小生の備忘録

akane928.exblog.jp ブログトップ

<   2017年 06月 ( 4 )   > この月の画像一覧

MT-01 OS 29 熊野三山・神倉神社 お参りツーリング




a0339187_07440546.jpg

 小生の身の回りに、病と闘っている仲間がいる。治療に小生が関わっていないのでせいぜい愚痴を聞くくらいしか出来ないのだが。。。困ったときの神頼み、仲間の代わりにここはひとつお宮参りにでも行こうと思い立った。ならば熊野三山を巡ってこようと、朝5時に家を出た。


a0339187_07451427.jpg
花窟神社(はなのいわや)


 高速をひた走り、尾鷲から熊野の海岸に出ると右手に高さ50mにも届こうかとする巨岩が見えてくる。この巨岩をご神体として「いざなみのみこと」が亡くなった墓所とされている花窟神社は日本最古の神社とされる。長いお縄掛けが巡らされた巨岩を見上げると、なんとも厳かな気持ちになるのが不思議だ。


a0339187_07452567.jpg
a0339187_23281225.jpg
熊野速玉大社


 名古屋を出てから3時間で新宮に到着。熊野三山は「熊野速玉大社」「熊野那智大社」「熊野本宮大社」を総称したもので、全国に広がっている熊野神社の本山だ。熊野速玉大社は新宮市内にあって国道からもすぐの場所で、三山最初の参拝をした。時間も早く訪れているのは地元の人だけの静かな雰囲気であった。ここの祭神は熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)のふたりの神、いわゆる夫婦の神といったところか。

 それにして、ずいぶんと道路が整備されたものだ。大泊〜新宮の未開通区間を除くとほぼ名古屋から新宮までの200km以上が自動車道でつながっている。熊野や新宮までが日帰り旅行範囲なんて30年前には考えもしなかった。



a0339187_07453906.jpg
那智の滝


 次いでさらに西に向かって那智の滝。写真にしてしまうと削がれてしまうが、その場で見る滝の迫力はなかなかのモノ。天気もいいから滝の白さと青空が際だって良い景色。

a0339187_07455857.jpg
a0339187_22464759.jpg
熊野那智大社


 熊野那智大社は熊野夫須美大神をまつるとあって、熊野速玉大社の祭神の奥さんにあたる(^^)。夫婦で熊野三山を支えてるわけで、子孫繁栄・子宝の神様でもあったんだろう。 那智の滝を自然崇拝した古代の姿が熊野那智大社の始まりであったから、このお社が歴史に名前が出てくるのは他の二社に比べてやや後になる。有史よりも古くから、数え切れない人たちがこの滝を崇めてきたと思うと、なるほど世界遺産になってもおかしくない。

 長い石段を上がって参拝するのが普通だけど、南からつづれ折りを登ってくると本殿近くの社務所駐車場に止めることが出来る。ここまでクルマ・バイクで上がってこれると本殿までは目と鼻の先。ずいぶんとずるをしたけど、二礼二拍手一礼で本願を伝えた。お隣には那智山青岸渡寺も控えて、古代からの神仏習合をよく表している。



a0339187_07461719.jpg
a0339187_07463841.jpg
a0339187_07470645.jpg
神倉神社


 再び新宮の町に戻る。町の北側、岩山の上に小さな社が見える、熊野速玉大社の案内図にも載っていた神倉神社。熊野権現が最初に降り立ったのがこの神倉神社とされ、熊野三山の始まりの地とされる。ゴトビキ岩と呼ばれる巨岩がこの神社のご神体で、創建年代は128年頃で神話の天磐楯として登場する。これも那智の滝同様に自然崇拝から発生した聖地で、やがてそこに神話や仏教が混ざり合って近代に至ったのであろう。最初に権現が降り立った場所としてこのお宮を「旧宮」、そして新たに創設された速玉大社を「新宮」と呼んでいるが、これはこの地「新宮市」の由来。

 朝一で寄ってきた「花窟神社」の岩壁と神倉神社の巨岩は「対」とされ、この「ゴトビキ岩」と花窟神社の「ほと穴」はそれぞれ男性・女性のシンボルで古代信仰の姿を残している。

 新宮市内の住宅地にニョッキリと断崖絶壁のお山、この麓から120mの高さの拝殿まで、恐ろしく急な石段を538段登ってゆかなくてはならない。30度を超えようとするこの日の夏空では、バイク装備のブーツやウエアが辛い。この石段は源頼朝が寄進したとされるが、もうちょっと斜度を下げて安全に登れるようにして欲しかった。この石段を転げ落ちた気の毒な信者がきっと何人もいるにちがいない。逆に・・・この石段を安全に上り降りができるってことは、その信者が健全で長生きもできることを示してるのかも。


a0339187_07471853.jpg

 たかだか120mとはいえ、清風がふく山の風が心地よい。目前には新宮の町並みが一望できる。時間はもうすぐ11時、お腹が空いてもきたんで、このお山の麓にあるお店にむかって石段を駆け下りた。



a0339187_07473615.jpg
a0339187_16364849.jpg
新宮 めはりや


 新宮名物の「めはりずし」を頂きに「めはりや」さんに到着。しょうゆ漬けた高菜のおっきな葉っぱでご飯をおにぎりのように包んだものがめはりずし。このしみこませた醤油だれがシンプルなんだけど美味しい。串カツ、豚汁も自慢の料理のようで、「おためしセット」がお薦めかな。友人宅と家族へお土産に、自宅で作れる「めはり漬け」を2つ購入してバイクにくくり付けた。完全に凍っているので、発泡のケースだから夕方の名古屋までは持つとのこと。


