疎水を乗り越えた先は、いよいよお山登りが始まった。東に歩むので、陽射しがまぶしい。

左手に、神社の参道を見つける。寄ってみましょう。
日向大神宮(ひむかいだいじんぐう) 8:33
手前が外宮、奥が内宮。祭神もアマテラスなど伊勢神宮と同様であり、京の伊勢と呼ばれている。創建は古墳時代の23代顕宗天皇とされるから、相当な格式を備えていたよう。現在は、村社として地元の崇敬を集めている。

境内を抜けると、集落の気配が消えて、登山路の態にかわる。

時間を経て、人の歩みが、形になっている。順に足を進めば、ちょうど凹んだ足形に合致する。面白い。

大文字山への登りは、「京都一周トレイル」のコースと重なって、案内が充実。分岐の多いコースだけど、初めてでも迷うことはなかった。京都市が設定し、整備したルートで、ぐるっと京都の北半分を巡る84km。これはこれで、完走に挑戦してみたいな。
京都一周トレイル
山科方面を望む 9:15
登り出して40分ほどが経過、木々の隙間から、初めて遠望に出会う。クルマを預けてきた山科方面だ、

中途には、神明山のピークがあるはずも、気づかずに通過。もうずいぶん来たね。ちょいと丸太に座って小休止、マップを確認したら、まだ半分にも届いていないことにがっくり。気を取り直して、尾根道を山頂に向かう。

8合目あたりまで来たんじゃなかろうか。簡易林道に出合い、進む先をプチ悩む。
アセビ
白いスズランのようなかわいい花をつけるアセビ。Hさんに教えてもらって、名を知る。帰って調べれば、有毒植物だそうで、「馬酔木」と書かれるのも、その理由。鹿など草食動物が荒らす山では、アセビがたくさん自生してるらしい。なるほどねえ。
分岐
京都一周トレイルの標識をたどってやってきたが、ここで、ルートから外れて大文字山の三角点にすすむ。この標識、目立つし、見やすい地図ですばらしい。

大文字山 山頂 10:05
蹴上の液から1時間40分、おだやかな春のお山をゆったりと楽しんで登頂。もう少しで頂上ってな場面で、徐々に頂上とその先の大展望が見えてくる刹那は、登山の醍醐味だねえ。がんばった充実感と、そのご褒美を授かる。手前が山頂の三角点、山科と洛東が面前に広がる。



将軍塚から清水寺、先は伏見稲荷へのお山が正面に。右手には京都タワーが識別できる。雲ひとつ無い、春がすみ、よい日に来ることが出来たね、感謝だ。毎度のおにぎりをパリパリと頬張る。下山したら昼食なので、いつもの2個じゃないくて、ひとつでガマン。
下山開始 10:32
丸太のベンチでHさんとおしゃべりタイム、30分ゆったりして、先に進む。この先が、今日の登山のハイライト。
大文字 火床(ひどこ) 10:43
500mほど下ってくると、「パーン」ってな感じで、京都の町を見下ろす「大文字火床」にやってきた。後ろに続く他の登山者たちも、思い思いの歓声をあげている。スゴイ景色だ。地面の岩が組まれた場所は「かがり火」を燃やす「火床」。
大文字 山頂から降りてくると、「大」の字の2画目の位置に、登山路がつながっている。1画目の長さが80m、2画目は160m、3画目は120mと、現場に来ると、その大きさを実感する。1画目の筆をおろす場所が、下山路の続きだ。

たくさんの観光客が訪れて大賑わい。小生も京都を背景に写真に収まる。左後方の広い森は御所、さらにその向こうは嵐山。花粉?春がすみの京都。

大の字の中心は、広くなって、登ってきた皆さんがくつろいでいる。銀閣寺近くの「八神社登山口」から登ってくる人たちが大半で、出で立ちも「お散歩」の範囲。右手奥の先は、大原に至るさば街道。

大の字の3画目、下にはねる部分を見下ろす。「火床」がずーっと連なっていて、遠くから見上げれば、連続した「火の帯」に見えるんだね。
火床(ひどこ)
2本の石の上に松割木を組み合わせ、1.3mほどの高さに積み上げ、松の葉を仕込んで完成。松の木は樹脂が多く、火の保ちがよいようだ。大の字を描くのに、75基の火床が設けられているとのこと。8月16日の20時から、保存会の地元住民により、送り火が始まる。さぞかし、多くの人たちの尽力でかがり火を起こしてるんだろう。送り火は、お盆で向かえた精霊たちを浄土へ送る伝統行事。
金尾(かなわ)
「大」の中心は、「金尾」と呼ばれ、4基の火床が集合しており、もっとも強力に火がたかれる。これらの燃えかすは、家に持ち合えれば、魔除けや病気平癒になるとされる。
撤収 11:02
大文字の字の上をあっちいったり、こっちいったりと「堪能」して、撤収です。次々と下から老いも若きも人が登ってくる。天気がいいからなあ。
ながーい石段
下りの景色は、登山路というより、社寺の参道のよう。おそろしく長い石段(145段)は手すりも無く、踊り場も少ないので、すれ違うのも大変。年に数名は、コロコロと石段を転げ落ちる気の毒な人もいるんじゃないの?

併走して、ケーブルリフトが設置されている。かがり火となる松割木を上げるのに使われてるんじゃないかな。

石段が終われば、雑木林の歩きやすい小径に変わる。
仙人塚 11:10
戦時中、このあたりを旧日本軍が掘ったところ、人骨がたくさん出てきたために、塚を残したのが、千人塚。この背後にあった「中尾城」で戦国時代に戦があったよう。

谷に降りる階段が狭くてすれ違いが大変。粘土質なので、雨の後などでスッテンコロリンしちゃいそう。この日はHさんともども、登山靴を避けてトレッキングシューズにしたので、いつもより滑りやすかった。
大文字川 11:22
降り着いた谷は、大文字川でここから先は、平坦な林道歩き。ゴールは近いよ。
市街地に降りてきたら、大文字送り火の謂れが書かれた看板発見。それによると、足利義政が、家臣芳賀に白い布を用いて、大の字を描かせたのが始まりとある。大の字は、相国寺に正対して描かれ、旧家臣団とその縁者が送り火を管理しているとあった。