小生の備忘録

akane928.exblog.jp ブログトップ

<   2018年 04月 ( 6 )   > この月の画像一覧

GL1200サイドカー 10 九州の旅 その5最終回 道成寺 和歌山ラーメン


a0339187_15393481.jpg
九州の旅 最終日の行程
a0339187_21554236.jpg
明石大橋


 上り神戸行き阪九フェリーは、8時30分に神戸に着岸の予定。うって変わって最終日の今日は快晴、朝食後にデッキに上がってみると、やがて明石大橋の下をくぐる場面がやってくる。アナウンスされた乗客もカメラをもって上がってきた。でっかい構造物がぐんぐんと迫って、真上を通り越し今度はどんどん遠ざかってゆくシーン、スピード感があってすっごく迫力、カメラでは表現できない。

a0339187_21561727.jpg
神戸港

 12時間の船旅も神戸に到着でおしまい、本州に帰り着いた。昭和の頃はこの近くの魚崎にフェリー乗り場があったのを覚えている。出発地についても、当時は小倉だったから関門海峡を船は毎回通過していたことになる。


a0339187_21564177.jpg
トラックデッキ


 さんふらわあ「あいぼり」が 9200t 、阪九フェリー「つくし」は 13300t と2廻り以上もでかく、トラックデッキもレーンが多い。車両同士の隙間も最低限、前後もぴったりで隙間なくトラックが詰め込まれている。最上フロアから車両甲板までメット、荷物を担ぎバイクの装備でながーい階段を降りるのは一苦労。実質5.6階立てのビルを上り下りするするくらい。


a0339187_17134558.jpg
六甲アイランド
a0339187_21583880.jpg
泉大津PA


 六甲アイランドに降り立ち、今日の第一目的地の京奈和自動車道路「紀ノ川PA」に向かう。同じMT-01乗りの仲間、Ripさんと合流して、和歌山近辺を走りに行く予定なのだ。阪神高速湾岸線で神戸から一気に和歌山目指すけど、どこかで休憩がしたいがなかなかパーキングが現れない。50kmほど走ってやっと泉大津のPAに滑り込んだ。


a0339187_21591100.jpg
道成寺駐車場


 紀ノ川PAには予定通りの時間に到着。すでにRipさんは待っていてくれた。ここからは2台で走行開始、これまでソロだったからなんだか心強い。Ripさんは岸和田にお住まいで小生よりもちょっとだけ先輩の、とても面倒見のいい御仁だ。関西に潜むMT-01の定例?ツーリングを毎度開催してくれているのもRipさんだ。Rip号は小生と同じ後期型、シルバーのフレームにオレンジの塗色が軽快な感じがしていいな〜。今日は不案内な小生のために同行してくれたのだ。頼りになります。



a0339187_21593471.jpg
道成寺石段


 道成寺の正面には、62段の石段があって昔から「のぼりやすく、おりやすい」と言われるそうだ。石段の高さや幅などに秘策があるのか、旧国鉄の技術者が測量に来たこともあったが、何も得ることが無かった。この石段には「錯覚を利用した視覚上の秘密があって、左右の土手の幅は平行でなく、奥が広くなっていている。これによって石段を上がる人からは、実際よりも石段の奥行きが短く感じられ、階段を上がるストレスが小さくなるという寸法だ。(道成寺ホームページより)



a0339187_21594766.jpg
道成寺本堂


 和歌山県最古の寺、天音山道成寺は大宝元年(701年)に創建された。講堂のご本尊として千手観音像(奈良時代・重文)が祭られているが、この観音様は、日本で最初か二番目の千手観音様で、1300年が経過している。。


a0339187_13032248.jpg
安珍・清姫伝説


道成寺は安珍・清姫伝説でもよく知られている。その次第が以下の伝承だ。
 時は後醍醐天皇(926年)、東北より熊野に参詣に来た大変な美形の僧侶がいた。中辺路の娘(清姫)は宿を借りた安珍を見て一目惚れ、女だてらに夜這いをかけて迫る。安珍は参拝中の身としてはそのように迫られても困る、帰りにはきっと立ち寄るからと騙して、参拝後は立ち寄ることなくさっさと行ってしまった。騙されたことを知った清姫は怒り、裸足で追跡、道成寺までの道の途中で追い付く。安珍は再会を喜ぶどころか別人だと嘘に嘘を重ねて逃げ出そうとする始末である。ここに至り清姫の怒りは天を衝き、遂に蛇身に化け安珍を追跡する。

 日高川を渡り道成寺に逃げ込んだ安珍を追うものは、火を吹きつつ川を自力で渡る蛇の姿である。仕方なく梵鐘を下ろしてもらいその中に逃げ込む安珍。しかし清姫は許さず鐘に巻き付く。因果応報、哀れ安珍は鐘の中で焼き殺されてしまうのであった。安珍を滅ぼした後、清姫は蛇の姿のまま入水する。

 蛇道に転生した二人はその後、道成寺の住職に現れて供養を頼む。住持の唱える法華経の功徳により二人は成仏し、天人の姿で住持の夢に現れた。実はこの二人はそれぞれ熊野権現と観世音菩薩の化身であったのである、と法華経の有り難さを讃えて終わる。(道成寺ホームページより)



a0339187_10271428.jpg
娘道成寺


 安珍・清姫伝説は形を変えて、歌舞伎舞踊の人気の演目「娘道成寺」となっている。伝説の後日談?、清姫の化身となった白拍子が新しく奉納された鐘の上に再び大蛇となって現れるという筋書き。日本舞踊を習う人たちの「娘道成寺」を舞う自身の写真が本堂にたくさん奉納してあった。


a0339187_12380237.jpg
道成寺 二代目の鐘


 道成寺の初代の鐘は、平安時代に安珍と清姫の事件で焼かれて消失。二代目の鐘は、天正13年(1585)の雑賀攻めの時に持ち去られ、その2年後に京都の妙満寺に奉納された。以来、道成寺には釣鐘は残されていない。絵巻物や能楽で有名になったために紀州から持ち去られてしまったわけだ。(道成寺ホームページより)


a0339187_10153387.jpg
入相桜


 本堂の脇の桜は、江戸時代の「紀伊国名所図絵」にも出てくる桜で、三十三本の支柱で支えられ、六間(約10メートル)離れた本堂の縁側まで枝が届くといわれた大木であった。道成寺では、釣鐘がなくなった後、鐘楼の跡を踏み荒らさないように桜が一本植えられたと言われている。夕方になり、「ああ、本当なら入相の鐘を打たねばならないのに」と思いながら僧侶達が見上げるうちに、その桜はいつしか入相桜とよばれるようになった。(道成寺ホームページより)


a0339187_10464579.jpg
日の岬 RipさんとRip号
a0339187_22011205.jpg
日の岬


 日の岬は、紀伊半島の西端に位置し、紀州灘と太平洋を望む高台にある。紀伊水道を見下ろす眺望はすばらしく、その夕陽は和歌山県の朝日・夕陽100選に選ばれている。Ripさんに連れられてこの岬のことを知った。Ripさんのお話だと地元ライダー達の冬期ツーリング先に使われるそうだ。同じように愛知も冬の間は比較的温暖な三河湾周囲しか走りに行けない。


a0339187_22013905.jpg
さんふらわあぱーる


 日の岬からくねくね海沿いを走ると由良の入り江にさしかかる。見慣れたさんふらわあマークのフェリーが係留されているのを見つける。さんふらわあの神戸 - 大分航路に就航していた「ぱーる」が昨年末のエンジン故障でずーっと欠航中だ。そっか、こんなところで修理しているんだ。


a0339187_22015791.jpg
a0339187_17091286.jpg
a0339187_22025834.jpg
a0339187_17080163.jpg
a0339187_22022418.jpg
白崎海洋公園