a0339187_07475066.jpg
国道168号 通行止め


 さて、新宮の町を出て熊野本宮大社へ向かうべく、168号を北上開始のはずが町を抜けたところで通行止め・・・この先で法面が崩壊したとのこと、直接の迂回路がないのではるか東の国道169号を介して瀞峡方面から迂回する事となった。。もう一度新宮市内に戻って約50kmの迂回路、それでも行かなきゃ、まだ本日の目標を達していない。


a0339187_07480283.jpg
a0339187_16453102.jpg
熊野本宮大社


 熊野三山の〆、本宮大社には12時到着。土砂崩れの通行止めが無ければ、もっと早く来れただろう。通行止めのためなのか、駐車場も空いていて参拝者が少ないように思えた。ここにも石段が鎮座しており。。153段を上がって本殿に到着。本宮大社は家都美御子大神(けつみみこのおおかみ、熊野坐大神〈くまぬにますおおかみ〉、熊野加武呂乃命〈くまぬかむろのみこと〉とも)を主祭神とする。家都美御子大神は唐の天台から飛来した神、のこりの二人の神様の素性は、ウイキペディアをもってしても不明との表現。これだけの歴史をもったお社の祭神がよく分からないって?? 文字の無い大昔からの継承が、祭神の詳細まであやふやにしてしたのか?? いろいろ考えると想像が掻き立てられすっごく面白い。いずれにせよ、巨岩や奇石、滝などに神を見いだしてきた自然崇拝が古代からの宗教であって、そこに神さまや仏様のお話が後付けされて現在に至るって考えるのが妥当か。

 明治22年の洪水でそれまであった熊野川中州の大社が流されて、現在の山腹に移転した。明治に入って森林の伐採量が増え、洪水が起きやすくなったのが原因だ。2000年以上にも渡ってお社が熊野川の中州に君臨してきたってのも興味深い、きっと古代にも洪水がたびたび起きたであろうが、敢えて洪水の際には危険となる中州にお社を建設してそれを維持してきたのはなぜなんだろう?? 最初から洪水の心配の無い山に作ればいいのに・・・、。

 本願を伝えて参拝、熊野三山のお守りもゲット、本日の祈願参りは達成だ。さて、これからどうしよう?? まだ日は高いし、十津川から北上して三輪大社も回ってこようか、・・・ そうそう、十津川村から入り込む「玉置神社」もお参り甲斐のあるお宮、これに寄ろうと決めて熊野川を上流に向かって走り出した。


a0339187_07481856.jpg
十津川 七色


 蛇行する熊野川を串刺すように新しいトンネルで168号は快走できる。深い谷沿いに道路がクネクネと続いていくこの景色は、十津川を連想させる景色だ。平日ではあるけど。。。妙に交通量が少ない?? 炎天下はじりじりと暑いけど、連続するトンネルの中は冷蔵庫のようで一時のクーリングが気持ちいい。


a0339187_07483040.jpg
十津川 十二滝


 クネクネ道の途中には、はっとするほど綺麗な滝に出くわす。水の量は決して多くないが、その高さと容姿がすばらしい。滝フェチではない小生でも思わずバイクを停めてしばし見とれた。


a0339187_06570254.jpg

 さてダムも過ぎてもう少しで十津川の集落と思っていたら、通行止めに出会う。クルマは何台も止まっており、ドライバーも路肩で座っている?? 車列の前で看板を見ると、道路工事の時間規制でこの先50分の通行止めと分かった。開通するまでここで待つのはあり得ない、しかしこれを進まないと玉置神社は断念することに、、、さらにここを抜けないと奈良方面からの帰宅も無理になる。

 やむなく引き返して、再び本宮大社に向かって走り出した。また同じルートで名古屋に帰るのはいやだな〜、まだちょいと時間があるからどこかに立ち寄ってもいいな、などなど思案。


a0339187_07484416.jpg
湯の峰温泉 共同浴場


 玉置神社には通行止めで行けない、これはきっと神様の思し召し。ならば、温泉に浸かって帰るべしと湯の峰の共同浴場に立ち寄った。ここは小生の大好きなお湯、ちょっと高い料金を支払って「薬湯」をチョイス。「薬湯」は源泉90度を薄めること無く温度を適温にした贅沢な温泉、湯の峰の御利益を100%味わえる、硫黄泉の湯の花とぬるっとした源泉ゆずりの感触、やっぱりえ〜わ〜。

 初めの計画では熊野から奈良方面に抜けて名古屋へ帰る予定であったが、メイン国道168号の二か所の通行止めに引っかかってあえなく断念、さらに玉置神社にも行けず今回のツーリングは「道路の神様」に見放された感があった。二度あることは三度あると自分に言い聞かせていたけど・・・

 気持ちよく湯船に入っていたら、「バイクで来たお客さん??」みたいに従業員の人から声を掛けられ・・・「あそこにバイク停めてもらっては困るんですよ・・・周りの住人がうるさくって、」なんてお叱りを受ける。湯の峰温泉は学生の頃から来ていて勝手知ったる部分があるので、
まさかの駐車禁止??のチョンボだった。反省しつつも、今日三度目の災難に呆れてしまった。



a0339187_07485954.jpg
鬼ヶ城歩道トンネル


 湯の峰温泉にも浸かったので、本日の行きたいところははこれにて終了、あとは家に向かって走るだけ。お金のかかったトンネルを幾つかやり過ごし、至極快走の奥瀞169号線を突っ走る。熊野市は小さいけど味わいのある町、西から東へこの町を抜けるときにはぜひ寄ってみたい鬼ヶ城歩道トンネル。大正14年に竣工された当時では珍しいクルマ・歩行者用のトンネルだ。煉瓦造りとその大きさ、延長500mを越える堂々さなど、とても味わいがある。二股隧道や旧伊勢神トンネルなどで感じるジメジメさは全くなくって、暖かい人の気配を感じられるものだ。


a0339187_07491036.jpg
鬼ヶ城海岸


 鬼ヶ城隧道を越えるとそこはもう海、国道42号と合流して鬼ヶ城への分岐部だ。海の色は梅雨に入ったにも関わらず蒼く澄んでいた。もうすぐで海水浴シーズン。このあたりの海岸でのんびりビールでも飲んで日光浴をしてみたいなあ。


a0339187_07492294.jpg

 災い三度あることは、四度ある?? 友人宅によってお見舞いとお守りを渡して最後のミッション終了、友人夫婦に見送られ格好良く出発したんだけど。。。程なくして「あれ〜っ!!」て気づいて振り返れば案の定・・・・・後ろのシートはひらひらとネットが舞うだけで、自宅へのお土産はもぬけの殻・。友人に1つ渡したのはいいけど、残りの荷物にネットをかけず走り出してしまったのだ。きっと友人宅500m以内に小生の落とした「めはりづけ」とお風呂で使ったタオルが路上に落ちていただろう。

