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小生の備忘録

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カテゴリ:Motorcycles( 117 )

GL1200サイドカー 15 山陰横断 5/5 余部鉄橋 天橋立 舞鶴第3護衛隊



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湯村温泉 

 16時過ぎ、やっと湯村温泉に到着。今日はタフな行程だった。この湯村温泉は今回のツーリングの中では最も賑やかな温泉街。小生はこの温泉地は初めて、友人がこの正月に来ていたようでオススメらしい。雰囲気は下呂温泉を小さくしたような感じを受ける。川べりにある足湯には沢山の人が群がってる。
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湯村温泉 井づつや

 お宿は今回の旅の中では、小生にとっては贅沢な井づつやさんを予約してあった。春休みにかかるためか、2食付きの普通のプランはすでに一杯で、洋室シングル・朝食付きの設定しか残っていなかった。まあね、夕飯は外に食べに行けばいいからね。湯村のお湯は、豊富なph7.29の弱アルカリ泉、湯本や俵山ほどのヌルヌル感はないが、さらっとしたよいお湯。

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湯村温泉 寿し兵

 一風呂浴びて、お宿に近い寿司屋さんに突入。お客は小生ひとり、まずは生ビールをぐいっと。その後は熱燗でお酒のあてを頂く。煮魚をお願いすると見慣れない小魚が出てきた。名古屋ではお目にかからない「はたはた」は、東北や山陰の日本海側ではよく使われる魚のようだ。淡泊な白身の煮付けは、ぽろぽろとくずれてしまいそうに柔らかい。上手に炊いてあるので、煮崩れがないのもすごい。これは旨かった。お寿司のネタにはこのあたりの丹波牛のにぎりが入っていたのが、ちょっと変わっていた。

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荒湯

 源泉の沸いている荒湯。夕方には大勢の観光客で賑わっていたのに、まったく人気が無い。なぜって、めちゃくちゃ風が冷たくて、どてらの浴衣姿ではすぐに凍えてしまいそうな寒さだ。これじゃあ、お客もお宿の外を散歩しようなんて思わないわ。

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5日目行程

 さて、何度もお風呂を楽しんで、翌朝起きれば、最終日。水曜から走り出したツーリングも日曜の今日でおしまい、下関から続く山陰の道は敦賀で終点としよう。朝食のバイキングは7時からの一番で済まし、小雨の中を出発。湯村の市街地は凍結防止用の自動散水が路肩らから車道に向けて威勢よく吹き出して、そのしぶきがサイドカーをもろに直撃。これはクルマ用で、バイクや自転車のことはまったく考えていない装置。

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余部鉄橋(1912〜2010)


 最初に寄ったのは「鉄ちゃん」の世界では有名な余部鉄橋。明治から2010年までずーっと列車の運行をささえてきた力持ちの鉄橋だ。現在は新しいコンクリート製の橋梁に掛け替えられ、一部が遺構として保存され道の駅になっていた。

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余部橋梁(コンクリート製)
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 新しいコンクリートの橋梁の横には3/1ほどの長さになって古い鉄橋が保存されている。近くで見ると鉄橋は高い!、そして基礎の部分もすごくがっしりしていた。

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 シースルーのおしゃれなエレベーターまで完備して、鉄橋上部まで見れるようになっている。しかも無料、これは大サービスで週末など人も多いだろうな。

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新旧の鉄路

 エレベーターで上に上がってみると、そこは鉄橋の上。右は現役のコンクリート製の橋梁、左は保存された鉄橋部分。橋梁自体も長さ300mほどにもなるようだ。。

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余部駅

 余部駅がすぐ近くにあって、ふもとの集落からはつづら坂を登ってこなくてはならない。だからこのエレベーターは観光だけじゃ無くって通勤、通学にも使われるだろう。

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 鉄橋から下を眺めると、もぞもぞしてくる。約50mの高さはかなりのものだ。撤去されたところでレールがプツンと切れている。ここから飛び込めば、「余部バンジージャンプ」でアトラクションが作れそう。小生は高所が特にダメだから、バンジージャンプなんて考えもつかない。

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余部鉄橋列車転落事故


 昭和61年に回送列車が強風で転落する惨事が発生。回送列車であったことは被害を小さくさせたが、落ちた先に住んでいた人たちなど6名の死亡事故となった。そして、これを教訓に鉄橋の架け替えへ大きく動くことになった。

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余部IC

 さてお次は天橋立まで一走り。雨はやむ気配無し、余部を出ることには、とうとう雪がはらはら「みぞれ」になる。標示気温は3度、体感温度は間違いなく氷点下。指先は感覚がなくなって、クラッチを切るのにも指を動かしにくい。みぞれの中で天橋立までの山中走行は、この旅の中でも最も寒さが辛い区間だった。


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 余部から天橋立までノンストップでやってきた。ここまで来たから「天橋立」っぽい事をしなきゃと、天橋立ビューランドにあがってみる。暖かそうなケーブルカーが待てなくて、むき出しのくそ寒いリフトに乗っかる。

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天橋立ビューランド

 登った山頂は回廊型の展望台があって、なかなかよろしい。お立ち台があって、定番の股くぐりから天橋立を見るけど、龍のようには見えないし、海が空に見えてくることもないし、小生には逆さに見てもよく分からないと言うのが正直なところ。
 お昼は近所にラーメン店がないか調べる。連日、おさしみなどの和食ばかりだと、どうしてもラーメンの類いが食べたくなるのだ。見つけたのが宮津市内の「どさん娘」ってお店だったが、「どさん子」とはどう違うんだろう? とにかく久しぶりのみそラーメンが旨かった。

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舞鶴 北吸桟橋

市内を通過するR27をはしれば、護衛艦がすぐ近くに停泊しているのを見るだろう。軍事マニアではなくとも、きっと見てみたくなるはずだ。舞鶴の自衛隊基地に、この旅行最後の観光ポイントとして寄り道する。名古屋周囲には軍港が無いので、大きな護衛艦を見ることは希。この舞鶴ではほぼ毎週日曜は岩壁を一般開放していて、間近に見ることが出来る。時には艦内見学も可能だ。

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第3護衛隊 DDG あたご 2007〜
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第3護衛隊 DDH ひゅうが 2009〜
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第3護衛隊 DDG みょうこう 1996〜
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重巡洋艦 妙高

 いずれの艦名も2代目、3代目の由緒ある艦名だ。とりわけ、旧帝国海軍の重巡洋艦はスマートで美しい船型をしていて小生は好きだなあ。現代の護衛艦はイージスレーダーで複数の敵に素早く対応でき、とくにあたごは弾道ミサイルの迎撃にも成功している。

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第3護衛隊

 舞鶴の第3護衛隊は ひゅうが・あたご・みょうこう・ふゆづき の4隻、そして青森大湊の第7護衛隊の4隻と共に、日本海を守る役割を担っている。この8隻でロシア・中国・北朝鮮と対峙している。

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三方五湖PA

 駐車場が遠いため、舞鶴での護衛艦見学に意外と時間を取ってしまった。このあたりは日帰り圏内だし舞鶴より西の観光は今日は終了。高速を西に目指す。日本海側最後の休憩は三方五湖PA、海の景色も見納めだ。
 
山陰を横断しての感想は、① やはり遠かった。。。景色の変わらない一般国道を80km、100km と走るのは辛いなあ。 ② レトロな温泉の宝庫。。。外湯形式の湯治湯が多い ③ 人が少ない。。。観光地でもすいすい見てまわれる。

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養老SA

 ついに16時半にはもうご近所の養老サービスエリアまで帰ってきた。あともう少しで5日間の旅も終わる。GLばあさんは、最終日に再びクラッチオイル漏れをきたしてオイル補充をしている。リリースの方でまだオイル漏れがあるようだ。またモータースの人には迷惑かけるなあ。

さて総括

もっとも感動した景色  →  角島大橋と青い海
もっとも良かったお湯  →  温泉津温泉 元湯
もっとも美味しかったもの  →  はたはたの煮付け
もっともよかったお宿  →  温泉津温泉 なかのや

もっともがっくりしたもの  →  元乃隅神社
もっとも悔しいかったこと  →  美保灯台カード未収集
もっとも頑張って欲しいところ  →  石見銀山とその周辺観光
もっとも将来を心配したところ  →  俵山温泉

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by akane8150 | 2019-04-01 18:23 | Motorcycles | Comments(10)

GL1200サイドカー 15 山陰横断 4/5 出雲大社 日御碕神社 美保神社



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温泉津温泉 なかのや

さて、飲むだけで寝てしまったから、朝は早く目が覚めてしまう。6時を待って、地元の人たちと挨拶しつつ朝風呂に入る。今日はこの旅の中で最も移動距離も観光スポットも多いところ、朝7時にはご飯を頂きささっと出発。すでに雨がぱらぱら降っているので、今日もカッパ、ゴム手袋、長靴の出で立ちだ。女将さんに写真を一枚撮ってもらう。一晩、ありがとうございました。

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山陰本線 普通 浜田行き 323D

 ずっと山陰本線の線路とはくっついたり、離れたりと寄り添ってきたが、初めて列車を見かけた。朝の7時前に出雲を出発して9時に浜田に到着する朝から2番目の列車。山陰本線と聞こえは良いけど、1時間に1本が基本で、夕刻に特急などが混じって2本になるくらい、当然のように電化がされてなくってディーゼルが活躍している。

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出雲大社前

 さてっと、山陰横断ツーリング後半の山場、出雲大社までやってきた。雨は止まないのでカッパと長靴のままで参拝となった。土曜なのでさすがに観光客で一杯、傘の群れの中をカッパ姿で参拝の列に加わる。

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出雲大社 銅鳥居

 神社の無料駐車場に駐めて、観光バスの団体さんに混じって参道をあるく。やがて鳥居が見えてきてこの先が拝殿。ここに来れたのも8年ぶりだ。駐車場から進んでくると神楽殿の大きなしめ縄に目が行ってしまい、拝殿と間違えそうだ。

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出雲大社 拝殿

 拝殿の注連縄はでっかいなあ、長さ6.5m重さ1tあるそうだ。近くで見ると大迫力、この下を通ることでお清めされこの先の聖域に入ることが出来る。5.6年に一回この注連縄は新しくするそうな、これはどうやって作るんだろう?