 太平洋にのびる群青の海と、太陽に照らされて白く輝く海岸線。”日本のエーゲ海”とも称される海岸は、地球の変動が生み出した太古の石灰岩の異様に白い岩肌が珍しい。セメント原料になる石灰岩、こんなに純粋なのによくも採掘の対象にならなかったものだ。伊吹山や藤原岳は石灰採取のために無残な姿になっちゃった。
 南からのアプローチはまだしも、北に抜ける海岸線の道路はかなり狭い。クルマの離合が困難なクネクネが続いていて、初心者のライダーを連れたマスツーリングだったら気を遣うだろうなあ。


a0339187_07453260.jpg
a0339187_22044058.jpg
和歌山ラーメン 泉南 泉善 


 Ripさんとの最終目的地は和歌山ラーメンのお店。和歌山ラーメンを食したいとお願いしてあって、ここに連れてきてもらった。看板には「和歌山ラーメン」なんて一言も書いていない。「中華そば」、良いじゃないですか(^^)。

 メニューも基本、中華そばだけのシンプルさ。@@系とか、和歌山ラーメンにはあるそうだが、名古屋人には区別が付かない。それよりもテーブルに置かれた「早寿司」「巻き寿司」「ゆで卵」が和歌山ラーメンらしさを感じる。ラーメンにお寿司とは、この地方の当たり前らしいが小生には新鮮。早寿司を2つも食べて和歌山を実感する。中華そばは豚骨醤油の細麺でお味がしっかりしていて旨い。Ripさん、ありがとう。これで和歌山の〆ができました。

 道に迷わないようにと近くのIC入り口までエスコートしてもらい解散。バイク同士の流れ解散って、手を振り合ったり、クラクションならしたり、一瞬でおわってしまうけど毎度素敵な場面だと思う。



a0339187_22071596.jpg
岸和田SA


 再びソロとなって、あとは一気に名古屋まで。まだ200kmはあるので岸和田SAに立ち寄ってガソリンを✓。GLのガソリンタンクらしく見えてるところは、物入れとエアクリーナーになっている。タンクはシート下にあって満タンで22L,、リザーブがなんと5L 。このようなツーリングだと13〜15km/Lの燃費、満タンで200kmをそろそろ越えるとリザーブになることを考えないといけない。
 バイクのリザーブ容量はおよそ50kmは走れる設定で作られている気がする。たとえば、MT-01がリザーブ3L で燃費20km/L、セロー250がリザーブ2L で燃費30km/L 。対してGLのようなツアラーはもう少し足が長く考えられているのか。アメリカ大陸のようなところだと、100kmさきまでガソリンにありつけないなんてあり得るだろうから。


 この旅では7回の給与を行ってきたが、各地のガソリン単価にも違いがあって面白い。ハイオクを用いたが、最高値が167円の長崎小浜、最安値は150円の熊本市内。やはり地方に行くほど高くなり、都市部では競争のためか安くなる。ただし、高速道路のSAは例外で概ね価格設定が高くって、敢えてSAのスタンドを使う必要はないだろう。

a0339187_22075455.jpg
御在所SA


 岸和田から鈴鹿周囲の自然渋滞を乗り越えて、ノンストップで三重県御在所SAまで走った。もうここまで来れば家に帰ってきたようなもの。いつものバイク用駐車場にとめてしばし休憩。1年後?には新名神が四日市から亀山まで開通して長年続いてきたこの場所の渋滞も解消されるだろう。そうすれば、名古屋から関西方面に向かうときに潜在的なストレスが減って、三重のゴルフ場に向かうクルマが増えたりするかもしれない。


a0339187_21565445.jpg
はぎ取れたくまもん


熊本で貼り付けた「くまもん」、屋内用であったのか、くまもんはどっかに行ってしまった。

 今回の走行距離1250km、往復ともフェリーを利用したので思いの外、少なかった。見切り発車で旅立った東北では、メジャーなトラブルも出て苦労したけど、少しずつ手をかけてきた甲斐もあって今回の九州で元気にGLは走ってくれた。走行の楽ちんさ、荷物を気にせず搭載できるところなど、GLサイドカーはロングツーリングにとてもいい。日帰りツーリングでクネクネを堪能するにはMT-01、泊まりの旅にはGLといった使い分けが定着しそうだ。

 さて、次はどこへGLを連れて行こう? 久しく訪れていない壱岐対馬か、佐渡島、それとも能登半島1周などなど、考えるのが楽しみだ。



by akane8150 | 2018-04-18 08:27 | Motorcycles | Comments(8)

GL1200サイドカー 10 九州の旅 その4 緑のトンネル雲仙鉄道 元祖長浜屋 関門橋


a0339187_10532251.jpg
九州の旅 4日目の行程
a0339187_10550957.jpg
雲仙 湯元ホテル


 今日もいろいろ寄りたいところがあるので、7時からの朝食は一番乗り。いつもの習慣か、6時には目が覚めてしまうので、朝風呂ものんびり味わった。親しくなったフロントマンがお見送りと写真を撮ってくれた。「また、来ますからね〜。」 天気は雨雲がときどき流れてゆくので、いつでもカッパを出せるようにして出発。


a0339187_21395078.jpg
 雲仙ゴルフ場


 7,8年前にここでプレーしたことがある。1913年(大正2年)開場した雲仙ゴルフ場は手作りため、フェアウェイですら凹凸のある自然たっぷりのコースだった。キャディを付けなかったのでラフではもちろん、フェアウエイでさえボールを見失ってばかりだった覚えが。ワイルドな味わいで面白かったな〜、ボール幾つ無くしたんだろう。


a0339187_21403574.jpg
天使のはしご


 島原へ降りてくると島原湾が見渡せる。ちぎれた雨雲の切れ間から太陽光が柱のようになって、一部分の海面を照らしていた。気象用語では「薄明光線」と言われ、一般的には「天使のはしご」光芒」と呼ばれる。神秘的な景色だけど、雨雲が厚くって天気が不安定なことを示している。


a0339187_21405028.jpg
旧大野木場小学校


 雲仙普賢岳の平成3年(1991)の大噴火によって、近辺の民家153棟もろとも被災した「旧大野木場小学校」の校舎。いまも当時の災害を伝えるためにそのままの痛々しい姿で残されていた。児童などは避難しており人的被害はなかったが、校舎は400度ともいわれる火砕流で焼かれ、運動場の砂が熱で蒸発してしまった。特に6月3日の最大規模の火砕流では43名の命が奪われた。30年経った今は、周囲には畑や住宅がひろがって、ここで大惨事が起きたとは思えない。


a0339187_21411919.jpg
口之津港 島鉄フェリー乗り場


 雲仙の宿を出てからは、島原経由で左に海を見ながら南下する。この日のメインは「天草」巡りで、とても楽しみなルート。学生時代に来た覚えがあるだけで、今回はじっくり観光しようと考えていた。