小生的には冴えない事が続いた熊野三山ご祈祷ツーリングではあったけど、災いを小生が一手に引き受けたと思えば、
病と戦っている友人たちに御利益があることを願ってやまない。

 日があるうちに帰宅するようにしているが、今日は寄り道もあってすっかり日が落ちていた。お土産落とした事件は家族に受けたけど。。。家内にはひどく残念がられ。。。再度「めはり漬け」を通信販売で手に入れなおす羽目になった。







by akane8150 | 2017-06-26 10:14 | Motorcycles | Comments(4)

XT250 セロー 10 内ヶ谷開拓地 西峠 川浦渓谷 タラガ峠 大谷大栃林道 亀尾島林道



 前回のセローツーリングで宿題になっていたタラガ峠、あまりに天気がよすぎるので、予定してなかったけど行ってみることに。地理院の地図を何枚かコピーして出発。

a0339187_12331723.jpg

a0339187_11412550.jpg
a0339187_11413880.jpg
板取 モネの池


 名古屋から東海環状自動車道で関広美までワープ、そこから県道59号の坂の峠を越えてR256号で板取川を北上する。この道はやがては西峠を越えて岐阜大和へ抜ける古くからの街道。

 行きがけに「モネの池」に顔を出してみた。数年前にはなーんにもなかったのに、いつからか人がわんさか訪れる観光地。村の鎮守、根道神社の境内前にあるのでお宮の池かと思っていたが、灌漑用の貯水池でわき水が源となっているそうな。隣で花苗を営んでいる住民が池を掃除して睡蓮などを植え、村にいた鯉をここに放したのが20年以上前、それが最近のSNSなどで広まったのが現実のようだ。

確かにきれいだけど、わき水の池に鯉が泳ぐ姿はそれほど珍しくも無いだろうが。。。とにかく人がやってくる。



a0339187_11460338.jpg
湯元すぎ嶋


 今回の第1の目的地は、未踏である県道52号の西峠より北の内ヶ谷方面を探検すること。川に沿って上がってゆくと板取の村落もまばらになり分岐路の島口に到達。ここに「日本秘湯の会」の湯元すぎ嶋があり、気になっているお宿。お湯はどんなんだろう?お昼ご飯も頂けるようなので、家族を連れて再訪してみたい。


a0339187_11415245.jpg
三洞


板取川上流で最後の部落がある三洞、ここにはこの先の道路案内もあり。表示はもちろん通行止め、いけるだけ行ってみる。


a0339187_11420662.jpg
西峠


 ここまでは来たことがあって、その時はバリケードでこの先が閉ざされていた。それが今回は通行止めの看板だけで道路は全くのオープン! さて、どんな景色がまってるんだろう??


a0339187_11452582.jpg
内ヶ谷ダム予定地方面


右手に内ヶ谷川をみつつ、舗装された県道52号はくねくねと続いていく。狭いながらクルマが通行するには不自由なく整備されている。


a0339187_11444846.jpg
内ヶ谷


 大きく屈曲する川辺には平坦な領域があって、このあたりに内ヶ谷の村落だあったんだろうか。この内ヶ谷の村落もとっくに離村しているが、最後までクルマ道が入らなかった真の秘境であったようだ。すでに内ヶ谷川ダム建設が始まっており、この村落後が排土の置き場所となっているようで、ダンプカーが連なって土砂を運んでいた。


a0339187_11430597.jpg
内ヶ谷 県道52号通行止め


 西峠からくねくね7kmほどで通行止めとなっている。このすぐ先で内ヶ谷川沿いの県道315号が分岐し、それを直進すると大和黒田の方面に抜けることができるはず。


a0339187_11431938.jpg

 内ヶ谷ダムの建設のために、この周辺は立ち入り禁止となっている。ダンプカーなどの工事車両は大和川から内ヶ谷トンネルを抜けて、この内ヶ谷川に進入するようだ。平成35年がダム竣工予定となっていて、その際にはこのあたりの通行も容易にはなるだろう。


a0339187_11433769.jpg
黒田亀尾島林道


 まずはここまで進入できたことで満足していたが、さらに「内ヶ谷開拓地」に通じる林道が開いている!! 国土地理院の地図に「開拓地」とだけ書かれたこの上流にすごく興味があって。。。本日第2の目標、ついに現地をこの目で見ることができる。入り口には「黒田亀尾島林道」の表示、しかしこの先は亀尾島とは反対方向だ。開拓地に続く林道の名前にはふさわしくないようにも思える。


a0339187_11441758.jpg
a0339187_11435876.jpg
開拓地


 林道に入るとグラベルになるが、踏み固められた走りやすい道。4kmほど先で二股に分かれ、それぞれがゲートで閉じられていた。このあたりが「開拓地」と云われる地名のようで、コンクリの遺構やさびた橋などの遺構が残っている。

 開拓地は戦後に入植されたようで、昭和46年ごろに近隣の上会津などと共に離村された。ここに入植したのはわずかに6戸、それでも小学校の分校まであったようだ。夏はよいとしても、冬は雪に閉ざされ人里から遠く離れ、非常に厳しい環境であったことは容易に想像できる。