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出雲大社 八足門

 拝殿裏には八足門が控え、御祭神に最も近づける門で、通常はここから御本殿を参拝。出雲大社は「二礼四拍手一礼」、4回手を叩くところが違ってる。回りを見渡しても、4回手をたたくひとは少数派?、つまりほとんどの参拝者は遠方から来た人たちってことか。小生もこの旅を無事に過ごせていることに感謝した。

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西十九社


 神在月に出雲大社に集まられた神々のお宿となる社が御本殿の東西にあり、神在祭の期間はその扉が開かれる。神在祭では全国の神々は、旧暦10月11日から7日間出雲大社に集まられ、人に知ることのできない人生諸般の事柄を神議りにかけて決められると信じられている。また男女を初めとする様々な人々の「縁」もこの時に決められるといわれる。年に一回の万の神様達の宴会会場ってなわけだ。

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古代出雲歴史博物館

 出雲大社に来たらぜひ寄りたいのが、この古代出雲歴史博物館。駐車場も広く無料のため、出雲大社の参拝にも使える。べたべたのカッパ長靴姿では断られるかと心配したが、心広い係員は黙って通してくれた。モダンな建物、キレイな内装でこの姿では申し訳ない。屋内は暖かくて天国、天国。

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平安時代の出雲大社本殿1/10模型

 ここの展示物でハイライトの1つ、出雲大社本殿の模型だ。資料が残されていないのでその規模は想像も含まれているのだが、何しろこの巨大な拝殿には驚かされる。平安時代の本殿は高さ48mもあって17階建てのビルに相当するほどらしい。また、この模型自体の出来が素晴らしい、白木でホンモノと同じ作りで再現されている。これはゼネコンの大林組が1980年代に、戦前に設計された故・福山教授の設計図をもとに、一大プロジェクトとして作成したものだ。さすが建築のプロが作る模型はすばらしい。

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神庭荒神谷遺跡 銅剣

 1983年、出雲の神庭から大量に発掘された銅剣や銅鐸が歴史を知る上での大発見として世間を賑わした。ここにはその358本の銅剣が一同に展示されている。銅鐸と合わせこれらはすべて国宝、歴史上での出雲の重要性を裏打ちするような資料で、神話の出雲を彷彿とさせる話題だ。実物は1つ1つ丁寧に展示され、上部には当時の輝きを再現したレプリカが展示されている。これは迫力があった。

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出雲大社境内遺跡出土の宇豆柱


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現在の本殿前の石畳

 平成12年に境内の遺跡からスギの大木3本を1組にし、直径が約3mにもなる巨大な柱が3カ所で発見された。これはその実物で、直径が最大で約6mもある柱穴には、人の頭の大きさかそれ以上の大きな石がぎっしりと積み込まれ、世界に例のない掘立柱の地下構造も明らかに。柱の配置や構造は、出雲大社宮司の千家国造家に伝わる、いにしえの巨大な本殿の設計図とされる「金輪御造営差図」に描かれたものと類似しており、この柱は、鎌倉時代前半の宝治2年(1248年)に造営された本殿を支えていた柱である可能性が極めて高いそうだ。これだけ大規模だと17階建てのビルの話もさもありなんと思われる。

 現在の本殿前には、その柱の位置と大きさがリアルに再現されている。この柱が累々と並んであのながーい階段ができていたんだ。今もし、そのような階段があったら、参拝者はどうしていたんだろう?? そっか、普通の人は本殿には昇れないか。


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大国主

 出雲を中心に葦原中国を統治していた大国主が、天津神の天照大神から統治を譲るように言い寄られたのが「国譲り」の神話伝承。国を譲る代わりに、自分のためにこの地に天つ神が住むのと同じくらい大きな宮殿を建てて欲しいと交渉して、この出雲大社の起源となる。地方豪族からなる当時を支配していた大国主や大物主たちから、今につながる天皇家、天照大神に統治がバトンタッチされた経緯を神話が表していると思うと興味深いなあ。

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出雲大社 竹野屋
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 竹野屋は出雲大社の参道、それもすぐの処に古式ゆかしい和風旅館だ。前回訪れた時にも見てきた覚えがある。知る人は知る「竹内まりや」の実家だ。140年続く由緒あるお宿で、平成の時代は竹内まりやの兄弟が主で切り盛りしていたようだが、店はどんどんと寂れ、閉業寸前になっていたようだ。さすがに見捨ててはおけなかったようで、2年前に内装を始め、スタッフもてこ入れして竹内まりや「6代目竹野屋」を引き継いだようだ。出雲にいることは少ないだろうから、お宿を管理するのは大変だろうけどぜひ、今の風情を守り続けて欲しいもの。いつかは泊まってみたいけど、お値段高そうだからなあ。
 出雲大社の境内にあるお蕎麦屋さんでお昼を頂いたが、目の前に貼られた色紙の中に「竹内まりや」があったのには笑えたなあ。

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日御碕神社(ひのみさき)

 出雲大社を右に見て、そのまま海岸沿いに先に進むと西の岬に日御碕神社が現れる。このお社も紀元前にさかのぼる由緒あるもの。「日沈の宮」とも言われるのは、創建の由緒が、伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日の本の夜を守る」 とされるからだ。素戔嗚尊と天照大神が祭られる現在のお社は徳川家光が建立したもので、朱塗りの柱と白壁が印象的。鳥居は海にむかって建っており、海洋とのつながりが深く感じられる。

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出雲日御碕灯台(ひのみさき)

 日御碕神社からすぐの処に、島根でも重要な灯台が建っている。にわか灯台マニアとしては行かねばなるまい。駐車場は完備されお土産屋も賑やかなところだ。

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 日御碕灯台はなんてったって、日本一番の高さを誇る石造り灯台だそうだ。地上から43m、ここも登楼できる灯台だから、がんばって登りましょう。んっで、登るのはいいのだけど、靴をぬいで裸足で上がらなくてはいけない仕組み、スリッパも用意されていないので鉄製の螺旋階段が冷たいのなんのって。しかも日本一の高さは伊達じゃあなくって、163段の螺旋階段は登り甲斐がありすぎ!
 最上部からは外に出れるのだけど、雨上がりで外はべたべた、足下は靴下なんだから外には出られない。のぞき込むように写真をとっておしまい。

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日御碕灯台カード

今回の旅では3枚目の灯台カードをゲット。こりゃ、集め甲斐もあって楽しいわ。

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境水道大橋

 出雲からはひたすら東に向かい途中の宍道湖を右手にみながら、単調な景色が続く。天気も悪く立ち寄る気力もなくってとにかく走った。松江の町もガソリン補給、トイレ休憩だけでやり過ごす。松江城なども見所なので、後ろ髪を引かれる思いだが今日の行程はまだまだ長いので、先を急いだ。やがて立派な鉄橋をくぐる、境水道大橋だ。美保関にむかっている小生だが、帰りはここを渡って鳥取方面だ。

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美保関

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美保神社

 出雲大社から走り出して、下道を約70kmでやっと美保関についた。小さな入り江は集落が集まって、お宿もあって賑やかな雰囲気。まずは美保神社を参拝。このお宮も古墳時代からの歴史を持ち、大国主の嫁さんの「三保津姫命」と大国主の子供の「事代主神」をお祭りしている。事代主神はいわゆる「えびす様」で全国のえびす様の総本宮で知られている。
 拝殿の間口が広くどっしりとしたシルエットが素晴らしい。大社造りが左右に二殿連棟した特殊な形式で「美保造」といわれ、このような様式はとても希だそうな。五穀豊穣、商売繁盛、航海安全を願うお社、小生もこの先の安全をお願いした。

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美保灯台

 西の日御碕灯台の対をなすように島根半島の東を守る灯台が美保灯台。灯の高さは14mと低いけど、山陰最古の石造り灯台で歴史的文化財的価値が高さから、Aランクの保存灯台。また灯台としては全国で始めて灯台として登録有形文化財に指定された。丁度外装の工事が終了したようで、訪れた時には足場を外す作業が行われていた。この隣接する建物は元は灯台施設で会ったが、現在は「美保関灯台ビュッフェ」として眺めの良い席でランチなどが頂けるレストランになっていた。
さて、灯台カードをゲットすべく探し回るのだが、QRコードを掲載した標示物がまったく見当たらない。レストランの職員にも聞いたのだけど、灯台カードそのものも何?っていうくらい知られていない。帰ってから調べても、昨年に特別公開されて美保灯台でカード類が配られたようだし、画像では美保灯台の灯台カードは実在するようだ。ん〜〜、ここまでがんばったのだから、なんでQRコードを掲載していないんだろう?? 工事中はだめなのかなあ・・・こりゃ、再訪するしかあるまい。

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境港さかなセンター

 いまだお土産を見つけていないので、境港にある施設を覗いてみた。さすがにこの日は土曜とあってお客が来ていた。少ない品数の中から定番の「のどぐろ」を選んで宅急便でお願いした。やっとお土産を送ることが出来たんで宿題を完了。それにしても、のど黒の値段は高いなあ。

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鳥取砂丘

 境港から市街地を通り抜け、右手に雨雲に覆われた大山を見つつどんどん走る。美保関から今日の宿泊地兵庫県の湯村温泉までは、まだまだ140kmも残っている。すでにお昼はすっかりと過ぎて、先を急がなくては。ところどころで、自動車道路が完成しているから時間も稼げる。鳥取市内も見てみたいところだけど、何しろ時間に追われる。せめて鳥取砂丘の雰囲気だけでも味わおうと、鳥取砂丘に立ち寄る。ジオパークセンター駐車場に入れようかとも思ったけど、通り沿いの歩道に駐めてひと息つくだけ。まあ、砂丘は以前に歩いたこともあるし、それよりも風が冷たくって早く宿に着きたいのが本音だった。

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鳥取県 岩美町

 鳥取砂丘をすぎて、R9は海から離れて山に入りこむ。今日の走行距離は300kmほど、距離的にはしれているが下道が多いことや見て回るところが多かったので、予定がパツパツになってしまった。まあ、計画時から分かっていたことだけどね。
 この頃になって、今日初めて暖かな日が差すようになってきた。道路に映るバイクと自分の影がなんだか嬉しくなる。背中に陽を浴びるだけでも、寒さはぐっと和らぐモノだ。お宿の湯村温泉まであと30km、もう少しで温泉に入れるのだから、がんばらなきゃ。
                                        その5/5に続く



by akane8150 | 2019-03-31 12:40 | Motorcycles | Comments(0)

GL1200サイドカー 15 山陰横断 3/5 萩 石見銀山 温泉津温泉 


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3日目行程
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R191

 朝食を早くにお願いして、雨が降り出しそうな中を東に向かって走り出す。宿泊予定の温泉津温泉まで、主立った観光先は石見銀山くらい。なのでほぼ下道の200kmを移動することがメイン。平日の通勤時間帯でも主要道路のR191はスムーズにクルマが流れている。

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石州瓦

 ずっと思っていたんだけど、山陰の民家は判を押したように赤い瓦で葺かれている。山口から島根まで不思議なくらいに同じだった。後学で調べると「石州瓦」と言うそうで、このあたりで作られる瓦で独特の赤褐色をしており寒い地域に強い特色があるそうだ。出雲でとれる鉄を含んだ石を釉薬に使っているからこのような色になるのだ。

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萩駅

 俵山から1時間ほどで萩の市内に入ってきた。小生は町に入ればまずは駅に寄ってみることが多い。観光案内図を見ることが出来るし、その町の雰囲気がよく伝わるのが駅だと思うからだ。萩の町は高校の修学旅行できただけ、だから当時を思い出せるか楽しみだ。

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萩 城下町

 萩の観光スポットで世界遺産にもなっている城下町、バイクを止めて散策をしてみる。修学旅行では自転車で走った覚えがあるが、景色は全然思い出せなかった。平日の午前ということもあり、とても静かに見て回ることができた。高杉晋作や木戸孝允など幕末から維新にかけての蒼々たる人たちの実家が近所と言ってよい範囲に点在している。軒先には夏みかんが方々に植えられて実をつけているが、さすが発祥の地だ。お寺の境内で窯元が観光客相手に萩焼を並べてたので、自分のお土産のつもりでコーヒーカップをじっくりと選んでみた。

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松陰神社

 城下町を散策後、市営駐車場のひとにお薦めの萩の観光スポットを尋ねると強く松陰神社を勧められる。ならば行きましょうと訪ねてみた。明治40年に松下村塾出身の伊藤博文や野村靖が中心となって、吉田松蔭を祭る公の神社として創建しようと山口県に請願書が提出された。こうして出来たのが松陰神社、個人を祭る神社は全国でも数少ないだろう。

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松下村塾

 境内には幽閉時代の松蔭が後に維新につながる久坂玄瑞・高杉晋作・伊藤博文・山縣有朋など小生でも知っている歴史上の弟子を教えた塾の建物が残っている。西洋を知りたくて浦賀にやってきたペリー艦隊に忍び込んで危うく死罪になりかけた逸話など、吉田松陰は歴史変革の中で突出した人物だった。治政側から見れば「テロ」、維新側からは「革命」、最後は老中暗殺を画策した罪で29才の若さで斬罪された。駐車場のおじさんが強く推しただけあって、吉田松蔭が地元の萩の人たちから愛されているのかがよく伝わってきた。

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北長門北浦海岸

 萩から次の大きな町の益田までの約60kmは、左手に海を見せながらR191がずーっと続いている。風が強いので波が高くGLばあさんにまで塩水がかかってくる。かなり寒い、着込めるだけ羽織って走り続ける。

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ゆとりパークたまがわ

 景色があまりに単調すぎて睡魔に襲われる。萩からまだ1時間も走っていないのだが、危険を感じて道の駅に飛び込む。施設の中は暖房が効いて心底ホッとする。バイク旅を続ける時に、道の駅は本当に助かる休息所。トイレも済ませ指先が少し温まったので、さあ先を急ごう。

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しまねおさかなセンター

 益田の先は自動車道も部分的に開通していて、少しは風景に変化が出てきて元気も出てくる。お土産物はどこかの海鮮、特にこのあたりの美味しい魚の干物を送ろうと思っていたので、浜田港にあるしまねおさかなセンターで物色する。珍しいサワラの干物が手に入るかもと期待していたのだが、見つからない。東海地方ではまずはお目にかからない「甘鯛」にも引かれたが、気に入ったモノがなかったので、お次に期待してみるだけ〜〜。

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石見銀山世界遺産センター

 この日の主な観光地、石見銀山に到着。薄日が差すお昼頃、やっと暖かさも出てきて気分も晴れる。まずは予習のつもりで石見銀山世界遺産センターを見学。スタッフの人たちはとても丁寧でお持てなしを感じる。展示はたっぷりあって、とりわけ銀を求めて地中深く掘り続けられた坑道の立体模型は分かりやすかった。この模型を作るのは大変だったろうなあ〜。

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石見銀山 大盛の町並み

 遺産センターは石見銀山の中心地より離れていて、ハイシーズン中は遺産センターからシャトルバスでアクセスする事になる。この日は平日でもあり、最も便利の良い銀山公園の駐車場まで入ることが出来た。入り口の大森地区は江戸時代からの町並みがのこる伝統的建造物群保存地区で、銀山で栄えた当時を伝えている。

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 銀山公園の駐車場からは、ひたすら歩く。川沿いに上がって目の前のお山全体が鉱山になって、銀を掘っていた人たちが住んでいた集落跡が山の斜面に散在している。すべてを見ようとすれば5,6kmは歩くことになるだろう。そのためか、レンタル自転車で飛ばしている人たちもいる。時間もあるので「てくてく」早春を感じる小径を味わう。

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新切間歩(まぶ)

 ふもとの町から最も近いところにある坑道入り口。奥からはキレイな清水がとうとうと流れていて、地下水の排水用とも書かれてあった。どうにか入れるくらいの坑道が無数に有り、入り口だけでも500を越えるようだ。この先には実際に入ることの出来る龍源寺間歩があって、石見銀山の観光必須ポイントなんだけど、のんびり歩きすぎて時間切れ、以前に訪れたことはあるので今回はここで折り返した。ここの散策は自転車を使ったほうが、ベターだな。

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温泉津駅(ゆのつ)

 まだ日があるうちに宿泊地の温泉津温泉に到着。ここには九州旅行の帰りにクルマで立ち寄った小生お気に入りの温泉だ。名古屋からもしも近ければ、定期的に入浴してみたいほどお湯がいい。

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 駅を通り過ぎると温泉津の港となって、入り江の平地にできた小さな温泉地に至る。集落の入り口にはレトロ感たっぷりの温泉看板がたっている。日本津々浦々、温泉地の入り口には形は様々なれど、似たような目的で看板やゲートが作られていることが多い。

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温泉津 沖泊 

 温泉津は石見銀山とも深く関わっており、銀山から採れた鉱石は山越えしてこの温泉津の港に運び込まれここから船で搬出された。沖泊は温泉津温泉のひと峰こえた先の入り江で、ここも採掘が盛んであった江戸時代まで搬出港として、また北前船が帰港する商業港として栄えたところ。
 小生はこの寂れてひとけの少ないこの入り江が気に入っていて、この旅行でも宿に着くまえに寄ってみた。特徴的な2階建ての家屋が並んで、当時は相当に賑わった港であったが、現在は10世帯ほどの人口になっているらしい。
 ドローンを携帯していたので、上空からの撮影をしてみた。新調した今回のドローンはスマホのアプリでコントロールできることと、飛行中の画像もリアルタイムで見れるようになったのがよくなった点。しかしドローンが絶えず自立で姿勢を整えるために、動画はブレのようにその動きが反映されてしまい今ひとつ。静止画を穫るだけであれば、これで十分だ。これ以上の性能は「トイドローン」に求めては無理だろう。


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沖泊恵比須神社(現在)
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沖泊恵比須神社(8年前)

 沖泊の入り江の 斜面に非常に古びたお堂が建っている。8年ほど前に訪れた時にも相当に気になった建物だ。石見銀山史跡内で最古級の恵比須神社本殿、沖泊の繁栄を今に伝える貴重な社で世界遺産としては重要な遺構なんだろう。港の玄関にあって長く航海の安全を祈願されてきたに違いない。
当時は今にも崩れそうな朽ち具合でつっかえ棒が痛々しかったが、現状は修復されたようで凜と建っていた。手入れをしてもらえてよかったねえ。

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温泉津 庄屋屋敷

 毛利元就の家臣で初代奉行として温泉津にやってきた内藤家の屋敷。その後代々庄屋を務め、回船問屋や酒屋なども営んできたという内藤家400年の歴史を伝える屋敷と土蔵群。個人所有のため非公開。
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 温泉地のメインストリートもそこそこ狭いが、一つ路地に入るともっと狭かったり急な坂だったり。今日のお宿もこの坂を登ったところ。

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温泉津温泉 中野屋

 さてさて無事に今日もお宿に着いたよ。外湯が近く、小さなお宿が密集していて温泉津温泉の中心。そもそもホテル規模のお宿が一切無いところが温泉津らしくていい。

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元湯

 温泉津は基本的に外湯形式で、源泉の元湯がここの中心だ。朝6時から夜の8時まで、370円で強烈な温泉を体験できる。

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 温泉津のお湯は含土類食塩泉、つまり鉄分の多いしょっぱいお湯。源泉が49度なのだが、地元の人はこれをそのまま?湯船に入れているかもと思えるほどの熱いお風呂。真ん中の湯船には「ぬるめ」と書いてあるが、それでも42~43度はある。熱めが好きな小生でもちょっと刺激的だ。さらに右側の湯船には「あつめ」とあって48度の標示!! やけどする一歩手前、入っても1,2分が限度。
常連客が思い思いの姿で体を洗ったり、湯船に入ってくつろいでいる。さすがに地元の人でもあつめに長湯はしないようだ。野沢温泉や草津温泉、四万温泉などの高温源泉をもつ温泉地の共同浴場では、たいていの場合「あつめ」の温度設定だ。

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長命館

 元湯が経営していたお宿で、小生も前回来たときにはお世話になった。昨年秋から廃業してしまったようで、木造の螺旋階段がよかったなあ。

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薬師湯

 1300年の歴史があると言われる温泉津だが、明治5年の地震がきっかけで、新たに源泉が出来た。これが薬師湯でこのお湯が各宿の内湯として配布されている。元湯とほぼ同様の成分だけど、源泉の温度がやや低いので、こちらのお湯はちょいあつめ程度で、万人受けするお風呂。湯船は鉄分やカルシウム、石灰成分が沈着して鎧のようになっている。お湯は潤沢で指根から蕩々と掛け流しだ。

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 中野屋さんは昭和10年からの創業で、昔ながらの旅館の風情。食事内容で料金が3種類、小生はもっともお手軽な設定の宿泊代。料理も多からず少なからず、ひとり旅ならこれで十分だ。
しかしここも、冷蔵庫、自販機の備わっていないお宿、なので食事時にしこたま日本酒を頂いた。
追加注文する都度、女将さんと昨今の温泉地のかかえる問題をお話することが出来た。よくよくお話をしてみると、まるで温泉宿の主にでもなったかのような気分になった。

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 もう一度、外湯に浸かってビールを飲んで、あとは寝るだけ。玄関を塞ぐようにGLばさんが休息中。今宵もお宿は小生ひとり、しずかな夜だ。
                                   その4/5に続く


by akane8150 | 2019-03-30 18:03 | Motorcycles | Comments(0)

GL1200サイドカー 15 山陰横断 2/5 元乃隅神社 長門湯本温泉 俵山温泉

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2日目後半 行程
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元乃隅神社

 絶景の角島から30分、東に走るとお次のスポット、岩の岬に広がる赤鳥居の元乃隅神社。元乃隅神社HPから引用すると
 「昭和30年に、地域の網元であった岡村斉さんの枕元に現れた白狐のお告げにより建立されました。商売繁盛、大漁、海上安全は元より、良縁、子宝、開運厄除、福徳円満、交通安全、学業成就、願望成就の大神です。昭和62年から10年間かけて奉納された123基の鳥居が、龍宮の潮吹側から100m以上にわたって並ぶ景色は圧巻です。」

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元乃隅神社 駐車場

 駐車場周囲のせまい山道は、一方通行の規制がしかれているから要注意。平日なのにこれだけの人出、シーズン中はひどい渋滞になるそうだ。世界各地からも旅行者が立ち寄るようになったのは2015年にアメリカのテレビ局「CNN」の調査で「日本で最も美しい場所31」のひとつに選出されたことがきっかけだ。

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元乃隅神社

 青い海と小川の流れのように赤い鳥居が続き、周囲の緑が補って、構図的にも色彩的にも印象に残る景色。京都の伏見稲荷がみょうに外国人から人気が高いのも、赤い鳥居を「日本らしさ」の象徴のようにとらえているのではないか、このあたりに理由がある気がした。快晴の日だったら、もっと鮮やかな景色になるだろう、雨じゃ無かっただけでも感謝しましょう。
 ただし、町おこしのように設えられたこの観光地、この先も絶えずに人が訪れるかどうかは難しいだろうな。ちなみにこのように人気が出る前の元乃隅神社の様子を知りたいものだ。

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油谷湾

 山口県の海岸沿いは岬や入り江が続き、変化のある海岸線が延びている。観光スポットも点在しており今回のツーリングでも前半のハイライト。元乃隅神社あたりまでは「奇跡的」に日が差していたけど、そこを過ぎたらたちどころに曇天に変わっしまった。

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二尊院 楊貴妃の里

 地図の上に「楊貴妃の里」って書かれているのを見つけたら、行かねばなるまい。油谷のさきっちょに向かい集落を抜けてゆくと大っきな看板がお出迎え。中国から取り寄せられた大理石でできた楊貴妃の石像が立って、周囲は中華様式の鐘楼が作られ、まるでどこかの中華街に来たみたい。

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楊貴妃の墓

石塔のひとつに楊貴妃が眠っているとされる。長門市のHPから謂われを要約してみると

 奈良朝の昔、唐の国では天宝15年(756年)7月のこと。向津具半島の岬の西側に唐渡口に空艫舟(うつろぶね)が流れ着いた。 舟の中にはたいそう気品のある美しい女人が横たわっていた。お側の侍女の話では「このお方は唐の天子、玄宗皇帝の愛妃楊貴妃と申される。安禄山の反乱により処刑されるところを、皇帝のお嘆きを見るに忍びないで近衛隊長が密かにお命を助け、ここまで流れ着きました。」と涙ながらに訴えた。
 息も絶え絶えの楊貴妃を里人たちは手厚く看護したが、その甲斐もなく息を引きとった。里人たちは、西の海が見える久津の丘の上に葬った。それが、二尊院の境内にある楊貴妃の墓と伝えられる五輪の塔。いつとなく「楊貴妃の墓に参ると願い事が成就する」というので、多くの人が参詣するようになった。
 一方、玄宗皇帝は楊貴妃への恋慕の情断ち難く、ある夜不思議な夢を見た。「私は日本に流れ着きました。土地の人々から優しくしてもらいましたが私の体は弱り切っており、とうとうこの世の者ではなくなりました。」夢の中の楊貴妃の言葉に、玄宗皇帝は白馬将軍陳安を日本へ遣わし、楊貴妃の霊を弔ろうために秘蔵の霊仏阿弥陀如来と釈迦如来の2体の仏様と十三重の大宝塔を持たせた。しかし、日本についた陳安は、楊貴妃の漂流地を探し歩いたが何処の浜か、何処の浦かどうしても分からないので京都の清涼寺へ預け帰国してしまう。
 やがて清涼寺には、この預けられた仏様を拝みにお参りする人々が日増しに多くなったが、日本の朝廷は楊貴妃の墓が長門の国、久津の天請寺にあることを知り、二尊仏を移すように命じた。ところが京都の清涼寺ではこのまま京都に置いておくように朝廷に嘆願。困った朝廷では仏工の名手に命じ、そっくりの2体の仏様を造らせた。そして1体ずつ2つの寺で分け合って安置させた。それから天請寺は阿弥陀如来と釈迦如来を本尊としたので二尊院と名乗るようになった。

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くじら資料館 青海島

 長門市から橋梁でつながっている青海島、その最も奥の集落まで行ってみるとくじら資料館があった。古代からこの地域では青海島に迷い込んだクジラを糧としていたようで、漁の様子や歴史など見応えがあった。クジラが揚がれば、それだけで周辺集落の数ヶ月分の蓄えになったようだ。

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くじら墓 青海島

 受付のおばあちゃんにすすめられるままに、裏手にあるくじら墓をみてきた。捕獲したクジラを弔っているのかと思いきや、なんとクジラの胎児、80体ほどが埋葬され供養されているとのこと。漁の対象となるクジラには受胎しているものあり、この世に生まれずに死んでしまった子クジラを弔ってきたというのだ。クジラ漁の対象とはいっても、漁師達はその胎児に心を痛めたのだろう。

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夏みかん 原木

 小さな漁村の庭先にある古木。立派な石碑を読んでみると「18世紀に西本チョウという女性が、青海島の海岸で果実を拾い庭先に種をまいて育てたもので、日本の夏みかんの原樹と呼ばれています。」まさに、西本さんちの軒先に今も存在していたが、もう実はつけないのだろうか?

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2代目 夏みかん原木

 300年以上前に植えられた西本さんちの夏みかんの原木は、さすがに勢いが無くなってきた。40年前にその枝を元に育てられたのが2代目夏みかんの原木。初代のお隣の畑に、たわわに実をつけて元気にしていた。

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長門湯本駅

 海から離れて山あいに入り込む。このあたりでは大きな温泉地の湯本に寄り道。山口県を南北に縦断するJR西日本の美祢線の駅で、大正から昭和にかけての温泉ブームの頃は湯本温泉とこの奥の俵山温泉の玄関口として賑わった。いまはすっかりローカル駅になり、周囲には温泉地の駅らしい風情は全くなし。

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湯本温泉

湯本温泉は500年以上も続いているこのあたりでは有名な温泉地。お寺の住職が発見したとされ、今も源泉の所有はお寺さんだそうだ。川沿いに大小の旅館やホテルが建ち並んでいてなかなか賑やかだ。

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湯本温泉 礼湯

 湯本のお湯はPH 9.2というくらいヌルヌル系のアルカリ性単純泉。入泉料200円で冷えた体を温めると非常に気分爽快。湯船の会話を聞いていると、地元の人たちの愚痴も聞こえてくる。どうやら温泉地の寿司屋さんが廃業してしまって、お宿以外で外食できる飲食店が無くなったらしい。地方の温泉地ではいずこも聞くような寂しい話だ。もう一軒、風情のある建物の「恩湯」という共同浴場があったが現在は改築中で今年の秋にオープン予定とのこと。また大型のお宿が建て替えをしている現場も有り、いっぱいひとが来るといいな。

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俵山温泉

 海沿いの長門市から約20kmで今日の宿泊地、山あいの俵山温泉に到着。ここは30年ほど前に九州ツーリングの帰りに宿泊したことがあって、とても鄙びた温泉地と覚えていた。当時の雰囲気をもう一度味わいたくって、ここに来たのだ。ここは城崎温泉と同じく、外湯形式の温泉地だからいずれのお宿にも内湯が無い。一番大きそうな「泉屋」さんを予約してあった。
 30年の記憶が蘇る狭いメイン道路は、サイドカーでは対向車とすれ違うことも出来ない。真新しい建物も皆無、昭和の時代のまま取り残されてしまったかのような町並み、好きだなあ。

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俵山温泉 町の湯

 お湯の歴史はずば抜けて古く、汲み上げなくても自噴するお湯は1100年以上続いている。PH9.8は湯本温泉以上のアルカリの単純泉、温泉研究家は全国の温泉番付で、このお湯を「西の横綱」に掲げているくらい効能があるらしい。とりわけ、リウマチなどの整形疾患には効くようだ。入泉料は420円、これは宿泊客もいっしょ。俵山温泉は湯治湯なので日に2,3度入浴することもあるわけだから、その都度420円はちょっと頂けないなあ。

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俵山温泉 泉屋

 今日のお宿はここ、温泉街のメインストリートの中心地にあって、外湯の町の湯も目の前。お宿は江戸時代から続く建物を増改築しながら今に至る、「ザ・温泉宿」ってなレトロ感たっぷり。夕飯の前に一風呂浴びて通りを散歩したのはいいけど、恐ろしく風が冷たくてしっかり湯冷めしてしまった。なので、ビールの続きは熱燗をたっぷりと頂いた。部屋には冷蔵庫無し、宿にはビールの自販機も置いていない。。。夕食時にいっぱい飲んでおいた。

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この日はどうやら宿泊者は小生ひとり。軒の深い玄関先にGLばあさんを置かせてもらって感謝、明日も晴れるといいなあ。

                                      その3/5に続く

by akane8150 | 2019-03-28 19:15 | Motorcycles | Comments(2)

GL1200サイドカー 15 山陰横断 1/5 関門トンネル 角島大橋 角島灯台


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名古屋

 手元に来てからは、ロングツーリングのたびにGLサイドカーを引っ張り出している。東北一周、九州周遊、能登半島一周と走ってきて、次はどこ行こう? 四国は5年ほど前に巡ってきたし、北海道はまだ寒いし。ということで消去法の山陰を選んだ。どうせなら、先っちょから名古屋までの横断がいいだろう。
 この時期は天候が変わりやすく、天気予報が気になって仕方がなかった。午前中の外来診療を終えて、水曜から日曜までのロングツーリングのはじまり、はじまり。

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4泊5日 行程
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阪九フェリー

 午後1時に名古屋を出発、西名阪・東名阪・阪和自動車道を経て泉大津までGLを飛ばす。乗船受付が午後4時半なので、そんなに時間に余裕が無し。2回の休憩の後に、フェリー乗り場に3時間弱で着いた。春休みにからんでか、乗船客は多そうだ。料金はクルマ料金が適応されるので、「乗用車3m未満」のカテゴリーだ。

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 毎度、GLばあさんはトラックの群れに交じって固定される。目の前のデコトラの花魁イラストが格好いい。GLばあさんは一晩、この絵を見ながら休息だ。

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2日目行程前半

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新門司港

 朝6時に新門司港に入港。降水確率90%は伊達じゃあなくって、すでにしっかり降っていた。レインスーツ、長靴、防寒ゴム手袋の出で立ちで、九州を走り出す。非常に寒い。

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津村島

 フェリー岩壁の反対側に、津村島という変わった場所がある。寄ってみると、小さな島が埋め立て地に囲まれて残されている。石灰岩が露天掘りで採掘されていたこの島は、元々沖にあったはずだが、港の埋め立てでかような姿に変わってしまったのだ。深く掘り下げられた採掘跡に海水が流れ込んで人工湖のようになっている。

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部埼灯台
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 前回のツーリングで知った「灯台カード」、この旅でも集めてやろうと1つめの部埼灯台に寄る。明治から活躍している石造りの灯台は重量感あり、隣には関門海峡を通行する船舶に向けた「電光表示板」がでっかく立っていた。

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関門海峡

 雨の早朝はまだ薄暗い、もやに紛れる関門橋はどんよりしていた。そうだなあ、雨のツーリングになってしまった小生の心が、もっと雨天の空よりもどんよりしていたと思う。

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関門トンネル(門司側)

 本州と九州をつなぐトンネル、開通は意外と新しい昭和33年。戦前から工事は始められて終戦直前には貫通したが、資金難や社会状況から中断されていた。有料で門司側に料金ゲートが作られている。バイクは100円、有人改札だからライダーにはお金を出すだけでも面倒だ。

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関門トンネル人道

 関門トンネルは二段の構造をしていて、クルマの下を人用の歩道が出来ている。これに入るには専用のエレベーターを使って地下60mの深部に下りる。全長800mほどの人道には、県境が記されている。観光スポットのようで、団体客が門司側から下関側へ歩いて横断し、先方ではバスが待ち受けている寸法だ。
 自動車専用道路なので、原付バイクや自転車はこの人道を押して歩くことになる。バイクごどエレベーターに乗ってくるのだが、たとえ原付バイクでも800mを押して歩くのは辛かろう。

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壇ノ浦

 壇ノ浦の戦いは、まさにこのトンネルの上で行われた。三種の神器を抱えて、入水した幼い安徳天皇は助からず、助け出された建礼門院はその後出家して京都大原の庵で死去する。建礼門院から三種の神器が回収されたとされるが、これが失われていたら今の天皇に繋がる系譜も変わっていたかも知れない。

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毘沙ノ鼻 本州最西端

 レトロな味わいの下関の町を抜けて、いよいよ山陰の海岸沿いを走るコースが始まる。このまま約800kmの間、左手に海・右手に山の景色が続くわけだ。天候は全く優れず、海岸沿いでは波浪のためにバイクに潮がかかるほど。
 やがて本州最西端の看板が見えてきたので、国道からそれて寄ってみる。毘沙ノ鼻(びしゃのはな)は岬のように高台になっているためか、ガスが出ていてまったく展望無し。この看板から歩いて行ける先に岬はあるのだろうが、今日はここで撤退。来たことの証と思って写真に残す。

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2日目後半 行程

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角島大橋

 海岸線を雨に打たれて走ってゆくと、やがて西の空の雲が切れだし、角島が見える頃にはすっかりと晴れ上がった。この日訪れる場所は全国的にも知られた景色が登場するので、願ったり叶ったり。お天気様もこの日だけは協力してくれたのだ。感謝・感激。

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 山手の脇道に入り込むと上から見下ろせるビューポイントだ。面倒でも三脚を出して小生も景色に加わる。青いグラデーションの海の色がすばらしい。透明感はさすがに日本海だ。日射しがあるから暖かそうに見えるが、風は刺すように冷たい。

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 2000年に全長1780mの橋が出来るまでは、角島は響灘にうかぶ離島であった。戦時は要塞にもなっていたが、注目されるようになったのはやはり橋が出来てから。その息をのむような景色が、多くのメディアに取り上げられ、ドラマや映画の舞台になったことも後押しして全国的に有名はスポットになっている。直線部分、アップダウンする橋梁部分、とても印象的で記憶にのこりそうだ。

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角島灯台

 渡った先の島には日本で最初の洋式灯台の角島灯台がそびえ立つ。歴史的文化財的価値が高いAランクで御影石で出来た無塗装の灯台は珍しいそうだ。塔の高さも一級品で約30mあって、参観灯台としては眺めもすばらしい。

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 しかしこの日は風がつよく、登楼はできなくて残念。隣接する展望台からスマホでパノラマ写真を撮ってみた。こりゃ、雄大な景色だわ。

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角島灯台カード

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角島 夢ヶ崎

 灯台のある岬は海岸近くを道路が走り、まことに景観がすばらしい。強い風で波浪も高いから、より力強い日本海の海を感じさせる。完全に雨はあがったけど、レインスーツは防寒のためにも脱ぎたくない。

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千畳敷高原

 角島を離れ、つぎにやってきたのが千畳敷。「千畳敷」という観光地は全国に沢山ありそうで、小生が訪れただけでも信州の千畳敷カール、青森の海岸の千畳敷などが思い浮かぶ。こちらは海を見下ろす高台にあって眺めが良い。

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千畳敷カントリーキッチン

 千畳敷の高台にあるカフェ、食べログでも紹介されていたので昼食にしてみた。ここの場所自体、おそろしく辺鄙なところだから期待していなかったけど、お店の中は名古屋市内にでもあるような小洒落た洋食屋さん風。周囲の自然観と忽然とあるカフェのコントラストが違和感あって面白い。しかし店内はカップルや女性客なので、バイク姿のひとり親父には居心地が悪い。ハンバーグやローストチキンが旨そうだったが、早く出てきそうなカレーセットを選ぶ、900円なり。お味も普通に美味しかった。こんなところで30年以上も続いてきたお店、立地も食事もよかったのでその訳が分かった気がした。
 さて、お次はインスタ栄えで有名な「元乃隅神社」へ向かう。
                                    その2/5に続く



by akane8150 | 2019-03-26 19:16 | Motorcycles | Comments(0)

GL1200サイドカー 14 安乗崎灯台 灯台カード


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GL1200アスペンゲート + 東海GT
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 3月の祭日を絡ませてロングツーリングに行こうと画策している。連れ出すのは荷物を心配しなくてもいいGLばーあさんだ。しかし昨年末の車検からあまり走っていないので、ロングの前にちょいと走っておきたい。東の御前崎あたりも候補にあがったけど、紀伊長島や伊勢の海岸沿いをノンビリツーリングにすることに決めた。

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紀伊長島

GLばあさんが鎮座しているのは職場の駐車場、さくっと病棟をみてまわってからなので8時半に名古屋を出発。制限速度+αで流れに乗って走り2時間半で高速道路をおりて紀伊長島に到着。風がちょいと強いけど雲も少なく晴天といっていいだろう。GLばあさんは3度目のキャブレター整備を経てからはすっかりパワーが戻っている。ステアリングの動きが時に渋くなるので、がたつきには至っていないけどいずれステアリングのベアリングは替えないといかんだろう。気になったのはそれくらい、ロングツーリングまでにもう一度モータースに点検してもらえば確実だ。

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紀伊長島 道の駅まんぼう

平日のまだ早い時間帯だから、いつもは賑わっているまんぼうも人はまばら。海鮮売り場を見に行くと生牡蠣が並んでいたので、友人から頼まれていたことを思い出し宅急便で送る。翌日の午前中には届けてくれるようなので、ご希望通り「生牡蠣」を楽しんでくれるだろう。この道の駅はライダーも多く立ち寄るところで、「マンボウの串焼き」が有名だ。切り身を串に刺して焼いたもので一本400円、多い日には1000本以上さばかれるようだ。これは受け売りの話でなさけないが、食に冒険ができない小生は一度も試したことがない。

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大紀町錦漁港

R260は海沿いをはしったり山をこえたりして東に延びている。小さな入り江と町並みが見えたので、脇道にそれて寄り道してみる。漁港の規模には不釣り合いなほどの立派な橋や堤防が目を引く。護岸からのぞけば、海底までみえる透明度の高いきれいな海。朝の漁から帰ってきた漁船も今は静かにお休みの時間帯。しばし休憩。

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南伊勢町 三栄食堂

 このあたりでさくっと昼食をとろうとおもっても、絶対的に飲食店が少ないので苦労する。だから営業してそうなお店を知っているってのは大事な訳で、この三栄食堂は頼りにしているお店。国道と海に挟まれた眺めの良いところにあって、見た目も小生の感性にびんびん訴えかける「きっと旨いだろう」風情の店構え。中に入っての店内も愛想のいいお店の人も、壁に書かれたメニューをみても「安定のめしや」さん。中華そばが美味しいのだけど、今日は品書きで気になっていた「肉丼」を頼んでみた。出てきたのは直球勝負的な肉丼。お味も外れていなくって、さっさと食べて走り出すツーリングの昼飯ってのはこんなのがいい。

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安乗の海岸

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安乗崎灯台

 結論から言ってしまえば、この灯台がすっかり気に入ってしまった。
紀伊長島からずーっと東に走ってくると、大王崎が観光地の定番だろう。ここまで来たら、大王崎の灯台まで足を伸ばすことが多かったけど、地図をみてたらその一つお隣の岬にも灯台があるじゃ無いですか。それじゃ、今日はそこを訪れてみようってなことになった。
 幹線国道から外れて岬の道に入り込むと幅員はグッと小さくなって、両側から住まいのコンクリート壁が迫るような漁師町に雰囲気が変わる。レトロな看板やさび付いたトタン屋根など、昭和の香りが色濃く残る町並み。

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 クネクネ道の行き詰まりが安乗崎灯台(あのうざき)の駐車場で、バイクを停めて歩けばすぐに灯台が現れる。言われて気付くが、多くの灯台は丸い形をしているが、この灯台は四角だ。今日の晴天の青空に、真っ白な灯台がとても栄える。風雪に耐えてきた汚れも傷みも見当たらないほど、キレイな姿でそびえ立っている。

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 螺旋階段ではない、四角形の階段を上ってゆく。最後の部分はランプの土台が大きくせり出しているので、これを乗り越えて最上部に至る。灯台の頭のてっぺんには風向計が真っ青な空に突き刺さっている。灯台からの周囲の景色は深い藍色の海とグラデイションブルーの空と融合している。
 訪れたときの観光客は小生ひとり。何の予備知識も持たずにやってきたが、これまで訪れた灯台でも指折りの景観と素晴らしいタイミングで安乗崎灯台を見学できた。灯台は重要な役割を持った建築物で、たいてい風雪や嵐などの自然環境の厳しいところにどっしりと立っている。人工物なんだけど、はっきりと目的を持ってここに君臨するその姿は、なんだか声をかけてみたくなるような思いにかられる。

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国府白浜

 太平洋側の空には雲ひとつもみあたらない「ぴーかん」な青空。これが真夏だったら暑さでへばるだろうが、この時期は防寒さえしておけば十分にツーリング日和だ。遠い沖合にビルのような巨大船が浮かんでる、きっとクルマを一杯に積んだ自動車運搬船にちがいない。

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パールロード

 パルケエスパーニャを通り越し志摩ロイヤルホテルを過ぎれば、パールロードの一番美味しいところが始まる。平日もあって交通量は極めて少なく、マイペースで走っても後続車に迷惑にならないからいい感じ。タイトなカーブが続くとGLばあさんをねじ曲げて走るには体力が必要、その点パールロードは緩やかなカーブが多いので楽ちん。

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鳥羽展望台

 もう少しで鳥羽の街に入るってころに、休憩するにはもってこいの鳥羽展望台がある。ちらほらカップルの姿を見かけるくらいで、ここも休日とはうって変わって静かに過ごせる。見渡す限り、太平洋がひろがってる。確かに水平線はカーブしている、地球はまるいんだ。

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富士山遠望

 案内板には海の向こうの渥美半島から始まる静岡の海岸線が記されている。そこには富士山の姿が。これだけ晴れているのだから、富士山も見ることができないか目をこらすけれど見つけることが出来なかった。この写真の正面あたりなのだが。

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鳥羽ホテル群

 鳥羽の街に入ってきた。駅前の鳥羽パールビル名店街は鳥羽駅から船着き乗り場までの連絡路になっていて、以前は沢山のお土産屋や飲食店が入っていた施設だ。それが10年ほど前に廃業したまま、今も廃墟となって寂しい姿をさらしている。入り江の向こうには近郊のホテルやリゾートマンションが幾つかみえるが、これも多くが廃業していて生き残っているのは半分くらいだろうか。1970年頃からのリゾートブームでこのあたりは多くの観光客が殺到した。小生もあのホテル群のどれかに宿泊したのだが、その名前も思い出せない。

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二見浦神社
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夫婦岩

 最後の寄り道、二見浦。ここは流石に観光客の姿も沢山見かけ、GLを止めて参道をあるく。周囲は整備されて小ぎれいなお店が立ち並んでいた。例に漏れず半分は海外の人たち、観光地では国外の観光客からの恩恵も無視できないくらいになっている。夫婦岩はお久しぶりに拝ませてもらった。小学生の頃、おみやげに夫婦岩がでーんと描かれた「ペナント」を買ったことがある。当時は観光地には必ずと言っていいほど、三角形の「ペナント」が売られていた。今の若い人たちにはまったく馴染みがないだろう。

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二見浦海岸

 名古屋市内の小学校には、その頃「臨海学校」なる宿泊旅行があった。小生も4年生だったろうか、この二見浦に水泳訓練にきた。思い出せるのはこのコンクリートの堤上でクラス写真を撮ったこと、そしてこの先はすぐに水泳訓練の海だったことだ。今はすっかり砂浜になってしまっているが、ここを名前の付いた水泳帽を被って無理矢理泳がされたのだ。当時小生はかなりの「金づち」だった。この臨海学校に備えて、両親からプールで息継ぎの練習をやらされた覚えがある。

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二見浦旅館街

 一筋入ると団体客目当てのような旅館が建ち並ぶ。臨海学校で宿泊したのも、きっとこのどれかに違いない。大きなお風呂に皆で順番に入ったり、定番の枕投げで先生に怒られたり、修学旅行をする前だったから級友と共に過ごす旅館は相当に楽しかった。

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賓日館

 旅館街の一角に立派な門構えの大きなお宿がある。明治20年に立てられた賓日館(ひんじつかん)は、伊勢神宮に参拝する賓客の休憩・宿泊施設として伊勢神宮によって作られた。すでに宿泊施設としては廃業し、伊勢市に寄贈され現在は一般開放されている。時間があれば一度じっくりと参観してみたい。

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御在所SA

 二見浦からは自動車道にあがって一気に走り、御在所SAでひと休憩。随分と日が長くなって、走りに行ける距離も伸びてきた。観光バスからは中国語を話す軍団が降りてきた。小生のサイドカーに食いついている親父さんに声をかけられる。自分のスマホを持って何か訴えたいようだ。どうやら写真をとれと言うことらしい。うなずいてスマホを預かると親父さんは 普通にGLにまたがってポーズを取っているではないか。。。そうか、そういうことか。降りろとはいえないので、ピースサインを出している親父さんをさっさと撮影した。よせばいいのに、隣の横浜ナンバーのCB400の若者にまで、親父さんは要求している。かれは小生ほどお人好しではないようで、まったく無視をきめこんでいる風であったが、親父さんは諦めないで食い下がる。若者が気の毒になって、割って入り親父さんには諦めてもらった。

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 最後に変な出来事に遭遇してしまったが、無事に今日も帰還。さっそくインパクトの強かった安乗崎灯台のことを調べてみた。灯台にかかっていたパネルには、国内で登上できる灯台は16基あるようだ。このうちの幾つかは小生も登ったことがある。
 キレイな写真が気に入った「灯台カレンダー」を安乗崎灯台で手に入れたのだが、その中に安乗崎灯台のカードが入っていた。なにこれ、って調べてみるとダムカードならぬ「灯台カード」なるものがあることを知る。今日は印刷されたカードを手に入れたが、全国150基近くの灯台では、現地で掲示されているQRコードを読み取るとその灯台のカードをダウンロードすることが出来るようになっているそうだ。これは面白いことを知った。ツーリング先の目的地に、このダムカードを収集するってのも楽しそうだ。




by akane8150 | 2019-03-11 21:32 | Motorcycles | Comments(9)

MT-01 OS 36 若狭 牡蠣買い出し 新名神開通


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冬のごちそう「生牡蠣」、かみさんの大好物なんだが、そろそろシーズンも終わり。尾鷲の「弘法牡蠣」が特に気に入っているから、これを求めて南に走ろうと思ったが生憎と三重県方面は降水確率が高かった。それじゃあ、晴天の予報がたっている日本海を目指すことにした。この手の買い出しツーリングにはGLサイドカーが楽ちんだけど、年末から一度も動かしていなかったMT-01を引っ張り出してみた。小浜のエンゼルライン近くに一年中牡蠣をあつかっている海鮮店があったのを思い出し、目的地はそこへ。

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新四日市ICT
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 往路は琵琶湖大橋を渡って、鯖街道から小浜に入るコース。名古屋高速から東名阪とつないで鈴鹿山脈を越える「石縛トンネル」で西に出るルートを選択。普通なら東名阪をそのまま亀山経由で新名神で草津まで走ることになるが、鈴鹿ICあたりの「慢性渋滞の東名阪」を嫌って迂回したのだ。
 東名阪で木曽三川を乗り越えて、四日市JCTから分岐して新名神に入り、すぐの新名神JCTで東海環状自動車道に乗り換えて東員ICで下道に下りた。すでに新四日市JCTの先はまっすぐに御在所岳方面へ本線が伸びている。平成31年3月17日にこのバリケードは外されて、この本線が名古屋〜草津間の最も重要な動脈に生まれ変わる。

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東員IC
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 合わせて東海環状自動車道路も少しずつ延長してきて、現在終点の東員ICから大安ICまで同じく3月17日に北へ延長する。本線はすっかり完了して、3月17日の開通を待つばかり。大安ICまで開通すれば、員弁の中心まで高速が延びると主に、石縛トンネルにもアクセスが容易になる。

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八風街道

 石縛峠を貫くR421は、古くからの三重と近江をつなぐ商いの道で「八風街道」と言われた。三重と近江は東西を鈴鹿山脈で寸断され、北に迂回すれば関ヶ原、南に迂回すれば亀山となりR421は最短の直線でつなぐ使い勝手の良い間道だった。

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石縛トンネルと峠への旧道

 狭い酷道でその道のマニアからは全国的にも有名な石縛峠。旧道への分岐には「白龍神社までは行けます」と標示あり。しかし三重県側の旧道はこの先でがっちりゲートで閉められていて峠には行くことが出来ない。石縛トンネルは4.5kmものながーいトンネルで鈴鹿の山をまっすぐに貫いている。冬でも通行が可能で東西をつなぐ流通の柱となって、地域にも随分と貢献していると思われる。バイクで走ると夏でも寒いトンネル、そして冬ではさらに寒く感じる不思議なトンネルだ。

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永源寺ダム

 峠を下ってくるともう近江の領域、人の話し方などから関西圏に入ったことが分かる。紅葉で知られた永源寺の手前には緑色の水を蓄えたダム湖があって、このあたりの景色は広くってキレイ。今年は雪がすくないので、雪の気配もなし。その分、バイクで走ることにまったく心配なし。

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東近江市 市野原

 扇状地となって山から流れ出た水田の中をひたすらまっすぐに農道が走る。たかだか4kmほどではあるが、回りに何にも無く桜の街路樹が続くのみ。この道も記憶に残る。

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第一なぎさ公園

 東近江の周辺は、むかしながらの街道や街路が残っていて、地図を見ながらでも目的地に間違えずに着くのは大変。琵琶湖大橋に向かうが、幾つもの交差点を右左折してそれなりの距離走る。やっと湖岸道路にでてきたら、なにやら歩道を歩く家族連れやカップルが多く見かける。その先には道路沿いに満開の菜の花畑を見つけて立ち寄った。この公園は以前にも訪れたことがあるが、ここを見るために訪れたわけじゃ無いので、たまたま出会したサプライズが嬉しくなった。菜の花の香りも周囲にまき散らされている。湖のむこう、冠雪した比良山地を背景に菜の花がとてもとても美しい。

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琵琶湖大橋(県ホームページから)

 琵琶湖大橋の周囲に来ると日曜のお昼前ってのもあって急に交通量が増える。橋の手前には料金所があって、路肩に駐めて小銭を取り出す心構えをしていたら、ETCゲートが新設されてクルマの流れは止まることなくゲートを過ぎてゆく。後で調べたら、つい最近の2月1日にETCゲートが増設され料金も安くなったようだ。これはよく利用する人から見れば待ち望んだ改善だろう。

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大津市途中町

 R367で朽木を北上して小浜に至る鯖街道、この「途中」の交差点は古くからの交通の要所であった。前々から面白い名前と思っていたが、調べてみると、想像通り「通行の途中の要所」だからのようだ。平安時代の比叡山無動寺の相応和尚は修業のために通っていた葛川明王院との往復で、丁度このあたりを中間点と思い「途中」と名付けたという。

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若狭熊川宿

 若狭側の鯖街道の宿場、熊川宿は旧道に沿って宿場のイメージを残した建物で町並みが再建されている。道の駅などの軽食コーナーよりは雰囲気が良いだろうと、おそば屋さんに来てみたが、テーブル席は満席。奥の座敷ならOKなのだが、ブーツを脱ぐのが一苦労なのでこのお店は断念。まあ、小浜の町までいけばなんとかなるだろう。

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小浜湾

 家を出てから4時間で小浜までやってきた。天気が良いから、青い空と海のコントラストが鮮やか。寒さはなくって、春めいた気候の変化がバイク乗りには嬉しい。思いつくお店を通りかかってみるが、いずこも入り口には人が溢れている。結局、この日もお昼は食いっぱぐれになってしまった。

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小浜 旧古河屋別邸千石荘

 小浜に来たら立ち寄る「千石荘」。昨年訪れたときには瓦も塀もくずれはじめていたが、修繕を思わせる改修も見られるのにホッとした。保存すべき文化財に認定されたようで、これからは小浜市が修復、保存を行ってくれるようだ。

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小浜 藤田商店

 最終目的地の海鮮のお店に到着、入り江の向こうはエンゼルラインの入り口。店頭には大きな牡蠣が山のように積まれていて、kg単位で購入できる。しかし・・・焼き牡蠣用のモノばかりで、生食ができる牡蠣はあつかっていないとのこと。かみさんは生食が好物なので、これではリクエストに応じていない。ここで買うのは諦めて、生食の牡蠣を求めて敦賀まで足を伸ばすことにした。

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世久見海岸 鳥辺島

 小浜から三方五湖までは海沿いの快走路のR162。このあたりの日本海を走る醍醐味を味わえるのは、ここと越前海岸だと思う。春を感じる穏やかなお昼過ぎ、交通量の絶対的に少なく信号機にもお目にかからないこの路は最高だ。

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敦賀 日本海さかな街

 三方五湖からは国道に出ることなく、すいすいと裏道を走る。やがて敦賀市内に入ってお土産を探しにバイパスにある大規模な海鮮土産店に到着。日曜の午後だから観光バスをはじめ、沢山のマイカーがやってきていた。混雑する店内の人混みをかき分け、生食できる牡蠣を見つける。尾鷲あたりで店頭に並ぶ牡蠣よりも大粒なモノだ。当然、お値段も張るのだが、買って帰らないと悲しむ家族の顔が浮かぶ。生食用の牡蠣と調理用の牡蠣をそれぞれ発泡のトロ箱に積めてもらってバイクに括り付けた。
 MT-01には荷物用のフックが無いようにみえるが、シート裏にはネットを引っかけれるようなベルトが4本収納されていてこれを使う。リアキャリアも追加の固定に利用するとそれなりにしっかりとリアシートに固定できる。

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夜叉が池の里 さかうち

 敦賀からはR8で木之本へ。さて、このまま高速に乗っかって一気に帰宅してもよかったが、まだ走り足りない気分だったので、遠回りにはなるがR303で山岳路をひとっ走りすることにした。このR303も適当なカーブが続き、信号もクルマも少ないとあって気分爽快なコース。トロ箱を積んだバイクでMT-01の鼓動と排気音を満喫した。

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 日没直後の17時過ぎに自宅に到着、今日は約400kmの買い出しツーリングだった。すでに夕げの準備は済んでいて、早く牡蠣を剥くように促される。三重の牡蠣よりも大柄な牡蠣は剥くのもかなりの力が必要で、20個近い牡蠣を剥くだけで一苦労だった。大きい分、大味かと危惧したが、お味は間違いなく美味であったとのこと。この冬の牡蠣はこれでお仕舞いだね。

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NEXCO 西中日本計画路線

 名古屋周囲の高速道路のネットワークはかなり充実してきた。新東名の四日市から亀山西までの本ルートが開通するのを待ち望んでいた人たちは大勢いるだろう。名古屋と亀山間の慢性渋滞は、運輸に関わるドライバーや観光バスにも多大な影響を与えてきただろうし、三重県の観光地やゴルフ場などにむかうファミリーカーにも不便を強いてきた。計画が俎上に上がってから10年、やっと完成が近づいてきた。
 合わせて東海環状自動車道路も未開の西側ループが少しずつ延長されている。やがて養老山脈を抜けるトンネルが完成して名神高速と新名神高速がつながればさらに便利になるだろう。ただし、このあたりは10年単位の計画路線なので、ぜひ小生が自身で運転できる間にできてもらいたいものだ。




NEXCO 西中日本のHPにあったPR動画。なかなか出来がよくって気に入った。



by akane8150 | 2019-02-28 22:34 | Motorcycles | Comments(6)

RZ250改 11 遠州 森の石松



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1981 RZ250改

 2月の最終日曜、二十四節気では「雨水」の頃。これからは雪から雨に変わるとされ、天気予報も最高気温12度と春の兆し。天気に誘われて、バイクで出かける気分になった。さてどこへ行こう、とりあえず静岡方面の気温が高いからそっちだ。
 引きずり出されたRZはお久しの3ヶ月ぶり。キックをすれば濃いめの煙を吐き出してエンジンがかかる。バラバラとアイドリングの音はうるさいから、ご近所に気を遣ってそそくさと出発、時間は午前9時半。

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 タイヤを替えたばかりだから、気分良く走り出す。RZの機嫌は良好でいいかんじ。名古屋高速の一部通行止めのため、南にぐるっと下って伊勢湾岸道路を使って新東名に方面を走らせる

 暖かいと予報を信じて走り出したが、あまりにも寒すぎる。島田金谷ICあたりまで新東名を走らせる予定は断念して、さっさと浜北ICで下道に下りる。R362は既知の慣れた路だから、これを避けて未知の県道をつないでお山に向かうことにした。さて山に入り込む前にガソリンを補充しようと県道を走ってみるのだが、そもそも少ない上に、今日は日曜日で営業しているスタンドに全然出会わない。主要道路だから走っていれば見つかるだろうと高をくくっていたら、ついに見つけて給油が出来るまでに20kmほども回り道をしてしまった。

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太田川 森町を望む

 お山に向かうはずが、袋井の郊外を走っていることに気づき、ますます気分は萎えてきた。井川ダムは断念して遠州の山奥をさくっと走って帰ることにした。遠州森町から県道を川沿いに北に向かう。

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大洞院 森の石松の墓

 遠州平野のつきあたり、山に接した森町を走っていると気になる看板、「森の石松の墓」の案内板を発見。どうやら大洞院というお寺さんにあるようだ、数キロの寄り道をしてみる。
 「あんた江戸っ子だってね、食いねぇ、寿司を食いねぇ」など講談で知られた森の石松。清水の次郎長の舎弟として実在したような、していないような?怪しい存在のようだが、博打がらみもあって現在も森の石松のお墓を詣でる人が後を絶たず。ついには、墓石を削って持ち去ることも横行するようになる。盗まれたり、削られたりして今のは3代目か4代目の墓標らしい。

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 再び静岡県道63号をどんどんと上流へ上がってゆく。道幅は狭く、深い谷の斜面をつないだ厳しい路。時折現れる集落は、決まって管理されたお茶畑が広がっている。

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川根町 市尾

 静岡県道63号をは道幅は狭く、深い谷の斜面をつないだ厳しい路。時折現れる集落は、キレイなお茶畑が広がっている。トンネルも無い昔ながらの小径はこのあたりの深くて細かい山の凹凸を丁寧にトレースしてくねくね続く。島田や袋井などの街から20~30kmほどしか離れていないけれど、森町の山奥は過疎感、山奥感がとても強い。

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大井川 下泉橋

 何度か休憩しつつ、大井川に出てきてこれを北上する。時間はすでに13時近い、これ以上奥にすすめば帰りが暗くなる。R473沿いのおそば屋さん「四季の里」を思い出し、そこで折り返すことにした。バイクを停めてお店に入ると「本日のおそばは売り切れ」って表札が・・・。あ〜、今日はついていない日であることをよくよく確認。さらに気分は盛り下がり、帰宅の途につく。

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川根本町 下長尾

 風は相変わらず強く吹いているけど、真っ青な晴天はとってもきれいだ。R362は高度を上げて大井川からはどんどん離れてゆく。このあたりも茶畑だらけ、山の斜面にばらまいたようにキレイな区画が広がっている。どの住居もカーテンが掛かっていて、人気を感じさせずにひっそりとしている。人の営みを伝えてくれるのは時折見かける軽トラくらいなモノだ。

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久保尾辻 峠

 かなりのくねくねを登りきると峠にさしかかる。峠で交差する道があるので、「辻」と呼ばれているのだろうか、「久保尾辻」とは変わった峠の名前。この峠を西に下りてゆけば、やがて路は広くなってセンターラインも現れる。どんどん下ってゆけば、フェアレディZの集まりで訪れる春野の地だ。


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東郷PA

 2月の夕方は、日が暮れるのはまだまだ早い。362号で湖北を下道で走り、三ヶ日からは東名高速に乗っかって。どうにか日没前に自宅に帰還。ガソリンスタンド探しや昼食のくいっぱぐれ、思いの外の極寒、強風などで、今日のツーリングは冴えなかった。晩酌の当ても買いそびれ、こんな日はさっさと切り上げて寝るに限る。





by akane8150 | 2019-02-20 18:20 | Motorcycles | Comments(6)

GL1200サイドカー 13 GL1200ディテール


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大神神社

 我が家の守り神、奈良の大神神社のお札を頂きにGLで訪れた。1月最初の日曜日とあって神社の周囲数キロはすっかりと大渋滞。バイクで行けば二の鳥居に駐車させてもらえる事を知っているので、桜井の町から狭い山辺の道をたどって渋滞知らずで二の鳥居に滑り込み。名古屋の自宅から約160km 2時間半で到着だ。大神神社は多くの参拝者でとても賑やか、去年の感謝と今年のお願いをして、お札を頂き無事任務完了。
 3回目のキャブ修理が終わり車検から上がったばかりのGLは快適だった。一時はキャブの不調で高速道路を走ることも気が引けたが、3回目のキャブ修理で無事に解決。組み込んだメインジェットに付属する樹脂のネットが溶けてガソリンの流れを塞いでしまっていたのが絶不調の原因だった。しかも4つのキャブのうち3つに起きていた。これでは高速道路などで「走らない」わけだ。

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 GL1200は1986年製、正規輸入されていない頃だから「レッドバロン」で購入されたようだ。32年前のバイクだから痛んでしまうパーツがあっても致し方ない。その代表がこの液晶パネルで、譲り受けたときにはオドメーターも止まり液晶も薄れてデカール文字も痛んでいた。たまたま未使用のパネルが手に入って完治。燃料、水温が液晶バー表示され、シフトポジションも読み取れる。後述するエアサスの圧力もここに表示される。1981年のソアラで登場した液晶パネルがバイクにも流用され、当時の流行「液晶インパネ」はきっと誇らしい装備だっただろう。下段にはカセットテープデッキとAM/FMラジオが取り付いていた(小生は使わないので外している)。

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 イグニッションキーの周囲には液晶パネルのスイッチがならび、トリップメーターのリセット、キロ/マイル表示の切り替えなどができる。面白いのはトリップメーターに指定の距離を入力すると、走行にしたがって減算されてゆく機能があることだ。ナビのない時代はこんな機能でも役にたったのかなあ。

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 前後のサスペンションはエアサスとなっていて、このスイッチを使い分けてそれぞれのエア圧の調整をすることができた。これによりソロツーリングから2名乗車の荷物満載状態まで、最適な操安性と乗り心地を得ることができる。クルマでもエアサスが珍しい頃であったから随分と進んだ装備であった。またコンプレッサーは装備品にも空気圧を供給することができたので、ケーブルをここにつなげばタイヤなどの空気圧も加減することができた。これを使って海水浴の浮き袋を膨らませた人がいるかもしれないと思うと面白い。生憎、小生のGLではとっくに普通のサスペンションに交換されているので、これらはオブジェだ。

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 1986年式には、純正のインターコムも装備されたいたとされるが、このGLには見つからない。左のフェアリングパネルには、オーディオのボリュームとトーンボタンがある。前オーナーは常時点灯のヘッドライトを嫌って、ここにヘッドライトスイッチを増設している。

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 ハンドル左側にはオーディオのミューティングスイッチ、カセットテープの走行切り替えスイッチがでーんと居座っている。ウインカースイッチはオートキャンセルの付いた優れもの。

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 後ろに荷重のかかる場合には、ヘッドライトレベライザーが利用できる。ノブをぐりぐりやれば光軸が上下に動く。まるで乗用車だ。エアコンの吹き出しが左右にあるが、これはただカウル前面からの風がくるだけで「エアコン」がついているわけではない(笑)。走っていてもこの風を感じることは「一切」ない、どう考えても「無駄」な「雰囲気」だけのパーツ?
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 カウルの左右には使えるポケットが付いている。左側のポケットには電源を引っ張ってきて、別体型のETC本体を収納して、シガライターソケットからナビなどの電源を取っている。

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 水冷OHC2バルブ、水平対向4気筒の1200ccエンジンは94HP 10.7kg-m を発揮する。1700ccのMT-01が90馬力だから似たようでおもしろい。排気音はかぎりなくジェントルだけど、低速から使える味付けだから単体の車重320kg、さらにサイドカーとして400kgにもなろうとする重量でも過不足なく走らせることができる。しかし搭乗3名の場合には総重量550kg、こうなってくると流石に鈍重感は否めない。
 もともとGLのリアブレーキはフロントの片側のキャリパーと連動してブレーキがかかる仕組み。さらにカー側のブレーキとも連動するようになっていて、急制動時の車体バランスの崩れを防いでいる。フロントブレーキのみでの制動ではカー側のモーメントの為にバイクが右に切れ込む挙動を見せるので恐ろしい。かといって、フロントブレーキの制動力も大事なので、小生はフロント・リアとも均等にかけるように心がけている。

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 法規上、車体の左右には車幅灯を置かなくてはいけないので、カー側には埋め込みのランプとバイク側にはどこからか流用してきたドライビングランプが取り付いている。これらのランプとリア側の車幅灯は常時点灯となる。

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アールズフォークサスペンション

 サイドカーのフロントサスペンションによく使われる手の込んだ仕組み。普通のバイクにはあり得ない「横」の大きな荷重がかかるサイドカーでは、通常のテレスコピックタイプだと過度の力がかかりスムーズにサスが動かなくなって、操安性に問題がでてくる。またオイルシールの負担も大きくなってオイル漏れも生じやすい。さらに路面の影響を受けやすいサイドカーでは「シミー」と呼ばれるハンドルのブレが生じるが、アールズフォークは起こしにくいとされる(ステアリングダンパーは必須)。などなど、サイドカーにおいては、アールズフォークサスペンションの恩恵は大きいようだ。
 東北ツーリングでは、GLのステアリングダンパー(なんと初代セルシオのステアリンダンパーを流用)の固定ボルトが落ちて使えなくなった場面があったが、路面の凹凸をハンドルひろって、細かく、時に大きくうねるようにハンドルがぶれだしてなんともならなかった。
 サイドカーショップの親父さんは、初心者用として前後のサスペンションは最もソフトのセッティングを勧めてくれている。唐突な挙動が出ないような(悪くいえば鈍な)設定が小生にはまだまだ似合っている。

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 リア回りは下からのぞき込まないと全く見えない。GLのシャフトドライブはサイドカーにも有利でチェーンの管理をしなくてもいいのは助かる。タイヤサイズは130/90-16 150/90-15 でなかなか銘柄を選ぶことは困難。もう少しホイールのリム幅があればクルマのタイヤが流用できてサイドカーには最適なんだが、バイクのタイヤでは真ん中ばかりが減ってしまって気分が悪い。GL1500になればリムが広がったようでスクエアなクルマタイヤをはくことができる。ちなみにリアタイヤの交換時はナンバープレートがついているリアフェンダーをごっぞりと外して後方へ引き抜くように整備する。

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 サイドカーの右側、バイク側のサイドブレーキレバーを引くとリアに追加されたキャリパーが作動する。重い車体はちょっとした斜面でも動き出してしまうので、これは必需品。きつい勾配だとギアを1速に入れた状態でサイドブレーキを使う。自宅など駐車する際には、タイヤ止めも咬ませるように心がけている。

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 パッセンジャーシートにトノカバーをホックでとめることができる。開けっ放しでもいいのだけど、一旦中が濡れてしまうと乾かすのが超たいへん。ロングツーリングではここにも荷物が載ってくるので、トノカバーはその際にも飛散防止に役立つ。

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 左右のロックを外して前方にシールドを引き起こして乗り込む。ヒンジが露出していてちょいと無骨だが、サイドカーの作りがほとんど手作りの現物合わせ状態だから、全体の雰囲気に合っているとも。シールドもアクリル板を型紙から切り出し、ボルト穴に合わせてねじ止めする作り。ショップの親父さんにお願いしたら、面前でささっと新調してくれた。

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 パッセンジャーシートはそれなりの厚みもあるのだがお尻部分には低反発クッションを追加している。あしもとは随分と広く足をしっかり伸ばすことができる。右足部分には踏ん張れるようにフットレストが仕組まれている。電源も引っ張ってきているので、スマホの充電や追加のナビなども置くことができるだろう。座ってしまえばシールドでヘルメットの上半分くらいが露出するくらい。巻き込む風はそれなりなので、冬場はしっかりと防寒対策が必要だ。
 左側通行の日本では、左カーが安心だ。センターライン側にカーがあるとパッセンジャーは絶えず対向車と向き合う羽目になり、もしもの事故の際には逃げ場もないだろう。安全といえば、サイドカーには法規上もシートベルトの着用義務が記載されていなし、また実際にシートベルトを装着したサイドカーもお目にかかったことがない。絶対的なサイドカーの希少性から法規上は手付かずになっているのが実際のところか。

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 リアトランクの上にはオプションのキャリアーが付いている。これはこれで雨に濡れてしまったバイクカバーやカッパを気楽に括り付けることができて便利だ。雰囲気的には皮のレトロなトランクでも縛り付けるとサマになるだろう。


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 カーのトランクにはバッテリーが移動してきている。軽自動車用のバッテリーで容量は十分だ。開口部は決して広くないけど、深さがあるのでかなりの荷物を押し込むことができる。おっきなスイカを余裕で3個も積むことができた。

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 いわゆるトップケースも深さや奥行きがたっぷりあって、ヘルメットを2個を余裕で飲み込む。ケースの裏側にはバニティミラーが付いているのだが、何に使うのだろうか? ヘルメットホルダーも当初から2個装備されているのが親切だ。
 GL1200は後席の肘掛けや小物入れ、インターコムなど工夫されている。後席に乗る奥さんが快適にバイクライフを過ごすことをイメージして開発したと言われるので、なるほど「バニティミラー」な訳だ。お財布をにぎる奥さんから、まずはGL1200を気に入ってもらおうとなんて、浅知恵すぎると思えるけど、商品企画でそんなことまで考えてるんだ。

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 サドルケースはツーリングでは重宝する。インナーバックと称してナイロン製の手提げバックがあって、トップケース、左右のサドルケースにぴったりサイズのモノを愛用している。宿に着いたらごっそりと引き出して持ち運ぶだけ。ケース本体の防水はがっちりしているので、パソコンなどの濡らせないものも安心して積むことができる。トップケースの最大荷重は20kg サドルケースは10kg、合わせて40kgまで搭載可能だ。

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1986 GL1200 アスペンゲート + 東海GT

 サイドカーは戦前から国内でも軍用を主に走っていたが、モータリゼーションに沿うように1970年代から多くのビルダーが競うようになって1つのジャンルを作った。特にエポックメイキングだったのが、BMW R90Sにセッティングされた「大陸オートGTⅡ」だった。流線型のシルエットと高性能のGTⅡサイドカーは海外でも絶賛され、一躍バイクフリークの憧れとなった。そして、このGTⅡのスタイルを手本にした後続ビルダーのひとつがこの東海GTで、今も新規に制作されている。
 走り出せば周囲の注目を浴びることは多いけど、高齢者と子供達には「受け」がいい。とりわけ高齢者でも「おばあちゃん」から熱い眼差しや声をかけて頂く事が多いような気がする。なんででしょうねえ??




by akane8150 | 2019-01-18 22:01 | Motorcycles | Comments(4)

GL1200サイドカー 12 寸又峡温泉 大井川鉄道


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 師走が近づいてきた。名古屋よりも北の領域、奥美濃、飛騨、信州などでは雪や路面凍結でバイクはおしまいの時期になってきた。今季最後の北方面ツーリングで高山、御岳あたりを巡ってこようと思っていたが、朝の天気予報ではこの地域は降水確率40%と悲しいお知らせ。
しかし太平洋側の静岡県の降水確率は0%! それであればと行く先変更で高速道路を一路東に向かう。定番の寸又峡周囲は今期訪れていないし、美味しい温泉も思い出しゴールは寸又峡温泉に決定。

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塩郷の吊り橋

 名古屋を7時半に出発、西の空には雲がいっぱい。対して東の空はぴーかん!、よしよし、これなら静岡方面、期待できる。GLサイドカーで東名高速道路を太陽をまぶしく感じながら東進する。2時間と少しで大井川の河口の街、島田に到着。下道に下りると案内標識に従って右岸の国道、左岸の県道を行ったり来たりしながら上流をめざす。
 ながーい吊り橋、塩郷に寄り道する。川幅の広い大井川には今も吊り橋が現役で残っている。もっとも下流にあってもっとも長いのがこの塩郷の吊り橋。220mの長さがあって、真下の塩郷の駅と対岸の集落をつないでいる。2本の太いワイヤーで支えられた吊り橋は、とても揺れる。水面からの高さは知れているのだが、スリル感はかなりのもの。
 まさにナイスなタイミングで大井川鉄道の蒸気機関車が上がってきた。蒸気機関車の運転手さんもこちらの手振りに応えてくれる。吊り橋の真下を通るので、居合わせたら面白い体験だ出来たのに、残念。

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 線路と道路がくっついたり離れたりしながら、機関車を追跡するような状況となって、黒煙を受けながらGKサイドカーで走る。直線スピードは50〜60kmだろうか、GLばあさんでも十分ついて行ける。素敵な時間を過ごせた。


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大井川鉄道 C10形8号車 千頭駅

 下泉で途中停車する蒸気機関車を追い越して、終点の千頭にお先に到着。蒸気の音をたてながらホームに滑り込むのを待ち受けた。間近に生きた蒸気機関車を見るのは久しぶり、人間が運転しているのだろうけど、命の宿った生き物みたいだ。平日にもかかわらず、大勢の乗客が降りてきて先頭の機関車をパシャパシャ撮影タイム。
 このC10形8号機は、大井川鉄道に所属する蒸気機関車の中でも最古参の昭和5年製。石炭などを別の台車に乗せているC57などのテンダー形蒸気機関車は優雅で格好いいが、小粒で一体感のあるこのC10形のタンク形機関車は可愛いスタイルだ。勾配のある大井川鉄道では、C10形の最後尾から「こっそり」と電気機関車が後押ししている。




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寸又峡駐車場

 金谷のICから約60kmで終点の寸又峡に到着。途中の道も非常に狭くって、サイドカーでは気を遣う区間だ。幸いにもすれ違えないところには簡単な信号機がついているので、まだ救われるが。。バックが出来ないサイドカーは狭い山道は苦手だ。道は概して改善されており、バイパスやトンネルが完成し走りやすくなっていた。それにしても、寸又峡まで入り込んでくると、山も谷も深くって山奥感がいっぱいだ。

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ハイキングコース入り口

 平日の午後のためか、それほど混んでいなくってラッキー。寸又峡入り口の駐車場に駐めるつもりだったが、係員の誘導で温泉街のいちばん奥までサイドカーで上がることができた。さて、ここにバイクを停めて寸又峡観光のハイライト、「ブロムナードハイキングコース」に挑戦。

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寸又峡 ブロムナードハイキングコース

寸又峡温泉の集落を外れると、その先は森林鉄道の跡地に林道が出来ていて、夢の吊り橋と飛龍橋をぐるりと巡ることができる。入り口でもらったパンフだとブロムナードコースで約90分の道のりだそうな。寸又峡温泉には何度か来ているが、肝心の吊り橋たちを見たことが無かったので、今回は意を決して歩き出した。

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大間ダム

 トンネルなどを通り越してついた先は、切り立った谷に囲まれてグリーン色の湖面がキレイな大間ダムだ。午後の日射しが山の東面に日陰をもたらしていて、明暗のコントラストがきれい。ダム湖に向かって下りてゆくと、旅の口コミサイト「トリップアドバイザー」で「死ぬまでに渡りたい世界の徒歩吊り橋10」に選ばれた「夢の吊橋」が現れる。

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夢の吊り橋

 訪れた日は平日だからパラパラと観光客はいたけど、ここまですんなりとくることが出来た。ハイシーズンだとこの橋を渡るのに1〜3時間も待たされる人の波になるそうだ。吊り橋は、歩行する部分の板の幅が30cmほど、渡りきるのには90mの距離がある。水面までの高さが10mほど、大間ダム湖がエメラルド色で神秘さを高めている。
 10人までの重量制限のために頃合いを見て小生も渡ってみる。塩郷の吊り橋のほうがより長くって迫力があったが、ダム湖の色や静けさでは夢の吊り橋の方が雰囲気があった。「夢」のネーミングは、「夢に出てきそうな幻想的な橋」とも「渡るのが恐ろしいから夢にでるかも」などと言われるからだとか。橋の作りは新しく良く整備されていそうなので安心だ。

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寸又渓谷

 吊り橋から北にのびる寸又川は、この渓谷の先に山深い谷を広げている。「やまさ行がねば」のヨッキれんさんが綿々とレポートを残している「千頭森林鉄道」はこの狭い峡谷からさらにずーっと奥まで続いていた。時代は昭和30年代、森林開発を国を挙げて取り組んでいた遺産だ。さきほど歩いてきた林道も、千頭森林鉄道の線路だった。

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山岳路案内(前黒法師岳)

 夢の吊り橋からは、300段を越えるきつーい鉄製の階段が待ち構えていた。回りは小生よりも年配の方々が多くって、これは膝の悪い人たちには堪えるだろう。というか、リタイアする人が出てきてもおかしくない。周囲はすっかり日陰になって寒いはずなのに、一気に登ってみたら湯気が出そうなくらいに汗ばんでしまった。やっとの思いで再び森林鉄道跡の林道に復帰、飛龍橋をめざして寸又川の支流沿いに歩き出した。橋の手前にはこの上にある前黒法師岳への登山ルートが示されていた。

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飛龍橋からの眺め

 ハイキングコースの最深部、飛龍橋も千頭森林鉄道の遺産。川底まで70mあるという深い谷にかかっている。下をのぞき込むと足がすくむ。当時はもっと細い橋桁で柵などもなかったろうから、小さな電車でこの橋を渡るのは恐ろしかったろうなあ。

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寸又峡温泉

 ガイド図には90分の行程とあったが、さくさく歩いて60分で戻ってきた。水平に歩くのはマシだが、あの300段の階段をもう一度行くかと問われたら返事にこまりそう。なにはともあれ、寸又峡のハイライトというべきハイキングコースを看破したんで満足。
 寸又峡温泉には、お風呂だけ利用できる旅館もあるが、今回は町営の露天風呂に入ってきた。入浴料400円と持ってくるのを忘れたタオルも購入し、独り占めの露天風呂にドボン。寸又川のエメラルドを思い起こすようなブルーがかったお湯は硫黄泉で白い湯ノ花が舞っている。驚くことに酸性泉と思いきや、ヌルヌル感たっぷりのアルカリ泉だった。硫黄泉でアルカリのお湯というのはとてもめずらしい。小生の好みにぴったり当てはまったいいお湯だった。

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朝日岳

 山の西側にあたる道路はとっくに日陰になり、夕まづめの陽射しを浴びて対岸の朝日岳(1827m)がすっきりとそびえ立っていた。今日は終日快晴、名古屋から東に走って正解だった。

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前黒法師岳

 後ろを振り返れば、先ほど歩いてきた山あいが望め、1943mの前黒法師岳が見えた。小生はオリンパスのコンパクトカメラTG-4を愛用しているのだが、こういった明るさの極端に違う被写体ではどちらに合わせたら良いのかよく分からない。オートを多用する撮影しかできない小生には後ろの明るいお山に合わせると手前のバイクはまっくろけ、暗いバイクに合わせると背景のお山が飛んでしまう。カメラに詳しい人ならば、も少しマシな写真も撮れるだろうか。

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さわやか 島田店

 島田までお山を下りてきたら、あとは高速をひた走って名古屋に帰るだけ。夕飯にはまだちょいと早い時間ではあったが、せっかく静岡に来ているのだからとご当地グルメの「さわやか」で夕食を取る。つなぎのほとんど入っていないソーセージのような噛み応えのあるハンバーグが売りだ。とりわけ「げんこつハンバーグ」が人気のようで、250gのまさにげんこつのような肉の塊を目の前で半分にカットして「レア」な断面を鉄板で焼いて頂く。一度食べると、くせになってリピートしたくなるのも頷ける。しっかりと完食して、名古屋までひた走る。島田を出たのが午後5時過ぎ、すでに夕刻の闇がせまっている。名古屋の自宅までの150kmは久しぶりの夜間走行となった。




by akane8150 | 2018-12-04 20:19 | Motorcycles | Comments(4)
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