 島原でゆっくりしすぎた事もあり、時間が押していた。フェリーに乗る時っていつも時間に追われているような気がする。気をもみながら15分前に乗り場にやってくると・・・
 フェリーは着岸しているが、待機するクルマの姿が皆無でゲートにはロープまで張られている。おかしいなあ? レインコートを着た係員が「欠航です、午後もどうなるか分かりません」って教えてくれた。「え〜〜っ」てな感じで路頭に迷う。波浪のために欠航のようで、ほかに天草へ迂回するルートもない。

 しばし思案。夕方には新門司に着けばいいから、どこかを回って行こう。平戸方面は4年前に巡ったし、佐賀方面は今ひとつ興味がわかない。阿蘇や別府はもういいし。。結局、太宰府・博多・門司あたりを巡っていうことにした。



a0339187_21415467.jpg
加津佐 岩戸山
a0339187_15581897.jpg
加津佐道路公園
a0339187_21422182.jpg
南串木 西浜
a0339187_21425197.jpg
a0339187_21430982.jpg
雲仙鉄道 緑のトンネル


 天草湾を左に見ながら、北上する。途中には「加津佐」「南串山」など荒々しい海岸線や段々畑がひしめく丘陵が続く。やがて華やいだ温泉街の小浜に戻り、これで朝から島原半島を半周回ったことになる。

 国道沿いに「緑のトンネル、温泉軽便鉄道」って、とても気になる案内があったので寄ってみると・・・海に沿って緩やかにカーブを描きながら1,5車線の舗装路が続いている。ながーい切り通しの直線に差し掛かって、なるほど合点がいった。いかにも鉄道跡の風情に木々や蔦が天井を被うように茂っている。まさに「緑のトンネル」、真夏にもなると下のようなうっそうとした木々に囲まれてますます美しくなる。


a0339187_14403912.jpg
小浜温泉観光協会より
a0339187_21432375.jpg
a0339187_21433610.jpg

 鉄道規格の細長いトンネルも幾つか残っていて、廃墟マニアも気になる遺構だろう。道路幅が狭くで待避カ所もとても少ない。対向車が来ないことを期待しつつ、でもついに軽自動車と鉢合わせ。GLサイドカーの車幅は1.7mあって、Zロードスターとほぼ同じ、対向車は軽自動車だけどすれ違いは不可能。身振りで合図して後ろに下がってもらうことに。運転する女性は。ふらふらしながら50mほどをバックしてくれる。

a0339187_21441806.jpg

100年前の蒸気機関車 (千々石(ちぢわ)deその日暮らしさんより)


a0339187_21443693.jpg
肥後小浜駅(歩鉄の達人さんより)

a0339187_21073820.jpg
ふるさとの蒸気機関車さんより


 雲仙鉄道は大正末期の温泉軽便鉄道と小浜地方鉄道がつながってできたもので、長崎から小浜温泉へ通じる観光や物資の輸送目的で作られた。しかし、小浜温泉街まで線路が入っていなかったこと、自動車の普及などで20年も経たずに戦前に廃止されている。この線路跡は今は県道201号線となって、住民の生活路となっている。通りすがりの小道ではあるが、なかなか見応えも有り、後学の甲斐のある雲仙鉄道であった。


a0339187_21451384.jpg

千々石展望台



 天気予報では雨は上がると言っていたのに、時折どばーっと降ってくれる。今日もカッパと長靴のお世話になっている。こんな姿でも、トイレはもちろんドライブインや観光地にも普通に入っていけてしまう。だんだんと恥ずかしさも薄れ、利便性だけを追求している。



a0339187_21460532.jpg
a0339187_21465846.jpg
太宰府天満宮


 予定変更を決めた口之津のフェリー乗り場から小浜を経て諫早ICから九州自動車道にのり、120km先の太宰府に到着。ここに寄るのは3回目。人が多いので好きなところじゃないけど、天草に行けずほかに思い浮かぶ所が無かった。。娘の受験合格のお礼と旅の安全をお祈りした。いやはや、ここも大陸からの人たちが多すぎる、参拝者の半数以上が外国人のよう。


a0339187_21480019.jpg
a0339187_21481046.jpg
元祖長浜屋


 麺類が大好きな小生は、遅めの昼ご飯のためだけに博多市内に向かった。「一蘭」「一風堂」などのメジャーなお店は名古屋でも食べることができるが、長浜ラーメンといえばこのお店が思い浮かぶ。長浜にはいくつもお店があって、どこに入るか迷ってしまうだろう。
 今の新店舗よりも、交差点の角地にあった頃のぼろい店舗のほうがそれっぽくて良かった。その頃は24時間営業していたはず、今は朝6時からで客層も変わってきたからだろう。食券かって店に入ると座る前に、「固さは?」と聞かれる。「はりがね」とお願いしたが、ほとんどの客が「カタ」「ナマ」のいずれかのオーダーだった。名古屋なら「粉おとし」が「ナマ」といっしょだろう。んっじゃ「はりがね」というのは地元では使われないのだろうか??
 替肉を追加したけど失敗、もともと長浜ラーメンはしょっぱい味わいだと思っているのだけど、替肉自身の塩分が増してしまってかなり塩辛くなってしまった。それでも、本場の長浜ラーメンを食して、博多に寄った実感をする。


a0339187_21491312.jpg
門司港
a0339187_21494504.jpg
門司港レトロ 旧門司税関


 お腹がふくれたところで、時間の余裕も有り 関門海峡ミュージアムを観たくって門司港あたりをうろつくことに。門司港は、明治から昭和初期にかけて建築された趣のある建物が今でも残っていて、門司港レトロとして人気の観光地となっている。 到着したのが4時過ぎで閉館間近、、、急いで駐車場にとめたら警備員がやってきて、「関門海峡ミュージアムは閉館中ですよ」とのお言葉。。。この4月から1年以上にわたって耐震工事をするそうだ。何かとこの日は予定通りにいかない。。。


a0339187_21500556.jpg
関門橋

 長大な橋梁として当時日本最長であった関門橋、真下から見上げるとその大きさに感動。高速道路だけがここを走り、山陽本線、国道2号線、山陽新幹線は海底トンネルをくぐってゆく。海底トンネルには歩行用のものもあって、人や自転車、手押しの原付は歩いて海峡を越えることも出来る。


a0339187_21504712.jpg
a0339187_10151381.jpg

和布刈(めかり)神社



 関門橋の下、海峡の岸にあるお宮。めかりとはわかめを収穫すると言う意味で、旧正月の未明に宮司が神社前の海に入ってわかめを刈り神前に奉納するという神技が行われる。神功皇后、足利尊氏、壇ノ浦の平家など歴史の深いところ、それにしても海峡を流れる海流の勢いはすごい、まるで川だ。