この北側の山を越せば九頭竜ダムはすぐ近く、ずいぶんと北上してきたものだ。



a0339187_11462385.jpg
板取川温泉


 奥地の板取、唯一と云えるくらいの規模と集客できる施設。食事もいろいろ選べるし、お風呂もアルカリ泉だ蕩々と流れる贅沢な温泉。遠方からもこのお湯を求め、他県ナンバーのクルマがいっぱい。

もうすでにいろいろ冒険できたので満足していたが、ここからさらに板取川源流の川浦渓谷に分け入ってみた。



a0339187_11463820.jpg
a0339187_11513007.jpg
川浦渓谷


 4kmほど上流に行くと川浦渓谷(かおれ)の案内あり。新しいトンネルの手前、旧道に入り込むと岩壁が左右から迫る峡谷になっていた。道路から下を覗くと。。。深い峡谷の底はさらにV字谷となり絶壁の底をエメラルドグリーンの川が流れていた。そうだな〜ミニ高千穂峡ってな感じかな。はじめてきたけど、なかなか見応えのある景勝地。



a0339187_11521032.jpg
a0339187_11521881.jpg
銚子谷林道


 川浦渓谷を過ぎるとすぐに林道ゲートがあらわれる。ここから先は銚子谷林道と名前を変えて福井県との県境の源流まで続いているが、ゲートから3kmほどでトンネルとがっちりゲートで閉鎖されていた。すぐ先の峰は分水嶺で日本海側の福井がその向こうに。人を寄せ付けない秘境中の秘境である川浦ダムもお隣の山、地図を見るとすんごい山奥に来てるんだと実感した。


a0339187_11523541.jpg
タラガトンネル(板取側)


 県道52号を折り返して、本日第3の目標、タラガ峠に向かう。この立派なトンネルができるまでは、旧道の峠を越えるしかなかった。10年前に開通したトンネルは全長4571mで、一般国道のトンネルとしては日本で2番目にながーいようだ(一番 高知寒風山トンネル5432m)。


a0339187_11524678.jpg
旧256号 タラガ谷(板取側)


 トンネル入り口、南側の集落よりタラガ谷に通じる山道が始まる。厳重なゲートと通行止めの表示であるが、今日はクルマも通れるほど開いている。上からも軽自動車が下りてくるのを見て登坂開始。


a0339187_11530292.jpg
a0339187_11534068.jpg
a0339187_11531817.jpg
タラガ峠


 狭いながらも舗装が整った1.8車線をキープして登ってゆく。カーブが厳しいわけでもなく絶景が望めるわけでもなく、沢沿いに道が延びている。部落から約5kmであっけなくタラガ峠に到着。樹木に被われた切り通しの峠、初めての来訪で雰囲気をじっくりと味わう。トンネルが完成するまでは、旧256号としてこの道が生活路として頼りにされていたわけだ。


a0339187_11540829.jpg
タラガ谷大栃林道入り口


 地理院地図ではこのタラガ峠から尾根伝いに北上して東の亀尾島川に抜ける林道を見つけていたので、未踏のこの道に挑戦。分岐部は峠の板取側にあって、通行止めなど規制看板や林道名などの表示は見つけなかった。


a0339187_11542320.jpg
a0339187_11544036.jpg
a0339187_11545779.jpg
板取 ミオ


 1車線のグラベルが尾根の西斜面にそって続く。数カ所の崩落場所があり重機が入って通行可能になっている。倒れかけた木や路面状況からは、ほぼ廃道状態にあるように感じた。新しいクルマの轍もバイクのタイヤ跡も見かけない。初めての探訪なので慎重に登ってゆくと一人のハイカーとすれ違う。エンジン駐めて挨拶とこの先の道を聞いた。多分抜けられるだろうとの返事、お礼を言って分かれたが、前後20km以内に駐車したクルマを見かけていないし。。。 あの初老のハイカーはどこから来てどこまで歩くのだろうと後になっていぶかしくなった。お山の神様の化身だったんだろうか(^^)。

 地図で記載されている「ミオ」はこのあたり?深くて鋭い谷沿いだけで、村落があったような気配も無い。谷底にも道も載っていない。ネーミングを含めて分からないことだらけ。


a0339187_11551853.jpg
タラガ谷大栃林道終点


 林道は果てしなく続くように思え、突入20km手前で分岐部を迎えた。ここにはゲートがしつらえてあって、走行してきた林道への進入を拒んでいた。


a0339187_11552965.jpg
大谷大栃林道


 大谷大栃林道に出会してこれを右折、見事で味わいある切り通しを抜けて東に山を下ってゆく。ここも未舗装で荒々しいグラベルが続く。路面は雨水で剔れている所も多く、ジムニーなどの小型4駆じゃないと辛いだろう。人の気配を全く感じない寂しいところ、もちろんスマホもエリア外で絶対にトラブルを起こしたくない山奥だ。


a0339187_11554133.jpg
大栃


 沢に沿って山を下りてくると拓けた場所に廃屋を見かける。林道の名前になった大栃の村落跡だ。ネット上で探してもこの大栃のことはあまり出てこない。名前からしてきっと立派な栃の木があったんだろう、それにしてもよくもこの山奥で生活を維持できたものだ。自給自足ができないと生きてはいけなかっただろう。


a0339187_11555369.jpg
a0339187_11561387.jpg

 通行止めの看板を幾つかやりすごすが、通行には支障なく未舗装路を走り続ける。終点近くは一気に斜面をくだりヘアピン続きとなっていた。そこは規模の大きな崩落跡の工事現場だった。一つの崩落で3筋の路面が削り取られたのであろう、平日であったこともあり、工事中の作業員の横をぺこりと挨拶しながら通らせてもらった。


a0339187_11562551.jpg
大谷大栃林道終点


 工事現場をすぎるとすぐに林道終点となる。がっちりとバリケードで通行止めをされていて、こちらから進入しようとは思わないだろう。タラガ峠の分岐からここまで約30kmほど、秘境感たっぷりのタラガ谷・大谷大栃林道であった。未知の大谷に通じるルートを含めると未舗装路をたっぷりと味わえる林道だ。


a0339187_11570415.jpg
亀尾島林道


 ここまで来たので、内ヶ谷ダムの下流をどこまでさかのぼれるか試してみた。亀尾島林道と名の付いたこれまた未舗装の林道を上がってゆく。やがてネットで見たことのある廃墟、山奥に忽然と現れる建物は異様な雰囲気だった。


a0339187_11565457.jpg
a0339187_11572524.jpg
a0339187_11573898.jpg
亀尾島林道 行き止まり


 亀尾島林道は小生にとっては初林道、だけど未舗装で水たまりや泥でぐしゃぐしゃは余分・・・この上流には内ヶ谷ダムの建設現場があって、さらにその先には午前に終点を確認した県道52号の通行止めになる。7kmほどバイクを汚しながら進むと白沢林道の分岐を越してほどなく、絶賛工事中の現場で行き止まり。地図で確認するとこのあたりから点線になっていて、元来車道はここで終わっているはず。ダム建設のために道路を作っているんだろうか?
 いずれにせよ、秘境たっぷりの行き止まりまで探検できて満足、今日はタイミングもよかったのか、初めて通った林道を幾つか経験できた。


a0339187_11575031.jpg

 大谷大栃林道、タラガ谷大栃林道は予備知識なく突入したけど、帰宅後、Web上で調べてみるとセロ尾さんのお仲間の山神さんが「新・山神のブログ3」(http://poseidon2693.blog.fc2.com/blog-entry-2.html)で過去、現在にわたり取り上げているのを見つけた。探検する前に情報を入手したいのも山々だけど、地図の上だけでは林道の名前が分からないので検索することも叶わない。同好の仲間が探して尋ねる場所はやはり同じのようで、先達の行動力や探求心はさすが!! けど、このような秘境の林道探索の単独行は避けた方がいいと重々承知しているが、、、同好の人たちはどうしてるんだろう。



a0339187_11581591.jpg

 セローのお尻痛い対策に「ワイズギア ツーリングシート」を試してみた。座る部分のクッション剤が厚く硬めになっているものだ。ノーマルで2時間と保たなかったお尻が、休憩しつつ一日我慢できたってくらいの効果はあり。しかし帰る頃には尾骨の鈍痛はあったし、ずっとスタンディングポジションを取りたい気分だった。この秋には1週間ほど休みを取って東北を巡ってこようと画策中、気楽に動ける相棒としてセローを考えているが1週間の旅にお尻が堪えられるかどうか、、、。Ripさんのようなゲルザブトンをツーリングシートの上に貼り付けるのが究極か??





by akane8150 | 2017-06-14 12:46 | Motorcycles | Comments(4)

MT-01 OS 28 R152号 中央構造線 2017.6 その2 地蔵峠 兵越峠



中央構造線 2017.6 その2

a0339187_16555138.jpg
地蔵峠 標高1314m


 青木川にそって上流を目指すとつづら折れが始まってやがて地蔵峠に到着する。ここから先のR152号は人だけが通れる登山道に。。。代わりの蛇洞林道が迂回路として太平洋側に続いている。それを知らないと、峠を越えたはずなのにまだまだ登ってゆく道に??と思うはず。

画像のカーブミラーの横から登山道に分け入ると名の通り、お地蔵さんが祭られている。そこを南に下れば本来のR152号が山道として続いている。


a0339187_16561177.jpg
a0339187_16562441.jpg
伊那山脈(大西山 鬼面山)


 蛇洞林道はぐんぐん高度を上げて南に向かう。谷のむこうには伊那山脈がまっすぐに剣を伸ばしている。頂が目の高さだったのがどんどん眼下に見えるようになってゆく。標高は1500mを越えて日陰の風が冷たい。

 伊那山脈最高峰の鬼面山は地蔵峠から山岳路2時間半で頂上に達する。山頂の展望台からは360度のパノラマ絶景が見えるとヤマレコにあった。地蔵峠までクルマできて、日帰りハイキングに行ける行程なので紅葉の時期に来たら素晴らしいだろう。


a0339187_16564945.jpg
a0339187_16575316.jpg
しらびそ高原 標高1900m


 蛇洞林道から分岐してさらに登ってゆくとしらびそ高原に至る。林道をそのまま南進して上村にぬけるのに15km、しらびそ高原と下栗の里に寄り道すると25km、くねくね林道が続くので距離差以上の遠回りを感じるが、天気のいい日のしらびそ高原は外せないポイント。春にRZで来たばかりであるが今回も来てしまった。


a0339187_16571153.jpg
南アルプス 赤石山脈


 南アルプスの赤石山脈 連峰が目の高さに広がる絶景。クルマやバイクで体験できる峠の景色、いろいろあるけどここのしらびそ峠、しらびそ高原は抜群にお勧めだ。新穂高ロープーウエイの山頂駅からの穂高連峰もこれ以上のスケールで感動するが、しらびそはクルマで上がってこれるところが大違い。展望が望めるような日にこちらに来た際には、外せない、外しちゃ勿体ない景勝地。

 宿泊もできるハイランドしらびその食堂で昼食の後は、しばらくお山を見ながらの休憩。午後1
時に南アルプスエコーラインと名の付いた林道使って下栗の里に出発。



a0339187_16581845.jpg
a0339187_16583145.jpg
a0339187_16584486.jpg
御池山クレーター


 しらびそを出て程なく 御池山クレーターの看板にであう。この林道の裾の部分が扇状に凹んだ沢を形成してその特異な地形にハイカーが気づいたところから、この隕石落下の名残が見つかった。スケールがでかすぎで、現地に立ってみてもクレーターの実感はわいてこない。案内によるとそ数万年前に直径40-50mの隕石が東方面からこの御池山の中腹に落下して約1kmのクレーターを形成したらしい。もしも現代にそのような大きさの隕石が落下したならば、原爆クラスの破壊力、影響力をもって人間の生活に悪影響を起こすらしい。これが直径10kmを越えるようなら、過去の地球史に登場するような種の絶滅をもたらすケーオスになる。

 アニメの「君の名は」で隕石落下はキーワードになるけど、御池山の隣県である岐阜が設定されてるあたり、この御池山クレーターも脚本に織り込まれているのかもね。


a0339187_17054844.jpg
a0339187_17063394.jpg
a0339187_17070206.jpg
a0339187_17064094.jpg
下栗の里


 南アルプスエコーラインを下りてくるのにいい加減飽きてきた頃にやっと下栗の里に入り込む。典型的な山岳村落である下栗の里は、縄文の頃から人が住み、近世では遠山氏の所轄となるも木材や鉱物資源などのために江戸幕府直轄領であった。

 里の東西距離500m対して、高度差は200m !! 斜面にへばりつくように集落があって、その中を切り返しが必須のヘアピンカーブの狭い路地が続く。深い谷の向こうもくっきりと見え、東には赤石山脈がどーんと控え、「日本のチロル」とも呼ばれている。

 10年ほど前から、駐車場や展望台などが整備され、一躍観光客の押し寄せるようになった。しかしバイクを止めて景色を眺めていると風の音だけが聞こえて、人の気配を感じない静か〜な集落だ。村民はなにしてるんだろう、畑にでも行ったのか、お昼寝タイムなのか?


a0339187_17071622.jpg
道の駅 遠山郷


 しらびそ高原から40分かかって、やっとセンターラインのある国道152号の道の駅、遠山郷に到着。バイクを止めて缶コーヒーで一息、ベンチに座って青空を眺めた。朝からずっと晴天、日差しは強いけれど日陰に入ると乾いた風が寒い。

 茅野で満タンにしていたが、150kmをこえてそろそろガス欠が心配になる。遠山の前後50kmほどには日曜営業のGSが無いので、ここで給油は必須。頼りにして寄ってみたが、ロープが張ってあり休業。。。ガス欠が心配ならばここで右折して、平岡経由で天龍村に抜けるのだけど。。。リザーブを見込めばあと80kmくらいは行けるだろうと踏んで、勇気を出して計画通り青崩峠方面に向かう。



a0339187_17074337.jpg
青崩峠を望む


 遠山を南進するとR152号は行き止まりとなり、変わって兵越林道が峠にむかって山を登り始める。道が無い青崩峠も、三遠南信自動車道としてトンネル掘削が始まっている。崩れやすい岩盤であることは承知の上の難工事と云われている。いつかは「浜松いなさ」から「信州飯田」まで高規格の自動車道が完成するわけだ。陸の孤島と云われるこの地が拓けると同時に、小生のあこがれるR152号も冒険心を掻き立ててくれる対象では無くなってしまいそう。


a0339187_17082697.jpg
a0339187_17084279.jpg
兵越峠 標高1165m


 木立の中をぐんぐん登ってゆくと奥行きのある切り通し、兵越峠に到着。茅野を出てから6時間で最後の峠を乗り越えた。浜松市と飯田市の県境であり、「峠の国盗り綱引き合戦」を毎年秋に行って非公式な国境を決めている。訪れたときは目盛り4つ分だけ浜松側に国境が入り込んでいた。浜松市の負け越しが4つ。。。そろそろ挽回しないと目盛りの木も足りなくなっている(^^ゞ。昨年度は30周年であったようで石碑も建てられていた。

 この峠で写真をとっていたら、軽トラのおじいさんがわざわざクルマを止めて話しかけてきた。「さっき追い抜かれたときに、聞いたことの無い大っきな排気音、どこのバイクだね?」なんて、とても地元のじいさんらしからぬ言葉をかけていただく。「こりゃ、空冷2気筒か??」なんて質問もするくらいだから、バイク乗りの大先輩なのかもしれない、そこのところ聞きそびれてしまった。


a0339187_17085409.jpg
水窪駅


 峠をこえればあとは水窪までノンストップの快適な下り道。民家も増えて秘境から脱した感あり。水窪駅は町の高台にあって静かな駅だ。なんと2015年度駅の一日の平均利用者数 55名!! 20年前の1993年には720名であったのに。


a0339187_17091018.jpg
秋葉ダム


 秋葉ダムに差し掛かる頃には、周囲はすっかり街の態をしていて緊張感も抜け気味。ツーリングの後半で、この前後のR152号は変化も少なく睡魔に見舞われる。トンネルの中に出来た分岐部を左折して秋葉ダムで休憩眠気対策。ここは時期ともなると桜並木が見事で多くの人が訪れる。


a0339187_17104031.jpg
a0339187_17093955.jpg
天竜二俣 行者尊


 リザーブランプが付く前に、茅野から天竜二股までの220kmの走行でやっとGSで給油ができた。このGSは日曜でもやっているので、よく利用させてもらってる。このGSを頼って山奥から来たことを伝えると、主がしたり顔でガソリン満タンにしてくれる。

 二俣川は洪水を防ぐために、岩山を切り通して川の流れを変えている。人為的に切り取られて残った小山に鳥居がかかっているのが気になって今回はちょいと寄ってみた。鳥居のさきの急なコンクリ階段を上がってゆくと修行者の役小角を祭ってあった。真下に流れる川の淵が真っ青に、町を高台から見下ろして眺め良好。役小角は奈良時代の修験道の開祖とされる人物だ。


a0339187_17095219.jpg
筏問屋 田代家


 天龍二股の町では、史跡筏問屋の案内を発見して寄り道。関所のような重厚な門構え、建物もどっしりした風格のあるものだった。田代家は徳川家康から御朱印を与えられた旧家で天竜川水運の商いを担った名家。2代目九郎左衛門の子の孫丞(まごのじょう)が家康を筏で助けたのがきっかけという。天竜川を流れてくる木材を一手に引き受ければ、さぞかし大きな商いをしていたんだろう。


a0339187_17100339.jpg
鳥羽山洞門


 田代家をでて程なく出会った味わいのある隧道。鉄道が近くを通ることもあって旧鉄道の隧道かと思ったが、後学では明治時代に作られた道路隧道であったようだ。古びたレンガがいい感じ、明治22年から100年以上も現役で利用されている。


a0339187_17101449.jpg
天竜二俣駅


 中央構造線の終点は天竜二股駅として記念写真。茅野を9時に出発、220km縦走をして午後3時半に天竜二股に到着。無事に完遂できて達成感に浸る。今日はずっと晴天のまま、メット越しに日焼けをした。


a0339187_19024748.jpg
a0339187_17110591.jpg

 新東名を西に向かって自宅に5時半に到着。十分に日が高いうちに帰宅することができた(本日の走行距離540km)。振り返って、このルート、やはり面白い。あらわれる景色も乗り越える山道も毎度わくわくさせてくれる。次回は紅葉真っ盛りの秋に訪れたい。




by akane8150 | 2017-06-11 09:43 | Motorcycles | Comments(3)

MT-01 OS 27 R152号 中央構造線 2017.6 その1杖突峠 分杭峠



 もう6月!! 沖縄は梅雨に入ったとかで、名古屋もそろそろ。。。んでもって、日曜のピーかん天気!! これは走りに行くべき、しかもロングに! ということで、金鯱ビッグマシン会の月例ツーリングをすっぽかして、今年最初の国道152号の縦走に出かけた。


a0339187_16422434.jpg
名古屋IC
a0339187_16423500.jpg
諏訪湖SA


 朝6時半に名古屋ICから高速に乗り、中央道を制限速度+αで北上。松川あたりで「生きのいいバイクたち」と絡み合いながらのヒートアップで予定よりも早く諏訪湖SAに到着、初休憩。約200kmの一気走行もMT-01ならストレス無し、セローだと3回ほどの休憩がいるだろう。。。お尻が痛くなって保たないのだ。(>o<)


a0339187_16425205.jpg

 茅野ICで下りてガソリン補給、ちょいと飛ばした区間もあったので、17km/Lも仕方が無い。1700ccのMT-01ではあるが燃費は意外とよくって、大人しく走れば20km/Lを優に超える。これに比して1/4にも満たない排気量のRZなのに16km/Lというガス食い、しかも2stオイルも燃やして走る。

いいよいR152号の交差点で南下を開始、名古屋を出てから2時間経過。


a0339187_16430575.jpg
杖突峠 標高1240m


 くねくね峠道を駆け上がると杖突峠だ。峠の茶屋があってコーヒー飲みながらテラス席での八ヶ岳の遠望と居心地は最高。しかし今日はまだ朝早くって準備中。地元の速そうなライダー達がすでにダベリングしていた。


a0339187_16433054.jpg
高遠


 杖突峠から緩やかにカーブを連ねて下ってくると右手に駒ヶ根がきれいに見えてくる。花菖蒲も沿道で咲き誇り、とてもいい光景。とくに登りのストレートで見通しがよく飛ばしそうになる状況だけど、道の反対側には・・・


a0339187_16434283.jpg

 なんとまあ、ねずみ取りを模したようなマネキンおまわりさんとパトカーの看板。初めて遭遇したときは滅茶どっきりした。。。心臓に悪いわ!

a0339187_16440112.jpg
高遠城址公園


 山手にあるお城あとは公園になっていて、春にはタカトオコヒガンザクラが1500本咲き誇り、全国サクラ名所100選に選ばれる。今年は4月20頃が満開を迎えたようで、多くの観光客でごった返したのであろう。。。今は静かすぎて春の喧噪が嘘のよう。


a0339187_16442841.jpg
道の駅 南アルプスむら長谷


 ここで一息休憩、こじんまりとした道の駅だけど芝生の庭やジオパークの展示などがあって気分のいいところだ。ホンダグロムの青年と言葉を交わす。地元のナンバーの彼は、グロムはまだまだ慣らし運転中で速く走ってみたいなんて缶コーヒー飲みながら話してくれた。いつかでっかいバイクで遠出が出来るといいね〜ってな話の締めくくりだった。


a0339187_16452021.jpg

 いつもは横目で見ながらパスしてしまう戸谷口を左折して南アルプス林道のマイカー規制の所まで足を伸ばしてみた。黒川に沿ってゆくと味のある隧道や強者のコンクリ橋にであう。途中には登山者用の広い駐車場を備えた林道バスの発着場があったりして南アルプスの麓にいることを実感できる。


a0339187_16445162.jpg
a0339187_16445737.jpg
戸谷大橋 南アルプス林道入り口

 
 国道から程なくしてしっかりとゲートで締め切られた南アルプス林道の入り口「戸谷大橋」に到着。ここから17km先、行程にして1時間で山梨県との境、標高2000mの北沢峠に到達する。以前、山梨側の林道バス起点の芦安まで行ったことがあるので、興味がわく。登山はしないけれども、北沢峠までこのバスに乗って一度でいいからいってみたいな。北沢峠ってどんな所だろう??


a0339187_16460848.jpg
三峰川


 再びR152号にもどって南下を再開。広い河原に比して水量の少ない三峰川は古来から洪水で悩まされた険しいところ、すぐ下流に美和ダムができたおかげで下流域の洪水の心配が解消された。このあたりは国道も大きなカーブを描いた快走路だけど、この先は分杭峠でだんだんと道は谷間の景色となってゆく。


a0339187_16462053.jpg
分杭峠 標高1420m


 茅野を出てから1時間半で2つ目の目標の分杭峠に到達。いつからか「地場ゼロ、世界有数のパワースポット」として観光客が訪れる場所となっている。「じゃらん」の説明書きによると。。「日本最大の断層、中央構造線上に位置し、断層の両側から押し合うパワーの拮抗によりゼロ磁場状態となり、気エネルギーが発生し集積すると考えられる。十数年前、中国の高名な気功師により発見されて以来、今では年間3万人以上が訪れる。冬は主要道路閉鎖のため行けないが、開通する3月中以降に大地のパワーを感じにゼヒ!」なんて壮大な触れ込み。麓からは村営のバスで峠まで、そこからちょいと歩いてパワースポットの場所があるようだけど、小生は行くモチベーションなし(^_^;。信じるものは救われるというのは大事だね。


a0339187_16464916.jpg
a0339187_16470243.jpg
矢立木 大鹿村天然記念物


峠から大鹿村の町並みまでは、こぼれ日の中を下る爽快な山道。気にはなっていたがこれまで素通りしていた看板を見つけてバイクを止める。対岸に渡るとすくっと伸びた大木と説明看板、樹齢500年のさわらの木で領主遠山氏がここに矢を射って吉凶をうらなったとか。近世になって伐採の憂き目に遭いそうであったのを村人達が守って現在にいたる。さわらの木のことはあまり知らなかったが、後学によるとヒノキに近い種であって枝の茂り具合が少なめなことで見分けがつくようだ。確かに幹や枝の張り具合がヒノキに比べるとスッキリしてその違いがわかる。


a0339187_08232598.jpg
鹿塩温泉 湯元山塩館


 大鹿村の集落から支流塩川沿いに上がった先にあるのが鹿塩温泉。立ち寄り湯で利用したことがあってお湯はしょっぱく海水の成分に近いそうだ。地名も川の名前も「塩」が採取できたことが由来している。中央構造線の地核変動の際に閉じ込められた太古の海水が噴出しているとも云われ、温泉好きには外れのない「日本秘湯を守る会」にも加盟しており、お湯と静かなたたずまいを大事にしているいいお宿だ。


a0339187_16471854.jpg
a0339187_08213642.jpg

 上は塩川にかかる宿に通じる橋からの写真、下は職場の自室に掛けてある風景画。絵画は飛矢崎文義さんの作品でタイトルが「大鹿村」、山の景色が緻密に描かれていて気に入っているのだけど、、、どこかで見た景観と思ってたのだが、なんとこの橋の上から西の方角をみた情景であったことに気づいた。ガードレールや電柱が省かれているくらいで、晩秋にきたらまさにこの景色になっているんだろう。


a0339187_16485154.jpg
大西山大崩落地


 昭和36年に大西山東斜面で大規模な山崩れが発生して、対岸の集落を襲い42名の犠牲者を出す大惨事がおきている。50年以上も経った現在でも復旧工事は継続され、中央構造線周辺のもろい地盤の恐ろしさを象徴している。


a0339187_16490520.jpg
大鹿村 ディアイーター


 6年前の映画「大鹿村騒動記」で原田芳雄がやっていた食堂は今も残っている。ロケで使われたのちはジビエ料理を出す食堂であったはずだが、いまも営業を続けているかどうかわからない。通りかかるたびに覗くのだが暖簾がかかっているのを見たことが無い。


a0339187_16493250.jpg
小渋橋から望む南アルプス


 映画ではこの小渋橋が幾たびか登場する。オープニングだったっけ、岸辺一徳と大楠道代がバスを降りて歩くシーンが記憶に残る。橋の上からは小渋川上流の赤石岳などが遠望できる、ホントにいい天気だ。


a0339187_16503517.jpg
a0339187_16234553.jpg
中央構造線博物館


 大鹿村のはずれにある博物館、敷地内に線が引かれていてまさしく「中央構造線」の境界だそうな。画像中心から川向こうの山にむかって構造線は伸びている。断層が乗り越える山端には断層鞍部と呼ばれる峠のような峡部ができるようで、目の前の山にも山端に凹みができている。


a0339187_16514845.jpg
a0339187_16524044.jpg
a0339187_16530115.jpg
安康露頭


 大鹿村近くの断層が露出している安康露頭にも立ち寄った。国道から川べりを降りると青木川の右岸に断層が見えてくる。向かって右の青っぽい壁面と左側の赤っぽい壁面は明瞭に違っておりその境が断層面だ。数千年前には活発に活動していたそうだが、歴史の残っている大規模災害として1718年の遠山地震(遠山郷)が知られており、マグネチュード7.0ほどの大地震の多くの崩落が村落をおそったと云われる。


a0339187_16512650.jpg
松下家 大鹿村引野田

 青木川沿いには目に付く看板があって、それが「松下家」。国道から100mほど上の山岳村落にあるお屋敷は、松本から伊那地方にかけての独特の建築様式で本棟作りと呼ばれていて、この松下家は戦国時代から続く豪農で、名主、地主をつとめてきた。なんと築200年の木造で重要文化財となって村が管理している。


a0339187_18291677.jpg
中央構造線縦走 前半


 大鹿の集落を抜けて南進し地蔵峠への登りが始まる。谷は深く道幅もクルマ1台分となり、バイクですら対向車との離合に注意しないと危険。交通量が多いので路上の落石も少なめだが、災害で通行止めとなることも多い区間だ。時刻も正午、走り出して6時間が経過、そろそろお腹も減ってきた。。。。その2に続く。。。





by akane8150 | 2017-06-06 18:48 | Motorcycles | Comments(0)
line

Golf Bike Cars and Beer


by akane8150
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite