に水とともに流して、比重の思い金などの鉱物を選別する行程。その勝場を奉行所の中に設置していたってのも、興味深い。金ドロボウが起きないための対策だったんだろうね。

北沢浮遊選鉱場 13:20
相川の町には、昭和15年に国策で鉱山の増産を目指して、大きな鉱山施設が建設された。

国史跡 北沢浮遊選鉱場跡
「遊選鉱場」とは、鉱脈の鉱石を細かく粉砕し、化学薬品などを用いて、水槽内で金属とそれ以外を分別する施設で、大量の鉱物を処理する能力があった。佐渡金山が閉じるまで、この施設で金をはじめとして貴重な鉱物が精製された。階段状にコンクリートの施設がのこるが、ツタなどの雑草がその表面を覆う姿が、「佐渡のラピュタ」と呼ばれて、人気を集めている。
50メートルシックナー 直径50メートルの泥状の鉱石と水を分離する巨大な装置で、浮遊選鉱場とともに鉱物の抽出に活躍した。宇宙船の発射台の様ですごいねえ。日が落ちるとライトアップされるらしい。

鉱石に含まれる貴金属を精錬する能力は優秀で、江戸時代に捨てられたボタ山から、多量の金を絞り出したらしい。それにしても、でかい。石垣の作りは、マチュピチュをも連想させる。ジブリが好きな若者の来訪が多かった気がするね。佐渡金山関連の観光ポイントはこれにて終了。これから海岸線を北上し、宿泊地の「二つ亀」をめざす。

Day4前半
GL1200サイドカー 38 佐渡の旅 6/7 尖閣湾 大野亀 弾埼灯台 二つ亀 に続く
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