a0339187_21514034.jpg
新門司海浜公園


 フェリー乗り場には19時頃には着けばいい、まだ時間をもてあましていたので堤防にバイクを停めて景色を眺める。明かりをともした貨物船など周防灘を行き交う船が遠望に、九州の旅もほぼ終焉で無事に走ってこれたことに感謝だ。


a0339187_21515382.jpg
阪九フェリー 新門司港


 いよいよ阪九フェリーの新門司港に到着。往路はさんふらわあ 復路は阪九フェリーと使い分けだ。この新門司のフェリー乗り場はなんか場違いのような豪華な外観、奈良時代の平城京の大極殿を模した造りで、バブルの頃に作られたそうだ。


a0339187_10284105.jpg
阪九フェリー つくし


 学生の頃から九州へ行くときはいつも阪九フェリーだった。長距離トラックを運ぶためのフェリーっていうのが「阪九フェリー」のイメージで、「名門カーフェリー」や「さんふらわあ」は旅行者向けの印象だ。レストランについても、阪九フェリーはカフェテリア式で、さんふらわあなどはバイキング形式であることも興味深い。トラックドライバー達が毎回バイキング形式で食事を取るとは思えないからだ。

a0339187_21531403.jpg
 食べたかった皿うどん、ビールのおつまみなどで、船上での食事はそれなりなお値段になってしまう。運賃競争で大変な船会社はこういったところで儲けないといかんのだろう。ともあれ、生ビールもいつものようにおかわりして九州とさようならだ。


その5に続く





by akane8150 | 2018-04-16 21:09 | Motorcycles | Comments(2)

GL1200サイドカー 10 九州の旅 その3 長崎吉宗 軍艦島 小浜温泉


a0339187_14515254.jpg
九州の旅 3日目の行程

a0339187_09595911.jpg
千々石海岸


 雲仙を出発した8時頃はまさに土砂降り、強風で台風の中を走るようだった。シールドの水滴は流れるように滴り、吹き返す雨は顔をぬらす。長崎までの60kmは、途中1回の休憩だけでひたすら辛抱の走行。前回の東北も雨にたたられたが、今回はカッパを新しくしたので「おしり」が濡れることもなく長靴も雨も寒さも防いでくれた。


a0339187_21353450.jpg
長崎港


 R34号でトンネルと抜けると長崎の町、斜面に張り付くように民家がならぶ景観に長崎を感じる。路面電車のレールや走行に気を遣いながら、長崎駅、出島とメインストリートを抜けて大浦天主堂にやってきた。


a0339187_21251321.jpg
長崎市松が枝駐車場


 前もって屋根のある駐車場を探しておいたので、立体駐車場の市営松が枝駐車場にバイクをいれる。クルマ扱いの料金でバス駐車場に駐車するように指示される。雨のツーリングでは屋根があるとホントに助かる。カッパを脱ぐのも着るのも、荷物を広げるのも、濡れたカッパを干しておくことも気軽に行える。


a0339187_21360974.jpg
大浦天主堂


 長崎の町に入ったあたりから雨が小止みになって、散策の頃には傘要らずになる。グラバー通りの坂を登ってゆくと正面に大浦天主堂が見えてくる。築150年、日本で最も古い洋風建築で国宝とされる。教会のベンチに座ってしばし案内放送に耳を傾ける。ステンドグラスはこじんまりとしているけど絵柄の細かさ、重厚さは歴史の重みを感じる。


a0339187_21253422.jpg
グラバー園


 天主堂の裏口を出るとすぐにグラバー園とつながる。大学生の頃から何度も訪れたはずであるが、港を見下ろす景色くらいしか印象に残っていない。前回、家族できたときには皆既日食をこの庭で遭遇したはずだ。動く歩道などなどもあって園内はそれなりに広い、そしてどこからも港が見下ろせてきれいなところだ。しかし、歴史的建築物はペンキが剥がれ、柱の木は虫食ってかなり傷みが目立つ。全国的に名の通った観光地なのだから、もうすこし維持管理をしっかりしてもいいんじゃないかなあ。


a0339187_21274602.jpg
浜町 吉宗


 長崎に来たら寄ってしまう「吉宗」でお昼ご飯。長崎といえばちゃんぽんだろうけど、知人に勧められて通うようになった。このお店は1866年(慶応2年)、茶碗蒸しと蒸し寿司専門で開店したのが始まりとされる。現在の味わいある建物も昭和2年に建てられた由緒あるもの。暖簾をくぐると下足番が迎えてくれ、下足札を2枚「パチン」と拍子木のようにならすと、階上の女中さんが「いらっしゃーい」と席に案内してくれる。これも昔からの作法なんだろう。


a0339187_21345319.jpg
角煮


 長崎のグルメのひとつ「角煮」。日本で唯一海外へ開かれた貿易港の長崎に中国から伝えられたとされる「東坡煮」を日本風にアレンジされたのが長崎角煮の発祥らしい。皮付三枚肉と呼ばれる豚肉を使用し、醤油 砂糖 清酒 味醂 生姜で甘辛く煮込んだ純和風の料理。パン生地でくるんだ「角煮まん」は食べ歩きのアイテム。


a0339187_14184520.png
御一人前


 普通のどんぶりより一廻り小さな「吉宗」オリジナルの器にたっぷりと注がれた茶碗蒸しと蒸し寿司(三色丼)がセットになった看板メニュー。品書きの「御一人前」っていうネーミングも面白い。茶碗蒸しが大好きな小生には、たっぷりの器で頂く事に幸せを感じる。硬すぎず柔らかすぎず、お出しのしっかり効いた茶碗蒸しの玉子、優しい酢飯の上に鮮やかな三色の具が彩りあざやかだ。玉子、でんぷ、そぼろにした穴子が味わいを出している。贅沢な料理では無いけど、小生は長崎に来たら外せない料理だ。


a0339187_21290361.jpg
石橋行き 長崎路面電車(長崎電気軌道)


 名古屋もかっては路面電車がくまなく走っていて、「市電」と呼ばれ親しまれてきた。対して長崎市内は路面電車が今も現役で、黒字を出すほどの活躍をしているとか。大正3年の開業から「長崎電気軌道」として企業が運営してきて、地元では単に「電車」と呼んでいるらしい。100年以上も同じ企業が運営しているのもすごい。


a0339187_21374229.jpg
a0339187_21291368.jpg

降車ボタン



 帰りは、タクシーの運転手さんに教えてもらって路面電車に乗ってみた。どこから乗ったらいいのか、お金は最初か、後か、などなど分からないことだらけだったが、ホームに並んだ親切なおばあちゃんが教えてくれた。

 どこまで行っても120円、降りる際にワンマンカー運転手さんの横の投入口にぶち込むわけだ。電車の加速はなかなか、減速はかなり急だ。交差点での路面電車用の「黄色い矢印信号」が珍しい。降りるときのブザーはむかーし見たままの形、押す時にドキドキした。



a0339187_21293684.jpg

長崎 四海楼

 長崎ちゃんぽん発祥の地?駐車場の横は中国料理の四海楼さん、お店ができたのが1899年、明治32年! 中国からの留学生に栄養つけようと具だくさんな麺を開発したモノが「長崎ちゃんぽん」となったらしい。2階にちゃんぽんミュージアムがあるそうだけど、カッパと長靴スタイルの小生は入る勇気が無かった。


a0339187_21301835.jpg
a0339187_21305565.jpg
軍艦島

 興味のあった軍艦島を自分の目でみてみたかったから、長崎の町を海沿いに南に走って野母崎に向かう。町から40分ほどでついに軍艦島を遠望することが出来た。風が強くって白波が立ってる沖に、なるほど軍艦を横から見ているようなシルエットで島が見えている。お〜、見えてよかった〜〜。見えなかった哀しいな〜と思っていたので。


a0339187_21303408.jpg
軍艦島資料館

 野母崎には公民館の様な施設に「軍艦島資料館」があって、じっくりと鑑賞してきた。パネル展示とビデオ上映というシンプルなモノであったが、見応えがあった。小生が生まれた頃が最も賑わっていたようで、5,000人を超える人口があって、なんと10m四方に8.4名が住んでいた計算になるとんでもない人口過密状態だった。それがわずか15年後には石炭を掘り尽くして廃坑となり無人島になってしまった。
 長崎市内の大浦天主堂近くには、「軍艦島デジタルミュージアム」という画像を駆使した新しい施設もあるけど、入場料1800円はちょいと高すぎないか、、、存続してくれるといいけど。


a0339187_21312608.jpg
諫早 眼鏡橋


 軍艦島の奇異なシルエットに満足して、連泊となる雲仙にむけて走り出した。行きと同じルートじゃあ面白くないので、このあたりの中心都市、諫早の眼鏡橋に立ち寄った。長崎の眼鏡橋を参考に、水害でも流されない丈夫な橋として1839年(天保10年)にかけられたもの。諫早の名所となっている。


a0339187_21321259.jpg

 傾き始めた陽を浴びながら千々石海岸あたりから小浜に向かって走る。大学1年生の頃に天草を訪ねた際、海沿いのガソリンスタンドで給油をした覚えがある。真夏の夕日がぎらぎらしてクソ暑かった。それが懐かしくて注意しながら走っていると、それらしきスタンドを見つけて給油。今もお店があったというだけの事だが、なんだか妙に嬉しかった。


a0339187_21322523.jpg
a0339187_21341048.jpg
雲仙小浜 市営 浜の湯


 雲仙温泉に劣らずこのあたりで名の通った小浜温泉。海沿いの温泉街は伊豆を思い出させる風情がある。ここにも共同浴場があって立ち寄ってみた。住民以外は150円、お湯は塩分を含んでいて、湯あたりのやさしい感じがした。「ぬるめ」から浸かり、「あつめ」でしめたが、小生にはまだまだ大丈夫な熱さだった。地元の人しか来ない鄙びた味わいがまたよろし。


a0339187_21381829.jpg
a0339187_11085871.jpg
a0339187_22432848.jpg
阿蘇 湯元ホテル


 小浜からのつづら折れを再び上がって雲仙に戻った。今日のお宿は「湯元ホテル」、1695年に雲仙で最初に出来た宿で、お殿様の命令で雲仙のお湯を守ってきたのが始まりだそうな。開国して長崎に外国人が来るようになると、雲仙は避暑地として知られるようになり、特に日清戦争前後の雲仙は現在の「海外観光客ブーム」以上であったようだ。そして雲仙にパブリックゴルフ場が作られたのも日本初であった。

 フロントマンと話してみると・・・雲仙の宿の中には業績が芳しくなくって売りに出される老舗もあるようだ。各地の温泉地で潰れかかった宿を買収して、格安料金の宿に変身させているグループも、この雲仙に進出した。
 別府、湯布院などいずこも中国人、台湾人であふれていた。この雲仙も例に漏れず、団体旅行のみならず、小グループや個人旅行のレベルで外国人が訪れている。お客さんが来てくれることはいいことだ。
 不思議に思うことは。。。大陸の人たちはコートやウインドブレイカーなどの防寒着をきて夕食会場に現れる。翌朝の朝食会場でも同じ、小生はパンツと浴衣1枚というのに。。。なぜなんだろうと非常に気になった。フロントマンに聞いても答えが返ってこなかった。


                               その4に続く



by akane8150 | 2018-04-14 21:16 | Motorcycles | Comments(3)

GL1200サイドカー 10 九州の旅 その2 黒川温泉 阿蘇 熊本城 雲仙 小地獄温泉



a0339187_12431325.jpg
九州の旅 2日目の行程

a0339187_17544116.jpg

やまなみハイウェイ 朝日台展望所

a0339187_21112245.jpg

やまなみハイウェイ 飯田高原



 ツーリングで最も楽しみにしていたルート「やまなみハイウェイ」。湯布院から阿蘇までの最高な景色とバイクには美味しいワインディングが待っている。九州をバイクで巡るのはこれで5,6回目になるんだろう、別府から阿蘇に至るこのルートは外せない。ここを走るためだけでも十分に九州まで来る甲斐があるようにさえ思える。阿蘇までの3つ4つの頂きを越えるたびに、雄大な景色が広がっていて、その都度メットの中で雄叫びをあげてるような。


 曇天という状況が残念だが、それでも見覚えのある景色に遭遇するたびに感嘆した。点在する温泉宿、様々な放牧地、噴煙を上げている険しい山、それらを縫うように快走路が続く。



a0339187_21124068.jpg
a0339187_21125337.jpg
黒川温泉 穴湯共同浴場


 大観峰に向かう途中で黒川温泉に立ち寄る。いかにも温泉客が好みそうな賑やかな温泉路地の一角にひっそりと共同浴場がある。100円を賽銭箱?に入れてささっと湯船に浸かる。ここは完全な混浴で、脱衣場も基本1つ、湯船も1つ、混浴がダメな人にはかなり難易度が高いお風呂だ。小生も得意ではないのだが、ここまで来て入らないわけにはいかないという状況で、来訪者が来ないことを願った。滑りのあるかすかな硫黄泉の熱めのお湯、混浴が駄目で熱いお湯に入れない人はやめておいたほうがいい。


a0339187_19484438.jpg
黒川温泉 後藤酒店
a0339187_18031751.jpg
晩甘


 黒川温泉の一角に酒屋さんがあり、毎度来てもなにかしらの柑橘類が売られていて、これを自宅に送るのが楽しみ。今回は「晩甘」が段ボール詰めで並んでいて、自宅と職場のお土産に3箱の発送をお願いした。へたの部分が飛び出ていて「デコポン」のようにも見えるが、もうすこし大きくて黄色みがかかっている。味は「グレープフルーツ」に似ていて、ややすっぱみもあるがとてもさっぱりした味わい。


a0339187_21131918.jpg
阿蘇 大観峰


 黒川温泉を出てさらに南下。やがて阿蘇のカルデラの外輪山に位置する大観峰にやってきた。ここから眺める阿蘇山やカルデラの景観は、スケールが壮大で言葉を失う。バイクもちらほら集まっていて、地元はもちろんロングライダーの異国ナンバーをつけたバイクもとまっている。下りのクネクネ道では、関東ナンバーのソロのダビットソンとからむ形になった。「慎重に」コーナーをこなしてゆく彼のバイクを護衛するように、GLサイドカーを走らせた。



a0339187_21134562.jpg
阿蘇山


 次いで広大な阿蘇の裾野を高度を上げながら登ってゆく。高い木々に覆われていない阿蘇山はとにかく見通しが良い。中部の山々は杉などの森林が広がっているので、これほどの広々とした景色を見ることは少ない。曇り空のためか気温が低く、頂上に近づくに従って肌寒くなってきた。


a0339187_21140220.jpg
阿蘇 草千里


 登った先に広がるのが草千里。左手には噴煙をあげる中岳、眼前には箱庭のように草原が見渡せて、遠くを散策する観光客が小さく小さく見える。緑の青々とした季節の晴れた日に出くわしたなら、これまた脳裏に焼き付く景色になろう。今日は生憎にも雨が降り出しそうな曇天、それでもしばし休憩でぼーっと景色に吸い込まれる。


a0339187_22371803.jpg
a0339187_22372110.jpg
「バイク友だち」守谷裕司 片岡義男


 草千里といえば、小生はこの写真集を思いつく。カメラマンの守谷氏が1979年の8月24日の日の出から60時間の間、この草千里を通過したライダー達を写真に収めたものだ。素敵なキャプションとバイク小説で当時流行っていた片岡義男の詩が添えられている。今以上にバイクに夢中であった当時、小生はこの写真集が好きだった。登場するライダー達が生き生きとしていて、どのバイクも至極格好良かった。「ホーク250」、「W650」、「カワサキ250SS」などが普通に現役であったころ。

 小生は当時浪人生、近所をバイクで走り回るくらいで、九州の草千里なんて夢の話であった。片岡義男の単行本をあさるように読んでいたのもこの頃だなあ、今も本棚にはこの写真集を含め、片岡の単行本が眠っている。


a0339187_21152423.jpg
阿蘇山公園道路


 妙に駐車料金の高い草千里の駐車場はパスして、中岳の火口に通じる有料道路のゲートに近づいて現実に直面。1年半前の噴火以来、火口への道路はおろか登山道も閉鎖されているようであえなく撃退される。この3月からは通行も再開されたと聞いていたのだが、再び禁止となったんだろうか?。


a0339187_21160676.jpg
阿蘇山西駅 食堂りんどう 火山灰ラーメン


 前もって調べておけばよかったと後悔しつつ、運休中の阿蘇山ロープウェー乗り場のレストランで昼食を取ることに。運休のためレストランも閑散としていていた。胡麻だれで火山灰を表現したという「火山灰ラーメン」は、「イカスミラーメン」と呼び換えてもいいくらい。


a0339187_21165907.jpg
熊本城 大天守 


 阿蘇の山を南に下ってゆくと、「地獄温泉」や「垂玉温泉」の表示が出てくるが、地震で壊滅的なダメージを受けて休業中。いずれも訪れた事のある味わい深い温泉宿であったので、ぜひ再開して欲しい。崩落した阿蘇大橋を南に迂回して、被災した益城町の仮設住宅を通り抜けて熊本の市内に入る。今の熊本城がどうなっているのか、自分の目で確かめたくって城に向かった。


a0339187_21171187.jpg

西大手櫓門

a0339187_17415942.jpg

西大手櫓門(災害前)



 二の丸駐車場にGLを停めて、散策開始。園内に入ることはできなくて周囲から城郭を眺めるだけの現状であった。お城の顔といえる西大手門も、石垣が崩れ落ち建築物もずり落ちてしまっている。修復するのに10年、20年とも言われるが、ぜひ被害に遭う前の優美なお城に戻って欲しい。復興支援の募金があって小生も力になれたらと思ったが、ひとくち1万円以上とはちょいと敷居が高い。もっと少額からであれば、きっと多くの人たちからの賛同も得られるだろうに。



a0339187_21183435.jpg
熊本港 熊本フェリー オーシャンアロー 


 熊本市郊外の熊本港から対岸の島原まで船旅となる。1時間かかる通常型フェリーに併走して、半分の30分で走りきる高速双胴船フェリーが就業している。ディーゼルV型16気筒5300馬力×2 巡航速度30ノット(時速55km)、こりゃ大したもので、港を出るやいなや55kmで豪快な航行が始まった。調子の悪い原付バイクより速いんだからすごいすごい。


a0339187_21190977.jpg
フェリーにつきまとうカモメ
a0339187_08494707.jpg
かっぱえびせん奪い合い (思考回廊さんより)
a0339187_08542381.jpg


 港をでるあたりからオープンデッキにはたくさんのカモメが取り付いて、乗船客が投げたり、手渡しで餌らしきものを与えている。そうそう、カモメの餌やりでも有名だったんだと思い出す。船内の売店には「かもめ用」とは書いていないが、100円のかっぱえびせんが売られていて、これをかもめに与えているようだった(ちなみにターミナルビルで買えば50円(^^)。船会社のホームページにも冬の間は餌付けをしていると書いてある。

 かもめに囲まれるのは面白い体験だろうが、かもめ達は必死で餌を取り合って船から離れない、ついには島原まで一緒に海を渡ってしまう。塩分多めのカッパえびせんばかり食べたら、カモメも体に悪いはずだ。


a0339187_21200899.jpg
雲仙地獄 


 島原の港からどんどんと登ってゆくと雲仙の温泉街、メインストリートには硫黄の香りと蒸気でもうもうとした地獄がある。あ〜雲仙に来たんだなと実感できる。今回はこの雲仙で連泊する予定、温泉街をちょいと外れた小地獄温泉にむかう。


a0339187_18000136.jpg
a0339187_21234762.jpg
雲仙 小地獄温泉


 雲仙温泉の共同浴場 小地獄温泉。硫黄泉がとうとうと掛け流しになっていて、源泉はこの建物の直下にあるそうだ。木造の建物は新しいが、外からの採光は「フルムーンの法師温泉 長寿館」を思い出させる風情がある。湯船にもたれて座るとちょうどいい深さで肩はもちろん下顎も浸かるくらい。

 温泉について、①泉質 ②清潔さ ③掛け流し ④湯船の深さ ⑤シチュエーション などなど小生が評価するポイントがあるのだが、この小地獄温泉はドンピシャ小生の第1位になるだろう。九州旅行を思い立った最も大きな動機が、このお湯にゆったり浸かることであったほど。

 お隣の国民宿舎青雲荘が管理をしているらしくって、宿泊者は半額の210円で入ることができた。建物も1年半前にリニューアルされたばかりのようだ。残念なのは営業時間で午前9時から午後9時まで、宿の出発が早いと朝風呂には行けない。


a0339187_21204770.jpg
a0339187_11054306.jpg
a0339187_14405152.jpg
雲仙国民宿舎青雲荘


 国民宿舎とはいっても、施設はきれいで整備されいる。GLは玄関横の雨のかからない1等地に停めさせてもらえた。翌日は大雨、プチ嵐の予報だから、ここから雨対策の武装をして出発することになろう。


a0339187_11142577.jpg
オリオンビール


 美味しい夕飯も頂いて、自販機のビールを部屋飲み用に買い出しに行くと「オリオンビール」が売っている! あっさりした味わいで大好きなビール。出てくるだけ買い占めて、自宅へのお土産にした。こりゃ、かみさんが喜ぶわ(^^)。

                                                    その3に続く





by akane8150 | 2018-04-11 21:09 | Motorcycles | Comments(6)

GL1200サイドカー 10 九州の旅 その1 新世界てんぐ 別府竹瓦温泉 湯布院ゆのつぼ温泉



a0339187_18384029.jpg
九州の旅 全行程
a0339187_20554180.jpg
出発


 楽しみにしていた九州ツーリング、いよいよ出発の日となった。大阪を夕方出港するフェリーに乗れば良いので、午前の外来診療はいつも通り。12時に外来終了して職員食堂でささっとお昼を食べてから、バイクの格好に着替えて病院駐車場から出発。荷物は前日までに万端準備してGLに搭載しておいたから、きっと忘れ物はないだろう。

ガソリンも満タン、午後の日差しは温かく、これからの行く先の事を思うとワクワク、GLを西に走らせる。


a0339187_20581098.jpg
a0339187_20560640.jpg
新世界 通天閣


 東名阪、西名阪、阪神高速と乗り継いで、名古屋から170km、3時間で新世界に到着。フェリーに乗る前にここで夕飯を済まそうという魂胆だ。大阪らしい混沌とした新世界の雰囲気が小生は大好きだ。ごちゃごちゃしていておもちゃ箱をひっくり返したような興味津々のお店が並んでいる。以前に比べて、成人映画館やストリップ劇場、道端にたむろしていた放浪者などのカオスなアイテムはすっかり見かけなくなったが、平日のお昼間だというのに立ち飲み屋には瓶ビールを握った「おっさん」達がうようよしている。


a0339187_20563442.jpg
a0339187_08235880.jpg
a0339187_08235017.jpg
新世界 じゃんじゃん横丁 てんぐ


 大阪と言えば、串カツ、串揚げ物。じゃんじゃん横丁には「八重勝」と「てんぐ」という名の知れた串カツ屋が2軒並んでいる。前者はいつも満席に近い状態、対して「てんぐ」はすぐに座れることが多いので、小生は毎度てんぐを利用している。八重勝も試してみたことがあるけど、お味の違いは分からなかった。まずはすぐに出てくる「どて焼き」、白味噌ベースで甘さを感じる大阪らしい味付けで、赤味噌を使う名古屋の「どて」とは随分と違う。串カツの衣は表面つるんとしていて、縁日であるような「アメリカンドック」のホットケーキ生地のように思える。名古屋の串カツはもっとごつごつして一般的なフライ衣に近い。大阪らしさを味覚で体験して満足、満足。だけど。。。喉から手が出るくらい「生ビール」をぐびっとやりたかったが、、、


a0339187_20582939.jpg
かすうどん


 以前から気になっていた「かすうどん」、〆の腹ごしらえに立ち食いで試してみた。「かす」というと「天かす」を連想するが、牛のホルモンを細かく刻み、油でじっくりと揚げたもの。初めて食してみたが、カリカリの表面にかみ応えのあるお肉が美味しい。うどんのトッピングとしては、お値打ちで風味ある具材だと思った。


a0339187_20590897.jpg
大阪南港コスモフェリーターミナル サンフラワー(大阪〜別府航路)


 新世界でゆっくりしすぎて予定よりも時間が押していた。フェリー乗り場の大阪南港まで12kmの表示、19時出航の1時間前には受付を済ますように書いてあるが、どう飛ばしても30分前に着くのが精一杯。
こりゃ慌てないと間に合わない雰囲気となってきた。さらに燃料警告灯が点きそうな心配事があったけど、スタンドに寄るような時間の余裕も持ち合わせていない。可及的にGLにむち打って飛ばす、飛ばす。

 幸いにも道に迷うことなくターミナルビルに滑り込みセーフ、着いたのは出航40分前であった。やれやれ間に合った、遅れてもフェリーは待ってくれないからなあ。1時間前には受けするのは、乗り遅れないようにするための施策だろうが、旅行中の1時間は大っきくて貴重だ、もっと短くならないのだろうか



a0339187_21030928.jpg
さんふらわー あいぼり
a0339187_21021757.jpg
a0339187_11464977.jpg
スタンダード客室
a0339187_11554664.jpg
展望風呂
a0339187_20595642.jpg
大阪南港


 アイボリは9000tクラスの中型サイズで、時速40kmのスピードで巡航する高速フェリーだ。大阪南港を19時に出航し12時間後の朝6時に別府港に到着する。プライベートを確保したかったから、客席はベッドに洗面、テーブル、テレビと十分な機能を持ったシングル洋室のスタンダードにした。乗船したらまずはダッシュで展望風呂へ、そうしないと700人乗りの船にカランが10台も設置されていないので、混雑時には風呂にも入れない。

風呂上がりの仕上げに、新世界で買っておいた「たこやき」を当てにしたビールの旨いことこの上なし。


a0339187_21044639.jpg
a0339187_21080824.jpg
別府 竹瓦温泉


 旅行2日目のはじまり。朝5時からのフェリーの朝風呂に浸かって目を覚ます。定刻通りの7時に別府港に到着、別府に来たらぜひ寄りたい「竹瓦温泉」に向かった。ここの始まりは明治12年、竹瓦葺きの温泉が建てらて、後に瓦葺きに改修されたため、当時の姿を偲んで「竹瓦温泉」と呼ばれるようになった。現在の建物は昭和13年に造られたもので、唐破風造りの屋根と昭和初期の面影をのこす、別府温泉のシンボルとも言われる。

 湯船はシンプルなもので、草津や城崎温泉などの共同浴場と同様な湯船ひとつ、洗面無し。熱いお湯にそーっと浸かると、あごも浸かるくらい湯船は深くゆったりしている。目を閉じて湯に浸かっていると、体も心もホカホカしてくる、温泉は良い!!


a0339187_21035713.jpg
竹瓦温泉ブログから



 さて出発と思ったら番台にいたお姉さんがカメラを持ってやってきた。施設のブログにアップしたいとのことで、小生の写真を撮ってくれた。なかなか行動力のあるお姉さんで頼もしい。後日ブログを覗いてみると、しっかり小生が映っていた。
 80年以上前のふるーい木造建築、竹瓦温泉の維持は大変だろうけど、ぜひ末永くこの歴史遺産を守って欲しいと書き込みした。



a0339187_21052390.jpg
a0339187_21053811.jpg
湯布院 ゆのつぼ温泉

 朝の通勤ラッシュにもまれながら別府を脱出、大分自動車道にのっかって湯布院を目指す。天気が良ければ左手に伽藍岳や鶴見岳のすばらしく雄大な景色が楽しめるのに、この日はあいにくの濃霧。スピード制限まで出ている状態では、まったく景色などあり得ない、、、このあたりに見えるんだろうと想像しておしまい。

 やがて霧の湯布院、ほぼ中心地にあるお目当ての「ゆのつぼ温泉」に到着。ここは無人の共同浴場、入り口の料金箱に200円入れてから脱衣場にすすむと・・・「まだ掃除中ですよ〜」と湯船から声が。「どこから来たね?」の問いに「名古屋からここを楽しみに来ました」なんて「よいしょ」したら、「今すぐに済ますから、1,2分待ちなさい」って融通を利かせてもらえた。
 おかげで文字通りの「一番風呂」にありつくことができた。湯布院のお湯は少しブルーがかってるような気がする。だれもやってこない朝風呂をしっかり長居して堪能した。
 
 汗がなかなか引かない脱衣場で、営業時間の案内を見たら午前10時からと書いてある。時計を見るとまだ9時前だ。掃除のおじさんのご厚意で時間外に入浴させてもらったことになる、「オヤジさんありがとう」

その2に続く




by akane8150 | 2018-04-09 20:53 | Motorcycles | Comments(4)

大学受験サクラ咲く 岐阜潜龍 根尾淡墨桜



a0339187_17505298.jpg
a0339187_17512822.jpg
岐阜シティ・タワー43


 さてさて、世の中はすっかり春の陽気となり、我が家にも待望の「春」がやってきた。家中を引っかき回してくれた次女の大学は私立の合否も聞きつつも、第一希望であった国立大学合格の「桜咲く」の知らせが届いた。

 後生だからとおふくろが孫の大学を見てみたいと言うので(どんだけ後生を使うんだ。。。)合わせて大学がある岐阜でお祝い会をしようということになった。久々の我が家フルメンバーで名古屋を出発、まずはだれもいったことが無かった岐阜駅前の高層ビルに登ってみた。「岐阜シティ・タワー43」、おそろしくベタなネーミングでなるほど43階建てであった。地下駐車場から無料で行ける展望フロワーまで直通のエレベーター。日曜のお昼前にも関わらず、観光客はわずかでゆっくりと景色を楽しんだ。遠くは揖斐や御岳の山々、南には濃尾平野を一望するなかなかの景観。名古屋駅前のツインタワーと比べると、立地の違いからくる景観の差が面白い。



a0339187_17530261.jpg
a0339187_17531113.jpg
金華山ドライブウエイ


 さくっと駅前を楽しんだ後は岐阜城のある金華山をクルマで登ってみる。休日は一方通行となる登坂道を上がってゆくと、眼下に岐阜市内を一望できる展望台がやってくる。風も少なく春霞の景観は春を実感させてくれる。遠望には次女が通うことになった大学や隣接する大学病院が望める。
 自宅から名古屋駅まで地下鉄で30分、名古屋駅から岐阜駅までJR東海で20分、さらに岐阜駅前から大学までバスで30分。これまで、小中学校は自宅の目の前、高校も地下鉄で2駅という非常に通学に楽をしてきた次女には、きっと毎日が旅行のようなものになろう。4年のあいだ、名古屋と岐阜を通学できるのか、少々心配だ。


a0339187_17535004.jpg
岐阜 長良川畔 潜龍


 お祝い会は岐阜でお気に入りの料理屋さん、潜龍。小生は研修医時代を岐阜で過ごしたこともあり、社会人に成り立ての頃は岐阜が飲み食いする場所で、当時の先輩達に教えてもらったお店がここだった。もともと岐阜の経済界重鎮の別荘であったものを料理屋にしたのが50年前、小生が覚えたのは30年前、その頃とまったく変わらずに美味しいお肉料理を提供している。


a0339187_17541396.jpg
a0339187_18075633.jpg
a0339187_18051871.jpg
本館2階


おとなりの料理旅館を合併したので、日本建築の本館と鉄筋の別館があるのだが、もちろん風情のある本館をお願いしておいた。小さなお庭もしだれ桜が咲き誇り、新芽の付いた庭木も春を演出していた。本館1階はいわゆる座敷、2階はテーブル席となっていて、正座の出来ないおふくろには嬉しいお部屋。すべての客は個室で食事を頂けるのも贅沢で、女中さんが付きっきりで料理を裁いてくれる。建物は昭和初期の風情がそのままで、窓枠のガラスも波打つ当時のモノ。綺麗に管理された建物やお庭、そしてお店の接客、すべてに満足できるもので昔から変わっていないこともうれしい。


a0339187_17554152.jpg
a0339187_18042498.jpg
a0339187_17560408.jpg
a0339187_18024490.jpg
a0339187_17575290.jpg

 お料理は、お手軽なロースステーキコース。それでも提供されるお肉のボリュームは小生でも十分満足できるもので、ロースでも脂身がほどほどで家族も満足の品だった。面白いのは、鉄板焼きステーキを提供するお店だと、まずは海鮮や野菜が出てくることが多いけど、潜龍では最初にお肉がでてくること。お酒や前菜などで適当にお腹がふくれた頃にメインを出されるより、最初にがつんとお肉を堪能するほうがインパクトがあると思う。

 家内は可愛そうにもお肉類がまったくだめなので、海鮮に換えてもらい伊勢エビを頂いた。今日は家庭サービス、小生はウーロン茶でちびちびと、家内を筆頭に飲み助の家族達は梅酒やら生ビールを美味しそうに開けていた。乾杯では次女にも大学生活の決意を語ってもらい、1つのけじめが出来たであろう。これから4年間は長いようで短い、社会勉強や学業、そしてどんな分野を選んで就業するのか、家族みんなで見守っていきたい。


a0339187_18023048.jpg

 壁紙、天井、ふすま、照明器具、毎日ここで焼き物が調理されているとは思えないほどに、どれをとってもキレイに磨き上げられている。油汚れがひどいはずだから、スタッフは大変だろうな。


a0339187_18071788.jpg
長良川 金華橋


 時期になると「鵜飼い船」が出る長良川の金華橋付近。大河と金華山、岐阜城の景観がすばらしい。おなかも一杯になって満足、だらだらと堤防をお散歩。


a0339187_18065172.jpg
根尾 淡墨桜


 岐阜市内から30分も山に向かうと温見峠が控える根尾の村だ。ここには「淡墨桜」といって日本三大桜のひとつがでーんと存在する。時期的にちょい早いかなと思いつつ、だめもとでドライブ。このところの夏日の陽気で開花がずっと進み、まさに当日が満開となっていた。プチ渋滞の駐車場を経て、御木にご対面、毎度ながらその大きさと可憐な花の色に感動する。ソメイヨシノはより色が濃くって華やかであるが、この淡墨桜はエドヒガンで薄紅色から白色の淡い花が特徴。山桜とならび長命で古木のサクラはそのほとんどがエドヒガンであるそうだ。
 樹齢1500年、ずっとこの地で立ち続け、毎年花を咲かせてきた。想像するだけで感嘆してしまう、比べて自分の人生なんて「一瞬」。戦後に根や幹が傷んで数年で枯れるとされたが、人々の助けで見事に生き返った希有の経過をもつ。

 今季最終のさくら見物になったであろう淡墨桜を後にして、近くの「うすずみの湯」にみんなでドボン。このお湯はヌルヌルアルカリ泉はよくあるとして、太古の海水が地下に閉じ込められた太古の海水が温泉になったこの山奥の珍しい「海水泉」だ。サクラを咲かせた次女と風雪に耐えた淡墨桜、そして先日植樹した曽爾村の山桜、この春は嬉しいことに「さくら」に多くのご縁をいただいたようだ。





by akane8150 | 2018-04-02 20:09 | Life | Comments(6)
line

Golf Bike Cars and Beer


by akane8150
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite