小生の備忘録

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カテゴリ:Motorcycles( 106 )

MT-01 OS 35 秩父の旅2/2 秩父神社 志賀坂峠 ぶどう峠


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秩父だいます旅館

 翌土曜も晴天に恵まれた。荷造りをささっと済ませてバイクに括り付ける。素泊まりだから朝食は昨夜に買っておいたおにぎり1個、食べてみたらご飯が「ぱさぱさ」。一晩、部屋に置いただけなのにこんなに乾燥しちゃうんだ。朝の8時に宿を出立。

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秩父神社

 リストに上がっていた秩父神社に寄ってみる。近所の人たちが散歩しているくらいで静かな境内。秩父駅にも近く賑やかな立地は、前日の三峯神社とは異にしている。御神体は「やごころおもいかねのみこと」「ちちぶひこのみこと」いずれもこの地域の祖神たちで、神代からのいわれを持つ古いお宮さんだ。1ヶ月後の12月3日には「秩父夜祭」として知られる大きなお祭りがあって、この小さな町に20万人以上の人出があるらしい。


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子宝 子育ての虎


 朱塗りの神門は鮮やかに彩色されてなかなか派手だ。境内の奥にある総本殿は三峯神社と同様に、柱や梁が彩色され、社殿正面にはすばらしい彫刻が施されていた。17世紀に描かれたこの虎の親子の彫刻は、小生でも聞いたことのある彫刻家、左甚五郎の作品と書いてある。日光東照宮の「眠り猫」が左甚五郎の名を知らしめているが、実在の人物だったかどうかは疑わしいらしい。全国に100近くの遺作があるが、なんと安土桃山時代から江戸時代までの300年ほど活躍されたとしている。いずれかはホンモノでそれ以外は地方の腕の立つ彫刻師の作品とされている。

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秩父盆地

 さて、ここからどこへ行こう。今回は秩父を隅々までというテーマ?なので、これまで未踏のR299の志賀坂峠を抜けて、これまた未踏のぶどう峠を目指すことにした。R299にのっかってお山に向かうと、東には逆光の秩父山地がスッキリ見える。その手前が秩父盆地だ。さて、これで秩父ともお別れ、また今度。


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ようばけ

 R299を走っていたら、案内標識に「天然記念物 ようばけ」なんてあったものだから、何か分からないままに向かってみた。川縁にバイクを停めてしばらく歩くと対岸が真っ白な崖になっていて、そこが「ようばけ」って書いてあった。なにやら壊れやすい崖のようで、川沿いには落石した石が滞積している。これが何だか現地に行っても全く分からないままに帰宅して調べたら、ようばけのいわれは、夕日の当たるハケ(崖)から「ようばけ」と命名されたとある。またこの層からは化石がたくさん見つかっていることも知られており、太古は遠浅の海であったそうな。

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 センターラインがあってキレイに整備されたR299は小鹿野の街をぬけると、いよいよ山に囲まれた渓谷を走るようになる。バイクも多くって関東方面から大挙してやってきている。今日も晴天でお山と空の境目もくっきり、日照があれば寒さも無くって、良いときにツーリング出来たことに感謝だ。

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志賀坂峠(トンネル)

 国道はやがてつづら折れとなってお山を登りはじめる。ヘアピンカーブで向きを変えながら、どんどん高度を上げてゆく。それでも道幅は確保されていて走りやすい。左手に上がってきた谷を見下ろしながら、すばらしい展望の峠のトンネルに到着。バイクを停めて来た道を見下ろしながら休憩。小生の横を、バイクがどんどんと通りすぎてゆく。バイク日和だもんなあ。
 地理院の地図を見てみると、この峠の右手には石灰岩の露頭した採石場があるらしい。そしてここから秩父市内のセメント工場まで、20km以上の長きにわたり、ベルトコンベアが敷設されている。そのほとんどが山をくり抜いたトンネルで、全国でも名の知れた「秩父セメント」らしい産業土木の技だ。

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高反山

 志賀坂峠を下りきるとR299は緩やかにカーブしながら十国峠に向かって再び上りになる。真正面には形の良いお山がすっと立っている。後学では高反山 1130m、高くて反り返った姿から名が付いたに違いない。露頭した岩肌が猛々しい。

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道の駅 上野

 走行中に職場から電話がかかる。スマホとヘルメットのインターコムが繋がっているので、走りながら電話を受ける。内容は入院中の患者さんが血圧が高くってどうしましょう?というものだった。食事がとれない患者さんなので、降圧剤注射を微量点滴で投与するように指示。ひとまず、口頭での指示で対応できてやれやれ。今から名古屋まで戻れといわれたって無理なこと、そんな時にはあっさり当直医に助けてもらうしかない。小生の仕事でつくづく嫌だと感じることは、完全なプライベートな時間がないってことだ。人情と義務感で応対し、必要とあれば時間に関係なく職場に向かう。
 9時半に十国峠にかかる手前の道の駅で立ち寄り休憩、宿を出てから1時間半経過。整備中なのかバイクを止める場所がよく分からない、とりあえず先客の横に止めてみる。東京方面からはバイクがどんどん上がってくる。クルマよりも多いくらいだ。どの時間帯も人で溢れてる山手線ではないが、田舎の名古屋人には、首都圏の人の多さ、特に今日はバイクの多さに目をみはる。

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ぶどう峠へ (上野村森の体験館)

 道の駅からさらに上がって行くと、右手には峠まで最後の休憩施設があっていよいよ十国峠への峠道にさしかかった。十国峠への国道は随分前から工事中で、林道を迂回して行くことになる。まずはここを左折して迂回する林道に向かう。

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林道矢弓沢線と群馬県道124号

 左折した先の旧道を選ぶと分岐が出てくる。まっすぐが林道矢弓沢線で十国峠への迂回路、左は県道124号でぶどう峠へ。今回はお初のぶどう峠をチョイス、まずはその名前もいい感じだ。どんな道なんだろう、これから現れる初めての景色に期待が膨らむ。

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 センターラインも真新しいキレイな道路をあがってゆく。すると道路標識に「左 御巣鷹山」の標示、そっか日航ジャンボ墜落事故の現場が近いんだ。それにしても街からえらく離れた山奥で事故になったものだと感じ入る。ここから御巣鷹山の慰霊碑までは山道を15kmあがってゆく。救助の人たちもこの山奥では大変だっただろう。

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ぶどう峠の紅葉

 峠までの山道は県道とはいえ、幅員も広くなく枯れ葉の絨毯がバイクで走れるところをさらに狭くしている。対向車がいつ来ても良いようにゆっくりと路肩によって登ってゆく。紅葉は最高にまっさかり、ブナを中心に全山真っ黄色にあでやかだ。クヌギの木と思われるオレンジの強い紅葉がアクセントをつけている。真っ青な空との対比も美しく、今日の天候に感謝だ。
 見上げれば、峠道は折り重なってまだまだ高度を上げてゆく。幸いに交通量が絶対的に少ないので、ゆるゆると登ってゆける。秩父の旅で幾つかの峠を越えてきたが、このぶどう峠は静かで雰囲気がよく、小生はとりわけ気に入った。

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ぶどう峠

 午前10時半に峯を横切るような低い切り通しに到着、ぶどう峠だ。イグニッションを切ると、風も微風で「チンチン」とエンジンからの音だけで怖いくらい静かだ。東西の展望も美しいモノで、この峠を選んでよかった。峠までの道すがらの景観、峠の眺め、十国峠よりも展望が望めると思う。

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八ヶ岳

 峠の信州側は幅員もひろがってどんどんと坂を下り、ほどなく佐久甲州街道の国道141号に合流した。頂きは雲に隠されているが、これまで山深い秩父の山を走ってきたので、八ヶ岳山麓のだだっ広さはとても開放的で気分を良くしてくれる。

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野辺山 JR最高地点

 小生は「鉄ちゃん」ではないと思っているのだが、標識にJR最高地点と書いてあれば立ち寄りましょう。JR小海線が国内で最も標高の高い1375mを越える踏切がある。道路脇には「鉄道神社」が祭られていて電車の車軸がご神体としておかれてあった。運良く踏切の警報が鳴って、小淵沢方面の上り電車が通過していった。動くモノを写真に収める技術が無いので、見事にピント外れな1枚だ。

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レストラン最高地点
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ルーレット式おみくじ器

 踏切の隣に山小屋風のレストランがあったので、そのまま昼食に。お薦めが「キノコ丼」とあったので試してみたが、予想通りその後は胸焼けに襲われた。マイタケなどのキノコが3種、エビ天はご愛敬だが半熟卵をまるまる天ぷらにした具は初体験だった。天ぷら好きにはきっといいのだろう。
 それよりも興味はテーブルに置いてあった「星座占い」。これって、幼い頃の記憶にも残っていて、当時の食堂などには必須のアイテムだったんではなかろうか。いまどきこれを置いているお店もほとんど無かろう。
 と決めつけていたけど、後学では現在でも100万台が稼働していて、再び注目を集めているそうだ。100円を自分の星座のスロットルに入れて、レバーを引くと上部のルーレットが回って、出てきたおみくじの数字を照らして占いを読むらしい。自分の星座を選んで投入しても、落ちる先は一緒なのでいい加減にもほどがある(笑)。昭和50年代がブームであったそうで、その頃から100円。コーヒー一杯が150円ほどの当時で、100円を投じておみくじを引くのが流行ったなんて考えられない。

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八ヶ岳 東沢大橋展望台

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MT-01 10th Anniversary 全国ミーティング(2015.9) ぽんつゆさん提供

 清里に入る手前から右折して八ヶ岳高原ライン(県道615号)にはいる。真正面に頂きが見える八ヶ岳の駐車場で一服。今回のツーリングも後は帰るだけ、山麓の快走路をのんびり走って小淵沢まで走る予定だった。ここは3年前にMT-01 10th Anniversary 全国ミーティングで60台以上のMT-01がパレードしたコース。 60台ともなるとまとまって移動するだけでも大変だった。たとえ千鳥走行として車間を詰めても、隊列は長大になってしまう。

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南アルプス

 八ヶ岳高原ラインを気分良くノンビリ走っていたら、天女山入り口の交差点から先が災害で通行止めとなって小淵沢まで行けなくなってしまう。迂回路に示されたのが1つ東の長坂ICだった。ICの手前で給油して思案。往復とも中央道を使う予定であったが、この時点で午後12時半、日没までは5時間ある。これならテキパキ走れば、新東名で帰る事もできると判断。西に向かうはずを、東京方面の東に舵をとった。双葉ジャンクションを右に折れ、中部横断自動車道路で南に向かう。いずれは清水まで開通するこの自動車道路も双葉JCTから六郷ICまで開通していて、これは全区間の4割ほどに該当するだろう。見延線に沿ったR52も快走路ではあるが、信号フリーの自動車道は時間短縮にはありがたい。下道も含め、新清水ICには1時間半後には到着できた。
 MT-01OSのフロントカウルは高速での疲労軽減には役になってるだろう。OS用の低いハンドルポストも相まって、前傾姿勢が強く高速での風圧が相殺されて快適だ。市街地走行ではこの前傾ポジションがきついことも確かだが、小生もこのポジションになれてきたので当分OSスタイルをキープしようを意を決した。

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東名上郷SA

 日没までに帰宅することを目標に、新東名区間は110km部分もあって制限速度+αで淡々と走る。平日の夕刻前なのでまだまだ3車線は空いている。なのに、いつもながら右端の追い越し車線を制限速度以下で占拠するドライバーには辟易する。プロの長距離トラックやプロボックスのかっとび商用車はマナーが通じるので安心できるが、「わ」ナンバーの小型車や質の悪い小型トラックなどには、高速道路の常識が通じない。
 最後の休憩地、いつもの上郷でひと息。時刻は午後4時前、長坂ICから3時間半で280km先の名古屋まで帰ってこれた。後はコイン洗車で汚れたバイクを洗ってやって、自宅の車庫に戻るだけ。
 本線に戻るレーンには、20代とおぼしき女の子がヒッチハイクで乗っけてくれるクルマを探していた。行く先は「大阪」、無事に親切なクルマに乗せてもらえればいいのだが、自分の娘と同じ年代と思うとかなり心配だった。


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 日没には余裕をもって帰宅。荷物を積めないので、泊まりのツーリングではあるが、お土産らしいモノはなし。2日間、970kmを無事に帰ってきたんだから、お土産は「無事の帰宅」かな。今回の秩父の旅、名古屋からの目的地としてはなかなか選ばないであろう地域であったから、新鮮で面白かった。とりわけ、大滝食堂のYさんにお会いできて、また彼の地にむかう繋がりができたのは楽しいことだ。





by akane8150 | 2018-11-09 21:23 | Motorcycles | Comments(0)

MT-01 OS 35 秩父の旅1/2 雁坂トンネル 三峯神社 大滝食堂



ごそごそとベッドから抜け出して日の出の気配もない街に走り出す。早朝午前4時、明るくなるにはまだ2時間はかかろう。名古屋ICから北上し、長距離トラックが列をなしている中央道の流れに乗った。

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名古屋IC
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秩父ツアー 2日間行程

 同じMT-01、しかも同じOS仕様のキットを取り付けたバイクはとても希、ネット上で知り得る台数は国内で10台もいないだろう。なのでオーナー間では、情報交換や実際に走りに行ったりと横の繋がりをもっている。フェイスブック上の「Yさん」もそのような知り合いで、キレイなMT-01 OSを所有している。Yさんのバイクも拝見したかったし、何よりお会いしてお話がしてみたいという思いが以前からあった。バイク乗りでは知られている「秩父の大滝食堂」を切り盛りしているのもこの方で、そのバイク弁当を頂きながら秩父まで行ってみることにした。
 土曜が祝日のタイミングで、金、土と2日間の日程、秩父の周囲はお初の地域、これをぐるりと見て回る。十国峠を随分前に通過したぐらいで、秩父を中心にこのあたりは初めて訪れる。紅葉も良い時期だから非常に楽しみだ。

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諏訪湖SA

 早朝の高速連続走行は寒いに決まっている。秋とはいえ、装備は完全冬仕様、上下のサーモアンダーにブーツ、グロブ内には「ホカロン」、さらにウインタージャケット・レザーパンツの上にはレインスーツという、雪だるまさん状態だ。格好なんかにはかまってはいられない。。
 朝4時の名古屋から6時着の諏訪湖SAまで約200kmをノンストップで走りきるとようやく東の空から日の出となった。路上の気温標示は6度以下、体感温度は0度以下だろうが、さすがに着こんでいたので指先の痛みくらいで我慢できた。

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双葉SA

 太陽の暖かさを感じつつ、正面にはずーっと富士山が見えている。小淵沢、須玉とだんだんと富士が大きくなって美しい。甲府まで入ってしまうと手前の山で富士は見えなるので、予定外の双葉SAで休憩して富士山の写真を1枚。地域の人にはありふれた富士山の姿だろうけど、名古屋人にはたまにしか経験できない景色。

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甲府市内

 甲府昭和ICで甲府市内におり、朝のラッシュタイムの中を雁坂トンネルに向かう。国道20号甲府バイパスは片側2車線のメイン道路なのだが、朝の渋滞がすごい。交通機関の少ない地方都市ではクルマへの依存が高い。おいそれ通勤時間となるとクルマで小さな都市もあふれかえることになる。秩父への取り付きとなる西関東道路にでるまでに、すり抜けや信号待ちでプチ疲れてしまった。

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 甲府から西関東道路で一路北上、2000mクラスの山脈をトンネルで抜ければ、甲州から武州に地域がかわる。さてさて、山脈の向こうはどんな景色が待っているんだろう!

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甲武信ヶ岳

 西関東道路という標示から、R140 「雁坂みち」に変わっている。道の駅も過ぎて道は快適でどんどんと高度を上げてゆく。やがて左手に広瀬ダムを見つつ、正面には凛々しい甲武信ヶ岳の姿がでーんと現れた。あの麓をトンネルで抜けて向こう側に行くわけだ。

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広瀬ダム湖

 湖畔の公園には1本だけ紅葉の絶景。慌てて路傍にバイクを停めて写真を一枚。夜間の霜などに触れるほど、紅葉は赤くなる。なのでこのように周囲に木々が無いと見事に全身まっかっかになる。美しい!

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西沢大橋

 雁坂みちは湖を過ぎると、大きくカーブする西沢大橋陸でいよいよトンネルに近づく。この先にある西沢渓谷は関東でも屈指の紅葉の名所らしい。寄ってみたいのだが、今日の目的地はまだまだ先なので残念だけど、またいつかの機会に。植林のされていないお山は全体が紅葉していて最高の景色、見事な見頃にくることが出来た。

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雁坂トンネル

 地図を読んでいて、いつか尋ねてみたかったトンネルがここだ。お初の走行にワクワクだ。雁坂トンネルは20年前に開通したトンネルで、一般山岳国道としては最長の6625mの長さがある。出来るまでは、山梨と埼玉を分断する「開かずの国道」であり、地域にとっては悲願のトンネル開通であったようだ。
 トンネル手前の気温標示は「0℃」、日射しを背中に浴びているせいか、それほど寒さを感じないがまだまだ「レインスーツ」の重ね着を脱ぐのには早い。

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 国越えの基幹道路だけど、思いの外交通量は少ない。トンネル内は温かかった、なのでトンネルの北側に出た時の激寒さには目が覚めた。トンネルの先は深い谷をガンガン下っていく。

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秩父往還 栃本集落

 トンネルの先は大型車両用のバイパスを避けて旧道を選ぶ。旧道「秩父往還」は武蔵の国と甲斐の国を結ぶ山梨の古道の一つで、日本三大峠の難所「雁坂峠」を越えるこの道は、緑深い美しい道だ。とにかく谷が深い、そこにへばりつくように集落が街道沿いに続いている。古くは日本武尊から一千年を越す人々の足跡が辿れ、秩父道、雁坂路、甲州裏街道とも呼ばれ古代から甲斐と秩父を結ぶ第一の道だった。

 秩父往還の旧道は、秩父の深くて険しい地形の典型的な姿を経験することが出来る。峠の手前の栃本には大きな旅籠のような建物も残っている。ドラマなどのロケ地にもなるようだが、なるほど印象に残る山岳集落だ。


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栃本関所跡

 栃本の集落には今も関所跡が残っている。これを作ったのは武田信玄で、この雁坂口を重要拠点とし秩父侵攻の拠点とした。200年以上にもなる関所の家屋も残っているが、朝早いためか見学することはかなわなかった。


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三峯神社

 やっと目的地の秩父の領域に入った。秩父の観光地を勉強してみたが、いずれも三峯神社はオススメされていたので、まずは山奥の三峯神社に訪れてみた。午前4時に名古屋を出て、このお宮に着いたのが午前9時半。ずいぶんと遠くまできたものだ。さすがにレインスーツの重ね着も脱いで身軽になる。それにしても、寒いときには格好に拘っていられない、レインスーツを着こんだのは正しかった。

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随身門 三峯神社

 「三つ鳥居」「三輪鳥居」といわれる左右に小さな鳥居をくっつけた珍しい鳥居を過ぎて参道を行くと豪華な山門をくぐる。奈良の大神神社にもこの形の鳥居が伝わっており、神代以前からの古い伝承だろう。山門は鮮やかで300年以上も昔からここに建っていると思うと神々しい。

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狛犬 三峯神社

 狛犬ならぬ「オオカミ」が神の使いとされる三峯神社では、スリムなオオカミが鎮座している。ヤマトタケルの道案内を行ったとされているのは、熊野大社の「八咫烏」のお話によく似ている。

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拝殿 三峯神社

 神代以前からの神社に多い「いざなぎ」と「いざなみ」が主祭神、ヤマトタケルの伝承も伝わることからも、大昔からこの地で信仰を集めていたに違いない。たどり着いた拝殿は、石段の下から見上げる建築で、色彩の鮮やかさが際立つ。隙間なく施された彫刻と彩色、周囲に巡らされた緑色と朱の対比がきれいだ。思い出すのは日光の東照宮の鮮やかさ。正面の左右には2本の神木がでーんと構えている。

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赤い目の龍神さま

 ここは、自然の“気”が満ち溢れる関東最強のパワースポットらしい。2012年、三峯神社の石畳に突如現れたのが、赤い目の「龍神様」。金運上昇とツキを呼ぶこむ三峯神社の「龍神様」を拝めば、運気UPすること間違いなし!なんて、商売っ気たっぷりな宣伝が目に付く。目のようにはみえるが、鼻先が妙に長くて、小生には「龍」には見えないなあ、敢えてたとえれば「でっかいヤブ蚊」かなあ。こんな発想の小生には運気アップは望めない。

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三峯神社 門前

 駐車場までの門前でみかけたモミジの紅葉、オレンジから赤に変わるのか、太陽の光を透かしてごく鮮やかに。艶やかさでは小生の見る今季最高のモミジだ。さて、モミジを調べて疑問に思ったこと、カエデとはどう違うのか?答えをまとめてみると・・・「カエデの中で葉の色が変わるものをモミジという。」さらに「モミジは葉の切れ込みが多くて深いもの、カエデは葉の切れ込みが浅いもの」などという鑑別が出てきた。ナルホド、ナルホド。

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林道 大血川線 終点

 神社の駐車場を抜けてさらに奥に続く山道があり、大血川線と標示がある。手前が広場になっていて、今朝通り抜けてきた雁坂トンネルのあった山々が逆光に見えていた。秋の紅葉とススキの穂、とても静かな景色だった。

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大滝食堂

 さて、今回のツーリング最大の目的、大滝食堂にやってきた。三峯神社から山を下りてくると程なく、大滝食堂に到着、主のYさんとは11時頃と約束していたが、まさにオンタイムでの到着だった。暖簾をくぐるとすぐに調理場から出てきて頂き、初対面の挨拶をさせていただく。お話聞きたいことは山ほど有るが、まずは食券を購入して料理を待つことにした。

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バイク弁当 ノーマル

大滝食堂は基本メニューは「豚からあげ丼」でボリュームの違いで3種類有る。これがバイクのタンクを模したお弁当箱に入って出てくるので、バイク弁当ともいわれる。すぐに注文の品が目の雨に出てきてかぶりつく。甘辛に炒めた豚肉のからあげが食欲をそそり、なるほど人気の訳が分かった気がした。弁当箱は持ち帰っても良いように、コンビニ袋までテーブルに用意されていた。

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大滝食堂オーナー Yさん MT-01 OS

 珍しいMT-01を選び、なおかつ見かけないOSカウルに拘って所有しているYさんがどんな人で、何が気に入ってMT-01を選んだのか、などなど興味は尽きない。接客しながらの小生への応対なので、申し訳ないかぎり。できればゆっくりとお話がしたいけど、まずはお会いできただけでもよしとしなきゃね。
 伺った中では、やはり小生と同じように、MT-OSのショーモデルをみて気に入られたようだ。だから量販車になってショーモデルよりもリア回りのデザインが変わってしまったことを嘆いていた。これまた小生も同じ思いだ。いつかゆっくりとバイクを並べてお話をしましょうと約束してお暇した。

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中津峡

 秩父のオススメ観光地の一つ、紅葉のキレイな中津峡にも足を伸ばした。大滝食堂を出て、来た道を戻る形だ。ダム湖沿いから支流を上ってゆくと谷は次第に狭く険しくなって、そこを彩る紅葉が左右から迫ってくるような迫力がある。平日ではあるが、訪れる人たちも多め、カメラを片手に散策していた。

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秩父めぐり

 さて、今晩は秩父で一泊の予定、ならば夕方までもうすこしこのあたりを回ってみようと。まずは、聞いたことのある「定峰峠」を走るべく秩父の街を通り抜ける。しかし、これがなかなか大変で、お昼時でもあったが、秩父市内は信号もクルマも多くってノロノロだった。秩父市内には迂回したりバイパスになるような抜け道もない、年中渋滞していそうな雰囲気だ。

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定峰峠

 以前にYou Tubeで定峰峠をVmav1200で駆け上がる動画を見たことがあるのだが、カメラのマウントや音取りが優れていて何度も見た覚えがあった。その定峰峠がすぐそこにあるのを知ったからには行くしかないでしょ。秩父の町から定峰峠の登りにかかる。思っていたよりも狭くてタイトなくねくね路、峠道というよりも舗装林道の山越えのような雰囲気だ。頂上からは尾根伝いに道が続いていて、このあたりを熟知したらおもしろそうだった。動画でみた覚えのある景色にも遭遇。

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 秩父に入り込む主要なルートを体験してみたかったので、もう一度東から回り込んでR299へ向かうこととした。下道でも良かったのだが、名古屋人には理解できない道路の混雑が予想されたので高速道路を使って迂回する事にした。まずは最も近い花園ICに向かって山を下りてきた。その先にあったのが道の駅花園、トイレ休憩やコーヒー缶でひと息休憩。

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西武秩父線 高麗駅

 関越道、圏央道と乗り継いで狭山日高ICで下道に、R299を秩父に向かって登り始めた。このあたりも始めて来た土地、周囲がゴルフ場だらけで驚かされる。西武秩父線を横に見ながら、国道はカーブを描きながら山の中に入って行く。流れている川は高麗川、そして高麗駅の表示があったので、興味をもって駅に立ち寄ってみた。駅の案合図には、この地が高麗人が入植して開拓をおこなった場所だと分かる。太古の7世紀、唐や新羅に滅ぼされた高句麗の帰化人を大和朝廷がこの地を開拓して居住させてと言われている。帰化人達はこの地から、大陸の様々な文化を広めていったであろう。今も地名や史跡が残っていることがすばらしい。

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 R299は幹線国道なので交通量も多いが良く整備された国道だった。旧道へはいる分岐があれば、その都度入りこんでみて集落の雰囲気を感じてみる。古くからの家屋だけではなく、真新しい普通の住宅や企画された住宅地があるのに気づいた。秩父線にのれば、先ほどの高麗駅から池袋駅まで1時間と少しで到着できる。なるほど、都心への通勤圏としてはこんなに離れていても十分にあり得る通勤時間だと思った。

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正丸峠入り口

 夕刻が迫ってきてだんだんと心細くなる時間帯。もう少しで秩父という場所に正丸トンネルが見えてきた。その手前に信号三叉路があり、なにやら「旧道」のにおいがした。夕刻の16時になろうとしていたが、意を決して右折して探索してみる。ナビではこのまま先ほどの定峰峠に通じる林道のようなものもあるし、この峯を取り巻いて反対側に出るルートも確認。「トンネルある場所に旧道あり」の格言(オリジナル)を信じて旧R299と思われる峠道に入り込んでみた。

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正丸(しょうまる)峠

 センターラインがなんとか残っているクネクネ道を上がって行く。交通量は皆無で、これで良いのかちょっと不安になる。数キロ上がっていくと峠に到着。昇ってくる道すがらも周囲の林は紅葉で真っ黄色だった。峠からは関東平野が一望できて、遙か遠くに夕日を浴びた都心の高層ビル群が見える。後に調べてみると、小生が大学生の頃の1980年代は、バイクが大挙して走りに来ていた峠道だったことが分かった。まあ、よくもこのような狭い峠道をかっとんでいたものだ。

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 下りにかかるとキャッツアイまで残された立派な道路になっている。正丸トンネルが出来る40年近く前までは、ここが秩父に行くための大事な峠道であった証拠だ。

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道の駅 あしがくぼ

 旧道を降りきると元のR299に同流する。夕日が落ちてしまった夕方4時半に最後の休憩として道の駅あしがくぼに到着。ツーリングを終えて帰宅ムードのバイクたちが立ち寄っていた。ソロライダーも、数名の小グループも、もっと大勢のマスグループも各の思いでまったりしている。小生は宿の電話番号をナビに入力して再出発。

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秩父 だいます旅館 焼肉まる助

 宿に着いたのが17時、主がバイクの音を聞きつけて玄関まで出てきてくれ、屋根付きの駐車場まで案内してくれる。こちらも一人旅相手には、素泊まり設定。さっそく荷をほどいた後は、気楽な格好に着替えて夕食に出かける。主のお薦めの焼き肉屋まで、宿の雪駄をならしながら散歩する。
 秩父グルメの名物は「わらじカツ」「豚みそ丼」「ホルモン」などなど、いずれも豚肉がメインなことが共通だ。お昼に頂いた「ライダー弁当」も豚肉だった。紹介されたお店の看板メニューが「生ホル」、一人焼肉の寂しさがあったが、まずはお薦めを食べてみた。よくあるホルモンは一度湯がいたモノがおおいそうだが、新鮮が売りのこのお店では切り出したままのホルモンを頂くそうだ。。。。ホルモンは好物ではあるが、日頃食べていたホルモンが湯がかれたモノかどうか、小生には分からない。何はともあれ、口に入ったら旨かった。
 大滝食堂のYさんからは、夕食に一献いかがですかと、素敵なお誘いのメールも届いていた。望外のお楽しみではあったが、直前での承諾はご迷惑にもなろうと泣く泣くご辞退させていただいた。次回お会いする機会には、ゆっくりと酒でものんで語らいたい。
 さて、明日も天気は良いようだ。風呂にもはいってさっぱり、あすはどこを走ろうかと〆の缶ビールで思いめぐらした。

秩父の旅 2/2に続く



by akane8150 | 2018-11-06 23:02 | Motorcycles | Comments(6)

MT-01 OS 34 2/2 紀伊半島縦走 R371号 木守平井林道 龍神スカイライン


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和歌山県古座川町平井集落

 肝心要のR371の点線国道部分、まだこの先なのに通行止めにあって途方に暮れる。はるばる名古屋から5時間以上もかけて走ってきたのに。。。
 「どこへいくんだね?」軽トラのおじいさんが声を掛けてきて立ち話となった。この先の林道を越えて龍神へ行きたいんです。「んなら、対岸の国道にでれば、上流へ行ける」え〜、そうなんですね。国道は川の反対側ですか? 「鉄砲を撃つから山には行くが、嵐の後だから林道がどうなっているかは知らんがね」

 目の前に「陽射しが差したような」うれしさに、おじいさんを思わずハグしたくなったが、そそくさとバイクをU-ターンさせる。「そんなおっきな単車見たことも無いわ」などど、お褒めの言葉を頂いて会釈と共に引き返した。そ〜だろうな、この集落の小径にMT-01が紛れ込んできたことはないだろうな。

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 集落に入る前に立ち止まった分岐に橋があったのだが、それを渡るのが国道だったよう。振り返れば、ガードレールに赤い矢印が手書きされていた。兎にも角にも、これで「首が」つながった。気分はがんばるぞモードに切り替わった。

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 ほどなくしてR371のおにぎりが描かれた分岐に出くわす。これを見て安堵。再び川の左岸に移って上流を目指す。もうすでに対向するクルマには出会わない。

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 山の端がだんだんと近づき、谷も狭くなってくる。最後の集落、といっても2,3軒の人家だがこれを過ぎるとめっきりと交通量が少ない林道のようになってきた。そろそろR371の通行止めポイントも近いだろう。「路欠のため通行止」と書かれた案内を見る。「路欠」などという表現は見かけないが、なるほど路が欠けているのだから的を得ているか。

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木守平井林道

 とうとう、点線国道の部分にやってきた。WEB上でしか知らないこの分岐と標識の光景を目の当たりにする。点線部分はこの先しばらくして人道となるはずだ。右に続く林道は「木守平井林道」で峠をはさんで17kmほど。さて、通り抜けられるのだろうか、

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 林道の簡易舗装で路はそれなりにきれいだ。手入れのされた状態と思われる。落石はあるものの、倒木の類いはキレイに覗かれていて路が生きていると感じた。これなら、峠の向こうまで行けるかもしれない。

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木守平井林道

 なんて、楽観していたら、土石流でアスファルトが浮いてしまった災害箇所に遭遇。引き返せる手前でMT-01を止めて歩いて偵察に。クルマ1台分の幅だけ除石が済んではいるが、残ったアスファルトは波状路のように波打ち、大小の土砂が路上に溢れている。引き返そうかとも思ったが、ここまで来たのだから行けるところまでいこうと決心。
 スタンディングをとって、1速で等速を心がけて荒れた路面に繰り出す。リアが振られようがフロントタイヤの接地感だけを大事に進む。目に付く大きめの石は避けるのだが、小さなモノはありすぎてどうしても踏んでしまう。「パーン」とタイヤが石をはじく音がいやらしい。タイヤのサイドウオールを傷つけたらあっさりパンクの悲劇に出会う。こんなところでパンクなどしようものならえらいことだ。

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 土石流跡区間は数百メートルで済んでホッとする。それでも舗装路面には沢山のがれきが落ちているのでまったく気が抜けない。ハンドルを取られて谷に落ちてしまわないよう、見通しがいい限りは山側の路面を選んで進む。手書きの標識には「大塔まで3.2km」とある。コンマが後で書き込まれたようにも見える、3.2kmと32kmはえらい違いだ。こんな路を32kmも走りたくは無い。峠の行政境界までが3,2kmなんだろうと都合の良いように解釈した。

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木守平井林道

 林道のもっとも奥の沢を越えると、峠までは南斜面をひたすらあがってゆくことになる。見上げればまだまだ先まで路は続いている。がれきと折れた枝は相変わらず路面に溢れていて、安全なルートを探すのに目が離せない。景色見るなんて二の次だ。

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無名峠 木守平井林道

 林道起点から10km、30分かけてやっと峠に着いた。途中、バイクを止めて路を偵察したことも数回会ったが、換算で時速5km、えらく時間がかかったものだ。見渡してもお地蔵さんや標識など峠を示すモノが見当たらない。近代にクルマのために作られた林道はこのようなものだろう。まずは、ひと息休憩。この林道を越えさえすれば、今日の目標「R371による紀伊半島縦走」が現実味を帯びてくる。

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 のんびりもしていられないので、峠を下り始める。嵐の名残だろう、路はずーっと折れた枝葉と枯れ葉、大小の土砂が堆積している。下りは尚更怖い。フロントタイヤだけはグリップを失わないように細心の注意をはらってどんどんと下る。林におおわれて景観は楽しめないが、時折ぱっと視界が開けて岩肌を見せるキレイなお山が望める。しかし、まだまだ集落は見かけていないし、気が抜けない山奥だ。

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 峠から下ること7kmでやっと人里に出てきた。林道の名前にもなっている木守の集落だ。なんとなくこれで名古屋まで帰れるような気がしてきた。

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 木守平井林道で地獄を見てきたはずだったが、まだまだ試練は残っていた。主要道路のR311の龍神街道に出会うまで、R371は50kmをひたすらくねくねした川に沿って走る事になる。路の中央は苔むした堆積物でおおわれ、バイクが安心して走れるのはクルマのわだちだけ。見通しのきかないカーブが嫌ほど続くので、対向車も気にしつつ転けないように走るのはかなりの忍耐力が必要だった。

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 さらに合川ダム湖あたりで時間通行止めをしているとの情報を持っていた。午後12時からの1時間だけ工事が止まって通行できるのだが、これを外すと40~50kmを迂回する大ピンチとなる。計画では午後12時に通過予定であったが、ここまでで随分と時間がかかってしまっていた。時計を睨みつつ、間に合うようにプチ飛ばした。飛ばした甲斐あって、通行止め再開10分前に工事ヶ所を通過することが出来た、よかった〜。

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時間通行止め区間もクリアして、底なしにブルーな川底、朽ちた吊り橋、すでにぎんなんの香りを放つイチョウの木など、景色を見る余裕が出てきた。

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中辺路 川合

 R311の龍神街道に出てしまえば、これまでも見かけた風景で「もう大丈夫」ってな安堵。それにしても、湯の峰まで27kmって、まだ小生はそんなところにいるわけ?? 安心のR311との重複区間はあっという間で、またまたR371は中辺路を左に折れて孤独に山の中に入ってゆく。

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 再び登りになるけど、先ほどの林道を思えば極楽、天国。これから越えるであろう山の頂も正面に見えて気分良し。中辺路から龍神を繫ぐルートは幾つもあるが、最も遠回りなコースがR371だろう。だから交通量も必然的に少なく走りやすい。

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 右手に谷を隔てた向こう側の山嶺くっきりと見えてきれい。ゆるやかに登った先には峠の「笠塔トンネル」が口を開けている。トンネルを出ると視界は広がり出来たての国道に変身。立派な橋も架かっていい感じだ。。

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R425 龍神街道

 勿体ないくらい立派な笠塔トンネル前後の山道を抜けてくると交通量の多い龍神街道にぶちあたる。あとはごまさんスカイタワーや高野山を目指すのみでナビも不要だろう。
 あれ?? そういえばこの手前のR371に点線部分があったはずだけど、全然気付かず素通りしてきてしまった。途切れた国道の代わりに県道が繫いでいたはず。まあ、それくらい路は快適に走れたわけだ。ならばその県道を国道に格上げしちゃえば、みっともない点線部分が解消されるのに。お役所事にはいろいろあって簡単にはいかないんだろう。

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道の駅 龍神

 龍神街道を北に向かう。R371前半部分を思えば、このあたりは大都会だ。山奥の緊張感も不要で制限速度+αでのんびりと流す。流れる景色も馴染みもあって今日のミッションものこり消化試合の感。でも時はすでに午後2時だ。

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ごまさんスカイタワー駐車場

 平日もあってか、龍神スカイラインは交通量が少ない。道の駅から峠まで1台のダンプカーに引っかかっただけで、先行するクルマやバイクも無く気持ちよく駆け上がった。今回の縦走路で最も高度のある1200mを越えて行くので上がるにつれて紅葉が深まっていることがよく分かる。頂上付近は落葉がすすんでいた。

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 駐車場からは東側に横たわる山々がキレイに見える。とりわけ向かい側の峰には気になる林道が走っている。稜線をつないでいる林道のようで、あそこに行けたらさぞかし良い眺めだろう。山は杉やヒノキでほぼ完全に植林されてしまっている。紅葉は中部以北の山々の方がキレイな場所が多いように思う。なぜならこのあたりの山はその多くがすっかり植林されてしまって、自然林があまり残っていないからだ。

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ごまさんスカイタワーからは、山の稜線に沿って穏やかな道が続く。気づいたのが路肩に引かれたブルーのライン。100mほどの等間隔で数メートル分だけ塗られている。利用目的が分からないので、知っている人から教えてもらいたい。

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高野山

 龍神スカイラインの下りはそれなりに長い、いい加減に飽きた頃に高野山の交差点に到着。すでに夕方の時になっていて観光客もまばらだ。ここを右折して最後のクネクネ道が始まった。

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河合橋
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国道なのにバスが通れないトンネル
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 高野山から橋本までのR371はなかなかの酷道だ。まずは道幅が狭くって車同士の離合ができない場所も数知れず。また舗装の状態もとても悪く、山奥の舗装林道のほうが良いと思えるほど。集落にも出会わないから、観光地で有名な高野山のルートとは思えない秘境感もある。幅員が足りなくってバスなどの大型車は通行できないトンネルもあったり、もしも間違えて観光バスなどが入り込んだら大変な事になるだろう。なんたって、U-ターンする場所もないから。
 路肩もガードレールがなかったり、カーブミラーが設けてなかったり、R371全区間の中でも、高野山から橋本までの約20km区間は国道とは思えない貧相さだった。

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橋本(R370交差点 向副)

 橋本市内まで残り5kmの標示をみて、走りきったことを実感。市街に下りてくると午後3時半すぎにとうとう紀ノ川にぶつかった。串本の海岸から和歌山の紀ノ川まで、200kmの山道を5時間半かけて走り抜けたことになる。道が通行止めになっていなかったことに、また転けなかったことに感謝。紀ノ川の河畔にバイクを停めてちょいと一服、夕日を浴びて紀ノ川がキレイだった。

 R371はまだこの先も続いている。もう一つ山を越える紀見峠のむこうに始点の河内長野の街がある。ここから20kmも満たない距離ではあるが、この先はがっつり市街地で夕方の帰宅ラッシュに合いそうだ。ここまでで十二分に堪能したので、今日のR371探訪はこの橋本市紀ノ川で終点とした。

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京奈和自動車道 橋本IC近く

 紀伊半島の山奥を走ってくると、橋本の市街地が「大都会」のように思える。このまま河内長野まで走れば正真正銘、R371を駆け抜けたことにはなろうが、陽はすでに傾いて長い影を引いている。京奈和自動車道の橋本ICから北上して、橿原バイパスを経て郡山ICから東名阪自動車道に乗った。名古屋に帰り着いたのが午後7時、本日の走行距離697km、無事に帰還した。走り終えた満足感でその夜のビールは旨かった。



by akane8150 | 2018-10-25 21:21 | Motorcycles | Comments(8)

MT-01 OS 34 1/2 紀伊半島縦走 R371号 橋杭岩 一枚岩



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国道371号

 お国が規定した立派な道路のはずなのに通り抜けることの出来ない国道を別名、「点線国道」という。先日確かめに行った飛騨のR257もそうだったし、2年前に訪ねた竜飛岬のR339は階段国道として有名だ。紀伊半島のR371は南紀串本から河内長野までの山深い紀伊半島を険しい山道で繫いでいる。地図で見ると串本の先には点線国道区間も含み、どんな景色だろうかと想像を掻き立てられる。んっじゃ、紀伊半島も寒くなって辛くなる前に、この酷道を制覇してやろうと企んだ。

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 下道走行も多くなりそうだから、朝5時半すぎにと早めの出発。10月の日の出はのんびりしているのでまだ薄暗い。南紀串本まで270km、高速道路がメインではあるが時間がかかるだろう。ウインター用のグローブとつなぎに重ね着したウインタージャケットの防寒対策をしたが、正解だった。

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紀勢自動車道 海山あたり

 名古屋高速・東名阪自動車道・伊勢道とノンストップで南をめざす。勢和多気から紀勢自動車道に入り、紀伊長島を過ぎて尾鷲手前の海山あたり。対面通行区間なので前を行く観光バスに続いて走っていたら、どんどんとヘルメットのシールドが曇ってきた。バスの排ガスが白煙になってることも無いし、エアコンの排水を浴びてる様子もない。そーっとシールドに触れてみるとどうやら油脂っぽい。こりゃいかんとハザード出して路肩に退避、後続のクルマを先に行かせた。

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 シールド見てみると、透明な油脂でべったり。石けんを使ってやっと油膜のぎらつきがとれた。メットのみならず、バイクのフロントカウルやウエアにもがっつり浴びていた。どうみても整備不良のバス排ガスが原因としか思えない、それにしてもこの油脂は何だろう。軽油かなあ??

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R425 尾鷲

 尾鷲ICおりてすぐの所にあるR425の出発点。毎度覗いてみるのだが、今日も元気に通行止め。案内には年明けには工事が終わるように書いてあるけど、ホントかしらん。いつの日か、ここから出発してR425の全線を和歌山の御坊まで一気に走りきってみたい。

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鬼ヶ城

 自動車道区間をすぎると大泊。トイレ休憩に鬼ヶ城に寄ってみる。まだ朝の8時、観光客の姿は皆無で駐車場もがらんとしていた。雲の切れ間から朝の日差しが線条を引いてきれいだ。

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三重県道141 オレンジロード

 大泊から新宮まではR42で海岸線を南下するのが普通だろうが、20kmは続くこの海岸線の路は景観も単調でただまっすぐな市街路。全然楽しくないので山側の県道141号を迂回路としてクネクネ走る。周囲はミカン畑が広がっていて「オレンジロード」と呼ばれているのも納得だ。信号も少なく、コーナー、アップダウンありのお薦めの抜け道だ。

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新宮市内

 午前9時前、遅めの通勤時間帯で新宮市内に入った。尾鷲と新宮市街は自動車道が今だ出来ていないので下道を走るしか無い。しかし市街は信号も交通量も多いのでスムーズに通過できない。市内のガソリンスタンドで今日初給油、11.7L補給、242km走って、燃費は20.6km/L。残量警光灯がつくまで走っているけど、3Lはタンク内に残っているだろう。警告灯がついてもまだ60kmは余力を残している勘定だ。

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橋杭岩

 見所の橋杭岩には午前10時前に到着。ごろごろ転がっている岩も干潮でむき出しだ。串本はもう目の前で山奥に入ったら食事もとれないから、かなり早めのお昼ご飯。橋杭岩を正面に見ながら、マグロ丼1200円なりを頂いた。味は可も無く不可も無く。岩をバックにMT-01のフォートレート1枚。

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南紀串本 R371終点

 潮岬の灯台ぐらいは寄ってみたい気持ちに引かれながら、今日は先が長いので先を急ぐ。串本の町を過ぎると本日メインのR371終点に到着。名古屋からここまでの270kmを4時間半でやってきた。終点の先は海に続いている、まだ見ぬ起点の先はどうなっているんだろう。

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串本からR371点線国道区間まで

 R309やR168も南北に走る点では縦走ともいえるが、紀伊半島のさきっちょから最深部を貫いているのだから、R371は正しく紀伊半島を縦走する。このルートで最大の難関が点線国道区間だろう。串本から約30km先の点線部分は峠越えの林道で繋がっている(はず)。ここさえ越えることが出来れば、たぶん名古屋まで帰る事ができるだろう。さてさて、期待と不安が入り交じったツーリングのはじまり、はじまり。

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一枚岩

 最初のチェックポイントである道の駅「一枚岩」に着く。対岸は一面の岩壁でなるほど「1枚」。一個の石としては国内最大級で国の天然記念物に指定されている。150mの高さ・800mの幅、これが1つの塊と思うとすごいわ。

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 一枚岩を過ぎたあたりは、道はキレイに整備済みで圧倒的に交通量は少ないし信号など皆無だし、とても走りやすい。しかし・・いずれ点線になるような国道なのに全くもったいない気がしてならない。

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美女湯温泉

 工事中で迂回して右岸へ、程なく行くと美女湯温泉なる美味しそうな温泉を発見。営業はお昼の2時からなので没、後学で調べるとアルカリ性単純温泉、PH9.7!!かなりヌルヌルのいいお湯だろう。

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 こんな味のある吊り橋を渡って元の国道に復活。小生は高いところはダメだから、ろくに下を見ないで教習所の「一本橋」みたいにして渡る。ホントに高所は嫌い、間違いなく男子の大事なところが「ヒエヒエ」してくる。

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七川貯水池 和歌山県道229号分岐

県道ではあるが、これも縦走路の一部として名の知られた和歌山県道229号への分岐部。もしもR371の点線国道部分を抜けることが出来ずに引き返した際には、このルートも予備として考えておいた。でもガードは緩いけどしっかり通行止めの表示。こりゃいよいよR371号の行く末と心中するしか無くなってきた。



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 道はだんだんと国道なんだか、林道なんだか分からなくなっている。谷が深くなって山が左右から迫ってきた。いよいよ核心部分に近づいてきた予感。
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集落 平井

 点線国道部分の最後の集落、平井にたどり着く。橋のたものでプチ休憩、いよいよこの先の峠が越せるのか、ドキドキだ。橋の下を見ると流れは恐ろしい程に澄んでいて、魚が泳ぐ姿がよく見える。平井集落の入り口には分岐があって、迷わず集落の中の道を選んで進んでいく。

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平井集落 通行止

 橋から数百メートルも上がっていっただろうか、唐突に道一杯のバリケードと共に「通行止」に遭遇。絶対見たくなかった「通行止」の標識を目前にしてしばし呆然。時は既に午前11時、はるばる名古屋からここまでやってきたが、ついに挫折か。。。悪いことに後ろから軽トラがやってきて、脇道に入るのにMT-01が邪魔をしている。重いバイクを押して路肩に避けると運転手のおじいさんが興味深そうにこちらを見ていた。

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 ナビの画面をみると・・・紀伊半島の先っちょから、たったこれだけしか北上できていない。朝早く起きてがんばってきたのに、もはやこれまで。。。。さて、ここからどうしようと、頭を抱えた。

 紀伊半島縦走 2/2に続く



by akane8150 | 2018-10-21 20:49 | Motorcycles | Comments(8)

XT250 セロー 15 R257不通区間 三尾河バイパス 山中峠


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せせらぎ街道

 名古屋方面から高山に向かうルートでライダー御用達なのが「せせらぎ街道」だろう。郡上八幡の市街地からR472で北上し、r73で太平洋と日本海の分水嶺の西ウレ峠を越え、高山郊外の清美に抜ける。この区間の信号は数えるほどで、せせらぎの名のごとく渓流に沿った快走路だ(災害工事で片側通行のながーい信号待ちが複数箇所で有り)。
 せせらぎ街道以外で高山に向かうルートには「R156」もお薦めで、ひるがの高原からぎふ大和までの裏道「やまびこロード」を利用するとこれもまた信号知らずのワインディングロードが楽しめる。しかし、この2ルートは鷲ヶ岳をはじめとするお山たちに阻まれてクルマでの行き来が遮断されているのが現状だ。


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R257不通区間

 R257は1982年に浜松市 - 岐阜県大野郡荘川村までの国道として制定され、清見町麦島から荘川町三尾河までは道のない計画路線となっていた。これが出来れば、この地域の東西の流れができて商業圏も広がるのだろう。地図の上で眺めていると現地がどうなっているのか以前から興味があり、今回は東西それぞれの行き止まりまでいってみることにした。

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せせらぎ街道 麦島

 まずは東から攻めてみる。道の駅パスカル清美からせせらぎ街道で北上するとR257とR472のおにぎりが2つ並んだ標識区間となり、R257起点の麦島にやってきた。R257はここから分岐するなどの道路標識がないので気にしなければ分からないだろう。

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 分岐を左に曲がれば、道なりに舗装された1.5車線の集落を抜けて行く道となる。途中には通行止めの案内があって、やっとこれが国道なんだとわかる。麦島の集落は別荘風の住居があると思えば、無人となって廃屋となった家屋も見かける。

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R257 麦島側ゲート

 国道分岐から1kmもいかないところで通行止めのゲートがあっけなく登場。チェインでの閉鎖だから関係者の出入りはそれなりにあるんだろう。しかし地理院の地図では荘川側へクルマが通れるような道は無い。分岐の右側も試してみたが、これもまたすぐに通行止めのゲートで拒まれていた。

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R158 三尾河

 それではワープして荘川側から探索。R158を北からやってくると、道は軽沢トンネルを抜けると下り坂がずーっと続く気分のよいあたり。いつもはびゅーんと通り過ぎる小さな三尾河の集落がR257の起点。

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 舗装路を進めばすぐに車両通行不能の案内があった。「通行止め」ではなくって「通行不能」っていうのが、いかにも通れないことを強調している。さて、この先はどんな景色が待ってるんだろう。

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 仮設橋を渡ってゆくとほぼ完成した東海北陸道の橋梁をくぐる。この工事は終了しているようでここまでは車両の往来も多いようだ。そしてその先は荘川にそって舗装林道の態を見せ始める。

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 センターラインのある規格道路の部分も分断的に現れ、立派なコンクリートの橋桁も完成している。道路工事はここまでやりました感たっぷりに、三尾河の集落から2.5kmでついにぷっつりとセンターラインは途絶えた。

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横根尾林道 延長3900m

この先は横根尾林道と書いてあるが、地図の上ではR257はまだまだこの上を走っていることになっている。この先は未舗装路、お〜、いよいよ気分が出てきた。

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R257 三尾河側ゲート

 林道になって2kmでとうとうR257の最後の姿、三尾河のゲートについた。こちらは通行止めのバリケードが2つ置いてあるだけで拍子抜け。この先の山の向こう、2km先には麦島側のゲートがあるはずだ。
 R257のこの不通区間、見てのように開通させようとした形跡は残っているが継続している感じはしない。猛禽類が見つかったとかで調査が入ったりしたが、10年ほど前までは荘川側で工事が続けられていたよう。このあたりからまっすぐに麦島まで「三尾河バイパストンネル」が予定され、不通区間を解消する計画なんだが、昨年の岐阜県再評価実施箇所の説明では、三尾河トンネルの着工の目途はたっていないのが現状のようだ。

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三尾河のバリケードの右手には横根尾林道がまだまだ続いている。いけるだけ行ってみようと先に進んだ。

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左手には荘川の源流をみながら、林道を進むと伐採林がぱっと視界を広げてくれる。路面は砂利がひかれ、林道は整備されていて生きた道のようだった。どこまで続くのか。

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 三尾河ゲートから5kmほどで舗装路に出くわした。砂利道はここで終わり、どうやら山中峠に向かう林道に合流したようだ。今日はこの山中峠も目的地なので、その起点から走り出すために今来た道を折り返し、R158に戻った。

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明宝荘川林道

 R158とせせらぎ街道を唯一クルマで抜けることが出来る山中峠(正確にはさらに南には大洞峠など寒水などから抜けるルートもあるが)。かねてから地図上では興味のあったルート。ネット上では、山神さん(https://blogs.yahoo.co.jp/poseidonttz2693/32325968.html)をはじめ幾つかレポートを見ることが出来る。雨が降り出しそうな天候ではあったが、せっかくセローできているので挑戦してみることに。

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R158の三尾河に戻って1.5km先の黒谷の集落がスタート地点。集落を抜けて寺河戸川とならんで山をあがってゆく。道はまずまず生活路のようで普通に走りやすい。

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東海軽井沢別荘地

 里をぬけると東海軽井沢別荘地の看板が立つ廃墟のような別荘地を通り抜ける。先日の台風の影響か、倒木と落葉が路上に押し寄せ、ますます廃墟の風情が。この荘川には別荘地の案内がいくつもみかけるが、他の所はどうなんだろう。この東海軽井沢別荘地は建物を見る限り、20~30年は経っておりバブルの頃に作られたのではなかろうか。強者どもの夢の後といった風情だ。

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やがて先ほど横根尾林道から登ってきて折り返した三叉路に出くわす。やはり山中峠に向かう道だったんだ。

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 舗装された林道をどんどん進む。後学で分かったがこの道は「明宝荘川林道」と名前が付いていた。9月第4週の訪問であったが、紅葉が始まりススキの穂が道幅を狭くしていた。あと2~3週もすればこのあたりの雑木林もキレイに染まるだろう。

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荘川

 さらに上流へ、この橋をこえると道はダートにかわった。橋には荘川の文字。そっか能登半島ツーリングの際に富山湾で渡った大河の荘川、ここが源流なんだと思うとプチ感動。ここの水は小牧ダムをはじめ幾つかのダムを乗り越えて日本海に流れ着く。

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ここも走りやすいダートで細かな砂利が敷かれている。まっすぐに高度を上げて行くのでクネクネ感なし。

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山中峠 最高地点

 景色の変化も少なく奥へ進んでいくと何時しか下りになっていた。ちょっと変だと思って後戻りしたのがこのあたり。最も高い地点を峠の頂きとすれば、ここが山中峠としてもいいのかも。地理院地図の等高線から判断してもこの地が最も高い。左手にはまさに源流といってよい湿地がありここが日本海に注ぐ庄川の生まれる場所だ。峠を越えた先は、すべて太平洋に流れ出る川となる。

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ミズバショウ自生地

最高地点から200mほど明宝側に下るとミズバショウ自生地の案内があった。ミズバショウの春先であれば訪れる人たちで賑わうのかも、でも今は全く静かなところ。

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下りにかかるとダートが荒れ出した。路上の水の流れが深い溝となって走りにくくなる。フェアレディZできていたらフロントバンパーをガリガリさせるだろうな。

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山中峠

 最高地点から500mほど降りてきたところには、お地蔵さんを収めてあるだろう祠がたっていた。地理院の地図ではここが行政の境となって山中峠の表示がなされていた。行政の都合でここに線引きされただけで、この祠も昔はミズバショウ自生地近くの最高地点にあったんではないか。

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めいほうスキー場

 祠の先はすぐにスキー場ゲレンデに林道は飲み込まれて行く。ゲレンデの中を折り返して高度を下げる。このあたりからは簡易舗装にあるが結構荒れている。夏期だけのバイクオフロードコースが出来たら面白いだろうな〜。1周2~3キロの走り甲斐のあるコース、バンクやジャンプを混ぜて走り回ってみたい。

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明宝荘川林道起点

 5,6kmだらだらとクネクネ降りてくるとめいほうスキー場に通じる広い舗装路にであう。入り口には通行止めのバリケードがゆるーく立っていた。確かに黒谷の集落を越えてからはすれ違うクルマもなかったような。
 さてこの林道を使えば、高山への往復で使えるルートの選択肢が増える。しかしラフロードの区間もそれなりにあるので、大型のオンロードバイクではあまりお薦めできない。セローなどのオフバイクであれば、横根尾林道とこの林道のオフロード部分をつなげば、この地域でも貴重な未舗装林道として楽しめるだろう。




by akane8150 | 2018-10-08 22:54 | Motorcycles | Comments(4)

GL1200サイドカー 11 能登一周 4 親不知 黒部ダム 関電トロリーバス


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能登一周最終日

さて今日は名古屋まで帰らなきゃ、親不知と黒部ダムをじっくりとみてこようと計画。

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宇奈月温泉駅

 例によって朝食は一番をお願いして、7時半に出発。宇奈月の駅にはもうすでにトロッコ電車に乗る人たちが集まっていた。駅前の黒部川電気記念館に寄りたかったが、先を急ぐために諦めた。関西電力が運営する黒部ダム周辺を紹介する施設で、なかなか見応えがあって立ち寄る甲斐あり。

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親不知 

 国道8号線にのっかって東へ海沿いを進むと右側から山が迫ってきて、やがて平らな所は無くなって海に落ち込む山肌を縫うようにトンネルが始まった。天険トンネルを出たらすぐ左にホテルと駐車場が有り、その先が旧国道の残っている親不知に到着。親不知は古代から交通の難所だ。

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親不知コミュニティロードと展望台

 旧国道は天険トンネルができるまで現役の主要道路だった。いまはコミュニティーロードと名を変えて遊歩道になっている。それにしても車幅は狭い、トラックなどはすれ違えたんだろうか?

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 展望台ではこの険しい親不知に道を切り開いてきた歴史が案内されていた。かなりリアルなジオラマも作られていて面白い。道が出来るまでは海岸線の砂浜が唯一の交通路だった。

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親不知4世代道路 

展望台からは遠くに北陸自動車道(第四世代)とシェッドで覆われた国道8号線(第三世代)そして海岸(第一世代)が一望できる。


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第一世代 (糸魚川観光ガイドより)

 親不知は古くから北陸道最大の難所として知られてきた。波間を見計らって狭い砂浜を駆け抜け、大波が来ると洞窟などに逃げ込んだが、途中で波に飲まれる者も少なくなかったといわれる。 断崖と波が険しいため、親は子を、子は親を省みることができない程に険しい道であることから、親不知といわれるようになった。とくに危険が高かったのは「長走り」といわれた区間の500mほどだったそうな。

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第二世代 (不知旧道)
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昭和10年の親不知国道

 初めての人道は明治15年5月に着工し、翌16年12月に親不知国道として開通した。当時は機械など無かった時代だから、すべて人力で山を削り道路を作り上げた。実延長約1km、この開通によって人々の往来は激しくなり、それに伴って人力車は急増し、旅籠、飲食店、諸品の小売店なども増え、この地方一帯の村々に多大な利益をもたらすに至った。明治から昭和41年までの間、落石や崩落に合いながらも、地域の生命線として活躍した。

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第三世代 天険トンネル

 車社会に対応するために1966年(昭和41年)に延長734mの天険トンネルが完成し、旧国道は町道に降格しやがて観光の散策路として今に至る。路肩が狭く歩道も無いために、自転車や歩行者は旧国道を使いように指示されていた。

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天険コミュニティ広場 東遊歩道入り口

 国道横の駐車場からは遊歩道が出来ていて断崖の下まで行けるようになっている。400mと書いてあるけど、折角来たからには行ってみよう。

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波打ち際(第一世代道路)

 いやっあ、確かに400mなのかもしれないけど、落差がとんでもない。下り始めて止めとけばよかったんではないかと不安になる。途中にはなぞのトンネルや見事な滝もあって、飽きはさせなかったが。10分ほどで猫の額ほどの砂浜に到着。ここが道の無かった頃に、波を受けながら歩ききった街道だ。近年砂浜がどんどんと浸食されて干潮に関係なく海に洗われてしまったようだ。

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 帰りのことを思うとおちおち出来ない、再び急な階段を登り始める。見上げると気が遠くなるので、足下だけに集中してひたすら上がる。やがて気になったトンネルにやってくる。

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旧親不知トンネル (土木学会選推土木遺産)

 ぽっかりと口をあけたれんがのトンネル、そして沢の向こうにはシェッドとそれに続くトンネルが口を開いている。手前には案内書きがあって。。。
 このトンネルは、北陸道最大の難所天険親不知の断崖絶壁を貫通させ、整備された鉄道トンネルで、大正元(1912)年に竣工しました。鉄道網が整備されて以降、産業経済のみならず生活文化についても地域の近代化に貢献しました。しかし、昭和40年に複線化となり、貨物や旅客の輸送の役目を終え廃線となりました。建造から100年以上が経過しますが、断崖絶壁にあるレンガ積みのトンネルは、絶大な存在感があり、当時の土木工事の英知を語りかけてくれる貴重な土木遺産です。トンネルは約700mあり、フットライト等が設置され、通行できるように整備されました。また、「親不知コミュニティロード」と遊歩道で結ばれ、周遊することができます。周遊は約2㎞、所要時間は60~90分です。(案内図より)

 一人じゃ無くって、時間に余裕があれば、100年以上も昔のトンネルを歩いて抜けるのも面白いだろう。トンネル内はところどころに小さな明かりが付いてはいるが、こういった所が苦手な小生は入れないなあ。


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信濃森上

 親不知から糸魚川のあたりでは、どしゃぶりにあった。まあ、気持ちの良いほどの大雨で、瞬時に国道が川になるほど。かっぱ、長靴の完全装備であったので全く心配なかった。返ってバイクがキレイになったんじゃなかろうか。

 R148を南下して再び山岳地帯に入ると、覆道におおわれて姫川沿いをクネクネ走る事になる。山が途切れた小谷の道の駅で休憩。この先は雨もなさそうなので、カッパも脱いで気分爽快。サイドカー側はどしゃぶりのことも有り、カバーを外して天日干しだ。

 白馬が近づいてきて、山脈が見渡せるたんぼ道でバイクを止めた。正面のスキー場は八方だろう。雨上がりで景色もキレイだ。近くでお囃子の音が聞こえる。集落に入ってみるとお宮さんの前で秋祭りの真っ最中だった。ちょいと見物。

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木崎湖

 白馬の町は立ち寄らずに一気に木崎湖までやってきた。靜かでキレイな景色をながめてプチ休息。湖畔にはスキー客や体育会系の合宿ねらいの宿が沢山並んでいる。時季外れなのか、とにかくひっそりとしている。

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扇沢駅

 大町からふたたび山道になって行き止まりが扇沢駅、黒部ダムにむかうトロリーバスの出発駅だ。クルマの駐車場の方が駅に近くていいのだが、バイク置き場に案内されてしまった。

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関電トロリーバス

 1時間に2本の運行、幸いにも到着してすぐにトロリーバスに乗ることが出来た。乗客はぼちぼち、ちゃんと座って出発できた。これに乗るのは数回目、架線から電気をもらう2本の「おひげ」が面白い。

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 バスを降りてまずは半袖では寒いくらいのすずしさにびっくり。安易にダムに向かわずに、220段の階段を上って最上のダム展望台に向かう。これは辛い、何が辛いって景色もなにもないので、やる気が出てこない。

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黒部ダム展望台(標高1500m)

やっとのことで超眺めのいい展望台にやってきた。まずは、「お〜〜〜」って感嘆をあげた。何度来てもスケールのでかさに感動だ。

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 階段をどんどん下ってダムの放水がよく見えるところまで降りてきた。どでかい水柱と怒濤の音、いや〜大迫力、それにしてもよくもこんなにでかい構造物を人間が作ったモノだと感心する。



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黒部湖駅側出口

 堰堤は約500mあって向こう側まで歩いて見た。黒部湖駅からはケーブルカーで山の中をくりぬいて立山アルペンルートに繋がって行く。さらに奥に行くとケーブルカーの駅への案内が出てきた。小生は立山アルペンルートの縦走は未体験、なのでいずれ時間を作って、ちゃんとした装備でじっくりと走破してみたい。

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黒部ダム堰堤

堰堤をてくてくあるいて帰路の駅に向かう。丁度ダムの中心から放水している下をのぞき込んで1枚ぱしゃり。落差は何メートルあるんだろう。正面に見える山の向こうにバイクを止めた扇沢があるはずだ。

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殉職者慰霊碑

 ダムの傍らには銅像と工事で命を落とした人たちの名前が刻まれている。殉職者は171名におよび、そのうち墜落事故60名(35%)、落盤事故48名(28.7%)であったようだ。


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 黒部ダムレストハウスであれば、いわゆるダムカレーも頂けたようだが、混んでいたのでさくっと展望台の軽食コーナーで「ナンで食べる黒部ダムカレー」を食べてみた。グリーンカレーでけっこう辛く、パンに飢えていた小生にはナイスだった。

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関電トロリーバス

 たっぷりと見て回って駅に戻る。駅には3台のバスが待ち受けていて偶然にも前席に座ることが出来た。こりゃ動画をとらなきゃとデジカメを回し続けた。来年からは電気バスに置き換わるのでトロリーバスは今期で最後、国内でもトロリーバスなんて珍しいので、さびしいな。
 トンネルの中間地でバスのすれ違いがあるのだが、単線の電車路線などで使われるタブレットみたいなモノを受渡をして、安全を担保している。バスの格好はしているけど、まったく単線の電車と同じで面白かった。
 この黒部トンネルの掘削でもっとも困難を極めた「破砕帯」は車内案内にもあったし、現地もブルーの照明で区別されていた。石原裕次郎の「黒部の太陽」は世紀の難工事といわれたこの黒部トンネル工事を取り上げたもので、見応えのある映画だ。今も破砕帯周辺はトンネルの壁面から滝のように水が湧いて出ていた。




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大町温泉郷 湯けむり屋敷 薬師の湯

 黒部ダムも見てこれたし、あとは名古屋まで走るだけ。その前にちょいとひと風呂浴びようと大面温泉に立ち寄り。大型のホテルや旅館が並ぶが、バブルの頃の面影が悲しいほどに寂れていた。鹿島槍や爺ヶ岳のスキー場の基地となっていた大町温泉は当時めちゃくちゃ賑わっていた。それがいまは廃業したホテルが目に付き、とても悲しい気持ち。
 唯一の立ち寄り温泉施設はそれなりに人がやってきていて安堵するが、お湯が良いのにもったいないことだ。

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北アルプスパノラマロード 安曇野アートライン 県道306号

 大町からはよく知られた抜け道の県道306号を信号知らずで松本に向かう。基幹道路の国道147号は市街地を抜けるために交通量が多く、信号も数知れず。白馬でスキーに向かうときも、この県道ぬけみちががお気に入りだ。多くの美術館がこの街道沿いにあることから、安曇野アートラインとも称されるし、北アルプスの山並みを遠望できることから北アルプスパノラマロードなどども言われる。
 安曇野のあたりは水田や畑、ブドウ畑などが広がって、そこを縫うように走る快走路はバイクで来ると天気が良いと最高のツーリングロードだ。

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駒ヶ根SA

 松本ICから高速に乗って休日夕刻のクルマの流れに乗って駒ヶ根まで戻ってきた。ここまでこれば、なんとなく名古屋に戻ってきた感じがする。コーヒーでも飲んでひといき。

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守山PA

 東の上郷SA、そして北の守山PAは帰宅する前によく立ち寄るパーキング。宇奈月を出てから10時間、約400km、もうすこしでお家に帰還できる。
 GLばあさんは益々信頼性も上がってよく走ってくれた。今回は直前にバイク屋の主がフロントブレーキの調整をしっかりしてくれたので、すこぶる快適に走行できた。しかし100km以上の高速場面でアクセルのツキが悪くなったり、振動がでたりとキャブレターが完調ではない場面もあった。これはまた手の空いているときに、バイク屋さんでしっかり診てもらおう。
 この1年間で東北、九州、能登とGLサイドカーでロングツーリングを楽しんできた。荷物が多い宿泊ロングツーリングはサイドカーが楽ちんなことを再確認できた。さて、お次はどこに行こう。北海道?リピートして九州?



by akane8150 | 2018-09-30 19:14 | Motorcycles | Comments(2)

GL1200サイドカー 11 能登一周 3 輪島朝市 和倉温泉 魚津埋没林


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能登3日目は輪島から南に戻り、富山湾をぐるっと回って宇奈月の温泉に滑り込む計画だ。この日で能登半島とはお別れ、最終日は白馬、大町をぬけて名古屋に帰る予定。

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朝は、屋根をたたく雨音から始まった。一晩中降っていたようで、バイクもずっくり濡れていた。朝食を一番手で頂いて8時には宿を出立した。

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輪島 朝市

 輪島といえば朝市、朝8時からお店が並ぶようだが、この日は雨なのでお店も少ないそうだ。特に欲しいモノがあるわけじゃ無いから、朝市の雰囲気を味わうためにやってきた。生鮮魚からひもの、加工品までの海産物が中心で、農産物や工芸品もぼちぼちってな感じ。宅急便の発送も出来るけど、我が家の冷凍庫が一杯だから「干もの」は買ってくるなとかみさんから指令が入っていたので、見るだけ〜。
 何か記念にと思っていたら、味のあるおばあちゃんが唐辛子の飾り物を売っていたので、ゲット。魔除けになるらしく飾れば御利益があるようだ。写真をお願いしてシャッター切ったら、シャイなおばあちゃんは動いてぶれてしまった。

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 朝市の駐車場では見知らぬ軽自動車から声をかけられる。よくみれば、前夜の御陣乗太鼓の時にたまたま横に居合わせてお話しした人だった。奇遇だなあ。さらに交差点で信号待ちしていたら、たまたま宿の若主人が自転車で通りかかり、信号待ちなのに立ち話開始?? 後ろに車がいないことをいいことに、その場の写真を撮ってくれた。
 旅館のブログにはさっそく写真がアップされていて、ありがたくコピーさせていただく。小さな輪島市内をサイドカーなどでうろうろすると、「どこどこにいたでしょう?」などといわれてしまう。
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輪島 道の駅

 輪島を出る前に道の駅に立ち寄る。電車が通っていた時はここは輪島駅だったそうで、建物には線路とホームの屋根が記念にのこっていた。観光のまちだけあって、観光案内や展示などに力が入っていた。この頃になると夜からの雨も上がってきた、やったね。

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ツインブリッジのと

 輪島からr1で南に走り、穴水に再びやってきた。さらに海沿い走ってこれまでお初の能登島を目指すことに。立派な吊り橋を渡り、島に渡ってみると民家もまばらで信号も少なく能登島はとっても走りやすい。

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道の駅 のとじま

 海沿いにあって景色も良かろうと思っていた道の駅は、高台ではあるが、残念ながら展望無し。晴れた日曜のこともあり、バイクも大勢やってきている。

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和倉温泉

能登島大橋で和倉に入る。橋を渡る手前から反対車線の渋滞がとんでもないことに、片側一方通行の信号による渋滞が原因で、遙か先の和倉温泉街まで車列は続いていた。和倉温泉は能登半島でも有数の温泉地で、全国的にも名が知られている。これまでも何度か来たことがあって、夕食後にゆかたに羽織、下駄で温泉街をだらだら歩くのは面白い。
 
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総湯

 時間もあるし、和倉温泉の立ち寄り湯「総湯」に寄ってみた。多くの客がチェックアウトする10時ごろで、温泉街は人で溢れていた。能登一周の間で、もっとも人を多く感じたのがこの和倉温泉だった。お湯は塩化物泉なので、いわゆるしょっぱい温泉。源泉が80℃以上あってお湯はかなり潤沢のようだ。

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加賀屋

 泣く子も黙る「加賀屋」さん。ロビーもお風呂もバーもすべてが豪華絢爛でなるほど〜って思ったけど、小生の好みには合わなかったなあ。加賀屋はプロが選ぶ日本のホテル・旅館100選で36年間ずーっと全国1位をキープしてきたが、2017年のランキングでは初めて3位に転落した。きっと2018年の今年はホテルを挙げて巻き返しを狙ってスタッフは大変だろう。

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道の駅 氷見

 氷見温泉が気になりつつ、お昼前に氷見に到着。ここの海鮮物をお土産で送ろうと道の駅に立ち寄った。以前来たときは、港の桟橋近くに海鮮物売り場みたいなところがあったはず。道の駅ができるまでは、どこもそんな感じだった。
 お目当ては「のどぐろ」のひらきの幾つかお店をみて価格を勉強、よさげなお店で自宅までまとめて宅急便で送って貰った。日頃、魚の干ものなど買うわけが無い小生にとって、ひとつ1000円はするのどぐろは安いか、高いのかが分からない。できるのはA店とB店の価格比較が出来るだけ。

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氷見うどん

 お腹が空いたので、なにか地元のモノを食べようと物色。氷見の古くからある商店街で通りがかったお店に飛び込んだ。「魚と白エビ料理」に引かれたわけじゃなくって、お目当ては「氷見うどん」だ。氷見うどんのことは何も知らなかったので、出てくるまで楽しみだった。
 出てきたのは、ざるうどんだった。白エビのかき揚げぐらい乗っければ、モアベターかもしれないが、かき揚げ。。。美味しいけど 小生は食後の胸焼けが必須、氷見うどんを後学で調べると稲庭うどんに似てるとおもえた。ぷりぷり、しこしこの麺が美味しさなんだろう。

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雨晴(あまはらし)海岸

 「雨を晴らした」という地名の由来となった義経伝説がここにも残っている。弁慶がこの大きな岩(義経岩)を持ち上げて雨宿りをしたというのだ。山側には真っ白なテラスが印象的なおしゃな道のの駅ができていた。人出が多くって駐車場はいっぱいで待つ車の列が並ぶ。

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観光協会より

 晴れていれば素晴らしい景色に出会うことが出来る。富山湾の荒波と澄んだ空気の向こうに冠雪した立山連峰がくっきりと見える。これはすごいなあ。望遠レンズを持ってないと辛いだろうなあ。

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魚津埋没林博物館

魚津の港近くにある埋没林博物館に立ち寄り。なぜかツボにはまってリピートして訪れている。

 魚津埋没林は、約2,000年前、片貝川の氾濫によって流れ出た土砂がスギの原生林を埋め、その後海面が上昇して現在の海面より下になったと考えられています。魚津埋没林は、天然記念物の中の地質鉱物(化石)に分類され、埋もれている樹根そのものはもちろん、それを含む土地6150㎡が特別天然記念物の指定対象となっています。その指定地は魚津埋没林博物館の敷地に含まれています。そのため、館内に展示されているもの以外に、博物館敷地の地下にはまだまだ埋没林が眠っていると考えられます。(ホームページから)

 プールほどの大きな水槽には掘り出されたままの巨大な杉の根っこが横たわっている。そこからは清水が湧き出ていて、ぷくぷく泡も浮かんでくる。とにかくでかい、樹齢は800年ほどにもなるのだそうで、想像される幹の太さもまたでかい。

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最大級の杉のねっこ
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 水槽の上からだけでなく、横からも観察できる。巨木の根っこはこんなにも横に広がっているんだ。この水槽展示室はすこぶる居心地が良い、なんたって清水の湧き出ている水槽なので夏に来ると天国のように涼しい。

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水槽の水を抜いて年末恒例のねっこの大掃除の風景。これは掃除のやりがいがある大きさだ。(北日本新聞社より)

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宇奈月温泉

 さて今日のお宿は宇奈月温泉。温泉を楽しみたいので早めに宿に入った。サイドカーで来ることを伝えておいたら、社用車用の屋内駐車場を用意してくれた。これはありがたい。宇奈月温泉の泉質は単純泉、すこし硫黄の香りがするかな。いいお湯であることには間違いない。

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 部屋からは駅を出たばかりのトロッコ電車が見えてきた。鐘釣温泉で一泊も考えたが、トロッコがすでに一杯で席を取れないばかりか、一軒宿の鐘釣温泉も3ヶ月前にすでに満室だった。トロッコの終点、欅平から歩いた先の名剣温泉、さらにその先の秘境感たっぷりの祖母谷温泉、いずれも大好きな温泉宿でまた時間が出来たら行きたいところだ。特に祖母谷温泉の内風呂、お湯が滝のように湯船から溢れている豪快さは特筆だ。

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 今宵はこの旅最後のご馳走夕飯を楽しむ。すでに風呂上がりにビールは飲んでいたので、夕食時は最初から地酒の熱燗で一杯。気の良い仲居さんに写真を撮ってもらった。さて明日は最終日。糸魚川から白馬、大町、そして今年で最後のトローリーバスに乗るために黒部ダムにいってみようかと思っている。

能登一周 最終回 に続く




by akane8150 | 2018-09-25 21:56 | Motorcycles | Comments(2)

GL1200サイドカー 11 能登一周 2 禄剛埼灯台 せっぷんとんねる 御陣乗太鼓



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 さて、今日は今回の旅でもっとも楽しみな海沿いをぐるっと走るコース。前もって観光案内に目を通しておき、寄りたい場所は概ねピックアップしておいた。アバウトなタイムテーブルとその進み具合で、取りやめたりさらにより道したり。

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総持寺祖院

 宿泊の地は門前町であったが、字のごとくお寺さんがあるからそのように名前が付いたんだろう。さて、なるほど町の中心にはお寺さんがある。調べてみると火災で建物を失ってしまう明治時代まで、ここは曹洞宗の大本山であったというのだ。全焼を機会に大本山の機能は交通の便の良い横浜へ移ってしまったが、現在も曹洞宗の祖院として親しまれている。

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道の駅 穴水

 R249から県道を使って穴水まで。穴水は能登半島の真ん中に位置して、主要な道路が交差することもあり、ツーリングをしていると何度も通りかかることになる。国鉄時代の能登線を受け継いだ「のと鉄道」は現在はここが終着点で、この先の輪島や珠洲までの路線は廃止されてしまった。

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中居湾ふれあいパーク ボラ待ちやぐら

 能登半島を海沿いにぐるっと走るのはR249で、これに乗っかって東へ走る。能登には観光スポットの近くに駐車場が整備されていることが多い。この地方特有の漁獲方法、ボラ待ちやぐらを見てくる。回遊するボラの群れを上から見て、タイミングを見て金魚すくいよろしく網をすくい上げる。ボラくらいしか捕れなかったんだろうか、小生にはボラじゃあ嬉しくないわねえ。
 朝の予報ではふったりやんだり、んっでホントに最近の天気予報はよく当たる。昼頃からは雨も上がるとの予報だ。これを信じよう。

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石川県海洋漁業科学館

 能登町に入り、石川県海洋漁業科学館なるものを見てきた。海沿いの陸揚げされた漁船が目印。定置網からイカ釣りなど、なかなか展示も面白くって時間を食ってしまった。イカの解剖写真を「下敷き」して配布していたが、これは大事に持ち帰らせて頂いた。

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真脇

 途中の真脇はそこそこ街だった。メインストリートを走っていると役場の広場でなにやら人が出てきている。Uターンして覗いてみると、「キリコ」を組み上げている最中だった。昼間は良いけど、灯りがともる夜は天気が大丈夫だろうか。和紙で張られた提灯の部分が心配だ。

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能登九十九湾

 リアス式海岸が美しいとあり期待していったが、はっきりした案内も見つからず、あやうく通り過ぎかけたので小さな入り江に入って写真を一枚。近くには遊覧船の発着場なのか、船が停泊していた。それにしても雨上がりの為なのか、流れ込んだ土砂で海水が濁ったままだ。

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のとつづりさんより

 能登九十九湾は期待外れと家に帰ってから調べたら、こんなきれいな場所であったことが判明。九十九湾の複雑な海岸線に沿って遊歩道の面白そうな飛び石が続いている。これをぴょんぴょん伝って行けば、海岸線を散歩ができる。とても透明感の強い海水と入り江の景色は感動モノらしい。勉強不足でこんな飛び石散策道があるなんて知らなかった。

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見附島

 さらに北上すると能登でも1,2位の知名度であろう見附島が現れた。手前は松林の海岸となって、開放感抜群な場所。近くに山があるわけでもない、ポツンと軍艦の舳先のように岩が切り立っているの不思議だ。
硬くない珪藻土が主な構成らしいので、大昔からもよくも削られずに残ってきたなあ。

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宝立町 幸ずし

 今年の春にお仲間のRipさんがドラマティックな展開でたどり着いたお寿司屋さん。お昼時と重なったので、ご当地の能登丼をいただこうかとよってみた。まさに先客が店に入ろうとしていたところなのだが、なにやらおかしい。やり取りを聞いているとどうやら今日のお昼はやらないらしい。
 主が出てきて、「今日はお祭りで手が回りません、すいません」とのお答え。あちゃ〜、残念。


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珠洲正院 キリコ

 お昼が頂けなかったのでさっさと行程に戻る。次にやってきたのは珠洲市、ちょうど珠洲のキリコ祭りなので会場の正院町にやってきた。農協の広場には、夕方から活躍するであろうキリコがすでに鎮座していた。掛けられているビニールシートが、町の人たちの気持ちを表しているようだ。どうか無事にお祭りができたらいい。

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正院キリコ祭り 奴振り すず観光ナビブログより


 これも後学だけど、地元のサイトにはど派手な衣装で毛槍を振り回す写真が出てきた。そういえば、ここに来るまでにもこの出で立ちの住民をみかけたような。この日は初日、写真のような奴ぶりは2日目にみられるようだ。この地に宿泊予定だったら、じっくり見れただろう。
 お昼を食べなきゃと探すと、「8番らーめん」の看板。そういえば、能登を走っていると気づくのは、コンビニや吉野屋などのファーストフードのお店が少ないことだ。その中で「8番らーめん」だけは目に付くのだ。さくっとラーメンを食べて昼食終了。なぜ8番らーめん?って調べたら、加賀市の国道8号線にあったお店が始まりと分かり、はげしく納得した。

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粟津海岸

 なんでここまで来てラーメンだったのか、よく分からないままさらに先に進む。振り返ってもこの時の天気がこの4日間で最もよかった。蒼い海と空が一直線の水平線を180度見せてくれる。あとちょっとで最北端の地という「粟津海岸」で記念写真。三脚を立てて準備するのがうっとうしいが、でもやらないと自分の映った写真が残せない。

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金剛崎
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ランプの宿

 観光化されまくって興ざめの金剛崎に立ち寄る。ここは元々、その下にあるランプの宿への駐車場があった場所。昔は舗装もされていない広場があっただけだったのに、今は「パワースポット」と称して見晴台や奇岩巡りが有料でなされていた。

 かみさんとバイクでここに宿泊した30年前が思い出された。当時から「ランプの宿」として有名で、楽しみに来たのだが。。。宿のどこもかしこも電気が付いていて、夜だけ部屋にランプが用意されるという趣向にはがっかりだった。料理は食べきれないほどの量と越前ガニが出てきた覚えがある。
 食堂でたまたま隣り合わせた年配のご夫婦と小生達は意気投合、しこたま飲んで話し込んだ。しかし翌朝、朝食にはお二人が現れない。宿の人に聞いたら、「ご主人が深夜に急性アルコール中毒で近くの病院に運ばれちゃいました。」との事。一緒に呑んだ責任を感じつつ、宿を出て病院に向かった。病棟では点滴でずいぶんと回復はされたようで、同日の夕方には退院できるらしかった。容態を聞いて安心した。

 おまけの話、どうやらご夫婦ではなかったようで女性の方は関西方面まで一人で先に帰ったそう。今となれば懐かしい思い出だ。

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道の駅 狼煙(のろし)
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禄剛埼灯台

 1時過ぎに能登最先端の禄剛埼に到着。道の駅狼煙にバイクをとめて、灯台までの激坂を登ってみた。下腿に乳酸がしこたま貯まった頃に灯台に着いた。真っ青な青空に白い灯台が映えて気分よし。




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揚げ浜塩田

 あとは海岸線を一直線、輪島まで走るだけ。道路沿いには塩田が散在、道の駅にもなっている揚げ浜塩田に立ち寄る。25mプールくらいの真っ平らな砂地に海水をまいて乾燥させ、その砂から濃縮した塩水を取り出す方法。海から桶で何度も汲んでくるのは重労働だ。

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垂水の滝

 塩田を過ぎるとやがて大きな滝が見えてくる、垂水の滝。旧国道トンネルを乗り越えるように海に直接流れ込む。水しぶきが冷たくめちゃ気持ちよかった。

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旧逢坂トンネル

 トンネルの反対側の出たところに、曽々木ポケットパークという小さなパーキングがあってその先には旧道のトンネルが口を開けている。

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手堀の古道

 さらにそのトンネルの海沿いには、手掘りの人道トンネルが続いている。古代の旅人になった気分で奥に進むと真っ暗なトンネルが現れた。

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せっぷんとんねる

 先が真っ暗で出口が見えない。高さはヒトが立ったまま歩けるくらい、これを掘るにはどれだけ時間がかかったんだろう。昔に映画のワンシーンに使われ、この中で「せっぷん」をしたそうな。これにちなんで「せっぷんとんねる」と呼ばれる。いいねえ、キスといわずにせっぷんですからね、レトロだ。

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福が穴

 せっぷんとんねるの入り口は洞にあって、旧国道のトンネルが開窓している。この奥には、「岩窟不動」が鎮座し人々の願いを叶えるため「気」を解き放っているパワースポットらしい。こんな狭くって暗いところに一人では無理なので、当然入りはしなかった。

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本家 上時国家


 祖先は、800年前に能登に流された「大納言・平時忠 ・・・平清盛の義弟」と伝えられ、子の「時国」を初代として現在で25代目。江戸初期から300石の豪農として天領大庄屋を務め、江戸後期に21代当主が現在の巨大で格式高い屋敷を28年かけて建造した。現存する近世木造民家では最大級である。
大庄屋屋敷として公用部分と私用部分を分割した構造で、公用部分の中心に大納言格式を示す「縁金折上格天井」の「大納言の間(別名 御前の間)」を配している。広間の襖には、家紋でもある平家定紋の「丸に揚羽蝶」を金箔で描いて連ねている。 座敷の境上部には両面彫りの欄間を飾り、御前の間の欄間は蜃気楼を描いた珍しいものである。
広い空間を占める土間は、この巨大な建物を支える柱・梁組と、萱ぶき大屋根の内側構造を見ることができる。総欅造り唐破風の正面玄関も民家では珍しい。(ホームページより)

 まあ、兎にも角にも立派な民家だ。800年の祖先までさかのぼる事ができるなんてのもすごい。お湯を沸かさず、湯船にお湯を入れて浸かるのが貴族式、湯船に肌が触れないように布を敷いたのが「風呂敷」の始まりとは、勉強になった。

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 能登の北側の海岸線は平らなところがほとんど無くって、山がそのまま海に落ち込んでいる。その山腹に縫い付けられたように道が続いている。ずーっとこんな感じ。


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白米千枚田

 道の駅があるのでそれとわかるけど、国道からは見えないので通り過ぎてしまいそうな千枚田。畳半畳くらいしなないようなちっちゃな田んぼまで、とことん平らな所を作り出して水田に変えている。平坦な場所が見つからないこの地では、ここまで手を尽くしても稲作をしなくてはならなかった。人の血と汗の結晶だろう。
今は観光資源として維持され、オーナー制度で年間2万円でマイ田んぼを持つことができるそうだ。幸運な年間200組のオーナーは謝礼には10kgのお米とオーナーの標識を立ててもらえる。

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大沢 間垣の里

 輪島までやってきたけど、まだ時間があったので輪島を通り越して10km先の大沢まで足を伸ばした。木塀で防護した家屋は能登を旅するとよく見かけたが、背の高い竹がびっしりと貼られている光景は不思議なモノだった。間垣とは、長さ約3メートルのニガ竹をびっしりと隙間なく並べてつくった垣根のことで日本海から吹き付ける冬の風から家屋を守るためのもの。冬は暖かく、夏は陽射しを遮るためとても涼しいようで厳しい自然と共存してきた能登の人たちの知恵だ。

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輪島市街

 さて日があるうちに輪島に戻ってこれた。メインの通りは電柱も地下に埋められ、黒壁の建物と相まってすっきりとした景観。ぶらぶら散策するにはいいだろう。

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ぱしふぃっくびーなす

 輪島港に優雅な白い客船が着岸していたので寄ってみた。日本郵船のぱしふぃっくびーなすだった。桟橋にはテントが張られ、歓迎ムードが伝わってくる。宿の主に聞くことが出来たが、誘致の成果があってこの船は年間4,5回は輪島に寄るそうだ。この日も朝9時に着岸、乗客は輪島の朝市や輪島塗会館などを楽しんで夕方5時過ぎに離岸、出港のながーい汽笛が宿まで聞こえた。

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輪島工房長屋

 家族へのおみやげに輪島塗のお茶碗を考えていたので、お店が開いている内に立ち寄ってみた。輪島工房長屋は出店も多くって見比べる事ができて勉強になる。ちょっと広口で汁ものにも使えそうな茶碗、4色のバリエーションがあって5人家族の我が家には色とりどりで面白い。4色は家族、小生は自分の気に入った色で。

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新橋旅館


 週末の輪島は一人旅で予約を取ることが大変だった。当初問い合わせてみた温泉ホテルは、素泊まりならOKとのことだったが、これでは寂しい。一人旅で普通にオンラインで押さえることが出来たのがこの宿だった。朝市の会場にも歩いて行ける利便と口コミがよかったから選んでみた。築60年ほどの古い旅館だそうだが、和紙でインテリアが統一されていて海外からの観光客にも評判のようだった。夕飯も部屋出しのお料理で宿代と照らしても十分に満足できるものだった。
 宿の若主人は輪島の観光に大きく関わっているようで、後述する御陣乗太鼓や前日泊まった門前のホテル、今日見た客船の誘致などいろいろとお話を聞くことが出来た。

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銭湯 鳳来湯

 市街地にある旅館だからお風呂はそれなり、ならばと近くの銭湯に下駄をならして行ってみた。番台形式でお代は440円、脱衣場、湯船の作りは名古屋の銭湯とあまりかわらない。中庭のような空間が名古屋式の銭湯にはあるのだが、ここは脱衣場と浴室が扉1つでつながっていた。お湯のキレイさはまあ及第点か。

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御陣乗太鼓

宿の人に誘われ自家用車に乗せてもらって観光協会の主催するイベントを見に行った。

 天正4年(西暦1576年)越後の上杉謙信は、能登の名城であった七尾城を攻略して「霜は軍営に満ちて 秋気清し 越山を併せたり 能州の景」と詠じ、その余勢をかって奥能登平定に駒を進めた。

 現在の珠洲市三崎町に上陸した上杉勢は、各地を平定し天正5年、破竹の勢いで名舟村へ押し寄せてきた。武器らしいものがない村人達は、鍬や鎌まで持ち出して上杉勢を迎撃する準備を進めたが、あまりにも無力であることは明白であった。しかし郷土防衛の一念に燃え立った村人達は、村の知恵者といわれる古老の指図に従い、樹の皮で仮面を作り、海藻を頭髪とし、太鼓を打ち鳴らしながら寝静まる上杉勢に夜襲をかけた。上杉勢は思いもよらぬ陣太鼓と奇怪きわまる怪物の夜襲に驚愕し、戦わずして退散したと伝えられている。

 村人達は名舟沖にある舳倉島の奥津姫神の御神徳によるものとし、毎年奥津姫神社の大祭(名舟大祭・7月31日夜から8月1日)に仮面をつけて太鼓を打ち鳴らしながら神輿渡御の先駆をつとめ、氏神への感謝を捧げる習わしとなって現在に至っている。(ホームページより)


 何の予備知識もなく、15分ほどの太鼓のパフォーマンスに接したのだが、その迫力に圧倒された。名舟町は70戸ほどの小さな漁村、その出身の男子にしかこの太鼓をたたくことが出来ない。町内には6名ほどの編成で3組が交代で演技に当たっている聞く。この時期は連日、輪島で夕刻からふた幕公演し、さらに国内はもちろん海外にまで公演にいくこともあるようだ。本業もありながら、地元の伝承に力を注いでいる姿が頼もしかった。





能登一周 3 に続く




by akane8150 | 2018-09-24 01:24 | Motorcycles | Comments(6)

GL1200サイドカー 11 能登一周 1 庄川湯谷温泉 千里浜なぎさドライブウエイ 


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 小生は、なかなか連休が作れなくって泊まりのツーリングは敷居が高い。しかしこの9月には土曜を休めば4日間の休みがとれる。ずいぶん前の梅雨の頃から企んでいて、やっと実現した。
 さて、どこに行こう。つらつらと思いを巡らし、たどり着いたのは「能登半島」だった。彼の地は30年ほど前にかみさんとバイク2台で巡ったなり。日帰りでは堪能できない遠い能登だから、いい思いつきと決定。3泊4日あれば、見たいところにも行けるでしょう。

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 ロングツーリングとなれば、気になるのが天気予報。この時期は秋雨前線が日本列島に鎮座する時期だから、雨に降られるのは致し方ないが、出発の朝からレインウエアと長靴、ゴム手袋姿はいただけない。めずらしくかみさんが出発を見送ってくれて、雨で気分がた落ちの記念写真。ちょうど1年前に東北1周をしていたが、やはり雨には祟られた。日帰りツーリングだったら、雨ならいさぎよく中止。しかし、休みを取ってまでのロングツーリングだから、天気予報にかまってはいられない。

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 今日は輪島に近い門前にあるホテルまでの予定。朝7時に自宅を出発。高速を乗り継いで東海北陸自動車道をひた走る。キャブ車のため、ひるがの高原あたりの高所では混合比が合わなくって、アクセルにスピードがついてこなくなる。GLには巡航用の5速があるのだが、登りでは4速に落とさなくては辛い。これは同じくRZにもあてはまり、車の流れについて行くのに一杯一杯だ。

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五箇山 岩瀬家


 東海北陸自動車道を白川郷ICでおりて下道を走り始める。寄り道として五箇山に立ち寄ってみた。このおっきな合掌作りはこの地域最大でなんと5階建て、300年ほど前からここにどっしりと建っている。江戸時代は鉄砲の火薬などを加賀藩に上納する役に関わっていたようで、南の天領である白川郷に負けじと加賀藩の威光を示したものともいわれるそうだ。家族36人が住んでいたそうだが、それも頷けるほど立派な建物だ。

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五箇山 菅沼地区


 この五箇山の2つの集落、そして岐阜の白川郷の集落、この3つがまとめて世界遺産に指定されている。R156沿いにある菅沼地区には9棟の合掌作りの家屋が残っているそうで、靜かでのどかな谷間にぽつりぽつりと点在している。観光客が溢れ商業のにおいがプンプンする岐阜の白川郷に比べれば、管沼地区は寂れた印象をもつがこれはこれで良いと思う。ただ、人が住んでいる気配もないので、厳しい自然環境の中で建物を生きた姿で継続していくのは大変だろう。

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 R156を庄川沿いに北上する。小牧ダム湖周囲は断崖の山の斜面を覆道(シェッド)が延々と続いている。糸魚川から南下する北国街道を思い浮かべながら、日本海に注ぐ大きな川はこのような渓谷を作り出して道路は覆道ばかりのような気がした。
 やっと広いところに出てくるとそこは小牧ダム。船でしか行けない秘境の大牧温泉はここから出発。一度行ってみたいお宿だけど、もう随分先まで予約が一杯とのこと。

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砺波市庄川 湯谷温泉

 小牧ダムの下にぽつんとある1軒宿の湯谷温泉。かねてから来てみたかった温泉で、やっと念願かなうことに。さびた雰囲気が小生の温泉心をくすぐる建物は大正時代から。もう宿泊はやめてしまったのだろう、昔ながらの湯治湯そのままの旅館が残っている。

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 宿の玄関をがらりと開けると目の前には書き置きが。ひとり500円、無人野菜販売みたいで面白い。1000円札を出した人はおつりも持って行けとまで案内があった。入浴1回と書きそうな所を、「一浴」と記してあるのがしゃれている。

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 電気もついていない旅館部の廊下を抜けると屋外の廊下となる。その先に水辺ぎりぎりの高さにコンクリートの浴室があった。ダムの放水が多いと浴槽が浸かって使用できなくなるとのこと。小牧ダムは雨上がりもあってがっつり放水していた。

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 脱衣場もカーテンだけのシンプルなもの。扉を開けて浴室にはいるとすぐに階段があってその先はブルーが鮮やかなお湯が蕩々とながれている浴槽だ。ひとりふたりが体を洗うくらいのスペースがあるけど、そこまで満々のお湯が押し寄せて、床面すべてが浴槽のようだ。
 お湯の温度は小生にはちょいぬるめ、わずかに硫黄の香りがしている。消防隊の消火ホースくらいの太さの湯口からは太い柱となった源泉が吹き出して、これはくみ上げでもない正真正銘の自噴泉と聞いて感動だ。
 温泉通には全国的にも有名なこのお湯に入れて満足、非常に気に入ってこれからもチャンスがあったら立ち寄りたい温泉。


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 湯谷温泉を出て北に走れば、富山の平野にでてくる。砺波ICから金沢森本ICまで高速、その後はR8と「のと里山道路」で海沿いを北上する。

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千里浜なぎさドライブウエイ




 のと里山道路 今浜ICを下りれば全国的にも有名な千里浜なぎさドライブウエイが始まる。約8kmにわたってしっかり締まった砂浜の海岸線を走るのは滅多に出来無い体験だ。日本では唯一、世界的にも道路として解放されているところは希のようだ。
 波打ち際に車を停めて、投げ釣りをしている人たちもいた。見てたら15cmほどのいいキスが連なって上がってきて、これは足場も良いし近くにはトイレもあるし、家族で釣りにくるのもいいだろう。

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宇宙科学博物館 コスモアイル羽咋

 「UFOで町おこし」という滑稽な?目的で羽咋市がつくった博物館。UFOの展示もあるけど、小生が引かれるのはNASAから提供された実物の宇宙船がいくつか展示してるコーナーだ。

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マーキュリー宇宙船

 アメリカ最初の有人宇宙船。レプリカを見るのは初めてで、レベルのプラモデルキットを製作途中なので資料に細部を写真に残した。金属製のスイッチがこれでもかというくらい並んでいて、パイロットは操縦するのは大変だったろう。当時のデラックスなアメ車を思い起こすようで面白い。

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ヴォストーク帰還用宇宙カプセル

 これまたはじめた見たロシアのヴォストーク、パイロットが乗る部分は球体をしていてここだけが、ロケットと分離して地上に降りてくる。実際に大気圏突入をした機材なので、表面は赤茶色に焼けただれていた。船内はクッションで被われており、基板むき出しのマーキュリーとは対照的だ。スイッチは数が少なくジョイスティックレバーも1本だけ。この2つの宇宙船は同時期のものだが、ヴォストークの方が洗練されているように思える。

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アポロ司令船

 この司令船はレプリカのようだが、部分的にはホンモノのパーツが使われているようだ。とりわけ、このハッチのごちゃごちゃした作りには感心させられる。ほとんどのパーツはワンメイクだろうから、さぞかし高価なものになっていただろう。

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世界一長いベンチ

 夕日がキレイで「桜貝」が見つかる増穂浦海岸の全長460メートルのベンチ。どうやらギネス狙いで作られたモノのようで、行って初めて分かる「がっかり系」としては面白い。

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 国道から離れて海沿いのr49をゆっくりと走る。このあたりは集落も途絶えて静かな景色が広がる。道は細く延びて、海を見れば遠くにフェリーが航行する姿も。

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ヤセの断崖


 松本清張の「ゼロの焦点」で登場する断崖絶壁がヤセの断崖。海面から50m以上の断崖で上から覗くと「怖くて身がやせる思い」がすることから、このような名前になったとか。2007年の地震で先端部分が崩落してその迫力がそがれてしまったよう。その昔は歩道の柵もアバウトで乗り越えることも容易、その分自殺者が耐えなかったとか。
 小生は高所は大嫌いなので、端っこから海を見ようなんて思いはまったく起きなかった。

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義経の舟隠し


 やせの断崖から歩いてほど無いところには、深くて長い入り江が出来ている。兄・源瀬朝の厳しい追手から逃れる義経と弁慶らが、奥州へ下る途中、荒波を避けるため48隻の舟を隠したと伝えられている入り江の岩場。48隻なんてリアルっぽいお話だ。それにしても、日本のいたるところに義経の伝承が残っている。語り物としてよほど義経は人気があったに違いない。

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門前町黒島


 輪島市門前町黒島は北前船の船主や船頭が暮らした町として江戸時代には幕府直轄の天領となっていた。現在は国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。能登を走ればよく分かるのだが、古い町並みはとにかく黒い瓦屋根に板壁の黒い家屋ばかりだ。とりわけこの地区は保存されているだけあって、能登の集落の典型を見る思いだ。朱や群青などの色彩のないモノクロームな町並み、どんよりした天候のもとでは益々日本海の世界を強く印象づけさせる。
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輪島市門前町


 自宅を出て10時間、350km先の宿泊地である輪島市門前に到着。このあたりでは数少ない温泉の宿でまずは荷を下ろしてゆっくりとお風呂につかる。風呂上がりは早速の夕飯でひとり生ビールと地元の食材を美味しく頂く。特に赤むつの焼き魚が絶品、しっとりとよくあぶらののった身が地酒の熱燗にぴったしだった。
 明日は能登のさきっちょをくるっと回って輪島に入る予定。天気予報は朝から雨、露天のGLばあさんにはカバーを掛けておいた。
能登一周 2 に続く


by akane8150 | 2018-09-20 23:00 | Motorcycles | Comments(8)

XT250 セロー 14 東山道2 木曽峠(大平峠) 大平宿 松川入


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林道大谷霧ヶ原線 美濃側

 神坂峠の美濃側を探索し、車両では峠を越せないことがわかった。ならば、反対側の信濃側へ行きましょう。清内路峠を越して反対側へいくだけじゃあ、つまらない。時間もあるので、途中の立ち寄りと大平街道をぐるっと回ってこよう。

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馬篭宿

 東山道を美濃側に降りてくると、そこは全国的にも有名な中山道の宿場町馬籠。馬籠峠からの稜線上に宿場は上から下に細長く広がっている。駐車場にはすでに観光バスもたくさん止まっていて、昨今の例に漏れず海外からの団体客がとても目立つ。石畳の両側にお土産物屋がならび、一般の家でも当時の屋号を表札かけて史蹟の保全と現在の生活とを共存させている。今日はスナップショットだけで馬籠の町は素通り。


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馬籠峠

 馬篭と妻籠をつなぐ旧中山道の峠。この先の妻籠側は高低差が大きいので小さなカーブがいくつもやってくる。石畳の旧街道(小径)はハイカーの人たちで賑わっていた。この峠は馬篭峠となっているが、これまでの峠を巡ってきた経験から、多くの場合、越える先の集落の名を峠の名にしているような気がしている。つまり峠には2つの名前があっても不思議ではない、そこに生活している人にはそれで問題無かったはずだ。地図上で馬篭峠と命名された背景がなんであったのか、想像すると面白い。

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大妻籠 旅籠つたむら屋

 馬篭峠を下り旧街道に入ってみると昔のままの「大妻籠」の集落。うだつの上がった立派な旅籠がならんでいて、いずれも江戸時代の建築で優に200年を越えている。さらに当時からずーっと旅籠として生業をしてきたというのだからすごいことだ。まわりは自然のみ、アメニティが優れているわけでもないだろうにどんな客層なのだろうと調べてみると、欧米の旅行客が多いようだ。「日本らしさ」を彼らはこの宿に見いだしているのであろう、「いろり」や「和布団」、「郷土料理」に「日本酒」、どれもクールに映るのかもしれない。

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大平街道(木曽側)

 妻籠から清内路峠にむけてR256を快走する。清内路トンネルの手前でいよいよ大平街道への分岐、これを左に折れて峠までの登りが始まる。ここから大平峠を抜けて飯田の町までおよそ30km、冬期間は雪で閉鎖はもちろんだが、災害で通行止めになることもしばしば。でも今日は大丈夫、通行止めの表示無し。

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 路線バスも走っていた(過去形)峠道はちゃんと整備されていて走りやすい。夏のこの時期は森林がうっそうとしていて、木々のトンネルを走るようなものだ。峠では良くみかける「第23号カーブ」なんていう標識が続いている。

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木曽見茶屋

 あともう少しで峠というところに峠の茶屋がある。この街道は本来素晴らしい展望が期待できる位置にあるが、夏場は深い樹木で遠望の景色を知ることが出来ない。しかし、唯一といっていいほど、この茶屋のあるカーブは周囲が開けていて明るく見通しが良い。「木曽見茶屋」と言うくらいだから、西の方角には真下に清内路街道、遠くには先ほどの馬篭峠や中津川など、南木曽が一望できる。

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 茶屋は板で閉ざされていて休業している風情、張り紙がしてあって「体調を崩し昨年で店じまい」との内容であった。ひとむかし?ふたむかし?の頃はここでそばとおでんを食べたのだが、最近はずっと店は閉まったままでとっくに廃業したんだと思っていた。
 後に調べてみると、昭和7年からこの店は続いていたのだが、2014年頃に廃業。しかし中津川の男性がこの自然に感銘し、周囲の応援もあって2016年に営業を再開したという記事まではたどり着いた。しかし張り紙の通り、2017年秋の営業をもって再び木曽見茶屋は静かな廃屋に戻ってしまった。わずか2年で廃業してしてしまったとは。。それほど交通の多い訳じゃ無いから「やり繰りの問題」、ひとり営業の「切り盛り」などなど大変であったろう。この大平街道がたどった歴史の経緯からすれば、この木曽見茶屋の消滅も残念だが自然の流れと言うべきだろう。

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木曽峠(大平峠)

 茶屋をすぎるとまもなく峠のトンネルが見えてくる。ここに来るたびに、その可笑しなトンネルの姿に注視してしまう。これをトンネルと呼んで良いのだろうか? まるで土に半分埋まった「土管」だ。おまけに天井部には窓が開いていて家屋の明かりとりのように日差しがはいってくる。トンネルの前後、峠部分はすべて切り通しになっている。特に伊那側のそれは深く掘られていて崩落の心配もありそうと、なれば切り通しの崩落対策と思えば、土管形状でも役に立つ。きっとそのあたりが答えだろう。

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 峠には明治時代の道標が立っていて雰囲気よろしい。標高1300mもあれば抜ける風も十分にすずしく、日陰に入っていれば名古屋の熱風地獄がうそのようだ。トンネルにつけられた表記は「木曽峠」、〇△隧道とか、□〇トンネルって書かれるのが普通だろうから、ちょっと変わっている。つまり作った人はこれを「トンネル」とする認識がなかったんじゃなかろうか?? 

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大平宿(おおだいら)

 峠を伊那側におりてくると開けた土地と集落が現れる。ふるびた建物が並ぶ姿はちょいと異様で、その昔にタイムスリップしたかのような錯覚すら感じる。そもそもこの大平街道は伊奈の町と妻窹宿を結ぶために江戸中期に飯田藩が作った街道だ。それまでの迂回する経路よりもこのおかげで随分と利便が良くなった。
 この開通により、木地師と商人たちがこの大平に入植したのが始まりで、やがて村となり宿場町となる。明治になって中央線が開通すると、伊奈の人たちがここを越えて木曽まで通うようになってますます交通は盛んになり、小学校や郵便局も開設されるほどの規模になった。
 しかし、飯田側にも電車が通るようになり、これまで難路だった清内路峠にも国道が走り、大平街道よりも便利に伊奈と木曽が繋がるようになり、交通や物流は減少の一歩となる。昭和35年には最盛期の半分、35戸になりついに昭和45年、住民の総意として集団移住を決定し、大平宿は約250年の歴史に幕を下ろした。

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大平宿(宿泊できる古民家)

 大平宿は旧街道に沿って南北に民家が連なっている。残っている古民家のほとんどが手入れ、整備されていて宿などの利用が可能だ。どれもが江戸時代に建てられて200年以上も経った民家で、いろりを囲んで自炊生活が出来るなんて面白い。ただし、小生には無理だ、夏場は日が落ちれば「虫」がいっぱい飛んできそうだし、ムカデさんやカマドウマさんなどは大の苦手。多分おちおち眠っていられないだろう。
 村の家屋たちは廃村後、リゾート開発で破壊される危機に面したが、有志(大平宿をのこす会)によってその維持が続けられた。平成29年、大平宿をのこす会は解散したが、引き続き飯田市が廃村を管理し、宿泊体験などの利用については民間に委託している。

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松川入(廃村)

 大平宿を抜けて飯田峠を越えればあとは飯田市街まで松川に沿った下りとなる。この松川の上流に入り込む林道を見つけたので、行けるだけ上がってみた。
 街道からは一変して、道は枯れ枝や落ち葉、落石の舗装林道となる。しばらくすると森林から抜け出して空がしっかりと見える広場に出る。無人であろうが、まだあまり傷んでいない木造家屋を発見。明治初期に炭焼き小屋や森林伐採など、山仕事のために開拓された「松川入」という集落で、農林事務所?が残っている。調べるとこの建物は昭和30年頃に建てられて、昭和の終わり頃まで森林整備などの作業員が出入りしていたようだ。例に漏れず、昭和41年に松川入の集落は集団移転して廃村となった。

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 さらに登って行くと左右の分岐に遭遇。右「松川入線 13kmで行き止まり」 左「小西川線5kmで行き止まり」「携帯電話も通じません」などど 心折れるような案内板。おまけに「熊に注意」の看板が至る所に見られるようになる。さて思案の結果、折角ここまで来たのだからと、奥の深い右手の道をえらんだ。
 ちなみに「神戸市御影高校山岳部遭難。。。」との案内もあったのは家に帰ったから気づいた。後学では、、

 昭和44年8月、神戸市立御影工業高校山岳部総勢7名(教諭2名、生徒5名)は中央アルプスを松川入から入山し西駒ヶ岳までを縦走するため、松川を遡った松川入の蜂の巣小屋に泊った。折りしも台風が接近し飯田地方は風雨強く、安平路山に降った豪雨により鉄砲水が発生。就寝中に小屋もろとも7名を山津波が襲った。延べ1千人余の消防団員らが下流を捜索したが、二人の遺体が発見されただけであった。

分岐を左にとって行くと慰霊碑があるとのこと、小生は立ち寄る事ができなかった。

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林道 松川入線 折り返し地点

 今日は日曜、工事関係者も山を下りているだろうと思うと、ますます山奥一人っきりの感が強い。行き止まりまで15kmを信じて走るが、展望のきかない林道を同じようなくねくねをくり返すのみで、先行きが不安になる。ましてや「熊に注意」の看板は心細い、徐々に路面に落ちている枝葉やがれきが増えてきて、交通量の少なさを実感する。ついには見通しのきかないカーブで、対向車に対してというよりも、「くまもん」に対して、情けないセローのクラクションを使い始める。
 心の中のもうひとりの自分が、「もういい、堪能したでしょ」とささやき始めた。先ほどの分岐から7.5km、行き止まりまでの半分を走行して勇気ある撤退、潔くUターンした。



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松川入

 引き返すとなれば、後は同じ道を戻るだけ。心のゆとりも出てきて林の切れたところから望める景色で一服。この山の向こうには飯田の市街があるはずだ。このような人気の無い山奥の方々で治水工事がなされている。土石流や鉄砲水の被害を防いでいる「日の目を見ない」これら工事が町の人たちの知らない所で行われているのだ。

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 リニア中央新幹線工事現場

 林道松川入線を降りきって大平街道にもどればひと安心、あとは飯田の市街に向けてどんどんと下る。途中にはこんな工事看板、「中央新幹線の工事をおこなっています。」そっか、飯田の町にリニアが通るんだ。2027年度の開通に向けて、どんなリニア飯田駅にするのか、現在企画中。 乗り換え案内で「名古屋〜飯田」を検索すると、1日2本のJR特急ワイドビュー伊那路を使っても、3時間半かかる利便の悪い環境だ。これがリニアになればなんと20分!! 普通に通勤で移動できる距離圏内となる。
通勤費用を度外視すると、名古屋が飯田の人たちの通勤圏内となり飯田で仕事を探さなくても良いようになるだろう。長い目で見て、これが飯田の人たちにとっていいことなのか、今の時点では分からないと小生は思う。

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飯田

 伊那地域の景色は東西を山脈で囲まれ、天竜川に向かって扇状地が広がるすばらしいもの。とりわけ、大平街道や松入林道などのお山の中を堪能した後は、ひろびろとした景色と市街地は安堵できる。無事に山を下りてこられたことに感謝。



by akane8150 | 2018-09-03 22:53 | Motorcycles | Comments(6)
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